セキチクシティのサファリパークでロケット団の下っ端らしき人物が、幸運のポケモンの象徴であるラッキーに向かって網を放り投げていた
あれ? もしかしてラッキーって卵を入れる袋があるから有袋類?
>ガルーラも卵から産まれるよ。ポケモンの世界じゃ哺乳はしても哺乳類はいないんだから。『有袋類型ポケモン』ってのが正しいかもね
ああ、ガルーラが唯一の有袋類じゃないんだ。
オレンちゃんとそんな掛け合いをしつつ、ロケット団に向かって突っ込んだ
「うわ! なんだ!?」
「好きにさせるな!! ピクシーは奴を“サイコキネシス”で拘束しろ!!」
ボールを取り出す暇などは与えない。
喧嘩や暗殺の基本だ。
相手を同じ土俵に上げない。
いかに自分のペースで相手を翻弄するかが勝利のカギ。
野良バトルで相手が犯罪者なら、律儀にポケモンバトルをしてやる義理もない。
ボールに手を伸ばそうとした下っ端を、ピクシーがサイコキネシスで拘束し
「ウインディ、“フレドラ”だ! 殺す気でぶち当てろ!!」
ウインディの背中から飛び降りながら“フレアドライブ”の指示を出し、ウインディが炎に包まれて全力疾走する。
俺は五点接地で受け身を取りながら転がって着地し、ニンフィアは触手をつかって柔らかく地面に下りた。
ニンフィアは俺の運動能力の高さを知っているので、特に補助もいらないと踏んでいたようだ。
信頼関係のなせる業かしら。
でも手足が短いから五点接地が簡単だっただけなんだぞ。
「ぐあああああ!!」
体を起こせば、身動きの取れない下っ端に、ウインディのフレドラが直撃して吹き飛んでいた
ゴンゴンガン! と地面を転がり、べちゃりと地面にうつぶせに倒れ、プスプスと黒い煙を上げている
「うぅ、ぁ、っぃ………」
しかし、意識はあるようで、苦しそうに痛みと熱さに悶えていた
「なんだよ、殺せてねえじゃん。手加減してんのか、ウインディ?」
若干攻めるようにウインディを見上げると、フンスと鼻息を吐いてからコクリと頷いた
どうやら反省する気はなく、意図的に手加減したようだ
「………」
「………ああ、そういや人の視線があるのか。ったく面倒臭えな」
「………(フンス)」
「情報もだね。っんだよ。てめ俺より冷静じゃねーか」
ウインディがチラとバスの方を見る。
ガシガシと頭を掻いてから俺は息を吐いた
「ニンフィア、これ縛り上げといて」
「フィーア」
ニンフィアに下っ端を縛り上げるように指示し、俺は網にかかっていたラッキーに視線を向ける
「ラキィ………」
ブルブルと体を震わせるラッキー
俺と視線を合わせようとはしない
人間すべてが敵に見えている者の眼だ。
「ピクシー、手伝って。この子を網から出すよ」
「ピクシ!」
「ラキィ………」
「怖いよね。人間が恐ろしいよね。大丈夫。怖い人はあそこのウインディとこのピクシーがやっつけてくれたから。心配しないで。すぐにキミを網から出してあげる」
恐る恐る顔を上げるラッキー。
目の前にいるのが恐ろしいロケット団ではなく、人畜無害の幼い子供だったからか、ようやくほっと息を吐く。
うーん、こういうことが起こる世界なんだよなぁ。
ナイフやハサミを準備しておいた方がいいね。
「よし。取れた! 怪我はない? 大丈夫? キミみたいな珍しいポケモンは安全とは言えないから、向こうのバスまで一緒に来てほしいんだ。ついてきてくれる?」
俺の質問にコクリと頷いて返すラッキー。
「よし、ピクシー。ラッキーを慰めつつ、バスまで護衛してあげて!」
「ピィ!」
ピクシーが任せろと言わんばかりに胸を叩く。
「ピジョットは旋回。伏兵が居ないか注意していて。こういう盗っ人は集団行動が基本だ。捕獲作戦に失敗した時に備えてバックアップが必ず居ることを想定しろ」
「ピジョットー!」
大きく羽ばたいて上昇するピジョット。
それを狙うように、パン、という一発の渇いた銃声が聞こえた
「ピジョ………!」
「ピジョット!! ピクシー、戻れ!」
対応が早い。
やはり伏兵が居たか。空から墜落しそうなピジョットに向けて、モンスターボールの収納光線を当てて回収する。
同時にニンフィアを抱き寄せて、できるだけウインディの巨体を盾にできるように密着する。
ウインディも心得たように、軟弱な肉体を持つ俺を守ることを最優先として前足でニンフィアと下っ端ごと、俺を懐に押し込んだ。
安全とは言いがたい肉の壁の中で、ピジョットが収まったボールの状態を確認する。
どうやら死にはしないようだが、体内に弾が残っている。
ボールに素早く収納したおかげで出血が広がる心配はないけど、ピジョットの体力が尽きる前に早くジョーイさんに診せる必要があるな
敵の一人は捕まえた。
しかし、どこから狙っているかもわからないが、相手は銃を持っている。
悪の組織の資金力はとてつもないな。
非合法の組織というのは金の入る仕事だから、しょうがないか。
どこから狙っているかわからない以上、ここにいるのはまずい。何人居るかも不明ならば、逃げるが勝ちだ。
迷わずオレンちゃんのボールホルダーから一つのボールをはじき出す。
「フーディン、“テレポート”。これだけの人数を運ぶのは辛いかもだけど、根性出せ。セキチクのポケセンまでだ」
「ディン!!」
出した瞬間にコクリと頷き、フーディンはテレポートを敢行。
結構無茶をさせたみたいだ。
テレポート特有の浮遊感を一瞬だけ味わうと、そこには先ほど見たポケモンセンターが。
