IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第18話「動き出す黒」

 

 

「完全に私の失態ね。何が最強の生徒会長なんだか…ったく」

 

完全に私のミスだ。学園の生徒を安全を守るのが私も務めだと言うのにまさかこんな素人がする様な失態を侵してしまうとは、自分の迂闊さが嫌になる。

 

―――『ラウラ・ボーデヴィッヒ』

ドイツの代表候補生でドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」隊長。階級は少佐。過去に織斑千冬に教導を受けた事があり、その事もあってか織斑千冬を尊敬…いや、いきすぎたソレは最早信仰と言うべきだろうか。件のミコト・オリヴィア暗殺もそれが原因だろう。織斑千冬のクローンであるあの少女が余程許せなかったのか…。真意は不明にしても、やはり彼女の行動は異常でしかないが。

 

報告書を読み終え、それを拒む様にして机へと放り投げる。報告書が投げられた先には丁度『生徒会長』と書かれたプレートが置かれており、報告書にぶつかりカタンと音を立てて倒れてしまいそれを見て思わずむっとなってしまう。何だろうこのタイミングは?まるで本当に私が生徒会長失格みたいではないか。とりあえずプレートは元に戻しておく。

 

「お嬢様。あまり気負い過ぎては…」

 

私の斜め後ろで待機していた虚ちゃんにはそれ程私が落ち込んでいる様に見えたのか、本当に不安そうに私を心配してくれる。ダメだなぁ。ご主人様が従者に心配かけちゃ…こりゃホントに堪えてるっぽいわ。

任務での失敗。親しい友達を危険な目に遭わせてしまったこと。どれも今回の件は私のプライドにも心にも結構なダメージを受けてしまっていた。

本音ちゃんが居て本当に良かった。私は、本音ちゃんに護衛の方はまったく期待はしていなかった。妹のついでにあの子の面倒を見てくれればそれだけで良い程度にしか思っていなかった。それがまさかこんなに仲良しになってあの子を大事に想いやるなんて…これは嬉しい誤算。その結果、あの子は救われたと言っても良いのだから。

 

その件についても、やっぱダメダメよね。わたし…。

 

「気負うに決まってるじゃない…あと、お嬢様はやめてよぉ」

「失礼しました。今、『生徒会長』と呼ばれるのはお辛いと思いましたので…」

 

あぁ~…出来た従者だなぁホントに。その優しさが身に沁みるわね。しかもいつの間にかお茶も淹れられてるし。ホントに虚ちゃんの従者っぷりには頭が下がるわ~。

 

「しかし参ったわねぇ、ホント…」

 

差し出されたティーカップを受け取りながらそう愚痴る。まさかこんな大胆な行動を取ってくるとは思わなんだ。注意すべきはギリシャの行動のみと決めつけていたのがいけなかったかしら。その怠慢な思考が此方の対応を遅らせ今回の失態を招いた。振り返れば振り返る程情けない失敗だ。しかし、どうしても気にかかる事があった。そう、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』のあの異常な行動についてだ。彼女は軍人でなおかつ特殊部隊の隊長を任される程のエリートだ。それなのに、街中で堂々と拳銃を発砲するなど考え辛い。私はその行動には何か他に理由がある様に思えた。

 

「…裏で色々と動いてそうよね。これ」

「まず間違いないかと」

 

私の意見に虚ちゃんも静かに同意してくれる。やっぱりそう考えるべきよね。だとすれば勿論それは連中しかないか…。

 

「亡国機業…か」

 

『亡国機業』。その名を聞いて流石のクールでポーカーフェイスな虚ちゃんも表情を険しくなる。国を、世界を動かす程の影響力を持つ組織。連中からしてみれば此処は極上の餌が集まる場所。いずれIS学園も標的にされるのは分かっていたけれど、ついにIS学園にもその影を忍ばせて来たってワケね。これから忙しくなりそう。

 

「学園内の警護はどうしましょうか?本音だけと言うのも少し不安の様な気が…」

 

その心配は恐らく不要だろう。この学園内に居る限り彼女も派手な行動を起こせない。もし、起こしたりなどすればそれこそ今度こそ国際問題になる。そうなればもう言い訳なんて出来ない。学園側もそれ相応の対処が取れるでしょうね。

 

「それは心配ないでしょ。何かあっても例の男の子や他の代表候補生達も傍に居てくれてるみたいだし。もし、何かあったとしても…ねぇ?」

「はぁ…上級生や学園関係者が黙っていないでしょうね」

「いやぁ~皆に愛されてるわ~。次期生徒会長に推薦したいわよねホント」

 

『親衛隊』とか私でも持ってないのに。末恐ろしいわねあの子…。

このIS学園で密かに存在する組織『ミコトちゃんを見守る会』通称『MMM』。その組織の中には各国の代表候補生が複数所属しているというトンデモ勢力である。もし、あの少女に何か起これば彼女達が黙ってはいないだろう。正直、私でも関わりたくない連中である。だって怖いもの。私ロシア代表だけど上級生の代表候補生達を一度に相手して確実に勝てるって自信はないわよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第18話「動き出す黒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、模擬戦で負け続けなんだよなぁ。どうしてだろ?」

「一夏は戦い方がワンパターン過ぎなんだよ。それじゃあ、幾ら強力な武器を持っていても宝の持ち腐れ」

「当たらなければどうという事は無いってか」

「…3倍?つの、生えてるの?」

「最近ミコトの知識が偏り始めてるのにお父さんは心配です。誰が紅い彗星か」

 

一体何処からそんな知識を仕入れてくるのやら。のほほんさんだろうなぁ。きっとそうだ。そうに違いない。あの人はどちらかと言えば束さん側に分類されるタイプだから。流石に束さんまではアレじゃないけど。

 

「二人とも何の話してるの?」

 

誰も居なくなった昼下がりの教室。今日は土曜日なので授業は午前中で終わり午後は完全に自由時間のため、殆どの生徒は部活動や寮に戻ったりなどして教室には俺やシャルルとミコト以外誰も居ない。まぁ、用事も無いのに折角の自由時間を教室で費やす物好きなんて居やしないだろう。俺が残ってるのも学年別トーナメントに向けて勉強をするためだし。教室で復習、アリーナで実践、そして実際やってみてちゃんと実践できていたかどうかの反省。これが本日の俺の予定だ。

