鬱というか衝撃を覚えますw
「ダル……何か新しい情報はなかったか?」
「んー、まあ一応ね。プロフィールぐらいしかないけど」
未来ガジェット研究所のパソコンで、ダルが検索サイトにある単語をかけていた。ダルはここで昼寝をしていたが、まゆりのことを伝えたら憤怒の表情で起き上がり、パソコンをパパっと打った。その他にもメールでラボメンを収集したので、桐生萌郁、フェイリスもこの場にいる。萌郁はメールで怒りを示す絵文字を多用し、フェイリスはメイクイーンで働いていたのに抜け出してくれた。全く頼もしい者共だ。
「ダルニャン、その、須郷伸之って人はどういう人かは分かったのニャ?」
須郷伸之。これが、今俺たちが検索をしている単語だ。精神医療の専門家と名乗ってまゆりに接近し、一線を越えた男だ。その男に痛い目に遭わせるために、ダルに今調べてもらっている。ダルは自称変態紳士故、そういった愛の無い行為は許せないようで終始鼻息を荒げてキーボードを乱打している。
「一応わかったことはあるお。まずね、須郷伸之が精神医療の専門家何て嘘っぱちだお。むしろVR技術を専門としているらしいお。勤務企業はレクトというところで、まあ素粒子物理学の応用とかそういうもんじゃね?」
「嘘っぱちだと……? だが、まゆりの母はれっきとした医者だといっていた……」
「捏造でもしたんじゃね? それもきっとコネを使ってだと思われ。普通そういうのは偽造できないからね。ま、素人にはわからんけど」
パソコンを打ちながら平然と言い放つ。つまり奴は、身分を偽ってまゆりに接近したわけか。
だが、それではおかしい。なら何故まゆりを狙ったのだ? 何故まゆりを狙う意味があるのだというのだ? 単なる性欲か? いや、まゆりを付け狙うなんて可能性が低すぎる。
とにかく今は、レクトに須郷のしたことを告発した方がいい。証人はいるのだ、全く問題はない。
「レクトに問い合わせてみよう。警察には通報しているから、きっと話を聞いてくれるだろう」
俺はそう提案した。だが、指圧師が手をあげる。意見があるので、述べるように促す。
「問い合わせたところで……無視されると思う。それに……警察がそういうの、やってくれると、思う。警察にはもう……言ったの?」
「むっ……確かに、そうだな。確かに俺はもうすでに警察には通報している。意味のない行動はすべきではないな」
本社に問い合わせたところで無駄なのは当たり前だ。いたずら電話だと思われてしまうし、まだ確証も得られていないのだ。とにかく警察に須郷を探してもらい、話を聞くしかない。まゆりがすでに性犯罪を受けているのだ、捜査しないはずがない。つまり、今の俺たちでは決定的な打撃を奴に与えるのは不可能だ。
だが、俺たちだって出来ることはあるはずだ。少しでも情報を集めようと、黙々と須郷のことについて調べた。
だが、それから一時間ほどしても全く情報は集まらなかった。SNSとかもくまなく探したが、見つかる気配はなく、レクトの社員だということ以外は何も判明しなかった。
「ダメニャァ……全く見つからないニャ……」
「流石に疲れたお……大体須郷という人間の情報が少なすぎだっつーの……。ま、研究者のプライベートなんて、本当に超有名の、それも組織の頭とかノーベル賞クラスじゃねえと分かんないけど」
「…………」
確かにダルの言う通り、新しい情報はない。須郷の開発しているシステムや商品についての情報は多いが、須郷本人のそれは見当たらない。一応須郷の開発品も見たが、ナーヴギアのセキュリティ強化版のVRゲーム機、アミュスフィアや新しいゲーム、《アルヴヘイム・オンライン》というもので、須郷そのものの情報はなく、使えそうなものではない。
俺は携帯のインターネット機能を閉じ、ため息をつきながら全員に声をかける。
「仕方がない。とりあえずこれで一旦止めておこう。夜ももう近いし、そろそろ帰るべきだ。今日はわざわざ来てくれて助かった。ありがとう」
「気にすることはないニャン。マユシィのためなら、ううん、キョウマのためなら何でもやるニャ」
「なん……だと……!? オカリンテメェ……フェイリスたんにそんなリア充セリフを言わせるとは……」
「くだらんことを言うのは止めろダル。別にそういう意味ではないしな。ルカ子、指圧師、帰っていいぞ。ご苦労だった」
