風の聖痕~和麻のチート伝説~ 作:木林森
深夜。大抵の人が寝ているだろう時間帯。そんな時間なのに、一人の男が公園にいた。年は二十代前半くらいだろうか。何をするでもなくただそこに立っていた。
だが、明らかにおかしい所がある。それは男の足下だった。男の足下には人の死体が転がっており、血溜まりができている。既に死体であるにも関わらず、男は死体に殺気をぶつけていた。まるで死ぬことすら生ぬるいと言わんばかりだ。
その男は殺気と共に、何かを呟いている。小さすぎて何を言っているのかわからないが、しかし、はっきりとこう言っていた。
「神凪殺す」
「あーだりー」
現在午前10時。普通はほとんどの人が活動しているであろう時間だ。
しかしこの男、神凪和麻はそのほとんどに当てはまらない。彼は学生ではないし、かといって定職に就いている訳でもない。だからといってニートなのか、と言われるとこれまた違う。彼の仕事はフリーの退魔師。依頼が無いと仕事も無いという安定しない職に就いている。しかし、一回の仕事でぶっ飛んだ額を請求するため、基本生活には困らない。少なくとも、平日の朝に高級ホテルのスウィートルームでゆっくり起きれる程に。
真面目に働いている人をバカにしているとしか思えない行為だ。
「何か体ベトベトする......」
うへぇ、と呻きながら寝汗の不快感に顔をしかめる。そのままのそのそとナマケモノの様な遅さで浴室へ向かっていく和麻。
部屋には和麻一人しかいないため、恥ずかしげも無くその場で服を脱ぐ。和麻の体は思っていたよりも筋肉質だった。見せるための筋肉ではなく、がっしりと鍛えられた、正に実践用の体つきをしている。だが、その鍛えられた体よりも身体中にある無数の傷に目がいってしまう。和麻がどれだけの修羅場を潜ってきたのか一目でわかるだろう。
「あ゛ーシャワー気持ちいいー。これぞ正しく文化の極みだよなー」
相当に寝汗が気持ち悪かったのかおっさんのような声を出す。
まだ二十二歳になった青年がそんな声を出すなんて、全く悲しい限りだ。まあ、その声を聞いている人がいないからどうでもいいことではあるが。
風呂から上がり、テレビをつけ、髪を乾かしながら今やっているニュースを見る。そして、あるニュースに目が止まった。
『昨夜、○○公園で男性の遺体が複数放置されていました。遺体は、手足が体から切り離されていたり、体が切り裂かれたような傷があったようです。しかし、どの遺体も共通して、首を斬り落とされていたようです。警察は日本刀のようなもので斬ったのではないかと見て、捜査を進めています』
このニュースを見て和麻は、確実に日本刀では無いだろうと思った。そして、これは自分も同じ能力を使うからこそわかったことであるが、ほとんど風術士の仕業と見て間違いないだろう。
和麻が知っている限りで、日本の風術士と言えば、今は神凪に仕えている風牙衆だけだった。
「なーんか面倒な事が起きる気がする」
苦虫を噛んだような顔して、ニュースを見つめる和麻。そういう悪い想像は大抵あたるものだと、後に和麻は身をもって知ることになる。
時間は変わって夕方。言っちゃえば放課後。学生達は家に帰るか、部活動に励む時間だ。
学生である綾乃も例に漏れず二人の友達と下校する。その綾乃は朝から機嫌が良かった。そして、その様子に気づかない友人達ではなかった。
「綾乃、今日はどうしたんだ?朝からご機嫌じゃないか」
そう声をかけるのは綾乃の友人の一人、久遠七瀬。癖のないショートカットで中性的な印象のあるスポーツ美少女だ。陸上部に所属しているが今日は家の用事が入り、休まざるを得なくなってしまった。そのため今は綾乃と一緒に帰っている。
「これはきっと男ですな!なーんてね。綾乃ちゃんに限ってそれは無いか~」
もう一人は七瀬と同じく綾乃の親友である篠宮由香里。見た目はホワッとした雰囲気のおっとり系美少女。お嬢様の様な見た目とは裏腹に、かなりの情報収集能力と行動力を持っており、とにかく面白い事には首を突っ込む性格をしている。
「あら、よく分かったわね」
由香里に機嫌のいい理由を当てられて少々驚いたが、特に隠す事でも無いのであっさりと認める。
しかし、親友二人は綾乃以上に驚いていた。男との浮わついた話などとは無縁と言っても過言ではない友人が、まさか男が理由でご機嫌になっているとは思いもよらなかったのだ。
別に綾乃がモテないという話ではない。むしろ綾乃はかなりモテる方だ。告白だって何回も受けている。なのに何故男との浮わついた話が無いのか。それは綾乃が断っているだけという単純な話だった。
「えー!あの綾乃ちゃんに!?『お父様以外の男は皆軟弱でダメ』とか平気でファザコン発言しちゃう綾乃に男!?」
「おい綾乃、熱でもあるんじゃないのか?病院に行った方がいいんじゃないか?」
「何?あんたら喧嘩売ってんの?」