 

「もう、学年別トーナメントまで日数ないんだから真面目にしてよね?」

「すいませんでした」

「ん。でした」

 

 

素直に頭を下げる。シャルルにも自分の都合があるって言うのにわざわざ付き合って貰ってるんだから真面目にしないとな。しかし、何でミコトも俺の真似をして謝ってるんだよ。口足らずな謝罪が無駄に可愛いじゃないか。なんかシャルルが鼻を押さえてプルプル震えてるし…。

 

「っ……こ、こほんっ!分かってくれればいいんだよ?さ、さあ!続けようか!」

「わかりましたーシャルルせんせー」

「せんせー」

「先生って…もう!真面目にやってよぉ!それにミコトも教える側でしょ!」

「…お~」

 

シャルルに指摘されそういえばそうだったと思い出したという様に妙な声を出して何度もコクコクと頷くミコト。まったくシャルルの言う通りだ。俺と一緒に「はーい」って手を上げてる側じゃないだろうに。しっかりしてくれよミコト先生。

そして、再びシャルルがこほんと咳払いをして気を取り直し授業を再開。

 

「一夏は何で勝てないと思う?何でもいいから意見を言ってみて」

「え?何でってそりゃあ…パターンを読まれてるからだろ?武器が一つしか無いんだから攻撃パターンも限られてくる訳だし」

「確かにそうだね。でも、それだと織斑先生はどうなるの?」

「あ…」

 

確かにそうだ。千冬姉も同じ条件でモンド・グロッソを戦い抜いたんだ。世界各国の代表が集まる大会で『雪片』一つで我武者羅に戦って優勝できる程モンド・グロッソは甘くない。武器が一つしか無いから仕方が無いっていうのはただの言い訳でしかない。

 

「『技量が天と地の差』もある織斑先生と比べてもしょうがないけど、一夏は『色々未熟』な点が多すぎるんだと思う。あ、でも勘違いしないでね?全部『一夏が悪い』って言ってる訳じゃないから。白式の偏ったコンセプトのせいでもあるんだし」

 

一言一言シャルルの遠慮ない指摘が俺のガラスのハートに突き刺さる。シャルルもフォローしてくれてるようだけど既にオーバキル状態なので何を言おうがもう俺のハートは滅茶苦茶です…。

と、そんな項垂れる俺にシャルルは慌てはじめる。まさか自分の言葉が止めを刺すとは思いもしなかったらしい。意外と天然なんだな。恐ろしい奴だ。

 

「だ、大丈夫だよ!これからきっとうまくなるから!その為の訓練なんだし、ね?」

「だといいんだけどなぁ…」

 

伸び悩みって言うのかな?最近全然成長してる気がしないんだよな。セシリアや鈴、箒にだって放課後の練習に付き合って貰ってるんだが…。

 

―――こう、ずばーっとやってから、がきんっ!どかんという感じだ!

 

―――なんとなく分かるでしょ?感覚よ感覚。…はぁ?何で分かんないのよバカ。

 

―――防御の時は右半身斜め上前方へ五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ。

 

以上が3人の教導内容な訳だが…。うん。ハッキリ言ってわからん。言い訳に聞こえるかも知ればいが俺が成長しないのはこの3人にも問題があるのは間違いないと思うんだ。付き合って貰ってこんな事言える立場じゃないのは重々承知してるつもりだけどさ。分かりにくいんだもん!しょうがないだろ!?

自分でも分かって出来るのだから他人が出来ても当然。そう思っているんだろうなアイツ等。初心を忘れちゃいかんですよ?

 

「あ、あははは…。まぁISの操縦にはイメージも関わってくるからまちがってはないんじゃない…かなぁ?」

 

そこは自信を持って間違いじゃないって言って欲しかった。

 

「は、話を戻そうか?」

「…だな」

 

落ち込んでたってしょうがない。それで上達する訳でも無いんだし。

 

「それでね?操縦に関しては時間を掛けてくしか無い。だから、一夏がまず学習すべきポイントは2つ。射撃武器の特性と接近戦での間合いの把握かな」

「射撃武器の特性と間合いの把握?」

 

どういう事だ?言葉だけを並べられてもいまいち良く分からんのだが。

 

「一夏は単純に射撃武器の特性を理解していないから相手との間合いを詰めることも攻撃を避けることも出来ないんだと思う」

「そんな事無いと思うんだが…」

「そんなことあるの。この一週間、一夏の訓練を見てきたけど殆ど僕やセシリアの間合いを詰められなかったじゃない。それに、『瞬間加速』からの攻撃は白式のスペックだと確かに効果的ではあるけど、そう何度も見せられれば対処するのはそう難しくないよ?特に一夏の『瞬間加速』は直線的だから」

「確かに、最近じゃセシリア達にも通用しなくなってきたなぁ…」

 

ワンパターンだから読まれてたのか。確かに一直線に突っ込んでくるのが分かってるんだから避けるのに苦労はしないだろうな。

 

「軌道を変えながら加速するって言うのは?」

「それはあまりお勧めできないね。瞬間加速中に無理な軌道変更をすると機体に負荷が掛かるし、操縦者にもそれがいくから…最悪、骨折とか大けがする場合もあるんだ」

 

良かったぁ。実行する前に訊いておいて。ん?でも待てよ?