「お疲れ様……」
「はい、お疲れさまです。岡部さんはまだ帰らないんですか?」
「ああ、もう少し俺はここにいる。まだ須郷のことについても調べたいしな」
「そうですか……じゃあ僕たちは帰りますね」
「気を付けてな」
俺以外の4人は口々に別れの挨拶を告げると、ラボから出ていった。全員がいなくなると、俺はため息をつく。
「……なぜ、こんなことで集まらなくてはならなかったのだろうか……」
俺はソファーに沈み込み、うーぱのぬいぐるみを見ながら呟く。
本当ならば、ここにまゆりがいて、紅莉栖がいて、パソコンの近くにダルがいて、フェイリスがいて、ルカ子がいて、指圧師がいて……鈴羽もいて。
わいわい騒ぐはずだった。全てが、元通りになるはずだった。
でも、今はまゆりがいなくて、紅莉栖もいない。そして、顔を暗くさせながら集まっている。
どうして、こんなことになってしまったのだろうか。どうして、こんな暗いことで集まらなくてはならなかったのだろうか。それが、悔しくてたまらない。
「はぁ……」
二度目のため息を漏らし、携帯を開く。とりあえず、須郷について調べなくては。
ーーーその時だった。
ブー、ブー。
携帯が震えた。咄嗟のことに驚いて落としてしまいそうになる。俺の携帯が鳴ったのだ。メールが届いたのだろう。誰からだろうと気になり、送信者の名前を見る。
その瞬間、俺は目を見開いた。
「牧瀬……紅莉栖……ーーー紅莉栖!?」
俺は思わず叫んでいた。手が震える。驚きのあまり、しばらく動けなかった。
紅莉栖は今まで昏睡状態だった。SAOがクリアされて以来、一度も意識を取り戻すことはなかったのに、今こうして俺にメールを送ってくれた。ということはーーー目覚めたのだろう。彼女は今、意識を覚醒させて現実世界の光を見ているのだろう。
待ちわびた瞬間が訪れた。何ヵ月も待って、漸くその時が来たのだ。
俺は震える手をどうにか押さえながら、メールの内容を見る。
『From:助手
Title:無題
Subject:お久しぶりです。今さっき、意識が戻った。
話したいことがあるから、今すぐ来て。あんたと同じ病院にいるから』
「……やけに少ない文量だな」
少し不満げに呟いてみるが、メールをもらえただけでもよしとする。しかし話とは何だろうか。もしかしたらーーー将来の話か。
もし、その手の話ならば考えてもいいかもしれない。俺も紅莉栖ももう成人で、結婚できる年だ。紅莉栖は科学者としてお金を稼いでいるし、俺も何だかんだいってバイトをしたり、親父の店を次ぐことも考えている。正直就職活動はしたはしたのだが、どれも失敗に終わってしまったのだ。しかも俺は二年ものの歳月をSAOで費やしてしまった。今さら就職など、できるはずもない。とにかく紅莉栖と結ばれることもそろそろ視野に入れてもいいだろう。あの世界で紅莉栖は、プロポーズを受け入れたのだから。
だけど、一方で迷いがある。まゆりのことを考えねばならないからだ。まゆりは俺の大切な幼馴染みで、そんな彼女が陵辱されたのだ。放っておける状況ではない。
ただ、こう考えることも出来る。まゆりのことを話し、紅莉栖に助けを求められる。紅莉栖は頭がいいから、何かアイディアをもらえるだろう。それに彼女はまゆりの親友だ。きっと力になってくれる。
プロポーズのことは、後で考えるべきだ。今は、目の前の問題を解決し、まゆりに笑顔を取り戻させなくては。
俺は紅莉栖に『今からいく』とだけ返信し、支度を始めた。ジャンパーを羽織り、ドアを開けると冷気が体に入り込んでくる。そういえば今は冬だから、寒いのは当たり前だ。思わずブルッと震えてしまうが、どうにかこらえて病院まで向かう。
病院は、秋葉原駅を抜けて昭和通り口から向かうのだが、結構時間はかかる。ただ、交通機関を使うほどでもないので我慢する。
もう夜も近いだけあって、空も暗い。ノンアクティブなオタクたちはさっさと駅に向かっていて、道は混雑し始めている。俺もそれに溶け込むように歩みを進めていく。
駅を抜けると混雑が緩和されていき、一息つく余裕が生まれる。揉まれた体を解しながら病院へと向かう。
数分後に、病院が見えてきて、エントランスから入る。薬品の臭い、ひっそりとした空気、そしてそれを裂くような咳。外の世界ではあり得ない光景だ。けれど、もう病院には何度も行っているため、もはや気にすることはない。
