IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第12話「もう一つの翼」

 

「…ISの操縦?」

 

朝の食堂。サンドイッチを口に運ぼうとしていた手を止めてミコトは視線をサンドイッチから俺へと移す。

 

「ああ、頼むよ」

「箒とセシリア」

 

口足らずで意思疎通が分かり辛いが、きっと箒とセシリアはどうしたんだと言いたいのだろう。

 

「確かに二人には教えてもらってる。でもあの二人には悪いけど、今のままじゃ駄目なんだ。鈴に勝つには」

 

セシリアはそもそも戦闘タイプからして違うし、箒の訓練方法も間違ってはいないけど今回は相手が悪い。同じ近接格闘特化である鈴の機体相手では今の訓練はあまり効果望めない。地道な日々の鍛錬は必要だが今はそんな時間は無いのだ。…それに、箒の様子が昨日からおかしい。訓練に身が入って無い様にも見えた。どうかしたのかと訊ねても何も答えてはくれず表情を曇らすだけ。もしかしたら体調が悪いもかもしれない。そんな箒に訓練に付き合って貰うのは気が引けた。

 

「…私は、教えるの得意じゃない。しゃべるの苦手。たぶん、一夏に伝わらない」

 

俺の頼みに返って来たのは拒絶。確かに、ミコトの性格では人にものを教えるのは向いていないのかもしれない。それでも、俺には残された選択肢はこれしかない。白式の高スペックな特性を生かした高機動戦。それしか鈴に勝つ方法は無い。そして、俺の知り合いで一番機動で優れているのはミコトしかいないんだ。

 

「頼む!このとおりだ!なんだったら好きなだけお菓子買ってあげるから!」

「!」

 

お前この間ミコトを叱ったばかりだろうがと自分に言いたくなったが、この際手段を選んではいられない。俺は必死な思いでミコトに手を合わせて頼み込む。すると、『お菓子』というキーワードに反応したのかピコンと先っちょのくせ毛が動いたのを俺は見逃さない。もうひと押しだ。

 

「頼む!頼むよミコト!」

「…何で、そんなに勝ちたい?」

「鈴と仲直りをするためさ」

「? 戦う必要、ない」

 

お話すればいい。セシリアの時と違う。そう小さくミコトは付け加える。ミコトは友達同士の喧嘩は肯定派だが、ミコトにとって今回の件は違うらしい。だからこそか、教えるのを渋っているのは…。

 

「そうかもしれない。でも、俺が幾ら考えたって答えにはたどり着けそうに無いんだ…」

 

確かに戦う必要なんて本当なら無い筈だ。俺が鈴の言葉の意味をしっかりと理解していたらこんなの事にはならなかったんだから。でも、こうなってしまった。俺の所為でだ。そして今も俺は鈴と交わしたあの約束の意味を分からないでいる。なら…。

 

「…ん。わかった」

「教えてくれるのか!?」

 

ミコトが頷いてくれた事に俺は思わずテーブルに身を乗り出す。

 

「ん。でも、私が教えるのは一つだけ。あとは一夏ががんばる」

「ひとつだけ?」

「基本動作はセシリアの方がじょうずに教えられる。私が教えるのは私のとっておき」

 

ピンと可愛らしく指を俺に突き出す。ミコトのとっておき。何だか凄そうだ。わくわくする気持ちが治まらない。まるで子供に戻った気分だ。やっぱり男である以上必殺技とかには憧れてしまうもんだ。一体どんなのだろう?俺はミコトがこれから教えてくれるとっておきとやらに期待で胸を躍らせていると、ミコトは幼さを隠さない拙い口調でこう告げた。

 

「瞬間加速≪いぐにっしょん・ぶーすと≫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第12話「もう一つの翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合当日、第二アリーナ第一試合。相手はまさかの鈴だった。これは運命の悪戯か。余りに出来過ぎた展開に何かあるんじゃないかと思ってしまうが俺にとって鈴と最初に戦えるこの展開は願っても無い事だった。

噂の新入生。そして専用機同士の戦いとあってアリーナは全席満員。それどころか通路も立って観戦する生徒で埋め尽くされていた。会場入りできなかった生徒や関係者はリアルタイムでモニターで観賞しているらしい。でも、俺にはそんな事はどうでも良かった。観客席から聞こえてくる声援も背景でしかなく俺には届いていない。俺が意識を向けているのは目の前に居る。

 

「………」

 

…そう、鈴だけだ。

 

視線の先では鈴のISである『甲龍』が試合開始の時を静かに待っている。そして、その操縦者である鈴も普段のあの喧しい雰囲気を消し去って俺を見据えていた…。

『甲龍』俺の白式と同じ近接格闘型。しかし同じ土俵に立てば経験の差で間違いなく叩き潰される。そして、アレは何かまだ隠しダネを持っている筈だ。鈴が訓練中に手札を全て明かしたとは思えない。注意しないとな…。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動して下さい』

 

アナウンスに促されて、俺と鈴は空中で向かい合う。その距離は5メートル。ISなら一瞬で距離を詰めれる距離だ。一瞬たりとも油断できない距離。この5メートルの空間に居るだけでやけにピリピリとした空気や緊張感が圧し掛かって来るのが分かる。

 

「………本気でいくわよ?」

「望む所だ」

 

この勝負は、全力でやらなければ意味がないのだから。

 

「知ってる?ISの絶対防御も完璧じゃないの。シールドエネルギーを突破する攻撃力さえあれば、本体のダメージも貫通させられるわ」

 

