IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第56話「姉妹」

 

 

此処は第3アリーナ。そこに2機のISがあった。

片や火器を大量に積んだ重装備機体。それに対してもう一方は、装甲や装備を省いた機体だ。全く正反対の方向性を行く機体が、いつ戦闘が始まっても可笑しくない張り詰めた空気のなかで無言で対峙している。

しかし、今から始まるであろうその戦いを見届ける人間は観客席には誰一人としていない。このアリーナに存在するのは、2機のISを駆る二人の人間だけ…。二人だけの戦いが今、始まろうとしていた…。

 

「……さて、準備は良いかな?簪ちゃん」

 

楯無はにこやかに笑いかけると、ガチャンッと重い音を立てて、自身の身の丈以上はある槍を持ち上げ、その鋭い先端を簪へと向ける。

 

「うん、何時でもいけるよ。お姉ちゃん」

 

真剣な面持ちで、相対する彼女は頷き。それと同時に、彼女の眼前に4つの空中投影ディスプレイが出現する。

これが彼女にとっての機体に大量に積んだ火器のトリガー。自分により使いやすさを求めた結果の形がこれなのだろう。姉妹揃って変わった機体なのは、やはり姉妹ゆえか…。

 

「でもまさか、一夏君のお誕生日会当日に決闘を申し込まれるだなんて、さすがのお姉ちゃんも思ってなかったわよ?」

 

そう言って、楯無は少し呆れたように苦笑を浮かべた。

今日は9月27日。織斑一夏の誕生日だ。そんな日に今から決闘を始めようとしているのだから、妹に呆れる楯無の反応も当然とも言える。

 

「時期はいつでも良かった。最終調整が済めば。唯それが今日だっただけ……みんなに準備を任せちゃったのは申し訳ないと思うけど」

 

申し訳無さそうにボソリと最後に付け加えた。

他の友人達は既に夜に行われる誕生日会の準備のため、一夏の家に行ってしまっている。自分だけその準備に加わらずに、こんな誕生日会とは全く関係無い事をしていれば、やはり心苦しさを感じてしまうのだろう。

 

「けど、皆に内緒って言うのはどうして?」

「……これは、私とお姉ちゃん、姉妹の問題だから。二人だけで戦いたかったから…」

 

そう、友人達には今日二人が戦う事を知らされてはいない。どうしても外せない用事があると説明しているだけで、その内容までは皆に明かしてはいなかったのだ。

けれど、これは簪にとっても都合が良かったと言うのも事実である。皆が学園を留守にしている今だからこそ、こうして二人っきりで戦えるのだから。

 

「(皆には後でちゃんと謝ろう。だから今は―――!)」

 

カッ!と目を見開いて、簪は投影ディスプレイに指を走らせる。それに呼応しミサイルポッドの発射口がガコンッと音を立てて口を開いた。

 

「―――勝負!(この戦いのために全てを懸ける!)」

「かかって来なさいっ!」」

 

その叫びと共に射出されたミサイルの爆音によって、姉妹同士の激闘が幕を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第56話「姉妹」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 更識楯無

 

 

時は二人の決闘の前日にまで遡る…。

 

「明日はいよいよ一夏君の誕生日ね」

 

仕事の手を止めて明日のイベントについて溢すと、向かいの机で書類の整理をしていた虚ちゃんも作業の手を止めて頷く。

 

「そうですね。本音も日が近づくにつれて、楽しみで仕方がないようでした」

「もう高校生になるのに、仕方のない子」と、頬に手を当てて溜息を吐く虚ちゃんだけれど、そう言う虚ちゃん本人も楽しそうにしてるじゃないの。

「……口元、にやけてるわよ?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべて、虚ちゃんににやけているのを指摘してやると、虚ちゃんは恥ずかしそうに頬を赤く染め、コホンッと咳払いをして表情を業務的な者へと切り替えた。

 

「は、話は変わりますが、簪お嬢様の専用機の件でお話が…」

「あっ、誤魔化した」

 

でもまぁ、このまま虚ちゃんを弄るのも面白そうではあるけど、あの子の専用機の事の方が気になるわね。今回は見逃してあげましょう。

 

