RED GUNDAM   作:カメル~ン

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第07話 マチルダ出撃す(1)

 

 南米アマゾン流域にある、地球連邦軍総司令部ジャブロー内の広々とした統合指令室。

 この基地内では開戦以後、それほど大きな戦闘が無く、全域に渡り空調等も整い快適な環境が作られている。

 指令室にも、ある意味のんびりとした厭戦気分も有る中、多くのモニターとオペレーターが並ぶ。

 そこに、WB(ホワイトベース)の状況が届いて来ていた。

 十日程前、ここより飛び立ちサイド7まで行き、『V作戦』の成果である極秘開発のMS(モビルスーツ)群をここまで移送して来るはずであった。しかし途中からジオンの艦船に後を付けられ、サイド7で『ガンダム』一機をジオン側に鹵獲され失い、地球降下手前の戦闘に於いては機関部の損傷で地球へ降下出来なくなったと報告して来たのだ。現在はルナツーに戻って立ち往生の状態になっているだろうと言う。

 WB護衛のサラミス艦長のリード大尉が、大気圏突入カプセルで地上へ降下し知らせに来ていた。

 

「エンジンの損傷と片側を喪失したため地球に降りられないとは……」

「ガンダムがジオン側に奪われたそうですな」

「何をやっているんですかなぁ」

「ガンダムは一応もう一機、WBにあるそうですな」

「それに艦隊戦の戦果、短時間でムサイ2隻とザクを8機も落としたみたいで」

「ふむ、WBらは役には立ちそうですな……何とかしなくては……」

「……金も掛かってますからなぁ……」

 

 この場にいる地球連邦軍の高官ら数人は、口々に思ったことを呟いていた。

 色々口には出したが結局、WB自体の開発・建造費も含め『V作戦』関連には多大な予算が注ぎ込まれており政府側への手前、何も手を打たない訳にはいかないのであった。

 そして、ちょうど当基地に『V作戦』の件もあり、立ち寄っていた一人の将軍がその場へ現れると皆、口を閉じていった。

 

 彼の名はヨハン・イブラヒム・レビル。

 

 階級は大将。地球連邦軍の地上・宇宙の双方において実戦部隊の総司令官を務める。彼は歴戦の武人でもあり他の高官らとは格が違った趣を持っていた。

 貫録のある締まった軍服姿に、口元から顎周りまで威厳のある手入れのされた灰色の髭をも蓄えている彼は、WBについての報告と状況を確認する。

 そして、彼より速やかに『その命令』は下された。

 

 

 

 ジャブローの宇宙艦ドックの一画にある建物内の最上級士官の一室。

 赤い髪の美しい女性士官が一人、男性士官の前へ現れた。

 彼女の名はマチルダ・アジャン中尉。百七十センチに少し届かないほどのスラリとした綺麗な女性らしい体形。軍帽を被る凛々しいグレーの連邦軍士官服姿である。22歳、婚約者は―――まだいない。

 同室の男性士官は初老なバートランド准将、ジャブロー滞在軍の宇宙艦隊司令である。

 准将を前にしても落ち着いた彼女は、凛々しく敬礼をすると用件を述べる。

 

「特別補給部隊隊長のマチルダ・アジャン中尉です。本日はWBへ補給を行なえとレビル将軍より言付かりました。これが命令書です。つきましては協力をよろしくお願いします」

 

 バートランド准将は、命令書よりも若く美しいマチルダを一瞥すると「ふふふ、夜に食事でもどうかな?」と誘いを掛ける。

 マチルダは表情を変えることなく一言返す。

 

「准将閣下、私が―――レビル将軍閣下の代行で来ていることに、命令書をご覧になってお気付きになりませんか?」

 

 准将は直ちに命令書を読み返すと、そこには大将としてのレビルによる厳命が列記されていた。それは時間厳守の要綱で、階級に関係なく怠慢な者には厳しい懲罰有りとまで記されていた。遊んでいる時間などないのだ。

 バートランド准将は、顔の弛みを引き締めた表情で言葉を返すのみであった。

 

「すまなかった……直ちに協力する」

 

 協力許可をもらったマチルダは直ぐに宇宙艦ドックへやって来た。

 そして、とある艦の艦長である壮年のセドリック少佐に会うと、レビル将軍とバートランド准将の命令書のあと、本作戦書を確認してもらっていた。

 内容を見た彼は、マチルダを見返し言葉を返す。

 

