IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第34話「帰って来た平穏」

 

「……はい。操縦者の方も命に別状は……はい。では、回収した機体は後日そちらに……。はい、よろしくお願いします。それでは―――」

 

山田君は報告すべき用件を全て伝え終えると、通信端末の電源を切り、ふぅと一息吐く。その声色からは酷く疲れが感じられ、彼女の表情からも疲労が見てとれた。

無理もない。あれだけの事が起こったのだ。心身ともに疲労は相当なものだろうに…。

 

「ひとまずこれにて終了、ですかね?」

「ああ、怒涛……と言う言葉だけでは生温い一日だったな」

 

まだ事後処理云々が残ってはいるが、早急に済ませるべき事は粗方済ませた。残りは学園に帰ってからでも問題はないな。

 

―――で、『今回の事件については』これで終わりなのだが…。

 

私個人はまだやらなければならない事が幾つか残っていた。その内一つは今直ぐにでもやらなければならない。でなければあの馬鹿はまた何処かに行方をくらませて見つけることが不可能になってしまう。

私は部屋の出口に向かって歩き出した。

 

「お、織斑先生?何処に行かれるんです?」

「…なに、少し野暮用だよ」

 

今回の事で一発ぶん殴ってしまわないと気が済まんのでな…。

 

色々と我慢の限界だ。

私はミシリと骨が軋む程に拳を強く握り締め、山田君を部屋に残してあの馬鹿を探しに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

第34話「帰って来た平穏」

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

「ね、ね、結局なんだったの?教えてよ~」

「ミコトちゃんもなんか山田先生の部屋に変えられちゃってるみたいだしさ。何があったの教えてっ!ね?」

 

目覚めたミコトに山田先生に時間切れで部屋から追い出されるまで話をした後、俺達は怪我の治療や診査などを受けて現在はこうして待機命令が解除されたクラスメイト達を夕食を摂っている。

……わけなのだが、予想通りと言うか何と言うか、こういう噂話が大好きな女子達複数に群がられてに俺は質問攻め遭っていた。

 

「わるい、そう言うのは話せないんだ」

 

千冬姉からこんな今回の事については公言するなときつく言われている。

もし、話などすれば俺は厳しく罰せられるし、聞いた人達にも制約やらなんやらで不自由な思いをさせてしまう事になるのだ。

 

「え~……じゃあさ、じゃあさ!ミコトちゃんはどうなの?私、学園の先輩にミコトちゃんが倒れたって話したら容態はどうなんだっ!?て物凄い迫力で訊かれちゃってさぁ~」

「あー、ミコトちゃんってば先輩達からすごい人気だもんねぇ」

 

気の毒そうにポンポンとミコトの容態を確認してきた女子生徒Aの肩をたたく女子生徒B。

…何故そんな同情な眼差しで見えるんだ?意味が分からん。

 

うーん、でもなぁ…。ミコトも今回の事に関わってるしなぁ。

 

話して良いのだろうか?容態だけなら問題ないか?でも、俺の独断はまずい気がする。ここは千冬姉か山田先生に聞いた方が…。

 

「しかもその先輩『MMM』に所属してるから余計にさぁ…。せめて安否を確認しないと私の身がぁ…」

「うわぁ、アンタ大丈夫なのそれ?」

 

え、何?『MMM』って何?

聞いた事の無い単語何だが……って!?何でマジで震えてるのこの人!?尋常じゃないんですがっ!?

 

「教えてくれないなら親衛隊引き連れてISに乗ってこっち来るって…!」

 

ちょっ!?洒落になってませんよ先輩方!?

 

そんなことでISを貸し出してくれる訳無いから代表候補生の人達か。一体『MMM』って何なんだ…。

気になるが知ってはいけない気がする。関わるなって俺の本能が告げてるよ…。

 

「わ、分かった。分かったから落ち着け、な?ミコトは大丈夫だから!さっきも話して来たんだから!」

「容態はぁ?」

「ね、熱はまだあるけど命に別状はないって」

「そう……ふぅ、良かったぁ!私の所為でIS学園でクーデターとか笑えないしね!」

 

心底ほっとしたと胸を撫で下ろす女子生徒A。確かにそれは笑えない。国際的にも大ニュースだよ。

IS学園にISが何機あると思ってるんだ。もしテロリストにそれが全て奪取されたらとんでもない事が起こるっての。

 

「んじゃ、心配も無くなった事で本題なんだけど!」

「何も教えられないからな?」

「「え~…」」

 

そんな息をピッタリにして残念そうにされても言えない物は言えない。知ったところでお互いに損するだけだっての。百害あって一利なしってな。

しかし、女子達は納得がいかない様子。そんな女子達の対処に困り果てていると、後ろからシャルロットがひょこりと顔を出して助けを出してくる。

 

「あのね、知ったら制約がつくんだよ?いいの?」

「あー……それは困るかなぁ」

「だったら話はこれでお終い。ほら解散解散」

「ちぇー…」

 

シャルロットがそう促すと、俺に群がっていた女子達は渋々と蜘蛛の子を散らす様にして食事に戻るのだった。

 

「もう、駄目だよ一夏。ああいうのは軽くあしらわないと。いちいち相手にしてちゃキリが無いよ?特に一夏は立場的に特別で、この先こういうのは多くなるから慣れておかないと」

「お、おう」

 

確かにシャルロットの言う通りだ。男である俺がISに乗れたってニュースになった時はずっと付き纏われてもう大変だったからな。あの俺と言うスクープ(餌)に群がるマスコミ(蟻)達の様は軽くトラウマだ。

 

「教官にそう言うのは教えて貰わなかったのか?お前の立場なら必須だろうに」

 

話にラウラも混ざる。

自主的に会話に混ざって来るなんて今回の件でラウラも変わったなぁ…。

 

「それくらい男の器量がなんたらって言われただけだよ。どうしろと…」

「むぅ、女尊男卑のこのご時世に男の器量と言われてもな」

「あははは…マスコミや企業、それに研究所からしてみれば客寄せパンダかモルモットにしか見えてないのにね…」

 

唸るラウラと苦笑を浮かべるシャルロットの口からは非情な現実が次から次へと吐き出される。

やめて!事実でもそんな事言うのやめて!心が折れそうだから!?