「完成したのはもう私の耳にも届いてるけど、何かあったの?」

「いえ、最終調整の方も無事終えたと本音から報告がありましたので、時期的にそろそろかと思いまして」

 

なるほど、確かにそうかもしれない。なら来週末あたりは予定明けとかないとね。―――と、私が思っていたところ、何やら外の廊下からドタバタと騒がしい足音がこの生徒会室へ近づいて来る。

 

「騒がしいですね。注意して来ます」

 

そう言って椅子から立ち上がった虚ちゃんを手で制した。廊下を走るのは感心しないけど、そんな気にする事でも無い。

 

「まあまあ、騒がしいのはこの学園ではいつもの事でしょ?んーでも、この辺りに生徒が来るなんて珍しいわね?私の生徒会長の座を狙った挑戦者かしら?」

「それにしては時期外れな気がしますが…」

 

以前の騒動となった一夏君争奪戦は過ぎちゃったしね。今更私の座を狙ったところで、そこまで美味しいところなんてあまり無いって言うのは同意見だね。

そんな会話をしていると、バンッ!と大きな音を立てて生徒会室のドアが開く。その音に私と虚ちゃんはドアへと視線を移したのだけど、そこに息を切らせて立っていた思いもよらぬ人物に、私と虚ちゃんは二人揃って目を丸くしたのだった。

 

「ハァ…ハァ……お…お姉、ちゃん…!」

 

生徒会室へ飛び込んできた来訪者は私を姉と呼んだ。それもその筈、何故ならその来訪者と言うのは、私のたった一人の妹である簪ちゃんだったのだから。

けど、だからこそ驚いた。あの大人しい簪ちゃんがまさかこんな騒々しい登場仕方をするだなんて、昔からこの子を知る私達にとっては思いもしなかったから。

 

「ど、どうかしたの簪ちゃん?」

 

あまりにもらしくない簪ちゃんの行動にやや引き気味に訊ねると、簪ちゃんは乱れた呼吸で声を絶え絶えにしながらも、私の問いに答え始めた。

 

「ハァ…ハァ…わ、私の専用機……完成した、の…!」

「う、うん。それは聞いてるわ。よく頑張ったわね。えらいえらい……えっと、それで?」

 

まさかそれだけのためにこの慌て様?ないないそれはない。

いくら念願の専用機が完成したからと言って、その報告をしに来るのにこんな慌て様はおかしい。それに、簪ちゃんから発せられてる気迫が尋常じゃない。なんかゴゴゴゴって擬音が聞こえてるし…。

 

「ち…調整も…ハァ……昨日、終わったの……」

「うん。それも聞いてるよ」

 

しかもほんの数十秒前に入手したばかりの最新情報。

それを伝えると、簪ちゃんは「そう…」と呟いて顔を俯く。そして少し間を置いて何かを意気込むかのようにうんと頷くと、再び顔を上げて真っ向から私を見て、大きく声を張り上げてた。

 

「……明日!明日私と勝負して!お姉ちゃんっ!」

 

突然の決闘の申し込みに、私はぽかーんとしてしまう。……はい?明日?

 

「ちょ、ちょっと簪ちゃん?明日って一夏君の誕生日じゃない。忘れちゃったの?」

 

そんな日にわざわざ戦わなくてもとお姉ちゃんは思うのだけど…。けれど、簪ちゃんの様子を見るに、それを承知のうえでの発言のようだ。

 

「忘れてないよ。忘れる訳ない。……でも、それとこれとは違うから」

「ふむ、どういうことかな?」

 

簪ちゃんにとって一夏君は友達の筈だ。確かに最初は専用機の事でよく思っていなかったかもしれないけど、今はそういった感情は抱いてない。それは食堂で一夏君を含めた友人達と、楽しそうに食事をするこの子を見れば分かる事だ。

なら、どうしてこういう事を言い出したのか。友達の誕生日。その他の友達はそのために色々と準備をするのだと、当日は早めに一夏君の家に向かうことを私も聞いている。私は生徒会長の仕事があるためその準備は参加出来ないと予め伝えて謝っている。けれど、簪ちゃんはそうじゃない。

 

「私と戦いたい。それはあくまで簪ちゃん個人の都合だよね?しかもそれは何時でも出来ることなのに、前々から予定されていた一夏君の誕生日パーティの日にする理由は何?」

「もちろん皆にはちゃんと謝る。でも、前から決めてた事だから……」

 

