IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第7話「その白の名は」

 

 

 

休日が明け、ついにこの日がやって来た。セシリアと決闘する事が決まって一週間。俺は箒に剣道の稽古をみっちりと付けられて昔の剣道を習っていた頃の感覚を少しだけだが取り戻す事が出来た。しかし、所詮は付け焼刃。箒には一本も取れた事は無いし肝心のISの方は勝負当日だと言うのにまだ到着して無いときたものだ。

嫌な予感はしてたんだ。週末を迎えた時点でISが到着していない事で。しかし、だからって本当にこんな事態になるとは…。

 

おいおい。どうするんだよ一体?まさかぶっつけ本番で如何にかしろってのか?冗談じゃないぞ…。

 

セシリアが乗る『ブルー・ティアーズ』の情報はある程度知る事は出来た。箒とも対策は話し合い済みだ。しかしだ。予定なんて狂うのが当然とはいえ、ぶっつけ本番となると話は変わって来る。作戦なんてあった物じゃない。

 

「…なぁ、箒」

「なんだ、一夏」

 

俺の隣で壁に寄り掛かって一緒に待機している箒が目を閉じたまま返事を返してくる。

 

「……やばくないか?」

「何戦う前から弱気になっているんだ。しゃきっとしろ!」

 

そんな弱気になっている俺に対して、箒が喝を飛ばしてくる。

いや、そう言うけどさ…。と、心の中の弱音を口に出そうとしたがまた叱られるのがオチだろうと思いソレは口に出さず心の中にしまっておく事にした。

 

「…………」

「…………」

 

黙りこんでしまう俺と箒。俺達が居るピット内の空気も重い。試合前でこの気の持ちようは最悪のコンディションだろう。勝負する前にこんな沈んだ気持ちでは勝てる勝負も負けてしまう。まぁ、今回の勝負に関しては全て俺が不利な状況での戦いな訳なのだが。

…と、そんな時だ。沈黙を破る様にピットの入口のドアが静かに音を立てて開いたのは。

 

「「っ!?」」

 

音に反応して一緒にドアの方へと視線を向ける俺と箒。しかし、そこに居たのは俺達の予想とは大きく外れ。いつも通りのだぼだぼな制服を着て、無表情なミコトの姿だった。

 

「ミコトか…」

「?」

 

俺の残念そうな反応を見て不思議そうにミコトは首を傾げると、ちょこちょこと歩いて此方へとやって来る。

 

「…元気?」

 

俺の雰囲気が暗いのを見て体調でも悪いのかと考えたのだろう。首を傾げ此方を見上げてそうミコトは訊ねてきた。そんなミコトに俺は苦笑して首を左右に振る。

 

「あ、ああ。元気だぞ?」

 

体調の方は問題無い。昨日はぐっすり寝たし朝食だってしっかり食べてきた。体調の方は万全の状況だ。まぁ、体調だけなんだけどな…。

体調は良いと言うのに暗い表情を浮かべる俺にミコトは不思議に感じたのか、その原因を探そうときょろきょろと辺りを見回すとある事に気付いたのだろう首を傾げて此方を見上げると、今日最も必要である筈のISが見当たらないのでミコトは俺に訊ねてくる。

 

「…IS」

「まだ、来てないみたいだ。その所為でろくに練習も出来てない…」

 

はぁ…と苦しい溜息が漏れる。そんな沈んでいる俺にミコトはと言うと。

 

「セシリア。今日は全力で行くって言ってた」

 

そんな嬉しくも無い情報を提供してくれた。弱っている俺に止めを刺す様な事を今言わなくても良いだろうに…。

しかし、ミコトの言葉にはまだ続きがあった。

 

「だいじょうぶ」

 

真剣な眼差しで俺を見上げてそう告げる。始めの落ち込ませる言葉とは打って変わって、今度は俺を励ます様な言葉。根拠も無く短いその言葉だが何故か安心出来る何かがあった。だから俺は聞いてしまったのだろう。何故そんな事が言えるのかと。

 

「ミコトがそう言ってくれるのは嬉しいけどさ。どうしてそんな事が言えるんだ?」

 

勿論負けるつもりで勝負を挑むなんて事はしない。やるからには勝つつもりでやる。負けても良いやなんてそんな情けない考えを俺は持ち合わせてはいないしそんな軟弱な男に育ったつもりも無い。まぁ、箒には軟弱者と何度も罵られて挫けそうになったけどさ…。

