IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第29話「堕ちた天使」

 

いつも、一夏達を見上げていた。

 

自分には力が無い。唯それだけで一夏と並んで立てず、いつも一夏と共に飛ぶセシリア達を羨むだけで、自分の無力さを恨んでいた。ミコトが命を狙われた時だってそうだ。一夏達が友の為に戦っているのにまた自分は何も出来ず見てる事しか出来なかった…。

 

一夏は言っていた。戦う事だけがミコトの為じゃないと…。分かっている。寧ろミコトにはその方が優先すべき事だ。

 

…でも、私は本音の様には出来ない。私は器用な人間ではない。私に誇れるようなモノなんて剣のみだ。だが、それもISという存在が邪魔をする。

 

―――私には、力が無い。

 

力が欲しい。あの場に立つが事が許される力が、一夏の隣に立つための力が、友を守る事が出来る力が欲しい。

 

だから…。

 

―――うんうんうん!言わなくても用件は分かってるよ理解してるよ!箒ちゃんのことなら!

 

他者から見れば最低の行為だ。あれだけ姉とは関係ないとほざいておきながらこういう時にだけその関係を利用する。

 

…けれど、例えどんな手段を使っても、他者から卑怯だと罵られようと、私は――――。

 

 

――――力が欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

第29話「堕ちた天使」

 

 

 

 

 

 

 

「では、現状を説明する」

 

旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風間の間では、俺達専用機持ち全員と教師陣が集められた。

照明の落とされた薄暗い室内の中央に、大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音』が制御化を離れて暴走。監視空域より離脱したと連絡があった」

 

突然の説明に俺は面食らってぽかんとしてしまう。軍用IS、暴走、この二つの単語でとりあえず何が起こったかは理解は出来た。出来たのだが、何故それを俺達に連絡が来るのか理解は出来なかった。どういう反応をすれば良いのか困り、周りに視線をやる。

 

『…………』

 

全員が厳しい表情で千冬姉の話に耳を傾けている。状況について行けてないのは、代表候補生ではない俺と箒だけの様だ。正式な国家代表候補生なのだから、こういった事態に対しての訓練も受けていたのかもしれない。特に、正式に軍人として訓練されているラウラの眼差しはセシリア達以上に真剣なモノで、まるで研ぎ澄まされたナイフの様に鋭かった。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2キロ先の空域を通過する事がわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々が事態に対処する事となった」

 

成程、大変そうなのは分かった。でも、専用機持ちを此処へ集めたのは何故なんだ?俺はそう疑問に思ったが、その疑問に千冬姉が驚愕な言葉で答えてくれた。

 

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当して貰う」

 

つまり暴走した軍用ISを俺達で止めろ―――と…。

 

「ちょ、ちょっと!待ってくれよ!普通逆じゃないのか!?」

 

教師が安全な仕事をして何で生徒である俺達が危険に晒されるんだよ。普通逆だろ!・?

 

がんっ!

 

「まだ説明中だ、馬鹿者。質問がある場合は挙手をしろ」

「はい…」

 

状況が状況なだけに振って来るげんこつもいつも以上に痛い。話について行けない一般人の俺は黙っておこう。その方が身のためだ。

 

「まぁ、織斑の不満も尤もだ。本来ならこういう状況は生徒では無く教師が対処するべきだろう。だが、それにも理由がある」

 

千冬姉が空中に手を翳すと、空中投影のキーボードが現れる。そして、それを操作しようとすると、その寸前でピタリと手を止めて「ああ、そうだ」と思い出したかのように声を洩らしてこちらを見る。

 

「これから見せるデータは、アメリカ・イスラエル二ヵ国の最重要軍事機密だ。けして口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

 

そう警告し、いつも以上に険しい表情で俺達を見てくる千冬姉に、ごくりと唾を飲んで俺は頷く。それを了承と見なされたのか、ディスプレイに見た事の無いISの映像と、その機体のスペックが表示される。

 

「これが、第三世代型軍用IS『銀の福音』。スペックを見て分かる様に、攻撃と機動の両方を特化した機体だ。しかも広域殲滅を目的とした特殊射撃型」

「…成程、学園の訓練機では幾ら先生方でもスペックの差で相手にするのは難しい、と言う事ですわね」

 

セシリアの言葉に千冬姉は頷き、話を続ける。

 

「幸いなことに今年は候補生が多数いる。力量の差は数で埋めろ。後は、作戦次第だ」

 

千冬姉の説明はそれで終わり、セシリアをはじめとした候補生の面々と教師陣は開示されたデータを元に相談を始める。けれど、俺はその輪に入れないでいた。あまりにも場違いすぎる。これが一般人と正式な候補生の差ということか。飛び交う議論が何かの呪文の様にすら聴こえてくる。この場にミコトが居たらどうな感じだったんだろうな、と馬鹿な事を考えたり。ミコトはどうしてるかな、大丈夫かな、とミコトの安否を心配たりなどして皆が話し合いを終わるのをぼーっと待っていた。

 

「特殊射撃型…わたくしと同じオールレンジ攻撃を行えるようですわね」

「しかもスペックじゃ甲龍を上回ってる。厄介ね、向こうの方が有利じゃない」

「この特殊武装が曲者って感じがするね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」

「このデータでは格闘性能が未知数だ。近接戦に持ち込むのは危険か。持っているスキルも分からん。偵察は行えないのですか?」

 

