IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第48話「鏡映しの学園祭―前篇―」

いよいよやって来た学園祭当日。

一般公開はされていないと言っても、祭りの会場はこの日を楽しみにしていた生徒達で盛大に賑わい学園は普段とは違う姿を見せていた。でもそれは、それだけ生徒達のテンションが盛り上がっていると言う証拠でもあり、現に俺の隣でも窓から見える人で賑わう校舎を見て、ピョンピョンと飛び跳ねて大はしゃぎしているちびっ子メイドが一人…。

 

「すごいね。一夏、すごいね」

 

そう、ミコトだ。

ミコトは放課後や昼休憩の時間はこっそり抜け出して楯無先輩の妹さんの所に行っている様だが、それでも時間の合間を見つけては出し物の準備を懸命に手伝っては今日という日を心待ちにしていた生徒の中の一人である。毎日カレンダーを確認するその姿はもう萌の権化だと言うのは、のほほんさんの主張だ。

 

「ああ、凄いな」

「がんばらないと、ね!」

 

両手をぎゅっとしてガッツポーズをとるミコト。本人は気合を入れているつもりなんだろうがその様子のなんと可愛らしいことか。その上、小さい身体が纏ったメイド服がその可愛さを更に引き立てている。

これは弾が言っていた事なのだが『メイド服とスク水とブルマ!これに反応しない男はいない!』との事らしい。……うむ、なかなか良いものだ。まあ、この感想を口に出そうもなら血の制裁がまっているのは確実で、絶対に口に出したりはしないが…。

 

「はははは、あんまり張り切り過ぎるなよ?唯でさえミコトは体力無いんだから」

「ん!」

 

これは全然分かってない顔だ。う~ん、仕事中はミコトにも気を配っておかないといかんな。今のミコトは無茶しかねん。他の連中にも言っておかないと……って、その肝心の連中は何処に行った?

 

「なあ、ミコト。箒達はどうしたんだ?」

「ん。なんかね、箒が恥ずかしがってなかなかメイド服着ないから、他の皆が着替えさせるのに手間取ってる」

「何をやってるんだアイツは…」

 

半分は状況の流れに負けた感はあったが、自分でやると名乗り出た以上責任持ってやれっての。俺だって好き好んで着たくもない燕尾服をこうして着てるってのに…。

そう呆れていると残りのコスプレ組が疲れ果てた表情を浮かべて戻って来た。その表情を見るだけで箒にメイド服を着させるのをどれだけ苦戦したのをが見てとれる。

 

「まったく、手間取らせよって!」

「往生際が悪すぎですわよ箒さん…」

「本当だよ、もう…」

「あ~う~…しののんがむだに暴れるから疲れた~…」

「わ、私は悪くないぞ!?暴れたのは私は着ようとしているのにお前達が強引に服を脱がようとするからであってだな!」

「今の発言の何処に自分に非は無いと言える部分があるんだ?」

「ぐ、ぐぬぬ…っ」

 

責める視線が箒に突き刺さる。味方なんて誰一人居ない。そりゃそうだ。

 

「箒。よく似合ってる、よ?」

「い、いや…給仕服が似合っていると言うのはどうなんだ?」

「ん?でも、かわいいよ?」

「ああ、うん。もうそれで良い…」

「「「「はぁ……」」」」

 

しかし、そんなフルボッコな状況でも平然と話しかけれるのがミコトクオリティ。その所為でコスプレ組も毒気が抜かれてしまい。この話はお開きとなった―――と思われたのだが。とある人物がミコトのメイド服姿を見て不穏な気配を漂わせていた。

 

「…………」

「…セシリア?」

 

無言でミコトをじっと見つめるセシリアに対し、ミコトは不思議そうに首を傾げて声を掛けるがセシリアは何の反応を示さない。まるで、何かにとり憑かれたかのような虚ろな瞳をしながら、フラフラとミコトに近寄っていく。

 

「セシリ―――」

 

ガシッ!

