目が覚めると、最初に柔らかな布団の感触がした。
目を開けると其処には見覚えのない天井。嗅ぎ覚えのない石鹸の香り。
あれ? 私、どうなったんだっけ? そして、此処は何処?
何故か頭はガンガンと痛み、口や喉はカラカラ。何があったの?
うーん……これは少しばかり考えてみる必要があるみたいだ。
確か、昨日は休日でいつもの神社へ行って、其処で――ああ、そうだ。あの二人組と出会ったんだ。
なんとも不思議な二人組で、私はあの二人に振り回され続けた。けれども一緒にいてすごく楽しかったかな。
それで、もう一度神社へ戻って……
ああ、やっと思い出した。
私は幻想の世界へ来たんだ。住んでいた世界と別れ、幻想の世界へ旅立った。私の物語を書き進めるために。
――そっか。私はやっと前へ踏み出せたんだ。
そんな独り言を言おうとしたけれど、カラカラになってしまった喉から音は出なかった。喉の奥が張り付いて、なんとも気持ちが悪い。とにかく今は水が欲しいです。
それにしても、どうして私は此処にいるのかな? そもそも此処は誰の家?
ん~……ん? ああ、たぶん此処は黒くんの家だ。確か一緒に生活することになったんだっけ?
……マジで?
えっ? ちょっ、ヤバい。今更になってめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。だって私、男の子の家に遊びに行ったことすらないんだよ? それがいきなり一緒に生活するとか……寝顔変じゃなかったかな? 汗臭くない? まさか、いびきなんてしてないよねっ!?
と、とりあえず黒くんに会おう。どうして私が寝てしまったのか聞かないと。
布団を退け、できるだけ丁寧に畳んでから黒くんを探しに出かける。それにしても頭痛が酷い。なんかフラフラしちゃって上手く歩くこともできない。本当に何があったんだろうか?
見えていた扉に手をかけ、静かに開けてみる。
その先には、何処かの喫茶店のような景色があった。
……どういうことですか、これ?
そして、よく見ればカウンターに突っ伏して寝ている人がいる。この店のお客さんかな? 今が何時なのかわからないけど、店員さんに迷惑だよ? ちょっと怖いけれど、やっぱり起こしてあげた方が良いよね。
そんなことを考えつつ、寝ている人に近づいて気づいた。ってああ、なんだ。黒くんじゃん。どうしてこんな寝にくい場所で寝ているのやら……
あっ、もしかして私が黒くんの寝る場所取っちゃったから? ご、ごめんなさい。
なんとも申し訳ない気分になったけれど、とにかく起こしてあげないと。黒くんの肩を軽く叩いてみる。起きてー。此方は、男の子に触ることだって慣れていないのだ。早く起きてくれないかな?
声をかけてあげたいけれど、やはり上手く声は出てくれない。カラオケで叫び続けた次の日でもこんなことにはならなかったのに……
それから、一生懸命黒くんを起こそうと頑張っては見たけれど、『むぅ、むぅ』言うばかりでいっこうに起きてはくれない。
んもう、なんだかなぁ……
それから、数十分ほど黒くんの頬をつついてみたり髪の毛を引っ張りたりしていると、漸く黒くんが起きてくれた。ちょっと遊びすぎちゃった気もするけれど、きっとバレてはいないから大丈夫。
「むぅ……あ~……あっ、おろ、おはよう桜ちゃん」
うん、おはよう。
そう言って私に声をかけてから、ん~っと一伸び。ポキポキと骨の鳴る音が聞こえた。ごめんね、私が寝床を取っちゃったからだよね。
それにしても、この喫茶店みたいな家はやっぱり黒くんの家なのかな。じゃあ、黒くんがこの店をやっているの? 私よりも若い見た目なのに……
「んと、桜ちゃん。調子はどう? 頭とか痛くない?」
調子、悪いです。頭、痛いです。
あと水をくれると嬉しいな。喉がカラカラでちゃんと喋ることだってできないよ。ホント、昨日は何があったのやら……
「ふふっ、調子悪そうだね。ちょっと待ってて。今、水と薬を持ってくるから」
水はありがたいけど、薬……? えっ、私の体調が悪いのって風邪とかってこと? 確かに、全身は怠いし頭痛もする。けれども寒気とかはないんだけどなぁ。
自分の状態がよくわからないけれど、黒くんから水と粉薬をもらいとりあえず飲み込む。ああ、水ってこんなにも美味しかったんだね。カラカラに乾いた口と喉に冷たい水が染み渡る。
「あー、あー……」
うん、声も出るようになったし、たぶん気のせいだろうけれど頭痛も収まってきた。
「昨日は何があったの? 全く覚えてないんだけど……」
「あ~お酒を一気に飲んだから、桜ちゃん倒れちゃったんだよ。ごめんね。まさか、萃香のお酒をもらっているとは思わなくて……」
なんと、お酒を飲んだんですか? つまり、この頭痛が二日酔いって奴なのかな。私、未成年なんだけど大丈夫?
うん……当分お酒は遠慮しよう。二日酔いは辛いし、記憶がなくなるってのもいやだもん。もし、飲むとしてももう少し優しいお酒を飲みたいな。
あと、別に黒くんは謝らなくて良いと思うよ? 私が勝手に飲んで勝手に倒れただけなんだし。
「そう言えばさ、此処って黒くんのお店なの?」
「うん。一応、カフェってことで店を開いているよ。訪れるお客さんはお酒しか頼まないけど……」
ため息をしながら言葉を落とす黒くん。
やっぱり喫茶店だったんだ。ふふっ内装もおしゃれだし、素敵なお店だと私は思うよ。
ん~、じゃあ私はこれからこのお店の手伝いをしていくってことなのかな。喫茶店でアルバイトをした経験なんてないけれど、大丈夫だろうか。一人暮らしをしていたのだし料理は作れるけど、コーヒーとか紅茶は詳しくない。
……うん、迷惑にならないよう。しっかり覚えないと。
お店は、まだ開いていないんだよね?
