IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~ 作:金髪のグゥレイトゥ!
「いよいよ『キャノンボール・ファスト』も目前だな。今日から高速機動調整が始まるんだっけ?」
「うん、そうだよ。僕は違うけど他の専用機持ちは本国から高機動パッケージが送られてきてるんじゃない?」
「ぶぅ…」
HR前の朝の教室はいよいよ目前にまで迫った『キャノンボール・ファスト』の話題で盛り上がっていた。
閉鎖的なIS学園が唯一学園外で行う行事でもあり、尚且つ一月も延期されたこともあって生徒たちの関心は異常とも言えるものだった。しかも今年の一年は専用気持ちの代表候補生が多数居る。各国の新型が競い合うのを生で見る機会なんてそうそう無いので盛り上がってしまうのも無理もない。
「え?俺は何も聞いてないぞ?」
「私もだ」
「あんた達はそんなもの必要ないくらいの高スペックでしょうに…」
「ぶぅ~…」
俺と箒はきょとんとしてお互いを見合わせる。俺はISについて素人で、箒に至ってはISに関心が薄い。凄い機体と言うイメージだけで、実際に自分がどれだけ凄い機体に乗っているのかあまり良く分かっていないのだ。
「まったくこの人たちは…」
「もう少し危機感を持て。お前達の持つ機体は世界を技術を一段飛びぬけた物なのだぞ?」
「ぶぅぅ~…」
セシリアとラウラがこめかみに手を当ててやれやれと溜息を吐く。そんな二人の反応に俺と箒はムッとする。
「そ、そんなことくらい分かっている!」
「そ、そうだそうだ!」
「これ、分かって…ない…」
ついには簪にまで呆れられてしまう。誠に遺憾である。
「ぶぅ~~~~!」
…あえて無視してたんだがなぁ。
こうも構ってくれと言わんばかりの自己主張が激しい大きな鳴き声を上げられてしまっては無視するわけにもいかない。
「…どうしたんだ?ミコト」
「ぶぅ~…」
先程からぶうぶう鳴いている子豚…もといミコトに話しかける。
すると、また珍妙な鳴き声をあげて机に顔を乗せたままぷくぅ~お餅みたいに頬を膨らませるミコト。見るからにご機嫌ななめで、先程の大きな鳴き声で何事かとこちらに視線を向けていた周りのクラスメイト達はそれを見て苦笑を浮かべる。
「みこちーはねー不貞腐れてるのー」
「ぶぅ…」
「不貞腐れてる?」
「最近ーお空を飛んでないからー不貞腐れてるのーつまんないってー」
ああ成程。そういう事か。
よくよく考えれば理由なんて分かりきった事だった。ミコトの体調不良の所為もあってか、ここ最近のミコトの行動制限はとても自由と呼べるものではなかった。今もこうして学校に登校して普段通りに生活している様に見えるが、ISを使う実習授業では一切のISの使用を禁じられており、空を飛ぶことを誰よりも大好きなミコトにとってそれは不自由としか言いようがないだろう。
…しかしまあ、IS以外を除けばいつもと変わらない生活ではあるのだ。空を飛ぶことが大好きなミコトには可哀想だとは思うが、ここ最近はミコトの体調は優れないみたいだし大人しくして貰うほかないだろう。
「これではキャノンボール・ファストに向けての高速機動調整も行えませんわね…」
不貞腐れるミコトをあやす様に頭を撫でながらセシリアはそう呟く。
「高速機動調整ってそんなに大事なものなのか?」
「う、うん…。標準装備は高機動パッケージの有無とか、駆動エネルギーの分配とか…スラスターの出力調節とか全然違う…から」
「当日に調整してぶっつけ本番でやるのはまず無理ね」
…ふむ。
おれはそれを聞いて考える仕草を見せたあと、ふとある事を思いつきにやりと笑みを浮かべる。
「おっとぉ?これはもしかするとミコトに勝てちゃうかもしれないな!にしし!」
「むぅ~!?」
今まで一度たりともミコトに勝ったことがない俺は、男のプライドの所為か初白星をあげるチャンスだと、ついちょっと意地悪な事を言ってみてしまう。
すると、そんな俺の挑発にミコトは見事に反応して頬の膨らみ具合が焼き餅のあのぱんって破裂するギリギリぐらいまで膨れ上がる。