うーん…。私が聞きたいのは理由の方なんだけどなぁ。

 

「それに―――」

「?」

「これは、私にとって……『更識簪』にとって、何よりも譲れないものだから」

 

 

 

 

 

黒煙を切り裂いてミステリアス・レイディが上空へと舞い上がる。

機体のダメージはゼロ。ミサイルが着弾する前に槍で切り払ったためだ。しかし、それも想定の内だったのか、私がミサイルを迎撃している隙に、自分の有利な距離まで離脱した簪ちゃんはすぐに追撃に出て、多数のミサイルが放たれた。その量は初撃の比じゃない。まるで鉄の雨のようだった。

ハイパーセンサーが告げてくるミサイルアラート。その喧しい音が鳴り響くなか、私は簪ちゃんを見上げて小さく笑みを溢す。

 

「本当に一生懸命な子……ふふっ」

 

「『更識簪』にとって、何よりも譲れないものだから」そんな私の背中を懸命に追いかけてくれる一途な想いに、姉としては擽ったくもあり、そして、何よりも嬉しかった。

嫌われてると思っていた。私の存在があの子を苦しめていたから、嫌われて当然だと…。だから、私から進んで関わることは出来なかった。けど、いま私と簪ちゃんはこうして向き合う事が出来ている。それはどれだけ幸せな事だろう…。

自分に目掛けて降り注いでくるミサイル群が目前に迫ってくる。それを見て私はニヤリと口を吊り上げると…。

 

「―――よっ!」

 

私が槍を振うと、その刀身を覆っていたナノマシンが水を散らす様にして宙を舞う。そして、飛び散ったナノマシンは七色に光輝くカーテンとなり、視界を埋めつくす程に迫りくる多数のミサイルの方へゆらゆらと風に揺られて飛んでゆくと、先頭を飛来するミサイルがナノマシンで構築されたカーテンに接触した瞬間、信管が反応して眩い閃光と共に爆発を起こす。

その爆発に続く様に他のミサイル達もカーテンに阻まれ爆発、または誘爆を起こして次々と消滅していき、最後の爆発の後には、先程まであれだけ五月蠅かったミサイルアラートは鳴り止みすっかり静かになっていた。

 

「ふぅ………さて、と」

 

一息吐いて私は辺りを見回す。

視界を奪う周辺に立ち籠める煙。これは、最初の時と同じで……。

 

―――警告。敵ISのセーフティのロック解除を確認。前方より高エネルギー反応。

 

「ま、そう来るわよねっ!」

 

ハイパーセンサーの警告にすぐさま回避行動をとる。

それと同時に、煙を貫いて伸びてきた荷電粒子砲による2つの閃光が、私が先程までいた場所を通り過ぎていった。

 

「視界を奪い動きが止まった時を狙う、か。そのやり方は間違っては無いけど、まさかそんな教科書通りのやり方が通じるとは思ってないわよね?」

『当然』

 

私の問いに通信越しで返してくる簪ちゃん。

そして、私が煙から抜け出したところに、再びミサイルが飛来して来る。

 

「流石に芸が無いよ?」

 

ワンパターン過ぎるその攻撃に少しむっとすると、今度はミサイルを迎撃せずにヒラリと避けてみせ、離れた所からランスに内蔵されているガトリングガンによってミサイルを撃ち落とす。

しかし、簪ちゃんは難なく回避されたと言うのにも関わらず、またミサイルを放ってくるのだった。

 

……また?

 

またもや行われる同じ行動に、流石の私も顔を顰めた。

確かに今度は先程よりもミサイルを多いけれど、少し数を多くしたところで回避するのは容易い。それはあの子も分かってる筈なのに…。

不自然な行動をとる簪ちゃんに、私はミサイルから簪ちゃんの方へと視線を移すと、そこで私は2門の荷電粒子砲を此方に向けていることに気付く。

 

私がミサイルに気を取られている隙を狙うつもり?でも、そんなのさっきと同じじゃないの。

 

ここまでね。と、心の中で呟いた私は早々に幕引きにしようと、必殺の一撃を放つためにランスにナノマシンを集束させ、向かってくるミサイルに構うこと無く前へ、簪ちゃんへ目掛けて弾丸の如く飛び出した。

