IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

62 / 77
第51話「今は休息を」

 

「うぅ~……」

 

カーテンの隙間から、朝の光が漏れている。もう朝だ。

布団の中でもぞもぞと身体を動かす。季節はすっかり秋となって、肌寒い朝は布団から出るのにすごく頑張らないといけない。隣のベッドで寝ている本音は今日もこの布団の誘惑に勝てなかったみたいで、今も気持ちよさそうに寝息を立ててお休み中で、一向に目覚める気配が無い。

 

「……なんだか身体が重い」

 

身体を起こすと、何か自分に圧し掛かってるような感覚にみまわれる。

 

「けほっ……んー…?」

 

風邪かな…?

 

額に手を当ててみるけど、熱があると言う訳じゃないみたい。

 

「………………ま、いっか」

 

特に動くのが辛いと訳でもないし、たぶん寝起きだからだと思う。放っておいても多分平気。

そう自分で結論付けて、重い瞼を擦ってベッドから這い出るとカーテンを開く。その途端に薄暗かった部屋は陽の光でパッと明るくなり、私の視界に気持ち良い青空が飛び込んでくる。

 

「ん……良い天気」

 

朝陽の光に輝く青空。それを何かをする訳でもなく暫く眺めていると、気が付けば先程まで感じていた身体のダルさも嘘のように吹き飛んでいた。

 

「よし、今日もがんばる」

 

そう意気込むと、まずは日課の本音を起こす事から始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

第51話「今は休息を」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

「ふふん!よく来てくれたね、みんな!」

「は、はぁ…」

 

学園祭での騒動も落ち着いて数日が経過した頃、放課後に俺達は黛先輩に呼び出され、第二整備室にやって来ていた。

第二整備室に入って俺達が目に下には部屋の中心に鎮座するカバーシートに覆われた大きな物体と、その前で得意げな表情を浮かべて仁王立ちする黛先輩。それを見てこれから何が始まるのか察した俺達は少し気まずそうに顔を合わせる。

 

「ジャジャーン!これがイカロス・フテロの生まれ変わった姿。イカロス・フテロβだよ!」

 

そんな大げさにカバーシートを引っぺがしてそこから姿を現したのは、もはや俺達が一度目にしているミコトの専用機『イカロス・フテロβ』だった。

 

「うん、知ってる」

「知ってるな」

「知ってますわね」

「知ってるわ」

「知ってるねー」

「ん」

「………」

「あ、あはは…」

「え、えっと……?」

 

以上、直ったイカロス・フテロを自慢げに見せびらかす黛先輩に対する全員からの冷めた反応でした。

 

「……え、ええっ!?どうして知ってるのー!?」

 

期待していた反応とはまったく逆方向な反応に、黛先輩は驚かす筈が逆に驚かさてしまう。なんというか、期待させてた様で申し訳ない…。

あの襲撃事件の詳細は生徒達には知らされてはいない。黛先輩も当然その中に含められるし、俺達がイカロス・フテロβを初見では無いことを黛先輩が知る筈が無いのだ。

 

「ミコトちゃん、本音ちゃん、簪ちゃんは手伝ってくれたからその反応は納得できるけど、他の皆はどうしてー!?学園祭で謎の爆発事故で機材や機体も傷ついてるし!もう散々だよー!」

 

いや、なんと言うか本当に申し訳ないです。

 

黛先輩がまじでへこんでる。そりゃ貴重な設備と機材がボロボロになった挙句、俺達の反応がこれじゃあ頑張った甲斐が無くて黛先輩の言う通り本当に散々だろう。

 

「そ、それより機体の説明をしてほしいな~なんて。ね!黛先輩お願いします!」

 

おお!シャルロットナイスだ!

 

「そ、そうそう!見た事はあるけど詳細は知らないんですよ俺達!」

「そ、そうですわね!わたくしもさっきからそれが気になってましたの!」

「ア、アタシも知りたいな~!」

「う、うむ!黛先輩!御教授願えないだろうか!?」

 

シャルロットに続けとみんなからの必死なフォロー。

 

「………うん!そうだね!」

「「「「「「(ホッ…)」」」」」」

 

立ち直った黛先輩に胸を撫で下ろす一同。ノリで生きてるだけあって乗せられ易くて助かった…。

 

「コホン…じゃあ、説明するね。イカロス・フテロβは分かってると思うけどイカロス・フテロを改修した機体だよ。その機体の性能は機動性だけを見るなら、織斑君の白式や篠ノ之さんの紅椿を大きく上回る性能を持ってるわ」

 

