RED GUNDAM   作:カメル~ン

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第10話 シロッコ脱出せよ(2)

 

 彼―――シロッコは、宇宙艇のマニアでもあった。

 グラナダに工場を持つジオニック社も、その有名製造メーカーの一つ。

 そのゆっくりと彼の目前の開いた巨大な扉の中へ降りようとする船は、ジオニック社内でしか使われていない全長五十メートル程の中型の輸送艇であった。

 だが、そのメーカー名が消されていた。

 

(特別な船……?)

 

 シロッコは、好機と見て一気に駆け出すと、その船の側面へとノーマルスーツ姿でしがみ付いていった。

 

 

 

 『ジュピトリス』から脱出したシロッコの宇宙戦闘艇は、月の裏側へ迂回しながら近付いていた。推進剤は三割ほどしか残っていない。

 ルナツーまでの、距離と生命維持時間を考えれば加速と減速には、満タンに対して最低五割はほしいところだ。それに、状況から戦闘ももうないとは言い切れない。余力は多い方がいい。

 地球圏へ近付いてレーダーの効きが悪かったのだが、この宙域では完全にすべてをロストしていた。有視界のみが頼りだ。だが彼はもともと、有視界の方が自分には合っていると思っている。今のレーダー機能の喪失な状況にも不安は感じていない。

 

(あれがグラナダか)

 

 キャノピーから右視界遠方のクレーターの中、放射状に広がる人工建造物が小さく見えていた。

 それから百キロ程離れた位置から宇宙艇を地表へと寄せ、月面の稜線に隠れつつ匍匐飛行で近付いてゆく。なお、このときノズルの吹かしも最低で行う。何故なら、所々にあの巨人の兵器がマシンガンを持っており、構えず平常警戒風ではあるが見張りをして立っているのを確認していたからだ。

 そして、あと十キロと言う所で停船し、ノーマルスーツ(宇宙服)で船外へと出た。手元には自作の双眼鏡式な高性能探知装置を持っている。機体は半分ほどグレーシートで隠していく。

 シロッコは、慎重にクレーターの縁の丘を越えて、グラナダの都市が広がるクレーターの中へと入っていく。

 建物の外側には当然空気はないため、人影は見えない。だが、宇宙(そら)を見れる為の窓のある建物は多い。シロッコは慎重に目線からの影へ隠れつつ、センサーの無い場所を選んで良さそうな出入り口を探した。

 少し進むとかなり開けた場所を見つける。港のような円形の大きな開閉口のように見えた。

 巨大な扉は開いたままである。

 そこへ、一隻のメーカー名の消された怪しいジオニック社の輸送艇が近付いて来ると、その開口内へと降りようとしていた。

 

(特別な船……? これだ!)

 

 彼は瞬間に行動を起こす。輸送艇の船体が管制室からの死角になるところで駆け出し加速を付けると背中の推進器(頭寄りから倒す様に九十度広げると腰横にノズルが来る)も吹かせて、輸送艇の側面へとしがみ付いた。すぐに推進器を畳み、ダクトのような箇所へと潜り込む。

 輸送艇は何事も無く降下を続けていく。

 この行先がジオニック社関連の施設や設備なら、推進剤を手に入れることやそれを運搬する手段を手に入れる事は難しくないだろう。

 もしかすると、この輸送艇の中にあるかもしれないと考えた。

 輸送艇は二百メートルほど降下すると、壁の一部から穴の中心へと床がせり出していた着陸デッキへと接床する。それは床ごと壁側内へと引き込まれると扉が閉められた。同時にブロック内へ空気が充てんされていく。

 シロッコが少し様子を伺っていると、輸送艇下部の積載コンテナがパージ(切り離し)され移送車に接続しようとしていた。どこかへ運ばれていくようだ。

 

(ついて行くべきか……だがその前に)

 

 シロッコは動き出した。周辺の人影は、輸送艇から降りて来た技術士のような感じのジオニック社のロゴの入ったノーマルスーツの者らが二十人ほどいる。すでにコンテナのパージが終わり、輸送艇の上方や側面を気に掛ける者はいない。壁の高い位置にある管制室にもすでに人影は見えない。