 

「ま、有名税ってやつ?諦めなさい」

「…鈴、軽く言うなっての。こっちの気も知らないで」

「まったくだ。有名になるなんてロクな事じゃないのだぞ?気の休まる暇も無い」

 

鈴、箒とぞろぞろと俺の周りにいつものメンバーが集まり始める。

俺が女子に集られてる間に皆先に食事を済ませたのか。俺なんてまだ半分しか食べてないのに。ああ、味噌汁が冷めてる…。

 

「ズズ……まぁ箒は束さん関係で色んなとこに引っ越してばかりで気苦労は絶えなかったろうしな」

「……他人事だな」

 

ジト目で明らかに不機嫌ですオーラを放つ箒。なんでさ…。

 

「そ、そういえば。皆怪我とか大丈夫なのか?ラウラとか特にさ」

「(逃げたな)お前の言う台詞ではないよなそれは?この中では一番の負傷者の筈だと言うのに」

「そう言われてもな。治ってたんだから仕方ないだろ?」

 

でまかせでは無く本当にそうなのだからそれ以外に何と言えばいいのやら。

しかし、そんな言葉にラウラや他の皆も疑いの眼差しでじっと俺の身体を見てくる。特に箒なんてそれはもう穴が開く程に強い眼光でじっ~~~っとだ。たぶん、箒は自分の所為だと責任を感じてるんだろうな。そんなこと全然ないのにさ。

 

「……まあ良いさ。私の方は問題無い…と言っても、しばらくは無理は出来ないな。幸いにしてこの合宿が終えれば長期休暇だ。のんびりと養生するさ」

 

長期休暇…ああ、夏休みのことな。

 

「夏休みか。やっぱり皆実家に帰るのか?」

「私はそのつもりだ。……と言っても、家には親戚が居るだけで家族は居ないがな」

「そ、そうか」

 

何と言ってやればいいのか言葉に困るぞ。

確か箒の実家は神社で、箒の家族が居ない今は箒の親戚の人が管理してるんだっけな…。

 

「でも久しぶりの実家だろ?ゆっくりすればいいじゃないか」

「……ああ、そうだな」

 

俺の言葉に箒は少し複雑そうな表情を浮かべて頷いた。ううむ、これは様子を見に行った方が良いかもしれんな。今の箒を一人にするのは少し心配だ。

 

「鈴も国に帰るんだよな?」

「んー…やめとくわ。家に帰っても両親居ないから意味ないし」

「そ、そうか…」

 

どうして俺の知り合いはこうも家庭の事情が複雑な奴ばかりなんだ!?

 

「シャ、シャルロットとラウラはどうするんだ?二人とも戻ったらまずいんじゃないのか?」

 

シャルロットは性別を偽ってた件と、ラウラに至っては軍の命令を無視しての独断行動。二人とも帰るのは不味い筈だ。

 

「だね。僕も帰省するつもりはないかな?帰っても気まずいだけだし。夏休み中はアリーナが空いてるだろうから自主練に励むつもり」

 

おお~、優等生の台詞だ。

そう言えば夏休み中は生徒の大半が帰省してるから普段は生徒で埋め尽くされているアリーナもがら空きなんだよな。俺も自主練するか…。

 

「私も残るつもりだ。そもそも私には家族も居ないしな。軍の方は定時連絡をしているから問題無い」

「いつものメンバーの殆どが学園に残るんだな」

 

俺は掃除とかしないといけないから定期的に家に帰るつもりだけど、基本夏休み中は学園の寮で過ごすつもりだし。自分で調理しなくても朝昼晩美味しい料理が食堂で食べられるとかマジIS学園最高だな!

 

「その様だ。それに、私はミコトの護衛をしないといけないからな」

「ご、護衛って…。もう、ラウラは過保護だなぁ」

 

となると、残りのメンバーのセシリアとのほほんさんとミコトはどうなんだろう?帰省するのかな?

 

……ん?

 

ふと、ある事を疑問に思う。

 

「そう言えばミコトって――――」

「あれれ~?おかしいなぁ~?」

 

ふと気になった事を訊ねようとしたその時、間の抜けた声が俺の言葉を遮った。

その間の抜けた声とはもちろん、のほほんさんである。

 

「のほほんさん?どうかしたのか?」

「あー、おりむー!あのねー、セシりんが何処にも見当たらないんだ~。何処行ったんだろうねー?」

「セシリア?あ、ホント。アイツ何処に行ったのかしら?」

 

大広間に溢れかえる女子生徒達からセシリアの姿を探したが何処にも見当たらない。先に食事を済ませて部屋に戻ったのか?

 

「あれ?織斑くん達セシリアを探してるの?」

 

おお、久しぶりの相川さんじゃないか。

 

「ああ、何処に行ったか知らないか?」

「セシリアならさっき鼻歌を歌いながら厨房の方に向かったよ?」

 

い か ん 、 そ れ に は 手 を 出 す な 。

 

相川さんの言葉を訊いて、さーっと血の気が引く俺達4人。のほほんさんとラウラはそんな俺達の反応を見て頭上にはてなを浮かべていた。

 

「厨房~?お料理でもするのかな~?」

「食べ足りなかったのか?意外だな。セシリアは小食だと思っていたのだが」

 

違う。違うぞラウラ。セシリアが自分用に料理をする筈ないだろう!?