それは脅しでも何でも無く事実だった。以前、ミコトが千冬姉にお仕置きされた時にミコト自身にダメージが伝わっていたのその例だ。それでも武器も何も使わず打撃だけでシールドを突破する千冬姉の技量もやはり異常だが…。噂では、IS操縦者に直接ダメージを与える“ためだけ”の装備も存在するらしい。勿論、それは競技規定違反だし、何より人命に危険が及ぶ。ISは兵器だがあくまで競う為だけの機体だ。殺し合いに使う為にあるんじゃない。けれど―――。

 

『殺さない程度にいたぶることは可能である』

 

どんなに綺麗事を並べようと兵器は兵器。人を傷つける物という現実も逃れられない現実。そして、それを俺は何度も身に纏い、そして戦っているのだ。セシリアに勝てたのは事前にセシリアの機体の情報を得て、セシリアが俺の機体との相性が悪かったからたまたま勝てた。偶然と偶然が重なっての勝利だ。でも、今回は違う。技量もセシリアと同等で、戦闘タイプも俺と同じ。完全に対等な条件での戦闘だ。もしかしたら、鈴の忠告通りなるのかもしれない…。

 

だけど…俺は負けられない!

 

そうだ。負けられない。負ける訳にはいかないんだ。俺は鈴にまだ謝れていないんだから。

 

『それでは両者、試合を開始して下さい』

 

「せいっ!」

「っ!?」

 

試合を開始を告げるブザーが張り響いたと同時に鈴が動き先手を取られてしまう。

 

「ぐぁっ!?」

 

一歩遅れて俺も雪片弐型を展開し応戦。火花を散らしぶつかり合う刃と刃。青龍刀と呼ぶにはあまりにもそれにはかけ離れている形状の両先端に刃を持つ鈴の得物は見た目通りの重みのある一撃を繰り出し俺は雪片ごと弾き飛ばされてしまう。

 

駄目だ!やっぱり接近戦では鈴の方が一枚も二枚も上手だ!あれを使うか?…いや、駄目だ。

 

雪片弐型の特殊能力を使用すれば一撃の威力ならまず鈴に負ける事は無いだろう。千冬姉曰くこの一撃は現存するどの兵器よりも遥かに上回る威力も持っているらしい。でも、それを代償に自身のシールドエネルギーを消費して稼動するため、使用するほど自身も危機に陥ってしまう諸刃の剣でもある。そう何度も使う事は出来ない。

どう動くべきか俺は悩やむ。しかし、鈴がそれを許してくれる筈も無く容赦無く追撃しかけてくる。両端についたその刃を利用し自在に角度を変えてくる斬撃は、俺に応戦する隙すら与えず絶えず俺に襲い掛かってくる。

 

「くそっ!」

 

一撃を捌けばその隙にもう一撃が俺の機体を翳めて装甲を削っていく。このままでは消耗戦だ。一旦距離を取って体勢を整えなければ。そう判断し、飛び退こうとした。しかし―――。

 

「そんなみえみえな戦い方でっ!」

 

パカッと鈴の肩。非固定浮遊部位の装甲がスライドして開く。装甲が開かれて中心の球体が姿を晒すとその球体は輝き始め、その光は極限にまで強く輝いた瞬間、俺は見えない衝撃に『殴り』飛ばされた。

 

あまりの衝撃に一瞬意識を失いかけるも気合で何とか意識を保つ。しかし、体勢を立て直した所で鈴も二発目の準備を済ませていた。両肩の球体が先程と同じように強く輝いている。

 

―――来る!

 

そう思ったと同時にスラスターを全力で吹かせて横に飛び。見えない何かも同時に放たれた。

 

「ぐあっ!?」

 

避けたと思った。確かに全開で回避した筈だった。しかし現に俺は足に受けた衝撃に吹き飛ばされ地表に叩きつけられている。ずきんと痛む身体。これはつまりシールドバリアを貫通した証拠だ。そしてセンサーで機体の状態を確認してみると機体の所々がイエローで表示され不味い状況を示していた…。

 

何だ?何なんだあの攻撃は!?

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 篠ノ之 箒

 

 

「何だあれは…?」

 

ピットからリアルタイムモニターを見て私はつぶやく。そして、その疑問に答えたのは同じモニターを見つめるセシリアだった。

 

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出すブルー・ティアーズと同じ第三世代型兵器ですわ」

「見えない。へんなの」

 

率直なミコトの感想に苦笑を浮かべながら頷く。

 

「それがあの兵器の一番の強みですから。見えない攻撃を対処するのは難しいでしょう?」

「んー…?」

「…まぁ、ミコトさんの機体とではあの機体は相性が悪いのかもしれませんわね。衝撃を砲弾にしているのですから、その衝撃を利用して避けてしまうミコトさんにとって脅威ではないでしょう」

「風に乗ってるだけ」

「言っておきますけど。そんなに簡単な事ではありませんからね?それ…」

 

セシリアとミコトが何やら漫才をしている様だったが私の耳には届いてはいなかった。モニターには苦戦しながらも懸命に戦っている一夏の姿が映し出されている。

攻撃を受けても諦めようとしない一夏の姿にずきりと胸が痛む。この戦いに勝てば一夏は約束の意味を知る事になる。負けてもあの女の命令を聞くと言う条件だった。どちらの結果になっても一夏はあの女の想いを知る事になる。それが何よりも辛かった。そして、一夏が頑張っていると言うのに応援もせずに自分の事ばかりしか考えている自分の醜い姿にも許せないでいた…。