「中尉、本当に―――これを実行するのか? 宇宙(そら)に上がった後が結構危険であると思うが」

「そうですね、ですが確実に『荷』を上げるにはこれが一番かと。確かに無人で打ち上げる手もありますが、上も受け取り準備に回す余力を作るのには時間が掛かるようですので。またジオンの艦隊は、WBの降下予測進路側に未だいるはずですから、盲点な宙域を通れると思いますし」

 

 マチルダは時間厳守の命令書では、宇宙側の準備を待っていられなかった。

 セドリック少佐は、彼女のこの後の行動も気にしていた。

 

「それに……地上の補給部隊の君が態々上へ上がらなくても」

「この案を言い出したのは私です。なので私自身も乗艦させていただき宇宙(そら)へ上がり、納入完了まで見届けるつもりです。これでも戦地はいくつもミデアで飛び越えていますので、邪魔にはならないと自負していますが」

「ははっ、分かりました。将軍の命令書からも殆ど堅実に物資を届けているというすばらしい評価もありますし、いいでしょう」

「時間がありませんし、『大物』の積み込みはこちらでさせていただきますが、通常の補給物資搬入の準備はよろしくご協力願います」

「了解した」

 

 二人は笑顔で敬礼し合う。

 

 

 

 

 

 時間になり、シャアらはフラナガン機関の建物を出る。

 塀も無いこの外観からは、想像も出来ない隠ぺいされた重圧的な空間であった。

 結局シャアはこの建物について、アムロへはまだ詳しく話していない。

 建物の前の道へは既にデニム曹長が、先程の偏光ウィンドウな中の見えない小型車で迎えに来ていた。

 だか曹長は、少佐ら二人の他に短めのポニーテールな赤紫髪の女の子が増えている事に首を傾げる。

 

「少佐、そのお嬢さんは?」

 

 ハマーンはヘッドギアを取った後、肩程な長さの髪を後ろで纏めていた。

 ガキと言うには表現が合わない、身長が百四十五センチ程で紺と白のワンピース姿の品のある可愛い綺麗な娘に見えたのだ。

 

「ウチで預かることになった。まあ、頼むよ」

「はぁ」

 

 デニム曹長は事情が分からないが、少佐の言葉にとりあえず了解の言葉を返すと、皆で車へ乗り込んだ。

 帰る途中の車内でシャアは、再びマスクを付けたアムロへ告げる。

 

「アムロ少尉、ここは私が助けたがこの子の面倒は君が見たまえ。いいな」

「は、はい」

「だが要望があれば、遠慮せず私に伝えるといい」

「分かりました、少佐」

 

 アムロも少佐の言葉は当然だと感じた。自分がかなり無茶を言って出してもらった子なのだ。

 だが、女の子の面倒である。おまけによく考えると、これから彼女の住む先は男の軍人しかいない軍艦のムサイ艦であった。少年の不安もそれなりに大きくなる。それでも『あの施設』がある、このサイド6には置いて行けなかった。

 人ひとりを預かるのだ、責任重大であった。アムロは気を引き締める。

 だがまず、彼女には今着ているワンピースと、カバンで持ち出した僅かな手持ちの服と下着や小物しかない。

 

(……この子の服とか日用品を買いに行かなきゃ)

 

 シャアらは宇宙港の入口下まで戻って来た。

 少佐からは「君の服は軍で支給するが、彼女についてはこれで準備したまえ」と結構な額の金額が使えるカードを渡される。

 

(若くても、やはり少佐は面倒見がいい人だな)

 

 今のアムロにはそうとしか見えていなかった。

 そんなアムロの横で彼の腕に可愛く縋りつつ、ハマーンは少佐という男をじっと静かに観察していた。

 

(……これは……『俗物』ではないけど……油断できない男……か)

 

 外へ出れたのは少佐のおかげなのは理解出来るが、アムロの様に損得抜きで信頼出来る人物かは別問題である。彼女はすでに、自分を利用しようとする者が許せない性分になっていた。今の所、シャアへは『借りがある人物』という味方認識に落ち着く。

 アムロは、デニム曹長から運転を引き継いで車を借り、そのままハマーンを連れて港入口近くのショッピングセンターまで買い物へ出かける。

 少佐からは「一応君を信用しているが、あの少女が居た施設の者も街中で見ていることを忘れないでもらいたい」と釘を刺されていた。

 

 港入口へ向かうシャアへ、艦を下りここまで出迎えたドレン少尉は、そのままモール施設へと向かい走り去るアムロの運転する車を見ながら小声で話しかけていた。

 

「少佐、よろしいので?」

「ああ(これであの若い少尉には『足枷』も付いた)」

 