それはそうだろう。なんて言ったって大気圏離脱を可能とする出力なんだからなぁ。

 

「あの…話を折って悪いんですけど、質問良いですか?」

「うん?なになに?」

 

シャルロットが手を上げて質問の許可を求めると、黛先輩は笑顔でそれを受け入れる。

 

「最初に見て思ったんですけど、足が無いですよね?」

 

ISはパワードスーツとして開発されている為、人型であるのが基本である。けれど、イカロス・フテロの脚部には足がない。スラスターに取り換えられている。

 

「あーそれはね、脚としての歩行機能を一切捨ててスラスターに取り換えたの。イカロス・フテロは外付けなんて積める余裕は無いから」

 

あの変則的な機動を可能とする為に、可能な限り余計な物を削った機体がイカロス・フテロだ。機動性を上げる為に追加のスラスターを付けようものなら、逆にその機動性を殺してしまうだろう。なら、代わりに他のものを外すしかない。その結果この形になったと言う訳か。

 

「PICもちゃんとしたのに取り換えたわ。宇宙空間だとPIC無しじゃ溺れちゃって身動きとれないから」

「え?それだとまずいんじゃ…」

 

俺の記憶が正しければミコトのあの変則的な機動はPICが無いから可能であって、PICが搭載されたらもうあの機動は出来なくなるんじゃ…?

 

「心配ご無用!PICはON/OFF切り替えれるから、イカロス・フテロの長所を殺す事は無いよ」

 

普通はそんなことしないんだけどね、と苦笑しながら付け加える黛先輩に俺も苦笑で返した。確かにPICを切る奴は普通はいないだろう、あれが起動していないとISは『飛ぶ』ことは出来ても『浮く』ことは出来ないんだから。PIC無しで空中でその場に停止しながら飛行を維持するのは至難の業だ。

 

「でも不思議なんだよねぇ」

 

黛先輩は不可解だと言う様にイカロス・フテロを見て首を傾げる。

 

「えっ、何がです?」

「えっとね、メインフレームとか換装すると、コアが馴染むまでかなりの時間が必要なの。なのにこの機体ったら驚いたことにすぐに馴染んじゃったんだよね。出来るだけ早く馴染むように、メインフレームを前の形に可能な限り似せたりとかして工夫はしたけどさ、普通はこんな早く馴染むなんて有り得ないよ。いやはやビックリだわ。ISは解明されてない部分が多くあるけど、その一つを目の当たりにしたってカンジ?」

 

少し興奮気味に黛先輩は語る。

ISには謎が多く、全容は明らかにされていない。だから不可解なことが起こっても、それは不思議であって不思議ではない。実際に俺自身も身に覚えがある、黛先輩もそれを経験して技術者として感動しているのだろう。

 

「よっぽどこの機体、イカロス・フテロのコアと相性が良かったのね。それともミコトちゃんのおかげか……興味深いわね」

「う?」

 

キランと眼鏡を怪しく輝かせて黛先輩はミコトを見据える。その眼は好奇心溢れる科学者の目だ。おっとこれはいかん。この辺りで止めておかないと話が大きく逸れてしまいそうだ。

 

「先輩先輩、説明の続きお願いします」

「あっといけない、そうだったわね。この後、機体の最終調整とかもあるからちゃっちゃと終わらせないと…。といっても、あとは腰部のスラスターと気休め程度の装甲が追加されたってくらいしか変更点は無いのよね。何かそっちから質問とかある?」

「一つだけ。装甲やスラスターを追加したと今おっしゃりましたけど、それによる機動性の低下は大丈夫なんですの?」

 

そのセシリアの疑問には俺も気になっていた。つい先ほど外付けする余裕は無いと言ったばかりじゃないか。

 

「ああ、うん。それね……ほんっとギリギリ。機動性に影響が無いギリギリのラインまで計算に計算を重ねて、なんとか大気圏離脱可能な速度と耐久のレベルまでいけたの。これ以上手を加えるのは無理って断言できるね」

「つまり影響は無いってこと?」

 

鈴の問いに黛先輩は頷く。

 

「ええ、大丈夫。装甲と腰のスラスターはそこまで重量は無いから。本当に気休め程度だし、特に腰のスラスターに関してはメインスラスターの翼を参考にして作ってあるから重たくないわ」

 

それを聞いてシャルロットは胸を撫で下ろす。

 

「ホッ…良かったぁ。いざって時に今まで通りに動けなくて、もしも何かあったら大変だもんね」

「うん?いざって時って?」

「へっ?……あっ!?ううん!?何でも無いんです!こっちの話でっ!ア、アハハハ!」

 

