東方酔迷録   作:puc119

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第結話~またいつか~

 

 

 さて、本当に困ったことになった。

 普通に戦ったところで勝目なんてない。頼みの結界もダメ。せめて飛んでくれれば、能力を使って時間稼ぎくらいはできるけれど、もう飛んでくれないよなぁ……白のスペックがぶっ飛び過ぎなんです。

 いや、ホントどうしましょうかね?

 

 とにかく、今の桜ちゃんをこの場所から出すわけにはいかない。どうして暴れているのかわからないけれど、桜ちゃんを此処から出してしまったら幻想郷が危ないのだから。

 

「まぁ、そんな慌てないで、もうちょいとゆっくりしていきなって」

 

 無表情だった桜ちゃんだけど、今は乾いたような笑い声を落としている。

 うん……アレだ。無表情よりは良いと思うけど、ちょっと怖いかな。君に似合うのはそう言う笑顔じゃないんだけどねぇ。

 

 そんな桜ちゃんは、また一気に此方へ近づいてきて蹴りを一発。ソレを手で弾きながら受け流し、距離を取ろう……としたところで2発目の蹴りが直撃。再び吹き飛ぶ身体。視界は暗転。この数分で2回目の死。

 なにこれ。桜ちゃんの動きが全く見えない。わかっていたけどレベルが違いすぎる。

 

 戦闘は本当に苦手なんです。それに最近は随分と平凡な暮らしを続けていたしなぁ。急激な運動に身体が全然ついてきてくれない。

 頼むから早く白を連れてきてくれ。こんなの足止めできる気がしない。

 

 

 再び戻る視界。口に溜まった血反吐を吐き出してから、大きく深呼吸。未だ変な笑い声を落としている桜ちゃんがホント怖い。

 

「ハロー黒。さっき振りだけど、随分と愉快な状況になっているわね」

 

 神出鬼没。紫さん登場。

 普段はあまり有り難くない存在だけど、今ばかりは嬉しい増援だ。ようこそ地獄へ。ゆっくりしていってね。

 

「ああ、死ぬほど愉快な状況だよ」

「冗談になっていないのだけど……」

 

 だって、冗談じゃないもの。

 さて、そろそろ俺の霊力も怪しいのだけど、どうしましょうかね? 突然、現れた紫に警戒しているのか、桜ちゃんは先程みたいに俺を殺しには来ない。このまま、白が来るまで時間稼ぎは……まぁ、無理ですよね。

 

「紫ならアレ、止められそう?」

「無茶言わないで」

 

 ですよねー。

 とは言え、紫だって今の桜ちゃんを此処から出したくはないだろう。紫が何を考えているかまではわからないけれど、やることは一緒だ。

 

「全力で頼む」

「言われなくとも」

 

 俺が声をかけたのとほぼ同時に、紫は巫山戯た量の弾幕を放った。それは回避ルートなんてない、相手にぶつけるためだけの妖弾。流石は大妖怪と言ったところ。

 さて、紫が時間を稼いでくれるのなら、都合が良い。もう一度結界を張らせてもらおうか。

 

 紫の妖弾が桜ちゃんを襲うのを横目に、もう一度集中。

 木火土金水と陰と陽。五行と八卦を掛けて合わせて三百二十。其処へ竜脈の力も合わせた結界。それはあの妖怪桜を封印した時よりもずっとずっと強力な結界。霊力をほぼほぼもっていかれるけれど、出し惜しみしている場合じゃないのだ。

 

「紫、結界張るぞ!」

「お願い」

 

 そんな言葉をかけてから、トンっと一度足踏み。

 その瞬間、高周波のような高い音が響き、桜ちゃんの周りを見えない壁が覆った。

 

 足腰から力が抜け、地面へ腰を落とすことに。完全に霊力切れです。

 はてさて、これで少しくらいは止まってくれれば良いのだけど、どうでしょうか?