 しかしこの時、シャアも『足枷』自体が化けるとは思っていなかった。

 

 ショッピングセンターへ向かい始めてすぐ、車の中のハマーンはアムロへ質問する。彼女は年下な上、助けてもらった身だが媚びる少女ではない。対等に話をする。

 

「アムロ、そのマスクは何なの? あの少佐とお揃いみたいだけど」

 

 もっともな質問だと思う。アムロは一瞬答えていいのか迷ったが、ハマーンへは少し話す。

 

「僕は、実は連邦から来たところなんだ。さっきの件で少佐に協力することになったんだけど、余り顔を知られないようにって。この事は皆に内緒だよ?」

「ふぅん、そう……逆に目立ってるような気もするけど、まあいいわ」

 

 そう、ハマーンはアムロ個人を信頼してるのであって、所属がジオンも連邦も関係なかったのだ。

 その後、ショッピングセンターへ赴いたアムロだが、『爪を噛む』よりある意味目立っている私服にマスク顔であった。さらに彼は、ハマーンに腕を組まれる等の甘えられ具合に四苦八苦しながら、服や下着を選ばされる羽目にも会い、雑貨を買い込むと船へと戻って行った。

 

 シャアは、アムロへは先に誠意を示しておく方針でいた。彼は、アムロが旗艦型ムサイ艦へ戻ると、まず正式に部屋を与えた。そこには小さいながらもシャワー室まである6平方メートル程ある士官相当な部屋であった。ハマーンはアムロと同じ部屋でいいと少し駄々を捏ねたが、アムロに促されると漸く承諾し近くの4平方メートル程と手狭だが彼女も個室が与えられた。

 その後、マスク姿のままのアムロは少佐と一室で自分の仮の名と所属に付いて知らされる。承諾したのち、緑カーキのジオン軍士官服を渡され着替えると、外へ出て待っていたシャアと共に二人は艦内の一画にある三十人程は入れるブリーフィング室へ入る。

 そこにはデニム曹長、ガウラ曹長、スレンダー軍曹らシャア艦隊に所属するMSパイロットら五人と艦隊副官のドレン少尉、そして艦内を管理している曹長の内、アムロの顔を知る二人が集まっていた。アムロを扉の閉まった入口脇に残し、シャアが正面中央のスクリーン前に立つと軽い敬礼の後話し始める。

 

「諸君、我々部隊に新しい隊員が加わる。皆知ってる通り経緯(いきさつ)はいろいろあるが、彼は既に特務機関の所属先からここへの配属となっている。経緯に付いては以前の通り、ここにいる者以外には他言無用だ。なお彼は私直属の士官になる。階級は少尉である。彼の名は―――アムロ・ノールだ。アムロ少尉、挨拶をしたまえ」

 

 シャアが少し脇へ退くと、アムロが正面中ほどへ進み出て来る。少佐の事前の指示通り敬礼をしてから自己紹介する。

 

「アムロ・ノール少尉であります。まだ艦内に慣れていないのでよろしくお願いします」

 

 軍帽を被るアムロの挨拶は僅かに緊張気味な、どことなく初々しい感じがしないでもなかった。

 だが、副官のドレン少尉らから拍手で迎えられる。ガウラ曹長やデニム曹長らを始め皆、アムロの驚異的な操縦技術はシミュレーターで、すでにイヤなほど知っているため、ニヤけ顔の歓迎ムードである。

 シャアも口元を綻ばせていたが、連絡事項を続けて伝える。

 

「あと、彼の配属の都合で娘が一人艦隊所属になる。ハマーン・カーンという子だ。責任者はアムロ少尉になる。出航前に少尉と共に隊員の皆の前で顔見世するが、何か困っていたら助けてやってくれ」

「「「「「「はっ」」」」」」

 

 皆、些か困惑の笑いを浮かべながら了承し「では、解散」とシャアの言葉で内々の紹介式を終える。

 シャアから「今日は、部屋を整理した少し後でジーン軍曹にハマーン共々艦内案内をしてもらうといい。後は自室でゆっくりしたまえ」と言われて、アムロは覚えたての部屋への通路を進んだ。

 

 アムロが部屋へ戻ると―――早速シャワーが使われていた……。もちろん使っていたのはハマーンだ。アムロが部屋のパスワードを試しているのを、その時横にいた彼女はもちろん見逃すはずが無かった。シッカリと暗記していていたのだ。

 だが行儀よく、服はシャワー室脇にある椅子へ綺麗に畳まれ、下着も服できちんと隠していた。そんな彼女が、シャワー室から話し掛けて来た。

 

