ムサイ艦内をMS(モビルスーツ)デッキへと移動する通路にて、擦れ違う兵が脇へ立ち止まって敬礼をくれる横を、軽い敬礼で返しつつ鮮やかな赤い軍服姿の士官が颯爽と抜けていく。
(ふふっ、手段は選ばない。相手が残った最後の一人なら、刺し違えてもいい。その為に、あの『ガンダム』とアムロという少尉は大きな武器と駒になる……)
その涼やかな赤き炎の男、シャア・アズナブル。
ジオン公国軍ドズル中将旗下の宇宙攻撃軍所属で、赤い3倍速のザクを駆り開戦当初のルウム戦役では僅か一機で五隻もの戦艦を沈める。敵側の地球連邦軍からも『赤い彗星』と恐れ呼ばれるなど、輝かしい戦績を持つMSエースパイロットで若き少佐の彼だが、『困難な目的』を持っていた。
マスクで、その知られてはならない目的をも覆うように、容姿端麗な素顔を隠しているのには訳がある。
彼の本当の名は、キャスバル・レム・ダイクン。
そして父の名はジオン・ズム・ダイクン。
そう彼の父は―――宇宙世紀0059年に建国されたジオン公国の前身、ムンゾ自治共和国創始者だ。(ムンゾは首都があるバンチコロニーの名称)
0068年、演説中に父は倒れそのまま亡くなる。その死には暗殺説もあったが、シャアにはあまり『関係のない事』だった。父から自分へ、愛を注いでもらった記憶が無い彼には。
彼の怒りは、自分を含め残された家族、そして敬愛する母アストライア・トア・ダイクンが、ザビ家によって薄幸な人生を辿らされた事である。
サイド3周辺からも退去させられ、母は幼い二人の子を抱えて若く苦渋に満ちた報われぬ死を迎えていた……。断じて許せない。
そして残された兄妹も―――
『兄さーーーん』
『アルテイシアーーー!』
その時幼い兄妹は引き裂かれ、別々に引き取られていく。その後、たった一人の妹アルテイシアは行き先が知れない。
またキャスバル自身も数年前、ザビ家の手先によって暗殺されそうになるが、友人であり容姿の似ていた本物のシャア・アズナブルと入れ替わり窮地を脱している。
(なぜ、私達家族だけが……優しかった母や、妹や私が何をしたというのか? 富と名声と権力をすべて手に入れた、嘗て父の盟友だったデギン・ザビとその子供らであるギレン、ドズル、キシリア、ガルマら罪深き傲慢な者達よ!)
ザビ家に報いを―――滅びを。
そのマスクで隠す瞳の奥に浮かぶ憎悪な思いの炎が、彼を闘いの中で生きさせていた。
◇ ◇ ◇
シャアらがまだ宇宙要塞ソロモンにいた頃、WB(ホワイトベース)は動き出していた。
ルナツーへ到着して3日後、補給を終えたWBは南米アマゾンにある地球連邦軍の総司令部ジャブローに向けて発進する。
ジャブローは、その全域を大量の地盤特殊硬化剤と強化耐熱耐爆コンクリートで分厚く固められた、核攻撃にもビクともしない広大な地下要塞であった。
WBは『V作戦』のため、そのジャブローの宇宙艦ドックから発進し、サイド7で最終調整開発をしていた新型MSを受け取って、それらを持ち帰るのがこの航海の任務だっだ。
『V作戦』とは、鹵獲したジオン軍の新型MSザクから得られた情報をもとにした、ジオン公国側のMSへ対抗するための連邦独自なMS開発計画のことだ。
その重要なWBの任務にルナツーからも、大気圏傍までの護衛にサラミス級巡洋艦一隻が付いていた。
しばらくは平穏であったがルナツーの防衛ラインを外れると、例のムサイ一隻の追尾が再び始まっていた。
そして―――ジオン軍は、前方の地球に近い宙域にも少数ながら威力偵察を兼ねた待機艦隊を配していた。そこは地球の大気圏からはまだかなり距離を残している位置だ。
ドズル中将旗下のゴレット少佐率いる、三隻編成のムサイ艦隊である。
その搭載するザクは実に十一機に及ぶ。少し離れた宙域にいたが、中将の命によりWBの予想進路近くへと移動してきていた。
シャアの齎(もたら)したWBの大気圏脱出進路情報により、ジャブローからの発進を推測され同場所への帰還路を予想されていたのだ。
そして後方からWBを追尾するムサイにも、三機のザクが搭載されていた。