慌てて誤魔化すシャルロット。一般生徒である黛先輩にはいままでの事件の真相を知らない。まさか自分達が通っている学園で、命懸けのIS同士の戦闘が繰り広げられていただなんて思いもしないだろう。世間ではISは軍事目的とした運用は禁止されているのだから。

 

「ふ~ん?まあ、もうすぐキャノンボール・ファストの時期だから、心配するのも分かるけどね。いくら絶対防御があるからって、操作を誤って衝突事故とか危ないものは危ないし」

「そ、そうそう!そうですよ!アハハ!」

「安全第一だよね~。ね~ラウっち~?………ラウっち~?」

「………っ!?あ、ああそうだな」

 

真剣な表情を浮かべて何やら深く考えてごとをしていたのか、のほほんさんの呼び掛けに反応が遅れる。何だろう?いつものラウラらしくない。いつもなら自分の名を呼ばれれば即座に反応を示すというのに…何かあったんだろうか?

 

「どうしたんだよラウラ?体調でも悪いのか?」

「体調……」

 

体調という言葉に更にラウラは表情を強張らせたが、すぐに表情を和らげ、ぎこちない笑みを浮かべて首を左右に振る。

 

「……いや、なんでもない。大丈夫だ」

「そうか?ならいいんだけど…」

 

とてもそうには見えないが、ラウラの態度からは明確な拒絶が見てとれた。ここは深く問わない方が良いんだろう。

実はこういうのはラウラだけじゃない。セシリアもミコトと襲撃者の戦闘映像を見て、放課後一人で黙々と訓練を続けている。セシリアの方は表情は出してはいないが、映像を見た時のセシリアの屈辱を受けたかのような表情を俺は覚えている。俺は機密だとかでその映像を見てはいないが、セシリアには確認のために観覧の許可が下りたらしいのだが、一体セシリアは何を見たのだろう?

 

「それよりいいのか?時間が圧しているのだろう?」

「うん、そうだね。時間は有限だから有効に使って行かないと!簪ちゃんももう少し待っててね。この調整が終わればすぐに貴女の打鉄弐式の方を取りかかるから」

「あっ…は、はい……よろしくお願いします…」

 

いまいちこの場の空気に馴染めていない挙動不審な簪さん。実はこうしてちゃんとみんなと顔を合わせるのは今日が初めてだったりする。学園祭の時はごたごたし過ぎて話をする暇なんてなかったからな。

 

「あら、では貴女が4組の代表候補生ですの?」

「う、うん……」

「今更かよ」

 

簪さんの正体を知って、今更驚くセシリアを俺は呆れた目で見る。しかし、セシリアはそれが気に喰わなかったのだろう。懸命に弁解を試みてきた。

 

「し、仕方がないではありませんか!4組の代表候補生の事は噂程度しか耳にしてないのですから!まさかミコトさんのお友達がご本人だなんて誰が思いますの!?ねぇ!皆さんもそうでしょう!?」

「「「………(サッ」」」

 

箒、鈴、シャルロットがセシリアから一斉に視線を逸らす。お前らも同類か…。

 

「卑怯ですわよ貴女達!?」

「あ、あの…べ、別に気にしてない……私も目立たないようにしてたし……顔を知られて無いのは当たり前だと思うから…」

「うぅ…申し訳ありません。セシリア・オルコットですわ」

「更識簪…です」

「なら、友達らしく簪さんとお呼びしてもよろしいかしら?」

「う、うん」

「良かった。なら改めてよろしくお願いしますわ簪さん」

「よ、よろしく……その、セシリアさん」

 

そう言って微笑むとセシリアはスッと右手を差し出さすと、差し出された簪さんは少し戸惑いながらもそれの手を握り返した。出会ってから数日、漸く二人が自己紹介をする事が来た瞬間だった。

そして、二人が自己紹介を交わした次の瞬間、タイミングを見計らったかのように、まだ自己紹介を終えていない箒達が、セシリアを押し退ける形でずいっと簪さんの前に出てくる。

 

「篠ノ之箒だ!よろしく頼む!」

「えっ……あの…?」

「凰鈴音よ!鈴って呼んでね!アタシも簪って呼ぶから!」

「えっと……」

「シャルロット・デュノアです!よろしくね?」

「………う、うん…よろしく…?」

 

セシリアに続けと自己紹介を始める3人に、簪さんはその勢いに圧されながらも「よろしく」と返した。

これで3人も自己紹介が終えた訳なのだが、それに納得出来ない人物が一人。

 