俺はまっすぐカウンターへと向かい、ナースに話しかける。
「済まないが、牧瀬紅莉栖の面会に来たので、面会カードを貰えないですか」
「ご家族の方ですか?」
「いえ……恋人です」
「そうですか。ではこちらをどうぞ。お部屋は分かりますか?」
「ええ。ありがとうございます」
俺はカードを受け取り、カウンターを去る。病室はもう何度も行っているため場所は聞かずともわかる。
エレベーターに乗り、紅莉栖のいる4階のボタンを押す。数秒後にドアが開くと、俺は逸る気持ちで飛び出ていき、早足になりながらも病室を目指した。
漸く会える。漸く紅莉栖に、再会できる。俺が待ちわびたこのときが、ついに来たのだ。
病室へと近づくにつれ、早く会いたいという気持ちが膨らんでいく。走れ、走れと体が命じてくるが、病院ゆえにそれは抑えている。だが、もう限界に近い。あともうすぐだというのに、遠く感じてしまう。
それでもどうにか歩を進めていくと……紅莉栖の病室についた。俺は高鳴る胸を落ち着かせるために、息を吸う。もう何度もここに来ているというのに。
俺はわずかに震える手で首に下げたカードを紅莉栖の部屋の認証コードに翳す。するとピッと静かな電子音と共にドアが開く。あまりに静かだったので突然開いたことに驚いてしまった。全く、何度も来ているのに。
俺は意を決して中に入る。部屋は清潔感に満ちたものとなっており、壁は白でおおわれている。ゴミなどは一切落ちておらず、とても綺麗だという印象を受けた。俺はとりあえず、紅莉栖が寝ているであろうベッドへと向かう。
紅莉栖が目覚めていなかったらどうしようか?
ふと、そんな迷いが浮かんでくる。メールだって送られたというのに。
でも、そう思わざるを得ないのだ。俺は、何度ここに来たことか分かるまい。ほぼ毎日だ。毎日、紅莉栖の目覚めを信じてここに来ている。そのたびに無力感に襲われるのだ、俺にはただこうして見舞いに来ることしか出来ないことを、否応なく思い知らされるのだ。もし、今までと同じように紅莉栖が起きていなかったら? その時はもう、耐えられる自信がない。
結果はできることならば見たくはない。だが、もうここまで来てしまったのだ。それに、紅莉栖が待っているかもしれない。なら、いかないという選択肢はないだろう。
俺は意思を固めて足を踏み入れる。するとーーー。
俺は、絶景を見た。待ち焦がれた光景を、見ていた。
純白のベッドから、一人の女が起き上がるという、日常的な光景。光輝くどころか、色褪せてすら見えるだろう。俺以外の人間には。
俺には、女神が目の前で微笑んでくれるかのような、素晴らしい瞬間にしか思えなかった。一人の女は、俺に気づくと……不器用な笑いを浮かべて、微かに笑った。
ーーーそれが俺への決定打だった。
ホロリと、目から滴が垂れ落ち、病院の床を僅かに濡らす。だが、それに反して俺の心は激しく燃え上がっていた。
紅莉栖は、目覚めた。生きて、帰ってきてくれた。
俺は、衝き動かされるように足で床を思いきり蹴り、紅莉栖へと抱きついた。
「う、うわっ……!」
紅莉栖が驚きながら短く悲鳴をあげてベッドに倒れる。結果的に押し倒してしまうことになったが、それでも構わなかった。今すぐにでも、紅莉栖にキスをしたいくらいだった。
「紅莉栖……」
「……アンタにしては大胆ね、鳳凰院さん」
「……お前がここに戻ってきてくれて、本当に嬉しかったから、ついな」
俺は紅莉栖の痩せ細った体をそっと抱き締める。あまりに痩せ細ってしまっているので痛々しくも感じてしまったけれど、それでもいい。紅莉栖がここにいれば、また一緒にいられるのだから。
「何泣いてんのよ……バカ」
「余計なお世話だ……助手風情が俺に生意気な口を叩くとはな」
「助手って言うな」
軽口を叩きながら、俺はゆっくり唇を近づける。二人の唇は、磁石のように引き寄せられ、ぴたと重なりあった。
それが世界の運命なのかもしれない。俺と紅莉栖は、切っても切れない間柄かもしれない。だからまた会えた。だからまた、紅莉栖は俺のもとへと来てくれた。
久々に濃厚なキスをする二人の頬には、一筋に光る涙の跡がくっきりと残っていた。