俺達は既に食事を済ませた。なら、俺達に食べさせるのが目的ではない筈だ。なら、だとしたら――――。

 

まさか…まさかっ!?

 

「えっとね~……確か、ミコトちゃんにお粥を食べさせてあげるんだって――――」

 

バンッ!

 

セシリアの料理を実際に食べた経験がある俺達4人は一斉に廊下に飛び出す。

 

「総員!戦闘配備だ!戦いはまだ終わって無いっ!絶対に死守しろっ!」

「くそっ!まさかこんな所に伏兵が潜んでいようとはっ!」

「冗談じゃないわよまったく!前のはたまたまミコトの味覚に合ってただけだってのにっ!」

「皆っ!そんな事は良いからはやくセシリアを止めないとっ!」

 

ドタドタドタッ…

 

「うゅ?」

「……何なんだ一体?」

 

置いてかれた二人は唖然と立ち尽くすのみだった…。

 

 

 

 

「ふふふ~ん♪ここで隠し味の特濃マムシドリンクを―――」

「はいアウトーーーッ!?病人に劇薬はいけませーんっ!?」

 

間一髪の所でお鍋の中に投下されそうになっていたマムシドリンクを取り上げることに成功する俺。

 

しかし、何やってくれてんのこの人!?お粥にマムシドリンクとか長年織斑家の家事を任され続けて来てはじめて聞いたんですがっ!?

 

「な、何をしますの一夏さん!?」

「ソレはこっち台詞だ馬鹿っ!何お粥にそんな劇薬入れようとしてるんだよっ!?」

「え、えっと…元気が出る様にと思いまして…」

「そんなもん食べたら弱った身体がビックリするわっ!?調味料は最低限で薄味でいいんだよっ!」

「というか先生に許可取ったのっ!?駄目だよ!勝手に病人に食べ物与えちゃ!」

「…………あ」

 

「「「「独断!?しかもうっかり!?」」」」

 

愛は盲目とか親馬鹿にも程があるだろセシリアさんや!?

 

今、思い出したとでも言いた気に間抜けな声を漏らすセシリアに全員が驚愕する。一歩間違えれば大惨事だったと言うのにまったくコイツは…。

鍋を見ればグツグツと煮えているお粥がそこにはあった。臭いは別におかしくないし見た目も真っ白でとんでも料理には見えない。どうやらこれから変貌するところだったのだろう。本当にギリギリ間に合って良かった…。

 

「まったく、皆ミコトの事になると何処か抜けてるよなぁ」

「お前にだけは言われたくないぞ一夏。……はぁ、しかしどうするんだこれは?」

 

箒が言っているのは勿論目の前のグツグツと煮えたお粥のことだ。

 

「どうするって……どうしよう?」

 

俺は目の前にお粥の処遇に困り果て頭を掻く。

俺達はつい先ほど夕食を終えたばかりであまり胃に余裕はない。けれど、厨房を借りておいてこれを捨てると言う訳にもいかないだろうし…。

チラリと箒達を見たが、やっぱり俺と同じらしくふるふると首を振って拒絶して来る。むぅ、本当にどうしよう?

 

「良いですよ?別にミコトちゃ……こほん、オリヴィアさんに食べさせてあげても」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

突然現れた自分達で無い声にバッと後ろを振り向くと、そこにはニコリと笑みを浮かべた山田先生が立って居た。

 

「山田先生!?どうして此処に?」

「それは此方の台詞ですよぅ!何だか厨房の方が騒がしいと来てみれば…もう!皆さん!旅館の方達にご迷惑をかけちゃいけませんよ!?」

 

人指し指を立てて「めっですよ!」と、山田先生は叱って来る。本当にこの人はいちいち行動が幼いと言うか可愛らしいなぁ…。

 

「まあ、一応許可は貰っているみたいですし、厨房使用の件については私からは言う事はありません。ですが、あまり騒いではいけませんよ?」

 

「「「「「は、はい。すいません……」」」」」

 

しょんぼりと肩を落として謝る俺達一同。しかし、原因は全てセシリアにあると思うんだが…。

 

「よろしい。それで、そのお粥ですがオリヴィアさんに食べさせてあげてもかまいません。実は私もオリヴィアさんの夕食を用意する為に厨房に来たましたからね。――た・だ・し!ちゃんとした普通の食・べ・ら・れ・る!お粥が条件ですけどね!」

 

食べられるという言葉を強調させる。まあそれには俺も激しく同意だけどさ。

 

「あ、なら俺が作るよ。といっても、後は塩とかで味を調えるだけだけどな」

「一夏かぁ…ま、一夏なら問題無いでしょ」

「……どういう意味ですのそれは?」

 

そう言う意味だよ。

 

「そうですか♪織斑くんがお家の家事担当だって事は織斑先生から訊いてますから安心ですね♪」

 

おいおい千冬姉。山田先生にそんなこと話してたのかよ…。まあ事実なんだけどさ。

 

「では、織斑くん。オリヴィアさんの夕食はよろしくお願いしますね?あっ、良かったらオリヴィアさんが食べ終わるまで一緒に居てあげて下さい」

「えっ、良いんですか?」

「はい♪折角の臨海学校なのに一人ぼっちで食事なんて寂しいですから」

「………」

 

……そうだよな。合宿っていうのはクラスメイトや友達とかで寝泊まりするから楽しいんだ。でも、ミコトは今は山田先生の部屋で一人っきりで、きっと寂しい想いをしているに違いない。

 

「ですから、少しでもミコ……オリヴィアさんに楽しい思い出を作ってあげて欲しいんです」

「先生……はい!任せて下さい!」

「良いお返事です♪―――あっ、でもオリヴィアさんは本当なら絶対安静にしないといけないんですからね?熱もぶり返しちゃいましたし、夜遅くまでの長話は駄目ですよ?オリヴィアさんの身体に負担を掛けますから。騒ぎ過ぎるのもいけません!就寝時間を守って―――」

 

いかん。お説教モードに入ってしまった。これは長くなるぞ。―――こうなったら!