 シロッコは隙を見て輸送艇へ侵入する。

 艇内で予備のジオニック社のカーキ系なノーマルスーツを見つけると、此処では目立ちすぎる青い連邦のノーマルスーツを脱ぎ着替え、脱いだものはロッカーへと押し込んで鍵を掛けた。

 小型推進器を背負い直し、銃と双眼鏡式探知装置を腰に差し、輸送艇内を軽く移動して見回した。

 

(乗員ブロックに推進剤系は流石に無いな。まあ、この輸送艇自体の残量を見るとそれなりに積んでいるが、少し成分が違う……やはり、あのコンテナとその先か)

 

 移動の準備が終わったのか、「いくぞ」の掛け声に移送車とコンテナに技術者や整備士らが分かれて乗ったり掴まったりする。真後ろや下部へは誰も乗る者はいない。

 この港ブロックから中への扉が開かれた瞬間、皆の意識がその扉に向いている時を狙い、シロッコはコンテナの後方から静かに駆け寄り、下部の金属手摺へと掴まる。

 シロッコをも連れたジオニック社の一団は、宇宙港近接区画にあったMS(モビルスーツ)最終調整用ハンガーへと向かって行った。

 

 その入り口には『モビルスーツ調整区画』と言う文字が確認出来た。

 

(モビルスーツ……?)

 

 シロッコには聞きなれない単語であった。

 そして、中へ入ってその意味を知る。

 そこには、あの巨人のような機体がいくつも並んでいたのだ。

 

(あれは―――『モビルスーツ』と呼ばれているのか)

 

 だが、あの襲って来た緑色はここに一機も見えない。型はよく似ているが橙やグレーや黒等が目立つ機体が並んでいた。

 シロッコの乗る移送車が入口から入って間もなく、資材傍横を通り過ぎそうな感じである。

 その状況を見てシロッコは、コンテナの手摺から脇へ飛ぶように手を離す。速度はそれほど出ておらず、重力も少し弱いので難はない。すぐに端に置かれた資材の影に潜り込む。

 彼の予想通り、移送車は周囲から見渡せる広い場所に停車した。その状態になってからシロッコが移動すると見つかってしまっただろう。

 すぐに寝かせてあったコンテナは、クレーンで起こしハンガーへ掛けられコンテナの外壁が外されるとその機体の全貌が現れた。緑のMSの機体よりも脚部の推進部が高度に強化されているのが見て取れる。

 しかし―――全てが真っ赤な機体であった。シロッコは知らないが納品先の指揮官のイメージ色に染められていた。

 

(ずいぶん、派手な色の機体だな)

 

 シロッコはそう思った。しかし、彼の宇宙戦闘艇の機体色も僅かに薄いが『黄色』一色であった。人の事は余り言えない気がしないのだが。

 周辺で整備作業が始まり、「今夜は徹夜だなぁ」という声も聞こえてくる中、シロッコも目的の推進剤を見つける。

 MSに充てんするためだろう、周辺には大量にあるのが確認出来た。

 ところが、大量に充てんする故かタンク自体が大きかったのだ。家ほどの大きさがある。

 おまけに周辺には作業員が多く動いてもいた。彼らが話す内容から、今夜はタイミング的に難しく思える。

 彼は積まれた資材の裏側を通って、この機体の傍を離れた。

 ここは結構広い。そしてあの赤い機体周辺以外は、結構手薄に見えたのだ。

 手に他の整備士らと同じような、近くで拝借したノートサイズな行程チャートの指示書の端末を見るフリをする。そうして資材を探している素振りをしつつ、他のハンガーも窺う。

 するとこの広いブロックの奥に、推進剤のタンクで小さな部屋程の大きさで車の付いたものを見つける。

 さり気なく残量を確認するとかなり残っており、それで宇宙艇の残量を満タン近くまで出来そうであった。

 

(これなら……だが、どうやって持ち出すか)

 

 ここから動かす手ごろな移送車は近くに見当たらない。

 それに傍にある各ハンガーは手薄に見えつつ、まだ七、八人はいた。よく見ると、銃を肩に掛けて兜をかぶった衛兵も各所へ数名いる。

 彼は目立たないようにブロックの一番奥まで進む。そこはL字になっており、ずっと右奥へもブロックが続いていた。しばらく空のハンガー群の横を進む。その途中でも、残量の十分な小さな部屋程の推進剤タンクを見つけた。