 

 

「……これは流石に規格外ね」

 

 

 ぽそりと落ちた紫の声。

 まぁ、そんな甘くはないわな。再び、ガラスが割れたような甲高い音が響き、全力を込めて張った結界は見事に壊された。

 全くもって相手の底が見えない。甘くはないことくらいわかっていたけれど、まさか此処までとは……俺の霊力じゃアレ以上強い結界を張ることはできないし、どうしたものか。

 

「っつ! 避けて黒!」

 

 紫の叫び声。

 無茶言わんでください。もう身体がちゃんと動かないんだ。

 

 紫の放った妖弾でできた砂埃の中、桜ちゃんが俺たちの方へ近づいてくるのが見える。けれども、俺の身体じゃもう避けることなんてできやしない。紫はスキマの中へ避難したみたいだけど、俺にはそんなことできないしなぁ。

 困ったね、こりゃ。

 

 どうせ無駄な抵抗なんだろうけれど、あのナイフを構えてガードの姿勢。

 そして、構えたナイフ越しに巫山戯てるほどの衝撃が身体を突き抜け、地面へ叩きつけられた。

 

 倒れた俺を見下ろすように立つ桜ちゃん。どうにか死にはしていないけれど、もう身体の感覚なんてないし、視界だってボヤけている。今日だけであと何回死ぬことになるのやら……

 

 

「カフッ……あっ……」

 

 

 なんとか声を出そうと思ってみたけれど、呼吸すらまともにできないし、血反吐が邪魔で声が出てきてくれない。

 ボヤけた視界の先、微かに見えた世界で――桜ちゃんは大粒の涙を落としていた。

 相変わらず顔は笑ったまま、けれどもその瞳からは確かに雫が溢れ落ちている。どうして桜ちゃんが暴れているのかはやっぱりわからない。

 

 でも、まぁ……辛いよね。自分が知りもしない相手の器だったなんて。

 

 ごめんな。俺がもう少し早くそのことに気づいていればやれたことだってあったのに。いつだってそうだ。俺は気づくのが遅すぎる。

 

 ああ、ダメだ。流石に限界。霊力だってもう僅かしかないし、直ぐに復活できるのかもわからない。でも、これはちょいと厳しいです。

 

 振り上げられた桜ちゃんの腕。目を閉じる。これで3回目、か。

 ホント、どうにかしてやりたいんだけどなぁ。

 

 

 目を閉じ、真っ暗な世界で――パシンと、渇いたような音が響いた。

 

 そして――

 

 

「よっし! 到着だ」

 

 

 なんて声。

 

 閉じていた目を開けると、真っ白な着物に真っ白な髪が見えた。どうやら今回は妖精の身体を借りるなんてことはしなかったらしい。それはずっとずっと昔に見た誰かの姿。

 良かった。どうにか間に合ってくれたらしい。俺の少しばかりの頑張りが無駄にならなくて済む。

 

「ほら、せっかく私が来たんだから、いつまでも寝てないでさっさと起きなよ」

 

 相変わらず無茶なことを言ってくれる奴だ。此方はもう本当に虫の息だと言うのにね。てか、白が来てくれたのなら、俺はもう寝ていても良い気がする。もし俺が起きたところで戦力になんてならないし、白の実力なら壁だっていらないだろう。

 

「うん? もしかして、動けなかったりするの?」

 

 はい、その通りです。身体が動きません。

 だから、俺のことは無視して桜ちゃんを助けてくれれば嬉しいのだけど。

 

 なんてことを思っていたのだけど、その願いは白へ届かなかったらしく――

 

 

「じゃあ、一度死ねば大丈夫だね!」

 

 

 なんてことを言われ、僅かに見えていた視界は完全に真っ暗となった。いや、もう、ホント昔から容赦無いね……

 

 

 

 

 かなりギリギリだったとは思うけれど、霊力も残っていてくれたらしく無事直ぐに復活。もしかしたら、白が何かをしてくれたのかもしれないけれど、それはわからない。コイツったら自分の能力を教えてくれないし。

 

「や、黒。久しぶり。もしかして待った?」

「よ、白。久しぶり。ちょうど今来たところだよ」

 

 そんな言葉を交わすと白はカラカラと笑った。真っ白な長い髪に真っ白な服。透き通るような肌に真っ赤な瞳。それが俺の親友の容姿だった。

 さてさて、のんびりと会話をしている場合じゃないのだ。それよりも今はやらなきゃいけないことがある。

 

 例のごとく、白を警戒してか桜ちゃんを俺たちから離れた場所にいるけれど、いつ攻撃されるのかわからない。それに次、俺が死んでしまったら、流石に何日か目を覚ますことはないだろう。だから命を大事にいきたいところ。

 

「……あの子がそうなの?」

 

 多分、白も映姫から説明は受けていると思う。

 そして随分と我が儘のことだけど、できれば桜ちゃんを殺したくはない。なんとかならないかねぇ。

 

