RED GUNDAM   作:カメル~ン

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第09話 シロッコ脱出せよ(1)

 

 宇宙世紀0079年2月22日。

 

 その晩、彼は成長した自分が―――死ぬ夢を見た。

 

 閉じた狭い空間の中、赤い大きなものに胸腹部を潰されて……というものだ。

 だが、その夢は目が覚めたと同時に忘れ去っていた。

 

「起きろ、シロッコ! 大変だ!」

 

 パプテマス・シロッコ少尉は、同僚で地球連邦軍宇宙艇パイロットのフレッド少尉から激しく揺すられ起こされると、状況を聞かされる。

 機関部で大きな爆発が起こっていた。そしてその周辺部の艦内火災が深刻だと言う。

 シロッコは駆け出していた。真っ直ぐに艦橋へ。

 扉が開き艦橋へ駆け込むと、各所への対応に追われている乗組員達の中、この艦隊責任者でもあるブルース大佐へ叫ぶ。

 

「艦長、直ちに艦内火災周辺の広範囲な空気を段階的に全部抜いてください! 加えて、宇宙艇による火災部署への立ち入り許可を。私に妙案があります!」

「なに? ―――分かった。シロッコ少尉、急いで向かってくれ!」

「はい!」

 

 すでに、彼の開発した高性能マニピュレーターを装備された、宇宙戦闘艇の有能性は艦隊の中でも有名で、その才能は各部署でも輝きを放ちつつあった。

 その後、シロッコの現場で執った戦闘艇をフル活用した大規模な化学反応消化で、急速に火災が収まるも機関の損傷は深刻であった。

 そしてそれは、時間が立てば徐々に機関の出力は下がっていき状況は悪くなると計算され、このままだと長くても全員生存の余命は六か月という予想が判明する。それ以降は段階的に少しづつ死者が出だすという計算結果に至る。

 シロッコは『地球圏への帰還』を艦長ら上級佐官達へ進言する。また、早急な応急補修と調整次第では出力低下は緩やかに出来、『今ならまだ地球圏までは間に合わせられる』と言う。

 艦長らは、即日船団会議で『地球圏への帰還』を決定した。

 同時に、シロッコは壊れ掛けた機関の稼働を出来るだけ持たせる案を矢継ぎ早に提案していく。

 その日から帰還しながらの半月、シロッコも含め技術者たちは協力して24時間体制で機関補修に掛かりきっていた。

 失敗すれば最悪地球圏へ戻れず、多くの仲間達の死者を出してしまうという状況であった。

 しかし、彼らはそれを克服した。

 

 全長二キロに及ぶその巨大な船体。

 メイン反応炉機関群に大きな問題が発生し、予定では宇宙世紀0079年には地球圏へ帰ってこない予定だったが彼らは戻ってきた。

 月が―――地球が近付いてきていた。

 

 地球連邦政府の資源採掘艦『ジュピトリス』とその船団である。

 

 ところが―――

 

 

 

 初めから、その船団は軍のように見えた。

 救援? なれば地球連邦軍の艦隊か―――?

 だが、入った通信に船団の中枢である『ジュピトリス』の艦橋は騒然となる。

 

「こちらは、ジオン公国軍である。

 地球連邦資源採掘船団『ジュピトリス』艦隊に告げる、直ちに降伏せよ。私はサイド3防衛第3艦隊司令、エギーユ・デラーズ大佐である。周辺はすでに封鎖してある。繰り返す、直ちに降伏せよ」

 

 その聞きなれない軍隊名称に、ブルース大佐は一瞬詰まるが前後の内容から組み立てる。

 

(『ジオン公国』……とはなんだ。サイド3……月の裏側のコロニー群か……? 何が起こっている?)

