やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ!   作:kue

67 / 80
第六十七話

 初詣から翌日たった朝、俺は千葉駅のビジョン前に立っていた。

 あれからすぐに由比ヶ浜からメールが届き、集合時間と集合場所が書かれていた。

 ていうか発起人が遅れるってダメだろ……でもなんか由比ヶ浜だと恒例行事っぽく感じるから怒る気がしない……不思議なもんだな。小町が遅れたら一発は叩くのに。

 にしても……なかなか落ちないものだな。昨日から300回くらいは倒してるっつうのに……逆鱗があと1つ揃えば全ての武装・防具がカンスト所有数なのに……はぁ。さっきからもう最大身長と最少身長を更新しすぎて鬱陶しいし……何故、落ちないのかねぇ。ていうか300回やって落ちないってどういう確率よ。まぁ? 確かに逆鱗は落ちにくくなってるって言われてるけど……落ちなさすぎ。

「ヒッキー!」

「っ! ビックリした。いきなり大声出すなよ」

 耳元で叫ばれ、慌てて横を向くとベージュのコートを着た由比ヶ浜が顔を膨らませて俺の方を見ていた。

「さっきから何回も呼んでるし。ゲームに集中しすぎて人の声聞こえないとかやっぱりヒッキーはヒッキーだね」

「どういう基準でそうなるのか聞きたいところだ……で、どこから行くんだよ」

「とりあえずあそこからいこ」

「ん。ちょっと待て。ラスト1体」

「もー!」

 これ以上怒らせたら俺のPFPちゃんが粉砕されかねないのでちゃちゃっとぶっ倒すがまたもや逆鱗は落ちず、肩を落とし、失意の中、由比ヶ浜が指差したモールの中へと入るとどこもかしこも新年あけましておめでとうセールみたいなものをやっており、さらには福袋商戦? みたいなので人でごった返している。

「凄い人だね~」

「そだな。にしても何買う……っていねえ」

 横にいたはずの由比ヶ浜の姿が見えず、キョロキョロと周囲を見渡すと気になる服でも見つけたのか由比ヶ浜はやけにモコモコしているセーターを手に取ってみていた。

 羊かって突っ込みたくなるくらいにモコモコだな。

 すると急に由比ヶ浜はコートを脱ぎ、さらにはその下に着ていたセーターまで脱いで俺に手渡すとそのやけにモコモコしたセーターを着る。

「どうかな?」

「……いいんじゃねえの。モコモコ感が由比ヶ浜のアホっぽさとマッチしてる」

「なっ! 誰がアホだし!」

 プリプリと怒りながらもセーターを脱ぎ、俺の手から服を取ってチャチャっと着ると買う気なのかモコモコのセーターを手に取って俺の横に帰ってきた。

「で、何買うんだよ」

「考えたんだけどゆきのんって猫好きじゃん? だから猫関連のグッズが良いかなって」

「猫の着ぐるみ送ったら喜ぶんじゃねえの?」

「……本当に喜びそうってそんなものどこにも売ってないじゃん! もう! ちゃんと考えてよ」

「俺に聞くのが悪い。ていうかなんで俺なんだよ。女子の服の好みなんて知らんし」

 大体はこういう場合、同性の友達を連れてくればいいものをなんで由比ヶ浜は異性である俺を連れてきたのかねぇ。海老名さんとか三浦とか連れてくればいいのに。

「ねえ、このミトンどうかな」

「聞いてねえし……猫手のミトンって……着ぐるみのパーツじゃん」

「ヒッキーも選ばないの?」

「え、俺も買うの?」

「当たり前じゃん。ほらヒッキーも見る」

 そう言われてもなぁ……パンさん……なんかこんなところに置いてあるわけないしな。ていうか今思ったら俺、あいつにパンさんのグッズ渡しすぎじゃね? ほとんどぬいぐるみだけど。

 由比ヶ浜は猫のミトンとルームソックスか……はて、俺は何を渡せばよかろうか。

 ふと視線をやった時にパンさんの絵柄が見え、そっちの方へ向かうとどうやら処分セールらしく、大きな籠に大量のパンさん柄のシュシュやらリストバンドやらなどの日用品小物が置かれている。