セシリア、鈴、シャルロット、ラウラは真剣に意見を交わしている。緊急事態のため私情なんて挿んでいられないのか、セシリア達の間に普段のピリピリした感じは見られない。箒も話には混ざってはいないが話の内容は理解している模様。俺だけが話について行けずぽつんと正座して待っている状態だ。………情けない。

 

「無理だな。この機体は現在も超音速を続けている。最高速度は時速2450kmを超えるとある。アプローチは一回が限界だろう」

「一回限りのチャンス……ということはつまり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 

山田先生の言葉に皆の視線が一斉に俺に集まる。

 

「え……?」

 

置いてけぼりをくらっていたのにいきなり話の中心が俺になっていてビックリだ。どうしてこうなった。

 

「え?俺?」

「あんたしかいないでしょ、そんな高火力の武装持ってるの」

 

高火力…『零落白夜』の事を言ってるのか。

 

「それしかありませんわね。ただ、問題は―――」

「どうやって一夏を運ぶか、だね。エネルギーを全部使わないと難しそうだから移動にエネルギーは割けられないよね」

「しかも、目標に追い付ける速度が出せるISでなければならない。超高感度ハイパーセンサーも必要か…」

 

話の中心である筈の俺はまた置いてけぼり。いやいやいや!?

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!お、俺が行くのか!?」

 

「「「「当然」」」」

 

4人の声が綺麗に重なる。

 

「織斑、貴様は正式な候補生ではない。拒否権もあるし無理強いもしない。何よりこれは実戦だ。命の危険もある。覚悟が無いのなら辞退してかまわん」

 

千冬姉なりの気遣いなのか、作戦に参加しなくても良いと言われるが、それを聞いた途端、俺は及び腰になっていた自分の尻を蹴り飛ばした。皆が戦うのに俺だけ逃げだすなんて情けない真似できるか!それに、誓ったんだ。皆を守るって、なのにビビってなんていられるか!

 

「…やります。やらせてください!」

「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?…ああ、言っておくがオリヴィアのイカロス・フテロは除外する」

 

無論だ。あの状態のミコトを実戦に出すだなんて、仮にそう提案してきても断固反対する。そもそもイカロス・フテロには超高感度ハイパーセンサーなんて搭載されていない。ミコトのあの機動の全ては、センサーに一切頼らずのミコト本人の勘によるモノだ。まじありえん…。

 

「当然です!ミコトさんを戦場に出すなんて論外ですわ!それならわたくしが出ます!わたくしのブルー・ティアーズなら、丁度イギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られていますから問題ありません!」

 

ババーン!とエレガントなポーズをしてキメてるのに過保護オーラで全てが台無しなセシリア。過保護なのかエレガントなのかどっちかにすればカッコイイのに…。

ついでに、今セシリアが言っていた『パッケージ』と言うのは、全てのISに存在する換装装備のことだ。パッケージにも様々な種類があり武器だけでなく、追加アーマーや増設スラスターなどの装備一式を指す。その種類は豊富で多岐にわたり、中には専用機だけの機能特化専用パッケージ『オートクチュール』というのが存在するらしい。これを装備する事で機体の性能と性質を大幅に変更し、様々な作戦が遂行可能になるというものだ。ちなみに、俺も含めた一年の専用機持ちは今のところ全員がセミカスタム機の標準装備である。あ、シャルロットだけはフルカスタムの標準装備だっけか。

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

「20時間です」

「ふむ…。それならば適任―――」

「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」

 

だな、と言おうとした千冬姉を、いきなり現れた此処には居ない筈のアノ人の明るい声が遮ると、千冬姉は「はぁ、またか…」とこめかみに手を当てて溜息を吐く。

突然現れた声に全員が驚きその発生源である天井を見上げると、そこには天井から逆さに生えた束さんの生首が……ってなにしとん?この人は!?

 

「……山田先生。室外へ強制退去を」

「えっ!?は、はいっ!あの、篠ノ之博士、とりあえず降りて来てください……」

「とう☆」

 

空中でくるりと回転して着地。無駄にド派手な登場である。

 

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっと良い作戦が私の頭の中にナウ・プリティング!」

「出ていけ」

「あうん♪」

 

げしげしと束さんのお尻を蹴って部屋から追い出そうとするが、その場から微動だにしない。てか寧ろ喜んでるよねアレ…。表情がヤバイ。あと息遣いもヤバイ…。

成程、そりゃあんなのと一緒に居れば女子生徒に対する耐性もつくわけだ。

 

「はぁ、はぁ……ハッ!?じゅるり…ついつい興奮しちゃったよ!」

 

束ねさんは我に帰りぐいっとよだれを拭う。もう駄目だこの人。

 

「聞いて聞いて!ここは断・然!紅椿の出番なんだよっ!」

「…なに?」

 

紅椿の名前が出て千冬姉の束さんを蹴っている足がピタリと止まる。

 

「紅椿のスペックデータを見てみて!パッケージなんかなくても超高速機動ができるんだよ!」

「お、お待ちになってください篠ノ之博士!確かに箒さんの紅椿の性能は群を抜いていますが、箒さん自身は機体に不慣れの筈です!?」

「ぶぅ~、誰だよ君は~。私がちーちゃんと話をしてるのになにしゃしゃり出て来てくれてるの?空気読んでよ」

 