「おかえり、アムロ。シャワーを先に使ってるわよ」

「……何やってるんだよ?」

「時間も丁度いいし、暇だったんだもの。一緒に入る?」

 

 狭いスペースだし二人入るのは少しキツい。それに事後報告も甚だしい感じだが―――問題はそこではない。

 なぜ、『普通に』入ってるんだよ?と言う思いだ。

 

「入らないよ」

「そう?」

 

 シャワーの音が止まる。

 ハマーンは中から外に掛けてあるバスタオルを掴むと、中で髪や体を拭く。

 

「僕の前で……は、はずかしいとか……ないのか、ハマーンは?」

 

 彼女は、バスタオルを体に巻いて、まるで妖精のような雰囲気で出て来た。

 

「何を? だって、軍艦って共用のシャワーしかないと思うし。良く知らない男達の前で服を脱ぐなんて冗談じゃないわ。それに、私の物はアムロの物、アムロの物は私の物でしょ、ね? 私は―――アムロだから気にしてないんだけど」

 

 いつから『そう決まった』のかまるで覚えがないし、『ね?』じゃないと言いたいが、彼女の腰に手を当てての堂々とした発言に、「わかったよ」と答える少し気弱なアムロだった。その答えをハマーンはニッコリと微笑んで聞いていた。

 ハマーンの着替えを部屋の外で待ち、終わるとアムロの部屋の整理になるが……何故かハマーンの荷物の方が多い気がした。

 

「だってあの部屋、ロッカーが小さいんだもの。ここのロッカー広いし」

 

 いつの間にかアムロの雑貨の一部がハマーンの部屋へと回されていった。

 

(そのうち、この子がこの部屋に住んでいそうだな……)

 

 アムロは気にしない事にした。

 整頓が済むと、少ししてジーン軍曹がやって来たので二人は艦内を一通り案内してもらう。ハマーンは人見知りはしない感じだ。軍曹の「じゃあ、行きましょうか」の声にも、偶に振り返り説明する彼にも、後ろに続き堂々とアムロの横を歩く。

 二人はとりあえず、艦内でよく使う場所を案内してもらった。共用トイレ、MSデッキ、脱出装置、物資倉庫、食堂、共用シャワー室等である。行く先々で会う兵らは皆、愛想よくしてくれた。こんなところで女の子を見ると、妹や娘ら家族を思い出すのだろう。

 終わると軍曹へ礼を言って、食堂で食事を取る。

 すでに夜の時間になっておりシャアからは、その後は自室でゆっくりしろと言われていたので就寝時間になるまで、のんびりベッドの上で本を読んでいたが、何故かハマーンもずっとその横で本を読んでいた。

 

「そろそろ、寝よう。ハマーンも自分の部屋へ戻って。おやすみ」

「……うん」

 

 彼女が本をベッド脇の棚に戻し、降りるとアムロはベッドへ入って、ハマーンを見送る。

 ハマーンは部屋からの去り際にアムロへ振り向く。出口の自動ドアが開いた。

 

「アムロ、あの場所から助けてくれて―――ありがとう、おやすみ!」

 

 そう言って、彼女は横になってるアムロへサッと近寄り、彼の頬へお礼のキスをするとドアが閉まる前にダッシュで去って行った。

 アムロは、閉まったドアを呆然と見ていたが、微笑むと再び「おやすみ」と言って眠りについた。

 

 

 

 

 

 月の裏側にあるサイド3。その首都ズム・シティにあるジオン軍総司令部。

 先日ドズル中将の提出したシャア少佐の特進願いに対して、総司令部内で待ったが掛かった事について、少将以上な兄妹での定期会合の終わりにドズル中将から確認があった。

 総帥ギレン・ザビは大型モニターに映る、ドズル中将、キシリア少将を前に話し始める。

 

「二階級特進……大佐か。些か若すぎないか? それに贔屓な気もするが、ドズルよ。MS一機と戦闘の情報にだ」

「そんな事はありませぬ、兄上。『V作戦』の決定的な機体の現物と新造艦艇の情報なのですぞ」

「まあ戦果は確かに大したものだ。父上も喜んでおられる」

「では」

「だが、ガルマの親友と言うではないか。同じ階級の大佐へ上がれば……なぁ? ガルマにも立場があるとは思わんか? 考え様だぞ」

「ぬ……ぐぅ」

 