「一夏ってば。ミコトに勝つとはまた大きく出たね」
「いや分からないぞ?俺だって最近は模擬戦の勝率も上がって来てるしな!」
楯無先輩の地獄の特訓で確実に俺は成長している。それは日々の実機訓練で実感していた。そのうえミコトはここ最近実機訓練を行っていないためブランクもあり、しかも機体は未調整のまま大会に挑まなければならないときた。それでも実力の差は歴然ではあるが、ミコトに勝てる可能性はゼロではないだろう。
「ぶぅ…一夏の勝率なんてスパ〇ボの命中率くらいにあてにならない」
「ほんと何処でそんな知識覚えて来るんだよ!?」
「回避率一桁で被弾…うっ、頭が…」
「いや、簪も何でダメージ受けてんのさ…」
何故か簪の方にまで被害が…。きっとこのネタを教えたのは簪なんだろうなぁ…。
「今日のミコトさんはいつになく毒舌ですわね…」
「相当鬱憤が溜まっているのだろう。大好きな実機訓練も見学させられているしな」
そう言いつつ箒は餅の様に膨らんだミコトの頬をつんつんと突く。
「ぶぅ~…ぶぅ~…」
「ああ、また豚に戻っちゃった…」
「でも少し厳しすぎじゃないか?これじゃあ調整もせずに当日挑むことになるぞ?」
「…仕方が無いだろう。ミコトはここ最近体調が優れないのだから大事をとるのは当たり前のことだ」
「そーだねー」
珍しくミコトに甘々なのほほんさんとラウラがミコトを擁護しない。いつもならミコトが可哀想だとか言いそうなものなんだが…。まあ、過保護だからこそのこの慎重さなのだと考えれば不自然ではないか。
「そもそもミコトのイカロス・フテロは高機動専用の機体だ。高機動調整は既に済ませてある。必要なのは我々だけだ」
「え?あっ…そうか」
ラウラに言われてそう言われてみればと納得する。そんな俺の反応を見てラウラは頭を抱える。
「今までずっとミコトと一緒に過ごしてきただろうに何故気づかなかったのか…」
「いやあ、他の機体は高機動パッケージとか普段装備してないからさ…」
「たわけ。学園内のアリーナでそんなもの使えれる訳ないだろう。狭すぎて性能の60%も活かせんわ」
「いや、でもミコトは…」
物凄い機動でアリーナ内をすいすい飛び回っていると言おうとしたが、ラウラはそれを遮る。
「ミコトの操縦センスが異常なんだ。貴様との技量差など天と地の差があると知れ。それとも何か?貴様は本当にミコトより操縦技術が優れているとでも?ほぅ…」
「はい!生意気言ってすいませんでした!」
絶対零度のラウラの瞳に睨まれ、俺は即座に土下座する勢いで頭を下げる。情けない。情けないぞ自分。こんなへっぽこな俺がミコトに勝とうだなんて思い上がりも良い所だったのだ。ぐすん…。
「一夏。かっこわるいよ…」
「思い上がった馬鹿は放っておくとして。高機動調整と言うのは何をすれば良いのだ?皆の話を聞いていると高機動パッケージやら何やら出て来るが、私はそう言った話は何も聞かされてないのだが…」
「さっきも言ったけど、箒の紅椿は元々のスペックが高いから必要ないんじゃないかな?スラスターの出力調節だけで十分だと思うよ?あっ、一夏の白式もね」
「何せあの篠ノ乃束博士のオーダーメイドだからね。全てにおいて高スペック。後付の高機動パッケージなんていらないでしょ」
「そう…か…そうだな…」
篠ノ乃束博士のオーダーメイドという言葉に箒は表情を曇らせる。どういった経緯で箒が束さんに紅椿を求めたのかは知らない。けど、自分だけ世界に少数しかない貴重なISを、しかも度の機体よりも優れた高性能な機体を簡単に手に入れたことに負い目を感じているのかもしれない。
「なら、高機動調整とやらが必要なのは私と一夏、あとミコトを除いた専用機持ちだけか」
「あっ、ううん!私は参加しないから…!」
簪が慌てて手と頭をぶんぶんと振る。
「む?そうなのか?」
「う、うん。私の打鉄二式は標準装備を優先したから高機動パッケージは全然手付かずなの…。だから参加は無理かな…」
そう言えばイカロス・フテロβのお披露目の時にそんなこと言ってたな……うん?