寧ろ空気を読んで無いのはアンタの方だとこの場に居る全員が思ってるんだろうな。でもこの人に常識なんて言葉は通用しないんだよ…。

 

「それに私が調整したんだよ?慣れとかそんなのノープロブレムだよ。自分の身体の一部みたいに動くんだから」

「そ、それは…そうかもしれませんが…」

 

ISの開発者である束さんにそう言われたらセシリアも言い返す事は出来なくなる。

 

「…ですが!これは実戦です!訓練でも模擬戦でもないんですのよ!?」

「これは面白い事を言うね?ISがこの世に出て以来、IS同士の実戦なんてありはしないよ?君だって実戦は初めてでしょ?」

 

…無人機の件は含まれないのか?最重要機密だから束さんも知らないのかな?この人なら知ってそうだけど。

 

「それに、君に出来るのかな?私は無理だと思うな。私が言うんだもん、絶対だよ」

 

束さんは、えっへんと胸を張って断言する。ほんと、何処からそんな自信が沸いて来るんだろう。しかし、束さんのマシンガントークはまだまだ止まらない。

 

「それだと残りはチビちーちゃんかな?あ、でもでも作戦には参加できないんだよね?だったらどうするの?天才の私に教えてくれないかな?」

「チビちー………ミコトさんのことですの?」

 

…あ、なんかスイッチが入った予感。

 

「ミコトさんをその名で呼ぶのは止めて貰えません?不愉快極まりないですわ」

「えー?なんで?かわいいじゃーん」

 

ぶーぶーと口を尖らせて反省の色を見せない束さんにセシリアは口の端をヒクつかせる。あー…こりゃ駄目だ。

 

「っ!チビちーちゃん、でしたか?その名前から察するに織斑先生に似ているからそう呼んでいるのでしょうが、ミコトさんには『ミコト・オリヴィア』という名前があるんです。そんな名で呼ぶのは失礼だと思わないんですの?」

「思わないね。私は事実を言ったまでだし」

「このっ―――……………成程、本音さんが言ってた意味が分かりましたわ。貴女なんかと関わるべきではない。まったくもってその通りですわね」

「誰それ?あ、言わなくていいよ。興味ないし」

「つくづく貴女は人を不愉快にさせてくれますわね…」

「それは君もだよね?私、君に用は無いんだけど、どっか行ってくんない?」

「何処かに行くのは貴女の方ではなくて?此処は、部外者立ち入り禁止ですわよ」

 

険悪な空気が部屋に漂う。まさか喧嘩にまで発展するとは俺も予想外だよ。セシリアは束さんを尊敬してたから幻想ブレイクしてノックダウンすると思ったんだけど、セシリアママ恐るべし。それに、険悪な雰囲気なのはセシリアだけじゃない。箒達だって束さんの言葉を気持ちよく思ってはいない様だ。特にラウラなんて視線だけで人が殺せますってくらいに睨んでるし。部屋に充満する険悪オーラの4割はラウラが発生源だ。

けれど、その空気も長くは続かなかった。思い出して欲しい。時間が無いんだ。本当に。そんな状況の中、で千冬姉が黙って見てると思うか?

 

「………時間が無いと言っただろう。この馬鹿者どもが!」

 

がんっ!めきっ!

 

「きゃんっ!?」

「めけっ!?」

 

前者はセシリアの頭に落ちたげんこつの音。後者は束さんの頭に落ちたげんこつ…の音なのかアレ?頭蓋骨陥没したような音がしたぞ。まぁ、束さんは生きてるみたいだし、険悪なムードで無くなったから良しとしよう。

しかし、『チビちーちゃん』か。その名前を聞くのは二度目だけど。なんかこう、引っ掛かるっていうか。もやもやするっていうか…。『小さい千冬姉だから、チビちーちゃん』………。

 

…………………。

 

「一夏?どうしたの?」

「ん?ああ、いや、何でもない」

 

俺が考え込んでいると、顔を覗かせてきたシャルロットに俺は思考を中断して適当に誤魔化す。何馬鹿な事を考えてるんだか…。

 

「? そう?今は大事な話の最中なんだからちゃんと聞かないと駄目だよ?」

「その大事な話し合いも滅茶苦茶でそれどころじゃない状態なんだが…」

「あ、あはははぁ……うん、そうだね。まあセシリアの気持ちも分からないでもないよ。うん」

「時と場所によるでしょ普通。タイムリミットまでもう一時間も無いのよ?喧嘩してる場合じゃないでしょうに」

「なんか…すまん」

 

いや、箒が悪いんじゃないぞ?うん。

 

「貴様らも私語は慎め。…束。話を続けろ」

「織斑先生!?」

 

信じられないと言いた気にセシリアは批判の声を上げる。

 

「黙れ、オルコット。これは遊びではない。より確実な案を採用するのは当然だ」

「…くっ!」

 

千冬姉の言うことは指揮官として何も間違ってはいない。成功率を少しでも上げられるのならその方法を取るのは当然の事。セシリアもそれを分かっているからこそ返す言葉が無かった。セシリアは悔しそうに表情を歪めると、黙って引き下がる。

 

「束。続けろ」

「あいあいさ~!」

 

ずびし!と束さんは敬礼すると、束さんの周辺にディスプレイが囲む様にして現れる。

 

「紅椿の展開装甲を調節して、ほいほいほいっと。ホラ!これでスピードもばっちり!何にも問題無いね!少なくともそっちの子より速く飛べるよ!―――あぷっ!?」

「煽るな」

 

ふふん、挑発するように笑うが千冬姉がげんこつを落として制裁する。

でも、展開装甲って何だ?聞いた事の無い単語だ。

聞きなれない言葉に俺は首を捻ってると、束さんが待ってましたと言わんばかりに説明を始めだした。

 

「説明しましょ~そうしましょ~。展開装甲と言うのはだね、この天才束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー」

 

第…四!?

