IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第31話「翼は折れる、されど、希望は折れず」

 

 

重傷を負った織斑を背負い篠ノ之は帰還すると、待機していた医療班が即時に織斑を旅館の一室を借りて用意した即席の治療室へと運び、治療の処置が施された。全身の所々に酷いやけどを負い危険な状態ではあったがISの絶対防御が働いたことも幸いし、早い処置のおかげで最悪の結果は免れる事が出来た。しかし、やはり怪我は酷く現在も織斑は治療室で意識を失っている状態で目覚める様子も見られず。そして、まだ我々には大きな問題が残されていた。

 

「織斑先生!直ちにミコトさんの救援を!わたくし達に出撃許可を下さい!」

 

オルコットを先頭に代表候補生の面々がオリヴィアの救援の要請を申し出てきた。

そうだ。織斑・篠ノ之の二名は帰還したがオリヴィアは依然『銀の福音』と交戦中なのだ。状況は何も変わってはいない。ただ人が入れ換わっただけなのだ。それも、事態は更に悪い方向へ傾きつつある。

 

「準備は万全なのか?」

「高機動パッケージの量子変換は既に完了しています。他の代表候補生も準備は済ませていつでも出撃できる状態ですわ」

「私の紅椿もエネルギーの補給は完了してあります!」

「………速いな」

 

織斑が重傷を負い担ぎ込まれたというのにやけに静かだと思えばそういうことか…。言われてみれば織斑の容態を確認したらすぐに部屋に戻っていたな。怪我を負った織斑を運んで来た篠ノ之でさえエネルギーの回復に専念していた。これには私も驚いた。皆、織斑には好意を寄せているのは知っている。準備などほっぽりだして治療室の前で途方に暮れていると思ったのだがな。

 

「ミコトと約束しました。それに、一夏もこうして欲しいと願うでしょうから…」

「…そうか」

 

心配していない筈が無い。本当なら織斑の傍に居たいに決まっている。だが、そんな事をすれば一刻も争う友の命が危ない。そんなのは織斑も望んではいないし逆の立場なら織斑もそうしていただろう。だから今自分のすべき事を、友を救う為に…。

 

「作戦は?」

 

オリヴィアを回収して離脱するというのはまず不可能。銀の福音に追撃されるのがオチだ。そもそもアレを相手に逃げ切れるとも思えん。なら、考えられる唯一の作戦は―――。

 

「我々の専用機5機を銀の福音にぶつけ、その隙にミコトを離脱させます。相手も消耗している筈です。第三世代型IS5機で挑んで負けることはないかと…」

 

ボーデヴィッヒの提示した作戦に私はふむ、と顎に手を当てて思考する。

数で攻めるか。単純ではあるが今とれる最善の策と言えなくもない。ただ、不安要素は多々ある。本来の作戦の要であった織斑と言う決定打が今回は欠けていることだ。白式がもつ≪零落白夜≫抜きでアレを倒す事ができるのだろうか…。

だからと言って、織斑は今だ目覚めていない。しかし目覚めたからと言って戦闘に参加できる状態ではない。このメンバーだけでやるしかないのだ。

 

「銀の福音に組み込まれているのは恐らく『Berserker system』。貴様のシュヴァルツェア・レーゲンが暴走した時と同じものだろう」

「はい。私も同じ物だと推測しています」

「そうか。ではもう一度聞こう。本当にそれで勝てるつもりなのか?」

 

ISの通常兵器は通じず白式の≪零落白夜≫でやっと撃墜出来たあの暴走体を、織斑抜きの専用機5機だけで倒せるのか。私はそう問うた。

 

「…厳しいでしょう」

「それを分かったうえでその作戦を提示したのか。無謀でしかない」

「それ以外に何が方法が?こうしている間にもミコトの命は刻一刻と―――!」

「ボーデヴィッヒ。黙れ」

「っ!……失言でした」

 

そう睨むとボーデヴィッヒはハッとして俯き詫びを述べた。冷静の様でこいつも焦っているのか…。

まぁ、別に構いはしないがな。織斑も布仏もこの場にはいない。この場に居る連中も薄々感づいているだろう。だが、何処に耳があるか分からん。特にボーデヴィッヒの場合は委員会からも公言は禁じられている為。もし、誰かに話した場合。委員会から厳罰が下される事になる。前回は洗脳状態だっため弁護しようがあったが自らの意思となるともう私では庇いきれん。

