3歳から始めるめざせポケモンマスター!   作:たっさそ

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第9話 3歳児はブチ切れる

―――バリン!

 

 タマゴの入った容器が砕け、辺りにガラスが飛び散る

 

「うわあ! た、タマゴが!」

「大変だ!」

「キャー!!!」

「ブイブイー!!」

 

 大抵の衝撃は吸収する素材でできたガラスの容器だったが、さすがに叩きつけられることを想定されて作られているわけではない。

 

 それでも、タマゴを入れていた容器はかろうじて役目を果たしたのか、タマゴ自体は割れてはいなかった

 

 そう、割れては。

 

「ひっ、ひひっ! ザマぁみやがれ! ワタルさんからもらったタマゴも、割れちまったら元も子もないもんな!」

 

 ひきつったように笑いながら、マサヨシは荒く息を吐き、地面に転がったタマゴを見る

 さらに、足を振り上げて、転がったタマゴを踏みつぶそうとする。

 

 その瞬間、頭の後ろの方で、『ブチッ!』という音が聞こえたような気がした。

 

 刹那。スッと俺の視界が赤く染まる。

 

 なんだ、コレ。

 なんだ、さっきの音。

 

 ああ、そうか。

 

 知ってる。………いや、知ってた。

 

 わかってんだろ。

 

 ………。 堪忍袋の緒が切れた音だ。

 

 

「これでちっとは俺の気持ちも「黙れ!!!」」

 

 俺は、何か言っているマサヨシを怒鳴って黙らせると―――

 

「どけ、邪魔だ!!!」

 

 

 いきなり怒鳴られたことで硬直したマサヨシの顎めがけて、ヒジ鉄をブチ当てる。

 リアルファイト? 上等だよ。だが相手をしてやるのは今じゃねぇ

 タマゴが踏みつぶされてしまう前にマサヨシからタマゴの距離を離す事ができた

 

「ッてェな! 何しやがる!」

「お前みたいなクズ相手に構ってやる時間がもったいない。ピクシー!!」

 

 反撃しようとして来るマサヨシに対し、俺はすぐさまベルトからボールを放り投げる

 

「ッックシー!!」

 

 ボールから出てきたピクシーはコクリと頷いて、マサヨシを睨みつける

 

 

「違う、そっちじゃない! “サイコキネシス”でタマゴをポケモンセンターまで慎重に運んでくれ! タマゴにヒビが入っているんだ、触ったら割れちまうかもしれない!」

 

 戦闘になると思っていたのか、ピクシーはやや拍子抜けしつつ、足元に転がる蜘蛛の巣状にヒビが入ったタマゴを見ると、状況を把握し、素早く意図を汲んで“サイコキネシス”でタマゴを持ち上げた

 

「フゥ! ラン!」

 

「「 は、はい!! 」」

 

 マサヨシがタマゴの容器を叩きつける様を呆然と見ていたフゥとランを大声で呼ぶと、怯えたように慌てて返事を返した

 

「これが、お前たちが本当にしたかったことか? 言ってみろ!! どうなんだ!!」

 

「ち、ちが、う」

「わたしたちは、こんなことはのぞんでない!」

 

 服の裾を握り締めて、震える声で絞り出した声は、明らかに動揺していた。

 それはそうだろう。いきなりマサヨシが凶行に臨んだんだ。

 これが予定されていたシナリオだったら、ぶん殴っていたところだ。

 

 

「だったらピクシーに付き添って一緒にポケモンセンターまで行ってくれ。この状況。どっちが悪いかなんて、頭のいいおまえ達ならわかるだろ」

 

「「 う、うん 」」

 

「反省してんならさっさと行け馬鹿野郎!! 正直、顔も見たくねぇんだよ!」

 

 

 そう言ってフゥとランに怒鳴り散らすと、慌てたようにピクシーの後を追った。

 これでジョーイさんに状況の説明くらいしてくれるだろう

 

「さぁて、後はテメェだよ、クソ野郎。立てよ。授業してやる」

 

 アゴにいいもん喰らって脳が揺れていたのであろう、マサヨシが立ち上がる。

 俺が拳ではなく、ヒジで襲い掛かったのは、3歳児の体格から殴っても、たいした威力にならないからだ。

 ヒジ打ちは危険であるが、そうでもしないと、3歳児の俺では体格に倍以上の差がある9歳の彼をどかすことができないのだから。

 

「クソが、なにしやがる!」

「こっちのセリフだクソボケナスが。お前、自分が何をしたのか、わかってんのか?」

 

 立ち上がったマサヨシに見下ろされる形になるが、それでも俺は威圧を止めない。

 

「へっ、躾けのなってないガキにおしおきしてやってんだろうが」

 

 まだ自分の立場を理解していないのか、ふざけたことを言うマサヨシ。

 

