IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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幕間「学園祭の後、後悔の後…」

 

「失礼します」

 

重厚なドアを開いて学園長室に入る。

 

「ああ、更識くん。ごくろうさま」

 

私を迎えたのは穏やかな顔をした初老の男性。その頭は白髪で歳相応の皺が顔に刻まれている。

この男性の名前は轡木十蔵。柔和さを感じる人柄は、親しみやすさからか『学園内の良心』などと呼ばれている。普段は用務員として仕事していて、表向きはこの人の妻である女性が学園長を務めているが、実務に関してはこの男性が取り仕切っている。

 

「それでは、報告をお願いしますね」

 

学園長の地位には相応しい立派な机に組んだ手を置きながら、私に報告を求めてくる。

 

「はい、≪亡国機業≫の構成員、オータムの尋問は今だ続いていますが、組織のことはまだ聞き出せていません。唯一聞き出せた情報と言えば、近々IS学園に大規模な襲撃作戦が予定されていると言う事だけ…。委員会はそれに備えてISを防衛として配備を決定したようですね」

「ふむ……第二次世界大戦時にも、彼等の影があったと言われる程の組織。この様な博打にも等しい襲撃をするとは到底思えないですよ、私は」

 

私もその意見に頷く。

 

「はい、私も同意見です」

「だからこその今回の措置なんでしょうが……きみはこの件についてどう思いますか?」

 

十蔵さんが言うのはISの配備のことね…。

 

「措置については間違ってはいないと思います。ですが、やはり分からないんです。襲撃が目的だと言うのなら、なぜ大事の前にあのような事件を起こして警戒させるようなことをするのか…。奇襲と言うのは敵の不意を打つからこそ効果があります。ですがこれは…」

「これから襲撃しますよと予告している様に見える、ですか?」

「……はい」

 

というより、そうにしか私には見えなかった。

今回の襲撃事件、あまりにも計画がおざなりに過ぎる。まるであの事件そのものが失敗が前提であるかのように…。

 

「謎な部分も多くありますが、亡国機業が保有しているISは現在確認出来るだけでも2機。その内1つは回収済みですが、ISをどれだけ保有しているか分からない組織に警戒するのは当然のことです。私も委員会の決定には異論はありません」

 

パイロットが優秀ならその気になれば一機だけでも一国を落とせるほどの戦力。それが最強の兵器≪インフィニット・ストラトス≫。何が目的か不明であっても、それを保有する組織が学園を狙っていると言うのだから、万全の態勢で備えるのはISとIS学園を管理する委員会として当然の責務である。

 

「結局、我々は後手に回るしかない。頼みましたよ?更識楯無くん」

「はい。楯無の名に賭けて」

 

そう、それが私がこの学園にいる存在理由なのだから。

 

「……ですが、ISまで使用してのテロ行為。彼等は何が目的なんでしょうか?こんなこと許してたら最悪戦争が起こる可能性もありますよね?」

 

今、世界はISを競技の道具として扱う事で平和と言うバランスを保っている。 しかし、それはとても不安定なもので、少しでも衝撃を加えてしまえば簡単に崩れてしまう。まるで、世界が火薬で満ちていて、そこに火種を投げ入れるようなものだ。亡国機業のやっている事は…。

 

「戦争で得をする人間もいると言う事でしょう」

「亡国機業……企業ですか」

 

世界規模の戦争が勃発すればさぞ大儲けが出来る事だろう。それを可能とする政治や軍に干渉できる程の組織。その規模はどれ程の物か…想像しただけでもゾッとする。

 

「ジョークのつもりなら、即座布団全ボッシュートものですね」

「ですが、だからこそ今もそのような組織が存在していられるのですよ。国だってお金が無ければ回せません。なら、そのお金はどこが出ていると思います?」

「……企業ですね」

「そうです。潰したくても潰れない。仮に潰してもまた別の野心を持った者が現れる」

「いやですね。お台所の黒光りしてるアレみたい」

「ははは、嫌われ者には変わりないですね」

 