 さらに奥へと進む。もうブロック入口からは四、五百メートルは移動して来ているだろう。

 すると、その先に黄色地にツィマッド社の黒ロゴのテープが張られてあり、封鎖された区域のハンガーを見つける。

 技術者と思われる二名がこちらをにらんでいた。もちろん宇宙艇の製造元の一つなのでツィマッド社についてもシロッコは知っている。

 

(……ん? ツィマッド社は、サイド3ではなかったか?)

 

 彼は知る由もないが、新型MSの採用競争は苛烈を極めている。キシリア・ザビ少将にも売り込みに来ていたのだ。

 ライバルのジオニック社のノーマルスーツを着るシロッコの接近に、二人はにらんで反応していたのだ。

 

(タンクをどうやって持ち出すかだが……いい機体が傍に有るじゃないか)

 

 シロッコは、二人の傍に衛兵が一人しかいないのを確認すると―――行動に出た。

 

 彼は、ツィマッド社の二人に手元の端末を見ながら声を掛ける。

 

「すいません、お二人ともちょっといいですか?」

 

 まだ若い声に、二人は顔を見合わせるが寄って行く。

 

(………)

 

 衛兵はツィマッド社の二人の動きを目で追って見ていた。二人は、やって来た一人の男の前に並んで立っていた。

 すると、二人を呼んだ男から今度は衛兵に声が掛かる。

 

「あのすみません、衛兵の方も、ちょっとこれを見てもらえますか?」

 

 呼ばれて怪訝な顔をしたが、結局衛兵は傍へと寄って行く。衛兵の彼もジオニック社の整備士に呼ばれただけと思っており、銃は肩に掛けたままであった。

 

「なんだ?」

 

 ツィマッド社の二人の後ろに立ったところで、ジオニック社の男へそう声を掛けると―――前の二人が後ろへと倒れて来た。

 

「な?!」

 

 その時、衛兵が見たのは端末を左手に、そして右手に銃を構える男の姿だった……。

 

 シロッコは、みぞおち打ちで気絶させたツィマッド社の二人へ、手早くさるぐつわを噛まして縛り上げるとハンガー脇に転がし、頭を消音銃で撃ち抜いた衛兵もその近くに資材シートで覆った。

 そうして、ハンガーに立つ十字メインカメラモノアイの角ばり重厚そうな機体のMSへ向かう。上へと登り、開いていた搭乗口から乗り込むと、コクピットへ着席して搭乗口を閉める。

 すると彼は……いきなり不思議な、あの流れの見える『負ける気がしない』感覚に覆われていた。

 

(ふふっ……これはいけるか)

 

 MSのコクピット内を見回す。

 初めて見るわけだが、MSを初めて見た時に感じた操作系のイメージとダブる。彼の宇宙艇の操作系の延長上にある感じでもあったのだ。

 シロッコは、この整備ブロックの構造と位置について、すでにある程度頭で把握していた。

 先ほどまで移動して来たルートので脱出はMSでも可能と考えられる。

 なぜなら扉が開く時、MSの肩の位置ほどにもMS用の操作レバーがあり、連動して稼働していたのを見ていたからだ。

 移送車の移動した距離もそれほど長くはない。四百メートルほどだ。

 そしてこのハンガーにはこのMS用の武器もあった。大きなバズーカ風のものである。 シロッコは、このMSのメインゲインを起動した。

 

 

 

 

「ライデン少佐、準備は出来ています」

「ありがとう」

 

 彼は、自艦のMSデッキで整備兵の挨拶を受けつつコクピットに乗り込む。

 グラナダの突撃機動軍では基地待機任務の場合に、少佐でも定期警戒任務が任意で存在した。

 ジョニー・ライデン少佐はそれに参加している。

 

『初心を忘れない』

 