モニターには一夏の苦戦する姿が映っている。戦況は未だ芳しくない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

 

「驚いたわ。衝撃砲≪龍砲≫をこうも避け続けるなんて。砲身も砲弾も見えないのが特徴なのに」

 

鈴の言う通りだ。砲弾が見えないのはまだしも、砲身までもが見えないのはきつい。しかもどうやらこの衝撃砲、砲身斜角がほぼ制限無しで撃てるようだった。真上真下はもちろん、真後ろまで展開して撃ってくる。弾は銃口から飛び出してくる物だと言う概念に囚われている俺には全方位に撃つ事が出来る砲身に警戒して避け続ける事しか出来ず、反撃の糸口を見つけられないでいた。

ハイパーセンサーに空間の歪み値と大気の流れを探らせているが、これじゃ遅い。撃たれてからわかっているようなものだ。何処かで先手を打たなければ…。

 

ぎゅっと右手に持つ雪片弐型を握り締める。雪片弐型が持つ『バリアー無効化攻撃』。やはり今回もこれに頼るしかないのか…。

 

問題はあの衝撃砲。見えない所為で迂闊に近づく事さえ出来ない。射線は直角なため慣れさえすれば回避する事は不可能ではない。現に最初の時と比べて被弾は少なくなっている。でも、それは回避を優先にしたからであって、こっちから攻めるとなると話は変わってくる。攻めながら回避できる程あれは優しい物じゃない。隙があるとすれば次の弾を充填する時間ぐらいだろう。

 

…なら、『とっておき』を使うしかないか。

 

次の充填のタイミングに備えて、俺は加速体勢に入る。

 

―――私のとっておき。瞬間加速≪いぐにっしょん・ぶーすと≫すっごく速い。

 

瞬間加速。ミコトに教えてもらったミコトのとっておき。一瞬にして相手との距離を詰める技術だ。かなりのエネルギーを消費するが使い所さえ間違わなければ、雪片弐型との相性も良いため組み合わせれば一撃必殺のコンボと言えるだろう。

 

「…」

 

ごくりと固唾を飲みタイミングを見計らう。また肩の装甲が光り出す。

 

まだ…。

 

光が強くなる。

 

まだだ…。

 

光が極限にまで強くなり。そして…。

 

まだ、あと少し…。

 

弾けた。

 

今だっ!

 

カッと目を見開いて必要最低限の動作で見えない弾を回避して加速した。完全にかわしきれず装甲が砕けるが構いやしないそのまま突き進む。急激なGに意識がブラックアウトするのを、ISの操縦者保護機能が防ぐがそれでも身体に掛かる負担はかなりのものだ。しかし、どのみちこれが外れればもう終わりだ。あとは衝撃砲でじわじわと削られていくのがオチだろう。だからこそここで―――――。

 

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

「嘘っ!?」

 

捨て身の特攻。

鈴は俺の奇襲に驚くがもう遅い。雪片弐型の能力を解放。これで終わりにするっ!

雪片弐型が光を纏い強く輝く。その刀身を振り上げて甲龍に目掛けて振り下ろす。完璧な間合いだ。この斬撃をかわすことは不可能だろう。

 

――――勝った!

 

俺は勝利を確信する。しかし、雪片弐型の刃が甲龍に触れようとした……その時だった。

 

ズドオオオオオオンッ!

 

「な、なんだ!?」

 

鈴に刃が届きそうになった瞬間、突然大きな衝撃がアリーナ全体を揺らす。鈴の衝撃砲―――ではない。範囲も威力も桁違いだ。しかもステージの中央はもくもくと煙が上がっている。どうやらさっきのは『それ』がアリーナの遮断シールドを貫通して入って来た衝撃波らしい。

 

「何が起こって…」

 

一体何が起こっていんだ?今の衝撃は一体…。事故か?いや、遮断シールドを貫く程の威力がある何かが発生する程の事故って何だ?状況も分からず混乱する俺に、鈴からプライベート・チャンネルが繋がる。

 

『一夏、試合は中止よ!すぐピットに戻って!』

 

何をいきなり言い出すのか。そう思った瞬間、ISのハイパーセンサーが緊急通告を行ってきた。

 

―――ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています。

 

「なっ―――」

 

アリーナの遮断シールドはISと同じ物で作られている。それを貫通するだけの攻撃力を持った機体が乱入し、しかも此方をロックしてきている。混乱する頭で漸くそれを理解するとぶわっと嫌な汗が噴き出る。冗談では無い。唯でさえ鈴との戦闘で消耗していると言うのに遮断シールドを貫通する程の攻撃を受ければひとたまりも無い。

 

「お前はどうするんだよ!?」

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

「逃げるって…女を置いてそんな事出来るか!」

「馬鹿!アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」

 

遠慮ない言葉に俺は挫けそうになる。事実だからと言ってそんなにはっきり言わなくたって…。

 

別に、あたしも最後までやり合うつもりは無いわよ。こんな異常事態。すぐに学園の先生達がやって来て事態を収拾――」

 

―――警告!敵ISから高エネルギーを確認

 

ハイパーセンサーからの警告にはっとして所属不明のISを見る。すると、所属不明のISはエネルギーを充填して紫に輝く右手を持ち上げて鈴を狙っているのに漸く気付く。そして、鈴はそれに気付いていない。

 

「あぶねぇっ!」

 

間一髪、鈴の体を抱きかかえて回避。その直後にさっきまでいた空間が熱線で砲撃された。

 

「ビーム兵器かよ……しかもセシリアのISより出力が上だ」

 

ハイパーセンサーの簡易解説でその熱量を知った俺は、もし避けずにあのままあの場に居たらと想像してぶるりと身体を震わしてしまう。

 

あれはヤバイ。あんなの喰らえば一撃でシールドエネルギーが切れてしまう。しかも、この場にエネルギーが切れたりなんかしたら…。

 

『死』その言葉が頭を過ぎった…。

 

「―――っ!」

 

ビビるな!気持ちで負ければそれこそ死んじまうんだぞ!?