「あれ?それって不味いんじゃ…」
以前、千冬姉が今回の行事は各国各企業のお偉いさんが来ると言っていた。そんな大事な行事に不参加と言うのは代表候補生として良くないのではないのだろうか?同じ事を思ったのか、簪と同じ代表候補生と言う立場であるセシリア達も表情を曇らせて心配そうに簪を見ていた。
「査定に響かないか?」
「査定?」
ラウラの口から出た聞きなれない単語に俺は首を捻る。
「貴重なISを預けるんだ。当然それに相応しいかどうか定期的に審査がある。IS学園に入学したのなら学校行事の成績も審査に含まれるだろう」
「あっ、そうだよな…」
唯でさえ数が限られているんだ。そんな貴重なISコアを結果の出さない人間に預けておける訳がない。当然それを判断するための審査がある筈だ。ラウラが言う査定と言うのはその事を言っているんだろう。
「で、そこんところは大丈夫なの?」
「うん。打鉄二式を完成させたから…それの分が評価されて±0ってところ、かな…」
「いや、むしろプラスなんじゃない?」
「ええ、国の方が無責任に放棄した未完成の機体を完成させたんですから、それくらいが妥当な評価ですわね」
「そ、そうかな…?」
「そうよ。だからあんたはもうちょっと自信持ちなさい!」
「あうっ…」
ばんっと強く背中を叩かれて少し痛そうに呻き声を上げる。
鈴の言う通り簪はもう少し自信を持った方が良いかもしれない。何せ個人でISを完成させたのだ。とても凡人が出来る事ではない。
「かんちゃんはーこれでもー変わったほうだよー?ねー?」
「ぶぅ?…ん。簪、かわった」
豚が人語を喋った。いやミコトなんだが。俺達が話している最中もぶうぶう鳴いていたミコトがのほほんさんに同意を求められて頷く。
「そんなことな…くない、かな?うん…自分でもそう思う」
二人の言葉を否定しようとした簪であったが、何か思うところでもあったのか途中から否定から肯定的なものへと変え、その表情も何処か先程とは違って見えた。それを見たミコトとのほほんさんは何故か満足そうであった。
「なんか良く分からないけど、自信が持てたのならそれでいいわ。あんたも国を代表してるわけなんだからシャキッとしないとね」
「う、うん!がんばる…!」
むんっと胸の前で両手をぎゅっと握って意気込む簪。
簪とはそれほど長い付き合いではないが、確かにミコトとのほほんさんが言うように今の簪は初めて出会った時より自信に満ちた顔をしている様に思えた。ミコトの事でそれどころではなく気付けなかったが、俺の誕生日の日に楯無先輩との決闘が切っ掛けで彼女を変えたのだろうか?
