「よしっ、そんじゃ始めよっか」
博麗神社で黒くんが言った。
時刻はもう正午を過ぎていると思う。そうです。黒くんの寝坊が原因です。結局、私が起こしました。
だから昨日言ったんだけどなぁ。
博麗神社だから霊夢ちゃんもいるけれど、今はのんびりお茶を飲んでいるところ。私もあとでもらおうかな。
「はい、お願いします」
とは言ってもどんなことをするんだろうね? やっぱりアレかな、座禅を組んで集中する的な。
霊力があるなんて言われても、それがどんな物なのか私にはわからない。霊弾を出せる気も結界を張れる気も空を飛べる気もしない。
「それでまずは何をすれば良いの?」
「そうだね、まずは……やっぱり空を飛ぶことかな」
おおー、それは楽しみ。
正直、霊弾とか結界は興味がないもん。それよりも空を飛んでみたい。
でも空を飛ぶって、どうすれば良いの?
たぶん霊力とか言うやつを使えば飛ぶことができるんだろうけど、その霊力の使い方がわからない。ホント、霊力って何なんだろうね?
「自分の中にある奴を……こう、上手く沸き上がらせるような感じで集中すれば……良いのかな?」
なんとも曖昧なアドバイスだった。
意味わからん。どうしろと。
とは言うものの、何かをしなければできるはずがないから、黒くんの曖昧なアドバイス通り自分の中にある奴を沸き上がらせるように集中してみた。
そっと息を吐き、目を瞑る。
……うん。
ダメだ。できる気がしない。いくら集中してみても何かが湧き上がってくる感覚なんて全くしない。
いや、ホントどうすれば良いのさ? 気合でどうにかなるものでもない気がするし……
空は飛んでみたいけど、これじゃあ一向に飛べない。これは困りましたね。
どうにも上手くは行きそうにないから、上を見上げる。
そこには夏へなりかけの青い空。
外の世界と比べて幻想郷の星空は本当に綺麗だった。でも、昼間の空はそんなに変わらないんだね。青い空と白い雲。きっとこの景色ばかりは大昔から変わっていなんだろう。
私はその空に向かって飛んでみたいんだけどなぁ。
「むぅ、やっぱりいきなり飛ぶのは無理か。それならもういっそ高いところから落とした方が……」
おい、コラ。待ちなさいって。それは流石に嫌だよ? 別に高い場所が苦手とかそういうことはないけど、落とされるのは好きじゃないもん。
もう少し優しい方向で進めようよ。紐無しバンジーは笑えない。
「なぁ、霊夢。どうすれば良いと思う?」
「そうねぇ……そのうちなんとかなるんじゃない?」
ずずりとお茶を飲みながら、黒くんの質問に霊夢ちゃんは応えた。
最初は怖い人だと思っていたけど、霊夢ちゃんってすごくマイペースな人なんだね……
その後も、一生懸命空を飛べるよう頑張ってはみたけれど、結局空を飛ぶことはできなかった。一日中立っていただけでした。現実はいつだって無情だ。
まぁ、そんな簡単に空を飛べるようになるのもおかしなことなんだけどさ。だって私は外の世界で空を飛んでる人なんて見たことないもん。
太陽も西の空へと沈んでしまい、そろそろあの暗い世界へ変わってしまう。こんな調子で大丈夫なのかなぁ……
「……飛べなかった」
わりとショックです。
「人生なんてそんなもんだよ」
そんなものなのかなぁ。辛い人生ですね。
「お酒でも飲んでやってみたら?」
何故そうなる。酔ってなくても飛べないのに、お酒なんて飲んだら余計に飛べなくなりそうだ。
はぁ、また明日頑張ろう。
――――――――
布団に入って寝ようとはしたものの、どうにもその日は寝られそうになかった。
隣で寝ているだろう黒くんを起こさないよう、できるだけ静かに起き上がって家の外へ。風にでも当たればきっと眠気だって訪れてくれるはず。
カランカランとドアに付いたベルを鳴らしながら外へ出ると、ふわりと生暖かい風が当たった。もうすぐ夏だもんね。これから暖かい季節になりそうだ。
そしてそんなふわりとした風と共に、何かを燃やした時のあの香りも一緒に届いた。別にこの香りを嗅ぎ慣れているわけじゃないけど、その匂いが何なのかくらいは知っている。どうやら風に当たろうとしていたのは、私だけじゃなかったらしい。
そう言えばあの時コンビニでも買おうとしてたもんね。んもう、お酒だけじゃなく煙草まで吸ってるの?
「もう良い時間だけど寝なくて良いの?」
そんな言葉と一緒に吐き出された息は白く濁っていた。
「なんか寝られなかったんだ」
「そかそか。まぁ、そんな日もあるもんな。ごめんね、ちょっと煙臭くて」
「別にいいよ。あとから来たのは私だし、煙草の匂いも嫌いなほどじゃないもん」
吸おうとは思わないけど、毛嫌いするほどじゃない。
「煙草は身体に悪いよ?」
「わかっているさ。それでもなかなかやめられないんだよなぁ」
そういうものなのかな。
お酒に煙草かぁ。両方共私には縁のない物だったのに、最近になって一気に身近な物になっちゃったね。
それにしても黒くんって本当は何歳なんだろ? 最初は私より年下だと思っていたけど、今はそう思えなくなってきた。
もしかして黒くんも人間じゃない?