 

「一夏は一夏のしたい様にすれば良い。そうすれば『一夏の子』も応えてくれる」

「俺の子?ISの事か?」

 

そう訊ねるとミコトは頷く。俺の専用機だから俺の子ってことか。

 

「ん。一夏が心からそうしたいって願えば『一夏の子』はきっと応えてくれる」

 

そう言う物なのだろうか?そう言えばISコアの深層には独自の意識があるってこの間山田先生が授業で言ってたな。ISをパートナーのように接しろって。そう言う事なのか?

 

「んしょ…一夏の願い、想い、意思。それが本当なら『一夏の子』に必ず伝わるから」

 

懸命につま先立ちで背伸びをしてその小さい手を俺の胸に押し付けると、ミコトはそう言い聞かせてくる。外見は子供その物なのに、たまに見た目とは一致しない行動をとる時があるよなミコトは。

 

「だから、だいじょうぶ」

「…そっか、ありがとなミコト。少し気が楽になったよ」

 

問題は何一つ解決はしてないが胸に圧し掛かっていた不安と言う名の重圧はだいぶ取り除かれて楽になったような気がする。

 

「ん。ともだちだから」

「おう!サンキュー!」

 

がしがしとミコトの頭を撫でると、擽ったそうに目を細めてされるがままにそれを受け入れている。何だか友達って言うより父親になった気分だな。いや、こんな大きな子供は年齢的に有り得ないから妹か?

 

「ん~…」

 

なでなで…。

 

なでなでなで…。

 

うむ、癒される。まるで愛玩動物の様だ。

 

「………いつまでそうしてるつもりだ?」

「ぬおっ!?」

 

振り向けば箒がゴゴゴゴ…と言う擬音と共に何やらどす黒い怒りオーラを放出しながら俺を睨んでいた。殺意剥き出しで…。

 

「気安く女子の頭を撫でるとはな…不埒者」

「い、いや!その…あの…ですね」

 

何か反論しようと口を開くももの、箒の気迫は尋常では無く虚しくも口は閉ざされ俺はたじたじ。だらだらを嫌な汗を流しそのまま縮こまっていると、丁度良いタイミングで救いの手が。

 

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 

慌ただしく第3アリーナ・Aピットに飛び込んで来たのは、もう落ち着きが無い先生と定着しつつある副担任の山田先生。あいかわらず生徒を不安にさせてくれるが今日はいつも以上にあたふたしてて不安になる所かこっちが先生の事を心配になってしまう。

 

「山田先生、落ち着いて下さい。はい、深呼吸」

 

「ひっひっふぅ~…」

 

ミコト。それは深呼吸やない。ラマーズ呼吸や。意外な所でボケ入れなくて良いから。一体何処でどんなボケを覚えてくるのやら…。

 

「ヒッヒッフー…ってこれはラマーズ呼吸法じゃないですかぁ!?」

 

やってから気付くとか先生も大概天然ですね。俺、本当に先生が副坦としてこれからやっていけるのか少し不安になってきましたよ。

 

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

 

パァンッ!パァンッ!俺とミコトとでまさかの二連撃。痛ぅ…最近はセシリアが餌食になっていたので油断してたなぁ。にしても相変わらずの威力だ。これだけは絶対に慣れない気がするぞ俺は。痛みに慣れるなんてのも嫌だけど。

 

「うぅ…」

 

「千冬姉…」

 

パァンッ!

 

…そうか。今日は俺が叩かれる係なんだな。ちくしょう。

 

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

 

聞きましたか皆さん?教育者とは思えないお言葉。美人なのに彼氏がいないのはこの性格だからだぞきっと。

 

「ふん。馬鹿な弟にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもすぐにできる」

 

心でも読めうるのか我が姉は…。

 

「お前は直ぐに顔に出すし思考も単純過ぎて考えている事が手に取る様にわかるだけだ。馬鹿者」

 

まじか…。

 

「そ、それより!織斑君!来ました!織斑くんの専用IS!」

 

―――え?

 

「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナの使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

 

―――はい?

 

「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えてみせろ、一夏」

 

―――あの?