 

歯を食いしばり弱気を振り払うとそのまま奴を睨みつける。奴は微動だにもせずにこちらを見上げていた。

 

「ち、ちょっと…離しなさいよ…」

「ん、ああ!悪い。怪我無いか?」

 

俺は腕を離すと、何だか恥ずかしそうにして俺から離れる鈴。何だよ?

 

「だ、だいじょうぶ。…アンタが守ってくれたし」

「当たり前だろ。それくらい」

「ど、どうして?」

「そりゃ、あんな攻撃受ければ危ないのは分かりきってるからだろ?自分だけ助かろうなんて薄情な真似できるかよ」

「こ、こいつは……はぁ、アンタらしいわ(そこはお前が傷付くと所を見たくないからだ!とか言いなさいよ!)」

 

…何だよ一体?

 

―――警告!敵ISからエネルギー充填を確認。

 

またかっ!?

 

「来るぞ!避けろっ!」

「言われなくても分かってるわよ!」

 

再び放たれるビーム。それをどうにかかわすと、ビームを撃って来たISがふわりと浮かび上がって来た…。

 

「なんなんだ、こいつ…」

 

姿からして異形だった。いや、異形と言う意味ではミコトの機体もそうなのだが、こいつはベクトルが違う。そう、禍々しい。深い灰色をしたそのISの手が異常に長くつま先よりも下まで伸びている。しかも首という物がない。肩と頭が一体化している様な形になっている。そして、何より特異なのは、その『全身装甲』だった。

通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。何故か。必要無いからだ。防御は殆どはシールドエネルギーによって行われている。もちろん防御特化型ISで、物理シールドを搭載している機体もあるが、それにしたって1ミリも露出していないISなんて聞いたことが無い。

そしてその巨体も異常だ。腕を入れると恐らく2メートルはするであろうその巨体は。姿勢を保持する為なのか全身にスラスター口が見える。頭部には剥き出しの無秩序に並ぶ複数のセンサーレンズ。腕には先程のビーム砲口が左右合計4つあった…。

 

「お前、何者だよ」

「………」

 

当然、返事は返って来ない。謎の乱入者はこちらをただ黙って見てくるだけだ。

 

『織斑くん!凰さん!今直ぐアリーナから脱出して下さい!すぐに先生達がISで制圧に行きます!』

 

突然プライベート・チャンネルで割り込んで来たのは山田先生だった。心なしかいつもより声に威厳がある。こんな事本人の前で言ったら泣いちゃうんだろうな。

山田先生の脱出しろという言葉は俺達の身を心配しての事なんだろうけど。先生には悪いがそれは出来ない理由があった。

 

「―――いや、先生達が来るまで俺達で食い止めます」

 

あのISは遮断シールドを突破してきた。という事はつまり、今ここで誰かが相手をしなくては観客席に居る人間に被害が及ぶ可能性があるという事だ。

 

「いいな、鈴」

「誰に言ってんのよ」

 

ニヤリと余裕の笑みを浮かべる鈴。ああ、お前はそう言う奴だよ。俺もニヤリと笑みを浮かべる。

 

『お、織斑くん!?だ、駄目ですよ!生徒さんにもしものことがあったら―――』

 

山田先生の言葉は敵ISの攻撃のよって最後まで聞く事無く終わってしまう。身体を傾けての突進を俺と鈴は左右に分かれて回避。

 

「ふん、向こうはやる気満々みたいね」

「みたいだな」

 

俺と鈴の横並びになってそれぞれの得物を構える。

 

「一夏、あたしが衝撃砲で援護するから突っ込みなさいよ。武器、それしか無いんでしょ?」

 

「その通りだ。じゃあ、それでいくか」

 

近接武器しか持たない俺とでは、鈴の役割はどうしてもそうなってしまうだろう。これは責任重大だな。

 

「じゃあ――」

「いくぞっ!」

 

俺と鈴を引き割く様に飛んできたビームを避けて俺と鈴は異形のISに目掛けて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side セシリア・オルコット

 

 

「先生!わたくしにIS使用許可を!すぐに出撃出来ますわ!」

 

二人は試合での戦闘でエネルギーを消費している。そんな状態であの機体と戦うのは余りにも危険。だからこそわたくしは織斑先生にISの使用許可を求める。あの場に出て戦う為に。

 

「そうしたいところなのだが、―――これを見ろ」

 

ブック型端末の画面を数回叩き、表示される画面を切り替える。画面に表示されたのは第二アリーナのステータスチェックの画面だった。

 

「遮断シールドがレベル4に設定…?しかも、扉が全てロックされて―――あのISの仕業ですの!?」

「そのようだ。これでは避難することも救援に向かう事も出来ないな」

 

何を呑気な事を―――と言おうとしたがわたくしはそれを止める。良く見れば先生の手は苛立ちを抑え切れないとばかりにせわしなく画面を叩いた。明らかに動揺、もしくは焦っている。そんな織斑先生を見て呑気などと言える筈も無い。