と、ふざけたことを言っていたら張り詰めていた空気もいつの間にか霧散して消え、学園長室には穏やかな空気へと変わっていた。

 

「さて、気が重くなる話はこの辺にしてお茶にしましょう。いいお菓子があるんですよ。それを頂きながら、生徒としての更識くんの学園でのお話を聞かせて下さい」

 

お菓子と言うキーワードに私は目を輝かせる。

 

「十蔵さんのお菓子チョイスは外れがないですからね。楽しみ♪」

 

そうはしゃぎながら応客用のソファーに腰を下ろす、その様は歳相応の女子のそれだ。十蔵さんの選ぶお菓子は私がそうなる程に絶品なのだ。

 

「はっはっはっ、そんな大したものじゃありませんよ」

「いえいえ、本当においしいです。それを証拠に私もお茶を用意して来たんですよ?」

「おお、まさか布仏虚くんの?」

「はい、そのまさかです」

 

実は、毎回報告の度に出てくるお菓子が密かに楽しみで、虚ちゃんにお茶を用意して貰っていたのだ。

 

「おお!彼女のお茶は素晴らしいですからね、これはいいお茶会になりそうだ」

 

それとは逆に、私の話を聞いて年甲斐もなくはしゃぐ姿は七十近い男のものには見えない。

まるであべこべの二人、仲が良い友達がそうするように互いに差し向かいで座ってお茶をはじめる。傍から見たらそれは奇妙な光景なのかもしれない。でも、これは二人にとって見慣れた光景。IS学園それぞれの長のよくある光景なのだ。

 

「最近、君の噂をよく耳にしますよ。何やら『うっかり癖』が出来てしまった様で」

「あははは…おはずかしい」

 

くっくっと笑いを堪える十蔵さん。身に覚えがあり過ぎてすっごく顔は熱いんですけど…。

 

「いやいや、責めるつもりはありませんよ?生徒会長としてに役目はしっかり果たせていますし、寧ろ私には好ましく思えます。若者なんですから青春を謳歌することは素晴らしいことです」

「あの、恥を掻いてるだけでそんな大げさな物じゃないと思うんですけどぉ…」

「人生と言う物はそう言うものですよ」

 

流石この人が言うと言葉の重みが違う。

 

「若い頃はいくらでも無茶をしなさい、失敗しなさい、恥を掻きなさい、悲しみなさい、笑いなさい、そして人生を楽しみなさい。大人になってそれは思い出となり、きっと貴方達の力となります。過去とは未来へ進むエネルギーなのですから」

「…はい。胸に刻んでおきます」

「はっはっはっ、少し老婆心が過ぎましたかな?」

「いえ、とてもためになりました。さすが『学園内の良心』」

「その呼び方は止めてください。お恥ずかしいですから」

「お返しです♪私だって恥ずかしかったんですから」

 

からかう様にパチリとウインクをすると、何故か十蔵さんはそれを微笑ましいそうに見ていた。

 

「……本当に変わりましたね」

「え?そうですか?」

 

十蔵さんとお茶をするときはある程度我を出してると思うんだけど…。

 

「それも、ミコトちゃんのおかげですかね」

 

十蔵さんはミコトちゃんにだけ『ちゃん』付けで呼ぶ。ミコトちゃんは学園長室には立ち寄らないが、よく校舎内を散歩しているだけあって、校舎の掃除をしている十蔵さんとはよく面識があり、かなりの仲良しさんだ。よくお話をしたり、掃除の手伝いをしてくれたりなど、まるで孫出来た様だと嬉しそうに語るその表情は、孫を可愛がるおじいちゃんその物だった。

 

「……そう、ですね。そうかもしれません」

 

十蔵さんの言う通り私が変わったと言うのなら、それは間違いなくミコトちゃんが原因なのだろう。あの子には、そういう不思議なものがあるから。

 

「……あの子には、いつまでも笑顔であって欲しいものですね」

「ええ、本当に……」

 