 

長年家事を続けてきた俺の身体が、全細胞を屈指して物凄い速度でお粥を完成させる。

 

「――――よし、完成!じゃあ山田先生!お粥が冷めない内に持って行かないといけないんで!皆!行くぞ!」

「い、一夏!?」

「ちょ、一夏っ!?待ちなさいよ!?」

「一夏さん!?置いていかないで下さいまし!?」

「み、皆ずるいよ!?先生!それじゃあ失礼しますっ!」

 

我先にと鍋を持って逃げ出す俺に、皆も慌てて後に続く。

 

「あっ!?まだ話は終わって……もうっ!―――――ふふふ♪」

 

後ろから山田先生の声が聞こえたが、既に山田先生の居る厨房は彼方にあり、俺達の耳には届く事はなかった。

 

ふー、危ない危ない。んじゃ、のほほんさん達を拾ってミコトに会いに行きますかね。

 

 

 

 

 

「えっ!?みこちーに会いに行っても良いの!?ヤタ~♪」

「ほう…。しかし、よく許可が下りたな?」

 

大広間に戻って二人に事情を話すと、のほほんさんはそれ訊いてぴょんこぴょんこと跳ねて喜び、そんなのほほんさんの隣でラウラが意外そうな表情を浮かべた。

さっき追い出されたばかりだからな。しかし追い出されたと言っても、駄々をこねて引き摺られる形で追い出されたのはのほほんさんだけで、俺達は自重して自分から出ていったけどな。

 

「夕食を届けに行くついでにな。あまり長話は駄目だけど」

「確かにな。此方の我儘でミコトに負担を掛けるのは駄目だ。…む、そのお粥はセシリアが作ったのか?」

「いや、それ作ったの一夏だから」

 

ないないと手を振ってラウラの言葉を鈴が否定する。

 

「途中まではわたくしですわよっ!?」

「一夏が止めなければお粥じゃないナニかになっていただろうに…」

「な、なんですってぇっ!?」

「? 何の話だ?」

「気にするな。俺は気にしない」

 

箒の言葉の意味が理解出来ず、不思議そうに首を傾げるラウラに俺は無理やり話を逸らす。セシリアがミコトに劇物を食べさせようとしてたなんて知ったら乱闘を起こしそうだしなぁ…。

 

「うむ?まあ良いさ。しかし一夏の料理か。教官から『ウチの弟の料理はなかなかのものだ』と訊かされていたが本当のようだな」

 

え?ドイツでもその話してんの千冬姉?流石に世界に広めるのは止めて欲しいんだけど…。世界に知られている国際的有名な主夫とか名誉でも何でもないしマジ恥ずかし過ぎる…。

 

「そ、そんなことはどうでもいいじゃないか。それより早くミコトにお粥持って行こうぜ?」

「? 何をそんなに顔を赤くしているのかは知らんが急ぐのには賛成だ!折角のお粥を冷ましてしまっては勿体ないしな!」

「だねだね♪それじゃ、レッツゴーだよ~♪」

 

とか言ってクールに装っていても。何だかんだ言ってラウラもミコトに会えるのが嬉しいようだ。無意識だろうが俺達を先導してるし、自分じゃ気付いていないんだろうけど口の端が少しにやけてる。

俺と箒達はそんなラウラがもう可笑しくて可笑しくて。口を手で押さえて笑ってしまいそうになるのを必死に堪えてラウラとのほほんさんの後に続いた。

 

 

 

 

そんなこんなでミコトの眠る部屋にやって来た。

 

「ミコトー?入るぞー?」

「………むぅ?一夏…?」

 

襖に向かって確認の声を掛けると、部屋の中から眠たそうなミコトの声が返ってくる。この声から察して今まで寝てたのかな?

 

「みこちー!お見舞いにきたよー♪」

「……ぉ~…」

 

まだ入室の許可を得ていないと言うのにも関わらずのほほんさんが襖を開けて部屋へと入る。けれど、のほほんさんの元気の良い挨拶とは反対にミコトの返事はいつもにも増して反応が薄い。やはり体調が優れない所為だろう。

 

「こら本音。あまり大きな声を出すな。ミコトの身体に障る」

「あう、ごめんねー?」

 

こつんとのほほんの頭を小突いて叱るラウラ。小突かれたのほほんさんも少し涙目になりながらも素直に謝る。

 

「ミコトさん調子はどうですの?気分が悪くなったら直ぐに言うんですのよ?喉渇きませんか?スポーツドリンク買って来ましたから此処に置いておきますわね?あっ、汗を拭いた方が―――」

「はい黙れセシリアママ。一夏が居るのに脱がしたら不味いでしょうが」

「…………あ」

 

ママさんモードに入ったセシリアがぺらぺらと喋り出すと、鈴がぺチンと頭を叩いてそれを止める。…あそこにスイッチでもあるのか?