 

「で、でしたら!緊急事態として政府に助勢を―――」

「やっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除出来れば、すぐに部隊を突入させる」

 

そう言いながらも織斑先生の苛立ちは益々募るばかり。これ以上何か言って先生の機嫌を損ねたらまずいと本能で悟ると私はベンチへ腰を下ろした。

 

「はぁぁ…。結局、待っている事しか出来ないのですね」

 

一夏さんの危機だと言うのにわたくしともあろう者が何と情けない。申し訳ございません。一夏さん。わたくしは無力ですわ…。

 

「何、どちらにしてもお前は突入隊に入れないから安心しろ」

「な、なんですって!?」

 

いくら先生であってもその様な屈辱的な暴言は許しませんわよ!?

 

「お前のISの装備は一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる」

「そんなことありませんわ!このわたくしが邪魔などと―――」

「では連携訓練はしたか?その時のお前の役割は?ビットをどういう風に使う?味方の構成は?敵はどのレベルを想定している?連続稼働時間―――」

「わ、わかりました!もう結構です!」

「ふん。分かればいい」

「はぁ…言い返せない自分が悔しいですわ…」

 

何も言い返す事が出来ず、余りにも無力すぎる自分が嫌になり重い溜息を吐く。そして、ふとある事に気付いた。先程まで居た筈も人間が2名程居ない事を…。

 

「…箒さん?ミコトさん?………まさかっ!?」

「あわわわ…篠ノ之さん!?ミコトちゃん!?」

「…」

 

居なくなってしまった二人に最悪な事態を想像してわたくしと山田先生は顔を青くし。そして、織斑先生は鋭い視線で入口のドアを睨んでいた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 篠ノ之 箒

 

 

「むきゅ…狭い…暗い…」

 

通気口の中をミコトが泣きそうな声で呟きながら進んで行く。

 

「だからお前は来なくて良いと言ったんだ…」

 

通気口を使おうと提案したのはミコトだった。しかし私は自己紹介の時に嫌いな物は暗い所と狭い所言っていたのを覚えていた為、ついて来なくて良いと何度も言ったのにも関わらずミコトは絶対について行くと断固として自分の意思を曲げる事無くこうしてついて来てしまった。そして、泣きそうになっている今に至る訳だ。

 

「でも、ライトが無いと暗くて分からない」

 

む。たしかにそうだが…。

 

懐中電灯など持ち歩いている筈も無く、ミコトのISが展開してくれているライト無しで暗い通気口を移動するのはまず無理だっただろう。だがしかし、私の我儘でミコトに嫌な思いをさせるのは…。

 

「だいじょうぶ。がんばる」

「…すまない」

「ともだちが困ってるなら助ける。あたりまえ。あやまるの、ダメ」

「すまな…ありがとう」

 

またもすまないと言い掛けて慌てて私はその言葉を飲み込むと、感謝の言葉を言い直す。本当に、私は良き友を持った。私には勿体無い程の…。

 

「箒」

「っ!?な、なんだ?」

 

ネガティブに沈んでいたところに突然、声を掛けられてびくりと情けない反応を見せてしまう。

 

「箒は、どうしてこんなことする?」

「…何故、そんな事を聞くんだ?」

 

質問を質問で返す。これは失礼な行為だ。感心できるものでは無い。

 

「さっきは一夏を応援してなかったから」

 

見られていたのか。ずっとセシリアと話していた様に見えたんだが…。

 

「どうして一夏の所にいく?」

「わからない。わからないんだ…」

「う?」

 

自分が何をしたいのか。どうしてこんな行動をとっているのか。自分でも分からない。唯、気付いたらこうしていたのだ。

 

 

「一夏を応援していなかったんじゃない。出来なかったんだ。一夏が勝ったら、あの約束の意味を知ってしまう。でも、負けても一夏は…そんな事を考えていると、どうしても応援できなかった」

「約束のこと、私知らない……でも、箒が一夏の所に行こうとしてるのは応援するため」

「分かってる。矛盾しているのは」

 

だから、分からないんだ…。

 

償いのつもりなのか?だから直接応援に?何を馬鹿な。私が応援しようとしまいと一夏には関係ないではないか。何を自惚れているのだ私は。自分が特別な存在だとでも言いたいのか?馬鹿馬鹿しい…。

 

「私は、何をしたいんだろうな…?」

 

思わず嗤ってしまう。自分の馬鹿げた行動に。こんな埃まみれになって何がしたいんだ。まるで道化だ。

 

「箒のしたい様にする」

「ミコト?」

「箒が何をしたいのか私はわからない。でも箒がこんな事するのは箒がそうしたいと思ってるから」

「…」

 

そうしたいと思ってるから…。

 

「だいじょうぶ。私が箒をつれていってあげる。あとは、箒ががんばる」

「頑張る…か。ミコト」

「ん?」

「ありがとう」

 

応援してくれる友に私は礼を述べた。

 

「ん」

 

その感謝の言葉にミコトは相変わらずの無表情で頷いて見せる。そんな彼女に私は苦笑を零すと通気口を進んでいく…。

まだ、自分が何をしたいのかは分からない。自分の胸の底で蠢く醜い部分のざわめきも治まってはいない。でも―――。

 

少しだけ。勇気が湧いたよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

「くっ……!」

 

一撃必殺の間合い。けれど、俺の斬撃はするりとかわされてしまう。これで何度目だろうか?絶好のチャンスを逃してしまったのは。

 