 彼が大切にしている事の一つだ。

 また、ここグラナダでは殆ど戦闘がないため、気が緩みがちな周辺の現場も、エースの少佐が傍で見ているとなると手を抜けなくなる。

 戦場で気を抜いたら死ぬのは自分なのだ。ここもいつ戦場になるかは分からない。そういう気構えで居て欲しい意味でも、彼は抜き打ち的に警戒任務参加を行なっている。

 彼の愛機も希少な高機動型ザクII後期型だ。そして背の推進部と脇肩と足の甲部分が黒以外は赤色の機体。知人でもあるシャアと誤認されることもあったが、彼は余り気にしない。敵側の連邦にすれば『赤は兎に角ヤバイ』という認識は変わらないのだし。

 彼自身は高性能機でなくても良かったが、配下へそれまで乗っていたザクIIS型の機体を回せるという大きな利点を取った。

 発艦し、予定の担当警戒区域へと向かう途中にその一報が飛び込んで来た。

 

「ライデン少佐、緊急報告です。ジオニック社の男が衛兵一名を射殺し、ツィマッド社の試作MSを奪って逃走中とのことです。あと機体名ですが……」

 

 少佐はそれを軽く聞き流す。

 

「……了解した(何て事だよ。あの連中はライバル社へそこまでするものなのか……)」

 

 エースパイロットである彼の元にも、ご機嫌伺いが来ていたぐらいだ。

 殴り倒して奪ったのなら、MSを撫でる様に捕まえその男を引きずり出してぶん殴るぐらいで済ます話だが、すでに死人が出ている以上冗談で済ませられる話ではない。

 

(さて、どうしたものかな……)

 

 その時、同時に発艦した配下のザクに乗る軍曹が声を上げた。

 

『少佐、私に是非やらせてください!』

 

 モニタに笑顔のまだ若い彼の姿が写る。

 問題は色々ある。乗り込んでいるのは非戦闘員であり、機体も試作MSなのだ。撃墜は最終手段にしなければならない。つまり可能なら無傷でMSを捕まえ、投降させるのが上策となる。

 

『軍曹、勝手な事を言うな』

 

 そう言って、同時に出撃したもう一機の中尉が窘(たしな)める。

 

『部下が失礼しました、少佐殿』

「いや、気にしていないよ。ただ、今回の機体は試作MSということだ。パワーもザク以上だろう。すでに現場へは何機か向かっているはず。周りを固めれば投降するかもしれん。非戦闘員が乗っているのを忘れるな。こちらからは挑発しないようにな」

『『はっ』』

 

 だが、現場へ近付いてライデン少佐は、すぐその異常に気が付いた。

 戦闘が始まっていたのだ。それも―――一方的な。

 彼は配下へ伝えた。

 

「各機、臨戦態勢に移行だ。絶対に油断するな。強いぞアイツは」

 

 動きを見た瞬間に感じる。

 まさに三機目のザクがバズーカの直撃で撃破され爆散していたところだった。

 出撃時に聞いたその機体名は、試作型リック・ドム(MS-09R)。

 

 

 

(これで三機目か、火力も十分)

 

 シロッコはMSに感心する。

 宇宙戦闘艇よりも加速は落ちるが、機動性はずっと高い。操縦感覚が、自分に合っている気がしている。

 新たに近くへ三機の接近を確認する。

 手早く仕掛ける。ジャイアントバズーカの照準をその中の『目立つ機体』へ合わせて、発射。

 だが……。

 

(――ん?)

 

 躱された。当たったと思ったのだが。

 目立つ機体、赤い機体だ。

 それも先ほどまでいた場所にあった、同じく真っ赤なものと同型の機体に見えた。

 

(なんだ、今の動きは。それに、赤が流行ってるのか)

 

 すごい加速機動であった。

 シロッコの想像を超えた動きをされた。

 彼は僅かに緊張する。

 

(ふっ、やるな)

 

 少し前に撃破したザクが手放したザクマシンガンも奪っており、バズーカを持つ右腕に通している。左手には箱型な推進剤のタンクを掴んでいる。

 そこへライデンの駆る赤い高機動型ザクIIが迫る。

 シロッコには流れが見える。

 

(グッと寄ってから機体右側……先にバズーカをねらうつもりか)

 