「でもーキャノンボール・ファストにはー参加できないんだよねー代表候補生なのにー」
「ほ、本音ぇ…」
折角人がやる気に満ちているところを台無しにされて、簪はのほほんさんを若干涙目になりながら恨めしそうに見る。
「お前は…」
「台無しですわ…」
「たはは~めんご~めんご~」
皆から向けられる批難の目に、のほほんさんは笑って誤魔化した。
しかしその時。間の抜けた笑い声とは正反対の冷ややかな声が静かに教室に響いた。
「…で?いつまで馬鹿騒ぎを続けているつもりだ?もうとっくに予鈴は鳴っているのだが?」
『ひっ!?』
びくりと俺達は肩を震わせて恐る恐るその声のした方へ振り向くと、そこには教室の入り口で、今か今かと振るわれるのを待ち遠しそうにしている出席簿を手に持った千冬姉が教室の入り口で立っていた。
「朝から騒ぎおって、廊下まで聞こえていたぞ」
『す、すいません…』
しょぼんと頭を下げる俺達。場所が教室でなければ正座をする勢いだ。
「キャノンボール・ファストが目前でやる気を出すのは構わんのだがな。しかし更織。幸か不幸かお前の気鬱も無駄となったぞ」
「え?」
「千ふ…織斑先生。それってどういう事だ…ですか?」
「それは後で説明する…貴様ら!もう予鈴は鳴っているぞ!さっさと席に着け!凰、更識、貴様らも自分の教室に戻れ!」
「「は、はいぃ~!?」」
蜘蛛の子を散らす様にして鈴や簪、それに他の生徒達も自分の席や教室へと戻っていく。それを確認してから千冬姉は教卓の前に立ち、朝のHRを始めた。
第64話「破綻」
――――Side 織斑一夏
「あり得ませんわっ!」
朝のHR。担任である千冬姉の話を聞いて、ばんっと机を叩いて立ち上がり大きく声を上げたのはセシリアだった。
「高速機動調整なしでキャノンボール・ファストを行うと言うんですの!?そんなの前代未聞ですわ!」
千冬姉の話に動揺を隠せずにざわめく生徒達。HRで俺達が千冬姉に聞かされた内容。それは目前にまで迫ったキャノンボール・ファストを高速機動調整なしで執り行うと言う信じられないものだった。
千冬姉がさっき言っていたのはこの事だったのか…。
「前代未聞も何も、そもそもISはそこまで長い歴史でもないだろう。ルールの変更などこれから幾らでもある」
「それは…そう、ですけど…」
ISが世に生まれてまだ10年も経っていない。千冬姉の言うことは尤もだ。だけど…。
「ですが、キャノンボール・ファストはその高機動戦こそ華だと言うのに…」
美しさに意識が高そうなセシリアはやはり気に入らないらしい。他のクラスメイト達もセシリアと同じ意見のようで不満の声を漏らしていた。
俺もテレビでキャノンボール・ファストの様子を見たことがある。高速で空を舞い競い合う戦乙女達。その姿は見る者すべてを魅了する程に美しく、そして勇ましかった。そう思わせる程の競技の目玉を損なわせるのは確かに如何だろうとは俺も思う。
「貴様も代表候補だというのならその技で魅せてみろ。それとも貴様にはそんな技量も無いのか?」
「ぐっ…!」
千冬姉は挑発的な笑みを浮かべてそう言い捨てると、カチンという音が聞こえてきた気がした。
「やってやりますわ…ええ!やってやりますとも!このセシリア・オルコット!その様な些細な事で美しさが損なわれると思ったら大間違いですわ!」
プライドを刺激されて簡単に挑発に乗せられてしまう。セシリアェ…。
「(ちょろい…)」
「(ちょろ過ぎる…)」
「(セシりんマジチョロイン)」
むふんと胸を張って自信有り気なセシリアを、俺達は憐れみにも似た感情の籠った目で見守るのであった。それで良いのか代表候補生…。
しかし、事が荒立つようなことにならないで良かった。仮にも国を代表している者が騒げば周りにも大きく影響を与えかねない。大きなイベントの前に大袈裟かもしれないがもう暴動なんて起きれば目も当てられない。千冬姉がセシリアに標的を絞って挑発したのもそれが目的だったのだろう。権力を持っている代表候補生が黙れば、何の後ろ盾の無い一般生徒は大きな声を出すことは出来ないのだから。
そして、もう一人のプライド高い代表候補生はと言うと…。
「………」