 

「シャルル?ミコトのイカロス・フテロはどうなるんだよ?凄い加速で複雑な軌道をとってるのに大丈夫なのか?」

「ん?」

 

急に自分の名前を呼ばれてぼーっと空を眺めていたミコトが反応する。てか真面目にやってくれよ。

 

「別にミコトは瞬間加速によってあの加速を出してる訳じゃないよ?確かに凄い複雑な軌道で凄い加速をする時はあるけど、イカロス・フテロはそれに特化した機体な訳だしそういうのは考えて設計されてる。特にあの翼。あれはビジュアルのためだけの翼じゃない。空気抵抗・圧力・軌道変更っといった沢山の技術を詰め込んだとんでもないものなんだよ?」

 

空気抵抗や云々の話は千冬姉に訊いたけど最後の初耳だな。千冬姉は欠陥機って言ってたのに。

 

「操作が複雑すぎるのが問題なんだよ。操作が簡易化されて、尚且つあの機動が誰でも実現可能になればあの機体は化けるかもしれないね」

「ふ~ん…」

 

やや興奮気味で熱く語るシャルルに俺は唯々頷く。うん。正直言うと良く分からん。シャルルの様子からして凄い事なんだろうけど。

 

「―――っと、また話が逸れちゃったね。それで、一夏は射撃武器の特性って何だと思う?」

「何だって…間合いっていうか、射程距離だろ?」

「そうだね。それが近接武器と射撃武器の圧倒的な違いだね。…他には?」

「他に?え?それだけだろ?」

「ううん。もう一つあるよ。重要なのが」

 

もう一つ?他にまだあるのか?俺には間合いくらいしか思い浮かばないんだが…。

 

「はい時間切れ。答えは『速さ』」

「『速さ』?」

 

速さ…射撃武器に速さって単語を関連付けるって考えすら俺の頭にはなかった。まさかそんな言葉が出てこようとは…。

 

「うん、速さ。一夏の瞬間加速も速いけど、弾丸の面積は小さい分より速い。だから、軌道予測さえ合っていれば簡単に命中させられるし、外れても牽制になる。一夏の瞬間加速は一回に凄い量のエネルギーを消費するけど実弾の場合は弾がある限り同じ速度で何回でも撃てるしね」

「成程…つまり俺は燃費の悪い鉄砲玉って訳だな?」

「あはは、酷い言い方だけどその通り。でも、弾には感情が無い。だから唯只管にブレーキを掛ける事無く一直線に飛んでいく。一夏の場合は玉砕覚悟で特攻しても心の何処かでブレーキをかけちゃうんだ。人間だからね」

「それが間合いを詰められない原因?」

「の一つだね。他にも色々と理由はあるけどね。間合いの差を埋めるのにはそれなりの技量が求められるから」

 

『剣道三倍段』って奴か。無手の人間と剣を持った間合いの差。一見、そんなに差は無いように見えてもその距離には絶対の間合いが存在する。無手の人間は間合いが狭いため当然踏み込まなければ相手に当たらない。でも、間合いの広い剣を持つ相手がそれを許す筈が無い。踏み込もうとすれば自身の間合いに入った瞬間に打ち込まれてしまうだろう。それだけ間合いというのは難しいのだ。

 

「…で、今も出てきたけど。二つ目のポイントは接近戦での『間合い』の把握」

「これは把握してるつもりだぞ?」

 

これでも一応は子供の頃に剣道を習ってたし、今も箒にしごかれてる。剣の間合いについては把握してるつもりだ。

 

「そうだね。『攻撃が当たる距離』は把握してると思う。でも、『確実に当たる距離』までは把握してない」

「確実に、当たる距離?」

「うん。白式の単一仕様能力『零落白夜』は大量のシールドエネルギーを消費するのは知ってるよね?」

「ああ」

 

自分自身の事だ。その事は良く知ってる。

 

「『肉を斬らせて骨を断つ』まさにそれを具現化した様な武器だけど。それは本来必殺でないといけない。でも一夏は簡単に避けられて自分から不利な方へと追い詰めてるんだ」

「ぐっ…」

 

確かにいつも一発逆転一か八かの賭けの気持ちで攻撃してる様なもんだよな…。

 

「自分からシールドエネルギーを消費するなんて本来有り得ないよ?しかも簡単に避けられちゃうし一夏は相手の攻撃をかわさないで受けちゃうし。そんなの勝てる訳無いよね?」

「ぐっ!おおおおっ…」

 

こ、心が…俺のガラスのハートが…っ!先程接着剤で直したばかりのガラスのハートが砕けてしまう…っ!

 

「だから、確実に当たる距離を覚えてもらうの。身体にね?」

「覚えるってどうやってだよ?」

「うん♪ミコトと『おにごっこ』をしてもらいます♪」

「オウ、イエ~イ」

「なん…だと…?」

 

今、何とおっしゃいましたかシャルルさん?俺の耳が確かならミコトとおにごっことかおっしゃいませんでした?それにダブルピースっていう妙な反応を見せてるミコト…まさかミコトが此処に居るのはそう言う事なのか!?だとしたらなんてこった!マジでやばい!

 

「逃げるミコトをこの新聞紙を丸めて作った剣で叩いてね♪ミコトに当てれるようになればもう誰にだって避けられないよ♪」

 

その理屈おかしい。絶対におかしい!

 

「と言う訳で♪アリーナに行こうか♪」

「レッツゴー」

「い~や~だあああああああああぁぁぁ…―――」

 

そして、俺の抵抗も虚しく。シャルルとミコトに襟を掴まれた状態でズルズルと引きずられ、すれ違う女子生徒達に奇妙な物を見る様な視線を浴びながら俺の悲痛な悲鳴はムカつく程澄んだ青空の彼方へと吸い込まれて消えて行くのだった…。

どうしてこうなった!