俺に(・・)じゃねえよ。タマゴにだよ。仮にもポケモントレーナーを目指す者が、人様のタマゴを強奪し、あまつさえ破壊しようとした。」

 

 ひくっとマサヨシの引きつった頬が動いた

 

 自分のやったことに気付いたんだろう

 

「お前がやったことは、生命を一つ無に帰しかねない行動だったんだぞ。もしかしたら、手遅れかもしれない。あのタマゴの中に居た生命の痛みを、お前は知らないんだろ。おまえは、取り返しのつかないことをしたんだぞ!」

 

 俺はゆっくりとマサヨシに歩み寄って、その胸倉を掴むと

 

「最近、ロケット団っていう人のポケモンを盗んで売りさばく、悪い奴らが居るらしいんだ。ニュースくらい見るだろ。そいつらはいらなくなったポケモンを殺して、強いポケモンを自分の懐に入れ、珍しいポケモンを売りさばく。おめでとう。お前はめでたくそんな連中と同レベルな犯罪者のクズ野郎に成り下がったってわけだ」

 

 心底失望したという視線をマサヨシに投げる

 

「お、俺は―――」

「―――うらァ!!」

「ガハッ!!」

 

 口を開いたマサヨシに向かって思いっきりジャンプし、頭突きを鼻っ面に突き刺してやった

 

 マサヨシの鼻から鼻血が吹き出す

 言い訳なんか聞きたくない。汚い口を閉じやがれってんだ。

 

「イテェ! 畜生! 二度もやりやがって!」

「痛い? 笑わせるなよ。タマゴの中の子の痛みはこんなもんじゃなかったはずだ。お前がやったことってのはなぁ、一歩間違えば、殺しなんだよ。ガキだから許される行為なんかじゃねぇんだ。もし、あのタマゴの中の子が死んでいたら、俺はお前を一生許さない。仮に死んでいなくても、これから先、無事にトレーナーでいられるとは思うなよ」

 

 俺はそれを言い残し、マサヨシの服から手を離した。

 興味も失せた。もう知らねェよ、俺の生徒ですらねぇ。

 

 血走った眼をしたマサヨシはすぐに俺に手を伸ばそうとしたが、ピジョットが翼を広げてそれを遮った。

 

「ピジョット。イーブイ。」

「ピジョ!」

「ブイ!」

「マサヨシが逃げ出さないように見張ってて。サナエちゃんはジュンサーさんを連れて来てくれないかな。事情を説明してくれると助かる」

 

 俺が冷静にそう命じると

 

「ピジョットー!!」

「ブイ!」

「わ、わかったわよ!」

 

 イーブイとピジョットは大きく返事をした。そんな怖い声をしていたかな。

 

 サナエちゃんも慌てて交番まで走り出した。

 

「ハヤトとケンジも、イーブイ達と一緒にここに残っててほしい。僕はポケモンセンターの方に居るから。ジュンサーさんが来たら、そう伝えて置いて」

 

「わかった、早くいってやれ」

「ここはおれたちにまかせろ!」

 

「ごめんね、僕はタマゴが心配だから………」

 

 

 ベンチの上に置いたもう一つのタマゴをリュックの中に入れ、急いでポケモンセンターに向かって走り出した

 

「待て! おい! 逃げんな! ポケモンが居ないと何もできないくせに!!」

 

 

 そんなマサヨシのセリフを背に受けながら。

 

 

                 ☆

 

 

「あ、レンジくん! こっちです!!」

「ピックシー!」

「「………。」」

 

 

 ポケモンセンターに到着すると、ジョーイさんが俺を呼んだ。

 俺の戸籍登録を手伝ってくれたジョーイさんだ。何度も何度もここを訪れているおかげで、もう顔見知りである。

 

 ピクシーは待ちきれないとばかりに俺の方に走ってきて、俺と並んでジョーイさんの元まで一緒に歩いた。

 

「この子達から事情は聞いたわ。」

 

 ジョーイさんにそう言われ気まずそうに俺から目を逸らすフゥとラン

 当事者なんだ、当然だ。

 

「タマゴは?」

 

「一応、無事だと言っておくわ。ただ、そのショックでもうすぐタマゴが孵りそうになっているの。」

「孵化の時期が早くなっちゃった?」

「ええ、そうなのよ………。」

 

 ジョーイさんに案内された部屋は、タマゴの安置所。

 俺のヒビ割れたタマゴだけではなく、他のタマゴも保管してあった。

 

 その中で、カタ、カタ、とヒビの入ったタマゴが動いている。

 それが俺のタマゴだ。

 

 孵化の時期が早くなったらどういう障害が発生してしまうのかわからない。

 

「中の子は、怪我はない?」

「………それはわからないわ。体はほとんど出来上がっていたみたいだし、幸いにしてタマゴの中の子は体の柔らかい“ミニリュウ”なの。もし、この中に入っていたのが別の子だったらどうなっていたかわからないわ」

 