ラウラは何か真剣な面持ちで何かを考えているようだった。恐らくキャノンボール・ファストについて考えているんだろう思うだが、セシリアとは違って不満を抱いているようには見られなかった。
でも…。
ちらりと俺は専用機持たない一般生徒達の方を見る。
「技で魅せろったって…ねぇ?」
「私達は専用機も無いから搭乗時間も短いのに…」
「こんな事ばかりだよね。学校行事が中止になったり…」
皆が皆セシリアの様にはいかない。不満に思っている生徒はやはり多い。何せこれまでの行事の殆どが問題が発生して中止になっている。今回もそうだ。そろそろ生徒達も不満もそろそろ限界になりつつあった。
「不満は多々あるだろうが、これはもうIS委員会で決定したことだ。もう覆らない」
『………』
文句を言うだけ無駄だと言う様に千冬姉はそう告げた。ISを管理する最高機関であるIS委員会がそう決めたのなら一般生徒はもう黙り込むしかない。
「話は以上だ。今日から行われるはずだった高速機動調整は通常の実技演習を行うのでそのつもりでいる様に。ではこれでHRは終了する」
HRを済ませると千冬姉は早々に教室を出ていく。千冬姉が去って行った教室には嫌な沈黙だけが残った…。
・
・
・
・
「ったく、何だってのよ!キャノンボール・ファストの時期がずれたから、完成が遅れてた甲龍の高機動パッケージは間に合うと思った矢先のこれよ!」
ずるずると不機嫌そうにラーメンを啜る鈴。
昼休憩となり食堂に集まった俺達の一番に出た話題はやはりというはキャノンボール・ファストについての事だ。
「やっぱり他のクラスでも同じこと言われてたんだ…。本当どうしたんだろうね…?」
簪も突然のキャノンボール・ファストの規定変更に戸惑った様子だった。簪だけじゃない。食堂に居る生徒達もその事についての話題ばかりで、どの生徒の表情も簪と似たようなものだった。
「無論何か訳があるのだろう。理由も無しにこんな急な規定変更をする訳がない」
「何かって何よ?」
「それは…私に聞くな」
ぷいっと箒は顔を背ける。専用機を持っていても箒は代表候補生ではなく一般生徒だ。事情を知る筈も無いだろう。
「とりあえずー私が言えることはー」
はいはいーいとダボダボの袖を振り回してのほほんさんは手を上げると、皆がなんだなんだとのほほんさんの方へと視線を向ける。
「みこちーが勝った!第3部完!」
「むふぅー♪」
どっかのクイズ番組の優勝者がしそうなポーズをとって、さっきの仕返しと言わんばかりのドヤ顔を見せ付けて来るミコト。そのドヤ顔を見た俺達は盛大にずっこけた。
「だからそう言うのを何処で覚えて来るんだよ…」
「本音さん。また貴女は…」
「そこで一番に私の所為にするのはーどうかと思うのー。遺憾の意を表明するー」
「でも本音なんでしょ?」
「てへぺろ☆」
『イラッ』
「……まあ高機動調節済みというか、高機動用ISであるイカロス・フテロが圧倒的有利なのは当然だよね」
「そうね。はぁ…これで勝機は完全に消えた訳かぁ」
鈴はそう嘆くと最後に残ったナルトを口に放り込む。
完全高機動専用のイカロス・フテロと標準装備の機体ではどうチューニングしたところで前者に敵う筈もない。そこにミコトの操縦スキルも加わればもうその差は歴然だ。もうだめかもわからんね。
「情けないですわよ鈴さん!高機動パッケージが無くともミコトさんに勝て―――」
「勝てるの?」
「勝…」
ジト目でシャルロットに問われ、言葉を詰まらせるセシリア。しかしそこで鈴の乱入。
「勝てないわよねぇ?」
「ぐっ…」
にやにやと笑みを浮かべて「おう?どうなんだよ?」とずいっと詰め寄り問い詰める鈴に対し、セシリアは何も言い返せずじりじりと後退る。そしてそこへ止めと言わんばかりに箒の追撃が。
「意地張らない方が良いと思うぞ?」
「うっ……か…勝てますわよぉ!」
「「「またまた~www」」」
「勝てますぅ!!」
シャルロット、鈴、箒の3人にちくちくと苛められて、ちょっと涙目になるセシリア。哀れ…。
「どやぁ…どやぁ…」
「調子に乗らない」
「あぅ…」
簪にぺチンと頭を叩かれて叱られる。子供って覚えた言葉を使いたくなるから仕方が無いね。