 

「ビクッ……!?」

 

呼び掛けても反応の無いセシリアにもう一度ミコトは呼び掛けようとすると、突然セシリアに両肩を掴まれて身体をビクリと跳ねらせた。流石のミコトもこれには驚いて少し怯えた表情でセシリアを見上げた。すると、見上げた先にミコトが見たモノは……。

 

「………ミコトさん。わたくしの御屋敷で働くつもりはなくて?御給金は弾みますわよ?ハァハァ…」

 

鼻血を垂らし息遣いを荒くしているセシリアだった。

 

「おい誰か風紀委員か警備員連れて来い」

「そんな物呼ぶ必要は無い。私が直々に制裁する」

 

ゆらりとラウラがセシリアの前に出る。

ペキペキと鳴る指の音。千冬姉に負けず劣らずのラウラの鬼気に触れて漸くセシリアは自分の発言の危うさと自分の置かれている立場に気付き、ハッとして周りをきょろきょろと見渡して助けを求める様な視線を送るが、その視線が自分へと向いた途端尽くクラスメイト達は視線を逸らす。変質者に対しての当然の反応と言えなくもない。そして、救いの手は差し伸べられず刑は執行される。

 

「お、お待ちなさい。え……笑顔あふれる楽しい職場でしてよ?」

「ありきたりなキャッチフレーズで誤魔化そうとしても無駄だ」

 

握り締められた拳はゆっくりと持ち上げられ、セシリアは「ひっ」と短い悲鳴を洩らす。

 

「ちょ、はな、話を……い、いやあああああああああああああ!?」

 

ゴンッ!という重い打撃音が響くと同時に、学園祭開始のアナウンスが流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第48話「鏡映しの学園祭―前篇―」

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

「いらっしゃいませ♪こちらへどうぞ、お嬢様」

 

店内に響く明るいメイドの声。

一年一組の『ご奉仕喫茶』は盛況で、開店から店内のテーブルは空くこと無くお客で常に満席。しかも、お客の大半は何故か俺を指名して、俺は店中のテーブルを行ったり来たりで息つく暇もないとは正にこの事。

 

「ぐすん……まだ頭が痛いですわぁ…」

 

見事なタンコブの出来た頭をさすって紅茶を淹れながら涙目で愚痴を溢すセシリア。隣でそれを俺は訊こえないフリをしてセシリアの淹れた紅茶をトレーに乗せると、紅茶を注文したお客のテーブルまで運ぶ。

 

「お待たせいたしました。お嬢様」

「うむ。苦しゅうない」

 

紅茶をテーブルまで持って行くと、お嬢様を演じているつもりなのだろうが色々間違っているチャイナ娘が出迎えてくれた。

一枚布のスカートタイプで、かなり大胆なスリットが入っていて、真っ赤な生地に龍のあしらいと金のラインと言ったかなり凝ったチャイナドレス。それを着た人物、それはおそらくこの学園でこれ以上の適任者はいないであろう、中国の代表候補生 凰鈴音だ。

 

「しかし何だよその格好は…」

「い、一夏にだって似たようなもんでしょう!?」

 

確かに。しかしチャイナドレスに燕尾服とはまた妙な組み合わせだ。

 

「まあ、似合ってるけどな」

「そ、そう?ま、まあ、このアタシが着るんだから似合ってて当然よ!当然!」

 

そんな俺の褒め言葉に鈴は当然だとツンケンした態度を返してくるが、顔が真っ赤なので照れてるのが丸分かりである。

 

「でも、何でまたそんな格好してるんだ?」

「あたしだって好きでこんなの着てる訳じゃないわよ。うちはほら、中華喫茶だから」

「なるほど」

 

中華=チャイナ服と言う方程式が脳内に組み上がる。つまり中華風メイド喫茶か。いや、チャイナドレスは給仕服じゃないからそれは少し違うのか?

 

「…って、おいおい。ならお前はここに居て良いのか看板娘」

「か、看板娘って…も、もう!変なこと言わないでよ!」

「いや、別に変じゃないだろ?店の目玉が抜けてどうするんだよ」

 

メイド喫茶にメイドが居なかったら唯の喫茶店。つまり、今の鈴のクラスの店はその状態なのだ。

 

「そもそもあんた達がお客を全部取ってくからいけないんじゃない!全然客が来なくて暇でしょうがないっての!」

「そんな事言われてもなぁ」

 

それが商売としか他に言いようがない。

あと、立地条件があまりにも悪い。唯でさえ一年は全てのクラスが飲食関連なため飲食店が密集していて競争率が激しいんだ。お客の目を惹き付けるものがないとお客を全て持って行かれてしまう。山田先生が言うには毎年そんな感じらしいのだが、今年は例年に増して酷いらしく殆どの客をうちのクラスが独占してしまっていて、『これも織斑君効果ですね♪』とか言って自分の担当するクラスが繁盛していた事に喜んでいたが、ひっぱりだこの身としては複雑な気分である。ああでも、4組は気軽にテイクアウトが出来るのでその被害は少ないんだとか。廊下側の窓からサンドイッチを片手に歩いている生徒がちらほら見えるのがその証拠だろう。

 

