やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ!   作:kue

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第七十八話

 バレンタインデーチョコを作るイベントを行うと一色が宣言してから数日、とうとうその日がやってきた。

 駅前のコミュニティーセンターにはガヤガヤと若者たちの声が響いており、時折カップルらしき男性と女性のイチャイチャの様子を表す会話が聞こえてくるがそんなもの俺にとってはどうでもよかった。

 なんせ俺の周囲には人だかりが出来ているのだから。

 

「ヤ、ヤバくねあいつ?」

「神だ! 神が降臨したぞ!」

 

 神か……ふっ、悪くない名前だが俺を言い表すには少しスケールが小さい……俺は神ではなく絶対神という言葉でなければこの俺を言い表しきれることはできない。

 今現在、俺がやっているのは太鼓の匠という音ゲーなのだが最新版ではさらに進化を果たし、1Pと2Pでそれぞれ違う曲で遊べるようになったのだ。

 あとは分かるな? そう、俺は片腕だけでそれぞれ違う音楽で遊んでいる。

 もちろん難易度は最高難易度。

 

「せい」

『フルコンボだドン!』

 

 軽くジャンプし、右腕では太鼓の真ん中を、左腕で縁のところを強く叩くとそんな音声とともにゲーム画面を覆い尽くすほどの花火が打ち上げられ、レコード画面に移り、俺のハンドルネームが表示されかけるがすぐに画面を切り替え、結果発表画面に行くともちろん俺の記録がナンバーワンであることを表示していた。

 俺にとっちゃこの程度、難しいほどでもない。まぁ、腕がパンパンだけど。

 

「ヒッキー」

「ん?」

「キモイを通り越して凄い」

「そうね。もしゲーム担当大臣というポストがあれば間違いなく貴方が指名されるわね」

 

 あ、それ良いね。ゲーム担当大臣。

 日本中で発売されているゲームの検閲ということで全てのゲームが俺の手元にやってくる、しかもタダでやりたい放題、さらにハードも自分の金じゃなくても勝手に会社が用意してくれる。

 素晴らしいじゃないか! あぁ、是非ともそんなポストを作ってください! 総理!

 

「そろそろいい時間じゃないのか?」

「あ、そうだね。そろそろ行こっか」

 

 いまだに俺のことを尊敬するように眺めている連中の輪からどうにかして脱出し、クリスマス以来のコミセンへ入るとイベント準備で忙しく右往左往している一色達総武高校生徒会執行部の役員たちの姿が見えた。

 玄関先で大変そうだな~なんて思いながら眺めていると俺達に気付いた一色が手に書類の束を抱えながら俺達のもとへとやってくる。

 

「先輩たち早いですね~」

「何か手伝う事はないかしら」

「ん~でしたらこのポスターを張ってもらえませんか? 適当にパパッとで良いんで」

「ええ、分かったわ」

 

 そう言い、雪ノ下にB2サイズのポスターを渡した一色はそのまますたこらさっさと走り去っていく。

 受け取った雪ノ下はというと三人に分けるがどう見ても俺に渡された紙束の高さの方が二人の持っている紙束の高さよりも高い。

 

「雪ノ下さん? 俺実はゲーム機より重いもの持ったことないんだ」

「それがゲーム機よ。八幡」

「…………お、おぉぉ! なんとなくゲーム機に見えてくるわけないだろ」

「気合を入れればベンテンドーBSに見えるわ」

「……お前が知ってるとは」

「……んん。サ、由比ヶ浜さん。貼りに行きましょう」

「オッケー!」

 

 軽く無視された気がするがまあそれは放っておいて俺はせっせと適当にはっていくかね……まぁ、俺は味見しかしないのであとはゲーム三昧なんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 ポスターを張り終えた俺達は会場となる部屋へと入ると既に結構な人数が入って始まるのが今か今かと待っていたがどう見ても総武高校の制服じゃない制服を着ている奴もいるがとりあえず俺は関係ないしいいか。

 

「……で、なんでお前がここにいるんだ?」

「な、なにを言うか八幡! 我だってチョコが食べたいのだぞ!」

「コンビニで買えばいいじゃん」

「そ、それとこれとは別なのだ!」

「そうか? コンビニで売ってるのも同じだろうが」

 

 その時、カシャンと何かを落としたような音が後ろで聞こえたので振り返るとそこにはショックを隠せないでいる戸塚の姿があった。

 