 ……そういえばあいつ、パンさん関係の小物とか持ってなかったよな。

 籠に手を突っ込んで適当なものを見繕って由比ヶ浜と一緒に会計し、店を後にした。

 少し歩き疲れたのでそこらへんの適当なカフェに入り、コーヒーを頼んで開いている椅子に座り、俺はさっきの続きである逆鱗を落とすモンスターの乱獲をする。

 流石に落ちてもらわねえと困るんだよねぇ。

「ヒッキー何買ったの?」

「小物類。俺服とか分かんねえし。とこれ」

 袋から犬の顔が大きく書かれたシュシュなどの小物類が入っている袋を由比ヶ浜に渡した。

「へ?」

「まぁ、その……いつものお礼」

「…………あ、ありがと」

 そう言うと由比ヶ浜は早速袋の中にある物を出しながらほぇ~っと延びた顔で見ていく。

 イヤホンをして外の音をシャットダウンしてモンスターの乱獲をしていくがふと、俺の肩のあたりから香水の良い臭いがしたがどうせ由比ヶ浜が覗き込んでいるんだろうと思い、戦闘を続行するが勝手にイヤホンが抜かれた。

「何すん…………げっ」

「こらこら。人の顔を見て嫌そうな顔をするのはよくないぞ♪」

 隣にいたのは由比ヶ浜ではなく、雪ノ下雪乃の実姉にしてラスボスの雪ノ下陽乃がニコニコといつもと変わらない笑みを浮かべており、しかもその後ろには葉山の姿も見える。

 え、なに? 俺はこの人専用のエネミーサーチをデフォルトで起動しちゃってるの? シノビダッシュでも回避できないくらいに強いの? それはマジ勘弁。

 2人は結局、俺達の前に座ってしまった。

「2人は何してるの? デート? ダメだぞ~。比企谷君は雪乃ちゃんのだからね」

「リアルにそんな考えどこから湧くんですか」

「ところで2人は何してたの?」

 聞いちゃいねえ。

「ゆきのんの誕生日プレゼントを買いに来てて……」

「へ~。そう言えばもうすぐだもんね……あ、そうだ!」

 とりあえず俺は陽乃さんのいたずらに巻き込まれない様に外部シャットダウンパーフェクトフォームに移行し、PFPに集中する。

 なんで正月中にまでこの人に会わにゃならんのだ。マジでシノビダッシュバグってんじゃねえの? リアルにこの場所からプラグアウトしたい気分だわ。

 そんなことを考えているとイヤホンを外された。

「パス!」

「え、ちょっと!」

 陽乃さんに携帯を押し付けられ、付き返そうとするが画面をよく見てみると雪ノ下宛に既に通話が始まっており、俺は仕方なく耳に携帯を充てるとそれと同時に繋がった。

『……もしもし』

「……や、やっはろ~?」

 とりあえず適当に由比ヶ浜の挨拶をすると向こうから何やらガタガタと物音と携帯自身を落としたのか鈍い音が向こうから聞こえてくる。

『な、何故姉さんの携帯で』

「いや、なんか渡されたんだよ」

『姉さんに代わってちょうだい』

 そう言われ、陽乃さんに携帯を渡すと楽しそうな笑みを浮かべながら携帯を耳に当て、一言二言喋った後に通話を切られたのか携帯を耳から離し、ポケットに直した。

「雪乃ちゃん来るって。家族で行くお食事は断るのに比企谷君がいる場所には来るなんてお姉ちゃん嫉妬しちゃうな~。雪乃ちゃんみたいな子に愛されて君も幸せ者だな~」

「傍若無人の王様っすね」

 そう言うと陽乃さんはニコッと笑みを浮かべる。隣の葉山は呆れた表情をしながら終始、笑みを崩さない。

 雪ノ下のマンションからここまで来るにはかなりかかるはずだ……出来ればその間にお暇したいところだがどう考えてもこの人がそうさせてくれそうにもないしな……トイレ行くフリして帰るか……どっちにしろ誕生日プレゼントは渡す必要あるしな……逃げ道なしかよ。デスマッチ3からのサンクチュアリかよ。