「いや、こっちだって忙しいんだぞ?殆ど俺限定だけど」

「ふ~ん……人伝に聞いた話だけど、執事があ~んしてお菓子を食べさせてくれるメニューがあるらしいじゃない。良かったわね、人気者で」

 

いきなり不機嫌になる鈴に、人の気も知らないでと俺は思う。

鈴の言うメニューは『執事に御褒美セット』というのだが、そのメニューの内容は今鈴が言ったように執事である俺が注文したお客にお菓子を食べさせてあげると言う恥ずかしいメニューだ。それをお客の殆どが注文して来る所為で俺はひっぱりだこな訳なのだが、言っておくが全然嬉しくもなんともない。唯々忙しくて恥ずかしいだけだ。ちなみに『メイドに御褒美セット』と言うのもあるがこれは開店してから一度も注文されてはいない。そりゃそうだ。まあ、そのおかげもあってかメイド組は楽しそうに仕事をしている。特にシャルロットなんて朝からにこにこしている。そんなにメイド服が好きなのだろうか…。

 

「全然良くねェよ。全員が同じ注文してみろ、店が回らないっての」

「まっ、アンタがそんな気持ちで仕事してる訳ないか……そうだったらこっちも苦労しないし」

「ん?苦労しないって何がだ?」

「なんでない!」

 

い、いきなり怒鳴るなよ。よく分からん奴だなぁ…。

更に不機嫌度が増す鈴に怯えてそれ以上は何も言えなくなる俺だったとさ。

 

「ところで、朝にアンタ達の教室から物凄い音がしたけど何かあったの?」

「急に話が変わったな。まあ、なんだ、いつものようにセシリアが暴走しただけだよ」

「何だ。いつも通りね」

「ああ」

 

それもどうかと思うんだけどな。常識的に考えて。常識的に考えて!

 

「一夏。お客さま、待ってる」

 

トテトテとメイド服を着たミコトがやって来る。見れば店内は『執事に御褒美セット』の順番待ちのお客で一杯になっていた。ほんの少し話してたつもりだったんだが…。

 

「お仕事中。おしゃべり、ダメ」

 

胸の前で腕をクロスさせてバッテンを作っていけない事だとアピール。これは叱っているつもりなのだろうか?だとしたらミコトには悪いが全然迫力がないから叱られてる気がしない。むしろの見ていてほんわかとしてしまう。

 

「ああ、悪い。それじゃあな、鈴」

「精々頑張んなさいよ~」

「お~う」

 

背中に送られる声援に振り向かずひらひらと手を振って返す。

 

はあ……またご奉仕地獄が始まるのか…。

 

 

 

「アンタも大変ね(セシリア的な意味で)」

「う?」

「なんでもない。ところでちびメイド。追加でショートケーキを注文して良いかしら?」

「ん。少し待ってる」

 

銀のトレーを片手に持ち、てけてけと小走りでオーダーを伝えにミコトは鈴の座るテーブル席から離れていく。

 

「(前に喫茶店でバイトをしたって話してたけど、その時も同じ接客対応をしてたのかしら…?)」

 

紅茶を啜りながら鈴はだとしたらその噂の喫茶店の経営方針はどうなってるんだろう?と、困惑するのだった。

 

 

 

「……何で楯無先輩がいるんですか?」

「あら?お客様にその対応は無いんじゃない?」

 

鈴と別れて接客に戻った俺を待っていたのは、優雅に紅茶を飲む楯無先輩だった。しかも、何処から調達してきたかは知らないがミコト達と同じメイド服を着ている。

 

「お客様ならウチのお店のメイド服なんて着ませんよ…」

 

というか、何故着た?やっぱりこの人の考えは俺には到底理解出来ない。

 

「はぁ……お嬢様。何になさいますか?」

「お~、一夏くんにそう呼ばれるのは何か新鮮だなぁ。でも、その呼ばれ方はあまり好きじゃないから止めてね?」

 

此処を何処だと思ってるんだろうこの人は…。

 

「何しに此処に来たんですか貴女は…」

「うん?生徒会のお仕事。提出した書類の通りにお店をしているか一つ一つ見て回ってるの。たま~にあるのよ、書類に書いてる内容とは違う出し物してるところが」

「申請が通らなかったのに無断でやってるってことですか?よくやるなぁ…」

「この学園じゃあ作ろうと思えば簡単に危険物とか作れるからね。材料なんて腐るほどあるし。去年は天文学部がロケットを打ち上げようとしてたんだけど、打ち上げ直前で風紀委員が取り押さえたのよん」

 