 

「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始~。いっくんのためにね。へへん、嬉しいかい?まず、第一世代というのは『ISの完成』を目標とした機体だね。次が、『後付武装による多様化』。これが第二世代。そして第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』。空間圧作用兵器にBT兵器、あとはATCとか色々だね。……で、第四世代というのが『パッケージ換装を必要としない万能機』という、現在絶賛机上の空論中のもの。はい、いっくん理解出来ました?先生は優秀な子が大好きです」

「は、はぁ……。え、いや、えーと……?」

 

ちょっと待て。ゆっくり整理していこう。束さんは第四世代型ISと言ったよな?今現在、各国ともやっと第三世代型の一号試験機が出来た段階だ。そう試験機だ。つまりまだ世界は第三世代は完成していない状況なのだ。なのに第四世代?え?何すっ飛ばしてくれちゃってんの?

 

「ちっちっちっ。束さんはそんじょそこらの天才じゃないんだよ。これくらいは三時のおやつ前なのさ!」

 

三時のおやつ前…。特別速い訳でもないが遅い訳でもない。正直、微妙である。

 

「具体的には白式の≪雪片弐型≫に使用されてまーす。試しに私が突っ込んだ~」

 

『え!?』

 

またまた聞き捨てならぬ言葉に今度は専用機持ち全員が反応する。

零落白夜発動時に開く≪雪片弐型≫の、その機構がまさかそれだったとは。つまり、束さんの言葉通りなら俺の白式は第4世代型ISの試験機って所か?

 

「それでうまくいったのでなんとなく紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす。システム最大稼働時にはスペックデータはさらに倍プッシュだ☆」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください。え?全身?全身が、雪片弐型と同じ?それって…」

「うん。無茶苦茶強いね。一言でいうと最強だね」

 

この場に居た全員が目の前に居る出鱈目な存在にぽかんと口を大きく開けた状態で呆然となる。なっていないとすれば、長い付き合いである千冬姉くらいだ。

 

「ちなみに紅椿の展開装甲はさらに発展したタイプだから、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能。これぞ第四世代型の目標である即時万能対応機ってやつだね。にゃはは。私が早くも作っちゃったよ。ぶいぶぃ」

 

しーん。言葉もないとは正にこの事。この場の一同は静まり返って何も言えなかった。

 

「はにゃ?あれ?何でみんなお通夜みたいな顔してるの?誰か死んだ?変なの」

 

変なの、どころの話じゃない。

各国が多額の資金、膨大な時間、優秀な人材の全てをつぎ込んで競っている第三世代型ISの開発。それが、無意味だと言うのだから。これほど馬鹿な話はない。特にシャルロットにしてみればその開発の所為で大変な目にあってる訳で、この場にいる人間の中で一番の複雑な心境だろう。

 

「―――束。言った筈だぞ。やりすぎるな、と」

「そうだっけ?えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~」

 

千冬姉に言われ、束さんはやっと俺達が黙りこんでいる理由を理解してくれたようだ。まったく反省している様子は見られないが…。

 

「あ、でもほら、紅椿はまだ完全体じゃないし、そんな顔しないでよ、いっくん。いっくんが暗いと束さんはイタズラしたくなっちゃうよん」

 

しかも勘違いしてるっぽい。別に自分の機体が欠陥機とかそんなの気にしてる訳じゃないから俺。それに、この機体は俺の性に合ってるし不満もないし。

 

「まー、あれだね。今の話は紅椿のスペックをフルに引きだしたら、って話だからね。でもまぁ、今回の作戦をこなすくらい夕飯前だよ!」

 

夕飯前…。もう、良いのか悪いのかの基準が分からん。

 

「それにしてもアレだね~。海で暴走っていうと、十年前の白騎士事件を思い出すねー」

 

ニコニコとした顔で話し出す束さん。その横では、千冬姉が「しまった」という顔をしていた。

 

『白騎士事件』―――。

 

ISの始まりとも、ISが最初に関わったともいえる事件。

10年前、束さんによって発表されたISは、当初その成果を認められなかった。『現行兵器全てを凌駕する』。その束さんの言を誰も信じはしなかった。いや、信じる訳にはいかなかったのだろう。

 

そして、IS発表から一ヶ月後、事件は起こった。

 