 赤い機体により、近距離からの通常では避けれないマシンガンの射撃が襲う。

 しかしシロッコは予期した様子で躱した。

 赤い機体と黒紫の機体の二機は高速で流星のように動き出す。近距離で位置を入れ替えつつ互いに譲らず撃ち合うも当たらない。

 だが、シロッコにはその先の流れすら見えていた。

 赤い機体にはあって、シロッコにはないもの。それは―――足手纏い。

 ヤツは配下を二機連れてきていた。

 

(ふふふっ、ヤツには躱せても……)

 

 二機は激しく標準を躱し合いつつ、ライデン配下の……動きの鈍い軍曹の搭乗するザクの傍に近付いて行く。

 

(――配下はどうかな?)

 

 シロッコはライデンを狙わずソレを先にバズーカで狙った。加速の付いてからの不意の弾道を軍曹の腕では躱せなかった。

 軍曹のザクがバズーカの一撃を受け爆散する。

 

「―――軍曹!」

 

 冷静で気さくなライデンの瞳に戦士の怒りが籠る。

 シロッコとしては、少ない側が多い側の勢力を攻撃しただけ。戦場に『不意打ち』は存在せず、卑怯な状況でもなかった。

 そして、その爆散の余波は近い位置を通過するライデン少佐の機に『予期していない状況』を回避する挙動を起こさせる。だが、シロッコはそれを『予期していた』。

 

(隙がなければ、効率的に作るまで)

 

 そしてバズーカを手放し、素早く腕を回し弾速の速いマシンガンを構えて撃っていた。それが、ライデン機の右の足首近くを横断する。

 ライデンの座るコクピットの計器に、機体ステータスの異常を告げる警告が出る。

 高機動を生み出す右足側面三つのノズルが、マシンガンの直撃で吹き飛び、推進部も損傷し推進剤漏れを起こしていた。

 左右の機動力のバランスが大きく崩れる。

 シロッコは逃さない。

 

(ふふっ、落ちろ)

 

 試作型リック・ドムがザクマシンガンを撃つ、致命傷をと赤い機体の下腹部を狙って。

 それでも―――

 

「なに?!」

 

 躱されていた。

 ライデン機は片側の左足のみの推力でも、側転気味に素早く弧を描くように躱して見せた。ライデンの瞬間的な判断力も、シロッコに劣るものではない。

 それに、彼は普段の訓練でも機体の各所に不備がある場合も想定した機動を磨いて来ていた。

 さらにシロッコは、近くより別機の銃撃を受ける。もちろん躱すが。

 

「少佐殿、今のうちにお下がりください。ここは私が抑えます。その間に応援を」

 

 部下の軍曹を討たれた中尉が割って入って来た。かなりの熟練さを感じさせる動きだ。

 緑だが角の有る機体である。ライデンが以前に乗っていた機体であった。

 中尉の言葉に一瞬言いよどむも、この異様な状況をいち早く伝える者が必要だ。「分かった」と告げ、急速に加速機動を見せて退避する。足一本分弱の推力が無くても上方への直進加速は素晴らしいものがあった。

 ジョニー・ライデン少佐は、報告しつつ自艦へと無事に戻れた。

 だが、中尉機は戻ってこなかった……自力では。

 シロッコの搭乗する試作型リック・ドムは、残った一機を二分ほどでモノアイに加え背面の推進部をマシンガンで大破させると、応援が来る前にと足早にその場を去った。

 

 

 

 この件の騒ぎはグラナダ基地内で大きくなっていく。

 グラナダ都市周辺へ三機一小隊で十二小隊ものザクの部隊が緊急出撃する。

 

『ジョニー・ライデン少佐を被弾させた―――ジオニック社の整備士がMSで暴れている』

 

 話の前後で、多少意味不明に思える。

 突撃機動軍にはライデン以外にもロバート・ギリアム大佐らエースパイロットも存在するのだが、今は宇宙要塞ア・バオア・クー駐留であったり、グラナダから離れた所で哨戒行動中であった。

 残るグラナダ滞在のエース、ただ突撃機動軍所属ではない。それは―――

 

「では、私も出ます」

「すまんなシャア。連邦のスパイかもしれん。一応よろしく頼む」

「はっ、お任せを」

 