 

うん。まぁ、困るな。それで覗きと勘違いされて理不尽に殴られるのが目に見えてるし…。

 

誰が好き好んで殴られるものか。防げる惨事は防いでおかなければ。

 

「だ、大丈夫セシリア?疲れて頭が回らないんじゃ…」

「遂にはシャルロットに頭の心配までされ始めたぞ。まあ、これも病気と言えば病気だな」

「酷い言われ様ですわ……」

 

シャルロットと箒の情け容赦の無い言葉に、ただ心配しただけなのにこの仕打ちとガクリと肩を落とすセシリア。俺も二人の意見にはまったく同意だが……まあ、そのなんだ。ドンマイ。

 

「えっと…ミコト。お腹すいてないか?お粥作ったんだけど食べるか?」

「ん?……んー……食べる」

 

スンスンと小さな鼻を動かしてお粥から漂ってくる匂いを嗅ぐと、ミコトは暫しお粥をじっと眺めながら考えてからコクンと頷いた。

 

「おっ、そうか。んじゃ熱いからやけどしない様に気をつけ―――」

「あ~…」

 

レンゲをミコトに渡そうとすると、何故かミコトとレンゲを受け取ろうとはせずに代わりに大きく口を開けてみせた。はて…?

 

「え~っと…ミコト?」

「あ~~…」

「食べさせろってか。まあいいけどさ」

 

風邪を引いてる時とか何故か甘えたくなるものだ。

しかし、なんていうか…。今のミコトの姿はまるで母鳥から餌を大きく口を開けてせがむ雛鳥の光景と重なって見えてとても可愛く思えた。いや、すごく可愛い。何だこの小動物。

 

……やばい。鼻血が出そうだ。

 

食べさせてあげるには当然ミコトの正面に俺が居る訳で…。そこはなんていうか口を大きくパクパクさせている雛鳥を間近で見れる絶好のスポットと言うか……もう、たまらなく強力である。

だが、その被害は正面に居る俺以外にも及ぼしていたのだ。

 

「はう~…かああいよ~…」

「可愛い…」

「ぐっ…ふぅ!」

「…………」

 

雛鳥モードのミコトを見て被害を受けたのは以下の4名。

見っともなくだらけた表情になるのほほんさんとシャルロット。何やら悶えているラウラ。そして、無言で鼻をハンカチで押さえ、そのハンカチを真っ赤に染めているセシリア―――って、おい!?最後の奴自重しろっ!?

 

「…あ~?」

 

そんな周りの惨状など露知らず。何時まで経っても食べさせてもらえない事に口を開けたまま不思議そうに首を傾げるミコトなのであった。

 

まあ、なんて言うか。食事をする状況ではまるでないが此処に来た本来の目的を果たすとしよう。

俺はレンゲでお粥を掬うと、ミコトがやけどしない様にフーフーと息を吹きかけてからレンゲをミコトの口元に運ぶ。すると、ミコトはすぐさまレンゲにかぶり付いた。

 

「はふっ…はふっ…」

「おいおい。落ち着いて食べろって。ほら、あ~」

「あ~…ん」

 

お粥の乗ったレンゲをパクリと咥えると、またはふはふと涙目になりながらもお粥を食べ続ける。

どうやら俺の作ったお粥は雛鳥にご満悦して頂けたようだ。口に含んだお粥を食べ終えると直ぐに次のお粥を求めるその姿は本当に可愛らしい。見ているこっちも自然と笑みがこぼれてしまう程だ。しかし、そんな幸せな状況も―――。

 

「「「じ~っ……」」」

 

背後から感じるどす黒いオーラでそれどころじゃなくて堪能なんて出来ないんだけどな!ていうかこええよ!?

しかし、そんな後ろにある恐怖に俺が震えているところぴょこぴょことのほほんさんが目をキラキラさせて俺の所へとやってくる。

 

「ね~ね~おりむー。私にもそれやらせて~♪」

「ん?これをか?」

「そーそー♪」

 

レンゲを持ち上げて訊ねると、のほほんさんはにんまり笑顔で頷く。まるで動物に餌をあげる感覚だな…。

けれど断る理由も無いので少し不安ではあるがのほほんさんにお鍋とレンゲを渡してバトンタッチ。

 

「あっ!本音、ずるいよ!」

「早い者勝ちだよ~♪」

 

ハッと呆けていたシャルロットが正気に戻ると、抜け駆けした(?)のほほんさんを恨めしそうにぷく~と頬を膨らませる。

こらこらよしなさい。

 

「みこちー♪はい、あ~ん♪」

「あ~…ん。もぐもぐ……」

「はう~♪かあいいかあいいかあいいね~♪」

「いいなぁ…」

 

自分の差し出したレンゲにかぶり付くミコトの可愛らしい姿に身悶えるのほほんさんとそれを羨ましそうに横で眺めているシャルロット。しかしあそこまで行くと病気だよな…。

 

「……………羨ましいですわ(ボソッ」

「…(こいつも大概に病気だ)」

 

ん?箒がセシリアを見てなんかドン引きしてるけどどうしたん?

 

「んー……ごちそうさま」

「ん?ああ、お粗末さまでした。どうだ美味しかったか?」

 

いつの間にかお粥を食べ終えてしまっていたらしい。鍋の中はもうスッカラカンで、ミコトの表情も何処か満足そうだった。

 

「ん」

「すごい勢いで食べてたもんねー♪」

「そうか。喜んでもらえた様で作った身としては嬉しい限りだ」

「一夏が、作ったの…?」

 

上目遣いでそう訊ねてくるミコトに俺はどう答えればいいか迷った。あのまま俺がセシリアを止めなければまず食べられる物は完成しなかっただろう。けれど、セシリアが行動しなければ、俺がお粥を作ろうという考えに到る事はなかった…。

ちらりとセシリアを見る。

 

「ぁぅ……」

 

……ま、間違っては無いか。

 

俺と目が合いしょぼんとするセシリアに俺は苦笑すると、ミコトへ視線を戻しこう告げた。

 