いやーアレは流石に焦ったなぁと楯無先輩は気楽に語っているが、それを聞いている俺の顔は最悪の結果になった場合の惨状を思い浮かべて真っ青である。ロケットって……千冬姉も言ってたけど常識はずれも良い所だ。

 

「それでうちのクラスにも見回りに来たって事ですか。ご苦労様です」

「うむ♪一夏くんがホストクラブみたいなお店を開いて女の子にいやらしい事してるんじゃないかと思って♪」

「するわけないでしょう!?」

 

千冬姉の御膝元でそんな命知らずな真似できる訳がない。そもそも俺はそれを阻止する側であり、間違ってもそんな血迷った真似はしない。

 

「そう?でも残念。今年の暴走組はこのクラスだって期待してたのになぁ」

「いや、そんな期待をされても困りますって…」

「えぇ~?つ~ま~ん~な~い~!」

 

バンバンとテーブルを叩いて不満げにぶぅぶぅと口を尖らせる楯無先輩。ゴーイングマイウェイ過ぎる…。

そんな楯無先輩の対応に困り果てていると、火に油を注ぐが如くタイミングを見計らったかのようにまた騒がしい人間が教室に飛び込んできた。

 

「どうもー、新聞部でーす。話題の織斑執事を取材に来ましたー」

 

新聞部のエースこと黛薫子先輩。この人も同じくノリで生きてる人である。そのうえ、俺より年上なために強く言えないのが質が悪い。まさか、この状況でこの二人が一緒になろうとは…。

 

「あっ、薫子ちゃんも来たんだ」

「当然!乗るしかないでしょこのビックウェーブに!」

 

そう言って、被写体の許可も無しにシャッターを切りまくり始め、絶え間無く鳴るシャッター音とフラッシュに俺は溜息を吐く。

唯でさえ一人だけでも騒がしいんだ。それが二人になったら当然それだけ騒がしくなり人の注目を集める。つまりだ――――。

 

「もう、一夏!ちゃんと仕事してよ!」

「この忙しい時にお前は何を遊んで……また貴様か」

「ご注文の紅茶、誰も取りに来ないのですけど如何かしましたの……って、あら?」

「むぅ……」

「あ~おじょーさまだ~。いらっしゃいませ~♪」

「たっちゃん。いらっしゃいませ」

 

……まあ、こうなるよな。

この騒がしさにシャル、ラウラと続いて他のコスプレ組も次々とこのテーブルへ集まりだし、気が付けば皆が此処に集まっていた。

 

「お~!世界各国のメイドさんが大集合!ほらほら皆並んで~!集合写真撮るから!」

「え?いや、あの、僕達仕事中…」

「良いから!並んで並んで!」

 

シャルロットの言葉なんて聞く耳持たずで、ぐいぐいと強引に背中を押して俺達を並ばせていく。

 

「ちょ、ちょっと!なんなんですのこれ!?」

「わ、私に聞くな!?」

「う?写真?」

「写真撮るの~?わ~い私みこちーの隣ね~。ほら~ラウっちもはやく~」

「分かったから服を引っ張るな。借りものなんだぞ?」

 

半分は突然の事に戸惑い、もう半分は面白そうだと乗り気な感じの割合な面々。俺の場合、もう何を言っても無駄だろうと悟っているので諦めて流れに身を任せていた。

 

「あ、ずる~い。ねえ、私だってメイドなんだから写る権利はあるよね?」

「もっちろん!むしろたっちゃんも入ってくれた方がネタ的に美味しいから大歓迎!ああ、あとそこでケーキを食べてるチャイナっ娘!貴女もカモン!」

「もぐもぐ……へ?あたしも?」

 

ケーキを食べて此方を観察していた鈴は、突然の指名に顔をきょとんとさせて自身を指差すと、黛先輩はにっこり笑って頷く。

 

「いやでも、あたしは2組だし…」

「そんな事言ったらたっちゃんなんて別のクラスなうえ学年まで違うじゃない」

「いえい♪」

 

黛先輩の尤もな指摘に楯無先輩は何故かピースサイン。

 

「そ・れ・に、いつも一緒に居るんだからクラスが違うからって一人だけハブられるのは寂しいでしょ?