 

 彼は多くの命を預かる指揮官として確認を行う。

 

「貴公らは、地球連邦政府とは違う組織体の所属なのか?」

「そうだ。我々『ジオン公国』は地球連邦から―――『独立した国家』である。今、それを真に勝ち取るため、正義の戦いが行われている。回答に三十分待つ」

 

 ブルース大佐は、直ちに船団内での内線会議を行なった。しかし、戦力差から選択肢は『降伏』しかなかった。

 

(……なんということだ。おそらく、年初から地球圏との通信が途絶しているのは、このためなのだな。木星の重水素を運搬できるこの巨艦『ジュピトリス』は地球圏の生命線の一つでもある。せめてこの状況だけは、なんとか地球連邦政府へ知らせなければ……)

 

 ブルース大佐は会議後、直ちに非常秘匿回線を―――シロッコ少尉の乗る宇宙戦闘艇へ繋ぐ。

 彼は、すでに宇宙艇発艦デッキへ駆け込んでそのコクピットへ滑り込み、各機能チェックがオールグリーンな事を確かめ終わり、臨戦態勢で待機しているところであった。

 突如ブルース大佐の指示が、彼の乗る宇宙戦闘艇のコクピット内へ響く。

 

『シロッコ少尉、聞こえるか。我々は降伏せざるを得ない。だが、緊急迎撃用カタパルトで一番手薄な月方向へ君の機体を打ち出す。―――何とかしてこの宙域をパスし、連邦政府へ状況を知らせてくれないか。今、そちらへ人を向かわせているが君に我が艦のデータを託したい。可能なら……ルナツーを目指せ』

 

 ルナツーはサイド3から地球を挟んで反対側であり、地球連邦の一大拠点である。その地理的な宙域に、ブルース大佐は指揮官として判断し掛けた。

 一方、指示を伝えられたシロッコは、味方が抵抗するなら時間も稼げようが、単機で出る為、死ぬ確率は非常に髙い命令と言えた。だが―――

 

「分かりました、了解であります。ではパプテマス・シロッコ少尉、データを受け取り次第、直ちにルナツーへ発進します」

 

 彼は自分の開発した宇宙戦闘艇の性能と、自身の操艇技量に自信があった。

 訓練兵時代でもその卓越した技量は、教官も含め他の者の追随を許さなかった。何機、敵『戦闘艇』がいようと突破できると考えていたのだ。

 

「よろしく頼む。君なら突破出来るだろう。武運を祈っている」

「はっ」

 

 データチップを届けに来たのは、ノーマルスーツ(宇宙服)を着たここまで配属もずっと一緒だった同じ歳の同僚フレッド少尉であった。

 

「頼むぞシロッコ! ……俺も一緒に戦いたいところだが」

「ああ、任せておけ。お前の分もプラスして蹴散らしてやる」

 

 二人は、操作室の窓とキャノピー越しで互いに微笑み親指を立て合った。無言で『GOODLUCK』と。

 次の瞬間、カタパルトから巨艦『ジュピトリス』の後方の月側に向けて一機の戦闘艇

が発射された―――。

 その直後、地球連邦資源採掘船団『ジュピトリス』艦隊は降伏する。

 

『私は地球連邦政府軍所属、資源採掘船団指揮官ブルース大佐です。デラーズ大佐、我が艦隊は降伏する。一般的な常識ある対応と、乗組員の安全を要望する』

 

 グワジン級大型戦艦グワデンの広い艦橋にて、スキンヘッドに口髭を蓄える長身のデラーズはその言葉に答えず、通信モニタに映るブルース大佐へ問いかける。

 

「ブルース大佐……今の機影はなんだ?」

「……分からない。調査中ゆえ、今は存じ上げぬ」

「ふん……降伏を認めよう。ではよろしいか?……知らないモノを潰そうと問題あるまい。――月方面封鎖位置のMS(モビルスーツ)隊各機、今飛び出して行った『不要物』を―――破壊せよ」

「「「「「了解!」」」」」

 

 MS隊小隊長らが答え、直ちに戦闘行動を開始する。

 シロッコの乗る宇宙戦闘艇を、十八機ものザクが待ち受ける。

 彼は、その初めて見る姿に大きな衝撃を受けた。

 

(あれは………………一体なんだ!?)