 

「ちょっ、ま…」

 

「「「早く!」」」

 

山田先生、箒、千冬姉の声が重なる。何だよ何だよ。そっちは散々遅れたくせに俺にはゆっくりする時間すら許してくれないのかよ。チクショウ…。

 

本当に、最近俺の自由権とか人権とかそんな物が無くなっている気がする。

しかしそんな黄昏ている時間すら許される事は無く、ゴゴンッと音をたててピット搬入口が開かれる。斜めにかみ合うタイプの防壁扉は、重い駆動音を響かせながらゆっくりとその中のものを晒していく。そして、扉の先には…。

 

――――『白』が、いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第7話「その白の名は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白。真っ白。飾り気も無く穢れも無く。眩しい程の純白を纏ったISが、俺の目の前で佇んでいた。自分と共にする操縦者を待って…。

 

「これが…」

「はい!織斑君の専用IS『白式』です!」

 

白式…。

 

俺は引き寄せられるようにして白式と呼ばれたISに近づいて行く。真っ白で無機質なそれは。生きている筈も無いと言うのに、けれど俺を待っている様に見えた。そう、こうなることをずっと前から待っていた。この時を、ただこの時を。

 

―――ん。一夏が心からそうしたいって願えば『一夏の子』はきっと応えてくれる。

 

ミコトが言いたかった事が今なら分かるかもしれない。ISがどう言う物なのか、この白式を見て何となくだが分かった気がするから…。

すっと純白のそれに触れてみる。

 

「あれ…?」

 

予想とは違う感触に俺は違和感を覚える。試験の時に、初めてISを触れた時に感じた電撃のような感覚がない。むしろその逆。ただ、馴染む。理解出来る。これが何なのか。何のためにあるのか。ミコトのイカロス・フテロとは違う。イカロス・フテロが『翼』なら、これは…。

 

「背中を預ける様に、ああそうだ。座る感じで良い。後はシステムが最適化する」

 

コクピットに乗り込むと、千冬姉の指示通りに白式に身を任せる。受け止める様な感覚の直後、開いた装甲が俺の身体に合わせて閉じて行く。

かしゅっ、かしゅっ、という空気の抜く音が響く。そして言葉にするには難しい妙な感覚がやってくる。これは鎧を身に纏うような覆っているという感覚ではくて…そうだ、混ざる。ISと混ざる様な感じだ。まるでISが自分の身体のような一体感。融合するように、適合するように、俺だけの為にあったかのように、白式が『繋がる』。

解像度を一気に上げた様なクリアな感覚が視界を中心に広がって、全身に行き渡る。これがハイパーセンサーと言う物らしい。各種センサーが告げてくる値は、どれも普段から見ている様に理解出来る。これも、ISコアがそうしてくれている違いない。ミコトのISが応えてくれると言ったのはこの事だったのか?まるで、ISが手伝ってくれているように思えた。

 

「あ」

 

―――戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備あり―――。

 

システムナビゲーターが独りでに外のアリーナで待機しているであろうセシリアの機体の情報を提示して来る。まったく、頼んでも無いのに大した相棒だよ。

 

「ISのハイパーセンサーは正常に動いているな。一夏、気分は悪くないか?」

 

今、一夏って…そうか。心配してくれてるんだな。姉として。ありがとう。千冬姉…。

 

「大丈夫。千冬姉。いける」

「そうか」

 

安心させるために笑みを浮かべてそう答えると、千冬姉はほっとした様な声を漏らした。ハイパーセンサーでしか分からない程の違いではあったが、学園内に居るのに俺を一夏と呼んでくれたのはきっと心配してくれたからだろう。

 

さて、と…。

 

「箒。ミコト」

「な、なんだ?」

「ん?」

 

視線を向ける事無く後ろに居る二人に話し掛ける。振り向く必要なんて無い。ハイパーセンサーで俺はは360度全方位が『見えている』のだから。

 

ははっ、箒の奴急に声かけられて驚いてら。

 

驚く箒に俺は可笑しくてつい笑いそうになるのをぐっと耐えると、一言だけ、短い言葉だが力強く、そして意思の籠った声を二人に送る。

 

「行ってくる」

「あ…ああ。勝ってこい」

「いってらっしゃい」

 