「一夏っ、馬鹿!ちゃんと狙いなさいよ!」

「狙ってるっつーの!」

 

それでも避けられてしまうのだ。普通では避けられる筈も無い速度と角度での攻撃を。おそらくあの全身に付けられたスラスターがそれを可能としているのだろう。あれのおかげで何処からの奇襲でも対処出来ているのだ。そして、そのスラスターの出力もまた尋常ではない。零距離から離脱するのに一秒もかからないとかどんだけ化け物なんだあれは…。

 

まずい。シールドエネルギー残量が60を切ってる。バリアー無効化攻撃を出せるのは、よくてあと一回か…。

 

「一夏っ!離脱!」

「お、おうっ!」

 

敵は攻撃を避けた後、必ず反撃に転じてくる。しかもその方法が無茶苦茶だ。でたらめに長い腕をぶんまわして此方に接近して来るのだ。まるでコマのように。しかも高速回転の状態からビームを撃ってくるのだから手に負えない。本当に何から何まで無茶苦茶だ。

 

「ああもうっ!めんどくさいわねコイツ!」

 

鈴は焦れたように衝撃砲を放つ―――が、しかし、敵の腕が見えない砲撃を叩き落とした。これも俺と同様に何度も同じ結果となっている。普段なら、『お前も外してんじゃんか』とか言う所だがそんな余裕は微塵も存在しない。俺も、鈴も、この状況をどう切り抜けるかという事だけしか頭に無かった…。

 

どうする?どうする!?

 

鈴との戦闘のダメージ、そして奴にかわされ続けて消費したエネルギーの事を考えると…。

 

「…鈴、あとエネルギーはどのくらい残ってる?」

「180ってところね」

 

やっぱそんなところか。だいぶ削られてるな。まぁ、俺と比べると大分マシなんだろうけど。俺の場合、攻撃するだけでシールドエネルギーを使うからなぁ…。

 

「…かなり厳しい状況ね。今のあたし達の火力でアイツのシールドを突破して機能停止させるのは確率的に一桁いくんじゃない?」

「ゼロじゃないならいいさ」

 

希望があるかな。僅かな数字でも。

 

「あっきれた。確率はデカイ方が良いに決まってるじゃない。アンタって良く分からないところで健康第一っていうかジジ臭いけど、根本的には宝くじ買うタイプよね」

「うっせーな…。俺は宝くじ買わねぇよ!俺はくじ運弱いんだ!」

「うわっ!やめてよ。疫病神。こっち近づいてくんな」

 

しっしと近づいて来るなと言ってくる鈴。ヒデェ…。それが共に闘う戦友に対する言葉か?

 

「ふざけるのはこの辺にして…どうするの?」

「逃げたければ逃げて良いんだぜ?責めたりしないし逃げ切れるまで守ってやる」

 

女を守るのは男の役目だからな。まぁ、鈴がこのままやられっぱなしで逃げる様なタマじゃないって事は知ってるけどな。

 

「なっ!?馬鹿にしないでくれる!?あたしはこれでも代表候補生よ。それが尻尾を巻いて退散なんて、笑い話にもならないわ」

 

やっぱりな。だと思ったよ。

 

「そうか。じゃあ、お前の背中くらいは守らせてくれ」

「え?あ。う、うん…ありが「鈴!避けろ!」ひゃあ!?」

 

再び鈴目掛けて放たれたビームに、鈴は慌てて回避行動をとる。会話中は攻撃してこないから油断してたな…ん?会話中は攻撃してこない?どうしてだ?絶好の攻撃する機会なのに…。

 

「…なぁ、鈴。あいつの動きって何かに似てないか?」

「何かって何よ?コマとか言うんじゃないでしょうね?」

「それは見たまんまだろうが。何て言えばいーのかな………ロボットって言えばいいのか?機械ぽいっていうか」

「ISは機械じゃない。何言ってんのアンタ?」

 

そのあんたバカぁ?みたいな顔はやめろ。茶髪に染めるぞ。

 

「そう言うんじゃなくてだな。えーと…あれって本当に人が乗ってるのか?」

「は?人が乗らないとISは動かな―――」

 

とそこまで言って鈴の言葉は止まる。

 

「―――そう言えばアレ、さっきからあたし達が会話してるときってあんまり攻撃してこないわね。こっちが攻撃を仕掛けてこないから?だから敵として認識を……ううん。でも無人機なんてありえない。ISは人が乗らないと絶対に動かない。そういう物だもの」

 

『ISは人が乗らないと絶対に動かない』

 

俺もそれは教科書で読んだ。ISは人が乗らないと絶対に動かない。しかしそれは本当なのだろうか?ISは今だ不明な所が多い存在。絶対なんて言いきれる筈がない。まだ解明されてないその部分に、それを可能とする物があるかもしれないのだから。そして、それを公表しなければ誰もその存在を知らないまま。つまり、そう言う事じゃないのか?