「貴女達はぁ~…!わたくしに嫌な役目だけを押し付けてぇ~……!」

 

ぷるぷると怒りに震えながらジト目で3人を睨むセシリア。まあ自分をダシに使われれば当然怒るよな、うん。

また大騒ぎになって話が大きく逸れるかと思われたが、そこに今まで静観していた3人のSTOPが入った。

 

「そこまでにしておけ。話が進まん」

「そーだよー、みんなともだちでいいじゃないー」

「ん。ともだち」

「…むぅ、仕方がありませんわね。納得は出来ませんが」

 

流石にこの3人に止めわれたら、セシリアも怒りを鎮めるしかない。何せ3人の内二人は天然キャラだからな。怒りなんて自然と何処かに吹き飛んでしまう。

 

「……すごい」

 

一瞬で場を鎮めたミコト達を驚きと尊敬の眼差しで見る簪さん。

 

「ん?ああ、いつもの事だよ。もめそうになるといつもミコトやのほほんさんとかが、ああやって割って入ってそれを止めるんだ」

「…ミコトらしい」

 

その光景を思い浮かべたんだろう、簪さんはくすりと小さく苦笑する。

まあ学園祭の時とか止めてくれなかったけどな。あの後ミコトからその理由を求めたら、みんな楽しそうだったからと言われたが……正直、ミコトの基準が俺には分からん。

 

「はいは~い。もういい加減おしゃべりはその辺にしてね~。整備室を使える時間だって限られてるんだからさ。ほらほら、ミコトちゃんもはやく乗り込んじゃって」

「ん」

 

黛先輩に促されて既にISスーツに着替えていたミコトは、トテトテとイカロス・フテロのもとに歩いて行くと、慣れた様子でコクピットへと乗り込む。

イカロス・フテロは主の搭乗に反応して独りでに起動すると、開いていた装甲は閉じパイロットであるミコトを機体に固定する。

 

「うん。起動の方は問題無いね。それじゃ次は実際に飛んで見せて」

「いや、先輩。此処は室内ですから!?」

「ハハハ何を言っているのかな織斑君は。天井に丁度良くポッカリと空いている出入り口があるじゃないのー…グスン」

 

あの……笑うならせめて泣くのを止めて下さいよ。

 

「薫子、飛んでいい?」

「ああ、うん……。でも間違っても大気圏を離脱しようだなんて考えないでね?まだ飛行実験だって試して無いし、どんなトラブルが起こるか分からないから」

「大丈夫。もう試したから」

「へ?試し……?」

「わああああっ!?何でも無い!何でも無いですから!?」

 

慌てて大声を上げて誤魔化す。

何を言い出すんだこのちびっ子は!?あの事件は誰にも話すなって言われてるだろうがっ!?

 

「そ、そう?」

「はい!それより早く始めましょうよ!ほ、ほら!ミコト!もう飛んでいいってさ!」

「いや、ちょっと織斑君!?」

「ん。飛ぶね?」

 

有無言わせずに飛行テスト開始。ミコトは天井に空いた大きな穴から外に飛び出し大空へと飛び立つ。

 

「強引に流された気がするけど………まあいいや!ミコトちゃん、最初は軽くアリーナ上空を旋回して、それから徐々に速度を上げていこっか!」

 

『ん!』

 

黛先輩も気持ちを切り替えて管制を開始。ミコトも管制モニターからの指示に従い、空で円を描きながら少しずつ機体の速度を上げて行く。

 

「……美しいですわね」

「うん、そうだね。翼のフォルムがとっても綺麗。鳥というよりも、お伽噺に出てくる天使みたいだ…」

 

空を見上げてぽつりと呟かれたセシリアの言葉に、隣で同じように空を見上げていたシャルロットが同意する。

イカロス・フテロの全体的に翼をイメージしたフォルム。それが空を舞う姿はシャルロットが言う様にとても神秘的だった。でも、それは機体の見た目だけじゃない。そう見せているのはミコトの技量のおかげもあるんだろう。ミコトの技量と空を飛ぶ事を心の底から楽しんでいるからこそ、あれはあそこまで美しく見えるんだ。

 

「天使……か」

 

空を見上げていたラウラがシャルロットの言葉をぽつりと繰り返す。けれど、それに対して誰も気には止めはしなかった。

 

「わぁ……うん、飛行速度も問題無し。調整も無しで理論上の数値を余裕で超えてる辺り流石だね」

 