「比企谷君は雪乃ちゃんに何を買ったの?」

「俺っすか? 適当に買いました」

「おやおや~。もしかして給料3か月分の」

「そのハッピーエンドは永遠に来ないと言う事だけ言っておきましょう」

 そう言うと頬を軽く膨らませ、俺を軽く睨んでくる。

 俺と雪ノ下が結婚などまずないだろう。ていうか多分したとしても追い出されるのが目に見えてる。

 と、何かに気づいたのか陽乃さんは俺の方をニヤニヤしながら見てくる。

「あり~?」

「な、なんすか」

「比企谷君の中では雪乃ちゃんと結婚するって言うのはハッピーエンドになってるんだ~」

 そう言われた瞬間、今までにない恥ずかしさが込み上げてくると同時に自分でもわかるくらいに顔が赤くなっていき、さっきまで汗一つかいていなかったはずがドンドン汗が出てくる。

「そ、そりゃあれですよ……結婚って言うのはギャルゲーでもハッピーエンディングに設定されてますし?」

「でもでも~。ハッピーエンドってことはそれに行くまでに選択肢があるわけだよね? っていうことは比企谷君はそう言う選択肢を用意してるってことだよね? 隼人」

「え、あ、あぁそうかもね」

 葉山ぁぁぁぁぁぁ! 貴様そこで裏切るかぁぁ! お前のやったことはエリアスチール×3から木属性の相手にフルシンクロかつファイア+30を3枚加えたリュウセイグンを充てるようなもんだぞ。

「このこの~。将来の義弟君。あ、義理谷君だ!」

「もう勘弁してくれ……」

 隣の由比ヶ浜はあたしギブアップ、みたいな感じで乾いた笑みしかしないし、葉山も葉山で手の施しようがないって勝手に診断した医者みたいに放置プレイだし……雪ノ下、早く来てくれ。俺のHPはもうヤバい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ゆきのーん!」

 雪ノ下に電話してから約30分後、ようやく雪ノ下がカフェに到着し、俺達が座っているテーブル近くまで早足で向かってきた。

 や、やっとこの空間から解き放たれるのか。

「雪乃ちゃんおっそーい!」

「いきなり呼び出しておいて……はぁ」

「まぁ、雪乃ちゃんも座りなよ」

 ……なるほど。

 普段とは違う呼び方に雪ノ下自身も驚いた表情を浮かべ、葉山の方を見ていると自分のミスをようやく自覚したのか顔を一瞬だけ歪ませ、誤魔化すように笑みを浮かべる。

 恐らく学校での2人の関係は取り繕った外面だろう。本来はあぁやって呼んでいるんだろう……まぁ、家族ぐるみで昔から仲が良いって言うんだったら別に何もおかしなことは無いけどな。

「姉がまた迷惑を……」

「い、良いよ別に! あ、ここ座りなよ!」

 由比ヶ浜がこっちに詰めてきて1人分の空間を無理やりぎみに作り出し、そこに雪ノ下を誘う。必然、陽乃さんとは真正面から顔を合わせない位置だ。

「比企谷君も……その……」

「……別にいい……」

 もう金輪際ごめんだけど雪ノ下自身には何も責任はないしなぁ……あるのはこの俺の真正面に座っているラスボス様が悪いんだ。例えるならエンカウントするたびに攻撃方法がガラリと変わるようなみたいなもんだ。対策を万全にしていても攻撃方法をガラリと変えることでその対策を無にする。

「昔はこうやって一緒に集まって遊んだのにな~」

「従えていたの間違いでしょ」

「動物公園なんかもすごかったな」

 3人の思い出話に他人同然の俺達に入る余地はない。3人だけの絶対不可侵領域。そこだけは一切触れることも見ることも許されない場所……まぁ、そんなもん誰しにもあること。俺は気にせずに逆鱗集めに励みますよーっと……ていうかなんで落ちないんだよ。