日本を攻撃可能な各国のミサイル二千三百四十一発。それらが一斉にハッキングされ、制御不能に陥り―――発射された。

有り得ない出来事だった。一つの国ならまだしも、複数、それも同時に、厳重なセキュリティーを突破しハッキングされるだなんて。

誰もが混乱し絶望の真っただ中にあった。

そんな時、それは現れた―――そう、白騎士だ。

中世の騎士を思わせる白銀のISを纏ったそれは、なんと単機でミサイル二千三百四十一発を撃墜してみせたのだ。しかも半数は剣によって。

それを見た人々はその無茶苦茶な存在に唖然とし、世界各国は国際条約を無視してそれを捕獲、もしくは撃墜するために最新鋭機を投入。しかしそれは尽く撃墜。しかも死者を誰一人出さずにと言う圧倒的な力の差を見せつけられてだ。

そして、世界が注目する中、白騎士は日没と共に姿を消した。まるで幻であったかの様に。

 

これが『白騎士事件』。たった一夜でISが世界に知れ渡る事になった原因である。

 

「あの事件がきっかけで私のらぶりぃISはあっという間に広がったんだよね。でも世界も馬鹿だよねー。気付くのが遅すぎ。ま、そんな連中の必死な顔を見るのも面白かったけどねーぷぷぷっ♪」

 

すごく楽しそうに語る束さんは、まるで我が子の晴れ舞台を自慢する母親の様だった。

 

「しかし、それにしても~ウフフフ。白騎士って誰だったんだろうね?ね?ね、ちーちゃん?」

「知らん」

「うむん。私の予想ではバスト88センチの―――」

 

めりっ…。

束さんは何かとんでもない事を言おうとしたみたいだが、その言葉は最後まで紡がれる事無く、千冬姉の出席簿アタック、もとい情報端末アタックにより阻止される。

頭を抑えて悶絶する束さん。この人本当に懲りないなぁ。

 

「ぬ、ぬおぉぉぉぉぉ………脳がぱっかり左右二つに割れちゃったよぅ…」

「そうか、良かったな。これからは左右で交代に考え事が出来るぞ」

「………お~、おお~!そっかー!ちーちゃん頭いい~!」

 

信じられるか?目の前で馬鹿なことやってるあの人がISを作った天才なんだぜ?

……って、あれ?束さんってもしかして現在もなお正体不明の白騎士が誰か知ってるんじゃないのか?当時は誰もISに興味を示さなかったから誰の手にもISコアは渡っていない。それに、ISコアを作れるのは束さんしかいない。なら、白騎士本人に束さんが直接ISを渡した筈だ。知らないワケが無い。

 

「あの事件ではすごい活躍だったね。ちーちゃん!」

「そうだな。白騎士が、活躍したな」

 

……まぁ、普通に考えて千冬姉だよな。たぶん。束さんの交友関係なんて限られてるし。

でも、『白騎士』は何処に行ったんだろう?千冬姉が使っていたISは白騎士とは全然形が違う。歴史上初のIS実験機を廃棄するなんてことはないと思うけど…。何処かの研究所で保管されてるのか?

 

「話を戻すぞ。…束、紅椿の調整にはどれくらいの時間が掛かる?」

「織斑先生!?わたくしだってやれますわ!必ずに成功させてみせます!」

 

あれだけプライドを傷つけられて、しかもミコトのこともあってか完全に敵対心を持ってしまったセシリアは当然束さんの案を採用しようとした千冬姉に異議を唱える。

 

「パッケージは量子変換してあるのか?」

「そ、それは…まだですが…」

 

痛い所を突かれ、先程までの勢いを失いもごもごと小声になってしまうセシリア。そんなセシリアを見て束さんは可笑しそうに笑うと、セシリアと入れ替わるようにしてはいはーいと手を上げて口を開いた。

 

「ちなみに紅椿の調整時間は7分もあれば余裕だね☆」

「……決まりだな」

「くぅ……っ」

 

時間を許されない今の状況で、これ以上の決定打は無かった。わーいわーいと跳ねて喜ぶ束さんの後ろで、悔しそうに唇を噛み顔を俯くセシリア。表情は見えなかったが、あの震える肩はもしかしたら泣いていたんじゃないのか…?

いつも気丈に振る舞っていたセシリアのあんな姿を見て、俺は声を掛けようと手を伸ばしたがそれは千冬姉によって遮られた…。

 

「では本作戦では織斑・篠ノ之の両名による目標を追跡及び撃墜を目標とする。作戦開始は30分後。各員、ただちに準備にかかれ」

 

千冬姉の号令を合図に、教師陣はバックアップに必要な機材の設営を始めた。

 

「手が空いている者はそれぞれ運搬などの手伝える範囲で行動しろ。作戦要員はISの調整を行え」

 

次々と出される指示に俺達メンバーも行動を始める。セシリアはしばらく俯いていたがシャルロット達にぽんと肩に手を置かれて励ましの言葉を投げかけられると、メンバーの後に続いた。

………大丈夫、そうだな。

 

「織斑!もたもたするな!」

「は、はい!?」

 

千冬姉に怒鳴られ、慌てて白式のコンソールを呼び出す。機体に異常は無い。エネルギーも満タンだ。俺は箒と違って特別な調整を必要は無いから楽だな。

そう言えばその箒は―――。

 

「んじゃあ早速紅椿をいじろっかな!」

「…………」

 

敵意丸出しに束さんを睨みつける箒。さっきのセシリアの影響は此処にも及んでいた。

 

「んあー。そんなに睨まないで笑ってよー。ほらほら、作戦メンバーに選出されたし、いいことずくめでしょ?」

「………(友を傷つけてまで得たい物じゃない…)」

「てへぺろ。無視されちゃった☆」

 

束さんがこつんと自分を頭を小突いてちろりと舌を出してやけにイラっとくる笑い方をすると、箒が呼び出した紅椿に触れる。

 

「ふーむ、ぺたぺた。背部と脚部、それに腕部の展開装甲を推進力に回そうかねー。それ以外は支援戦闘モードで良いでしょ。うんうん。でははじめまーす」

 

束さんがそう言うと、周囲に光の粒子が集まって何かが姿を現す。

前腕部だけのパーツが浮いていて、それが左右二対で計四つ。見た目もサイズも、今の現象も、ISを展開する時と同じだ。つまりこれが束さんのISなのか?