二人の言葉に俺は言葉ではなく黙って頷く事で応えると、ピット・ゲートに進む。僅かに前に身体を傾けただけで、白式はまるで俺がどうしたいのかを分かっているかのようにふわりと機体を浮かせて前へと動く。

 

ちきちきちきちき。

 

白式が膨大な量の情報を処理している。俺の身体に合わせて最適化処理を行う、その全段階の初期化を行っているのだ。今こうしている一秒間の間にも、白式は表面装甲を変化・成形させている。見た事の無い人間の脳では到底計算不可能な桁の数値が俺の意識内で次々と切り替わっていく。

 

しかし、今はこの意識内にある数値を気にしている場合では無い。敵は、目の前に居るのだから…。

 

 

 

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

 

セシリアがふふんと鼻を鳴らす。セシリアから発せられる高飛車オーラは相変わらずだ。

けれど俺の関心はそんなところにはない。俺が関心を向けているのはハイパーセンサーが提示するセシリアの機体の情報のみだ。

鮮やかな青色の機体『ブルー・ティアーズ』。その機体の特徴はBT兵装の4枚のフィン・アーマーと2メートルを超す長大な銃器―――六七口径特殊レーザーライフル≪スターライトmkⅢ≫。アリーナ・ステージは直径200メートル。つまりアリーナ全体があの機体の射程範囲内だ。遮蔽物の無いこのアリーナで距離を離すのは無謀だろう。これは箒と話し合って考えた結果だ。

 

―――ブルー・ティアーズは展開が遅いショートブレード以外全て射撃兵装。そして、あの厄介なBT兵器を使用する際は無防備になる。なら、懐に入ればこちらのものだ。

 

箒の言葉を思い出す。作戦の内容は簡単。相手との距離を詰めて攻撃手段を封じ、速攻でケリをつける。実にシンプルで言葉にするのは簡単だが…。

 

「わたくしの手の内は全て明かしてしまいましたから最初から全力でいかせて頂きますわ。まさか、卑怯とは言いませんわよね?」

 

俺の企みなど既にお見通しのようだ。だよなぁ。そううまく事が運ぶ訳無いか…。

 

「言わねえよ。寧ろ望むところだ」

「ならよろしいですわ。ですが、チャンスをあげましょう」

「チャンスって?」

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今此処で謝るというのなら。許してあげないこともなくってよ」

 

そう言って目を細めると余裕の笑みを浮かべる。舐められてるな。完璧に…。

 

―――警告。敵IS操縦者の左目が射撃モードに移行。セーフティのロック解除を確認。

 

ISが情報を告げてくる。おそらくこの受け答えが終われば直ぐに戦いは始まりセシリアはトリガーを引くだろう。勿論銃口を俺に向けて。俺はごくりと唾を飲むと…。

 

「そう言うのはチャンスとは言わないな」

 

ニヤリと笑みを浮かべて宣戦布告した。

 

「そう?残念ですわ。それなら―――」

 

―――警告!敵IS射撃体勢に移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填。

 

「お別れですわね!」

 

キュインッ!耳をつんざくような独特の音。それと同時に走る閃光。しかし幾ら早くても一度その攻撃はミコトとセシリアの戦闘で目にしている。ISの性能なら回避も可能だ。

 

「ぐぅ!」

 

Gに押し付けられる様な感覚に襲われながらも、俺はスラスターを吹かせて横に飛びレーザーを避ける。よし、初弾はかわした。次は…俺の番だ!

 

―――現在使用可能装備・近接ブレード

 

ISが現在使用可能な装備の一覧を提示してくる。そして、表示された武装は一つのみ。本来なら何だそれと驚く所だろが、寧ろ好都合だ。この一週間、剣道の稽古しかしていない。今更慣れていない装備を持ち出されてもあたふたするだけ。ブレード一つのみ…上等だ!

 

こちとら一週間ひたすらに箒にしごかれて来たんだ。その成果をみせてやるぜ!

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 

ブレードを展開しスラスター吹かしセシリアに吶喊する。セシリアとの距離は随分と離れている。接近戦に持ち込むのは難しいだろう。しかし、このまま距離を開ければそれだけセシリアに攻撃の機会を与えてしまう事になる。なら、前進あるのみだ!