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 千冬

 

 

「―――…はい。ではその通りに。はい。失礼します」

 

通信を切りディスプレイを閉じるとふぅ、と疲れの籠った溜息をひとつ吐く。別に尊敬もしてもいない相手に使いたくも無い敬語を使ったせいか凝りに凝った身体をボキボキと鳴らす。やはりこういうのはどうしても慣れないものだな。老害どもに媚を売ると言うのは。まぁ、弱みをチラつかせてお話(脅迫)したら泣きながら喜んでこちらの要求を呑んでくれたが…。

しかし、完全に後手に回り対処が遅れたとはいえこれで漸く一息吐ける。こちらが睨みを利かせている内は各国の欲深い馬鹿共も手を出そうとは考えまい。残る問題と言えば―――。

 

「ボーデヴィッヒ、か―――」

 

篠ノ之といいオルコットといい、どうして私のもとには問題児しか集まって来ないのかとつくづく思う。しかし意外だ。一夏やオリヴィアが関わっているとはいえあのボーデヴィッヒが軍規に違反する行動を取るとは。ドイツの方にも改めて問い詰めてみたが、彼等も今回の件は本当に関与していないらしい。それどころかボーデヴィッヒからは定時連絡すら無いとの事だ。あの軍に忠実なボーデヴィッヒが定時連絡を怠るとは思えない。アレが独断で行動しているか、もしくは何者かがアレを利用しているのか…。これはいよいよもってキナ臭くなってきた。もしや、今回の件も大掛かりな囮でしか無いのかもしれんな。だとすれば、この影に居るのはやはり…。

 

「ちっ、面倒なことだな。まったく」

 

厄介事が次から次へと…。胸糞悪いにも程がある。奴らめ、この落とし前はどうつけてくれようか?楽には死なせん。自ら殺してくれと乞う様にじっくりと…――――。

 

「む?」

 

連中をどう血祭りにあげるか浸っている所を横槍の通信が入る。楽しんでいる所を邪魔されて小さく舌打ちすると思考を切り替え端末を操作しディスプレイを開く。そして、通信相手を確認し私は意外な人物の名を見て驚いた。何故なら、その人物の名は―――。

 

『―――お久しぶりですね。教官』

「…ああ、まさか貴様の方から連絡をくれるとはな。クラリッサ・ハルフォーフ。それと、私はもう教官では無い」

 

クラリッサ・ハルフォーフ。嘗ての私の教え子であり、今問題となっているラウラ・ボーデヴィッヒの副官を務める者の名だったのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

 

「ゼェ…ゼェ…し、しぬぅ!」

 

ミコトと鬼ごっこを始めて3時間は経過しただろうか。休憩を入れず3時間をぶっ通しでミコトを棒を当てようと必死に頑張っては見たものの、やはりと言うべきか。当たるどころか掠りもせずに現在こうして俺は体力切れを起こして情けなくダウンしていた。

地面に大の字で寝そべって空を見上げると、鬼ごっこの最中は気にする余裕も無かったからか、陽も沈み始めて空もだんだんと茜色に染まって行っているのにこの時漸く俺は気付く。

随分と集中してたんだなぁ…。それだけ余裕が無かったって事だろうけど。

ミコトを簡単に息を切らす事無く捕まえる千冬姉と、必死な俺とは反対に楽しんでいるミコトとは違い、俺はこんなに必死で体力を使い果たしているというのに結局触れることすら出来なかった。これがミコトと俺の力量差かと、今さらだと分かりきった事実だと言うのにどうしても悔しくて拳を強く握り締めてしまう。

 

「一夏、お疲れ様」

 

バテている俺にシャルルは駈け寄ってくるとミネラルウォーターが入ったペットボトルを渡してくる。有り難い。もう喉がカラカラだったんだ。俺は「サンキュ」と感謝を述べてペットボトルと受け取ると一気に水を飲み干した。

 

「ぷはぁっ…水が滅茶苦茶うめぇ!」

「あはは。それだけ頑張ったって事だよね。お疲れさまでした」

 

本当にお疲れだよ。この歳でおにごっこでクタクタになるとは思わなんだ。見た目お子様なミコトはまだ空で飛び回ってるけど…。

空を見上げれば茜色の光を輝かせて悠々と空の散歩を楽しむミコトの姿が。ホント、子供は疲れ知らずと言うか…って、ミコトも同い年か。同い年…だよな?見た目小学生くらいだけど。あっ、胸は鈴と同じくらいか。

 

 

 

 

バキィッ!

 

「ど、どうしましたのっ!?突然壁に穴を開けたりしてっ!?」

「いや、急に殺意が湧いて」

「…は、はぁ?」

 

 

 

 

―――はっ!?何か寒気が。6月だからってまだ冷える時は冷えるからな。その所為か?

 

「どうかした?」

「い、いや…なんでもない」

「そう?まぁいいけど。それでどう?何かコツ掴めた?」

「掴めたかって…掠る事さえできなかったしな」

 

コツを掴む以前の問題だと思うが…。

 

「そうでもないよ?一夏は気付いてないかもしれないけど。だんだん時間が経つに連れて動きに無駄が無くなっていってたもん。多分無意識でやってたんだろうね。凄い上達速度だと思う」

「それでも、成果が出なけりゃ意味無いよ」

「武器が一つだけってなるとそれだけ難しくなるからね。そう簡単にはいかないよ」

「せめて飛び道具さえあればなぁ…」

「そう言えば、一夏の白式には『後付武装≪イコライザ≫』がないんだっけ?」

 

『後付武装≪イコライザ≫』とは、名前の通りその機体の基本武装以外での追加武装の事だ。機体にはそれぞれ拡張領域≪バススロット≫と言う物が存在し、その容量を許す限り武装を量子変換≪インストール≫し、そこに格納しておくことが出来る。本来なら機体の欠点や基本武装の補助をするためにあるのだが…何故か俺の白式には拡張領域が既に満タンな状態で空いていないらしいのだ。

 

「ああ、何回か調べて貰ったけど、拡張領域は空いてないらしいんだよ。だから量子変換は無理だって言われた」

 

まぁ、出来たからって俺がそれを使いこなせるかどうかは分からないけどな。雪片弐型だけでも手こずってるってのに。やっぱり、俺には沢山の武器を使うより一つの武器に集中するのが性に合ってる。なんたって千冬姉の弟なんだからな。

 

「んー…たぶんだけど、それって単一仕様能力≪ワンオフ・アビリティー≫の方に容量を使っているからかな」

「えーっと…ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する固有の特殊能力だっけ?」

「そう。でも普通は第二形態から発現するんだよ。それでも発現しない機体の方が圧倒的に多いから、それ以外の特殊能力を複数の人間に使えるようにしたのが第三世代型IS。オルコットさんのブルー・ティアーズ。凰さんの衝撃砲。それにミコトの可変翼もそうだよ」

「へぇ~…、白式も零落白夜も単一仕様能力なんだよな?」

 