「そ、そっか……八幡はコンビニの」

「戸塚のチョコはコンビニで売っているチョコとは違う。世界で一つしかないチョコだ」

「へへっ。ありがと、八幡」

 

 …………おかしい。以前の俺ならばこの満面の笑みを見て胸キュンしていたのに何故か今はしない……それどころかまったく別の顔が頭に浮かんでいる。

 

「八幡?」

「あ、あぁいや。楽しみだな」

「そうだね」

 本当に今の俺は少しおかしい気がする。

 

「あ、比企谷君だ」

「めぐり先輩」

「ひゃっはろ~」

 

 ヒョコッとめぐり先輩の後ろから出てきたのは大魔王こと雪ノ下陽乃。

 後ろの方でその存在に気付いたであろう雪ノ下のため息が聞こえたような気がしたがとりあえず今は聞こえなかった振りをしておかないと目の前の存在の処理に困ってしまう。

 まあ、めぐり先輩と陽乃さんは親しい間柄だし、めぐり先輩経由で連絡が届くのもおかしな話じゃないが無意味に見える行動一つ一つがこの場に多大な影響を与える彼女の影響力がこの場にいったいどんな影響をもたらすのかは俺にも、そして妹である雪ノ下にさえ分からないだろう。

 

「久しぶりだね、比企谷君。元気そうで何より」

「本当はそう思ってないくせに」

「卑屈な男は嫌われるぞ~」

 

 そう言いながら容赦なくグリグリと俺の頬に彼女の綺麗な長い指が突き刺さる。

 相手の真意は自分の目の前に引きずり出す癖に自分の真意は相手の目の前に見せるどころか外にすら出さずに固く厚い仮面の下に隠す。

 仮に陽乃さんとの関係を今の雪ノ下と同等の物にしようと思えば一体どれくらいかかるだろう……いいや、むしろ一生かけたってそんなもの出来ることは無いのかもしれない。

 雪ノ下とさえ、今の関係が出来上がるのに学年のほとんどが経過したんだ。

 陽乃さんと関係を構築しようと思えば学年どころか十年や二十年過ぎ去ってしまうかもしれない……それくらいにこの人は隠す。

 

「で、比企谷君比企谷君」

「なんですか」

「雪乃ちゃんとはどこまで行ったのかな?」

「別にどこも行ってませんよ。普段通りに奉仕部で会うだけです」

「またまた~…………もう気づいているんじゃないの?」

 

 彼女のその静かで冷たい物言いが俺の心を深く抉り取っていく―――容赦なく、深く傷跡を残す。

 

「こういう暇な時、君はいつもゲームをしていたのに最近しなくなってるんじゃないのかな? ポケットに入りっぱなし、それどころか存在すら忘れていたりして」

「まさか。俺の生活リズムはゲームで始まり、ゲームで終わる。そんな俺がPFPの存在を忘れるわけがないでしょう。事実、さっきも太鼓の匠をしてきましたし」

「あの二人と一緒に?」

「…………」

「昔の君なら他の人のことなんて放置してゲームに没頭していたと思うの。でも今、君はあの二人のことを気にしている。だから一度始めたゲームでも途中で切り上げる」

 

 この人の言う通り、太鼓の匠はあと一回、追加でゲームが出来る状態だったが俺自らイベントの時間が差し迫っていることを報告し、切り上げた。

 確かに今の俺は少しおかしいがなんてことはない。ただ単にあの二人限定なだけだ。

 

「何が言いたいんすか」

「だからさ……いつまで」

「八幡。少し来て」

 

 陽乃さんが続きを言おうとした瞬間、それを遮るように雪ノ下が俺の手を取り、あの人から離れるように由比ヶ浜が海老名さん達と駄弁っている場所へと向かう。

 ……もしも雪ノ下が助け出してくれなければ俺はあの続きを聞いてどんな考えに至ったんだろうか。

 

「そろそろ始めようと思うのだけれど」

「あ、あぁ。良いんじゃねえのか? もうこれ以上集まらないだろ」

 

 結局集まったのは葉山グループ、奉仕部の俺たち、卒業生二人、そして川崎と戸塚と愉快な仲間、そして玉縄グループと結構な面々が集まった。

「じゃ、始めるか」

「そうね」

 その一言からバレンタインイベントは始まった。


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