WB前方で待ち受ける、将官用旗艦型ムサイの艦橋で恰幅のいいまだ三十前に見えるゴレット少佐が命令を出す。
「閣下より指示のあった例の連邦の新造戦艦だな。MSは最低3機はあるということらしいが……始めるか。シャアには先を越されたが、こいつはオレ達が鹵獲するぞ! ザクを8機発進させろ、あの艦の行動力と戦闘力を奪うのだ! 追尾艦へも攻撃暗号を出せ」
ゴレット少佐は不敵に笑う。
「残りの3機もスタンバらせておけ。私も降伏勧告には出る」
WBは、攻撃の第一波として前後から十一機ものザクに接近されつつあった……。
WB艦橋のオペレータ、マーカー・クランが叫ぶ。
「大変です、前方にムサイ級3隻が現れ、MSと思われる機体が8機、後方の追尾艦からも3機がWBへ向けて迫って来ています」
「な、なんだと! ……そんな」
ブライトは絶望的な声を上げたが、艦長のパオロ・カシアスは冷静に一括気味に戦闘態勢への移行を指示する。
「弱気になるな、楽な戦いなどない。全艦戦闘態勢だ! 主砲、両側のメガ粒子砲を急速展開! MSらも可能な限り発進させろ」
「は、はい!」
今回はほぼ最大戦力でのフル出撃となった。ガンダム、ガンキャノン三機、ガンタンク二機、コア・ファイター二機が発進した。コアファイターにはルナツーから乗り組んだスレッガー・ロウが、ガンキャノンにハヤト・コバヤシ、ガンタンクにはオムル・ハングや、こちらもルナツーから乗船のエレス上等兵らが新たに乗り込んでいた。
コアファイター、ガンダム、ガンキャノンが順に発艦後、ガンタンク二機は格納庫を下半分開いたままの扉の上で砲台のような配置になった。
艦長は、体制が整うと不慣れな乗組員らへ戦い方を鼓舞するように指示する。
「戦力差が大きすぎる。止まったらあっという間にやられてしまうぞ。正面の敵艦隊もこちらへ向かってくる状況だ。ムサイ艦の砲塔配置を考えるとこういう場合、正面からの攻撃を常に回避しつつ短時間で後方へ抜けて敵が転舵する間に振り切るのがセオリーだ。サラミス並進を考え、両舵メインエンジン出力を70%まで上げろ! 面舵(右転舵)1度。すれ違いざまに気を付けろ。いいか、新人の各砲塔員は焦らず、充分引き付けて撃て! 戦闘可能時間は10分もないはずだ。落ち着いていけ。MS隊もそう心得よ」
だが艦長もまだ、ガンダムやガンキャノンらの性能を良く把握していない状況であり、これまでの経験に沿っての内容になっていた。
ここで、WBに合わせて増速するサラミス艦長のリード大尉がWBとの共闘を告げる。
『WBパオロ艦長、我々は貴艦左舷より400mの位置で並進し前方のムサイ艦隊を叩きます』
「お願いする、リード艦長」
前方の敵艦隊との距離が詰まり、照準有効射程範囲になると、引き付けずここでWB主砲の艦砲射撃が始まった。
WBの主砲、52cm連装火薬式実体弾砲の威力は宇宙空間でも強力なのだ。砲弾は2トンにもなる。
そして三撃目、正面へ立ち塞がるムサイ艦隊の一隻の左エンジン付近に一発が掠りつつの状況で信管が作動し、機関部を巻き込んで炸裂した。一撃でそのムサイ一隻が轟沈する。
「左舷側の僚艦ムサイ、マグメル轟沈!」
「な、なんだと?!」
爆発による衝撃波に、近くにいた旗艦型ムサイが揺れ、ゴレット少佐は声を上げつつ指揮所の手摺へ捕まる。
ルナツーからWBへ乗艦した中に、戦艦マゼランの熟練砲手の一人であったダリル准尉がいたのだ。三射撃目で誤差補正に成功し当てていた。
この撃沈状況報告に、WBの主砲塔内を始め各所でガッツポーズや、艦橋でも「おおおーー!」っと歓声が上がる。
だが、喜びに浸る時間は長くは無かった。ザクの集団がWBに迫っていたからだ。
広がって展開し接近するザク集団に対して、ガンダム、ガンキャノンの四機は、まだWBの船体を掴んだ近い場所に固まる形でいた。
WBの早い速度や進路も考え、艦長の指示通り引き付けてから打って出る事にしたのだ。
しかし、接近するジオン側もザク十一機のうち、熟練の少尉や曹長らが四人もいた。
救いと言えるのはWBが速力を上げたため、後方からの三機の到着は遅れていることだろう。