「高機動調節…標準装備…勝てない…やはりそういうことなのか…?」
「…ラウラ?」
朝のHRから今まで一切喋らず何かを考え込んでいたというのに、突然ぶつぶつと言い始めたラウラを俺は心配になって声を掛ける。
「…いや、何でもな…くはないか。しかし此処で話すのは不味いな」
「は?何を言って…」
言っている事の意味が分からずに俺はそれを訊ねようとしたのだが、ラウラはそれを無視すると突然席を立ち食べかけの昼食を放置して食堂の出口へと向かって歩き出した。
「場所を変えよう。ついて来い」
「えっ?お、おい!?待てよラウラ!?」
慌てて俺は呼び止めようとするが、こちらの話に耳を傾けずにラウラは食堂を出ていってしまう。状況に全くついていけてない俺達は困惑した面持ちで互いに目を見合わすと慌ててラウラの後を追うのだった。
・
・
・
・
「あら?皆お揃いでどうしちゃったの?」
ラウラの後に追ってやって来たのは生徒会室。
勢いよく大きな音を立てながらドアを開けて生徒会室に入ると、楯無先輩は予想外の来客だと言う台詞を吐きつつ、しかしその表情は俺達がやって来るの予想していたかのように俺達を迎え入れてくれた。
「いや、そのぉ…」
俺は返答に困り視線を泳がせながら頭を掻く。
どうしたのかと聞かれても俺自身がそれを聞きたい。如何して自分達は此処に連れて来られたのだろう?俺達は戸惑っているとラウラが口を開く。
「キャノンボール・ファストの事について聞きたいことがある」
「ああ、例の規定変更についてね。私も急な変更で驚いたわ~」
そう言って彼女は扇子を広げて口元を隠す。その芝居がかった話し方は彼女が言っているのは嘘だと言うのを容易に判断出来た。ラウラはその楯無先輩の態度に面倒くさそうにチッと舌打ちを打つ。
「無駄話をするつもりは無い。私の質問にだけ答えろ」
「お、おいラウラ…!?」
明らかに嘘を言っているのは分かっているにしても、ラウラの態度はあまりにも高圧的過ぎた。流石に先輩に対して不味いと思い俺は止めようとする。だが、それを楯無先輩の方が止めた。
「待って一夏君。質問?何かしら?」
「今回のアレは開催当日に起こるテロに対しての対策か?」
『っ!?』
ラウラの口から飛び出してきた衝撃的な言葉に俺達は驚愕する。しかし、楯無先輩だけは笑みを崩さないでいた。
「…ふ~ん、其の心は?」
「キャノンボール・ファストを高機動調節なしで行うと言うあり得ない規定変更。これは戦力を低下を防ぐための物だろう?」
「そっか、だからあんな…」
ラウラの言葉にハッとして納得したようにシャルロットは声を零す。
高機動調節をすればどうしても機動性を重視してしまうために火力を犠牲にしなければならない。そうなれば機体の本来の性能を活かせなくなってしまい、戦力の低下は避けられない。今回の急な規定変更はそれを回避するためのものだったか。
「成程、でもただのテロリストにそれはやり過ぎじゃない?仮に高機動パッケージをインストールして火力が低下しても並の武装じゃISには敵わないわよ?」
「そのテロリストがISを使ってきたとしたら?」
「!」
全員の表情が強張り、俺は学園祭の時オータムと名乗った女の事が脳裏を過ぎる。奴は自分の所属する組織の事を『亡国機業』と名乗りISに乗って俺を襲ってきた。ラウラが言っているのは奴らの事か?
「今年の学園行事には全て何らかのアクシデントが発生していた。しかもどれもISが関わった緘口令が敷かれる程の大事件ばかりだ。そして、その立て続けに起こった事件。その陰には常に『亡国機業』の姿があった」
ラウラの暴走事件。福音事件。そして学園祭。どれもその裏には奴らの影があった…。
「奴らはただのテロリストじゃない。ISを保有する巨大な犯罪組織だ。それに備えて無茶を通して備えるのは当然だろう?いや、それでも足りない位だ」
ラウラは如何なんだ?と視線で楯無先輩に問い詰める。すると、楯無先輩はクスリと笑みを零し…。
「クスッ…うん。流石は特殊部隊の隊長さんね。大正解。補足するならテロは予測ではなく確定しているってことかな」
確定している?まるで誰かに聞いたかのような言い草だ。
「学園祭で襲撃犯の一人を拘束したのは一夏君も知ってるよね?]