 自室へ基地司令でもあるキシリア少将より、夜遅くながら直接警戒の依頼を受け、シャアは出撃準備に入る、しかし。

 

(ええい、いきなり艦の自室へ繋いでくるな! 普通は艦橋だろうが、ザビ家の娘め! 今から撃ち殺すぞ)

 

 カメラの前では平常心で通したが、『カタキ』が再びプライベートへ割り込んで来た事から『衝動』が沸き起こっていた。

 すでにマスクも外し、寝間着の状態であったため、慌ててその上から佐官服の上とマスクにヘルメットを被って対応していたのだ。

 そんなシャアだが、気を静めると今回の出撃にもノーマルスーツは着て行かない。真っ赤な佐官服でMSデッキへ颯爽と向かう。

 

「中佐殿、我々もお伴を」

 

 中尉となったデニムと一階級上がったスレンダー曹長が、MSデッキにて戦士として覚悟の敬礼でシャアを出迎える。あのジョニー・ライデン少佐ほどのエースが被弾するほどなのだ。すでにザク四機以上があっという間に撃破されたと伝えられている。遭遇した場合、ライデン少佐に勝るとも劣らないシャア中佐なら大丈夫だろうが、自分らもその撃墜機の内に数えられる可能性は高いと思われた。

 

「いや、ここはグラナダだ。今回は私だけでいい。君たちは艦の守りを頼む」

「「……はい」」

 

 シャアは、ライデンらが三機で出て行ったことを聞いている。

 それに相手はMS一機。遭遇を考えるとやはりここは一人の方が良いように思えた。

 彼は部下らが見守る中、慣れきった赤き機体のコクピットへと滑り込む。

 

「こちら、シャア・アズナブルだ。緊急で出るぞ」

 

 シャア専用の赤い3倍速なザクが起動した。

 

 

 

 基地内全体が警報を伴った警戒態勢に移行しており、状況が良く分かっていないアムロも起き出して士官服へ着替え直していた。

 当然まだ『戦果』を挙げていない彼は少尉のままだ。

 中佐の言葉を思い出す。

 

『次の戦闘には君も最前線に出てもらう』

 

(僕も出撃なんて……あるかな?)

 

 『殺し合い』をする実戦へ―――そんな爪を噛みたくなる不安な気持ちのアムロの所に、ハマーンも自室で一人は不安なのか、彼の部屋へとやって来る。

 ピンクのパジャマからは、艦内で作ってもらったと言う黒のジオンマーク入りな白とカーキの可愛いワンピースに着替えていたが、髪は下ろしたままで……何故か枕を持って。

 そして、部屋に立ち尽くすアムロの横をツカツカと通って―――彼のベッドへと潜り込むと一言。

 

「さっきから、時々ピリピリする感覚がするわ」

「僕もだ……」

 

 アムロもグラナダ周辺の宙域にイヤな感じを覚えていた。

 

 

 

「この機体はリック・ドムというのか」

 

 シロッコが、移動しながらMSコクピット内の機体ステータスチェック用のサブコンソールを操作している時に、そこへ機体名が表示されたのだ。

 そうして、宇宙戦闘艇の所まで戻って来た。

 まず試作型リック・ドムで運んできた推進剤タンクを宇宙艇の傍へ置き、推進剤補給を開始する。そして補給の間にこの目立つ試作型リック・ドムを一キロほど離れた崖な砂地を見つけると、そこへ機体の半身を埋没させ、上から軽く砂を掛けて放棄する。

 MSに興味は尽きないが、今は加速力の高い宇宙戦闘艇でルナツーを目指す任務を果たすべきなのだ。

 その戻る道程にて、まだ遠いが緑のMS小隊の、おそらく自分を探索しているであろう、周回している様子が見えていた。長居は無用である。

 そうして早めに宇宙艇のところまで戻る。補給はそれから二十分程で終わる。推進剤は満タンまで入った。

 これだけあれば、無駄弾を抑えれば突破戦があっても凌げるだろう。

 

「では行くか」

 