 

「のんのんのん♪これは私の移動型ラボだよいっくん」

 

ちっちっちっと人指し指を立てて振ると、俺の考えを見通した束さんがそれを否定する。すると、空中に浮かぶアームの方も束さんの動きと連動して人差し指を立てて同じように振って見せた。

……駄目だ、ついていけん。此処は束さんに任せて俺はセシリアに高速戦闘のレクチャーでも受けてくるとしよう。

そう考えた俺は、背後から響いて来る、がきんっ!やらずどどどっ!やらぎゅるるるっ!などの激しい作業音を背にセシリアの居る場所へと向かうのだった。

 

「セシリア?大丈夫か?」

「………一夏さんですか。どうしましたの?」

 

ジト目で振り向いて来るセシリア。うわ、見るからに不機嫌そうだよ。

 

「いや…その…元気出せよ、な?」

「別にわたくしは元気ですわよ。……憧れの人があんなのでショックを受けてるだけですわ」

 

ショックというか、がっかりというか、失望って感じだなセシリアの反応は。ISを開発した束さんは殆どの女性にとって憧れの存在だからな。それが実際は……。

 

「………それで?一夏さんはわたくしに何か用でもあるんですの?」

「あ、ああ、セシリアに高速戦闘のレクチャーをして貰おうと思ってさ」

「わたくしに、ですか?」

「ああ、だって高速戦闘に詳しいのはセシリアしかいないっぽいしさ。頼れるのはセシリアしか居ないんだ」

「わ、わたくしだけ!?そ、そうですの。……こほん、わかりましたわ。わたくしにお任せ下さいな!」

 

それを聞いたセシリアの表情がぱああっと花が咲いたかのように明るくなる。良かった。何だか知らんが元気になったみたいだ。

 

「それでは高速戦闘のアドバイスをします。一夏さん、超高感度ハイパーセンサーを使用した事は?」

「いや、ない」

「そうですか。ではまず注意から。高速戦闘用に調整された超高感度ハイパーセンサーというのは―――」

 

腰に手を当て、いつもの様になるポーズで解説を始めるセシリア。そこに、セシリアとは別の声が割り込んでくる。

 

「使うと世界がスローモーションに感じるのよ。ま、最初だけだけどね」

「鈴さん!?わたくしの説明の途中ですわよ。大体、高速戦闘の訓練はされてるんですの?(少しは空気を読みなさいな)」

「12時間ね。ま、セシリア程じゃないけどさ(お断りします)」

 

まさか自分以外に高速戦闘の経験者が居たとも思いもしなかったセシリアは、鈴の言葉に若干怯み、それでも気品を保とうとコホンと咳払いをするとまた講義を再開する。

 

「そ、それではどうしてスローモーションになるかというと―――」

「ハイパーセンサーが操縦者に対して詳細な情報を送る為に、感覚を鋭敏化させるんだよ。だから、逆に世界が遅くなったように感じるって仕組みね。でも、最初だけだよ。すぐに慣れるから(落ち込んでるからってコレとそれとは別だよ?セシリア)」

「シャ、シャルロットさん…?わたくしの説明の途中で―――」

「それより注意すべきはブーストの残量だな。特に織斑は瞬間加速を多用する癖があるから、一層気を配るべきだ。高速戦闘状態ではブースト残量は普段の倍近い速度で減っていくぞ」

「ボーデヴィッヒさんもですの!?」

「? 時間が無いんだ。皆で教えた方が速いだろう?」

 

何故か怒るセシリアにラウラは不思議そうに傾げる。まぁ、ラウラの言う通りだよな。てかお前ら目で何語ってるんだ?バチバチ火花が散ってるぞ?

 

「確かにその通りですけど……ああもうっ!どうしてこうなりますの!?もーっ!」

 

ついにセシリアがキレた。散々自分の説明している最中に割り込まれたら怒りたくなるのも当然か。でも自分の髪をくしゃくしゃにするのは止めた方が良いぞ?品性の欠片も感じられないから。

まぁ、そんなこんなで俺達は作戦開始時間まで話し合いを続ける。あと数十分後には実戦が待っていると言うのにいつも通りに馬鹿をやっている俺達。そんな皆を見て俺は自然と笑みを浮かべて必ず成功させようと胸に誓うのだった。

 

 

 

 

 

時刻は11時半。頭上にある空はこれから戦場になるのが嘘だと思える程に澄んでいて青い空が広がり、真夏の強い日差しが浜辺でその時が来るのを待っている俺達に容赦無く降り注ぐ。

 