私も十蔵さんも近い未来の事を知りつつも、そう願わずにはいられなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幕間「学園祭の後、後悔の後…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

 

「織斑一夏くん、生徒会副会長着任おめでとう!」

「おめでと~」

「おめでとう。これからよろしく」

 

楯無先輩、のほほんさん、虚先輩。三者三様の祝福の言葉の後に、パーンッ!と盛大なクラッカーの音が鳴り響く。

今、俺がいる場所は生徒会室。豪華な机や部屋の装飾がその権力を象徴しているようだ。

 

「なぜこんなことに……」

 

自問自答するが、答えはいま楯無先輩が言ったばかりだ。『生徒会副会長』、つまりそう言う事なのだ。学園祭を舞台に行われた俺の争奪戦。投票で一番票を取ったのは生徒会主催観客参加型『シンデレラ』。つまり一位は生徒会であり、俺の強制入部先は生徒会。

後から聞かされたあの演劇のルール。それは、王冠をGETした人が俺と同じ部屋に暮らせるというものだった。

そして、演劇の参加条件は『生徒会に投票すること』。その餌もあってかあの演劇にはかなりの人数が参加していたので、生徒会がダントツで一位になるのは当然の結果とも言える。八百長といわれても仕方ないが…。その所為でやはりというか生徒からは非難が殺到。その不満を鎮める為に楯無先輩がとった対策とは、生徒会のメンバーとなった俺を各部活動にマネージャーや庶務として派遣するというもだった。たぶん、これは最初から計画の内に入っていたんだろうなぁ。

 

「あら?良い解決法でしょう?元はといえば一夏くんがどこの部活動にも入らないからいけないのよ。学園長からも、生徒会権限でどこかに入部させるようにって言われてね」

「おりむ~が何処かに入ればー、一部の人は諦めるだろうけどー」

「その他大勢の生徒が『うちの部活に入れて』と言いだすのが必至でしょう。そのため、生徒会で今回の措置をとらせていただきました」

「今回の騒動は私が原因でもあるからね。一夏くんも猛獣の入った檻の中にぶち込まれたくないでしょ?」

「それは……そうですけど…」

 

3人の正論に何も言い返せない。しかしこの3人見事な連携である。幼馴染は伊達じゃないとでも言いたいのか…。

 

「なら問題無いわね♪派遣先の部活動が決まり次第そっちに行ってもらうことになるから頑張ってね?」

 

無駄に綺麗な笑顔で話を半ば強引に終了させられると、この場の空気は副会長就任を祝うパーティーへと切り替わる。

 

「よぉし!お仕事の話はその辺にして、今日はケーキを焼いて来たからみんなで頂きましょう!」

「さんせ~♪」

「では、お茶を淹れましょう」

「ええ、お願い。本音ちゃんは取り皿お願いね」

「はーーい」

 

成程、これがこの生徒会での基本的な役割分担なのか。3人の息の合った連携に着々と準備が進められていく。

切り分けられて皿に乗せられたケーキは、お店に並べても問題無いくらいに美味しそうに仕上がっており、本当に何でも出来る完璧超人なんだなと改めて思い知らされる。

 

「……あっ、そういえば、ミコトちゃんは来てないのね?てっきり一緒に来ると思ってたんだけど」

 

気付けば一つ余分にケーキが切り分けられている。きっとこれはミコトの分なんだろう。しかし、この場にはミコトの姿は無い。

 

「みこちーね~、おねむおねむ~なんだ~」

「すいません。誘ったんですけど、今日は眠いからって部屋に戻っちゃって…」

 

なんだか最近のミコトは常に眠そうにしている。

授業中は居眠りが多くなり、前よりも就寝時間も早く寝るようになったそうだ。それを皆はまた前みたいに体調を崩したのではないのかと心配したのだが、熱もないし食欲もあり体調は問題は無かった。しかし、学園祭や戦闘といった疲労する事が立て続けに起こったこともあって、前みたいに倒れるんじゃないかと心配して、念の為メンバーの内の誰かが常に傍にいる様に気を配り、今はラウラがミコトに付き添っている。