***
「……で、大事な話とはなんだ?」
キスを終え、ベッドから離れている椅子に座ると、俺は紅莉栖に問う。紅莉栖は俺が病院が来る前にメールを送ったのだ。大事な話があるから来て、というメールを。恐らく、俺と紅莉栖の関係を一歩先へと導くものになるであろう、大事な話があると思っていたのだが。
紅莉栖はややとろけた表情で俺を見つめる。何のことか解らない様子だ。恐らく俺とのキスで惚けてしまっているのだろう。俺のキスのテクニックが向上したのならば喜ぶところだが、そんなのは大事ではない。俺は黙って携帯の受信ボックスを見せる。
紅莉栖が覗き込み内容を把握すると、ああと呟きながら思い出す様子を見せた。そして、顔を赤くさせていく。やはりーーーこの手の話なのだろう。
そう悟った瞬間、俺は胸が高鳴っていく。漸く、紅莉栖と結ばれるのだ。
紅莉栖はわななく唇を開き、俺に語りかける。
「あ、あのね……その、岡部。だ、大事な話って言うのはね……」
緊張しているんだな。俺だってもう、恥ずかしすぎて死にそうだ。そんな彼女に対し、声をかけてやりたいけれど、止めておく。きっと彼女は、自分で言いたいだろうから。
「その、わ、私の助手になって欲しいの!! そ、それも……ずっと、一生。ど、どうかしら……?」
またずいぶんな湾曲表現だ。科学者らしいよ、全く。
ーーーだからこそ、好きだ。
俺は自然に頬が緩む。緊張も溶けていく。今なら、言えそうだ。本当の気持ちが。
喉を震わせて、俺は口を開く。紅莉栖に愛を伝えるために。
「紅莉栖ーーー」
だが、その言葉は阻まれた。
「駄目じゃないか紅莉栖……勝手に物事を進めてしまっては」
唐突に俺の耳に言葉が届いた。紅莉栖を、呼んでいるようだった。誰だろうか。
ーーーいや、知っている。この声は、俺は知っている。でも、そんな馬鹿な……!!
顔を見なくても伝わる醜悪な笑いを浮かべて、紅莉栖と呼び捨てにする奴と言えば、アイツしかいない。でも……あの男がここに現れるはずはないのだ。ロシアに亡命したあの男は、その後警察に捕まってしまい、牢獄に送られたのだ。
紅莉栖の父親である、中鉢博士は。いや、牧瀬章一は。
俺は、恐る恐る振り向く。するとそこには小柄な男が、俺の脳内で思い浮かべたあの気味の悪い笑みを浮かべながら立っていた。ああ、間違いない。アイツは、インチキ臭がプンプンする腐った男、ドクター中鉢だ。
だけど何故だ、何故ここにいる? どうして、お前がここに?
目の前にいる小柄な男は、俺の迷いを面白がるかのように、さらに口を歪ませる。
「駄目じゃないか紅莉栖よ。そういう大事な話は、父親であるこの私にも相談しなくては、なぁ」
「ぱ、パパ……何でここに……?」
紅莉栖も動揺していて、震えた声で父親に問う。中鉢は醜い表情一つ変えずに口を開く。
「何故って、当然じゃないのかね? 娘がようやく目覚めたのだ、こうして見舞いに来るのは親として当たり前だろう? まあそれよりもだ、良い話を持ってきたんだ」
「質問に答えてよパパ! 何でパパは、その、刑務所から出られたの? まだ刑期は終わってないはずじゃ……」
そうだ、中鉢の刑期はかなり長いものであり、少なくとも2年少々で釈放されるわけがない。中鉢のやったことは殺傷と殺人未遂であるからだ。さらに学者の間でも、牧瀬紅莉栖の論文を盗用しようとしたことがばれてしまい、もはや地に落ちてしまっている。
だがそんな中鉢がどうして病室にノコノコと来ているのだろうか。
中鉢は紅莉栖をじっと見つめ、ニヤリと笑った。鬼気迫るものがあったのか、紅莉栖は俺の影に隠れる。
「お前たちに復讐をするためだ。そのために、私は地の底から舞い上がってきたのだよ……それを見せてやろう!!」
中鉢は嗤いながら、入り口を指で指す。視線をそちらに寄せるとーーー。
荒々しく静寂を破る足音が刻む複雑なリズムが、床を鳴らすのが聞こえた。複数人が、こちらに向かってきているのか?
俺は嫌な予感がして咄嗟に振り向く。誰かが、この部屋に入ってくるーーー!
病院内だというのに、バタバタと乱暴にこちらへと走っていき、部屋へと雪崩れ込む。一体何者なんだ。
いや、一つだけわかることはある。こいつらは中鉢の傭兵だ。でも、中鉢にそんな力はあるのか? そんな金が一体何処に……?