「でも今はなんだかつまんないな」

 その一言に2人は言葉を失う。

「ま、今は比企谷君がいるからいいけどね~」

「……落ちねえし」

「ありゃ、聞いてないや。そう言うところが面白いんだよね…………人の話は聞いてないふりをして実は人一倍考えてるんだよね。特に2人のことは」

 そんな言葉をかけられても俺は顔を上げることなくPFPを続ける。恐らく今顔をあげれば目の前に陽乃さんの笑顔があるだろうな。仄かな暗さの笑顔が。

「陽乃……まぁ、雪乃も」

「……母さん」

 おっと、雪ノ下の母親の登場かよ……あ、あっ! こっちも登場したぞ! 何百回に1回しか出てこないと言われているハントすると確実に逆鱗を落とし、さらには40パーセントの確率で逆鱗を超える逆王鱗を落とすと言われている幻の金色Ver! 俺もまだ3回しか会ったことない奴だ……今度こそ逆王鱗を取る!

「あ、もうお話は良いの?」

「ええ。この後お食事に行くから呼びに来たの。隼人君もごめんなさいね」

「いいえ、ご心配なさらず。皆がいたおかげで楽しかったですから」

「お友達……あぁ。貴方達が雪乃の……雪乃の母です」

「あ! ゆきのんの友達の由比ヶ浜です!」

 ふっ。俺からすれば金色Verだろうが関係ないことよ……グヘヘヘヘヘ! 貴様をハントして逆王鱗を必ずや手に入れて見せる! それが俺に与えられた使命だ!

「ちょ、ちょっとヒッキー」

「ちょっタンマ。今重要な局面なんだよ」

「え、えっと同じくゆきのんの友達の比企谷八幡君です。ほ、ほら!」

 必死に肘でゴリゴリ押してくるがなんのその。今はこっちの方が重要だ。

「まぁ、そう……そろそろ行きましょう。雪乃、貴方も来るわよね」

「わ、私は……」

「ダメだよ。雪」

「っっしゃぁぁ!」

 PFPを持ったまま立ち上がり、思わず叫びをあげた。

 グフフフ……落ちた……遂に落ちたぞぉぉぉぉ! 逆王鱗! グハハハハハハ!

「……あ、すみません。比企谷八幡です」

 全員からの凄まじい視線を感じ、思わずPFPをスリープモードにしてさっきの非礼を詫びるように自己紹介をしながら深々と頭を下げた。

「す、すみません。え、えっと俺、集中したら止まらなくて」

「随分と個性的な方で」

 絶対にキレてるよキレてるよ! 笑顔だけどなんか怖い笑顔だ……。

 ……今初めてみたけど雪ノ下そっくりだな。でもなんというか……知り合いの母親だからってことで軽々しく話しかけるのを躊躇わせるような雰囲気というか……。

「良かったら貴方たちもどうかしら」

「え、いいん」

「いえ、これ以上長居してもあれなので……帰るぞ」

「え、ちょっと」

 由比ヶ浜の言葉を遮るように言葉をぶつけると雪ノ下の母親は予め答えを知っていたかのように首を小さく縦に振って残念ね~と小さく言う。

 完全身内の中に俺達が言っても雰囲気に押しつぶされるだけだ。だからあんな答えだったんだろうし。

 由比ヶ浜と一緒に店を出ると俺達を送りに来てくれたのか雪ノ下が付いてきていた。

「……ごめんなさい、変な気を遣わせて」

「ううん! そんなことないよ! あ、そうだ! これ、少し早目の誕生日プレゼント!」

 そう言い、持っていた袋を手渡したので俺もついでに雪ノ下に袋を渡すと若干、驚いたような表情で俺たち2人を見てくる。

「おめでとさん。早いけど……あと謝っといてくれ。失礼なことしましたって」

「…………分かった。プレゼント、ありがとう」

「じゃあね、ゆきのん! また学校で!」

 そこで俺達は分かれた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。