親友二人の発言にビキッと額に青筋を浮かび上がらせる綾乃。
そんな怒り気味の綾乃に二人は慌てて弁明をする。
「わ、悪かったよ。確かに言い過ぎた。しかし、やっぱり驚くよ。あの綾乃がなぁ...」
「ねー。さっきのファザコンってのもそうだけど、綾乃ちゃんってウチの学校の男子やナンパしてくる奴らとかに全然興味示さないじゃん」
男子の告白は断り、ナンパしてくる奴らも断って、しつこいと鉄拳制裁。こんなことばかりやっているものだから、あまり男に興味がないと思われてもしょうがない。そして、綾乃のタイプは父親である神凪重悟。少なくとも親友二人はそう思っていた。
なのに、そんな綾乃が男の事でご機嫌だと言うではないか。驚くのも無理はなかった。
「それに綾乃ちゃんって修行馬鹿じゃん。それも原因だと思うんだよね」
「ああ、確かに。普通の人より遥かに強いからな」
七瀬と由香里はお互いうんうんと頷きあう。
「何?何の事言ってるのよ」
綾乃が怪訝そうに聞く。
「何って綾乃が男に興味を持たない理由」
「綾乃の家系って退魔師っていう特殊な家系なんだろ?その中でもかなりの実力を持ってるらしいじゃないか。そりゃあそこらの男に興味を示すわけないよなぁ」
実はこの二人は綾乃が退魔師だということを知っている。何故かと言うと二人は妖魔に襲われているところを綾乃に助けてもらった事があるからだ。
そして、その事件が切っ掛けで綾乃は神炎を出せるようになったのだが、それはまたの機会に。
「別に男に興味ないって訳じゃないわよ。ただ私に合うのがいないってだけで」
そう、自分に合う男がいないだけだ。と、綾乃は思う。神凪の大体の男は当主の娘ということで一歩引いている。煉はそんな事ないが、だからといって男として見ることはできない。というよりかは完全に弟としてしか見ていない。
学校の男子もダメだ。何がと言われると困るが、とにかくなんかダメだ。
そもそも綾乃は、ずっと和麻に追いつくために頑張ってきた。言ってしまえば、和麻しか見てこなかったと言ってしまえるレベルだ。
つまり、無意識にだが、綾乃の男性の理想は圧倒的に高いという事だった。
「ほーう?自分に合う男がいない、ねえ?」
「そんな綾乃が男で上機嫌という事は、その人が綾乃の好きな人なのか?」
二人は面白そうといった雰囲気で話す。
そんな二人に少々イラッとしながらも、いつも通り平静に答える。
「好きって言われるとちょっと違うわね。どっちかと言うと憧れね」
特に動揺もせずあっさりと言った綾乃に、由香里は本当の事を言っているとわかってしまい、少し不満そうな顔する。
「なーんだ。せっかく綾乃に春が来たかなーって思ってたのに」
「しかし、綾乃が憧れている男か。その人は年上なのか?」
二人ともお年頃の女子高生。恋ではないが、友人が上機嫌になるほどの男の存在について気になっても仕方がないのだ。
「そうだよ、その人は一体どんな人なの?イケメンなの?身長高い?」
「綾乃が憧れるくらいってことは、その人は綾乃より凄いってことなのか?想像がつかないんだが」
なので、こうやって根掘り葉掘り質問するのも仕方がないのだ。質問されてる綾乃にとっては鬱陶しいだけだが。
「あーもう!うるさいわね!その人とは四年前に会ったきりよ!一体どうなってるかなんては分からないわよ!」
うがーッと、まるで癇癪を起こすように二人に叫ぶ。
そんな綾乃に二人はニヤニヤしながら、別れるまで質問を浴びせたのだった。
その後綾乃は二人と別れ、下校していた。しかし、途中にある公園に入っていく。
公園には誰一人いなかった。それもそのはず、この公園は今朝ニュースに流れていた殺人事件が起こった公園だからだ。
綾乃はそれを知ってここに来た。殺人事件が起きた公園なんて誰も来ないだろうと思っての事だった。
「いい加減姿を見せたらどう?下校中ずーっと見てたでしょ」
そして、今から起こることは誰にも見られてはいけない。そう、これは炎術師綾乃としてのものだ。
「クカカ」
奇妙な笑い声を上げ、ふわりと、それは降りてきた。黒い風を纏った男だ。
「ようやく出てきたわね、このストーカー。風術師みたいだけど、えらく変わってるのねあんた」
軽口を叩きながら、手から炎を出す綾乃。いつでも対処出来るように警戒心を高めていた。相手から伝わる殺気が尋常ではないため、いつ動くかわかったものではないからだ。
しかし、その男はすぐには動かなかった。その場に立ってこちらを見ているだけ。いや、正確には綾乃が出した炎を見ている。
じっくりと見つめ、そして殺気が膨れ上がった。
綾乃は更に警戒する。
「神凪殺す」
そんな綾乃に男はその黒い風を綾乃に放った。
今回はやっと綾乃の友人二人を出せました。それが何より嬉しい。でも、キャラこんなでしたっけ?ちょっと自信無いです。
そして、次回は綾乃VS謎の黒い風の男です。
謎の黒い風の男って一体誰の事なんだ!?