「………まあ、何も思わないと言えば嘘になるわね。うん、分かった。あたしも写る」

 

こうして、撮影に鈴も参加することになったのだが、実際に列に加わってみて鈴は何とも言えない違和感を感じることになる。

 

「……何かあたしだけ妙に浮いてるんだけど…」

「一人だけチャイナドレスだからな」

 

周りは黒と白の従者らしい地味なメイド服or燕尾服に対して、鈴は派手な赤一色のチャイナドレス。確かにこれは異様な光景と言えなくもない。

しかし、撮影する当の本人はそんなこと気にした様子は無く。ウキウキとはしゃいだ様子で皆を並ばせる。

 

「織斑君は真ん中ね。んで、その前にミコトちゃん!あ、後は好きにしていいから」

「適当ですのね…」

「いいじゃないいじゃない♪自分の好きな位置を選べるわけだから、さ!」

「うおっ!?」

 

楯無先輩がいきなり俺に抱き着いて来て腕を絡めてくる。

 

「あはっ♪一夏くんの隣GET♪」

「なっ!?何をしているんですのっ!?」

「え~?だってひっつかないと全員が入りきらなくて写真が見切れちゃうでしょ?」

 

そう言って楯無先輩はぐいぐいと腕に柔らかい何かを押し当ててくる。この腕に伝わる温もりと柔らかな感触。これは、間違いなく……。そう思わず表情を緩めてしまいそうになる俺であったが、背後から感じる凍える様な殺気にそんな腑抜た気持ちなど何処かへ行ってしまう。

 

「………一夏。貴様…」

「これだから男という生き物は…」

「一夏のえっち…」

「サイッテー…」

 

冷たい視線と共に突き刺さる冷たくそして刺のある言葉を数名から頂いた。

 

「待て。落ち着けお前ら。俺が一体何をした?」

「知らん。私に聞くな」

「あはは~おりむーはダメダメだね~」

「?」

 

助けを求めてラウラ達を見るが、投げかけられたのは非情なお言葉。チクショウ、俺に味方はいないのか…。そう思っていた俺に助けを……いや、これは助けと言うより燃料と言うべきなのかもしれない。火災現場に燃料を投下したのはこの状況の原因となった楯無先輩だった。

 

「あれれ?喧嘩してて良いのかな~?早くしないと一夏くんの隣がとられちゃうよ?」

「「「「!」」」」

 

楯無先輩の言葉にハッとした表情を浮かべる。……は?俺の隣?

何を言っているんだろうと俺は眉を顰めるが、場の雰囲気は先程までとは一変しており、先程まで感じていた俺に圧し掛かる重い空気は何処か消え去ってしまっていた。ますます状況が呑み込めない。一体全体何が起こっているんだ?

 

「……コホン。まあ、一夏さんがだらしないのは今に始まった事でありませんし、怒っても仕方がありませんわね」

 

そう言いながらセシリアは空いている方の隣にスススッと移動して来る。うん?どうした?

 

「おい待て。なに当然のように隣を陣取ろうとしている。そこは幼馴染である私に譲るべきだろう!」

「ちょ、箒さん!?」

 

すると、そこへ箒が俺とセシリアの間を強引に割り込んで来た。

 

な、何だ何だぁ?

 

まるで場所を奪い取る様に割り込んできた箒に俺は困惑する。しかし、乱入はまだ続く。

 

「ちょっとちょっと!幼馴染はもう一人居るってこと忘れないでよね!」

 

セカンド幼馴染である鈴も乱入。

 

「お、幼馴染とか関係無いよ!ね、ね?そうだよね?一夏!?」

 

シャルロットも取り合いに参加。状況は更に混沌とした方へと進行していく。

 

「ぐぬぬぬぬっ」

「フーーーッ!」

「ガルルルル」

「むぅ~っ!」

 

俺を中心にして威嚇し合う4名。幻覚の筈の飛び散る火花は何故か俺にチクチクとダメージを与えていた。幻覚痛と言う奴だろうか?いや違う。これは単なる頭痛だ。

 

「そこは!」

「わたくしの!」

「場所!」

「だよ!」

 

それぞれバラバラに言葉を口にして見事な一文を完成させる。息が合っているのかいないのかどっちなんだ…。

 

「くすくす……モテモテだね、一夏くん?」

「あ、あんたって人は…」

 

楽しげに語る楯無先輩を見て俺は悟る。こうなる事を見通して先輩はあんな発言をしたのだと。どんだけだよこの人…。

 

「まったく、何をやっているんだあいつらは…」

「いつものことだよ~」

 

ラウラ達はラウラ達で眺めているだけで、箒達を止めてくれそうには無い。この騒ぎの原因となった一人である黛先輩……は、期待するだけ無駄だろう。止めるどころかその争っている光景をカメラに収めまくっている最中だ。

 

「? みんな、何してるの?」

「…俺にも分からん」

「う?」

 