「また朝起きられないよ?」
「その時は桜ちゃんが起こしてくれるでしょ?」
クスクスと笑う黒くん。自分で起きる努力をしなさいよ。
そして、カショっと何かの缶を開ける音がした。んもう、また酒か!
「はい、こっちは桜ちゃんにあげるよ。紫からもらったのは良いけど、俺にはちょっと甘すぎてさ」
そう黒くんがいい、またカショっと缶を開ける音がした。
暗くて見えづらかったけど、たぶんチューハイだと思う。ありがとう。いただきます。日本酒とかビールはまだまだ飲めそうにないけれど、これなら飲めます。
コツンと黒くんの持つ缶と私の缶同士を軽くぶつけてから、チューハイを一口。シュワシュワとした炭酸が口の中で弾け、柑橘系の香りと仄かなアルコールの香りがした。美味しい。
ホント、チューハイってジュースみたいだね。
「私っていつになったら飛べるようになるのかな?」
あの綺麗な星空を眺めながら、独り言のような愚痴を黒くんにぶつける。
「ん~、それはわからないけど、桜ちゃんなら直ぐに飛べるようになると思うよ。飛べないのはさ。まだ慣れていないからなんじゃないかな」
慣れていない? なんのことだろう。お酒のことではなさそうだけど。
「まぁ、心配しなくても大丈夫だよ。それに焦る必要なんてないしさ」
そう言ってから黒くんは指で挟んでいた煙草をピンっと弾いた。
赤くなった煙草の先端がクルクルと回りながら暗い世界に放物線を描く。
コラ、ポイ捨てはダメでしょ。なんて言おうとしたら、放物線を描いてはずの煙草が花の花びらへと変わった。
えっ……何が起きたんですか?
「ああ、あとチューハイ沢山あるからどんどん飲んで良いよ」
いや、そんなに飲めないんだけど……
う~ん、でもせっかくだし、今日は沢山飲んでみようかな。
此処で止まっていれば……なんて私は思うのです。
――――――――
それからは話をしながらひたすらチューハイを飲んだ。えと、もう何本飲んだのかな?
自分が酔っていることはわかるけど、お酒が止まらない。うむうむ、お酒って美味しいだね。
なんだかフワフワして気分がいい。
今なら空だって飛べる気分だ。
飲みかけのチューハイを持ったまま、立ち上がってみる。どうにも足元が覚束無いけど、なんとか立ち上がることができた。
身体が暖かく、色々な感覚が鈍い。
「え、えと……桜ちゃん? 大丈夫?」
「だいじょうぶー」
缶を傾けチューハイを一口。もうアルコールの香りはしなかった。
最初のうちは、ひたすらお酒を飲み進める私を冷静に見てくれる私がいたけれど、そんな私も何処かへ行ってしまった。もう誰にも私を止められない。
「私ね、空を飛びたいんだ」
「うん、それさっきも聞いた」
あら? そうだっけ? まぁ、別にそんなことはいっか。
持っていたチューハイを一気に飲み、空いた缶を地面へ置く。
上を見上げる。綺麗な星空が見える。
手を伸ばせば届きそうだったから、片方の手を伸ばしてみる。けれども私の手は空を切った。片方だけじゃ足りないみたいだったから、今度は両手を伸ばしてみる。それでもやっぱり私の両手は空を切った。
むぅ、もう少しで届きそうなのに。
一生懸命背伸びをして両手を伸ばす。
星に手は届かない。
あと少し、もう少しで届きそうなのに……
「……なにやってんの?」
声が聞こえた。
ちょっと待ってね。もう少しで届きそうなんだ。
ホンの少し、少しだけでいいから――飛んで。
そう願った瞬間。私の身体は浮いた。
「はっ? ……えっ?」
身体が浮いてくれたから、星を掴むためもう一度手を伸ばす。
それでも私の手は届かなかった。
「ちょ、ちょっと待って。桜ちゃん?」
「どうしたのー?」
何故か下の方から黒くんの声が聞こえた。
なにコレ? どうして黒くんは下にいるの?
よくわからなかったけれど、もう少しだったからさらに上を目指した。私の身体はあまり速く上へ行ってくれなかったけれど、それでも少しずつ上へ進み始めてくれた。
手を伸ばす。
手は届かない。
あとちょっとだと思うんだけどなぁ。
なんてそんなことを考えたところで私の意識は完全に落ちた。
少しだけ間が空いてしまいましたが更新です
適度にアルコールが入るとお酒が止まらなくなるのは、私だけじゃないと願いたいです
と、言うことで第飛話でした
漸く飛んでくれましたね
これで物語も進み始めてくれるはず
そろそろ主人公視点も書こうかななんて考えています
次話は桜さんの反省会ですね
飲み過ぎの次の日はそう言うものですし
では、次話でお会いしましょう
感想・質問なんでもお待ちしております