エネルギー性質のものであればそれが何であれ無効化・消滅させる白式最大の攻撃能力、それが『零落白夜』。しかしその発動には自身のシールドエネルギー、つまり自分のライフを削るという対価を求められる。威力は絶大だが対価も絶大。文字通り諸刃の刃であり、先程シャルルが言っていた様に『肉を斬らせて骨を断つ』と言う言葉を具現化した様な武器なのだ。

 

「うん。でも凄い機体だね。第一形態でアビリティーが使用できるなんて前例が無いよ」

「それって凄い事なのか?」

「勿論、武装が一つしか無いってデメリットがあって十分お釣りが来るくらい。言ったでしょ?滅多に発現しないって。それだけワンオフ・アビリティーは価値があるものなんだ。発現させれば代表にだってなれるよきっと」

 

成程、それ相応の物は貰ってるってことなのか。ならこれ以上望むって言うのも贅沢だよな。怠慢も良い所だ。あとは俺の努力次第ってことか。…うん!シャルルの話を聞いてたら急にやる気が出て来たぞ!

 

「…よし!もうひと頑張りするか!」

「あれ?急に元気になったね?」

「これだけ良い機体を使ってるんだ。それに、千冬姉も同じ条件でモンド・グロッソを戦い抜いたんだ。俺が弱音吐いてちゃ駄目だろ?」

「一夏…うん!そうだね!頑張ろ!一夏!」

「おう!」

「(…あれ?そう言えば織斑先生も同じ能力だったよね?同じ能力が発現するなんて本来有り得ない筈なのに…)」

「ほらシャルル!なにボケっとしてるんだよ!もう時間ねぇんだから早く始めようぜ!」

「あっ!うん!(偶然、なのかな…?)」

 

 

 

 

空はもうすっかり藍色に染まってしまい。周りに居たアリーナを使用する女子生徒達も既に寮へと帰ってしまった。今アリーナに居るのは俺とシャルル、ミコトの三人のみ。あれからもう一度ミコトに再戦を挑んでみたがやはり惨敗。気持ちだけで如何にかなるもんじゃないってのを実感した。

 

「だーっ!やっぱり駄目かぁ!!」

「ん。でも一夏。すごく頑張った。いいこいいこ」

 

もうすっかり満足したのか、漸く地上に降りてきたミコトがISを解除して、白式によじ登り俺の頭をいいこいいこと撫でてくる。…なんだこれは。妙にくすぐったいぞ。

 

「いいなぁ…」

「何か言ったか?シャルル」

「な、なんでもない!?」

 

何でも無いわけあるか。そんな物欲しそうにこっちを見てからに。何が言いたいのか丸分かりだぞ。

 

「そ、それじゃあ!最後に射撃武器の練習でもしてみようか!射撃武器が一体どんな感じか実際に使ってみないと分かんない事もあるだろうし!」

 

誤魔化したな…。

明らかに誤魔化しているのがバレバレなシャルルは自身の武器、五五口径アサルトライフル≪ヴェント≫を俺に渡して…否、押し付けて来た。わかったから。追求しないから押し付けるのはやめろ。それ、凶器だから。あと地味に肌に食い込んで痛いから!

 

「イテテテッ!?…ってか、他の奴の装備って使えないんじゃないのか?」

「普通はね。でも所有者が使用承諾≪アンロック≫すれば、登録してある人全員が使えるんだよ。えっと―――よし、今一夏と白式に使用承諾を発行したからもう使える筈だよ。試しに撃ってみて」

「お、おう…」

 

初めて銃器を持った事もあってか妙な重さを感じる。ISのエネルギーフォールドがあるので重たくは無い筈なのに…。やはり、銃は代表的な凶器であり、人の命を奪う物と言う印象が強い為だろうか?精神的にその重みと言う物が伝わってくるんだろう。

ごくりと唾を呑み俺は慣れない手つきで銃を構える。たぶん、今の俺はガチガチで不格好で情けない姿を晒している事だろう。銃を持つなんて初めての経験だからどんな構え方をすればいいのか分からないのだ。

 

「こ、こんな感じで構えればいいのか?」

「…一夏。肩に力入れすぎ。もっと楽にして。そう。それで脇も締めて。そこに左腕じゃなくてココ」

 

俺の後ろに回って次々と俺の姿勢を正していく。うん。俺からは確認する事は出来ないけど何だかまともな感じになった様な気がするぞ。

 

「オルコットさんのスターライトmkⅢと違ってこれは実弾だから瞬間的に大きな反動が出るけど、ほとんどISが自動で相殺するから心配しなくていいよ。センサー・リンクは出来てる?」

「銃器を使う時のやつだよな?さっきから探してるんだけど見当たらないんだよ」

 

 

 

ISでの戦闘は互いに高速状態での戦闘となる。そんな状態で人間の動体視力など付いて行ける筈も無く当然、ハイパーセンサーとの連携が必要となってくる。ターゲットサイトを含む銃撃に必要な情報をIS操縦者に送るために武器とハイパーセンサーを接続するのだが、さっきから探しているのだが白式のメニューにはそれが無いのだ。

 

「格闘専用の機体でも普通は入ってる筈なんだけどなぁ…」

「欠陥機らしいからな。白式も」

「100%格闘オンリーなんだね。じゃあ、しょうがないから目測でやるしかないね」

 

目測かぁ。エアガンすら使った事が無い俺に出来るんだろうか?実際にやってみない事には分からんか。…よし!

 

「じゃあ、いくぞ」

「うん。最初は的に中てる事に拘らないで撃つことだけ考えて。それから撃つ感覚に慣れていこ」

 

感覚というのはやってみなければ絶対に分からないものだから、シャルルの言う通りなんだろう。とりあえず俺は一度深呼吸してから、的に狙いを定めてぐっと引き金に力を込めた。

 

バンッ!