 今は地球侵攻軍総司令マ・クベ少将配下になっているが、末の弟のガルマに大きな期待を寄せているドズルは目線を落とし苦しい表情で沈黙する。

 すると二人のやり取りの様子を伺っていたキシリアが薄ら笑いを浮かべつつ、進言する。

 

「では、当初の要望のあった装備について少し加える形で、中佐というのが宜しいのでは?」

 

 彼女も、シャアの戦果と手腕を認め始めている一人だ。

 

「ふむ。そうだな……どうだドズル? それで」

「なら……細かい事を三つ加えてもらいたい」

 

 ドズル中将の提案は他の二人にも承認された。

 一階級特進というのも、功績のあった者への特別の昇任には違いなかった。

 だが、結果的にシャアはこの勲功では『大佐』に成れなかったのである。

 

 

 

 

 

 再びサイド6宇宙港内、将官用旗艦型ムサイ艦。

 シャアの艦隊は明日一杯、寄港地であるこのサイド6にて休暇となる。

 シャアは明後日出航し、グラナダへ向かう為の出航時用の書類準備で遅くなっていた。

 漸く終わり、彼は寝る前にトイレへ向かおうと自室を出る。

 すると……薄暗い通路に何かいた。

 ここは士官の個室が並ぶ階層である。

 彼はとりあえず声を掛けた。

 

「おい、そこで何をしている」

「! 少佐……」

 

 振り向いたのは、ハマーンであった。ポニーテールの髪は下ろして、愛らしいピンクのパジャマを着ている。

 だが、下の層へ降りようとしていたところで迷っている様だった。

 シャアは、少し優しい声で聞いてみる。

 

「どうした、ハマーン? もう遅い時間だが」

「……」

 

 何故かハッキリと答えない。しかし、モジモジしていた。

 シャアは、紳士としてすべて察して教えてやる。

 

「この階層にも士官用の個室のトイレがある。この突き当りだ、使うといい」

「! ……ありがとう」

 

 お礼を言うとハマーンはそそくさと通路を進んで行った。

 

(少し、いい人なのかも……)

 

 ハマーンの中の、シャアへの味方認識度が少し上昇していた。

 

 

 

(アルテイシアにも、あれぐらいの時期があったのかもしれない……ザビ家め!)

「あれ? 少佐、珍しいですね?」

「ん? ああ……偶にはな」

 

 シャアは、下の共用トイレでデニム曹長に声を掛けられていた……。

 

 明後日、シャアの艦隊は月の裏側にある月面第二の都市グラナダへ向けて中立地域のサイド6を後にする。

 

 

 

                 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 レビル将軍によるWB関連の補給命令発令から二日後、ジャブロー基地最大の開口扉である、宇宙艦ドックの出入り口が全開されていた。

 セドリック少佐が艦長を務める、準備を整えたWB(ホワイトベース)の同型艦のペガサス級強襲揚陸艦一番艦―――『ペガサス』が異様な状態の船体を見せ出港する。

 その目的地はルナツー。

 

「おい! あれは?!」

「すぐに、暗号の送信準備をしろ!」

 

 密林の中に潜み、偶々居合わせた、ジオン軍の常駐探索隊の兵らが呟く。

 

 ペガサスの、そのやや青みのある白い船体の甲板上には―――WB用に補給する新品のメインエンジン左右分の二基が船体の前後に露出の状態でガッチリ固定され積まれていた。

 ペガサス級の総推力55万トンの機関パワーが、補給物資を満載し、なお一基六千トン以上もある予備エンジン二基を乗せても船体を軽々と空へと浮上させていく。

 艦内には補給隊隊長のマチルダ中尉、リード大尉らも乗艦し、サラミスの大気圏突入カプセルも艦尾格納庫に積まれている。彼女は艦橋から離れていく地上を静かに見ていた。

 

(地上から宇宙へ……地球は綺麗ね。これらを守るためにWBには頑張ってもらわないと。そのために私は行く―――)

 

 ペガサスは徐々に空へ小さくなり大気圏を脱出して行った。

 

 だが、ジオン軍の偵察部隊にジャブロー最大の出入り口場所が知られてしまう機会になってしまった。

 この後に親友シャアの、地球連邦軍『V作戦』に関する極秘MS鹵獲という大きな活躍と戦果での昇進を知った、北米にいるジオン公国軍地球北米方面軍司令ガルマ・ザビ大佐が奮起し、『ジャブロー破壊作戦』を発動するのはそう遠くないのであった。

 

 

 

to be continued

 

 

 




2015年03月27日 投稿
2015年04月02日 文章修正
2015年04月05日 文章修正

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