「そうらしいよ。なんとかできそうか?」

「うん、大丈夫」

 

 そう言って白はまた笑った。

 いくら白が来てくれたと言っても厳しい状況には違いない。でも、コイツならきっと大丈夫だって思えてしまう。

 

「黒だって頑張ってくれたみたいだし、サクッと終わらせるね」

 

 うん? サクッと? あの、白さん。できればあまり乱暴じゃない方法で……

 

 

「桜ちゃん……だっけ? 悪いけど、今ばかりは寝ていてくださいな」

 

 

 そんな言葉が聞こえた瞬間、白の姿がブレた。

 そして、鈍いような音がし、其方へ視線を移すとゆっくりと地面へ倒れようとしている桜ちゃん。

 

 ……なんだこれは。あれ? 白ってこんなに強かったの? いや、強いのは知っていたけど、此処までじゃなかったような気がする。

 

「っと、うんうん。どうやらちゃんと意識を飛ばすことができたみたい。これで解決だね!」

 

 動かなくなった桜ちゃんを抱えながら白が言った。

 い、生きている……よね? 天に召されてないよね?

 

「お、おう、お疲れ様……」

「ふふ、黒もお疲れ様」

 

 ああ、うん。なんだか、すごく疲れたよ。色々と。

 しっかし、俺や紫が手も足も出なかった相手を一発かぁ……俺も結構努力したと思っていたのに、全くもって差が埋まっていない。

 才能って言葉はやっぱり嫌いだ。

 

「えと、桜ちゃんってこの後どうなるの?」

「ん~……流石に生き返らせることはできないから、私と同じ場所で働けば良いのかなぁとか思ってるよ。ああ、でも転生させてあげることはできるかな。其処は本人の気持ちしだいだね」

 

 おお、それなら良かった。地獄逝きとかなったら流石に可哀想だ。桜ちゃんはどんな道を選ぶんだろうね。まぁ、そんな道を選ぼうが俺は応援するけどさ。

 

「っと、そろそろ私は戻らないとなんだ」

「あら、そうなのか」

 

 それは寂しいな。

 詳しい話を聞いていないから、結局のところ桜ちゃんがどんな存在だったのか俺は理解していない。ただ、色々と大変そうだ。

 そう言うのには関わらないのが一番。そのうち映姫がまた飲みに来そうだね。

 

「それじゃ、またね黒」

「ああ、またな。白」

 

 ブンブンと俺に向かって手を振り、これ以上ないってくらいの笑顔をしながら桜ちゃんと共に白は消えていった。ホント、嵐みたいなやつだな。

 まぁ、お互い寿命なんてないようなものだし、きっとまた会える日は来るはず。それまで俺はのんびりと待つだけだ。

 

 それにしても……

 

 

「ホント、疲れたなぁ」

 

 

 霊力は空で正直、今直ぐにでも寝てしまいたい気分。

 ただ、家とか畑とか色々と壊されちゃったし、やらなきゃいけないことが沢山ある。なんとも内容の濃い一日だった。

 

「……白って本当に人間なの?」

 

 動く元気もなく、地面へ座り夜空をボーッと眺めているとそんな声が聞こえた。少しばかり心配していたけれど、どうやら紫も無事だったらしい。

 

「そのはずだよ」

 

 元だけどね。でも、今は確か神になっているんじゃなかったかな。いつの間にかそんな偉い存在になってしまったらしい。まぁ、だからと言って俺と白との関係が変わるとも思えないんだけどさ。

 

「そう……それで、今後の予定は?」

 

 それなんだよねぇ。ホント、何から手をつければ良いのやら……

 やらなきゃいけないことが多すぎて嫌になってくる。壊れた家の修復とかどれくらいかかるんだろう。そんなこと考えたくもない。

 

「まぁ、とりあえず。星空でも眺めながらボーッと考えてみるよ」

「相変わらずねぇ」

 

 そう言う性分ですから。

 永い人生なんだ。のんびりのんびりといかせてもらおう。

 

 






……終わりませんでしたね

と、言うことで第結話でした
桜さんのことを完全に無視する形となってしまったので、次話はエピローグと彼女の気持ちを書く感じとなりそうです
それでこの閑章もようやっと終わりです

では、次話でお会いしましょう
感想・質問なんでもお待ちしております

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