 

「…ですが、ですが!友達を救出するにはこれしか方法が無いのは事実です!教官!出撃許可を!」

「監督官としてこんな無謀な作戦を承諾できないのは承知のうえですわ…。けれど!わたくし達はミコトさんを!友達を助けたいのです!友達の危機を救おうとしないで何が友達ですのっ!?」

「無謀がなに?友達を助けるためならどんな危険な作戦だってやってやるわよ!それなら文句ないでしょ!?」

「僕達なら出来ます!例え一夏が居なくても!一夏の分まで僕達が頑張りますから!友達を救出する許可を下さい!」

「約束したのです!必ず助けに戻ると…皆で助けに戻ると!お願いです!先生!ミコトを…ありのまま私を受け入れて、私を友達だと言ってくれたミコトを助け出させて下さい!」

 

生徒達が必死に詰め寄り、その訴えに必ず在る『友達』という言葉。どれもその言葉からは嘘偽りもなく心の底からそう思っているのが伝わってくる。自分の身が危険に晒され。最悪、死んでしまうかもしれないと言うのに、彼女等はそれに臆することなく自ら進んでそれを望んだ。

 

「…………フッ」

 

気付けば私は笑みを溢していた。それは呆れからか、それとも嬉しさからか。さて、どちらなのだろうな?まあ、良い。上等だ馬鹿者ども。どのみちこの方法しか残されていないのだからな。お前達がそれをお望みなら望み通りにしてやる。使い倒してやるから覚悟しろよ?

私は端が吊り上がった口を開き、彼女等に命令を下した―――。

 

 

 

 

 

 

 

第31話「翼は折れる、されど、希望は折れず」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ミコト・オリヴィア

 

 

機体の負担。身体の負担。タイムリミットは刻一刻と近づいていく…。

あの子と戦闘が始まってもう少しで1時間が経過する。あのレーザーの雨に無理な機動を繰り返したため、エネルギーも、私自身も限界が近い。動悸が激しくて心臓がバクバク鳴ってる。呼吸も絶え絶えで酸素が不足してクラクラ。先程から機動も低下してるような気がする。

 

「はぁ…はぁ…っ!まだいける…まだ飛べるっ!」

 

私はまだ…あきらめない!

 

いつだってそうだった。最後まであきらめなければ私は飛べた。あの青く何処までも続く空へ…。だから、今度だって私は大丈夫。飛べる。何処までも飛んでいける!だから―――!

 

「貴女もそう!あきらめなければ飛べる!その翼で!」

 

『――――――!!!!』

 

そう懸命に訴えてもあの子はその猛進を止める事はない。あの子だって無茶な機動で自分を傷つけてるのに、それでも止まらない。意思を捻じ曲げられて、夢を穢されて、翼を弄ばれて…。

 

「それでいいの?貴女はそれでいいの?もう二度と飛べなくなるかもしれないんだよ?」

 

ソレにコアを完全に侵されてしまえば、もう貴女は貴女でなくなってしまう。ただ壊す為だけの存在になってしまう。

そうさせないためには、浸食を―――ISの機能を一時停止させるしかない。その方法はラウラの時と同じ。でも、私にはその手段が無い。でも、大丈夫。

 

―――すぐに、すぐに戻る!皆を連れて!お前を助ける為に!だから!…死ぬなッ!

 

あの時の約束が、頭の中で再生される。

 

…だいじょうぶ。箒が、皆が来てくれるから。だからだいじょうぶ。

 

襲い来るあの子の猛進をくるりと避け、レーザーをZ字を描きながら避け、只管に避け、時間を稼ぐ。今にも身体がバラバラになりそうな程痛むけど、視界がもう全然定まらないけど…。

でも、大丈夫。約束したから。きっと、皆が――――。

 

ピキッ!