 そっか。

 タツベイのタマゴの方じゃなくてよかった。

 俺の運もなかなか捨てたもんじゃないな。

 

 ジョーイさんはヒビの入ったタマゴにエコー診断のような器具を優しく当て、その中の様子を俺に見せてくれた。

 

 中で管状の生き物が動いているのがわかる。間違いなくミニリュウだ。

 ちゃんと生きてる。

 よかった………。

 

「それでも、痛かったよな。ごめんな………」

 

 容器が割れる程の衝撃だ。

 中に衝撃が届かなかったわけがない。実際、タマゴにヒビが入っているのだ。

 

 その隙間から、テラテラと光る粘液が溢れている

 こんなタイミングで孵化するはずじゃなかったのに

 

 どうか、無事で居てくれ………

 

 

「ジョーイさん。僕はこの子が孵るまでそばを離れたくない」

「ええ。毛布は用意してあげるわ。見ててあげて。」

「ありがと。………あ、おばーちゃんとエリカ様に連絡しなきゃ………」

 

 

 ふらふらとタマゴのある部屋から出ると、テレビ電話のある場所に移動する。

 

「ピックシー………」

 

 進化したことにより身長1mもない俺よりも30cm以上大きくなったピクシーに手を引かれ、フゥとランの間を通る

 

「フゥ、ラン」

 

「「 ごめんなさい! 」」

 

 そのついでにもう帰ってもらおうかと俺が呼びかけると、先ほどまで黙っていたフゥとランが頭を下げてきた。

 

「もう、いいよ。タマゴは一応無事だった。お前たちも充分に反省しただろ」

 

「うん」

「レンジの言ってることは」

「正しかった。」

「もう二度とバカにしたりしないわ」

 

 

 そう言って、涙を溜めた瞳で、フゥとランは顔を上げた。

 

 

「そう。だったらもう、人やポケモンを貶めるようなことはしないよね。」

 

 

「うん、約束する。」

 

 こくりと頷くフゥとラン。

 

「本当は、うらやましかったの」

「レンジがポケモンを持ってるってことが」

 

「そっか」

 

 

 それはそうだろう。トレーナーへの憧れが強いから、トレーナーズスクールに通っているのだから。

 

「それじゃあ、一つフゥとランに宿題を出そう。お前たちにとって、ポケモンってのはなんだ?」

 

「ポケモン?」

「なにか?」

 

 俺の質問の意図がわからず首を捻る二人。

 

「うん。お前たちにとって、ポケモンとは、ただの道具か?」

 

 道具じゃない。

 生きているんだ。そんな言い方はあんまりだ。生命を侮辱している

 

「それとも、家族か?」

 

 すべてのポケモンが家族である言い張れるほど、俺だってそんな聖人君子になった覚えはない。

 今の俺の家族は、イーブイとピクシー。そういった、自分の力で捕まえたポケモンだ。

 

 それ以外のポケモンは家族ではない。

 

「それとも、友達か?」

 

 そう、俺にとって、ポケモンとは、俺を支えてくれる、大事な家族であり、友達である。

 とても大事な存在だ。

 

「他人のポケモンが妬ましかったら、奪って、壊してもいいものなのか?」

 

 マサヨシは、それが妬ましかったから、行動に起こした。

 だが、それは許される行為ではない。

 

「自分の答えを見つけたら、いつか僕に聞かせてよ。その答えを、僕はバカにしたりしない。フゥとランが考えて出した答えなら、それが二人の答えだ。この問いに答えなんてないんだから。」

 

 

 そう締めくくって、俺はピクシーと一緒に電話機の方へと向かった。

 

「「………。」」

 

 黙りこくってその問いに対して考えるフゥとラン。

 悩め悩め。いつでもいいから答えを見つけて見せろ。

 

「あ、そうだ。最後に二つだけアドバイス。」

 

 振り返ることなく俺は人差し指と中指を立てると

 フゥとランの二人が顔を上げてこちらを意識しているのが伝わった

 

「ポケモンをお世話するのに、トレーナーの資格はいらないんだ。ポケモンと触れ合うことは自由なんだよ。気になるなら、タマムシマンションに来い」

 

 そこには、俺のポケモンやおばあちゃんのピッピやニャース、ニドラン♀が居る。

 ポケモンのお世話をするなら、人懐っこいあの子たちが最適だ。

 俺は中指を折って人差し指だけ立たせると、続ける。

 

「最後に。飛び級試験には“ジムリーダー”の承認が必要なんだ。僕はエリカ様に飛び級試験を受けてもいいと、付き添ってもらったけど、フゥとランにも、飛び級試験に合格できる力はもうすでにあると思う。興味があるなら、お隣のヤマブキシティのジムリーダー、“ナツメ”さんに会ってみたら面白そうだね。」

 

 将来的には同じエスパータイプのジムリーダーになるんだし。

 会ってみて損は無いはずだ。

 

 

 


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