 

「仮に、仮にだ。無人機だったらどうだ?」

「なに?無人機だったら勝てるっていうの?」

「ああ。人が乗ってないなら容赦無く全力で攻撃しても大丈夫だしな」

 

『雪片弐型』の威力は、単一仕様能力である零落白夜を含めて高すぎる。訓練や学内対戦で全力を使う訳にはいかないが、無人機なら最悪の事態を想定しなくてもいい。

 

それに、一つ策がある。

 

「全力も何も、その攻撃が当たらなきゃ意味無いじゃない。分かってるの?今まだアンタ一度も攻撃を当てて無いのよ?」

「次は当てる」

 

俺にはその自信があった。策が上手くいけばきっと奴に必殺の一撃で斬り伏せる自信が。

 

「言い切ったわね。じゃあ、そんな事絶対に有り得ないけど、アレが無人機だと仮定して攻めましょうか。で?何を企んでるの?」

「ありゃ、バレてたか」

「何年アンタの幼馴染やってると思ってんのよ。アンタが何か企んでることくらいお見通しよ。あたしは何をすればいいの?あたしはこれと言って策なんて考えてないし、とことん付き合ってあげるわよ」

 

流石幼馴染。話が早くて助かる。

 

「俺が合図したらアイツに向かって衝撃砲を撃ってくれ。最大威力で」

「? いいけど、当たらないわよ?」

「いいんだよ。当たらなくても」

 

目的は別にあるんだからな。

 

「じゃあ、早速―――」

 

敵に向かって突撃しようとしたその瞬間だった、アリーナに此処に居る筈の無い人物が響いたのは…。

 

「一夏ぁっ!」

 

ハイパーセンサーが拾った箒の声に俺はハッとしてセンサーが示す方角を見る。するとそこには息を切らして肩で息をしている箒の姿があった。

 

「馬鹿!何やってんだっ!?危ないから逃げろっ!」

 

しかし、俺の言葉に箒は逃げようとしない。辛そうな、迷っているような、そんな表情で何だか言葉を選んでいる様子で口をぱくぱくとさせているだけ。そして、意を決したかのように目を瞑ると、大きく息を吸って―――。

 

「―――すまないっ!」

 

突然、俺に対して謝ってきた。

 

「何をわけの分からんことを!いいから逃げろぉっ!」

 

今は戦闘中で、しかもピット・ゲートは遮断シールドで守られていないんだぞ!?攻撃されたら怪我ですまないんだぞ!?

 

俺は必死に訴える。逃げろと、しかし箒の言葉はまた続いていた…。

 

「勝て!負けるな!一夏ぁっ!!!」

 

俺の訴えに勝るとも劣らない気迫での訴え。そして、その時だった。奴が動いたのは…。

 

『………』

 

―――まずいっ!今ので敵が箒に興味を持ったのか、俺達からセンサーレンズを逸らし、じっと箒を見ている。そして、ゆっくりと砲口がついた腕を箒に向けて持ち上げる。

 

ドクンッ…

 

死の恐怖とは違う何かが俺を襲い急激に体温が低下するのが分かる。そして、言葉に表し様の無い感情が爆発する。

 

「鈴!やれええええええっ!」

「わ、わかった!」

 

俺の気迫に圧されてながらも鈴は衝撃砲を構えて射撃体勢に入る。そして、俺はその射線に躍り出た。

 

「ち、ちょっと馬鹿!何してんのよ!?どきなさいよ!」

「いいから撃て!」

「ああもうっ…どうなっても知らないわよ!」

 

高エネルギー反応を背中に受け、俺は『瞬間加速』を作動させる。

 

『瞬間加速』の原理はミコト曰くこうだ。『後部スラスター翼からエネルギーを放出、それを内部に取り込み、圧縮して放出する。その際に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的に加速する。ん。イメージはパッとして、ぎゅっとして、ドンッ!』

最後のは余分だったか。まぁ、つまりだ、外部エネルギーからでもいいということだ。そして、『瞬間加速』の速度はエネルギー量に比例する。

背中に大きな衝撃。衝撃砲の弾丸が俺の背中に直撃したのだろう。みしみしと身体が軋む音を聞きながら、俺は歯を食いしばり―――加速した。

 

「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

俺の咆哮に呼応して、右手に持つ雪片弐型が強い光を放ち始める。そして、セシリアの時と同様に光は刃を形成すると―――。

 

―――【零落白夜】の使用可能。エネルギー転換率90%オーバー。

 

ハイパーセンサーがそう告げた。

その瞬間、世界が変わる。クリアーになる五感。全身に湧き上がるような力。その力に俺は身を任せると、雪片弐型を両手に掴み上段に振りあげ―――。

 

「俺の幼馴染に―――」

 

俺は…千冬姉を、箒を、鈴を、ミコトを、関わる人すべてを―――守る!

 

「手を出すんじゃねええええええええええっ!」

 

必殺の一撃のもと、敵ISを両断した。

その一撃は絶大。敵ISどころか、敵ISごと遮断シールドも破壊してしまうほどだった。これを有人機に対して使ったらと思うとゾッとする。

火花を散らし真っ二つになった敵ISは、数秒の間を置いた後に爆散する。燃え上がる敵ISだった残骸を見て、俺と鈴は終わったのだと確信すると深くため息を吐いてその場に座り込んだ。

 

「終わった…はぁ…」

「つっかれたぁ…ギリギリだったわねぇ…」

 

本当にな。俺なんて残りエネルギーが一桁だ。でも箒も無事みたいだし良かった…。しかし、何だったんだ一体?

既に物言わぬ鉄屑と化してしまった残骸を見下ろす。やはり人は乗っていなかった。両断された断面からは機械が覗かせて時々ぱちぱちと放電させている。何故、この機体は学園に襲撃してきたのだろう?何が目的でこんな事を?無意識に残骸に触れようと手を伸ばした―――その時だった。

 

―――警告!上空より熱源。所属不明のISと断定。

 

「「っ!?」」

 

ハイパーセンサーの緊急勧告に俺と鈴は一斉にその場から飛び退く。その瞬間、俺達が先程までいた居た地面が上空から降って来た『何か』の衝撃によって爆ぜる。

 

ズドオオオオオンッ!