 宇宙戦闘艇のステータスがオールグリーンな事を確認し、機関を始動する。

 宇宙艇を飛ばすと、彼は稜線を巧みに使う。

 今は日が当たっているため、ノズルの光は目立たない。だが、砂煙は高く舞い上がると目立ってしまう。なので、地表を離れ稜線よりも高度を少し低く抑えて飛べば見つかり難いのだ。

 この後も、進路は日がこれから当たる東方向に抜けていく予定。

 そうしてグラナダより百キロほど離れた辺りで、天体自体の丸みに隠れるように機体を上昇へと転じる。月面は重力が地球の六分の一程度に加え、大気圏も無いの為に離脱は優しい。

 

(あとは地球を跨いでルナツーへ向けて加速するだけだ)

 

 しかしシロッコは、この時になって一機の接近を感じた。

 コックピットからキャノピー越しでそちらへと向く。

 遠目でも分かった。

 

 それは―――真っ赤な機体であった。

 

(……またか)

 

 今日は良く見る機体の色だ。

 それは、どれも任務に立ちはだかる障害にしか思えないものに見えた。

 

(そう何度も邪魔させるか。振り切ってやる)

 

 宇宙戦闘艇は急加速を開始する。すると、赤い方も合わせて加速し始める。

 そして―――赤い機体は迫って来ていた。

 

(な、なんだと?!)

 

 シロッコはその事実に驚愕する。

 『赤い彗星』の名と、3倍速ザクの巡航加速力は伊達ではない。ガンダムや長時間では高機動型ザクII後期型をも優に上回っていた。

 

 追跡に出たシャアだが、情報も当ても無かった。ライデン少佐を追いつめる手練れが、そう簡単に尻尾を出すと思えない。

 自分ならどうするか。日の光や地球よりも小さい天体の丸みを利用すれば……そうシャアは考えた。

 そして、途中からは増援を呼んでいては間に合わないと判断し、単機先行してここまで来ていたのだ。

 前方に一機進む『何か』を確認する。

 

(ん? 黄色い宇宙艇……か)

 

 それは試作MSでは無かった。だがこの宇宙艇は、今の時間に飛行許可を取っている宇宙艇データへ照会しても該当するものが出て来なかった。

 そのうちに黄色の宇宙艇は急加速を始める。

 

(こちらの姿を見て加速か……怪しいな。話を少し聞かせてもらおうか)

 

 3倍速赤ザクが、『赤い彗星』が加速していく。

 

 自慢の宇宙戦闘艇に対して、じわじわと差が詰まって来ていた。間もなくマシンガンの射程に入れば、後ろから撃たれることになるだろう。それは余りに良くなかった。

 シロッコは距離のあるうちに『対戦』することを選ぶ。

 速度を落とすと変則的な飛行へと移った。

 シャアも、相手が逃げるのを止め、戦いを選んだことを感じる。それは、この宙域周辺に鋭く広がるあの独特の感覚がそう告げていた。

 

(この黄色い宇宙艇のパイロットは―――ニュータイプか)

 

 シャア自身も感覚を研ぎ澄ませる。

 あの宇宙艇の後方にあるノズルを壊せば終わる……そう考えていた。

 しかし、その宇宙艇の下部から収納されていた、武装した両腕が出て来たのだ。

 

(マシンガン……戦闘艇だったのか。これで油断出来んな)

 

 グッと距離が詰まった風に見える戦闘艇は、不規則な螺旋を描くように飛び照準が難しい形で飛んでいた。

 だが突然、シャアの方へと襲い掛かって来る。二機は位置を入れ替えながら、激しい銃撃戦を繰り広げる。接近しては離れ、中距離でも撃ち合う。

 そして、何度目かの激突。

 今度は戦闘艇が、下方から近接して擦り抜けるように銃撃して来たのだ。

 シャアは機体のシールド面を戦闘艇側へ向けつつ、被弾面積が最小になる様に段階的に戦闘艇へ匍匐するかのように姿勢制御しつつマシンガンで応戦する。

 両機はすれ違う。

 すれ違った瞬間、シャアは後方を取ろうと素早く機体を前転するように機動させるが、通り過ぎたはずの戦闘艇の姿がすでにそこには無い。戦闘艇はほぼ九十度上方反転しつつ加速してシャアの背面を取ろうとしてきていた。