 

「ぎ………あっ―――!?」

 

希望を思い浮かべたその時だった。まるで…まるで硝子に罅が入った様な、そんなイメージが脳裏に浮かぶと共に全身に気を失ってしまいそうになる程の激痛が襲ったのは…。

あまりの痛みに悲鳴すら上げられない。声を出すだけでさえ痛みが全身に奔るんだから…。

 

「―――っ!?―――――っ!」

 

何が起きたのかさっぱり分からず私は全身に奔る痛みにもがき苦しむ。

傍から見ればそれは、まるで水中で溺れている姿そのもの。ただ苦しくて、助けを求めるかのように私は空に手を伸ばしていた…。まともに飛べず、ばさばさと見っともなく翼をバタつかせて…。

 

「ぉち―――た―――な―――ぃっ!」

 

堕ちたくない。あきらめたくない。もう少ししたら皆が来てくれるんだから…。

 

『■■■―――!!!』

 

動きを止めた恰好の的になった私をあの子は容赦無く襲い掛かってくる。急降下による襲撃。本来なら物理的な攻撃ならその攻撃によって発生する風圧に乗って避ける事は可能。でも、今の状態じゃ不可能。

もし、超高速でのあれが直撃すればイカロス・フテロの装甲ではとても耐えられない。直撃すればその末路は―――死。

 

「~~~~っ!?」

 

気を失いそうになりながらもその痛みに歯を食い縛って耐えて、翼のスラスターを最大に吹かせて上昇。ギリギリのところであの子の突進を避ける事が出来た。それでも、快調ではないその身体の所為で、あの子が生み出した暴風に乗りきれずぐるんぐるんと風に呑まれ、急加速とあの子の突進がかすめただけで装甲がボロボロと崩れ落ちていく。

…もう、装甲は翼を除いて殆ど残されていなかった。しかし、その唯一まともに形状が残っている翼でさえ本来あったなんとか飛べるというレベルの設計におそらく唯付け足しただけの増築により、予測速度を大きく上回る加速にフレームが剥がれ始めていた…。

 

それでも…それでも!

 

どんなに絶望的な状況でも、私は――――。

 

「……やくそく…した。死なないって……箒と…約束……した。約束をやぶる…駄目。友達の……約束をやぶる………もっと、駄目!」

 

暴風にもみくちゃにされていた状態から脱し体勢を立て直すと、身体が声を出すのを拒絶するのに構わず、乱れる呼吸で声が絶え絶えになっても必死でそう叫ぶ。

 

『■■■■■!!!』

「――くぅ!」

 

放たれたレーザーを身体の負担を減らす為に最小限の動作で身を捻ってそれを避けようと試みる。しかし、身体に奔る痛みに反応が遅れ、閃光は翼の一部を容赦なく抉った。

 

「――――――――っ!?」

 

翼を抉られ、ハイパーセンサーから神経情報として痛みが伝えられる。痛い、痛いけど、この痛みが攻撃を受けた痛みか今も身体を蝕んでいる痛みなのかわからなくなっていた…。

操作を失い私とイカロス・フテロは海面に向かって真っ逆さまに堕ちていく。あの子も追撃の手を止めず堕ちる私目掛けて急降下を開始した。私は逃れようと傷ついた翼をバタつかせる。けれど、明らかに反応が低下していた。本来の性能の30%も機能していない。……でも、私はあきらめなかった。酷い損傷ではあるけど翼はまだ生きている。まだ飛べる。

 

「―――ッ!…ィ、イカロス……フテローーーっ!」

 

――――装甲、展開。

 

私の求めに応えて翼が変形。エネルギーの流れが変わり翼へと集束し強い翼が強い光を発し出した。身体を駆け巡る始めての感覚に戸惑いを感じたが今は生きることだけを考えて声を張り上げて力の限り叫んだ。

 

「と…べ……飛べええええええええぇっ!!」

 

 

 

 

 

「……むふふん♪なるほどなるほど♪用途多様な展開装甲を飛ぶ為だけに使うか~♪チビちーちゃんらしいね~♪」

 

そう女は笑う。新たに目覚めた翼を見て。けらけらと、愉快そうに…。

 

 

 

 

 

キュィィイイイイイン…ッ!

 

耳を突く機械の稼働音が響く。そして、次の瞬間――――。

 

カッ―――――!

