「お邪魔するわよ」
日は完全に沈み。外は真っ暗だろう。
そろそろ店を閉めようなんて思っていると、カランカランと鈴の音が響き、お客さんが入ってきた。こんな時間にお客さんとは珍しい。
いや、まぁ、お客さんが来ること自体が珍しいんだけどさ。
「おろ? レミリアじゃん珍しいね」
紅魔の館の主である吸血鬼がそこにいた。
ん~、珍しいと言うよりも初めてだよね。レミリアが俺の店へ来るのって。
フランちゃんは何度か来ているけど。レミリアが訪れるとは、どうしたのだろうか?
「お散歩をしていたら、たまたま見つけたから寄ってみたのよ。ふふん、なかなか洒落た店じゃない」
そりゃあ、どうも。
たまたま、寄ってみたねぇ……見たところ一人みたいだけど、昨夜さんと一緒じゃないのかな? まぁ、いくら主と言えど、咲夜さんも一々お散歩には付き合わないか。
「今日は咲夜さんと一緒じゃないの?」
「ま、まぁ、たまにはね」
ん? な~んか、歯切れが悪いな。
家出とかではなさそうだけど、なんて言うか……何かを隠していそうだ。
もしかしてレミリアの奴、お散歩に出かけて迷子になった? いや、流石に違うか。
「え、えと、それでだけど……此処から帰る時ってどうすれば良いのかしら?」
「うん? ああ、来た時と同じ道を行けば普通に帰れるよ」
「えっ」
「えっ?」
おろ? なんだ? そんな変なこと言ったかな?
普通にしていれば、鳥居のあった場所と別の場所へ出ることはないはず……いや、まぁ変えようと思えばけることもできるけどさ。
「え、えと……同じ場所へ戻るの?」
「うん、そうだよ」
俺がそう答えると、レミリアの表情が強張り始めた。
確信した。コイツ迷子だ。
お散歩してたら迷子になったんだな。空を飛べば普通に帰れるでしょうに、どうして迷子になんてなるんだか……
「なぁ、レミリア……」
「な、なによ」
この調子では咲夜さんも苦労していることだろう。
まぁ、あの人ならそれを含めて楽しんでいそうだけど。だとしたら、一番苦労をしているのは、あの魔女さんか。月へ行った時も大変そうだったし。
「お前、迷子になったの?」
「…………」
顔を反らされた。
どうやら正解らしい。
はぁ……どうせカッコつけて、自分では優雅なつもりでお散歩をしていたのだろう。なんて言うか、こんな妖怪最強種を見ると切なくなってくるな。
こんな奴に俺は手も足も出ず負けるのだ。種族の差は大きい。
「はぁ、とりあえず紅魔館まで送ってあげるから……また今度、咲夜さんと一緒に来なよ」
「ちょ、ちょっと。別に私は迷子じゃないわよ!」
別に俺もレミリアを迷子だなんて言ってないんだけどな。
お客さんとして迎え入れても良いけれど、レミリアの奴、絶対お金なんて持ってないよなぁ……フランちゃんだって遊びに来る時は、咲夜さんからちゃんとお金をもらってくるのに。
頑張れよお姉さま。
「はいはい、わかったよ。でも、ほら今日はもう店仕舞いだし帰ろうよ。な?」
「うー、人のことを子ども扱いして!」
俺から見れば、永琳さん以外は全員、子どもみたいなもんだよ。まぁ、年齢的にってだけだけどさ。
さて、レミリアの奴はどう説得しようか。無駄にプライド高いしなぁコイツ。あまり遊びすぎるとカメラを止めてボコボコにされる。
困ったお嬢様だ。
「と、とりあえず。何か飲み物をお願い」
「いや……あ~咲夜さんが心配するよ?」
たぶん、そんなに心配はしていないと思う。それに咲夜さんならこの場所だって直ぐに見つけられるだろう。
あの人も本当に不思議な人だ。変わり者だらけの幻想郷の中でもかなり浮いている。
「……わかったわ。黒が私を客として迎えないのなら、私も手がある」
「……なにさ?」
吸血鬼らしい妖艶な笑を浮かべながらレミリアが言った。
真紅の瞳が怪しく光る。
何をするつもりだ? 手荒なことはちょいと勘弁してもらいのだが。
残念ながら、俺に吸血鬼を止めることはできない。さらに厄介なことに、こんな容姿をしていながらレミリアの実力は幻想郷の中でも、文句なしにトップクラス。
普段はただのわがままなお嬢様だけどさ。
そんなレミリアの『手』ってのはなんだ?
嫌な汗が出る。
「泣くぞ」
……うん?
