「黒ー、疲れたからお酒が飲みたい!」
「いや、もう少し頑張れって」
屋根の上にいる子鬼に対して、そんな言葉を落としてみる。お酒はちゃんとあげるから今は頑張ってください。
あの日……つまり、桜ちゃんが暴れてくれた日からもう2週間ほどの時が経った。白のおかげでどうにか桜ちゃんを幻想郷の中には入れさせなかったけれど、その代わり俺の家がほぼ全壊しました。泣きました。酒蔵が無事だったのは不幸中の幸いとでも言ったところ。
あの日から五日くらいは例のごとく身体が動かず、紫だったり幽々子の世話になってしまった。霊夢に頼んでも良かったと思うけれど、霊夢には前回お世話になったからちょっと頼み辛くて……あと、最近の霊夢ってすごく怖いんだよね。
それにしても、桜ちゃんはあの後どうなったのやら。白のことだし、悪いことにはならないと思うけど、やっぱり気になってしまう。どうか無事、転生できたりしていることを願います。
そして、漸く身体も動くようになり、とりあえず家を建て直してもらうことに。その建て直しは萃香にお願いしました。
萃香も萃香でそれを快く引き受けてくれたんだけど――
「えー、別に急いでいるわけじゃないんだから良いんじゃんか」
みたいな感じでなかなか進みません。
いや、確かに急いでいるわけじゃないし、家がなくても問題ないと言えばないけど、なんだかなぁ……
はぁ、仕方無い。どうせもう言ったって聞かないだろうし、今日は諦めて萃香と一緒にお酒を楽しむとしようか。
永い人生なんだ、のんびりいかせてもらおう。
さてさて、おつまみは何かあったかな? 干し肉くらいならありそうだけど……なんてことを考えている時だった。
「よっ、黒。久しぶり……でもないね。とりあえず遊びに来たよー」
そんな、随分と愉しそうな声を聞こえた。
その声の方を向くと、妖精の姿ではない白の姿。そして――
「え、えと、お久しぶりです。黒……さん」
と、ぎこちない挨拶をしてくれたのは、あの桜ちゃんだった。
今まで桜ちゃんから敬語なんて使われていなかったし、さん呼ばわりもされていなかった。だからなんともむず痒い気分です。別に俺は今まで通りでも良いと思うんだけどなぁ。
「よ、こんにちは。白に桜ちゃん。それで、今日はどしたの?」
いつか会いたいと思っていたからこれは丁度良い。
「んとね。桜ちゃんのことも落ち着いてきたから報告しに来たんだ」
おろ、そりゃあ良かったよ。雰囲気的に悪い結果ではないだろうし。
それで、その報告の内容はどんなものなのかな? なんて思っていると、くいっと誰かに服を引っ張られた。其方を見ると萃香の姿。
「何の話をしてるの?」
んと、萃香も桜ちゃんと会ったことはあるんだったよね。ああ、でもこの白の姿を見るのは初めてか。俺が暴走した時に会ったみたいだけど、あの時は妖精の姿だったし。
「色々あってさ、桜ちゃんが是非曲直庁で働くことになったから、その報告とかそういうお話だよ」
ってことで良いんだよね? もしかしたら直ぐに転生するのかもしれないけど。
「それで、桜ちゃんはこれからどうするの?」
「えと……これからは白様の下で働こうって思って、ます」
そかそか、それじゃあ転生はしないってことなのかな。それに白の下で働くのなら安心だ。
うーん、それにしても、桜ちゃんの様子がたどたどしいせいで違和感が……気にするなってのが無理な話だと思うけど、できれば今までみたいに接してくれた方が俺としては有り難いです。白と一緒に働くというのなら、これからも会えるのだろうし。
「その、黒さん……あの時は本当に――」
「いいよ。気にしてないから。アレくらいならよくあること。それにさ、アレは桜ちゃんが悪かったわけじゃないんだ。だから、桜ちゃんが謝る必要はない」
勝手に器にされてしまったんだ。そりゃあ、わーっと暴れたくもなるだろうさ。
別に何かを失ったわけじゃない。そうだというのならきっとやり直しだって効く。だから、何の問題もありません。
そんなわけで桜ちゃんの謝罪は受け入れないことに。それに、どうせだったら『ごめんなさい』なんて言われるより、『ありがとう』と言われた方が俺としても嬉しいかな。
どうにも湿っぽいのは苦手だからねぇ。
「ねー、だから言ったでしょ。黒はどうせ聞いてくれないって」
そして、俺と桜ちゃんのやり取りを見ていた白が、愉しそうに笑いながら、桜ちゃんへ言葉を落とした。なんだか見透かされているようでアレだけど、まぁコイツにならいっか、と思ってしまう。白と俺との関係はそんなものです。
「そういう性格だからねぇ。それで、ふたりは今日、のんびりできるの?」
せっかく来てもらえたんだ。残念ながらまだお店の方は直ってないけれど、お酒を出すことくらいはできる。それに丁度、萃香と一緒にお酒を飲もうと思っていたところですし。