 

「ぎっ!?――――あぁっ!?」

 

周りの音がかき消されたと思うと、骨が軋み、内臓が押しつぶされそうになるほどのとてつもない衝撃とGが圧し掛かり、あまりの激痛に視界が点滅し意識が失いそうになるけど更に痛みが襲い意識を引き戻される。

そして、曖昧な意識の中。妙な違和感を覚えて辺りを見回すと、漸くその異変に気付いた。

 

「―――……………?」

 

一瞬、一瞬だった。一瞬のうちに先程の景色が一変していたのだ。

自分の遥か真下にある純白の大地。そして、頭上に広がるいつもより広く感じる空…。明らかにさっきまで自分が飛んでいた場所とは異なる場所だ。

 

「………」

 

はっきりとしない靄のかかった意識の中、私はハイパーセンサーが表示する現在の高度の目を止める…。

 

―――高度10km。

 

「………そっか」

 

あの白い大地は…雲…。

 

「………どんだけー…」

 

ISは本来宇宙空間での活動を想定して作られた物。でも、引力圏を脱出する速度をISが出すなんて…。

常識外れ、まるで夢でも見てる様…。

 

 

「――――…でも」

 

ピシッ…!

 

そろそろ、夢からさめる時間…。

 

「これじゃ、もう……飛べない……」

 

まるで、浜辺で作った砂の城みたいにボロボロと崩れていくイカロス・フテロのパーツ達…。

常識を外れたあの加速力。限界を超えた所の話じゃない。身体がバラバラになってもおかしくないレベル。そうならなかったのはこの子がいっぱい頑張ってくれたおかげ…。

 

―――シールドエネルギー残量0%。

 

赤く表示されるその文字に目を細め、私はこの子へ向けて細々とかすれた声でこう呟いた。『ありがとう』と…。

 

「………」

 

ISで飛ぶ時とは違う浮遊感に身を任せ、崩れ落ちるパーツと共に飛ぶ力を失った私とイカロス・フテロも重力の法則に従い地上へと落下していく。そんな最中、私は薄れていく意識の中で純白の雲の中から米粒サイズの影がこちらへとやって来ているのが見えた。あの子だ。私を追ってきたんだ…。

 

…いま、攻撃されたら避けられないなぁ……。

 

翼はボロボロ。骨組みが剥き出しになりスラスターは焼き切れ稼働する状態ではなかった。

 

でも、だいじょうぶ…。

 

目を閉じて安らかに微笑む。目の前には死が迫っていると言うのに、そこには一片の恐怖も存在しない。何故なら――。

 

 

――――約束は果されたのだから…。

 

 

『――――!?』

 

追ってきたあの子が落下して来る私を射程圏内に捉え、射撃体勢に入ろうとしたその次の瞬間。何処からか超音速で飛来してきた実弾と光弾の弾幕が射撃体勢で無防備な状態のあの子に直撃、大爆発が起きた。

爆発で発生した激しい閃光に目を細める、すると、光を遮る様に5つの影が私の前に現れ、その影の一つ、金髪を伸ばした女性が落下する私をそっと優しく抱き止めてくれる。そして、私の大好きな人達の声が空に響いた…―――。

 

「嗚呼…嗚呼っ!良く…本当に良く頑張りましたわね。ミコトさん」

 

暖かな胸で私を包み込み、そう耳もとで優しくセシリアが囁く。頬を撫でる手が少し擽ったい。

 

「騎兵隊の登場ってね!後のことはアタシ達に任せなさい!」

 

鈴の元気いっぱいの声。でもいつもと違ってその声には優しさが籠ってた。

 

「ミコト。頑張ったね、えらいよ。今度は僕達が頑張る番」

 

シャルロットの声がすると、私の頭を優しく撫でてくれた。身体の痛みが和らいだ気がした。

 

「こんな無茶をして、馬鹿者が。…よく頑張ったな」

 

ラウラの声。氷の様に冷たくて、でもその中に暖かさを感じる声…。

 

「ミコト…」

「…箒」

 

悔いに満ちたそ表情で箒が私の顔を覗きこむと私のボロボロを姿を見て瞳に涙を滲ませた。

 

「私の…私の所為で…すまない…すまないっ」

 

俯き、震える声でそう詫び続ける箒。けれど、私はそんな箒にふるふると首を振ると小指を立てて右手をゆっくりと持ち上げた。

 

「約束…」

「………え?」

 

私の声に箒は俯いていた顔を上げる。

 

「約束…守ってくれた」

 

ゆびきり、してないけど。でも、約束した。箒、皆、来てくれた。

 