管制モニターの随時知らされるパラメーターを見て、黛先輩は感嘆の吐息を洩らす。

空を舞うイカロス・フテロの姿はもう人の目で追うことは出来ない程に加速していた。ISのハイパーセンサーを通じて見ればまだ追えるんだろうけど、それも今の速度ならというだけだ。あれよりももっと速度が上がると言うのなら、仮に高機動戦仕様に調整したハイパーセンサーであったにしても、どこまでついて行けるか分からない。

 

「んー、これはキャノンボール・ファストはミコトちゃんが優勝で決まりかな?」

 

速度計を眺めながら呟かれた黛先輩の言葉に、みんな頷くしかなかった。

さっきから話にちらほらと出ているキャノンボール・ファストというのは、ISの高速バトルレースのことだ。本来なら国際大会として行われるそれだが、IS学園は少し状況が違う。市の特別イベントとして催されるそれに、学園の生徒たちがそれに参加することになる。けれど、それだと専用機持ちが圧倒的に有利になる為、一般生徒が参加する訓練機部門と専用機持ち限定の専用機部門と分かれている。勿論俺達は専用機部門でいつもと一緒に居るメンバーはお互いに対戦者相手となる。しかし、目の前であれを見せつけられれば、ミコトに勝てるだなんて幻想はまず思い浮かばないだろう。非公式らしいけどキャノンボール・ファストのみなら、楯無先輩にもミコトは勝った事があるらしい。本当に勝てる気がしない。

 

「……よしっ!追加されたスラスターは少し調整する必要があるけど、それ以外はもともとイカロス・フテロをベースにしてるから殆ど調整しなくても大丈夫みたいね。ミコトちゃん、もう降りて来て良いよ~」

 

『もう少し…だめ?』

 

名残惜しそうなミコトの声がモニターから響いてくる。

 

「だ~め、これから調整作業もあるんだから。それに、早く済まさないと簪ちゃんに悪いでしょ?」

「そうだよ~みこち~。かんちゃんと約束したんでしょ~?約束破ったらだめなんだよ~?」

 

『……ん。ならガマンする』

 

素直に従ってくれたものの、それでもまだ名残惜しそうである。今まで飛べなかったぶん鬱憤が溜まってるんだろうなぁきっと。

 

「ただいま」

 

ミコトが空から戻ってきた。イカロス・フテロは地面に降りると光の粒子となって霧散して消え、待機形態の翼を象ったキーホルダーとなって、ミコトの小さな手に収まる。

 

「おかえり~みこち~」

「ん」

「どうだった?実際に飛んでみて。何か違和感とかあった?」

「だいじょうぶだ、もんだいない」

「あはは…そ、そっか、なら良いんだけど(本音ちゃんの影響よね?これ…)」

「ん~?な~に~?」

 

表情をキリッとさせて久々に聞いた気がするあの台詞を口にしたミコトに対し、黛先輩は苦笑いをしながらのほほんさんを見た。はい、たぶん黛先輩の想像している通りだと思います。

 

「な、なんでもないよ、あははぁ………あっ、ミコトちゃん。わざわざ待機形態にしたところ悪いんだけど、それ置いて行ってね」

「ん、おねがいします」

「うん、おねがいされました♪」

 

ミコトは礼儀正しくお願いして黛さんにキーホルダーを渡し、黛先輩もそれ笑顔で受け取る。

 

「簡単な調整だから明日には返せると思うよ……あっ!ところで簪ちゃん!」

「え?はい、なんですか?」

「作業を手伝ってて何か掴めたものはあるかな?打鉄弐式の当初の予定の変更点とか、あるなら教えてくれる?」

「あ…はい。実は試したい事があるんです。ミコトに見せてもらったイカロス・フテロの展開装甲のデータ。完全再現は出来ないけど、その応用は出来るかもしれないから…」

「ふむふむ、興味深いね。続けて」

「は、はい。シールドの性質を守りから攻めに転換出来ないかなって…」

 

何か聞く限りだと凄そうだな。とは言っても、チンプンカンプンなんで黙って聞いていよう。

 

「攻性障壁ってことね?シールドのエネルギーを暴発させて周辺に居る相手にダメージを与えるってところか、面白い発想ではあるけど……分かってる?それだと使用後にシールドが暫く使えなくなって無防備な状態になっちゃうってことだよ?」

「そっか、シールドが無くなれば絶対防御が起動するから……正に諸刃の刃って感じだね」

 

話について行けているシャルロットが捕捉する。ああ、つまりセルフ零落白夜ダメージ状態ってことか。

 

「うん、わかってる。けど、懐に入られた時の対抗手段を一つくらいは欲しいかなって…」

「なるほどね。長い得物だと懐に入られちゃうと対処できなくなるものね。あと、簪ちゃんに一つ質問があるんだけど」

「あ、はい。なんですか?」

 