「俺も少し手伝ったけど、このお粥を作ったのはセシリアだよ」

「………へ?」

 

まさかの予想外の言葉に、呼ばれた本人はきょとんとして間抜けな声を出す。

 

「む?料理を作ったのはいち―――むぐっ」

「「空気読め」」

 

ラウラがそう言い掛けようとすると箒と鈴がラウラの口を塞いで阻止する。いや、本当に空気読んでよ…。

 

「………おー、セシリア。やっぱりすごい」

「えっと……その……ま、まあ!わたくしにかかればこんな物ですわ!」

 

ミコトの純粋無垢な瞳で見つめられ、セシリアは最初は戸惑ってはいたものの、真実を明かせる空気ではないと悟りエヘンと胸を張っていつものエレガントなポーズをとって、自慢げにそう語った。

 

「「「「(どの口が言うか…)」」」」

 

やっぱり反省して無いんじゃないのか?いや、そもそも自分のミスすら気付いてないんじゃ…。

 

「ん。またサンドイッチ食べたい」

「うふふ♪学園に戻ったら作ってあげますわ♪」

「…ん♪」

 

「「「「(おいばかやめろ)」」」」

 

なんて事言ってくれるんだこのちびっ子は。巻き込まれるのこっちの身にもなってくれ。絶対、『沢山つくりましたから皆さんもお食べになって♪』とかいって俺達も食べさせられる事になるのだから。

 

「そ、そうだ。学園に戻るっていたらさ。この合宿が終わったらもう夏休みだろう?」

 

望み薄でも話題を逸らす事を試みる。どう足掻こうがセシリアクッキングからは逃れられそうにもないが…。

 

「あら、そう言われればそうですわね。すっかり忘れていましたわ」

「………夏休み」

 

夏休みという言葉を聞いた途端。ミコトの表情が暗くなる。

あれ?どうしたんだミコトの奴?普通、夏休みって訊いたら喜ばない学生はいないってのに…。何をそんなに嫌そうにして…。

 

「お、おりむー!」

「ど、どうしたんだよ?そんなに慌てて。俺、何かまずい事でも言ったか?」

 

何やら慌てた様子でのほほんさんが俺の服を引っぱって来る。

俺は何か訊いてはいけない事を訊いてしまったのだろうか?ごく平凡で一般的な夏休みを目前にした学生の会話だったと思うのだが…。

そう疑問に思っていた俺だが。その答えはミコト本人から教えられた―――。

 

「家……帰っちゃ、駄目」

「え?」

「…………ぁ」

 

ミコトの言葉が、俺は最初理解出来なかった。

 

家に帰っちゃ駄目…?どういう事だ?

 

俺はミコトからクリスと言う保護者と思われる人物の話を何度か訊かされている。その内容はとても微笑ましい物だったし、その話をするミコトの表情も普段のミコトと比べてとても柔らかかった。

だからか、そんなクリスと言う人物が家に帰ってくるななんて酷い言葉を言うとは、とても俺には想像できなかったのだ。

 

「迎え…来るまで、帰っちゃ駄目。約束、した」

 

迎えに……そういえば、そんな事何時か言ってたな…。

 

「長い休み。皆、家に帰る。寮…誰も居ない。寂しい…嫌い」

「みこちー…」

 

「「「「「………」」」」」

 

…そうか。ミコトは去年の冬からIS学園に居るんだよな。だから、誰も居ない寮を経験してるのか。そんな寂しい思いをして、夏休みが楽しみなんて言える訳無いよな…。

自分の浅はかな発言に俺は漸く気付き後悔する。本当に、なんて馬鹿な事を言ったんだ俺は…。

 

「……寂しくないよ」

 

沈んだ空気を漂わせていたこの部屋にシャルロットの明るい声が響く。すると、皆の視線がシャルロットに向いた。

 

「寂しくないよ。だって、僕達が居るじゃない」

 

シャルロットはそう言って微笑む。

……そうだ。苦し紛れかもしれない。誤魔化しかもしれない。でも、俺達が居る。だから、ミコトは一人じゃない。一人ぼっちになんかさせやしない。

 

「…だな!俺達が居るし寂しい想いなんてさせねぇよ!」

「アタシも実家に帰っても一人だしね。ま、此処に居た方が退屈しないし?」

「やれやれですわ。これは急いで溜まった仕事を片づけなくては…。わたくしにかかれば雑作も無い事ですけどね♪」

「神社の手伝いもあるんで毎日ではないが、私もなるべく顔を出す様にしよう」

「私はミコトの護衛だ。傍に居るに決まっているだろう?」

「あ~う~!私は家に帰らないといけないよー!で、でも!遊びに行くからねー!?」

「みんな………」

 

ミコトは目を見開いて俺達を見る。そして―――。

 

「……ありがとう」

 

瞳を涙で滲ませながらも、笑顔で俺達に感謝の言葉を述べた…。

 

 

 

 

ミコトとの会話を終え就寝時間も近づき皆それぞれの自室に戻った。

そして現在、俺と箒は部屋の位置的に途中までは道が一緒なので、こうして一緒に会話をしながら廊下を歩いていた。

 

「今日は色々あったな……」

「……ああ、私が今まで生きていた中で最悪の一日だった。もう二度と御免だ、こういう事は…」

 

箒に同意だ。もうこんなのはこれっきりにしたい。

まあ、そんな一日ももう終わりだ。今日もう泥の様に寝よう。そうしてよう。でも、何かが引っ掛かってる。何か大事なことを忘れている様な…。

 

う~ん……なんだったか。

 

そう考え込んでいると、箒と別れる場所まで来てしまった。

 

「ではな、一夏」

「ああ、おやすみ。箒」

 

結局、このもやもやは何だったのだろう?気になったが思いだせないって事はそれ程度の事って事なのか?―――よし、部屋に戻ろう。そう思い一歩足を踏み出そうとしたがふとある事を思い出しピタリと足を止めた。

 

………あ、あああああああああああっ!?思い出したっ!?