 

「うおっ!?」

 

物凄い火薬の炸裂音に驚いてしまう。今まで何度も銃声を聞いて来た筈なのに、自分で撃ってみるのとではこうも違う物なのか…。

ISが相殺してくれてるとはいっても手に残る反動と妙な感覚。これが銃を使った感覚なんだな。雪片しか使った事が無い俺にとっては新鮮な感覚だ。

 

「どう?実際に撃ってみて」

「あ、ああ…なんだか凄いな」

 

『トリガーハッピー』という言葉を聞いた事があるが…成程、気持ちが分かるかもしれない。楽しいっていうかわくわくって言うか、よく分からない高揚感が凄いのだ。

 

「あはは。銃を初めて撃った人は皆同じ事を思うんじゃないかな?僕もそうだったし。あ、そのまま続けて。一マガジン使い切っていいから」

「おお!サンキュ!」

 

学園が管理しているISの弾薬費と修理費は学園が負担してくれるが、専用機持ちはその所属する国が負担するのでそう無駄遣いは出来ないって言うのになんて良い奴なんだ。

シャルルの心遣いに感謝して、もう一度的に狙いを定めて二発三発と撃ちこみながら銃の特徴を把握しつつ、どのように銃の間合いを詰めるべきか考えていた。

動かぬ的を自分の姿に重ね合わせてみる。成程、相手が近接武器しかもっていないと分かっていてこんなに距離が離れていれば慌てず落ち着いて相手の動きを把握して対処する事が出来るだろう。自分がどれだけ不利な状況かと言う事が良く分かる。この距離、どう詰めれば良いのだろう。動き回って相手を錯乱…いや、それだと此方のエネルギーの消費が激しくて結局は追い詰められてしまうだろう。なら逆に突っ込んで…これだと今までと同じじゃないか。

 

「う~ん…」

「考え事しながら撃っても当るものも当らないよ?一夏」

「あ、悪い…」

 

弾薬も馬鹿にならないってのに無駄遣いするのは悪いよな。集中しないと…。よし、中った。

 

「そういえばさ、シャルルのISってリヴァイヴだよな?」

「うん。そうだよ。それがどうかした?」

「いや、何か山田先生が操縦してたのとだいぶ違う様に見えたからさ。本当に同じ機体なのか?」

 

山田先生が使っていたIS『ラファール・リヴァイヴ』は、ネイビーカラーに四枚の多方向加速推進翼が特徴的なシルエットをしていた。それに比べてシャルルのISはカラーだけでなく全体のフォルムからして違う。機動性を向上させるために追加された推進翼。削れるところは削ったと言った感じのスマートなフォルム。そして他のリヴァイヴの武装には無い左腕に固定されたシールド。どれも通常のリヴァイヴとは異なるものだった。

 

「ああ、僕のは専用機だからかなりいじってあるよ。正式にはこの子の名前は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。基本装備をいくつか外して、その上で拡張領域を倍にしてあるんだ」

「倍!?そりゃまたすごいな…てことは武器の数も凄い数になるんだろう?」

「そうだね。今量子変換してある武装だけでも二十くらいはあるかな」

「凄いな…ホントに」

 

そんな数の武器を使いこなせるのだろうか?俺だったら絶対に無理だな。戦闘中にその膨大な量の武器の中からその状況にあった武器を選択する余裕俺には絶対ないだろうから。きっと武器を選んでいる最中に隙を突かれて撃墜されるのがオチだ。

 

「ラファール・リヴァイヴの特徴はその汎用性と多種多様な後付武装を組み合わせることが出来るパフォーマンスの高さ。だから、ラファール・リヴァイヴは第二世代型ISで完成に近いISと言っても良い」

 

射撃練習をしている時からちゃっかり俺の背中に張り付いてたミコトがそんな事を説明して来る。真面目な話をしてるのに今やっている行動のせいで台無しだぞ?ミコト…。

 

「おお、ミコト辞典が始まった。…というか、いい加減降りろ」

 

いつまで張り付いてんだまったく。自分は何もすることが無いから退屈だったんだろうが、年頃の女の子がはしたない真似するんじゃありません。自分が今何を着てるか分かってるのか?

ISスーツは肌を隠す面積は水着と殆ど変らない。そんな格好で密着されてみろ。色々と困るだろうが。何がとは俺の尊厳に関わるから言わないけどな。

 

「ミ、ミコト辞典?なにそれ?」

「ミコトの台詞、なんだか辞典をそのまんま読んだ感じがするだろ?だからミコト辞典」

「そ、そうなんだ…」

「んー?」

 

シャルルが頬を引くつかせてると言うのに、辞典呼ばわりされてるミコト本人は何の事か分からないといった感じで首を傾げるだけである。まあシャルルの驚く気持ちは分かる。俺たちだって最初はミコトの知識の量には驚かされたものだ。でも今では「まあミコトだから」の一言で解決してしまうくらいに慣れてしまったけどな。人間の適応能力って凄い。

 

「しかしミコトの説明を訊くと凄い機体なんだなリヴァイヴ」

 

授業でも聞いたけど改めてその凄さを実感する。戦争なんて数ですよ数。武器が豊富なだけ色んなタイプの相手にも対応できるしな。

 

「凄いものか。武器の数しか取り柄のない時代遅れのアンティークなだけだろう?」

 

まるでナイフの様に鋭く冷たい声が、静まり返ったアリーナにまるで水たまりの波紋のように静かに響く。その聞き覚えのある声を聞くとまるで刃物を首筋に当てられたかのような錯覚を感じぞくりと背筋を凍らせる。隠そうともしない明らかな殺気。獣は獲物を狩るとき気配を潜ませるものだが、この声の主はそんなものは一切しない。堂々と、まるで今からお前達を殺すぞと死を告げるかの様に殺気を放つのだ。

まずい。俺はそう思った。今、此処には箒もセシリアも鈴ものほほんさんも居ない。箒は珍しく部活に顔を出しており、セシリアと鈴は何か急に機体の調整とやらで上司に呼び出されたらしく午後から学園を留守にしている。のほほんさんは何か用事があるとかで午後から会っていない。この状況で襲われたら俺はミコトを守りきれるのか?