 

 人型の巨人のような兵器。人の様に巨大な銃やバズーカを使いこなしている。

 自分の開発した宇宙戦闘艇は宇宙空間ではマニピュレータの腕もあり、負ける気はしない。

 だが―――足のある機体。軽快な機動力。

 おそらく、コロニー内などで接近戦や地上戦に非常に有用だろう。地球上もしかり。

 彼に生死を掛けた戦闘が迫りつつあり、それに対処する思考の中でも、彼の頭脳には『人型の巨人兵器』への無限の可能性が広がって行く。

 

 彼の操る宇宙戦闘艇は、腕を畳んで加速する。

 ザク六機が待ち受け、十二機が進行先へ並走するように、速度負けしないように事前加速を始める。

 まず、待ち受けるザクらのマシンガンによる十字砲火が始まる。

 しかし、その微妙に目まぐるしく変わる攻撃の軌道をシロッコの宇宙戦闘艇は正確にスライドして避けていた。

 彼の宇宙戦闘艇は、形としては先端部にキャノピーのコクピットがあり後部に推進メインノズルがある流線型な宇宙艇だ。各所にもノズルがあり変則的な機動性を生み出す。下部側へ左右一本ずつマニピュレータの腕がある。発想としてはMA(モビルアーマー)に近いだろう。

 彼には―――全て見えていた。

 待ち受ける手前の六機の攻撃を躱し、それらを置き去りにする。

 彼の今の目的は『積極的戦闘』ではない。

 これらを自力で突破して連邦政府側へ、大佐の命により同僚から託されたデータチップを確実に届ける事なのだ。

 次に並走して来きつつある、先行しているザクらからも攻撃が始まった。両サイドに六機ずつだ。 もはや、直進加速だけでは撃墜されると感じたシロッコが、『攻撃』に転じた。

 両腕のマニピュレータには、こちらも貫通力の高い90mmマシンガンが搭載されているのだ。

 周辺のザクへそれを左右同時に別方向へ向けお見舞いする。

 彼はその時のザク十二機の反応を全て確認していた。そして、反応の鈍い機体から血祭りにあげて行こうとする。

 マニピュレータ内臓のマシンガンが、一機のザクの頭部モノアイや脇の下の装甲の薄い所を撃ち抜いていた。爆散までは行かないが大破はする。

 数分で都合四機を無力化させた。数がいても動きが悪ければ標的にしかならないのだ。

 だが、残り八機の中に腕の立つものはいた。

 バズーカは大振りなので弾は躱しやすいが、120mmザクマシンガンは弾速が早く、腕の立つ三機が連携して躱せる場所を無くすように弾幕は薄いが集中砲火を浴びせて来たのだ。

 残念ながら、シロッコの宇宙艇は120mmもの口径の直撃弾に耐えられるほどの頑丈さでは無かった。

 機関部を庇い、両腕のマニピュレータの装甲の分厚い部分で数発を受ける。

 貫通はしなかったが大きく凹みが付いた。機関部で受けていればメインノズル部分が完全破損しただろう。

 

(……機体には一発も受けるわけにはいかない。……さっさと片付けるほかないか)

 

 直進していたシロッコの宇宙艇は急激に不規則な螺旋を描くように飛び始める。そして、急減速したかと思うと方向転換し、一機のザクへ肉薄し、モノアイと背中の推進部をマニピュレータのマシンガンで撃ち砕いた。

 彼は感じるのだ、いや『流れが見えている』というべきか。この感覚のとき、彼は負ける気がしなかった。

 さらにあっという間に、三機を戦闘不能へと撃ち落とす。

 残りは四機になった。

 さすがに、ジオンのMS隊のパイロットらも、この宇宙艇の異常さを感じ取っていた。

 全く『捕まらない』のだ。

 

 相手は近接して両腕のマシンガンを撃ってくるので、ザクマシンガンを片手にもう片方には腰からヒートホークも抜いて振り回していた。

 シロッコはその様子に感慨深く呟く。

 

「まさにこれは……白兵戦をするための兵器だな」

 

 更に一機を下から擦り抜けながら銃撃。裾の装甲の間から十発以上が直撃しついに爆散させる。

 ここから残りは手練れの三機になり、三機は結構揃った連携を強めて来る。

 ジオン側は一対一にならないように狡猾にこちらの動きを予想しつつ戦って来た。

 

(さすがに三機同時だと手強いな……。奥の手を使うか――)

 

 すると間もなく、連携をしていた三機のうちの一機が背中の推進部に被弾する。

 それも、敵の宇宙戦闘艇のいる位置とは違う所からの銃撃だった。

 さらに一機もモノアイを撃ち抜かれる。

 残った一機のジオン側のパイロットは困惑する。

 