 

「うわああああっ!?」

「きゃあああああっ!」

「一夏っ!?」

 

アリーナを揺らす衝撃。巻きあがる土煙。飛んでいる俺達を吹き飛ばすほどの爆風がアリーナに吹き荒れた。

 

そして、爆風は土煙を吹き飛ばし、爆風の発生源から『ソレ』は姿を現した…。

 

そう、もう一つの翼を持ったISが…。

 

「なっ!?イカロス・フテロ?いや、違う…」

 

翼は確かにミコトの乗るイカロス・フテロと共通する部分が多い。だが、それ以外は殆どが別物だ。さっきの敵ISと同じで胴体に繋がる首の部分が無い。いや、それどころか人型ですら無かった。鳥。そう、イカロス・フテロと違い、アレは完全に鳥の形をしていたのだ。

 

「なんなんだよあれ…?」

 

あれも無人機なのか?いや、恐らくそうなのだろう。あれに人が乗れる筈がない。

 

「そんな事どうでもいいわよ今は!どうすんの!?あたしは戦うだけのエネルギーは無いわよ!?それにどうしてこのタイミングで…まさか!?」

「…俺が遮断シールドを破壊するのを待っていた?」

 

奴の武装は不明だが、今のは攻撃は遮断シールドを破壊できる程の威力があるようには見えなかった。それでも、もう戦う余力が無い俺達にとってはあの翼は死神の翼に見えてしまう。

 

「と、とにかく逃げるわよ!遮断シールドが破壊された今なら先生達が―――きゃあっ!?」

「鈴っ!?くそっ!―――ぐああっ!?」

 

退避しようとした鈴に、鳥型の敵ISは信じられない速さで鈴に接近し、足に装備しているその鋭い爪で鈴を切りつけると、ピタリと空中で停止して反転して鈴に駈け寄ろうとした俺に対しても攻撃を繰り出して来た。

尋常なスピードじゃない。もしかしたらイカロス・フテロよりも速いのではないだろうか?それにあの動き。PICが完全に機動してるのか!?

とんでもない速度が合わさった爪の攻撃を受け、その衝撃により吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。そして、最悪な事に今の攻撃によって白式のシールドエネルギーは尽きてしまった。

 

「がっ―――」

 

散らばり散開する粒子。無防備となった俺は受けた攻撃の勢いを殺す事が出来ず、全身を強打しながらごろごろと地面を転がり、勢いが止まる頃には身体はズタボロに変わり果て、脳震盪を起こし動けない状態になっていた…。

 

「う…ぁ…」

 

全身が痛い。動こうとすれば全身に駆け巡る激痛がそれを拒み。意識すらも保つことを放棄しようとしている。

 

あ…やば…。

 

上空で停止している敵ISが俺を狙っているのをかすむ視界で確認する。このままアレを喰らえばその鋭い爪で俺は肉塊と化すだろう。

しかし、俺は立ちあがることすら出来ない。視界はだんだん黒い靄で覆われていき意識も失われようとしていた。

 

「一夏ぁっ!」

「逃げてえええええっ!」

 

薄れゆく意識の中、箒と鈴の悲鳴が遠くの方で聞こえる。そして、俺に向かって来ている奴の鋭い爪…。

 

情けねぇ…。守るって言った傍からこれかよ…。

 

自分の情けなさに涙すると、とうとう俺は意識を完全に手放してしまう。

 

ふわっ…

 

意識が闇に沈むなか、最後に感じたのは柔らかな風が吹き抜けふわりと宙に浮かぶ感覚が。そして、2年前のあの時に感じた千冬姉の腕の中の温もりだった…。

 

千冬、姉…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミコトは一夏を抱きかかえて敵と対峙する。己と同じ翼を持つ敵と。初めて敵意を持った相手と…。

 

「一夏、泣かせた」

 

ボロボロになった一夏の頬に伝う涙を見てミコトは怒る。自分の知らない自分に戸惑う余裕すら無く込み上げてくる初めての感情。

 

「一夏。がんばった。でも、お前のせいで傷ついた…」

 

ミコトは知っている。一夏が放課後遅くまで訓練した事を。一夏がどんな想いで訓練をしていたのかを…。

 

『………』

 

しかし、もう一つの翼は何も応えない。凶鳥はただ得物を狩ることしか考えなていないのだから。

 

ミコトは睨む。無表情の仮面を歪めて。無機質な翼を。自分のとは異なる感情の無い翼を。

 

「お前…嫌い…」

 

そう呟いた瞬間。アリーナ全体に爆風が吹き荒れた…。

 

 

 

 

 




ゴーレム ≪機体名:イピリス・フテロ≫


【挿絵表示】


一夏と鈴の戦闘に乱入した謎の機体。
そして、イカロス・フテロの完成された姿でもある。ミコトの専用機であるイカロス・フテロとは違いこの機体は接近戦特化機体となっており、足には鋭い鉤爪が装備され耐久性は勿論の事、機動性も向上されている。形状は無人機のためか人型では無く完全な鳥の姿をしている。
この機体用のPICも搭載されているがそれを代償にミコトの様な変則的な機動は不可能となっている。しかし直進での最高速度は機動力特化型のイカロス・フテロをも上回り。驚異的な高機動力を持つ機体である。製作者は不明。




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