ゆっくりとその声が聞こえて来た方へと振り向く。やはりそこには銀髪の少女。ラウラ・ボーデヴィッヒがその小さな身体とは不釣り合いな左肩に大型のレール砲を装備した漆黒のISを身に纏い、美しい銀髪を靡かせて、ギラついた獣の様な瞳で此方を睨みつけていた…。

殺される。本能がそう告げていた。このまま動かないで待っていたら確実に殺される、と…。それだけ、ラウラの殺気は異常だった。何が彼女をそうさせるのか俺には分からない。でも、アレは普通じゃない。普段の、学園に来る前の彼女を俺は知らないがまるで何かが取り付いた様にも見える。幽霊だの何だの、この世界最先端の技術が集まるIS学園で言うのも可笑しい話だが。

 

「どうした?睨まれただけで竦んでいるのか?情けない。それでもあの人の弟なのか?」

「くっ…」

 

図星を突かれて俺は何も言えなくなる。実際、この上なく情けない姿を晒してる。自分より背の小さい女に睨まれてビビってるなんてよ。

 

「やはり貴様はあの人の弟に相応しくない」

 

またそれかよ…。

ミコトが襲われたあの日、あの公園でもラウラは同じ事を言っていた。ああ、なんとなく気付いてるよ。お前が何を言いたいのか。お前が千冬姉を『教官』って呼んだ時から大体は想像はついてたんだ…。

お前が俺を憎む理由。それは…。

 

「貴様がいなければ…お前が誘拐なんてされなければ、教官は大会二連覇という偉業を成し得たというのに…」

 

そうだ。二年前、モンド・グロッソの決勝戦のその日。俺は謎の組織に誘拐された。どういう目的で何故俺が攫われたのかは未だ不明だが、俺は拘束され真っ暗な部屋に閉じ込められた。そこに助けに現れたのがISを纏った千冬姉だったのだ。決勝戦の会場から俺が誘拐されたという報せを受けて文字通り飛んで来たらしい。

今も忘れない。あの時の千冬姉の姿を。凛々しく、力強く、そして美しい、その姿を…。

しかし、それが原因で決勝戦は千冬姉の不戦敗となり、大会二連覇も果せなかった。誰もが千冬姉の優勝を確信していただけに、決勝戦棄権という事態に大きな騒動を呼んだ。

俺の誘拐事件に関しては世間的に一般公表されなかったのだが、事件発生時に独自の情報網から俺の監禁場所に関する情報を手に入れていたドイツ軍関係者は全容を大体把握している。そして千冬姉はそのドイツ軍の情報によって俺を助けたという『借り』があったため、大会終了後に一年程ドイツ軍IS部隊で教官をしていた。ラウラが千冬姉を『教官』と呼ぶのはそのIS部隊にラウラが所属していたから。だからだろうか、千冬姉をこんなにも信仰するのは…。

 

「私は、貴様の存在を―――『貴様達』の存在を認めない!」

 

貴様『達』か…ミコトの事を言っているんだろう。

 

「ミコトは関係ないだろうが!何処にミコトの命を狙う理由があるっ!?」

「…え?…命?」

 

一人話について行けていなかったシャルルがミコトがラウラに命を狙われているという事実を知り驚愕する。しかし、そんな驚くシャルルを無視して話は進行する。何故ミコトの命を狙うのか?その問いにラウラは大方公園の時と同じ反応を見せると思っていた俺の予想とは大きく異なる反応を見せた。

 

「何だ。貴様、知らないのか?ソレの出生を」

「…?」

 

ラウラの言葉に眉を顰める。ミコトの出生?何の事だ…?

 

「…ふっ、どうやら本当に知らないらしいな。それでよく友と呼べたものだ。まぁ、出来損ないの人形には『友達ごっこ』がお似合いだがな」

「友達ごっこ…だとっ!?」

 

俺達とミコトの関係がごっこだと、こいつはそう言いたいのか!?

ふざけるな。何でお前なんかにそんな事を言われなければならない。ミコトを命を狙うお前なんかに何で…。

 

「それについて何も知らない。なのに友達を語る。それをごっこ言わずして何と言うんだ?」

「うるせぇっ!お前に…お前にミコトの何を知ってるっていうんだっ!?」

「貴様達よりかは知っているつもりだがな。…ふむ、そのつもりは無かったが気が変わった。喜べ、特別に話してやろう」

 

暫し考える仕草を見せ、何かを思い付いたのかゾクリとする程の暗い笑みを浮かべてラウラはそう告げる。

 

「…?」

「気になるのだろう?ソレの秘密を。なら教えてやろうと言うのだ」

「…」

 

…確かに、ミコトの事を知りたい気持ちはある。でもいいのか?こんな奴の口から聞いても?こういうのはミコト本人から聞くべきじゃないのか?

どうするべきなのだろう?俺にはどちらが正解なのか分からなかった。知りたいという気持ちとそれを引き止める気持ちが天秤に吊るされてゆらゆらと左右に揺れている。そして、何時までも悩んでいる俺に時間切れだと言うかのようにラウラが口を開いた――――その瞬間、アリーナにもう一つの声が現れ、ラウラの言葉を中断させた。

 

「その件については口外は禁止すると言った筈だ。ボーデヴィッヒ」

「教官…」

 

ラウラと同様に鋭さはあるものの、その声には理性と静かな力強さを感じさせる凛とした女性の声。その声を聞いた瞬間、俺はほっと安堵し、その声の主を見た。千冬姉だ。

 

「もし、それ口外すると言うのであれば。IS学園ひいては委員会の決定を逆らうと見なすが?」

「…」

「だんまりか。…織斑」

「は、はいっ!?」

 

急に呼ばれ、咄嗟敵にびしっと背筋を伸ばしてしまう。

 

「お前…いや、正確にはお前達か。お前達もミコトについての詮索は一切禁ずる。いいな?」

「な、何で…」

「詮索は禁ずると言った筈だぞ?」

「…はい」

 

鋭い眼光に射抜かれ、俺は何も言えなくなり小さく返事をして俯く。

 

「…もうアリーナの閉館時間は過ぎている。さっさと寮に戻れ」

「ん」

「「…はい」」

「了解しました」

 