 

(むぅ、できるな。加えて、宇宙艇もそれとは思えん機動性だ)

 

 シャアは内心で感心する。

 そして、一方も。

 

(先程から反応が素早いな、この赤い機体のパイロットは。機体の性能だけではない。やりにくいな……ここで余り時間を食う訳には行かない。使うのは今だ―――奥の手を)

 

 感心しつつも、すでにシロッコの顔に勝利への微笑みが浮かぶ。

 その瞬間に周辺へゾワリとするいやな感覚が広がった。

 

 そのときシャアは、声を聴いた気がした。

 

 背面へ回ろうとした宇宙艇は、3倍速赤ザクの影側に入っていた。宇宙艇の全体像が灰色掛かって見える。

 僅かに肉眼では気が付きにくい。そう、宇宙艇の『高性能』マニピュレータの両腕がそこに見えてないことに。

 忙しくノズル操作をする左手を動かしながら、シロッコは落ち着いて決定的な攻撃となる右手のトリガーを引いた。

 

 

 

 だが―――赤い機体は、その後方左右からの銃撃を予期した様に、素早く弧を描きながら躱しつつ、そのマシンガンをシロッコの宇宙戦闘艇に命中させていた――――。

 

 

 

 シロッコの避けられたという『まさかの衝撃』が、僅かに宇宙戦闘艇の回避を遅らせてしまった。

 宇宙戦闘艇の中央部から後方の機関部に命中し、120mmマシンガンに抗しきれない装甲にはいくつも穴が重なっていった。

 五秒ほど間があったが、その宇宙戦闘艇は――爆散する。

 

 シャアは勝った。

 

 しかし直前の『今、後ろに気を付けて』と言うアムロとハマーンの二人の重なった感じの声が届いていなければ、シャアが散っていたかもしれなかった。

 

(ふっ、あの二人に助けられたな)

 

 これは偶然では無い。ニュータイプなら分かるのだ。

 そして、同時に感じた。

 

 あの戦闘艇のパイロットは、まだ生きている、と。

 

 爆散する一秒ほど前に戦闘艇から『五つ』もの脱出カプセルらしきものが高速で放出されたのだ。爆散が目くらましにもなっていた。

 

(全部に乗っている? いや一つだ。さて、どれか?)

 

 シャアは『月から一番遠く』へ放出されたカプセルを選んだ。いかにも捨てたハズレに見える物を。

 赤いザクはそれへと寄って行く……そしてカプセルを掴んだ。

 MSのマニピュレータにより力づくで軽くそれを捻り開ける。

 だが中身は……カラであった。

 

(チィ、逃したか)

 

 レーダーが効かない為、もはや残り四つのカプセルは捉えることが出来なかった。

 映像を巻き戻すと、三つは広大な月面へと落下していった様に見えた。

 

 しばらく、周辺を周回したが動きは掴めなかった。すでにあの鋭い感覚が周辺の宙域から消え失せていたから。あのパイロットは気絶しているのかもしれない。

 十分後、シャアは開けた脱出カプセルと、撃破した戦闘艇の大きめな残骸の一部を持って帰還する。

 

 

 

 その後も、試作型リック・ドムは見つかっていない。

 

 

 

to be continued

 

 

 




2015年04月17日 投稿



 解説)試作型リック・ドム
 本来リック・ドムがベースであるが、本作では前倒しでドムをベースにパーツ等の規格を企業間で合わせようという統合整備計画(0079年2月にマ・クベが提唱)に沿って開発しようと試作されたリック・ドムの機体となっている。
 マ・クベが、ギレンへ実利を上げて少し強めにプッシュしていたのだ。
 宇宙戦仕様と地上戦仕様の換装が容易になっている。
 改修への多大な労力分がゲルググの生産へと回って行くのだ……。
 この時点で、宇宙用高機動試験型ザク(MS-06RD-4)と同等の熱核ロケットエンジンを脚部に装備。
 今後量産されるリック・ドムやドムは、少し角張ったものに移ってゆく。
 ドムについては、すでに当初の型の機体が多くロールアウトしている状況ではある。



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