やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ! 作:kue
既に12月も半ば。手袋なしでは手が悴み、マフラーなしでは寒すぎて外にすら出る気がしない。
奉仕部は今日も外面だけは平常運転、中身はスカスカだ。
あの選挙以来、俺は雪ノ下と1対1で対面して喋った記憶がなく、ほとんど由比ヶ浜を通しての会話しかしていない。言わば由比ヶ浜がこの部室を支えている柱だ。
雪ノ下は自らの夢をかなえるために生徒会長に立候補したにもかかわらず、俺はそれを無責任にもぶち壊し、そして自分の理由だけで元に戻した。割れた皿を全く同じように組み立てても同じ皿にはならないのと同じように一度壊してしまったものを組み立て直してもそれは同じではない。
雪ノ下との仲直り……それが俺に残された最後の仕事。それを俺はまだできていない。
一色いろはの依頼を遂行したがために雪ノ下の怒りを買ったままだ。
「優美子がちっさい加湿器持ってきてさ! 授業中とか超モクモクしてんの!」
由比ヶ浜の会話に雪ノ下は時折、相槌を加え、笑みを浮かべつつ対応する。
……俺がいる意味は何だ。俺は由比ヶ浜が欲した物を壊した張本人であり、雪ノ下の夢の一歩を踏みつぶした張本人であり、今の空気を作った張本人だ。俺がいる意味は……ない。むしろ消えた方がマシだろう。だが今消える訳にはいかない。俺がやるべきことをやってから消えるべきだ。
「寒いな~って思ったらもうクリスマスなんだよね~。先生に頼んだらストーブとか入れてくれるかな?」
「それは難しいんじゃないかしら」
雪ノ下は苦笑を浮かべながらそう言う。
俺は何も言わず、何も反応せずにPFPをいじる。やはり俺がここにいる意味はない。
「雪ノ下」
久しぶりに俺は彼女の名前を呼ぶと同時に平塚先生から貰った退部届を机の上に出した。
「……これは?」
「退部届。今日で俺、奉仕部辞めるわ」
突然のことに雪ノ下も由比ヶ浜も付いてこれていない様子だが俺はそれらを無視して話を進める。
「今回の件は俺の所為で起きた。その責任を取って退部する……悪かったな、雪ノ下。お前が真剣にしていることを否定するような真似して」
「え、ちょ。ヒッキー何言ってんの?」
「由比ヶ浜も悪かったな。お前が好きだった場所を壊して……元通りとはいかなかったが一応は直せたと思う。本当に迷惑かけて悪かった」
そう言い、俺は頭を下げた。
雪ノ下も由比ヶ浜も何も言わないがそれでいい。
「……そう。分かったわ」
「ゆきのん!?」
「貴方の性格を直せなかったことが一生の後悔ね」
「俺の性格は直せねえよ…………世話になった。じゃ」
そう言って俺はカバンを担ぎ、奉仕部の部室から出て下駄箱へと向かうが後ろからパタパタと上履きの音が聞こえ、振り返ると小走りで由比ヶ浜が俺を追いかけてきていた。
「ちょっと待ってよヒッキー!」
歩みを止めない俺を止めるために由比ヶ浜は俺の前に立ちはだかった。
「なんだよ」
「なんだよじゃないよ! なんで急に辞めるなんて」
「今回の一件は俺が一色の依頼を承ったせいで起きた。本来は雪ノ下の言う通り、一色の依頼を捨てるか選挙活動をサポートするだけにとどめておくべきだったんだ」
「で、でもヒッキーが辞める必要なんて」
「どの道、残っていても空気が悪いだけだ…………じゃあな」
そう言い、俺は由比ヶ浜の隣を通り過ぎ、そのまま歩いていく。
外靴に履き替え、外に出ると既に空は闇に染まっており、グラウンドを照らす街灯の光が少し玄関に当たるだけでかなり暗い。
どっちみち、俺が残る意味なんてなかったんだ。奉仕部を空中分解寸前までもっていった張本人が奉仕部にいることなんて許されない。あいつらが何も言わないだけであって本来は糾弾されるべきなんだ。
「せんぱーい!」
後ろからそんな聞き覚えのある声が聞こえ、振り返ると目に涙をためた一色いろはが小走りで俺に近づいてきてすぐ近くで止まると余ったカーディガンの袖で目元をぬぐった。
会長就任して早々なんなんだ……。
「なんだよ」
「生徒会の仕事がやばいんです超ヤバいんですー」
「へーそうなんだー。頑張ってねー」
「せんぱーい!」
「ぐうぇ!」
帰ろうとするが後ろから思いっきり、マフラーを引っ張られて首が閉められ、軽く咽ながら一色の方を見るがさっきと全く同じ表情のまま俺を見てくる。
こいつ俺を殺す気か。
「なんだよ」
「もうすぐクリスマスじゃないですかー。それで地域のおじいちゃんやおばあちゃん、あと子供のために合同でクリスマスイベントをやるってことになっちゃったんですよー!」
「合同? どこと」
「海浜総合高校ってとこなんですけど」
海浜総合高校……あぁ、ずっと前に3校を統合してできたって言う高校か。確かエレベーターとかこじゃれたものがあって出席はIDカード、さらには単位制とか言う先進的な制度を取り入れてるとかで人気高校の一つだったよな。でもうちとそこってあまり接点がなかった気が。
「どっからそんな企画が上がってきたんだよ」
「向こうからに決まってるじゃないですかー。クリスマスは私だって予定があるんです」
学校行事よりも自分の予定を優先させる生徒会長って言うのもまた斬新だな……とはいっても一色も一色で悩んでいるんだろう。新生徒会が指導してからまだ日が浅い中、にっちもさっちもいかない中での合同イベントの企画が上がってきたんだ。
「で、なんでそれを俺に言うんだよ」
「先輩言ったじゃないですかー。私が生徒会長になったら手伝うって」
……あ~。そんなこと図書室で言ったような記憶がある……面倒くさい。ていうかなんでこいつめぐり先輩に聞かないんだよ。俺に聞くよりも前の生徒会長に尋ねた方がいいんじゃねえの?