「…すまない、一夏。私の姉が不快な思いをさせてしまって」

 

無言で浜辺で待機していたら突然、箒が謝罪してきた。

 

「ん?ああいや…俺は別に気にしてないよ。セシリア達は妙に過敏に反応してたみたいだけどさ。それに、箒が悪い訳じゃないだろ?」

「……それもそうだが。姉は、周りに迷惑しか掛けないからな」

 

たぶん、一番の被害者は家族である箒なんだろうな。身の安全の為に何度も転校を繰り返したりと心休まる事の無い日々を送ってたみたいだし…。

 

「それに、ミコトの事もある」

「ミコトの?」

「たぶん、皆も…………いや、なんでもない」

 

何かを言い掛けて箒は途中でふるふると首を振って言葉を中断する。何を言おうとしたか気にはなったが言いたくないのなら聞かない方が良いだろう。

 

「ま、そんなに気になるんだったら直接セシリアと話せよ。セシリアは絶対に気にするなって言うだろうからさ」

「…そうだろうか?」

「当たり前だろ?友達なんだから」

「え………」

 

俺の言葉に箒は目を丸くして驚いていたが、すぐににこりと笑みを浮かべて頷いた。

 

「そうか…友達か。そうだな」

 

…良かった。なんか束さんが出て来てからピリピリしてた様子だったけど、なんとか解れたみたいだな。それが少し心配だったんだ。これなら問題無いな。

 

―――そして、その時が来た。

 

ハイパーセンサーのタイマーに作戦開始の予定時刻が表示され、俺と箒は目を合わせて頷きISを展開する。

 

「来い、白式!」

「行くぞ、紅椿!」

 

俺達の声に応え、光の粒子が周囲に現れて装甲を構成していく。そして、光が消え去ると俺の身体はISのアーマーを身に纏っていた。それと同時にPICによる浮遊感、パワーアシストによる力の充満感とで全身の感覚が変化する。

 

「なんか、俺って誰かに乗せられてばかりだな」

 

箒の背に乗りながらそうぼやく。

ラウラの戦闘の時ともそうだが、今回も移動はパートナーにすべて任せるので俺がパートナーに乗せていってもらう形になるのだ。前回はミコトに運んでもらい、今回は箒。作戦の性質上、仕方の無い事とはいえ女の子に乗るのは男として如何なものだろう?

 

「まったくだ!男児が女子の上に乗るなどあってはならない事だ!今回だけだからな!」

 

そうぷんすか怒る箒だったが、どこか嬉しそうなのは何故だろう?

 

「俺も出来ればそうしたいよ。でも、箒は大丈夫なのか?試運転は済ませたけどぶっつけ本番とさほど変わり無いだろ?」

 

箒の専用機は、使い始めてからまだ一日も経っていない。いくら束さんがパーソナライズとフィッティングをしたといっても、操縦者の方はそうもいかない。

心配する俺だったが、箒はそんな俺に対して力強い笑顔を返してきた。

 

「心配するな。スペックは違うが打鉄と類似してる部分も多い。やれるさ」

 

その笑みに嘘偽りはない。寧ろ自信に満ち溢れていた。

 

「……今までは見てるだけだったからな。だが、今は違う。それに、私なりに修練を積んだつもりだ。確かにぶっつけ本番に等しいが一夏の時とは違いISの経験も積んでいる」

「確かにそうだけど…」

 

…箒、何か焦ってないか?俺にはそういう風に見える。それに、俺の時は命の保証はあった。でも、今回は実戦で命の危険だってあるんだぞ?

 

―――セシリアも、鈴もミコトを馬鹿にされて怒り戦って負傷した、私だけが何もしていない。私だけ…。

 

このタイミングであの時、箒が言っていた事が脳裏を過ぎる。そう言う事なのか?箒のあの焦りの原因は…。

 

「箒―――」

 

『織斑、篠ノ之、聞こえるか?』

 

俺を言葉を遮り、ISのオープン・チャンネルから千冬姉の声が聞こえてくる。

 

『今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心掛けろ』

 

「「了解」」

 

千冬姉の指示に俺と箒はハッキリと返事をする。

 

『篠ノ之。お前はその専用機を使用しての実戦経験は皆無だ。いくら束が調整したからと言って絶対ではない。突然、なにかしらの問題が出るという可能性もあり得る。本来の役割を全うすることだけを考えろ』

 

「…わかりました。一夏を運ぶ事に全力を尽くします」

 

若干不満そうな表情を浮かべた箒だったが、それに逆らおうと考えず素直に従う。命の危険がある作戦だ。素人の判断で行動するのは危ういのは理解している様だ。

 

『―――織斑』

 

「は、はい」

 

オープン・チャンネルではなく、突然のプライベート・チャンネルでの通信に慌てて回線を切り替えて応答する。

 

『篠ノ之は何か焦っている様に見える。だが、その想いも一概に間違いとは言えない。隣に立つお前が支えてやれ。間違えないようにな』

 

「―――はい!」

 

『よろしい』

 

迷いの無い俺の返事を何処か嬉しそうに千冬姉は受け取ると、回線がオープン・チャンネルへ切り替わり、号令がかかる。

 

『では、始め!』

 

―――作戦、開始。

 

千冬姉の号令を合図に箒は俺を乗せたまま、一気に上空300メートルまで飛翔した。

…とんでもないスピードだ。瞬間加速と同じか、もしくはそれ以上かもしれない。しかし、俺の驚きはまだ止まる事は無い。俺という荷物を乗せた状態であるにもかかわらず、紅椿は更に加速しものの数秒で目標高度500メートルまで達したのだ。

 

これが…これが第四世代型IS。展開装甲の完成型なのか。

 

俺は間近で見て漸くその凄さに気付く。現行のISを上回るスペック。その言葉に偽りは無かったと言う訳だ。

 

『目標高度の到達を確認。暫時衛星リンク確立………目標の座標を確にn――――いや、待て!?』

 

…?何かトラブルか?