「皆、此処に居る。私、元気…ん。約束、守れた…」

「っ!…ミコト!」

 

私の言葉を聞いて今にも泣き出しそうになる箒。そんな箒に私は持ち上げていた右手を箒の頭に置いていい子いい子ってなでなでしてあげると、スッと瞼を閉じる。

 

「少し…休む、ね…?」

 

いっぱい頑張ったから疲れちゃった…。

 

張り詰めていた緊張が解けた所為か、限界をとうの昔に達していた私の身体は強制的に休息をとろうと意識が薄れ始め。ゆっくり、ゆっくりと意識が暗い沼の底へと沈んでいく…。

 

「…ああ、任された。お前はゆっくり休め」

「ん…。あの子のこと…おねがい…」

 

あの子もただ利用されただけの可哀そうな子だから…。

 

箒の声を聞き届け、あの子の事を箒達に託し眠りに落ちた。私を包む優しい温もりを感じながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side セシリア・オルコット

 

 

「…眠ってしまわれたみたいですわね」

 

腕の中でミコトさんは安らかに寝息を立てていた。満足そうに、何かをやり遂げた様なそんな表情を浮かべて。

…けれど、身体の方は弱り果て脈は弱く、ISの方といったら見るも無残なものだった。あの美しいフォルムも全て剥がれ落ち、イカロス・フテロの一番の特徴である翼でさえ本来の原形を留めてはいなかった。

 

「……っ!」

 

自分の不甲斐無さに、そして、わたくしの大切な友達をこんな目に遭わせたあの銀色に憎しみで胸が一杯になる。

どうして、どうして戦いを好まないこの子がこんな目に遭わなければ…傷つかなければいけないのでしょう。どうして自分はこの事態を未然に防げなかったのか。今となってはもう手遅れなソレを唯々延々と胸の中で責め続けていた…。

 

「こんなにボロボロになって…っ!」

 

只でさえ彼女は身体が弱いと言うのにこんな無理を重ねて…。分かってます。彼女にとって友達と言うのはそれだけ大切な物だってことくらい。彼女と共に過ごしてきたわたくし達には理解しているつもりでした。でも、自分の命を蔑ろにしてまで…っ!

 

少しでいい、少しだけでいいですから。自分の事を大切にしてくださいな…。

 

貴女がわたくし達を大切に想っている様に、わたくし達だって貴女を大切に想っているのですよ?だと言うのに、そんなボロボロになって…。

 

「…オルコット。悔やむ気持ちはわかるが」

「分かっていますわ。シャルロットさん、ミコトさんを頼みますわよ」

 

もしもミコトさんが単独で離脱が不可能だった場合。自分用にカスタマイズをしているといってもスペック上、どうしても最新型である第三世代型に劣ってしまう第二世代型を使用するシャルロットさんがミコトさんを運ぶようにとあらかじめ打ち合わせをしてあった。リヴァイヴ専用の高い防御力を誇る防御パッケージなら、もし離脱中に攻撃をされたとしても安全だと判断してのこと。貴重な戦力が減るのは大きな痛手ですが、人命が最優先。ましてやそれがミコトさんの命なら尚の事ですわ。

 

「うん。ミコトは僕がどんなことがあっても送り届けるよ」

「ふふ、頼もしいですわね。お願いしますわ」

 

シャルロットさんの実力は確かな物だ。第二世代型でありながら、わたくし達第三世代型組に後れをとるどころか優位に立つ技量を彼女は持っている。シャルロットさんに任せればミコトさんは安全でしょう。わたくしは心置きなくミコトさんをシャルロットさんに託しました。

 

「私が運べればすぐなのだが…それは出来んか」

「そうね。こんな弱りきった身体じゃあんな速度は負担が掛かるどころかトドメを刺す様なもんだし。それに、アンタは攻撃の要なんだから」

 

一度ミコトさんを残して離脱した身であるためか、箒さんは自分がミコトさんを護送したかったご様子。ですが、鈴さんの言う通り一夏さんが居ない今、その次に火力を持つ箒さんの紅椿だけが頼り。お気持ちは分かりますが作戦メンバーから外すわけにはまいりませんわ。

 

「…ああ、分かってる。私は私の成すべき事があるからな」

 