「な、なんだ?! どこから撃ってくる?」

 

 そう、宇宙戦闘艇の両腕の『高性能』マニピュレータの先が―――有線で離れていた。

 小型ノズルで姿勢制御させるため、シロッコの左手は激しくノズルコントロールに動き、右手で最後の一機への射撃トリガーを引いていた。

 

 パプテマス・シロッコ―――ザク十二機を自分で開発した宇宙艇にて短時間で撃破。

 

 彼は直ちに増速する。但し進路を予測されないように少し迂回気味に月を目指していた。その先の地球の反対側の位置にあるルナツーへと近付くために。

 だが重大な問題が発生していた。

 

 彼が再計算すると、減速する推進剤が足らなくなっていた……。

 

 本気を出す為に先ほどの戦闘によって推進剤を多く消費してしまっていたのだ。

 しかし、あの状況ではセーブすれば命取りであったため、最善は尽くしており後悔は出来ない。

 となれば、どこかで手に入れるしかなかった。

 彼は近付きつつある、故郷の星の唯一な衛星である月へと近付いて行く。

 

 一時間半後、包囲を続け『ジュピトリス』艦隊に順次武装解除させていたグワジン級グワデンの艦橋にて、エギーユ・デラーズは信じられない衝撃の報告を受けた。置き去りにされた六機のザクが追跡し、戦闘不能機の救助と共にその状況を伝えて来たのだ。

 

「な、なんだと……十二機ものザクが撃破されて逃げられた……だと?!」

「は……はい、申し訳ありません」

 

 普段精悍な大佐の表情は、苦虫を噛み潰した様子で固まっていた。

 報告に来た准尉が、思わず謝ってしまうほどの。

 

「……(バカな信じられん……『ジュピトリス』艦隊にはMSはなく、旧式の宇宙艇しかないはずだ。どうなっている……)……もうよい。(くっ、それだけ戦闘をすれば推進剤は相当使ったはずだ。どんな奴か知らんが、宇宙を漂うゴミとなるがいい)」

 

 

 

 

 

 

 

 月の裏側、その月面のクレーターの中で中央から放射状に広がる大規模な基地都市、グラナダ。

 元々は、サイド3のコロニー群を建設する際の資材を打ち上げるマスドライバーが設置され、その後も発展した。ここはジオン軍の各種研究施設に加え、ザク製造元のジオニック社の工場も存在する場所である。

 シャアの二隻艦隊は、百以上もある宇宙船ドックの一つへと無事接岸を終える。

 接岸した瞬間より、シャアは少佐から『上級中佐』へと昇格していた。

 

「おめでとうございます、中佐殿」

 

 旗艦用ムサイの艦橋にてドレンが笑顔で、早速お祝いの言葉を送ると、周囲の通信士や操艦の兵らからも拍手が起こっていた。

 

「ありがとう、諸君。君もな、ドレン大尉」

「ありがとうございます。しかし……」

 

 シャアの艦隊の乗組員らは、ドレン以外も多くの兵らが連邦の『V作戦』関連の『勲功』により昇格を果たしていた。

 だが、シャアが一階級に対して多くが二階級の為、事前に十名近くが一階級分を固辞しようとしていたが、シャア自身が「遠慮するな。君らは十分に戦果を上げているのだから。それに、規模が大きくなる艦隊には信用のおける高位の士官が多く必要なのだ。その為にも昇進してくれ」と笑顔で皆に告げていた。

 そんな複雑な表情のドレンの肩を軽くたたいて、共に艦橋を下りたシャアらはいくつかの準備を始める。

 まず、ガンダムとビームライフル等の関連装備をグラナダの研究機関側への引き渡しだ。それに伴う艦からの降ろし作業と関連事項の説明を受ける。

 期間としてはまず四日という予定。状況によっては更に数日との事であった。実際の実験で、ガンダムによるビームライフルの射撃実験も行うと聞いている。

 ソロモンでの解析速報で、すでに性能は素晴らしいが、ガンダムの量産化はコスト的に中短期で考えれば難しいのではとの結果が上がってきている。そのため調査が終われば、ガンダムはシャアの部隊へ配備されることになっている。