「とりあえず一緒に来てください!」
「は? おい。俺自転車なんだけど」
「じゃあすぐに取ってきてください」
素の一色にそう言われ、俺は渋々駐輪場まで自転車を取りに行き、校門前にいる一色の所まで戻ってくるしごく当たり前の様に一色は籠にカバンを入れると後ろに乗ってきやがった。
何で女子は当たり前のように俺の自転車に荷物を置くのですかね?
「駅の近くにあるコミュニティセンターってわかります?」
「まあ」
「そこで会合が開かれるんでそこまで行ってください」
若干の文句を感じながらも俺は口には出さず、渋々自転車でコミュニティセンターへと向かった。
コミュニティセンターへと向かう道中にあるコンビニで会合のケータリングなのか大量のお菓子やらパンやらを購入し、駅前の駐輪場に自転車を止めてクソ重い荷物を持って会合が開かれるという部屋へと向かう。
「お前、案外気きくんだな」
「案外って……私はこれでも気配りが上手なんですー。まぁ、向こうが用意してくれてるんですが」
「じゃあ持ってくる必要ないだろ。どうせ向こうの経費なんだろうし」
「そうはいかないんですよ」
そう言う一色の表情は少し重い。
まあ先方が用意してくれているのに甘えているばかりにもいかんだろうし、そもそも今回は合同で準備しようって言う話だ。互いの立ち位置的には同等。だったら向こうがしてくれたらそれと同じくらいのことをやらねばこっちの顔が立たないんだろう。面倒くさいな……。
中に入ってみればどうやら図書館になっているらしく、物音一つしないが一色についていって会談で二階へ上がるとそれも変わり、今度は人の声が聞こえて来て、さらに上にある3階からは音楽が聞こえてくる。
「3階に大きなホールがあるらしくてそこでクリスマスイベントをするらしいですよ」
「ほー」
そんなことを話しながら歩いていると1つの部屋の前で立ち止まった。
講習室と書かれている部屋からはガヤガヤと小さな人の話声らしき音が聞こえてくる。
「はーい、どうぞー!」
一色が緊張した面持ちでドアをノックするとそんな声が中から響いてきてドアを開けて中へ入ると普段の教室の雰囲気に似た空間が広がっており、海浜総合高校の制服を着た奴らとうちの制服を着た連中が1つに集まって話をしており、その所為か部外者の俺が入ってきても誰も何も言わない。
「あ、いろはちゃんこっちこっち」
向こうさんの制服を着た男子に呼ばれ、一色が向っていくのをその後ろからついていくと流石に気づいたのか男子が怪訝そうな顔で一色に耳打ちした。
「こちら側のヘルプ要員ですー」
一色の雑な説明でも納得したらしく、男子は笑みを浮かべながら俺に挨拶をする。
「僕は玉縄。海浜総合高校の生徒会長をしているんだ。良かったよー。総武高校と一緒に企画が出来て。お互いにリスペクト出来るパートナーシップを築いてシナジー効果を生み出せるようにしようね」
「……は、はぁ」
はきはきとした自己紹介とやたらと多いカタカナ用語に若干引きつつも俺も挨拶をし、空いている椅子に座って早速PFPを取り出し、いつもの様に今日は太鼓の匠をする。
今日から新しくクリスマスソングがダウンロードできるからな。データはメモステに落としてあるから後は鬼と難しいの難易度でクリアすればそれでお終いだ。
早速ルンルンとクリスマスソングを選択してゲームを開始すると視界の端っこに誰かの上履きが見えたが無視してボタン捌きをしているとニョッと肩の方から誰かの顔が出てくる。
「比企谷も生徒会なの?」
「お、折本」
俺の視界に入ってきたのはパーマをかけた髪をした折本だった。
「また会ったね。もしかして生徒会なの?」
「なわけないだろ」
「だよねー」
カッカッカッと笑いながら折本はそう言い、辺りを見渡して俺の方を見てくる。
「そっちの人数少なくない?」
「知らね」
そう言われるが今はゲームに集中しているので適当に返すと折本は興味が失せたのか俺の近くから離れて同じ高校の連中のもとへと帰っていく。
それと入れ替わるように一色がこっちへ帰ってくる。
「先輩。そろそろ始まるのでゲーム辞めてくださいよ」
「気にすんな」
そう言うとわざとなのかは知らんが大きなため息をつかれた。
その時、パンパンと手を叩く音が聞こえ、チラッと一瞬だけ顔を上げると玉縄が立ち上がっていた。