 

「中距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑もうだなんて…笑止ですわ!」「ちぃっ!」

 

セシリアのISの特殊兵装『ブルー・ティアーズ』が動く。4基のBTがセシリアを守る様に俺とセシリアの道を塞ぐように展開し、俺に目掛けて一斉にレーザーを発射する。

 

流石にあれを全て喰らったらまずい。俺はすぐさま直進していた進路を真上に変更し回避行動をとる。しかし一発のレーザーが足に直撃したようだ。つま先の部分が見事に砕け散っている。

 

ちっ!避け切れなかったかっ!?

 

足を撃ち抜かれ、神経情報として痛みが俺まで伝わり表情を歪める。繋がっている以上は当然痛みも此方に届くのは当然か。…しかし作戦通りに、しかもぶっつけ本番でうまく行く訳が無いらしい。

 

―――実体・右脚部にダメージ。戦闘の継続に支障無し。

 

見た目は派手に壊れているが何ら問題は無い様だ。まぁ、空中で歩く事なんて無いしな。

 

「良い反応ですわね。一度見たからと言って、今日初めて乗った機体でその反応は感心しますわ…ですが」

 

すっと右手を持ち上げると、その右手に反応するように4基のBTが俺を包囲する。勿論、銃口は既に俺に向けられており何時でも射撃できる状態だ。逃げ場が無い。無傷で済ますにはまず無理だろう。

 

「これで、チェックですわね」

 

パチンッ!と、セシリアの指の弾く音が響くと同時に、4基のBTの銃口から閃光が走る。逃げ道は無く回避は不可能。なら…。

 

「それは―――」

 

スラスターを全開に吹かし、4基の内1基のBTへと正面から特攻する。

 

「どうかなぁあああああああああっ!」

 

逃げ道を作るだけだ!

 

包囲された状態で4基の攻撃を回避するのは無理だ。しかし、包囲網を突き破り逃げ道を作りさえすれば回避する事は可能。そのために多少のダメージを負うのは許容範囲内。後先考えない一点突破だ。

3方向からのレーザーを潜りぬけたところで正面のBTから走ったレーザーが肩の装甲を砕く。―――バリア貫通。左肩部破損。

全身に駆け巡る痛みとレーザーの衝撃波によりバランスを崩しそうになるが意地でそれを立てなおしBTへ向かって駆ける。全力で、何も考えず。そして、BTとの距離を詰めると握っているブレードを振り下ろし…。

 

「おらあああああっ!」

 

BTを切り裂く事に成功する。二つに割れて火花を散らしながら地上へと落ちて行くBTのなれのはては、地上に着く前に空中で爆散。よしっ!4基の内1基を壊したぞ!このまま邪魔なBT共を一気に他のも叩き落とす!

 

「無茶苦茶しますわね!ですが、させませんわよ!」

 

セシリアが腕を横に振うと、残りのBT達はその号令に呼応して俺から逃げる様に散開する。この勢いで残りのBTを破壊しようと俺が振ったブレードは虚しくも空を斬ると、その手応えの無さに俺は舌打ちをする。

 

「ちっ!」

「ふふっ、わたくしのブルー・ティアーズが落とされるとは予想外でしたが。まぐれはもう続きませんわよ?」

「まぐれかどうかは自分の目で確かめるんだな!」

 

吶喊。身近なBT目掛けて突進するも、その直線的な機動はひらりとかわされまたも空振りする。

 

「クスッ、ハエでも追っていますの?」

 

小馬鹿にしたような笑い声に、苛立ちながらも迎撃警戒してBTに意識を集中する。落ち着け。挑発に乗るな。此処で冷静さを失えば相手の思うつぼだぞ。

 

「わたくしの懐に入ってくるつもりだったのでしょうけど。させると思いまして?」

 

ヴンッ―――。

 

セシリアの腰部にあるスカート状のアーマー。その突起が外れ、動いた。あれは…ミサイルか!?

 

「これは完全自立型ですから…さぁ、レーザーとの同時攻撃。どう舞って頂けるのかしら?」

 

ニヤリと冷たい笑みを浮かべ、セシリアはミサイルを放つ。そして、それと同時にレーザーを俺に目掛けて発射された。

 

「くっ!うおおおおおおおおおおおっ!」

 

最大出力でがむしゃらな機動で初弾のレーザーをかわし撹乱するもミサイルは目標を見失う事無く俺目掛けて飛んでくる。BTもまたそうだ。ミサイル発射と同時にセシリアはBTの操作に意識を切り替えたのだろう。俺から喰いついて離れようとしない。

 

「ふふふ、あはははは!さぁ!もっと足掻きなさい!虫けららしく!」

 

くそっ!調子に乗りやがって!