「えっと…オータムって奴ですよね?」
俺の白式を奪おうとした奴だ。あのサディストの笑みは忘れたくても忘れられない。
「そいつが吐いたのよ。組織の情報は一切聞き出せなかったけれど、キャノンボール・ファスト襲撃計画だけは、ね」
「…引っ掛かるな。何故その情報だけ聞き出せた?」
「それね。どうも怪しいのよ。まるで此方がそうするように誘導されているみたい。イベント開催日に其方を襲うのでそれに備えて下さいってね…」
「如何してそんな事を…」
警備が厳重になればそれだけ奴等も襲撃するのが困難になるって言うのに、何故そんな犯行予告をするような真似をしたのだろう?一体奴らは何を企んでいるんだ?
「分からない。でもだからと言って何もしない訳にもいかない。後手に回るしかない此方はそれに備えるしかないの。それが誘導されていると分かっていてもね」
「中止にするべきですわ!当日には民間の方々が大勢いらっしゃるんですのよ!?」
「今回のキャノンボール・ファストはIS学園で行われる行事の中でも大きなイベント。しかも今回は市との合同でのイベントだから中止には出来ないの。延期の件も結構無茶したんだから」
「そんな、人命がかかっているんですよ!?」
「ご老人というのは面子を気にする生き物なの。悉く中止になった学園行事。これ以上学園行事を中止することになれば、何のためのIS学園なのか存在意義が問われてくる」
―――この上情けない醜態を晒してみろ。IS学園の威信にも関わる。
以前、千冬姉が俺達に言った言葉を思い出す。
「でも、だからって…」
「なら今後も連中を恐れて行事を中止するの?それこそ本当にIS学園が必要と無くなってくる。なら、今回のキャノンボール・ファストで奴らを一網打尽にすることをIS委員会は選んだ」
『………』
とても良手とは言えてない。何も一般人が多く関わるこの行事でそれを決行する必要はない筈だ。どうせ学園行事を利用して奴等が襲撃してくるのなら、今回の行事は中止して次の行事で備えればいい。学園内ならこちらの方が有利なのだから。
けれどそれは出来ない。度重なる学園行事の中止。これ以上学園側としても行事を中止することは出来ないのだ。もし奴等がそれを狙ってやっていたのなら、俺達はずっと前から奴等の術中に嵌っていたと言うことなのかもしれない。
「当然出来る限りの戦力は配置するわ。貴方達専用機持ちは勿論のこと、教員が搭乗した学園が所有するISも数機配備される予定」
学園の所有するISと俺達専用機持ち。確かにとんでもない戦力と言える。普通ならこんなところに襲撃しようとは思えない。それも予告までして…。奴等は何を考えているんだ?
「…本当に襲撃してくるんですかね?」
「来ないなら来ないでいいんだけどね。IS学園の評判を落とすのが目的なら一応今回の件も納得は出来るわ。高機動調節なしでのキャノンボール・ファストなんて見ていて面白くないもの。でも…」
ぱちんと音を立てて扇子を閉じると、楯無先輩は真剣な表情で俺達を見据えた。
「必ず来る。私の勘がそう言ってる」
彼女は断言する。IS学園最強の勘がそう告げているのだと。
たかが勘だ。そんなものは妄言でしかない。けれどその言葉は彼女の目を見れば口にすることは出来なかった。必ず起こる。その目はそう確信に満ちていたから…。
「ミコトちゃん」
「う?」
俺達がなんの話についていけず、退屈そうにぼーっとしていたミコトに楯無先輩は声を掛けると、ミコトはぴくんと身体を揺らして首を傾げた。
「貴女が楽しみにしていたイベントをこんなことにしてしまってごめんなさい…」
本当に申し訳なさそうに、そして、とても悲しそうに彼女は頭を下げた。
それを見て俺達は目を丸くする。あの周りの人間を巻き込んで好き勝手に大騒ぎをする生徒会長が頭を下げて謝ったのだ。
「んーん、たっちゃんがんばってる。わたし知ってる。たっちゃん悪くない」
「ミコトちゃん…」
気にするなと言う様にミコトはぽんぽんと楯無先輩の肩を叩きながらそう言った。
「関係ない。わたしは飛ぶだけだから。何があっても飛ぶだけだから。だから関係ない。たっちゃんは悪くない」
「……ありがとう」
ミコトに許されて楯無先輩は感謝の言葉を述べた。けれどどうしてだろう?その表情は許されたと言うのに何故か曇ったままだった。それはまるで謝ったのは別の理由があるかの様に…。
「…さて!話はこれで終わり?なら申し訳ないけど私はちょっとこれからやる事があるんだな~」
けれどそれも一瞬ですぐにいつも通りの彼女へと戻った。さっきまでの暗い表情は見る影もない。気のせいだったのだろうか?