薫子先輩は眼鏡をくいっと持ち上げると、レンズを光の反射でキランと輝かせてニヤリと笑う。

 

「これ、たっちゃんを意識してるよね?」

 

黛先輩の指摘に簪さんは目を丸くする。

 

「!?………ど、どうして…?」

「そりゃ私もミステリアス・レイディの開発に関わってるもの。その性質からみればミステリアス・レイディを意識してるのはすぐ分かっちゃうよ」

「………」

「……まだ、たっちゃんに対抗心を燃やしているのかな?」

「対抗とか、そういうのじゃないんです。でも、これは私自身にけじめをつける為には必要なものだから…」

 

きゅっとスカートを握り締め、さっきまでぼそぼそと呟く少し聞き取り辛い口調とは違い、ハッキリとした口調で告げた簪さんの表情は真剣そのものだった。その表情を見て満足したのか、ニッコリと黛先輩は笑って頷いて見せた。

 

「そっか♪なら私からは何も言う事は無いよ。姉妹の問題は姉妹で解決しないとね?」

「……はい!」

 

うんうん、解決したようで良かった。話の内容がさっぱりだが…。えっと、もしかして簪さんと楯無先輩って仲が悪かったりするのか?

気になって、簪さんの従者であるのほほんさんを見るけど、のほほんさんはにぱ~と笑うだけだ。う~ん、のほほんさんの反応を見る限りそうは見えないだけどなぁ。

 

「でも、それだとキャノンボール・ファストはどうする?キャノンボール・ファストに出るつもりなら、高機動パッケージの調整もしなきゃいけないけど、そうなると簪ちゃんの言うそれと同時にやるのはちょっと無理っぽいかな」

「高機動パッケージの方は結構です。元々キャノンボール・ファストは間に合わないって思って出場するつもりはありませんでしたから」

「そんな事よりもやりたいことがあるって?」

「はい」

 

にやにやと笑う黛先輩の言葉に簪さんは迷い無く頷く。

 

「ふふ、りょーかい!データはもう纏めてあるんだね?(ほんと、姉妹揃って不器用なんだから)」

「はい、問題無いです。何分素人が考えて設計ですから、色々と不備はあるとは思いますけど…」

「大丈夫大丈夫!一緒に考えていこ!たっちゃんもそうだったんだから!」

「お姉ちゃんも…」

「そりゃ幾らたっちゃんでも一人で専用機を仕上げるだなんて無理だからね。私だけじゃなくて本音ちゃんのお姉さんも手伝ってたみたいだし」

 

虚先輩のことか。そういえばあの人も整備科だったよな。

 

「…そうなんだ」

「ま、たっちゃんも人に頼ってるところとか見せない子だしね。勘違いしちゃうのも無理は無いとは思うよ」

「気付いてたんですか…?」

「新聞部ですから♪私の情報網をあまく見ないでよね?」

 

いや、楯無先輩と同じで貴女も少しは自重すべきだと思いますよ?

 

「色々と思うところはあるんだろうけど、そういうことだから。ま、それも今となっては関係無いかな?」

「……はい、そうですね。そうかもしれません」

 

そう言って簪さんは微笑んだ。

 

「話について行けないんだけど」

「同じく」

「ですわ」

「いや、黙ってようよ…」

「貴様等空気読め」

「?」

 

結局、終始置いてけぼりな俺達であった。

 

 

 

 

 

「晩御飯、うまうま~♪」

「うまうま~♪」

 

寮の夕食。今日は簪さんを含めて食事を摂りながら談笑を楽しんでいた。

 

「キャノンボール・ファストか…。そう言えば明日からキャノンボール・ファストのための高機動調整を始めるんだよな?具体的に何をするんだ?」

「き、基本的には高機動パッケージのインストール…」

「うむ、だが、一夏の白式には必要無いだろう。紅椿もそうだが」

 

そもそも、白式には後付けが出来ないからな。

 

「その場合は駆動エネルギーの分配調整とか、各スラスターの出力調整とかかなぁ」

「ミコトの機体は機動特化だから当然として、白式と紅椿は異常なのよ。パッケージ抜きで高機動戦も問題無くこなせるとかおかしいから」

 

束さん作だからなぁ。あの人色々飛びぬけてるし…。

 

「つーかさあ、うちの国は何やってんのよ。『甲龍』用高機動パッケージが間に合わないとか、あたしには散々言ってくる癖にさ。自分はどうなんだっての!」

 