そう告げると千冬姉は立ち去り、ラウラも千冬姉の指示だからか、それ以降は一切口を開く事は無くちらりと俺を見て馬鹿にしたような笑みを漏らしこの場から去っていってしまった…。

この場に残るのは俺達と気まずい空気のみ。俺はただ黙りこみラウラの去って行った方を眺めていた…。

 

―――それでよく友と呼べたものだ。

 

「…っ!」

 

アイツの言葉が頭に響き、ぎゅっと拳を握りしめる。

悔しかった。アイツの言葉が。アイツの言っている事が事実だって言う事が。俺達が何もミコトの事を知らないって言う事が…。

 

「一夏?」

「…ミコト?」

 

気付けば俺の背中に張り付いていたミコトが、俺から降りてそっと俺の拳をその小さな手で包む様に握って此方を見上げていた。

 

「わたし、自分の事教えられない。千冬に言うなって言われてる」

「…そうか」

 

やっぱりそうなんだな。千冬姉が言わない訳無いもんな…。

 

「でも、一夏はともだち。本音も、箒も、セシリアも、鈴も、シャルルもともだち。ごっこ、じゃない。わたしの宝物。誰にも、否定させない」

「ミコト…」

 

その幼い少女の瞳には強く揺るがぬ意志が灯っていた。何人たりとも絶やす事が出来ない意志が。

…そうだよな。誰が何と言おうと、ミコトの事を知らなくても、ミコトは俺の友達だよな。

何をうじうじと悩んでいたんだ俺は。何処に悩む要素がある?そんなの分かりきってた事じゃないか。それだと言うのに俺って奴は本当に馬鹿だな…。

 

「…悪い。ありがとな。ミコト」

「ん」

 

気にするな。そうする様に首を左右に振るミコト。本当に必要以上の事は口にしない奴である。伝える事言ったら直ぐに言葉足らずに戻ってしまった。でも、ミコトらしい。俺はそう思い苦笑する。

 

「あの…僕だけ置いてけぼりなんだけど?」

「あ…」

「おー」

 

そう言えば忘れてた…。

すっかりと風景と化してしまったシャルルに漸く気付いた俺達だった…。

 

 

 

 

 

「成程ね。そう言う事だったんだ…」

 

更衣室で着替え終えた俺達は、寮に戻りシャルルに全ての事情を説明した。ミコトの命が狙われている事を知った以上黙っている必要は無いと判断したからだ。あと、ミコトはこの場にはいない。自分の部屋に戻って貰った。

 

「一夏が僕に敵か味方か聞いて来た意味がようやく分かったよ。それは疑いたくもなるよね。ボーデヴィッヒさんと同じ日に転校してくれば疑うなって言うのも無理があるから」

 

苦笑してそんな事を言うシャルル。なんていうか、あの時は疑って申し訳無かった。あの時はあんな事があった翌日で余裕がなかったんだよ。

俺はシャルルに疑っていたことを謝るとシャルルは両手を振っていいよ気にしてないからと笑顔を許してくれた。

 

「…でも、殺すなんて物騒な話」

「ああ、普通じゃない」

 

シャルルは先程の笑みを消し去り真剣な表情へと変え、俺もシャルルに同意し頷く。確かに物騒極まりない話だ。他人の命を奪おうとするなんて正気の沙汰とは到底思えない。何より…。

人を殺そうと言う時に笑うなんて普通な訳が無い…。

 

「それで、どうするの?一夏」

「どうするもない。俺はミコトを守るだけだ」

「そっか…ねぇ、僕も仲間に加わらせてくれないかな?」

「え?」

 

急なシャルルの提案に俺は目を丸くして驚いた。

 

「だって、僕もミコトの友達なんだよ?」

「…そっか。そうだよな」

 

シャルルだってミコトの友達なんだ。友達を守りたいって気持ちは同じなんだ。きっと…。

 

「ありがとな。シャルル」

「お礼を言われることじゃないよ。友達を助けるのは当たり前の事でしょ?」

「…ああ!そうだな!当たり前だよな!」

 

シャルルの裏を感じさせない言葉と笑顔を見て俺はとても嬉しかった。シャルルが本当にミコトを大切に思ってくれているのだと知って嬉しくて仕方が無かった。

 

「ふぅ、何だか安心したら腹減ったな!食堂で飯にするか!」

「あっ、僕は先にシャワーを浴びてからそっちに行くよ。あ、一夏も汗流してないよね?一夏が先にシャワー使う?」

「いや、俺は飯食ってからでいいよ。じゃ、また後でな」

「うん。いってらっしゃい」

 

シャルルに見送られて部屋を出ると、俺は食堂へと向かう。

しかし本当に良かった。シャルルが俺達に協力してくれて。正直に言うと、アリーナでラウラと対峙した時俺はアイツの異常さに恐怖した。自分が知らない人間の闇の部分を見せられたような気がして…。あんな物からミコトを守れるのかとも思った。だから、あの場に居てアレを見たというのにそれでも一緒にミコトを守ってくれると言ってくれた時は本当に嬉しかったのだ。心強い仲間が出来たような気がして…。

 

「あ、そういえば…」

 

ふと、ある事を思い出し足を止める。

 

「ボディーソープ切らしてたんだっけ?シャルル予備の場所知らないよな。教えてやらないと…」

 

再び自分の部屋へと戻る。部屋に戻って来てみるとシャルルの姿が無い。もう既にシャワールームに入ってしまったようだ。

仕方が無い。ボディーソープが無いとシャルルも困るだろうし持って行ってやろう。そう思ってクローゼットから予備のボディーソープを手に取ると、洗面所のドアを開けた。すると同じタイミングで脱衣所のドアが開いた。おそらく、ボディーソープが無い事に気付いて探しに来たのだろう。

 

「ああ、シャルル。ボディーソープ切れてただろ?これよ…び…」

「い、いち…か…?」

 

俺は目の前の状況に言葉を失う。何故なら、脱衣所から出て来たのは見た事のない、裸の『女子』だったのだから…。

 

 




ミコトに剣で攻撃を当てるには「燕返し」を習得しないと無理だと思う

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