子供たちのことも心配だが、ひとまずは自分の身の安全とピジョットの容態確認が最優先だ。
☆
「ジョーイさん! 警察に連絡して!! サファリパークでロケット団がポケモンを乱獲しているんだ!」
「えっ!?」
「あと、僕のピジョットが撃たれた! 治療をお願いします!! 捕らえられそうになっていたラッキーのケアもお願い!!」
「ええっ!!?」
「とりあえず下っ端の一人だけ拘束できたから、この人を縛れるものを用意して欲しい! 急いで!!」
「は、はいい! わかりました!!」
ポケセンに転がり込んで急患と犯罪者を持ち込み、騒動の種をまき散らしながら大声でジョーイさんにまくしたてると、慌てたように俺のピジョットのモンスターボールを抱えて走り、ナースセンターに居るジョーイさんたちに様々な指示を出していた
「よし、こいつを縛るのは任せろ!」
ニンフィアが下っ端の拘束を解除し
一般人の大人のおっちゃんたちがロープで下っ端をぐるぐる巻きにしようとしているのを見て、俺は舌打ちする
「だぁってろ! 素人が手ぇだすな!」
素人が拘束しようとしても逃げられるだけだ。
しかも、ぐるぐる巻きなんて愚の骨頂。
逃がす手伝いをしているとしか思えない。
俺はおっちゃんが用意したロープをひったくって、ロープを二つ折りにすると、折れ目の方からさらに輪を作り、下っ端の左手首に通して素早く絞めた。
その左腕を背中に回して、ロープを首を通して引き上げると、下っ端の左腕が背中から釣り上げられるように持ち上がり、首を通したロープが苦しそうに下っ端の首を絞められ。
「ぐあ!」
うめき声を漏らすが、それを無視して、右手も背中に回し、上から外巻で右手首にもロープを引っかけてから、下っ端の身体を一周するようにロープを回す。
ウインディの“フレアドライブ”をまともにくらったのだ。骨折くらいしているだろうし、火傷の痕も重症だ。
だが、容赦するつもりはない。
ロープを首を通すことでできた、背中のロープの×印にさらにロープを通して、右手首、左手首、×印の3点を結んできれいな三角形が出来上がる。
早縄、後ろ締めだ。主に引っかける作業しかないので、“結ぶ”という力と時間のかかることはしていない。
この作業にかかるのは慣れたら10秒もいらない。
ぐいっとロープを引っ張ると、首を絞められ、背中に回された腕を引き上げられ、苦痛と呼吸の阻害を引き起こす。
「誰かがここを持っていたら、逃げ出すことは絶対にできないから」
ポカンと早縄術に目を向くおっちゃんたち。
俺が差し出したロープをおっさんは慌てて受け取った
「まだ人が残ってるから、僕はもういかなきゃ! いくよ、フーディン!」
ピクシーとウインディをボールに収納し、ニンフィアの触手が俺の手に巻き付く。
その瞬間、フーディンがテレポートを発動。
視界が再びぶれてテレポート特有の浮遊感に包まれた。
☆
「わっ!」
「レンジ!?」
フーディンが気を利かせてバスの中にテレポートをしてくれたようだ
人にぶつからないよう、空中に放り出されたけれど、持ち前の運動神経でなんとか着地を完了させる。
「けが人はいない!?」
「だ、大丈夫!」
「わかった。 ガイドさん! ラッキーは助けた! バスをサファリ入り口戻して!!」
俺の声に反応して、バスを走らせる運転手さん
>伏兵がどこにいるかもわからない状態じゃ、これが最善かな
どーだろな。ラッキーを救えたのならひとまずこっちの勝ちだけど、相手の人数もわからないのは辛いな。
>組織相手に個人で挑むのが間違いだよ。そんなのは主人公たちに任せておこう。
………そうだな。とはいえ、ロケット団とてポケモン勝負だけで片が付くわけじゃないことはわかっていたけど、銃器が出てくるとは少し予想外だった。
>ヤクザ組織なんだから考慮しててもよかったけど、どこか『ポケモンの世界だから』っていう甘えが残っていたんだろうね
バスの窓はは強化ガラスでできてるし、サイホーンの突進にも耐えられる頑丈な設計だ。
ここなら銃弾もしのげるだろう。
「ふぅ………」
「え、呼んだ?」
「呼んでない」
息をついてからフゥの隣の席に座る
周囲の人たちはぽかんと口を開けていた。
そりゃそうだ。
ラッキーが捕らえられそうになっていると、突然飛び出した子供がその者に向かってフレアドライブを仕掛け、ピジョットが羽ばたくと銃声が聞こえてピジョットが墜落し、その後忽然と姿を消したと思ったら、数分後にはここに転移して戻ってきたのだ。
そりゃあびっくりもするさ。
「レンジ、ラッキーはどうなっちゃったの?」
不安そうに聞いてくるラン。
「ラッキーはポケモンセンターに預けてきたよ。捕らえたロケット団員もポケモンセンターで縛り上げている。でも警察に引き渡したところで、大した情報は出てこないんじゃないかな」
「そうなの?」
「下っ端だったからね。下っ端に情報を渡すような間抜けなら、そいつはボスの器じゃない」
策略家でカリスマ性のあるサカキは、下っ端クラスであれば部下にすら尻尾を掴ませないはずだ。
作戦実行部隊はおそらく、失っても痛手がないチンピラ程度の小物。
バックアップは何があっても対処できるベテラン、といったところか。
「こりゃ、ゲームの世界だとなめてかかったら、ガチで死ぬな………」
「フィーア……‥」
目をつむってぎゅっと両手を握りこむと、ニンフィアはその両手を、触手でそっと優しく包んだ。