そう言って鈴は不満丸出しで、がぶっとチャーシューを口の中に放り込む。そういえば、鈴の担当者って何だかんだ口を出して来てうるさいだの文句言ってたな。

 

「何処も同じようなものですわよ鈴さん?わたくしだって一方的に結果を出せだの言ってくる癖に、こちらの要求は聞いてくれないんですもの」

「あはは…二人とも落ち着いて」

「そういうシャルロットはどうなのよ?」

「僕?僕は必要以上の連絡は無いよ?」

「うらやまし……あーごめん。今のは失言だったわ」

 

そう謝罪する鈴に、「気にしないで」とシャルロットは苦笑しながら首を左右に振る。

 

「シャルロットさんって確か…」

「シャルロットで良いよ?……うん。実質、絶縁状態。連絡も本当に最低限しかしてないんだ」

「ご、ごめんなさい…」

「だから気にしないでってば」

 

そして、場の空気を悪くしてしまわない様にとシャルロットは話を戻す。

 

「あと、僕も高機動パッケージは無いよ。『リヴァイヴ』の第二世代で開発は止まってるから。増設ブースターで対応する予定」

 

それだけでも次世代の新型に後れをとらないとは流石としか言いようがないな。

 

「疾風の名は伊達じゃないってか」

「うん。一夏の白式に負けるつもりは無いからね?」

「おう!上等だ!」

「そして熱血シーンのように見えて、ミコトには負ける前提なのでしたっと……アタシはもう勝負以前の問題だからねぇ」

「「………」」

 

鈴の水を差す言葉にず~ん…と落ち込む俺とシャルロット。色々と台無しなこと言うなよ鈴…。

 

「うにゅ?」

 

自分の名が出てきて卵サンドを頬張っていたミコトが反応する。その表情は全然話の内容を理解していなかったようだった。

 

「みこちーはー、気にしないで好きなように飛んでればいいんだよー」

「ん……ケホッ」

 

そう笑顔で言うのほほんさんの言葉に、ミコトはこくんと頷き食事を再開する。

 

「そう言えば、9月27日だよな?」

「キャノンボール・ファストのこと?うん。9月27日、市のISアリーナが会場。それがどうかした?」

「「(げっ、まずい…)」」

 

…箒と鈴が何か苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてるけど、一体どうしたんだ?

 

「いや、どうかしたって訳じゃないけどさ。その日、誕生日なんだよ。俺の」

「ええ!?聞いてないよ!?」

 

突然、シャルロットが大声をあげて驚く。

 

「いちいち言う事でも無いだろう?催促してるみたいで嫌だしさ」

「あるよ!大ありだよ!もう!そう言うのはもっと早く言ってよ!全然準備とかしてないんだからねっ!?」

「お、おう。すまん?」

 

身を乗り出してぷんすかと怒りだすシャルロットに、俺は訳も分からないままシャルロットの気迫に負けて謝ってしまう。

 

「ええ、本当に…。ですが、今はそれよりも重要なことがありますわ。このことを黙っていた罪人を問いつめなくては」

 

じとっとセシリアに睨まれて、「罪人」を呼ばれた幼馴染達は固まっている。

 

「べ、別に隠していた訳じゃない!聞かれなかっただけだ!」

「そ、そうよそうよ!聞かれもしないのに喋るとKYになるじゃない!」

 

箒と鈴は俺の誕生日を黙っていたことについて、言い訳じみた言葉を述べて話を逸らす様に自分の夕食をぱくぱくと頬張る。けれど、そんなことで話が逸らせる筈もない。

 

「あなたたちはぁ~!」

「ずるいよ二人とも!」

 

ガタンッ!と大きな音を立てて同時に椅子から立ち上がるセシリアとシャルロット。さっきから何をそんなに怒ってるのかは知らんけど、食事中は静かにしようぜ頼むから。

 

「い、良いの?止めなくて…?」

「食事のときくらいはゆっくりさせてくれ」

 

あわあわと戸惑う簪さんに、ラウラは我関せずとマカロニをフォークで突き刺し口の中へ運ぶ。同じテーブルで食事をしている筈なのに、どうしてこうも温度差があるのだろう。

 

「誕生日…一夏、もうすぐ誕生日なの?」

 

周りが騒がしいなるなか、ミコトは『誕生日』と聞いてピクリと反応すると、食事の手を止めて俺に訊ねてきた。

 

「あ、ああ、そうだけど…」

「なら、誕生日ケーキたべるの?」

 

俺はそうだと答える。すると、それを聞いた途端にミコトはキラキラと目を輝かせて、どういう訳かか誕生日ケーキは食べるかと訊ねてくる。

 

嗚呼、だんだんのほほんさんに似てきてからに…。

 

「ど、どうだろうなぁ?もう誕生日を祝われても喜ぶ歳でも無いし、食べないんじゃないかなぁ?」

「……そうなんだ」

 

しゅんっ…と、がっかりしましたと言わんばかりに肩を落とすミコト。俺は別に悪いことはしていない筈なのに、何でこんなに罪悪感で胸が痛くならなければならないんだろう?