 ただ、ビームライフルについてだけはここグラナダに留め置かれ、近い後日に代替えの試作ビームライフルがシャアのガンダムへ届けられる事になった。ビームライフルに付いてはジオン側でも研究が進んで来ているが、まだ実用化には今一歩となっていた。だが今回、その完成現物が連邦側から届いて来たことで一気に開発が進むと期待されている。

 シャアとしては、それらが戻って来るのを待つしかなかった。

 次は、艦内の引っ越し準備である。残る者は良いが、半分近くの者が新しい艦側へと移る予定である。また、MS格納庫でも3倍速ザク関連に、ガンダム関連の機材類は移動となる。その準備がドレン大尉を中心に、MS格納庫ではラエス中尉らが進められていた。

 さらに次である。

 キシリア・ザビ少将に面会し、『ガンダム』関連や、ニュータイプの将来性が高い『捕虜』の件を報告する事になっていた。

 面会に際してはシャア自身が赴き、同行者はいない。

 服装は中佐になっても、あの鮮やかに赤い色の佐官服である。

 

 だが、そのシャアは―――ヘルメットもマスクも被っていなかった。

 

 髪を髪用着色スプレーで少し山吹色に近く染め、整髪料でオールバックにしている。

 目にはカラーコンタクトを付け、そして僅かに暗いレンズの入った、縁の黒いメガネを掛けていた……。

 シャアはガルマとキシリアへは、偶にこのような形で素顔を見せている。

 これは、全く隠していると逆に色々と疑われると考えていたからだ。

 とはいえ、これまでキシリアとはモニター越しでしかこの格好を見せておらず、直接この姿で会うのは初めてであった。

 普段は殆ど緊張しないシャアだが、幾分緊張気味に艦を降りてなるべく人を避けるように、キシリアの居るグラナダの突撃機動軍司令部へ出向いた。

 

 

 

 その頃アムロは、自室の片付けを始めていた。着替える前のシャアから「近日中に新しい艦へ移る事になるだろうから、荷物を纏めておくように」と言われていたのだ。

 彼の傍でハマーンが(悪魔的な言葉を)囁く。

 

「ねぇ、アムロ。こんなことは後にして、グラナダの中を回って見たいんだけど。せっかく来たんだしぃ」

 

 ハマーンは背中合わせで荷物の整理をしているアムロ側へと背伸びするように寄りかかりながら「ねぇねぇ」と可愛くおねだりしてきた。彼女の赤紫色の髪のポニーテールが、はらりと頭の上からアムロの額をくすぐる。

 

「ダメだよ。僕らはドズル中将配下の兵達だから、ここではアウェーで外様なんだから。少佐も言ってたじゃないか」

 

 ドズル中将とキシリア少将の軍は上が揉めていた分、配下同士も結構難しい関係になるのだ。仲良くしすぎるとその者らは、軍団内で白い目で見られることになる。

 

「そんなの、黙って歩いてれば分からないわよ。それにアムロは、シャア中佐の部隊のそれも士官なのよ。そう言えば皆黙るわよ」

 

 ハマーンの理屈は、なかなか鋭いので困る。

 確かにサイド6の、あんな怪しげな所での急な願いを、そこの責任者へ申し入れて本当に通してしまえる中佐である。

 ジオン側でもかなりの人物であることは間違いないだろう。

 しかし。

 

「ダメだよ、ハマーン。言われたことをちゃんとしてからでないと。ここは軍隊なんだから」

「えぇーー、……ちぇっ」

 

 アムロは、ハマーンを任されている事もあったのでマジメであった……。

 だが、ハマーンもアムロの言う事には従っていた。プンプンしながら「とっとと片付けてやるぅ~」と可愛くのたまった。

 

 

 

 シャアは司令部建屋内の広い部屋へ通される。

 待っているとキシリアが数名の護衛らを連れて現れた。そしてシャアの前奥へ一段高くなった場所にある、背面の壁にシオンのマークと両脇に旗が置かれた席へと座る。

 シャアも護身用の銃は腰に持っているが、今は『その時』では無い。素顔を晒しつつも心を隠し抑え、『標的』な一人の前へ静かに立つ。

 