よくよく見たらこの座席の位置って会議室みたいだな。横一列に並ばせて互いに顔を合わせた状態で意見をぶつけ合ってやるっていうやつ。別に俺は良いけど。
「それじゃ、始めようか。議題は前回と同じでブレインストーミングからやっていこうか」
そこからポツポツと向こう側で手が上がり、考えていたであろう意見が出されていき、それらがホワイトボードに書かれていく。
向こうの盛り上がりに比べてこちら側のテンションは低い。まぁ、主催者側と協賛側じゃ温度差があるのは至極当然のこと。ギルドでもリーダーがこれ行くって言っても周りは仕方なく付き合っている感じだ。
「俺たち高校生への需要を考えると若いマインド的なものを入れてイノベーションを高めた方がいいとおもう」
要するに高校生らしい考え方を取り入れて想像した方がいいよねってことか。ていうかさっきから無駄にカタカタ用語ばかり使うよな。おかげで一色なんかほえぇ~って感じでしか話聞いてないし。
「そうなるとコミュニティ側と俺たちの関係をWINWINにもっていかないとだめだよね。こっちは楽しいけどあっちは面白くないっていうフィーリングはダメだと思う」
要するに需要と供給を合わせようってことだよな。
それから意識高い系発言は連発されていき、コンセンサンスだのイマジネーションだのカタカナ用語満載の会議は海浜主導で行われ、俺達総武は相槌を打ったり、ほぇ~っとするしかなかった。
そんな会議も今は終わり、一色は海浜の連中と何やら話し合い、俺はPFPだ。
「先輩~」
「んだよ」
「ゲームしてないで手伝ってくださいよ~。うちらの仕事は議事録作成とかとかなんですから~」
「じゃあ、何故に俺を呼んだ」
「え、えっとそれはですね……」
「いろはちゃん」
一色を呼ぶのは玉縄だがその手には1枚の用紙が握られていた。
「これもよろしく頼めるかな? 大きいのはこっちでしておいたからさ」
「は~い。分かりました~」
一色はその用紙を受け取ると待機していたメンバーを招集し、仕事を割り振り、俺にもその仕事を割り振らせて書類をドンと俺の目の前に置いた。
……俺達は雑用の為だけに呼ばれたもんだな。
事実それは当たっていると思う。海浜の連中が大きな仕事をし、俺達総武が小さな雑用などをし、合同という名の作業をする。それならば海浜だけで事足りる話だ。
ペラッと書類を見てみるがそのほとんどが大量の企画案。
「おいこれ全部出てきたのか」
「はい。なんだかブレ、ブエフロ? みたいなので出てきた企画案を見て議事録を作るんです」
試しに紙1枚にタップリ書かれた企画案を見ていくがまずその数が多すぎるし、明らかに今回のイベントでは不向きなものまで出されている。
不向きなものくらいはちゃんと弾いておけよ。
そんなことを思いながらとりあえず企画案の概要だけ議事録に書いてその書類を弾いてゴミ箱に落とすがすぐさまそれを拾われ、元に戻された。
「捨てちゃダメだよ」
「いや。これは明らかに不向きだろうが」
「だからそれを考えるんだよ。本当に要らないのか否か。それを考えれば別の案に使えるかもしれないし」
「……はいはい」
そう言い、拾われた書類を横に置き、次の企画案に目を通しながら議事録を書いていく。
「お、やってるな」
そんな声と共にドアが開かれ、スーツの上に白衣、ハイヒールを履いた平塚先生が入ってくる。
この人本とよく仕事任されるよな。
「お? 比企谷ひとりか? 他の…………あぁ、そうだったな」
「そうっす。今回は俺個人で一色を手伝っているだけです」
既に平塚先生のもとに俺の退部届は渡っているらしく、先生はどこか悲しそうな目をしながらもそれ以上は俺に何も言ってこない。
責任を取って辞めるなんてことはあの総理大臣でさえやっていることだ。つまり世の中の常識というやつだ。何かを失敗し、損害を出せば責任を取って辞める。
「そろそろ時間も時間だ。向こうさんもそのつもりのようだし、帰りなさい」
そう言われ、向こうの方を見てみるとやいのやいのと談笑しながら帰り支度をしている。
とりあえずほとんどの企画案が不向きだったおかげで今日渡された分はもう終わったし、一色の方も出来たみたいだし帰るか。
「じゃ、先輩。明日もこの時間によろしくお願いしますね~」
「ん」
適当に手をあげて、俺は部屋を後にした。