 

「ほ、箒!渡したい物があるんだけど時間あるか!?」

 

大事なことを思い出し慌てて振り返って立ち去ろうとしていた箒の背中に声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 篠ノ之箒

 

 

「ほ、箒!渡したい物があるんだけど時間あるか!?」

 

一夏に別れを告げて割り当てられた部屋に戻ろうとすると、急に一夏にこれから時間があるかと尋ねられてしまいドキンと心臓は大きく鳴ってカァ~と顔を赤く染める。

 

「なっ、何だいきなり!?」

 

これから時間って!?

も、もう風呂には入ったし食事もした。これからする事と言ったら就寝することぐらいだ。も、ももももももしかしてっ!?つまり!?そ、そう言う事なのか!?

 

「ちょっと部屋行って取って来るから外で待ってて貰えるか?それじゃあ!」

「あっ!待て!一夏!?――――行ってしまった……」

 

呼び止めようにも既に一夏の姿は無い。

 

まったく、急に何を言い出すんだ……しかし―――。

 

「外、か……」

 

見せる機会も無かったし、丁度良いのかもしれんな…。

そう心の中で呟くと、私もある物を取りに行く為に部屋に戻るのだった…。

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

ざあ…ざぁん……。

 

さざ波の音に耳を傾けながら、俺は岩場に腰を下ろして月の光を反射して輝く海を眺めていた。

とても静かだ。数時間前まではこの海の上であの激闘があったなんて嘘みたいに今は穏やかに波の音が響いていた。

 

「箒のやつ遅いなぁ……」

 

何時まで待ってもやって来ない箒に、俺は待ちくたびれて部屋から取って来た小さな箱で手の上で弄びながら溜息を吐く。部屋に戻った俺と違って、箒はあれから此処に直行している筈なのに何故俺が待ちぼうけを喰らっているのだろう?わからん…。

まさか無視されたんじゃあるまいなと、そんな事を思い始めたその時だ。

 

「い、一夏…?」

 

突然名前を呼ばれて、俺は振り向く。

振り向いた先に立って居たのは、何故か水着姿の箒だった。

 

「箒……?お前、何で水着に――――」

「う、うるさいっ!私の勝手だ!……そ、それよりあまり見るな!は、恥ずかしい……」」

「お、おう…」

 

慌てて身体の向きを元に戻す。

 

……そう言えば、箒の奴。昼間海に居なかったんだよな。

 

だから箒の水着姿は昼間に見る事は出来なかった。

数秒ではあったがハッキリと見えた箒の水着姿は鮮烈で、脳裏に焼き付いている。

白い水着―――それも、箒にしては珍しいというか、絶対に着なさそうなビキニタイプ。縁の方に黒いラインが入ったそれは、かなり露出面積が広く――――なんというか、その、セクシー……そう、セクシーだった。

 

い、いかん。これは想定外だ……。

 

ある物を渡して直ぐに終わる筈だったのに、気まずい空気で目を合わせる事もままならない。これでは計画崩れではないか。

 

「………」

「………」

 

……いかん。このままではらちが明かない。何とか会話をしなければ。

 

「その……水着、似合ってるな」

「っ………」

 

びくっと箒が身をすくませたのがわかる。ちらりと顔を盗み見ると。カーッと顔を赤く染めて―――って、いや違うだろ。間違ってはいないかもしれないがそうじゃないだろ?俺は何のためにここに箒を呼び出したんだ?箒の水着姿を褒めるためじゃないだろ?……まぁ、可愛いけどさ。

 

「………」

「………」

 

またも沈黙がこの場を支配する。

我ながら何とも情けない。この場を千冬姉が見ていたら軟弱者とか言われて絶対に叱られていただろうな。

 

「そ、それより!渡したい物とは何だ?」

 

何時まで経っても本題に移らない俺に痺れを切らしたのか、話を切りだして来たのは箒の方だった。

 

「……え?」

「え?ではない!わ、私に用があったから呼び出したのだろう!?」

「あ、ああ!そうだったな!うん!」

「………なんなのだ。まったく…」

 

何故か不貞腐れた声を漏らす箒に俺は訳が分からなかったが、理由を尋ねれば噛みつかれそうだったのであえてそれには触れなかった。そもそもこれ以上話を脱線させたくはないしな。

 

「箒、これ―――」

 

先程からずっと手に持っていた小さな箱を箒に手渡す。

 

「……な、なんだこれは?」

 

箒は恐る恐る俺から箱を受け取ると、戸惑いながらも興味深そうに箱をくるくると回して隅々まで調べていく。

箱は可愛らしい包装が施されていた。それもその筈、何故ならそれは女の子に送るプレゼント用の包装なのだから。

 

「誕生日おめでとう。それ、誕生日プレゼントな」

「あっ……」

 

7月7日。今日が箒の誕生日だ。

と言ってももうすぐ日付が変わるけどな。しかも、プレゼントとか言ってくせして何を買ったらいいか分からなくてシャルロットに買い物を付き合って貰う始末だ。

 

「あ、開けて良いか…?」

「勿論だ」

 

俺の承諾を得て箒は包装を丁寧に慎重に解いていく。そして、包装を取り小さな箱を開けると―――。

 

「……リボン?」

「ああ、どうだ?俺センス無いからさ。いらなかったら捨ててくれたって良いぞ?」

「馬鹿者。そんな事するか………大切にする」

 