「あうー、ごめんね。まだちょっとごたついているから、のんびりはできないんだ」
顔を落とし、いかにも残念です、といった表情で白が答えた。
あら、そりゃあ寂しいね。とはいえ、まぁ、これから時間なんていくらでもあるだろうし、別に慌てる必要もないのかな? 今日こうやって会えただけでも充分といったところ。
そういうことにしておこうか。
「黒さん」
「うん?」
それじゃあ、これでお別れかな。なんて思っていたら、最後に桜ちゃんが声をかけてきた。さっきみたいに、謝ろうとしている顔ではなく、もっとキリっとした顔で。
だからきっと、今度は悪いことじゃないんだろう。
「……たぶん、私の人生は幸せなものじゃなかったと思います」
まぁ……そうだろうね。
結局、桜ちゃんに何があったのかわからなかったけれど、一般的見て幸せな人生ということはできなそうだ。
「でも、後悔している自分はいないんです。今、ここに、こうやって立っていることができて嬉しいって思えている自分がいるんです。そして、それはあの時、黒さんが私をこの幻想郷に連れてきてくれたからだと思っています」
「そっか」
あの時、桜ちゃんが俺と幽々子に出会えなければ、きっと何の抵抗をすることもできずに、白の器として消えてしまっていただろう。
だから、今、此処にこうやって桜ちゃんがいるのは、俺が原因。
けれども、絶対にそれだけじゃないはずなんだ。あの時、桜ちゃんが一歩前へ踏み出すことができたから今、こうして立っていられることができる。
確かに、きっかけを作ったのは俺だ。でも、そのきっかけを上手く使うことができたのは桜ちゃんが勇気を出し頑張ったからなんだろう。知らない世界へ飛び込んでいくってのは、簡単なことじゃあないのだから。
「だから――ありがとう」
「ん、どういたしまして」
きっときっとそういうこと。
さて、これでようやっとこの一連のお話も終わりとなりそうだ。
家は壊れてしまったし、結局桜ちゃんと一緒に生活することもないっぽい。けれども、それ以上に得たものだってあるはずなんだ。
「ふふっ、まぁ、時間があったらいつでも遊びに来なよ。是非曲直庁と此処は繋がっているんだし」
映姫ひとりを相手にするのは遠慮したいけれど、桜ちゃんがいるのなら安心できる。とはいえ、白の下で働くのだしかなり忙しんだろうなぁ。
ま、時間はあるんだ。俺はのんびりのんびり待つとしよう。
「はい! また来ます」
うん、待ってるよ。
「それじゃ桜ちゃん。私たちは帰ろっか。仕事もまだたくさん残ってるし」
「わかりました白様。それでは黒さん、また」
今度はお酒でも飲みながらのんびりお喋りでもしてみたいものです。
「おう、またね桜ちゃん。んじゃ、またな白」
「ん~、またな黒」
そんな言葉を交わしたところで、ふたりは消えていった。
1年後か、10年後か、100年後か……次に会えるのが何時になるかは分からない。だからこそ、会える日が楽しみになるのかな。
なんてね。
さて、さてさて、そんなお客さんが何時訪れてくれても良いように、家の修復を頑張るとしようか。
「よし、んじゃ萃香。作業を再開するぞ」
「えー? お酒はー?」
何というか、今はなんだか頑張りたい気分なんです。お酒はその後ってことで。
さて、随分と長くなっちゃったけれどそれじゃあ、そろそろ締めに入るとしようか。
そもそも、桜ちゃんと出会ったきっかけはなんだったのかって考えてみた。外の世界へ遊びに行ったこととか、あのボロっちい神社のおかげだとか、色々なこともあるけれど……お酒が原因ってことにするのが一番それらしい気がする。外の世界へ行ったのだって、幽々子が外の世界のお酒を飲んでみたいと言ったことからでしたし。
そう考えると、また随分お酒臭い物語だと感じてしまう。
ただ、それはそれで俺らしいのかなって思い、クスリと笑ってみた。だからきっとこれはお酒が繋いだ物語。
つまり、いつも通りのなんてことないただの日常だったんだろう。これくらいは、きっときっとよくあること。
俺はそう思います。
気がつけばもう8ヶ月も空いてしまっていたそうです
お久しぶりとなってしまいましたね
と、いうことで第締話でした
これでこの閑章も終わりっぽいです
予定よりもかなり長くなってしました……
さて、これからこの作品はどうするかって話ですが……どうしましょうね?
正直、書きたいことはかなり書いてしまったので、これで完結にしても良いのですが、それもそれでもったいないかなぁと思っているところです
まぁ、とりあえずもうひとつくらいは閑話を書いてみることにします
では、次話でお会いしましょう
感想・質問なんでもお待ちしております