 

だが、逃げ回るしか今俺に出来る事は無い。レーザーとミサイルのコンボなんて直撃すればとんでもない被害を被ってしまうだろう。最悪そこで勝負が着いてしまう可能性も…。

 

「くっ…!」

「あらあら。さっきの威勢はどうしましたの?やはり先程のはまぐれ?」

「っ……るな…」

「?」

「舐めるなあああああああああああっ!」

 

咆哮を上げ進路を加速した状態で俺を追うミサイルの方へと転換する。無理な機動の所為で身体の負荷は尋常では無く内臓がひっくり返る様な感覚に襲われ吐きそうになるが必死に耐え、そのまま向かってくるBT3基をすれ違い様に切り裂き撃墜する。

 

「なっ!?」

 

セシリアは驚愕の表情を浮かべる。しかし、俺の逆転劇もそこまでだった…。

BTまでは破壊出来た。だが、ミサイルまでは破壊出来なかった。俺の突発的な行動にセシリアが戸惑ってBTの動きが一瞬鈍くなったためBTの方は撃墜する事は出来た。しかし、完全自立しているミサイルは動きを鈍らせる事無くただ一直線に俺へと向かい、ブレードを振れない距離まで迫っていたのだ…。

 

「しまっ――――」

 

た。と言い終える前にミサイルは着弾。強烈な閃光と爆発は俺の視界を覆い。そして俺自身をも呑み込んだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 篠ノ之 箒

 

「一夏っ」

 

爆炎に包まれる一夏を見て、私は堪らず悲鳴を上げる。

この場に居る織斑先生と山田先生も真剣な面持ちでモニターを注視している。しかし、一人だけそうでない人物がいた。そう、ミコトだ。

 

「だいじょうぶ」

「…え?」

 

ミコトは無表情ではあるが落ち着いた声でそう告げる。焦りなど微塵も無い。寧ろ余裕すら感じるその声で、ミコトはモニターをじっと見つめて…そして、小さく微笑んだ。

 

「…ん。少しお寝坊さん」

 

ミコトがモニターに視線を向けたまま何やら聞き取れないほどの小さな声で呟いた。私も視線をモニターへと戻すと、モニターには未だ黒煙がたちこめ一夏の姿を確認出来ない。アリーナの観客席の生徒も私達も黙ってその黒煙が晴れるのを唯待っていた…。

 

「―――ふん」

 

黒煙が晴れた時、織斑先生が鼻を鳴らす。けれど、私の気のせいだろうか?織斑先生の表情にはどこか安堵の色が感じられた。

 

「機体に救われたな、馬鹿者め」

 

まだ微かに残っていた煙が、弾ける様に吹き飛ばされる。

そして、その中心にはあの純白の機体があった。そう、真の姿で―――。

 

「おはよう」

 

モニターに浮かぶ純白に、ミコトはそう告げるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

 

俺は自分が置かれている状況に理解出来ないでいた。ミサイルが直撃したと思った。いや、確かに直撃した筈だ。だと言うのに衝撃も痛みも来ない。それどころか。これは―――。

 

―――フォーマットとフィッテングが終了しました。完了ボタンを押してください。

 

フォーマット?フィッテング?

 

意識に直接データが送られてくると同時に、目の前にウインドウが現れてその中心には『確認』と書かれたボタンが…。

訳も分からず言われるがままにそのボタンを押す。すると、更なる膨大なデータが意識に流れ込んでいた。

そして、異変はそれだけでは止まらなかった。キュィィィィンと響く高周波な金属音。俺を全身を包んでいるISの装甲が光の粒子へと変わり、弾けて消え、そしてまた物質へと形成する。そう、新しく別の物へと…。

 

「これは…」

 

新しく形成された装甲はいまだぼんやりと光を放っている。先程までのダメージは全て消え、より洗練された形へと変化して…。

 

「ま、まさか…一次移行≪ファースト・シフト≫!?あ、貴方、今まで初期設定だけの機体で戦っていたと言うの!?」

 