そして逆に、前方の八機のザク隊とWBの距離はみるみる詰まり、ついに戦闘が始まる。
ここでリュウやセイラらは割と冷静だった。前回の戦いで知ったことがあったのだ。ガンダムやガンキャノンの装甲は分厚い箇所なら、ザクのマシンガンの直撃には耐えるようなのだ。
そこでマシンガンのザクは牽制し、まずそれ以外の武器を持つザクを標的にする作戦で対抗する事を決めていた。
そのため初めからバズーカを持つザク三機へ、攻撃を集中した。
対して、ジオン側にはドレン少尉ら前のMS戦を直接知る者がいなかった。連敗の連邦軍を散々に打ち破って来たザクへの信頼と、前回の損失が偶々だという驕りのような気がまだあった。
突破口的に活躍したのが、コア・ファイターで戦場を大きく回り込んでいた歴戦のスレッガー少尉である。
地球圏周辺の宇宙には、通信障害を生じレーダー機能を阻害するミノフスキー粒子が多く散布されており、ほぼ有視界での戦いになっているのだ。
彼は上方より不意を突きコア・ファイターで巧みに肉薄し、ミサイルと機銃でバズーカを持つ隊長機と思われる指揮官機のザクを最初に撃破してくれたのだ。
その後すぐ、スレッガーに続いたリュウのコア・ファイターに気を取られたバズーカ装備のザクをセイラのガンダムがビームライフルで狙撃する。それがザクの頭部近くへ直撃貫通し、小爆発を起こさせ戦闘不能にした。バズーカは遠方へ漂流する。
セイラの射撃精度は非常に高く、無駄玉をほとんど撃たなかった。中長距離ではガンダムの性能もあり非常に優位に戦えた。
だが、もう一機いたバズーカを持ったザクが、WB右舷後方へ回り込み右エンジンに対して側面より三発発射し―――直撃を受ける。
全艦へ伝わる衝撃と共に、WB艦橋の機関計器担当のイセネ曹長が叫ぶ。
「右エンジンに直撃です! 火災発生!」
「誰でもいい、付近の緊急自動消火を急がせろ!」
即ブライトの声が艦内に響く。
強固な装甲部に当たったが一部は大きく貫通し、WBの右舷エンジンノズルの四基の内、すでに右列二基が停止し、出力も通常の三割まで低下する。それに合わせて左側エンジンも出力を半分以下まで落とした。そうしないと左側のエンジン出力が強すぎて右へヨレるからだ。
その状況を見た、カイ・シデンが魂を込めて咆哮する。
「コノヤローーーー!!」
ガンキャノン両肩の連装キャノン砲が、バズーカを持つザクの腹部付近に炸裂し、爆散する。
前方からのザク隊は、運よくバズーカを持つ機体が曹長以上の指揮官機だったのだ。指揮官機三機を失って残り五機のザク隊は、わずかに動きが乱れる。それでも、まだジオンMSパイロットらの層は厚かった。年長の軍曹が指揮を引き継いで、攻撃は続行される。
一方、WB自体も近づいて来ていたザクらへ対空砲やガンタンクの120mm低反動キャノン砲等が火を噴いていた。それらに気を取られるザク隊。
そこで更に、スレッガーとセイラが共に其々二機目のザクを撃破し、残りが三機に。
ジョブ・ジョンとハヤト・コバヤシが共同して一機を撃破。残りのザクはもはや二機になる。
指揮を引き継いでいた年長の軍曹はまだ生きていたが、濃いミノフスキー粒子のためにムサイへ連絡も取れず、「た、たった七分で6機ものザクが……」と彼が呟いた瞬間。
「これで三つめ」
スコープを覗くセイラの呟きと同時に、ガンダムが放ったビームライフルの一閃に機体エンジンを撃ち抜かれ、年長軍曹のザクも爆散する。
これを見た残り一機のザクは、後方から接近の三機に合流するように一度後方へ大きく離れていった。
この頃には、WB主砲と両舷のメガ粒子砲、サラミスの砲も加わり、前方のムサイ二隻へ砲撃を集めようとしていた。
「くそう、ザク隊はどうしたのだ? なぜ連邦の艦からの砲撃が止まらん? ……仕方ない、私がザクで出る」
ゴレット少佐はそう言って、艦橋を離れようとしたとき、右側にいるムサイの船体中央へ並ぶ砲塔群を破壊しながらWBの主砲が直撃し、爆発轟沈する。
「僚艦、ユグメル轟沈ーー!」
「うぉわぁぁーー」
その衝撃波に、艦橋床へ投げ出されたゴレット少佐は打った額を抑え叫ぶ!