いちいちミサイルの相手なんてしない。飛来するミサイルをギリギリのところで体勢を逸らす事でかわして、前へ突き進む。

 

―――しかし、その『ギリギリ』というのがいけなかった。その、余裕が大きなミスを生む事となった。

荷電粒子砲光がミステリアス・レイディを……ではなく、ミステリアス・レイディから少しずらした所をかすめていった。

 

「? 外した?――――っ!?」

 

明らかに標的である筈の私からずれた射線。まるでわざと外したかのようなそんな簪ちゃんの射撃に、私は疑問を抱いたが……その瞬間、強烈な爆音と共に背中に衝撃が襲う。

 

「――――くぅ!?これって!?」

 

着弾していない筈のミサイルが爆発し、その爆風が私を呑み込んだのだ。しかし、爆発はまだ収まりはしない。私の周辺を飛んでいたミサイルが次々に誘爆を起こし、ミステリアス・レイディのシールドエネルギーを削っていく。

 

そう、そう言う事っ!簪ちゃんは最初から攻撃なんて当てるつもりじゃなかったんだ!

 

ミサイルを着弾させてのダメージじゃ無く、爆風によって間接的にダメージを与える。普通なら至近距離とはいえど、爆風程度でISにそこまでダメージは与えられはしないけれど…。ミステリアス・レイディは他のISとは違って装甲が薄いから効果的ではある。しかも、その薄い装甲を補うためのナノマシンも今はランスの方に集中させたから尚更だ。

 

『……私じゃお姉ちゃんに当てられない』

 

「っ!?」

 

ハイパーセンサーから静かに呟く声が聞こえてきた。

 

『なら、別の当てられる的を狙えばいい』

 

通信越しに聞こえてくるあの子の冷静な声に、私は初めて表情から余裕が消えた。

 

……やられた!

 

読まれていた、私の行動が…。いや、誘導されたというのが正しいのかもしれない。次の一撃で終わらせようと。

慢心せずに全力で潰すつもりが、まさか逆に利用されるだなんて…!最初からあの子はそれが狙いで、あんなワンパターンな行動を繰り返してたんだ。よくよく考えれば あの子は私をずっと見てきたのだから、私の戦い方や性格なんて誰よりも熟知してるのは当然。

 

「――――でも!」

 

私を落とすにはまだ足りない!

 

崩した体勢をすぐさま立て直し、ランスを正面に構えて再び突進する。

 

『えっ?な、何で……?』

 

ふふん、解せないと言った感じだね?そりゃ簪ちゃんからしてみれば、この状況で尚も突き進んでくるのは不自然でしかないわよね。……でもね?

 

私がある指示をナノマシンに送る。すると、私の意に従ったナノマシンに変化が表れ始めた。

それはまるで蕾が花を咲かせるかのように、ランスの刀身に集束されていたナノマシンが散開し、別の形へと形成されていく。そして、完成したそれを見た簪ちゃんは目を見開いた。槍を覆うナノマシンの楯。それはまるで…。

 

『っ!? これって、織斑君と同じ―――!』

 

簪ちゃんの言葉に、私は当たりだと頷いて得意げに笑みを浮かべた。

そう、それは白式の突撃槍モードに似ていた。あれ程の防御力と突破力はなくとも、荷電粒子砲さえ気をつけていれば、真似ごとなコレでもこの弾幕を容易に強行突破は可能。私は簪ちゃんに向かって一直線に最短コースの道を、邪魔をしてくるミサイル達を尽く破壊しながら突き進む。

 

『速い…っ!(接近戦に切り替える?……駄目っ、間に合わないっ!?)』

 

自分に優位だった距離をみるみる詰められ焦った簪ちゃんは、迎撃しようと荷電粒子砲を放つ。

しかしながら、荷電粒子砲は連射には向いてないため、私の速度には敵わず迎撃は失敗し、空いていた距離はもう目前まで詰められ、私が持つ槍は簪ちゃんを貫こうと迫る。

 

『うっ…ああああああっ!!』

 

直撃だけは避けなければと強引に身体を捻り、ぐるんとアクロバティックな動きでランスの突進を回避。この場から離脱しようと試みるが、それを私は見逃さなかった。やられっぱなしってのも私の性分じゃないのだ。