そう言って箒さんは二刀の刀を構えて空を睨む。その視線の先にあるのはもくもくと黒い煙を立ち昇らせる空間。そして、その中からは…。

 

『―――……■■…ッ』

 

煙の奥からは獣の呻き声が…。

やはり撃墜とまではいきませんでしたか。普通ならあの銃弾の雨を直撃してなお活動が可能とする程の装甲を持つISなんて世界に一桁弱程しか存在しないのですが…。その数機ですら機動性を犠牲にしてその装甲だと言うのにあの機体はあの機動性を維持してあの固さは異常としか言いようがありませんわね。これも暴走によるものなのでしょうか?ボーデヴィッヒさんの時もシャルロットさんの銃火器は一切通じなかったそうですし。考えれば考える程恐ろしいシステムですわね…。

 

「っ!お行きなさいなシャルロットさん!此処はわたくし達が!」

「分かった!…気をつけてね」

 

『ッ!■■■――!』

 

これだけのISを前にしても銀の福音の関心はミコトさんから逸れる事はなく、ミコトさんを抱えて離脱するシャルロットさんを追おうとしますが、そうしようとした途端にボーデヴィッヒさんの放った砲弾が銀の福音に直撃して爆発を起こしアレの動きを止まる。

 

「何を余所見をしている。貴様の相手は我々だ」

 

両肩に装備された八〇口径レールカノン≪ブリッツ≫を構え、次弾を発射。まだ消えない炎の中に更に爆発が起き炎が踊る。容赦が無いですわね。まあ、わたくしも容赦をするつもりは微塵としてありませんけど。

 

「箒さん!鈴さん!」

「OK!前衛は任せなさい!」

「今度は最後まで付き合ってやろう!行くぞ!」

 

爆発で動きが止まっている内に、前衛は箒さんと鈴さん。後衛はわたくしとボーデヴィッヒさんと言う様な形で、4人の内3人が敵の死角になる様に囲むように陣形をとる。

 

「いくら速くたってねぇ!!」

「動きを制限されては自慢の機動性も活かせまいっ!?」

 

『――――っ!?』

 

前後からの同時攻撃に、銀の福音は動きに戸惑いを見せる。そして、その戸惑いは大きな隙となり二つの刃は歪な銀の装甲を切り裂いた。

右に避ければボーデヴィッヒさんが砲撃を、左に避ければわたくしのレーザーが…。そう、この陣形は言うなれば鳥籠。鳥かごの中では鳥は自由に飛ぶ事は出来ない。いくら驚異的な機動であろうとも鳥籠の中では無意味ですわ。

 

『―――!!!』

 

銀の福音のまるで悲鳴のような咆哮が空に響く。けれど、苦痛を感じたのはあの機体だけではありませんでした。銀の福音を斬りつけた側の筈の箒さんや鈴さんも表情を歪めていたのです。

 

「~~~っ!?かったいわねぇ!何よこの装甲!?」

「話には聞いていたがこれ程だというのか…。なんと出鱈目な…」

 

反撃を受けない様、素早く距離を離した二人は痺れる自分の手を苦痛の表情で見下ろすと口々にそう洩らします。これは、一体…?

そうわたくしが怪訝そうにしていると、箒さんから驚くべき事実を聞かされました。

 

「…皮一枚と言ったところか。斬れたのは表面の装甲のみだ」

「――――なっ!?」

 

信じられないといった面持ちの箒さんの言葉にわたくしも言葉を失う。初撃の際にアレが並みの装甲じゃないと言うのは分かってはいましたが、二人の斬撃の重さもそれ以上の筈。それがほぼ無傷に等しいだなんて…。そんな事が有り得ますの…?