「…ああ、要件はこれで終わりだ。忙しいのにすまなかったな」
「ううん、気にしないで♪私は皆の生徒会長だから困ったことがあったらいつでも頼ってね♪」
「あ、はい。お騒がせしました。失礼します」
「しましたー」
「ましたー…」
「うん♪バイバーイ♪」
にこやかに手を振って見送られながら俺達は生徒会室を出た。
「本当、ごめんね…ミコトちゃん」
・
・
・
・
side out…。
「テロ、かぁ…。非日常な学園に来ちまったなぁ…」
生徒会室を出た後、一夏は廊下を歩きながら自分が入学してしまった学校が改めてとんでもない場所だったのだと思い知らされてぼやいていた。
「何を今更。あんたの場合はこの学園に入学する時点で非日常でしょうに」
「同感だ」
呆れ顔で鈴と箒が言うと皆もそれに頷く。
確かに非日常なんて本当に今更だった。一夏が女しか扱えない筈のISを起動させてIS学園に入学したこともそうだが、入学からこれまで相次いで起こったアクシデント。そのどれもが命に関わる危険なものばかりでとても日常的と呼べない。本当に今更だ。
プツンッ…。
「………ぁ」
何かがぷつりと切れた音がした。ミコトが小さく声を洩らす。
しかし、それに誰も気づかない。誰も歩みを止めずに談笑に夢中になっていた。
「いやいや、俺が言いたいのはだな。平穏な日常は何処に行ったんだってことだよ」
「あはは、物騒な事件ばかりだもんね…」
「だろ?此処は世界で一番治安が良い筈の日本だってのに」
「っ………」
「?」
突然一人で立ち止まり、皆の輪から一人外れるミコトを本音が気付いて不思議そうに首を傾げて彼女の名を呼ぶ。
「みこちー…?」
「………」
本音の呼び掛けに彼女は何も答えない。俯いて無言で立ち尽くすだけ…。
「ねえ、みこちーってば…」
様子が可笑しい。そう思った本音はミコトの肩に手を置いて軽く揺さぶる。すると…。
ポタッ…。
赤い雫が廊下に落ちた…。
「っ!?み、みこちぃ!?」
「―――ぇ?」
本音の悲鳴に皆が一斉に振り向く。
そして、一夏達の目に映ったは…。
目、耳、鼻、口…。いたる所から血の流し白い制服をその血で汚してふらふらと今にも倒れそうに立っているミコトの姿だった…。
ドサッ…。
それはまるで人形が糸を切られて地面に崩れ落ちる様に、ミコトが力無く地面に倒れ伏す。
「ミコト!?」
「ミコトさん!?いやあああああああ!?」
セシリアのつんざく悲鳴が廊下を震わし、その悲鳴を聞きつけて生徒会室から飛び出してくる楯無と虚。まるで傍で待機していたかのようにすぐさま何処からか現れる教員達。辺りは瞬く間に騒然となる。
泣き叫びながらミコトの名を呼ぶ少女達。そこには先程まで楽しそうに笑い合っていた笑顔はもう存在しない。それは少女達の悲鳴と言う音を立てて砕け散ってしまったから…。
そう。その時まで彼等は気付いていなかった…。
平穏な日常なんて―――。
―――もう既に終りが訪れていたことに…。