風の聖痕~和麻のチート伝説~ 作:木林森
目の前にいる男、和麻の存在に誰もが目を疑った。
何故ならこの場にいる殆どの者がさっきまで敵対していた黒い風を使う流也が和麻だと思い込んでいたのだから。
しかし、現実に和麻は今そこにいて、神凪の人間を守っている。
だが、何故和麻が神凪の人間を守っているのかと言うと、武哉が自分を嵌めたのがとても面白かったから、一つくらいならできる範囲の事はやってやると調子に乗って言ったため、武哉に「なら、この一件神凪を助けてくれないか」ということを安請け合いしてしまったからだ。
(だからっていきなりピンチに陥ってるってどういうことだよ。早速さっきの約束を守らないといけないってのはメンドーだな)
和麻がそう思っている間も流也は黒い風で殺そうとしてくる。
たが、和麻の風の守りを破ることはできない。
「ガアアアアアアアアアアアッッ!!」
流也は何度攻撃しても突破できない事実に苛立ちを隠せずに叫ぶ。
「うるせぇな。獣かテメーは」
いや、理性無いし獣みたいなもんか。と、呑気に呟くと、軽く腕を振る。すると、流也の周りに風が巻き起こる。
明らかに流也の黒い風とは違う、和麻の風だった。
そして、その風がいきなり竜巻になり、流也を包み込む。
すると、流也の纏っている黒い風が削がれていく。
「ギ、ア、アアッ...!」
流也は何故こうなっているか理解する事ができなかった。
ただわかるのは、自分はこのままでは消えてしまうということだけ。
必死にどうにかしようと足掻くが、どうしようもなかった。
しかし、流也は自分の理性が戻ってきている事に気づいた。そして、とても心地よい気持ちに包まれた。
自分の心が穏やかになって荒れ狂った悪感情が落ちつていく。
和麻の方を見ると、あれほどやる気の無かった目が今は真剣になっていて、そして、なによりも蒼く輝いてた。
流也は最期に消える時に和麻に笑顔を見せた。
「ありがとう」
そう言って流也は消えて去った。
「殺した相手に感謝なんてしてんじゃねぇよ」
和麻は苦虫を噛み潰したような顔で流也が消えるのを見届けた。
「兵衛様...。先ほど流也様が...」
「分かっておる」
兵衛は神凪邸の方角を睨みながら部下に命令を下す。
「流也が駄目になったのであれば、次の策を使うぞ。準備に取りかかれ」
「はっ!」
部下が消えると、兵衛は憎々しげに呟く。
「流也を殺ったくらいで調子にのるなよ神凪め。どれだけ足掻こうが貴様らに訪れる未来は破滅だけだ」
風牙衆が次の策のために動いている最中、神凪邸では和麻が神凪の人間の殆どに炎を向けられていた。
「何で俺がこんな目に遭わなきゃならんのだ」
和麻がぼやく。
「黙れ!少しでも妙な動きをしたら燃やし尽くすぞ!」
誰かがそう叫ぶ。
その言葉に対して、綾乃が返す。
「ちょっと待ってよ皆!和麻さんは私達を助けてくれたのよ!?何でそんなに敵視するの!?」
綾乃がそう言っても誰も警戒を解かない。
そんな状況で重悟が一喝した。
「やめんか!馬鹿者共!お前達は命の恩人になんたる態度をとっておるのだ!!」
重悟にそう言われると、皆渋々炎を消していく。
そんな様子に重悟は大きくため息を一つ吐き、和麻の方を向いた。
「すまなかったな、和麻。お前は私達を助けてくれたというのに」
申し訳なそうに重悟が謝る。
「いや、あんたが謝ることじゃないよ。それよりもさ色々と説明してくんない?」
和麻はどうでもいいと言った態度で、重悟の謝罪を軽く流す。
「あいつ、名前なんつったか忘れたけど、一応あいつに事情聞いたけど、あんたの口から説明してもらいたい」
和麻が武哉を指差す。武哉の名前を早速忘れている辺り
、神凪に対して何も想っていないことがわかる。
その事に気づいた重悟は悲しくなったが、決して表情には出さず、和麻の言葉に頷いた。
「そうだな。では、私の部屋に来なさい。厳馬、お前も来い。周防、お前もな」
そう言って、屋敷の中に入ろうとする重悟の前に綾乃が立ちふさがる。
「何だ綾乃。これから大事な話し合いをするのだ。そこを退きなさい」
「お父様。私もその話し合いに参加するわ」
「ならん。お前には関係の無いことだ」
「関係ならあるわ!さっきの事について話し合うんでしよ!?私は神凪の直系でお父様の娘よ!なら、私にだって参加する権利はあるわ!!」
そう言って綾乃は重悟を真っ直ぐ見つめる。
重悟は綾乃の目を見て、大きなため息を吐く。
「わかった。そこまで言うのならばお前も参加しなさい」
「本当!?ありがとうお父様!」
綾乃の喜んでいる様子を見て、またため息を吐く。
「あまりため息を吐くと幸せが逃げますぞ、宗主」
「やかましい」
少しニヤけ顔で重悟を揶揄う厳馬に、少しイラッとくる重悟。
「あの父様、僕も参加してはいけませんか?」
「何?」
そんな二人の横から煉が厳馬に話し合いに混ざりたいと言い出した。
「分を弁えろ煉。お前が入る余地など無い」
厳馬が冷たく言い放つが、煉は諦めずに言葉を重ねる。
「確かに、僕はまだ未熟で何の役にも立たないかもしれないけど、でも、このまま黙っていられる程大人じゃない」
厳馬は煉の言葉に込められた意思の強さに、煉の本気を知った。
これは梃子でも動かないだろうと思い、仕方ないという態度で
「わかった」
たった一言で了承した。
その言葉に嬉しそうに顔を輝かせる煉に思わずため息を吐いた。
「ため息を吐くと幸せが逃げるぞ厳馬」
「やかましいぞ、重悟」
意趣返しと言わんばかりに、ニヤニヤと嫌みな顔でさっきと同じ言葉を厳馬にかける。
厳馬は敬語を忘れ、重悟に言葉を返す。
そんな二人をこっそり観察している女性がいた。和麻と煉の母親で、厳馬の妻の深雪である。
「ぐへへへへ。妄想が捗るわぁ。あの二人のカップリングはやっぱり至高ね」
こんな状況でも彼女は平常運転である。