そんなことを考えた時、目の前に不気味な裂け目のようなものができた。
あっ、これは見覚えがある。
確か――
「調子の方はどう? 桜」
うん、紫さんが現れた時と同じやつだ。
「……あんまりよくはないかな」
二日酔いだもの。多少は楽になったけれど、絶好調ではありません。
「おろ、いらっしゃい紫。ちょうど良いや。俺はもう一眠りしてくるから桜ちゃんのことよろしく」
大きな欠伸をしながら黒くんが言った。
えっ……お店はいいの? まぁ、寝不足なのは私のせいなんだろうけど。
「お店は?」
「いいよ。どうせ開けても誰も来ないし」
「私がいるじゃない」
「紫はノーカン。んじゃ、任せたよ」
そう言って黒くんは奥の部屋の方へ行ってしまった。
「はぁ、ホント勝手なんだから……」
ため息を落とす紫さん。
えとえと、私はどうすればいいのかな?
此処で何をやっていけばいいのかが、全然わからない。不安だらけです。
「さて、どうしましょうか。此処に居ても仕様が無いし……そうね。とりあえず桜には人里案内してあげる。準備は?」
「えっ、人里……? 準備はうん、まぁいつでも」
人里ってなんのことだろう。此処にはまだ来たばかり。私には知らないことが多すぎる。
けれども、それはきっと良いこと……なのかな?
そして、紫さんがふわりと扇を振ると、いつかのように景色がいきなり変わった。
その変わった景色の先には、まるで江戸時代のような景色。いや、私は江戸時代にはいなかったから想像でしかないけどさ。
「まぁ、ぶらぶらと見て回っていなさいな。ある程度時間が経ったらまた迎えに来るから。それでは、また」
――バーイ。
紫さんが消えた。
これから私にどうしろと?
うーん、まぁ言われた通り、ぶらぶらとしてみようかな。
紫さんの言っていた人里と言うのはどうやらそのままの意味らしく、そこには私がこの世界へ来たときに会ったような、明らかに人間ではない人たちはいなかった。
頭に変な物を乗っけている人や、メイド服を着た銀髪の女性なんかもいたけれど、アレはまだ許容の範囲内。彼女たちも、きっと人間なはず。
流石にメイド服はどうかと思ったけどさ……やっぱりコスプレなのかなぁ。
人里の中は何処も賑やかで、あちこちにある露店や、お店の人が客引きをしたりと楽しげな雰囲気が漂っている。
うん、いい里だね。
楽しげな景色を横目に、ふらふら人里の中を歩いていると見覚えのある姿を見つけた。
「あっ、桜さんじゃないですか。黒さんと一緒じゃないみたいですけど、どうされたんですか?」
私の姿に気づき、声をかけてくれた早苗さん。良かった。無視されたらどうしようかと思っていたけれど、やっぱり早苗さんはいい人なんだね!
「黒くんは寝不足で今は寝ているところだよ。それで暇になった私を、紫さんが人里まで連れてきてくれたの」
そう言えば、黒くんの家って人里にはないのかな? 来るのは一瞬だったから、その辺のことはよくわからないや。
「そうでしたか……えっと、それじゃあよろしければ、私の買い物に付き合っていただけませんか? 一人だと少し寂しくて」
はにかむように笑う早苗さん。なにこの人、マジ可愛い。
「よ、喜んでお願いします!」
私も一人で心細かったところ。そんな時にこの早苗さんの提案は、本当にありがたいです。
それから早苗さんと一緒に、お米や野菜、お酒なんかの買い物をして、一緒にお茶を飲んでと楽しく過ごさせてもらった。
見るものほとんどが珍しく、アレは何? コレは何? と早苗さんには色々迷惑をかけちゃった。お茶もおごってもらっちゃったし。
「今日はありがとうございました。桜さんのおかげで、久しぶりに楽しい買い物でしたよ」
いえいえ、此方こそ早苗さんがいてくれて助かりました。一人じゃどうしていいのかわからないもの。
「ふふっ、今度は黒さんのお店へ遊びに行かせてもらいますね。では、また」
そう言って、早苗さんは帰っていった。
すごいね、早苗さん普通に空飛んでるよ。それに女の人には大変な量の荷物も持って。なるほど、これが巫女さんの力か。
「どう? この世界は」
小さくなる早苗さんの姿をぼーっと見ていると、紫さんの声がした。
急に声をかけられるのも慣れてきました。
「あっちの世界で暮らしていた私には、ちょっと大変な世界かな」
わからないことが多すぎるもの。慣れるまでは、まだまだ時間がかかりそう。
「……まぁ、そうでしょうね」
「でも」
――ここはいい場所だね。
賑やかな声。優しい雰囲気。のんびりとした時間の流れ。その全てが私のいた世界より心地いいもの。
私はこの世界、好きだよ。
そう答えると、紫さんは嬉しそうに笑った。
「それじゃ、帰りましょうか。流石に黒も起きているはずだし」
うん、よろしく。
新しいことが多すぎて目が回りそうになる。
けれども、それも悪くはないって私は思うのです。
あっちこっちの作品を書いていると、もう何が何だかわからなくなってきます
と、言うことで第会話でした
のんびりとしたお話になってしまいました
このお話は何処へ向かっているのやら……何か動きをつけないと落としようもありませんね
次話はちゃんと彼にも動いてもらいたいものです
桜さんを一人にしては可愛そうですし
では、次話でお会いしましょう
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