解らないことだらけで困惑した俺は、乱入した奴等の武器を確認する。
ナイフ、拳銃、スタンガン。今この病室に現れた奴等は武器を持っていた。目的はーーー恐らく拘束、あるいは殺傷のどれかだ。
しかし、戦意はあまり感じられず、目に光はないように思える。それにガタイはそこまで良いとは言えない。それこそ、学者然としている感じだ。しかも無駄に力んでいるため、倒そうと思えば倒せるだろう。ただ、筋力が落ちた俺に、SAOで鍛えた仮初めの戦闘スキルが通用するだろうか。
ーーーいや、通用するしないじゃない。やらなくてはいけないんだ。もう、大切な人を失いたくはないから。
忘れもしない。全てが音を立てて崩れたあの瞬間を。一発の銃弾が、俺の全てを変えていった、恐怖の瞬間を。
だけどもう、あんなようにはさせない。俺だって少しは、強くなったのだ。俺は息を吸って心を落ち着かせて、中鉢に問う。
「一体何をするつもりだ……?」
「先ずは、ここで拘束させてもらおうか。やれ」
中鉢は冷淡に傭兵たちに命令した。傭兵は短く頭を下げて、無言で俺の懐に入り込む。傭兵の腕は突き出された。その手には、スタンガンが握られていた。
速度はそこまで速くない。俺はどうにか躱し手首を掴んだ。その手の甲を壁に叩きつけて男のスタンガンを床に落とす。俺はそれを拾い上げて奪い返そうとする男の脇腹にスタンガンを命中させた。男がダウンしたのを確認すると俺は紅莉栖にスタンガンを手渡した。
「紅莉栖、こいつを持っていろ。護身用にな」
「で、でも岡部の分は!?」
「俺はどうにか奪い取るさ」
そういい、俺はスタンガンを持っている男に姿勢を低くして突っ込んだ。この手のことは、SAOで経験済みだ。SAOで武器を失ったとき、武器を持っているモンスターから良く奪い取ったから、どう動けば良いか理解している。姿勢を低くして相手の手首めがけて手を伸ばせばいい。しかも、相手はそこまで強くなかった。少なくとも2年前に戦った、SERNの刺客のラウンダーの方が強かった。
俺の突進に、スタンガンを持っている奴は反応しきれず、無様に喰らい、落としてしまう。俺はそれを拾い上げて再び電撃を浴びせる。
俺は前方を睨む。ナイフ、拳銃を持った奴等はただただ棒立ちになっている。それはそうだろう。どんなに音を消そうとしても発砲音は聞こえてしまうし、ナイフで切ってしまえば血の処理が面倒になる。また、ここまで大それたことをしているのだから恐らく防犯カメラは切っているであろうが、他の入院患者の目にもつくので警察を呼ばれてもおかしくない。そうなれば不都合だ。だから、俺に反撃をするにはスタンガンでしか不可能である。だが、見た感じもうスタンガンを持つ奴は一人もいない。俺がスタンガンを奪われない限りは、負けることはないだろう。
あとは、紅莉栖にナースコールを押させて警察を呼んでもらえば全ては解決する。俺は振り向いて、紅莉栖に指示しようとした。
「紅莉栖、そこのナースコールを押してーーー」
ビリッ!!
「っう……!!」
俺の言葉は、最後まで言いきれなかった。何故なら、全身に強い衝撃を味わったからだ。痛み、というよりかは痺れが強い。ということは、スタンガンを喰らったというのか? だが、一体誰に……? だけど、スタンガンは合計二つ。一つは俺で、もう一つは……。
「何故だ……紅莉栖……」
掠れた声で、俺は紅莉栖に問う。だけれども、紅莉栖は答えなかった。ただただ、光を失った目で、俺を見つめるだけだった。その紅莉栖の手には、スタンガンが握られていた。
ドアの辺りには……新たな人影が、現れていた。
「ふ、ふふふ……良くやってくれたぞ、須郷君」
「いえいえ、とんでもないですよショーさん。全ては計画通りです。このスイッチが間に合ってよかったですよ」
「思った以上にやり手だったからな。まあいい。とにかく連れていくぞ」
霞む意識の中、いつのまにか現れた男と中鉢の会話を俺は聞いていた。須郷? しょーさん? スイッチ? 計画?
俺は必死に考える。このキーワードの意味することは、なんであろうかと。
だけれども、スタンガンでやられた体ではもう思考が回らず、色彩が失われ始めていく。もう、会話を聞くこともままならない。体が持ち上げられる感覚がしたが、これから自分がどうなるのか想像がつかないまま、俺は意識を手放した。
次回で伏線回収ができればと思います。
そして、この世界で起ころうとしている出来事も、書ければと思います。