「久しいな、シャア」

「はっ、直接会わせていただくのは三か月ぶりでしょうか」

「中佐への昇格、おめでとうと言っておこう。大佐並みの権限が付いている。上手くやるといい」

 

 キシリアは、いつものようにヘルメットを被り、口元まで隠した表情でシャアへ祝いを告げた。

 今の所、シャアの格好へ特に不自然さは感じていないようだ。彼は内心ほっとする。武に殉じるドズルよりも、考えが不透明なキシリアは危険な存在と考えていた。

 

「ありがとうございます。期待に沿えるよう努めます。つきましては、先ほどガンダムに付いては研究機関へ引き渡しました。四日程お預けとのこと」

「うむ、先程報告を受けた。任務ご苦労であった。しかし……考えるも先制的に鹵獲とは大したものだな」

「はい、敵新造艦へ偶然に遭遇でき、運も良かったのかと。時に、捕虜の件についてはお聞きで?」

「ああ、フラナガンから聞いておるぞ。我が軍へ寝返らせたそうだな。ニュータイプとしてデータ等でも優秀な素質がある上、貴様からの情報にもMSの操縦技術が驚異的だと」

「はっ、私もうかうかしてはいられない程です」

「ほう……だが大丈夫なのか?」

「はい。まだ若く、行動もすべて掌握しています。足枷も付けておりますので」

「……あの、カーンの娘か、なるほど。まあ、連邦の新型MSの件は我が軍にとっても決して小さくない事だ。新しく配下にしたその者のデータも機関へ報告せよ。さすれば多少の事でどうこう言うやつはいまい(私からも抑えてやる)、そこは好きにするがいい」

「はっ」

「それから、貴様の新しい艦隊の準備は出来ておるぞ。私からの進言とドズル中将からの要望も入っておる」

 

 脇の兵より、その目録と引き渡し命令書がシャアへと渡される。

 

「誠にありがとうございます」

「良い働きをした者、出来る者に良い装備を使わせる。理に適っておることだ。分かるなシャア?」

 

 今回の情報リーク等は、キシリアにとっても有意義なものであったのだ。彼女は『使える』『出来る』者を使う主義であった。それが例え―――『多少』騒動を起こしたり、問題のある人物でも。

 その背景には戦況がジワジワと長引き、連邦の『ガンダム』のような具体的に脅威の反撃の近付く足音が聞こえ始めており、ジオン側も厳しい状況に立たされつつあることに加え、人材にも限界が近付いていたからである。

 

「はい。キシリア様」

「うむ、早速受け取る準備に入るがいい。また良い報告を待っておるぞ」

「はっ、では失礼いたします」

 

 そう言ってシャアは司令部を足早に後にする。『衝動』に、そして『いやな気持ち』に駆られる前に―――。

 

 

 

 そうして港の鑑へと急ぐ途中、シャアは通路で後ろから一人の人物に呼び止められる。

 

「シャア少佐?!」

 

 その聞き覚えのある気さくそうな声に、シャアは振り向く。

 その声を掛けてきた上背のある黄色い髪のガッチリした男の名は、ジョニー・ライデン。

 階級は少佐。ここグラナダの突撃機動軍所属のMSエースパイロットだ。彼らはルウム戦役後のソロモンとグラナダの合同演習等でも顔を合わせていた。気さくなジョニー・ライデンは不仲なソロモンの宇宙攻撃軍側にも友人は多かった。彼はそういった事はあまり気にしない人物であったし、とやかく言わせない実力も持っていた。

 彼は駆け寄って来る。

 

「これは、ライデン少佐」

「やっぱり。シャア少佐の歩き方だったからな。しかし珍しいな、マスクを被っていないなんて。……おっと、これは失礼を。中佐殿ですか、おめでとうございます」

 

 彼はシャアの軍服の模様と階級章に気が付いた。

 思わず敬礼をとる。

 

「いや、ライデン少佐、気にしないでいい。普通に話てくれてかまわんさ」

「そうはいかんでしょう。でも、まぁ……ここではそれで」

 

 お互いに笑い合い、しばらく話をした。

 