突撃槍モードからコンマ単位の速度で通常のランスに切り替える。凄まじい速度でナノマシンがランスに集束されていく様子を見た簪ちゃんは目を見開いた。

 

『えっ!?(切り替えが思った以上に速いっ!?これじゃあ逃げ―――)』

 

「さっきのお返し!」

 

戸惑い逃げようとするその背中に容赦無くランスを振り下ろす。

 

『きゃあああああああっ!!!』

 

背中を襲う衝撃に機体は砕かれた装甲を散らしながら地面へと墜ちていく。

 

「なかなか面白かったけど………今度こそお終いにしましょうか?」

 

地上を見下ろしながら小さく呟く。

そろそろ戦いも終幕。なら幕を下ろす準備に入るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 更識簪

 

 

「…痛ぅ…」

 

グワングワンする頭を振って意識をはっきりさせると、あちこち痛む身体に鞭を打って機体を起こし空に浮かぶ姉を見上げる。

油断した。姉さんの戦い方は知りつくしてるつもりでいたけど、まだまだ研究不足だったらしい。

 

「でも、この距離なら―――」

 

怪我の功名とはこのこと。かなりのダメージは負ってしまったが、結果として相手との距離は離された。この位置なら自分にとって優位な距離だと、ミサイルの発射しようとしたのだが、そこで姉の待ったが入る。

 

『ああ、自爆したくなければミサイルはやめといた方がいいよ?』

 

「え?……っ!? これは…!」

 

そこで私は霧状となって周辺に漂うナノマシンに漸く気が付く。恐らく私が倒れている隙に散布されたのだろう。

こんな所でミサイルなど撃てば、忽ち周辺に撒かれたナノマシンがそのミサイルを破壊し自滅してしまうのは誰が見ても明らかだ。

 

「でも、まだ攻撃手段は残されて……えっ?」

 

荷電粒子砲のトリガーを引いても砲身はピクリとも反応しない。

慌ててハイパーセンサーを確認すると、そこには荷電粒子砲の破損を示す文字が…。よく見てみればエネルギー機関だけを正確に破壊されている。これでは弾を撃つなんて到底不可能な状態だった。ミサイルが封じられ、現状で唯一使える武装がこの有様では…。

 

『あそこに届く』攻撃手段がない…。

 

『残念だけど、チェックメイトよ』

 

右手をスッと持ち上げると、それに呼応して周囲のナノマシンがキラキラと輝きを発し始める。そして、それと同時に周辺の湿度が上昇するのをセンサーが感知する。

 

「これって……」

 

『水蒸気爆発』。その言葉が私の脳裏を過ぎった。

生身やISの損傷が激しい状態なら兎も角。現在の打鉄弐式の状態は半壊かそれ未満。打鉄弐式を撃破するつもりなら、ほぼ全てのナノマシンを使わなければまず無理だろう。だとすれば、次に姉さんが何をしてくるかだなんて容易に想像が出来る。挑戦者に力の差を見せつけることはあっても、決して見下しはしないあの人のことだ。きっと今回も最後は全力で潰してくるだろう。だったら……。

 

「……うん。終わりにする」

 

『あら?降参しちゃう?』

 

「ううん、そうじゃないよ。そうじゃなくて…」

 

降参とかそうなんじゃなくて。私も―――。

 

キィィィィィィンッ……!

 

全身の装甲が開き耳を劈く音がアリーナに響き渡る。

 

『? 何…?』

 

―――出し惜しみは終わりにするっ!!

 

「(っ!?これはヤバいかも!?)爆ぜなさいっ!」

 

国家代表に選ばれる程の実力を持つ強者の勘が、事前に危険を察知しすぐさま水蒸気爆発を起こそうとしたがそれが大きなミスだった。決着を急ぐのではなく、ナノマシンを回収するべきだった。

そう、何故なら私の目的は姉さんでは無く、私を囲うこのナノマシンなのだから。

 

霧と同化していたナノマシンが光を発する。しかし……。

 

――――カッ!