「お、おのれー! 構わん、白い艦を直接狙え! 撃て、撃てぇーーー!」
「はっ。各砲塔、白い連邦軍新造戦艦へ直接砲撃せよ!」
距離がかなり詰まっていた。加えてジオン側の練度はかなり高い艦隊であった。
旗艦型ムサイ級軽巡洋艦の連装メガ粒子砲塔三基の砲身が、WBへと向く。そしてそれらが火を噴いた。
六つの閃光がWBへ迫る。そして、五つは艦の外や隙間を抜けただけだが、残り一つが―――オムルの乗るガンタンクの横を掠めるように左格納庫奥へ吸い込まれた。
それは、奥の装甲板を貫通して左舷メインエンジンへ直撃する。
ほぼエンジン正面中央へ当たり、そしてノズル後方へ弱い光線が抜けていった……。
「ムサイからの砲撃が左舷を直撃!」
「被害は―――」
オペレータの叫びを受け、ブライトが放つ声を遮り―――機関計器を見るイセネ曹長が再び叫ぶ。
「左メインエンジン急停止、内部温度が異常上昇中です! 間もなく爆発する可能性が!!」
「左エンジン部、急速閉鎖だ! 切り離せ!」
「えっ!? 艦長、エンジンをですか!?」
パオロ艦長の叫びに、操艦中のミライが振り向き思わず聞き返す。
「早くしろ! 爆発に巻き込まれるぞ!」
「は、はい!」
そう答えつつミライは、手早く操舵装置の右側面扉を開けると、二つある赤いレバーの左側を力いっぱい下げた。
WBの左メインエンジンが付け根から急速に切り離される。それと同時に大爆発した。
近接での大きな衝撃に、WBの船体がビリビリと震える。
そしてジオン、連邦の両艦隊は、そのまま撃ち合いながら擦れ違う。
その頃に、ザク一機も合流してWB後方から迫る四機になったジオンのザク隊だったが、まだ距離があったにも関わらずバズーカを持つ機体へガンダムのビームライフルが直撃する。ビームはバズーカに当たり機体ごと爆散した。その余波で、残る三機のWBへ迫る勢いが落ちていった。
それは指揮官機では無かったが、ゴレット少佐らは十分間ほどの短時間で、ムサイ二隻とザクを八機も失った。すれ違い際にもWBのメガ粒子砲が旗艦型ムサイの砲塔部を掠り、砲塔二基が損傷を受けてしまっていた。
この損害の大きさに、ゴレット少佐は追撃をしなかった。後方のムサイをそのまま追尾させるに留めた。
「バカな……ムサイはともかく、短時間で一方的に我が軍のMSザクを八機も……連邦のMSは……あの白い艦は……。『木馬』は―――危険な存在だ」
ただWBの接近戦の状況情報については、軍曹一人のザクが帰還し、頭部付近が損傷し機体が戦闘不能になっていたザクの曹長一人も救助。その機体と共に二人が生還しており、証言や映像等などジオン側へ貴重な実戦データをもらたしていた。
一方、WBでは追尾艦一隻に対して戦闘態勢維持中ながら、帰還したルナツーより新規に加わったスレッガー少尉と砲手のダリル准尉、そしてザクを四機も撃破したセイラらの活躍に湧いていた。
彼らは厳しい状況を共に戦い抜き、結束力と信頼感を強めつつあった。
だが、そんな大きな戦果を上げるWBは深刻な問題に直面する。
右メインエンジンが三割ほどしか機能せず、そして……左メインエンジンを丸ごと失っていた。これによって、大気圏へこのまま降下すると―――
減速しきれず、そのまま地上へ激突することが判明した。
WBのパオロ艦長は考慮の末、迂回後にルナツーへの帰還を取るしかなかったのである。
to be continued
2015年03月11日 投稿
2015年04月05日 文章修正
補足)ルウム戦役
宇宙世紀0079年1月15日から1月16日に掛けて、サイド5周辺で起こった大規模な艦隊戦。
『助けがこない………死にたいのかッ、ZOKUBUTUが!』
カワユイ少女は、そんな事は思っていなかった……。思イマセンカラ!
次回、はにゃーん♪と登場。