状況を全く理解できていない様子のミコトはそんなこと俺に訊ねてくるが、そんなの俺が教えてもらいたいくらいだ。

しかし、流石にこのまま放置と言うのはまずい。現在、接客担当であるコスプレ組の全員が仕事を放り出して一か所に集まってしまっている。これはつまり店の流れが完全に停止していると言う事であり、これは言うまでもなく大問題だ。今はお客もアレを見世物として笑って済まされてはいるが、このまま続くとなるとクレームは必至だろう。

 

ハァ…この事態どう収拾したものか…。

 

―――と、俺が頭を抱えていると…。

 

「……な、なに?……この騒ぎ…?」

 

騒がしい教室に気弱なそうな声が俺の耳に届く。聞き慣れない声。けれど、つい最近何処かで聞いた事のある声だ。誰だと俺はその声のした方へ振り向くと、楯無先輩に顔立ちが似たエプロン姿の眼鏡を掛けた少女が惑った表情を浮かべて立っていた。

ええっと、誰だったか。確かな名前は……そう、更識簪さんだったよな?

 

「ああ、更識さん。いらっしゃい……じゃなかった。いらっしゃいませ、お嬢様」

「…………その呼び方は止めて」

 

姉妹揃ってそれかい…。

 

俺にお嬢様と呼ばれて顔を顰める更識さんは……ああ、ややこしいから簪さんで良いか。簪さんは何か警戒するように俺を見ている。嫌われているんだろうか?好意的じゃないのは誰が見ても明らかだ。しかし、ご来店してくれたお客に対応しないという訳にもいかない。

 

「えっと……?」

「っ!」

 

俺が話しかけようとすればビクリと身体を縮み込ませ、近寄ろうとすればジリジリと後退りして俺から距離をとる。その仕草はまるで小動物のそれに似ていたが、とても俺に心を許してくれそうにはなかった。

はて?俺は彼女と顔を合わせたのはあの食堂の時の一度きりで、嫌われる様な事をした覚えなんて無いのだが…。

 

「あ、簪。いらっしゃいませ」

「かんちゃんだ~。きてくれたんだね~♪」

 

対応に困っていた所、ミコトとのほほんさんも簪さんの存在に気付いてこっちにやって来て、二人の姿を見ると彼女はやっと警戒を解いた。やはり人見知りとかではなくて、ただ単に俺が嫌われているのか……少し傷付くなぁ。

 

「か、かんちゃんはやめて…」

「じゃあ、いらっしゃいませ~おじょーさま~」

「そ、その呼び方もやめて…」

「ええ~?私はおじょーさまの専属メイドなのに~」

 

どうやら簪さんとのほほんさんは楯無先輩と虚先輩と同じ関係にあるらしい。

 

「そ、それで……この騒ぎは何なの…?」

「えーっとね~?皆で~写真を撮ることになったんだけどね~?誰がおりむーの隣になるか取り合いっこしてるんだ~」

「ん」

「……そう」

 

のほほんさんの説明を聞いて簪さんがジト目でこっちを見てくる。

 

「な、なんだよ?」

「……女たらし」

 

ぐふっ…!?

 

ボソリと呟かれる言葉がグサリ胸に突き刺さる。蔑む様な目でその言葉はかなり辛い…。俺は別に何もしてないのに…。

 

「いや~何もしてないのがいけないんだと思うな~わたしは~」

 

俺の心を読むなよ…。

 

「? よく、わからない、けど。みんな、止めるべき」

「だね~。廊下で並んでる待っている人たちも増えてくてるし~」

「………そうね…今直ぐ解決するべき……」

 

窓から顔だけを出して廊下の様子を窺ってみると、その光景に「げっ」と声を出してしまう。俺が見たのは4組の教室まで届く程の長蛇の列。店の回転が完全に停止していたことで、廊下ではとんでもない状況になっていた。

 

「まずい!まずいってこれ!?」

「そう……まずい……私がお店に入って来れたのも……営業の妨害になるから止めて欲しいって伝える為で……お客じゃなかったからだし…」

 

うげっ…他のクラスにまで迷惑が掛かってるのか。これは早急に何とかしないと…!