「そうか、それは大佐並みの権限があるな。もう人前では気軽に話せないな」

「なに、ライデン少佐の実力なら昇格はそう難しくないだろう?」

「俺は……上を目指しているワケじゃないからなぁ」

 

 彼は、何か少し複雑そうな顔をして笑っていた。

 

「おっと、艦の方が忙しいんだったな、中佐。また落ち着いたらゆっくり話そう。グラナダには、しばらくいるんだろう?」

「一日有れば落ち着つくと思う。明後日ぐらいにでも、暇があれば港を訪ねて来てくれ」

「分かった、じゃあその時に」

 

 そう言って、ライデン少佐は去って行った。

 

 

 

 シャアは旗艦型ムサイへ戻ると、自室ですぐにいつものマスクとヘルメット姿へと戻った。コンタクトも外し、髪も一週間ほどで元の色に戻る。

 そうして、先程の目録へ目を通す。(詳細は解説に)

 

(…………ふむ)

 

 現状のシャア艦隊の戦力は、ムサイ二隻にザク五機、それに3倍速赤ザクとガンダムであった。

 新戦力は、それにメガ粒子砲装備の最新鋭機動巡洋艦ザンジバル一隻、ムサイ三隻、ザク十二機。

 追加として、ムサイ一隻とザク二機。これで配下の兵員は千名以上一気に増える。

 さらにドズル中将の提案によって、高機動型ザクII後期型一機が加えられていた。

 シャアの出していた要望は、ザンジバルかチベ、ムサイ三隻、ザク十二機、高性能MSを一機であった。彼の要望は十分満たされていた。

 ドズル中将の細かい事を三つという提案は、臨時大佐と同等の『上級中佐』、『ガンダム』の最終所属、そして生産機数四機に、そこから予備パーツより急遽プラス一機追加生産させての、『高機動型ザクII後期型』の供与であった。『高機動型ザクII後期型』については基本、グラナダ所属の突撃機動軍配下に支給されるが、シャア艦隊ということならばとキシリアは特別に承認した。ただ、通常のザクよりも乗りこなすには技量が必要であり、乗り手をかなり選ぶ機体である。

 それらの引き渡しについて、命令書の日付は明日になっている。

 その時、シャアは不意に妙な感覚を覚えた。

 

(………ん? なんだ……これは?)

 

 同じ時、ハマーンの部屋の荷作りの手伝いに駆り出されていたアムロが動きを止める。

 

(これ……なんだ)

「ねぇ、アムロ……今、何か感じない?」

「えっ、ハマーンも?」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 明日の引き渡しの為、急遽ジオニック社の専門整備士らまでが呼ばれ、高機動型ザクII後期型の最終調整が突貫で行われることになっており、ここ宇宙港傍区画にあったMS最終調整用ハンガーはメカニックの多くが各所チェックで忙殺されていた。

 すでに夜の時間に結構入っており、「今夜は徹夜だなぁ」という声も聞こえてくる。

 ここには、他にも最終調整中や整備を終えた特殊なMSが駐機されていた。

 

 

 

 その中の機材群の隅へと隠れるように彼が―――整備員服姿のパプテマス・シロッコの姿があった。不足分の推進剤を求めて―――。

 

 

 

to be continued




2015年04月11日 投稿



 解説)2月22日
 宇宙世紀0088年2月22日、Zガンダムの物語においてパプテマス・シロッコ戦死。



 解説)シャア艦隊
 現状のシャア艦隊の戦力は以下。

 旗艦型ムサイ級軽巡洋艦(艦名:ファルメル)
 ムサイ級軽巡洋艦(艦名:カルメル)
 ザクII×5
 ザクIIS改×1(赤ザク)
 ガンダム×1

 上記に加える新戦力は以下。

 ザンジバル級機動巡洋艦(艦名:ラグナレク)
 ムサイ級軽巡洋艦(艦名:エレメル)
 ムサイ級軽巡洋艦(艦名:グリメル)
 ムサイ級軽巡洋艦(艦名:フィーメル)
 ザクII×12

 追加として以下。
 ムサイ級軽巡洋艦(艦名:ベルメル)
 ザクII×2

 ドズル中将提案として以下。
 高機動型ザクII後期型(MS-06R-2)×1

 を予定。



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