 

その光よりも強い閃光が縮まって……そして、大きく爆ぜた。

周辺に散布された霧が、ナノマシンが、膨れ上がった強い閃光に呑み込まれ……蒸発した。

 

『………うそ』

 

姉さんは目の前で起こった事態に唖然と言葉を溢した。

先程まで制御下にあった筈のナノマシンが、一瞬にしてその反応を消失してしまえばそうなるのも当然。気体と同化したナノマシンを破壊されるなんて誰が考えるだろう。しかし、これは紛れもない事実であり、これでミステリアス・レイディの性能の殆どを『殺した』ことになる。

 

そう、これが…。

 

「アサルトアーマー≪功性障壁≫」

 

ミコトから貰った展開装甲のデータを基にして作り上げた、私の…打鉄弐式の切り札。

 

『アサルトアーマー≪功性障壁≫……。成程ね、本来は守るために使われているバリアのエネルギーを攻撃に利用したのね。ならあの火力も頷けるわ。ISの強固なバリアのエネルギーを、守性から攻性にそのまま反転させたんだもの』

 

そうブツブツと呟いては、私の打鉄弐式をじっと眺めて冷静に分析していく。そして、分析が終えた後に私に向けられたのは、ぱちぱちと拍手と共に贈られた賛辞の言葉だった。

 

『すごいよ、簪ちゃん。その打鉄弐式は篠ノ之博士が手掛けたあの二機を除けば、間違いなくこの学園で……ううん、世界で最先端の技術を持った機体。それを作り上げたんだから』

 

………ぁ…。

 

その言葉を聞いて、まだ戦闘中だと言うのに視界が少し滲んでしまう。

お世辞とかそんなのじゃない。純粋な気持ちで姉さんは私を褒めてくれる。私の目標であったあの姉さんが褒めてくれたのだ。こんなに嬉しいことは無い。今まで頑張って来た事が報われた気がした。追い続けた物に漸く近づけた気がした。でも、足りない。まだ足りない。

 

「姉さんに勝つため……だから…」

 

そうだ。このアサルトアーマー≪功性障壁≫は、ミステリアス・レイディのためだけにある兵器。その火力は確かに驚異的なものだけど、高機動戦がメインであるISの戦闘においてその性能を活かすには難しい。その威力を発揮するにはまず至近距離で、しかも発動には時間を数秒ほど必要とするからだ。その数秒はIS戦にでは大き過ぎるため、相当な鍛錬と実戦を積まなければまず当たらないだろう。

でもそれで良い。何故ならこれは攻撃のためにあるんじゃない。『ナノマシンと言う鎧を剥ぎ取る為にある』のだから。姉さんが全てのナノマシンを投入して私に攻撃を仕掛けてくる、そのタイミングのためだけに…。だからこそ、これは対ミステリアス・レイディ特化の兵器と呼べるのだ。

 

『うん、そっか……でも、少し楽観的過ぎないかな?確かに私からナノマシンを剥ぎ取りはしたけれど、それは簪ちゃんも同じ事だよね?』

 

姉さんの言う通りだ。アサルトアーマーはシールドのエネルギーを開放することで発動する。使用してしまえばシールドは暫く使えなくなり、丸裸も同然な状態になってしまうのだ。

けれど、そんな事は使用する前から分かりきったこと。さして問題は無いと私は薙刀を展開し、刃を上空に居る姉さんに向けて静かに言葉を投げかける。

 

「……条件は対等。なら、後は『技』で決着をつける」

 

『確かに、この状況で射撃兵装を使うのは無粋よね』

 

私の言葉の真意を理解した姉さんは、笑みを浮かべ私から少し離れた所に降りてランスを構える。

 

「「………」」

 

無言で対峙し、互いに得物を構えて睨みあう。

それからどれだけ時間が経過したのだろう。10分だろうか?それとも30分?いや、もしかしたら1分も経過していないかもしれない。そんな時間の流れが曖昧になるこの空間で、二人はピクリとも動かないでいた。

 

「……そう言えばさ」

「?」

 

離れた場所からではあったが、十分に自分の耳でも聴き取れる声量で、姉さんが沈黙を破り話しかけてくる。

 

「こういうのも久しぶりね」

「……うん。ずっと、ずっと前……ちっちゃい頃に稽古で組み手をしたとき以来、だよね……」

 