そう言って、箒はリボンを両手で割れ物を取り扱う様に優しく包むと胸に当てて愛おしむようにぎゅっと抱きしめた…。

 

「最悪な誕生日だと思ったが……」

「……ん?」

「最後の方はまあまあだったよ…」

「ははは、なんだよそれ…」

 

満月の夜。二人の笑い声が空に響く。

こうして、長かった一日がようやく終わったのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑千冬

 

 

満月が輝く夜。

私は鼻歌を奏でながら岬の柵に腰を掛けた状態でぶらぶらと足を揺らす馬鹿を見つけた。

 

「…随分と好き勝手にやってくれたものだな。束」

「やあ、ちーちゃん」

 

束はこちらを振り向こうとはしない。背中を私に向けたままさっきまでと同じように足をぶらんぶらんと揺らし続ける。

普通ならそれはかなり失礼極まりない態度ではあるが、そんなものは今更であり、あの馬鹿に期待する方が無駄だと理解しているつもりだ。だから、そんなことでは不快に思いはしない。ある程度無茶な事も許そう。―――だが、今回の事だけは別だ。

 

「今はお前の話に付き合っている気分じゃない。私の質問だけを答えろ。イカロス・フテロのリミッターの解除。ISの暴走。通信の妨害。その内どれに加担した。少なくとも一つ目は確実だな」

「………なんのことかな?」

「二つ目もお前の可能性が高い。妹の晴れ舞台でデビューするには持って来いのシナリオだからな。三つ目もそうだ。あのタイミングで通信障害などあまりにも不自然すぎる」

「ひっどいなぁ~。ちーちゃんは私を疑ってるの?」

 

疑っているかだと?疑っていない様に見えるのか?貴様は……。

 

「お前は他者の気持ちを考えず決めつけの善意を押し付ける。10年前もそうだ」

「結果的に人的被害はゼロ。ISも世界に広まって大儲け♪何も問題はないでしょー?」

 

結果的には…だ。だが、そこに他者の気持ちは一切考慮されてはいない。自分が良ければお前はそれで良いのだろうが…。

 

「お前は…っ」

「それに、私は何も間違った事はしていないよ?ちーちゃんも分かってるんじゃない?」

「………」

 

私は口を閉ざす。やり方はどうであれ束の選択は正しいのだろう。それは否定はしない。――――だがっ!

 

「ふんっ!」

「――――……何をするのかな?」

 

束の顔面に目掛けて拳を振り下ろす―――だが、その拳は束に触れる直前で見えない壁によって停止していた…。

 

「友達に向かって殺意をぶつけるのは感心しないかな?」

「………」

 

常人なら確実に骨が砕けている筈の拳、それも殺意まで乗せた拳を受け止めて尚も束はにこにこと笑顔をこちらに向けてくる。

 

「ん~……今日はお話できる雰囲気じゃないね。また今度お話ししようよちーちゃん」

「待てッ!まだ話は―――」

 

そう制止しようとしたが、それよりも早く束は崖から飛び降り私の伸ばした腕は空を切った。

 

「……っ!」

「これだけは教えてあげるねちーちゃん!二つ目のISの暴走――――あれ、私じゃないから~!」

 

小さくなっていく束の声。私は束の落ちていった場所を覗きこむとそこにはもう束の姿は無かった…。

 

「………くそっ」

 

憎たらしげに吐き捨てられた声は満月の夜空に溶け込んで消えていくのだった…。

 

 

 

 

 

 

――――Side ミコト・オリヴィア

 

 

一夏達が帰った後、私は一人部屋でぼーっと窓から見える満月を眺めていた。

 

「………きれい」

 

いつもと同じ風景の筈なのに、何故か分からないけど今日はいつもよりずっと、ず~っと月が綺麗に見えた。

熱のせいかな?頭がぼんやりしてるしそうなのかもしれない。でも、そんなんじゃない気がする。もっと、別の理由がある気がする。

 

『こんばんわ。部屋にお邪魔しても良いかしら?』

 

「? ………どうぞ」

 

訊いた事の無い女の人の声に私は誰だろうと思いながら入室の許可を出す。

すると、開けられた襖から金髪の女の人が部屋に入って来た。

 

「こんばんわ、ミコト・オリヴィアさん」

「………誰?」

 

私はその最初に感じた疑問を女の人にぶつける。

でも、この人何処かで会った気がする。名前も知らない。でも、何処かで―――。

 

「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」

「あ―――」

 

そうだ。あの子だ。あの子を通して私はこの人に会った事がある…。

 

「聞こえてたわ。貴女の声が。必死にあの子に訴えかける声がね。――――ありがとう、小鳥さん。貴女の御蔭であの子はあの子でなくならずに済んだ」

「あの子は、また飛べる?」

「…ええ、きっと」

「ん………良かった」

 

あの子がまた飛べる。それを訊いて私はとても嬉しく思えた。

同じ夢を持つ者として、同じ翼を持つ者として、とてもとても嬉しかった…。

 

「じゃあ、またね。今度は一緒に空を飛べたら良いわね」

「ん。楽しみにしてる」

 

ウインクをしてこの部屋を去っていくナターシャを笑顔で見送る。

 

「………」

 

また一人っきりになる。でもナターシャの話を訊いてから何か胸の辺りがへん。

胸の辺りがスゥってしてる。

 

「…なんでだろう?」

 

―――ありがとう、小鳥さん。貴女の御蔭であの子はあの子でなくならずに済んだ。

 

皆、無事。皆、悲しまないですんだ。

 

「――――そっか」

 

もう一度、月を見上げる。

何故、こうも月が綺麗なのか分かった気がした―――。

 

 

 


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