 

「い、今直ぐ止めてくる!」

「あっ……まだ話の途中…!」

 

俺は慌てて未だにぎゃあぎゃあと騒いでいる箒達のもとへ駆けて行くと、箒達をぼーっと眺めていたラウラが焦る俺を見て不思議そうに訊ねる。

 

「む?どうした?そんなに慌てて…」

「ラウラ!大変だ!今直ぐに連中を止めないと!」

「いきなり何を……ああ、そう言う事か。把握した」

 

脈絡のない俺の言葉に訳の分からないと言った様子のラウラだったが、廊下を見ただけで皆まで聞かずとも状況を把握する。そして、流石にラウラもこのままは不味いと判断したのだろう。今まで傍観に徹していた彼女も少し困った顔をする。

 

「軍なら規律を乱す馬鹿は殴って身体で分からせてやればすぐに終わるのだがな…」

 

そう口惜しげにペキペキと指を鳴らすラウラ。祭りのせいもあってか今日の彼女はいつも以上にヴァイオレンスである。

 

「ぼ、暴力はやめようぜ?」

「元はと言えばお前がハッキリしないから………ん?誰だそいつは?」

「え?」

 

ラウラに言われて振り向けば、俺の後をついて来ていたのらしく簪さんが立っていたのだが、ラウラに指摘されると怯える様にして遅れてやって来たミコトの後ろに隠れてしまう。

 

「え……えっと…私は……」

「ああ、この子は更識簪さん。ミコトの友達だよ」

「………か、勝手に…人の名前おしえないで…」

 

いかん、善意でやったつもりが逆効果だったようだ。勝手に本人の名を名乗ってしまったため、不満そうな顔で簪さんに睨まれてしまった。

 

「? 誰が名乗っても変わらんと思うが……まあいい。ミコトの友達だと言うのなら私の友達だ。よろしく頼む」

「え、え?……う、うん……よろしく…」

 

そんな戸惑った様子の簪さんだったが、頷く際に僅かに見えた口の端は僅かに微笑んでいる様に見えたのはきっと気のせいではないだろう。

 

「しかし、更識か……もしかして、アレの身内の者か?なら、如何にかして欲しいのだが」

「…え?」

 

クイッと親指をラウラは『アレ』と呼ばれた人物へ向けると、自身へ集まる視線に気付いて楽しそうに箒達を眺めていたその人物は此方へと顔を向け――――ピシリと固まった。

 

「あ、あれ…?簪…ちゃん?」

「お姉ちゃん…」

 

楯無先輩の顔を見ると簪さんはまるで会いたくない人に会ってしまったと、そんな風に表情を歪める。それに、楯無先輩もここに簪さんが来るのは予想外のことだったらしく、普段はあまり見せない地の部分を曝け出した状態で戸惑った表情を見た。

 

「…………」

「か、簪ちゃんも来てたんだ」

「………っ」

「あ、あはは……」

 

ぎこちない笑顔で楯無先輩は話しかけるも、簪さんは姉である楯無先輩を避ける様に顔を逸らす。

姉妹の間に流れる気まずい空気。それはとても姉妹同士が顔を合わせた時の雰囲気とはあまりにもかけ離れたものだった。

 

「「…………」」

 

「………何やらまた厄介事が増えた様な気がするな」

「何で俺を見る?」

 

何でもかんでも俺のせいにするのはよくないぜ?

 

しかし、この二人仲が悪いんだろうか?というよりも、簪さんが一方的に楯無先輩を拒絶している様にも見える。かといって、楯無先輩もなかなか踏み込めないでいるのも事実だ。

らしくもない。それが今の楯無先輩を見た俺の感想だ。普段の先輩なら人の意思も関係無しにズケズケと此方のパーソナルスペースに踏み込んでくるのだが…。どうやらラウラの言う通りこの二人は何か訳ありらしい。しかし、この状況は声が掛け辛いったらない。こっちはだんまり状態だが箒達の方は未だ騒がしいままだと言うのに…。

 

「っ……こ、これは……」

「う、うん!?何かな?」

「………これは……お姉ちゃんが原因…?」

「あ、あははは…は……はい…」

 

重苦しい沈黙を破ったのは口を利こうともしなかった簪さんからだった。

簪さんが言うこれとは勿論箒達の事だ。簪さんは眼鏡越しに眼をキッと鋭くさせると、楯無先輩は完全に弱腰になってしまい、ヘタレ度の倍率がドン!でカリスマ生徒会長(笑)ならぬヘタレ生徒会長(真)が爆誕。

 

―――カシャッ!