 

「……そっか、もう秋だからね。うんうん、お昼寝が気持ちいい季節だ」

「ミコトちゃんの分のケーキは冷蔵庫に入れておきましょう」

「そうしてあげて、今度来た時にケーキが残って無かったらミコトちゃんったら膨れちゃうもの」

「そうだね~……じゅるり」

「……本音?駄目だからね?」

「な、なんのこと~?」

 

よだれ垂らしながら惚けるなっての、視線がケーキに釘付けで何を考えてるか丸分かりだから。

 

「流石にミコトちゃんの分を食べたら私も怒るからね?本音ちゃん」

「や、やだな~。そんなことしないよ~」

 

俺、楯無先輩、虚先輩、3人の疑いの眼差しがのほほんさんへと集まる。普段の食い意地が汚いのを目にしている所為か、のほほんさんの言葉には全く説得力が無かった。

 

「虚ちゃん、冷蔵庫にはカギを掛けててね」

「かしこまりました」

「え~~~!?それじゃあ他のお菓子も食べられないよ~!プリン~!ゼリ~!アイス~!ジュ~ス~!」

 

日頃の行いだよなぁ…。

 

涙目ののほほんさんを見て、俺は日々真面目に生きて行こうと誓いながら、自分の分のケーキを食べるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 

「すぅ…すぅ…」

「…………」

 

呼吸は乱れた様子もなく、ミコトは安らかに眠っている。私はその寝顔を枕元まで持って来た椅子に腰を下ろしてじっと静かに物思いに耽りながら眺めていた…。

 

あの時、私が役目を果たせていたなら…。

 

あの学園祭での襲撃事件の際、私がミコトを引きとめることが出来れいれば、行かせさえしなければ、そんな過ぎてしまった過ちを振り返れば振り返るほど後悔は募るばかりで、自分の情けなさに嫌気を感じるどころか殺意さえ覚える。

先の戦闘でミコトは夢にみた宇宙に辿り着く事が出来た。その奇想天外な記録に皆は最初は驚き呆れもしたが、ミコトの夢が叶った事を自分の事のように喜び祝福していた。しかし、皆が宇宙から戻って来たミコトを祝福するなか、私だけがその輪から外れて曇る表情でそれを眺めていた。笑える筈が無い。今のミコトがISで戦闘をするということは、命を削ると同義なのだから…。あの場に本音はいなかったが、もし、あの場に本音がいたなら本音は笑顔でいられたのだろうか?いや、きっと笑っただろう。本音は私よりずっと強いのだから…。

 

「……愚か者めっ」

 

自分に向けての怨嗟の言葉。爪が肉に喰い込むのも構わずに拳を握りしめ、指の間から血が滴り落ちて自分の白い制服を紅く汚す。私は本音になんと詫びればいいんだ?あの夜の誓いを破っておいてどの面を下げて盟友に会えばいい…?

あの笑顔を見るのが辛い。私を誓約を破ったと言うのに私を責めようとしない本音の笑顔が…辛い。

 

「ミコト……私は…」

 

お前に…何もしてやれていない。

 

その事実に自分の情けなさや後悔で押しつぶされそうになる。

戦う事しか出来ない私がそれすらも出来ないのなら、一体私に何の価値があるというのか…。

傍から見ればこんな何時までもウジウジとしている姿など見るに堪えないと罵られてしまうかもしれない。しかし、どうしてこうせずにいられるだろう?一度失敗したのなら、同じ失敗を繰り返さない様に次に活かせば良い。だが、ミコトの事に限ってはそれは許されない。何故なら失敗するということは、ミコトの命の消費もしくは死に繋がるのだから。

 

結果的に私がミコトの命を削ったと同然だ…。

 

「なにが…っ!」

 

―――では、私がミコトの身を守ろう。

 

「なにが…守るだ…っ!!」

 

自分の噛み殺した声が部屋に響いた…。

 

 

 

 

 


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