 

「ならばその装甲が焼き付くまで撃ち続けるまでだ!」

 

攻撃の手が止んだ隙にこの檻から逃れようとしていた銀の福音に、ボーデヴィッヒさんは砲撃を放つ。けれど、今度は予測されていたのかひらりと避けられてしまった。でも、その先は―――。

 

「わたくしのテリトリーですわよ!」

 

まんまと射線に入って来た銀の福音を、大型BTレーザーライフル≪スターダスト・シューター≫で撃ち抜く。

強襲用高機動パッケージはビットを機動力に回している分、この2メートルを超えるレーザーライフルで火力を補っています。この一撃はかなりの威力ですわよ。その直撃をくらって平気な筈は―――。

 

『………』

 

「なぁ!?」

 

―――無い、と思ったわたくしの考えは誤りでした。砲身と思われていたその翼が光を放ち本体を覆ってわたくしが放ったレーザーを受け止めたのです。無論、言うまでもなく銀の福音は無傷で空中に佇みこちらを見上げていました…。

 

ゾクッ…。

 

全身装甲で顔もバイザーで覆われて表情は見えない筈なのに、こちらを見られ全身に寒気が奔る…。

 

「化け物…っ」

 

これを化け物と呼ばずして何と呼べばいいのか。気付けば箒さんと鈴さんが斬りつけた筈の装甲も再生しているではないですか。自己修復なんてSF染みた機能聞いたことありませんわよ。

 

「…並みの攻撃ではダメージにもならないか。といっても、ダメージを与えたところで修復されてはな」

「アンタやセシリアの攻撃だって十分な火力でしょうが…」

「とにかく、通常攻撃では駄目だ。弾幕を張りちまちまと攻撃したところで、すぐさま修復されてしまう。……こちらの予想を遥か上を上回る展開だ」

「初見の時とは違って妙に大人しいと感じてはいたが……。まさか、避ける必要が無いと判断したというのか…?」

「いえ、まさかそんな…!」

 

…あれだけの猛攻。ミコトさんとの戦闘で消費している筈だというのに結果的に無傷という現実。誰もがアレの異常性に恐怖を隠せない様子。そして、わたくし達が目の前の恐怖に攻撃の手を止めた時。その歪な翼は大きく広げられ、遂に化け物の反撃が始まる。

 

 

『―――――!!!!』

 

 

銀色の化け物の咆哮。それは、こちらの優勢が崩落する合図でもあった…。

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

 

ざぁ……。ざぁぁん……。

 

ここは……どこだ…?

 

遠くから聞こえる波の音。気が付けば俺は何処かもわからない砂浜にぽつんと一人で立っていた…。

俺ははて、と首を傾げてきょろきょろと辺りを見回す。何で俺はこんな所にいるのだろう?そのヒントを探っては見るがあるのは青い空と何処までも続く海と砂浜だけだ。

 

……とりあえず、歩くか。

 

ここに立ち尽くしてても何の解決にもならなそうだし、俺は砂浜を歩きだす。歩くたびに足の裏に直接感じる砂を踏む感触と熱気、歩いて気付いたが、俺は今は裸足だった。何時脱いだのかはしらないが手には自分の靴と思われる脱いだ靴が握られ、何故か俺はIS学園の制服を着ている。ますます訳が分からなくなる。

此処は何処で、俺は何をしてるんだろう。思い出せない。そう言えば此処に来る前は何してたんだっけ?記憶喪失…?な訳無いか。自分の名前も覚えてるし家族や友達の名前だって覚えてる。

 

「――。―――♪~~♪」

 

ふと、歌声が聞こえた。

とても綺麗で、とても元気な、その歌声。

俺は何だか無性に気になって、その声の方へと足を進める。

さくさくと、砂を踏む音を鳴らしながら。

 

「ラ、ラ~♪ラララ♪」

 

少女は、そこにいた。

波打ち際、わずかにつま先を濡らしながら、その子は踊る様に歌い、謡う様に踊る。そのたびに揺れる白い髪。輝き、眩いほどの白色。それと同じワンピースが、風に撫でられて時折ふわりと膨らんでは舞った。

 

…ミコト?

 

いや、違う。確かにミコトと同じでに白い髪でどことなく似てはいる。でも、あの歌う少女は白よりも更に白くて、どこか儚い雰囲気を纏うミコトとは違い活発な雰囲気をあの少女は感じさせていた…。

 

ふむ……。

 

俺は何故だか声を掛けようとは思わず、近くにあった流木へと腰を下ろす。その木は随分前に打ち上げられたのか、樹皮は剥げ落ち、色も真っ白になっていた。

 

………。

 

白い歪なソファに座って、俺はぼーっと少女を見つめる。

ざあざあと波の音が聞こえる。時折吹く風は心地よくて、何か引っ掛かって気になっていた気持ちもどうでも良くなり、俺はただただぼんやりと目の前の光景を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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