オープン・チャンネルから聞こえてくる慌てる千冬姉の声に俺は眉を顰めた。

 

『…どういう事だこれは?提示されたデータと異なるぞ?くそっ、これ位の仕事も満足に出来ないのかっ!無能共がっ!』

 

どうやら本当に問題が発生したらしい。どうする?もう少しで目標に接触するぞ。このまま作戦を続けて良いのか?千冬姉から指示は?

通信の向こう側で騒然となっている指令室に影響され俺も箒も訳が分からなくなる。けれど、速度を落とす訳にもいかずだんだんと目標との距離が縮まっていく。

 

『織斑!篠ノ之!作戦は中止だ!撤退しろ!』

 

騒然となる指令室からの通信で告げられたのはまさかの撤退命令だった。

 

「えっ、でも目標は…」

 

『状況が変わった。急いでその場から離脱しろ!推測ではあるが『銀の福音』にはアレが搭載されている場合が―――』

 

そうして、千冬姉の通信は途絶えた。いや、途絶えたというのは正しくない。強制的に、通信を止めざるをえなかったんだ。目の前に現れた存在によって――――。

 

「な…んだ?あいつは…?」

 

ハイパーセンサーが表示する高速でこちらへ接近して来る銀色の機影。おそらく目標と思われるソレは――――。

 

「IS…なのか?」

 

事前に見たデータとは異なり、とてもお世辞にも美しいとは言えない歪な全身の装甲に血管の様なモノが浮かびあがり、それがまるで生物の様にどくん、どくんと脈を打っているのだ。知っている。俺はアレと似た様なモノをつい最近目にしている。

 

「Berserker system!?どうしてっ!?」

 

そう声を発した時には、その異形の翼は。その歪な翼を輝かせて戦闘態勢へと移っており。俺達は戦うしか選択肢は残されていなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

―――Side 篠ノ之束

 

 

「織斑!聞こえないのか!?離脱しろ!………くそっ!聞こえていないのかっ」

 

ありゃりゃー、これはちょっちまずいかね?いっくんと箒ちゃんじゃあれを相手にするのは難しいかな~?モチロン事前に情報があったなら対策は出来てたんだけど、あっちが上手だったか~。

 

ちらり、とちーちゃんを見る。…うん。画面に夢中でこっちに気付いてないみたいだね。今の内今の内♪

そろりそろ~りと誰にも気づかれない様に部屋を出る私。

 

「にゃはは♪脱出成功☆」

 

ぶいぶいと勝利のVサインをする私。誰も見てないけどね。

 

「あのままじゃ二人とも逃げられないしね~。時間稼ぎが必要だよね」

 

でも、あの部屋に居る子達は時間稼ぎにもなれなさそう。なら、仕方ないよね~♪

何事も『人命』が優先だよね?価値があるモノよりも劣るモノが切り捨てられる。常識だね。

と、いうわけでやってきましたチビちーちゃんが眠るお部屋!では、某番組で芸能人の寝起きドッキリみたいに慎重に侵入しましょ~♪

 

「おはよ~ございま~す…」

 

小声で喋りながら部屋に侵入。おや?チビちーちゃんは寝てるみたいだね~。ま、丁度良いかな?ブスリっと。

私は寝ているチビちーちゃんが持っているイカロス・フテロの待機状態である翼を模ったキーホルダーにコードを差し込む。すると、こちらのディスプレイにイカロス・フテロのデータが流れ込んで来た。

 

「むむむっ!?ロックが掛かってあるね!さてはちーちゃんの仕業だな~。ちーちゃんめ~、これじゃあせっかくの機能がただの重りじゃないか~」

 

せっかく、私が改造してあげたのに~。酷いよちーちゃん。直してくれってお願いしてきたのちーちゃんじゃないか~。サービスだってつけてあげたのに~。

何を隠そうこのイカロス・フテロには展開装甲の試作の試作、まだ実験段階のモノが搭載されているのだ~。ま、実験段階だから使用者の安全とか全然考慮されて無いんだけどね。それでもお釣りがくらいのスペックなんだけどな~。

 

「かたかたかた~と………」

 

おやおや~?なにやら『この子』が対抗してるみたいだね~。でも無駄無駄~☆おらおらだよ~!

 

「むふふん!よしよ~し!解除成功♪どんなもんだ~い☆」

 

私に解除出来ないプロテクトは無いのだ~♪

 

「ん………」

 

おやおや?起きたみたいだね?グッドタイミングだよ!

 

「……束?」

「やーやー良い朝だね?もうお昼前だけど!それよりチビちーちゃん。お願いがあるんだ~。あのね?―――――」

 

 

 

 

 

 

 


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