ウインドウに書かれていた『初期化』と『最適化』がそうなのならそう言う事だろう。

 

「なるほど、つまりこれでやっとこの機体は俺の専用機になった訳だ」

 

改めて機体を見る。最初の無骨な外見は消え、ミコトの機体とは程遠いが滑らかな曲線とシャープなライン。何処か中世的な鎧を思わせるデザインへと変わっていた。そして…。

俺は握っていたブレードを太陽に翳す。

 

―――近接特化型ブレード・≪雪片弐型≫。

 

生まれ変わったその刀身は、まるで日本刀を思わせる。所々にある溝や繋ぎ目から光が漏れ出している事からこれがISの装備として造られているのが分かる。しかし、重要なのはその名前だ。

 

―――雪片。それは嘗て千冬姉が振っていた専用IS装備の名称。世界を制した最強の武器にして称号。

 

…まったく、つくづく思い知らさせるよ。

 

いつも俺は守られてばかりだ。3年前も、6年前も。そして今もこうしてこんな形で守られてる。本当に俺は―――。

 

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

でも駄目だ。もう守られるのは終わりだ。何時までも守られてばかりじゃいられない。これからは―――。

 

「これからは…俺も。俺の家族を守る」

「…は?貴方何を言って―――」

「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!」

 

元日本代表の弟。その弟が不出来では格好がつかない。それにこの刀を、雪片を引き継いだ以上、無様な戦いなんて出来る訳が無い。そんなの許される訳が無いじゃないか。

俺には守りたい物があるんだ。そのためにこんな戦い。乗り越えられないでどうする?こんな所で立ち止まってたんじゃ俺は何も守れない。守れやしない。

 

「…この一撃で決める」

 

雪片を下段に構え、そう告げると。雪片はそれに応える様に機動音を響かせて全身に巡るエネルギーが雪片へと集まってゆく。

エネルギーが満ち溢れ輝き始める刀身。そして分かる。伝わる。この一撃が当たりさえすればこの戦いは終わると言う事が。

 

「ッ!…出来るとお思いですのっ!?」

 

ライフルの構えトリガーを引くセシリア。だが遅い。セシリアがトリガーを引く前に俺は最適化する前とは比では無い程の超加速でセシリアとの距離を詰める。

 

「――――っ!?」

 

斬ッ―――。

 

閃光の斬撃がライフルごとセシリアのISを切り裂くと同時に、試合終了を告げるブザーがアリーナに鳴り響いた。

 

『試合終了。勝者―――織斑 一夏』

 

「…いよっしゃあああああああああああああああっ!!!!」

 

俺の勝利を喜ぶ叫びと共にアリーナに黄色い歓声がドッと湧き上がる。誰もが予想しなかったであろうこの結果に席から立ち上がり拍手を俺に贈ってくれていた。

 

「そんな…嘘ですわ…」

 

放心状態でそう呟くセシリアに右手を差し出すと握手を求めてニカリと笑みを浮かべる。

 

「…え?」

 

突然の握手に戸惑うセシリア。だが俺はそんなセシリアを気にせず強引にセシリアの右手を握ると、こう告げた。

 

「男だってやるもんだろ?」

「え?あっ…その…」

 

以前に自らが言った失言にセシリアは表情を曇らせた。けれど俺はそんな前の事は気にしていないと首を左右に振る。

 

「いい勝負だったな!またしような!」

「あ…は、はい!」

 

ほんのり頬をピンク色に染めて俺の手を握り返してくる。それに合わせて歓声が更に大きく湧き上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 篠ノ之 箒

 

 

歓声を浴びる一夏を私はじっと眺める。

凄かった。興奮がおさまらなかった。まさか、ぶっつけ本番で本当に勝つなんて…。

 

まだ雑が多く見える戦闘だったがそれを意地で補いひたすらに前に突き進むその姿に胸が熱くなった。その凛々しい横顔にときめ…な、何を言ってるんだ私はっ!?

 

「…箒?」

「な、何だ!?」

「顔、あかい」

「き、気のせいだ!気のせい!」

「…?」

 

不思議そうに此方を窺うミコトから顔を逸らして私はモニターに視線を戻す。

 

頑張ったな。一夏。

 

モニターに映る一夏の表情は、とても誇らしげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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