あの時は完膚なきまでに負けたんだっけ…。

そんなちっさな子供の頃から私は一度も姉さんに勝てたことが無い。けど、だからこそ、その背中に憧れて、その背中を追い続けた。時に自分とはかけ離れている才能に嫉妬を抱く事はあったけれど…。

 

……けど、それももう終わりにする。けじめを付けよう。

 

「でも、あの時とは違う。それを証明する…!」

「うん、見せて。簪ちゃんがどれだけ頑張って、どれだけ強くなったのか」

 

その交わした言葉を合図に空気の流れが変わった。互いに手に力が込もり、腰を落とし地面を踏みしめる。

勝負は一瞬。次の瞬間で勝負は決まる。そして、最初に動いたのは私からだった。

 

「更識簪…参りますっ!」

「更識楯無!受けて立つわ!」

 

姉さんもそれを向かい討つ。刃と刃。互いに交差し、そして――――。

 

――――ガキィンッ!

 

鉄を砕く音を耳にすると同時に、私の意識は暗転するのだった………。

 

 

 

 

 

「………ん……あ、あれ?私……」

「あっ、起きた?」

 

目覚めた私の頭上から聞こえてきたのは、さっきまで戦っていた筈の姉さんの声だった。

その声に私は思わず身体を起こそうとしたけど、頭を手で押さえられてしまい、ポフンと再び柔らかい何かに頭を戻されてしまう。

 

「こ~ら!気を失ってたんだから急に身体を起こさないの」

「う、うん……」

 

頭上から覗きこんできてめっ!する姉さんに素直に従うと、柔らかなクッション?に頭を埋めた。それに満足そうに笑みを浮かべる姉さんの顔をぼーっと眺めながら、次第に思考が今の状況を理解していき、ふとある事に気が付く。

 

……あれ?これってまさか膝枕?

 

自分の体勢と姉さんの頭の位置を考えてまず間違いない。想像だにしなかった状況にかなり戸惑っているけど、それよりも……。

 

「負けたんだ…私……」

「そうね。生徒会長はお姉ちゃんが続行です」

 

別に生徒会長になりたかった訳じゃないんだけど…。

 

「そっか………やっぱり勝てなかった…」

 

右手で目を隠してそう呟く。

不安要素しかないギャンブル同然の綱渡りな勝負だったけど、やっぱり負けてしまうのは悔しい。今までの努力と、協力してくれた人たちの事を想えば尚更…。

 

「そう簡単には勝たせてあげないよん。それだとお姉ちゃん寂しいもの」

「えっ?」

 

予想外の言葉にきょとんとしてしまう。そんな私を見て姉さんは苦笑するとそのまま言葉を続ける。

 

「完璧でいるっていうのはね、結構寂しいものなのよ?だから、後ろから追いかけてくる人がいてくれるのって、すごく嬉しい。それが自分の妹なら尚更…ね?」

 

『学園最強』。その称号がきっと姉さんを孤独にしているのだろう。学園で姉さんは全生徒から慕われている。けれど、姉さんが心を許している人は一体どれだけいるのだろう?学園だけじゃない。更識家の当主としての責任もこの人は背負っているとなると、その重みはどれ程のものだろう。私には想像も出来ない。

それでも、どんなに責任を背負っていようと、この人はきっと弱味など見せずに笑うのだろう。いま、こうして笑っている様に…。

 

「……私は、お姉ちゃんの助けになれた?」

「うんうん!すっごく嬉しかったよ!」

 

嬉しそうに姉さんは頷いた。

 

「なら……良かった、かな」

 

その笑顔に満足すると、安堵するように深く息を吐き、私は姉さんの後ろにある茜色の空に目をやった。負けたことは悔しかったけれど、今の私の心はこの空のように澄んでいて穏やかだった。

 

本当、あれだけ悩んでたのが嘘みたいにスッキリしてる…。

 

生まれ変わった気分とは少し違うけど、以前の自分と違うのは確かだ。新たなスタート。つまりこの気持ちはそういうことなのだろう。

 

「……うん、簪ちゃん。清々しい顔をしてるところ悪いんだけど、何か忘れてないかなぁ~?」

「あっ……」

 

姉さんの言葉にしまったと短く声を溢した。

空はすっかり茜色。誕生日会が今にも始まるであろう時間だった……。

 


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