 

おい誰かあのパパラッチを止めろ。空気読めよほんと。

 

「……私が此処に来たのは、クラス代表として……外の行列がウチのクラスの邪魔になってるって注意しにきたから…」

「あ、あれ?簪ちゃん今は余裕がないからって他の子にクラス代表譲ってたんじゃ…?」

「謝って……元に戻して貰った……から…」

「そ、そうなんだぁ。お姉ちゃん知らなかったなぁ…(そんな報告聞いてないよ!?)」

 

ダラダラと額に物凄い勢いで汗を流し、楯無先輩は簪さんに気付かれない様に手帳らしきものを背中に隠しながら慌てた様子でページを捲って確認している。どうやら、あの手帳にはこの学園の近状が記されているらしい。

 

「すぐにあの行列をどうにかして……これは私のクラスの総意…」

「でもかんちゃーん。すぐにあれを如何にかするのは無理だよ~?」

「………なら、あれを止めて…」

 

そう言って簪さんはいまだに喧嘩している箒達を指差す。

 

「あれを止めるって私じゃあ無理なんじゃないかなぁ……あ、ああうん、分かったわ!お姉ちゃんがんばっちゃうぞっ!?」

 

妹に睨まれて即折れる姉。見ていて涙が出てくる。

 

「おりむーも~似た様な物じゃない~」

 

だから何で口に出してないのに俺の考えてるの事が分かるのかな!?

 

「……お姉ちゃんが……原因なんだから…誠意を尽くすのは当然…」

「あ、はい…」

 

御尤もな簪さんの言葉に楯無先輩はしょぼんと肩を落として箒達のもとへトボトボよ向かうのだった…。

これを期に自分の行いを振り返り反省して下さい。

 

「皆~、そろそろ喧嘩するのはやめなさい」

「生徒会長は引っ込んでて下さいまし!これはわたくし達の問題です!」

「そうだ!黙っててもらおう!」

 

楯無先輩が説得するも予想通り突っぱね返されてしまう。廊下の行列といい、先程の重苦しい空気の時といい、あいつ等は周りが見えいないのか…。

 

「ん~、そうは言うけどね?このまま貴方達を放置してるとお店のにも迷惑かかっちゃうのよねぇ」

 

それを貴女が言いますか…。

 

「そ・れ・に、隣って言うのはそのままの意味なんだからさ♪360°幾らでも空いてるじゃない♪」

「えっ」

 

何を言い出すんだろうこの人はと俺は困惑するが、それを聞いた箒達は先程まで騒いでいたのが嘘のようにしんと静まって、何やら考えるような仕草を取った後に無言でじっと俺を見てきた…。

何故だろう?家畜の豚になった気分だ…。

 

「………成程な」

「言われてみればそうですわね…」

「そうね、何で気付かなかったのかしら」

「うん!場所を取り合う必要なんて無いよね!」

 

何やらあっちは納得してくれたようだけど、生贄にされたこっちはまったく釈然としないんだが…。

何はともあれ、騒動は収まり改めて皆で集合写真を撮ることになった。しかし、俺の現状はと言うと―――。

 

「お、おい!押すなって!?」

「こ、こうしないと写真に写らないだろう!?」

「そうですわ!せっかくの写真なのですからちゃんと写りたいですし!」

「男なんだから少しぐらい我慢しないさいよね!」

「そうそう……えへへ♪」

 

―――箒達に囲まれて押しくら饅頭の状態で写真を撮るどころではなかった。

気分はさながら通勤ラッシュの満員電車に乗るサラリーマンだ。しかし何故写真を撮るのにこんな状態になるのだろう?箒達にぎゅうぎゅうと押しつぶされて俺が困惑するなか、この押しくら饅頭に参加していないミコト達はと言うと…。

 

「え、えっと……私は別のクラスなんだけど…」

「そんなのお前だけではないし、別にかまわんだろう」

「ん」

「そうだよかんちゃん~。こういうのは~皆で楽しまないと損だよ~」

 

折角だからと一緒に写ることになった簪さんと一緒に、前列はこちらの様子なんて対岸の火事であるかのように平和に雑談を楽しんでいた。

普段は堅物なラウラもミコトの友達と聞けば初対面の相手でも表情は柔らかくして接している。基本、ラウラはミコトが関われば何でも対応するのだが、逆にミコトと無関係なら無関心を通している。現在、助けを視線で訴える俺を無視している様に……理不尽だ。

 

「は~い!みんな撮るよ~?」

 

黛先輩の合図に皆はレンズを見て微笑む。その笑みは楽しそうだったり恥ずかしそうだったりぎこちなかったりとそれぞれ。

 

「はい!チ~ズ!」

 

――――カシャッ!

 

 

 

 

それが、みんな揃っての最初で最後の集合写真。

これから先もずっと続く、何気ない楽しい思い出の沢山あるうちの一ページに過ぎないんだと、あの時の俺は思っていた。でも、それがまさかミコトと一緒に撮る最後の写真だなんて、あの時の俺達は誰一人思ってもいなかったんだ…。

 

 

 

 

 




少し訊ねたいことがあるので活動報告を見ていただけるとありがたいです

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