 

「え~っ!そんなのだめだよ~!折角のお祝い事なんだから、みんなで楽しまないと損だよ~!」

「本音さんのおっしゃる通りですわ!是非祝わせてください!」

「うんうん!」

 

のほほんさんの言葉にセシリア達ものほほんさんに続けと言わんばかりに加勢してくる。

 

「いや、でもさ。当日はキャノンボール・ファストの件で忙しいと思うし…」

 

当日までキャノンボール・ファストに向けて機体の調整や何やらで忙しいだろうし、イベントが終わった後に準備するのは流石に厳しいだろう。

 

「あ、ごめんね。それ来月からなんですよ」

 

何を言ってるんだろうこの人は…。てか、突然現れないで下さいよ楯無先輩。

 

「ガーン」

「出鼻を挫かれたー」

 

この二人も何を言ってるんだろう…。

 

「お、お姉ちゃん?なんでここにいるの?」

「そりゃ私もこの寮に住んでるからね。ここの寮の食堂に居てもおかしくないでしょ?あ、住んでるのは一夏くんの部屋ね」

 

その瞬間、簪さんの冷たい視線が俺に突き刺さる。

 

「…不潔」

 

俺の意思じゃねぇよ!?

 

「そ、それで、来月からってどういう事なんです?」

「警備体制の見直しとかでね。なんせ学園外での大きなイベントだし。それにほら、最近問題続きだからそれも含めて…ね?」

 

一般生徒で溢れかえるこの食堂で、あの事件のことを話す訳にもいかないため、内容をぼかして楯無先輩は延期の理由を説明をする。

相次ぐIS学園で起こった事件。どの事件も強固な警備体勢で侵入など普通なら不可能なものだった。しかし、それでも起きてしまったのも事実。学園内でそうなら、学園外ではどうなるのか……。学園側が警戒するのも仕方のないことだろう。

 

「明日のHRで詳しい話を担任から聞かされると思うよん。と言う訳だから、お誕生日会は私も呼んでね?」

「決定事項なんですね…」

 

去年までは弾とか中学のときの友達が祝ってくれてたし別に構わないけど、今年は寮生活だからそう言うのは無いと思ってたんだけどな。

 

……まあ、祝われるのは素直に嬉しいと思うよ、うん。

 

「9月27日……楽しみ♪」

「ケーキを食べるのがか?」

「それも……でも、一夏のお誕生日会も、楽しみ♪」

「あはは、そうか」

「むふ~♪」

 

ケーキは否定しないのはミコトらしい。俺は苦笑しながらぐしぐしとミコトの頭を撫でてやる。

 

「会場はどうする?寮でやるのか?」

「いや、俺の家でやろうぜ。その方がキッチンとか自由に使えるし」

 

それに、寮でやると飛び入りが続出して大騒ぎになりそうだ。

 

「その方が都合がいいわね。料理を市販品ってのも味気ないもの」

「ええ!そうですわね!」

 

料理は手作りだと知って何故か張り切り出すセシリア。何で意気込んでるんですかねぇ?

 

「…こういうのを天丼と言うのだったな?」

「よく勉強してるな、ラウラ」

「うむ、軍人たるもの情報収集は怠らない」

「どういう意味ですの!?」

 

ノーコメントで。

 

「お菓子い~っぱい持っていくね~♪」

「本音ちゃん?ほどほどにしとくのよ?」

「は~い、お嬢さま~♪」

「虚ちゃんも連れてくからね?」

「げぇ~!?」

「当たり前じゃない。仲間はずれはダメでしょ?」

「うぅ~…そうだけど~そうだけど~…」

「ほ、本音。どれだけ持って行くつもりだったの?」

「セシりんの体重が増えるまで~♪」

「嫌がらせですの!?嫌がらせですわよねっ!?」

「はははは…」

 

誕生日会か、今年は例年以上に騒がしくなりそうだな。

はしゃぐミコト達を眺めながら、俺自身何だかんだ言って自分の誕生日が楽しみになっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 





イカロス・フテロβ


【挿絵表示】

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。