500年もの時を超えてきたはずの吸血鬼の口から、変な言葉が聞こえた。
この吸血鬼にプライドはないのだろうか? 確かにブレイクできるカリスマなんて残ってはいなそうだけど……とにかくこれは酷い。
「霊夢の所へ行って、黒に乱暴されたと全力で泣く」
「おい馬鹿、それはやめてください。お願いしますから!」
最近の霊夢、怖いんだよ。目の色とか明らかにおかしい時があるもん。
この前も、ちょっと文と仲良く喋っていただけで……まぁ、アレは文が霊夢を挑発したからだけどさ。そして、怒りの矛先は何故か俺に向いた。理不尽すぎる。
はぁ、仕方がないか……まぁ、霊夢のところで泣かれるよりはマシだ。
迷子だろうが、なんだろうがレミリアだって来てくれたんだ。おもてなしをして悪いことは何もないだろう。
「わかった。わかりましたよ。んで、ご注文は?」
「全く、初めからそうしなさいよ。ワイン、赤、ボトルで」
カウンターの前に用意された椅子へちょこんと座りレミリアが言った。
かしこまりました。
つまみに焼いた猪肉を一緒に、赤ワインとグラスをレミリアに渡す。
ワインはそれほど作っているわけではない。はぁ、今回はツケにするしかないだろうし何とも手痛い出費だ。
俺も何か飲もう。飲まなきゃやってられない。
「ありがとう。このワインは?」
「Muscat Bailey Aを材料にした3年物。発酵時間は短め」
「へ~よくわからないけど、まぁ、飲めばわかるわね」
よくわからないなら、何故聞いた。悲しくなるでしょうが。
コルクを抜き、ボトルを片手で持ちグラスの三分の一程度注ぐ。毎回思うけど、この片手で注がなければいけないってのがなかなか辛い。でも、男なのに両手で持つとカッコ悪いんだよなぁ。
「良い香り。味も……なかなかね」
そりゃ、良かった。
発酵時間を少なくしたから、酸味と甘味のバランスが崩れるかもと思ったけれど、どうやらそれほど悪くはないらしい。
さて、俺は何を飲もうかな? ん~……まぁ、ビールで良いか。
自分の分の飲み物とおつまみを用意。とりあえず、グラスを傾け、冷えたビールを一気に喉へ流し込む。苦味と炭酸がほどよく、やはり美味しい。
「黒っていつもそれを飲んでるけど、そんなに美味しいの?」
「まぁ、お酒の中では一番好きかな。レミリアも飲む?」
「私は遠慮するわ」
レミリアにビールは似合わないものな。それに『苦い』とか言って飲めなそう。
美味しいのにね。
プハっとグラスの中のビールを半分ほど飲み、カウンターへグラスを置く。いやぁ、ビールは美味しいけれど飲み過ぎるのがあれだね。
以前、紫と一緒に外の世界でお酒を飲んだ時は『飲み放題』とか言うシステムだった。あれは良かったなぁ。幻想郷でそんなことをやったら、店が潰れそうだけど。きっと、外の世界だからできる事なんだろう。
紫の奴また連れて行ってくれないかな?
そして、レミリアのグラスも中身が減ってきたため、ワインを注ごうとした時だった。
誰かに、ぽんぽんと2回ほど肩を叩かれた。
うん? と思って後ろを振り向いたけれど、そこには誰もいない。おろ? 気のせいか?
そして再びレミリアの方を向くとカウンターの上に、見覚えのない封筒が置いてあった。なんですか、これ? レミリア……ではないよな。レミリアなら普通に渡すだろうし。
封筒を手に取ると、『本日のお代です。お嬢様をよろしくお願いします。』なんて書かれた文字を読むことができた。
なるほど……つまり、先程肩を叩いてくれたのは咲夜さんと言う事だろう。咲夜さんも一緒に飲んでいけば良いのにね。まぁ、これはありがたいです。
「たまには、こう言うのも悪くはないわね」
ワインを軽く口に含み、小さく切った肉を食べてからレミリアが言った。
「多くの奴らと騒がしく飲む酒も悪くはないけれど、たまにはこうして静かにお酒を飲むのも悪くはないわ」
そう言えば、レミリアと二人でちゃんと話すのは初めてかもしれない。紅魔館へ遊びに行った時も、咲夜さんかフランちゃんがいつも一緒にいた。
レミリアだって500年も生きてきた妖怪。それも最強種である吸血鬼なんだ。大人な部分だって充分にあるはず。
ま、隠れて見えない時の方が多いんだけどさ。
今日だって、こうして静かにお酒を飲んではいるけれど、この人ただの迷子だしね。
「また来なよ。別に一人でも誰かを連れてきても良いからさ。俺はいつまでも待っているよ」
「そうね。また来るわ」
静かな夜の時間がゆっくりと流れた。
俺だって騒がしいのは嫌いじゃない。それでも、たまにはこういうのも良いかもね。
その後、結局朝まで二人だけで飲み続けることになった。
帰り方がわからないと、半泣きになったレミリアを紅魔館まで連れて行くことになったけれども、まぁ、そんなことを含めても楽しかったと思う。
また来てくださいな。のんびりと待ってるからさ。
ヤバイです
ネタがつきました……むぅ内容が薄い
いや、まぁ、閑話ですのでそんな更新しなくとも良い気もしますが
何かを書きたい気分なんですよ
『こういう話が読みたい』な~んて言う意見があれば、活動報告やメッセージなどで是非お願いします
次話は……未定です
では、次話でお会いしましょう
感想・質問何でもお待ちしております