やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ! 作:kue
その日の晩、学校を出た俺は国道をまっすぐ自転車で走って千葉へと向かい、中央駅の方にある映画館のはす向かいにあるドーナツショップで1人、PFPをしながらドーナツを食べていた。
やっぱりポンド・しょうゆはうまいな。ポンド復活祭が行われるたびに食べてきているが最近はいろいろあったせいで食べれなかったからな。
「相席してもよろしいですか?」
「どうぞご勝手に」
PFPをしながらポンドしょうゆを貪っているとそんな声がかけられたので顔も上げずに対応し、最後の一つをとろうとした時に人の手が当たった。
相席した人のかと思い、違う場所へ手を動かすがまたそこでも手が当たり、また違う場所に動かしても当たるのでさすがに鬱陶しくなり、顔を上げて確認した時、一瞬咽かけた。
「ぶはっ」
「ひゃっはろ~。比企谷君」
立ち襟の白いブラウスに目の粗いニットのカーディガンにロングスカートを履いている奉仕部の部長である雪ノ下雪乃をも凌駕するモンスター・雪ノ下陽乃が笑みを浮かべながらポンド・しょうゆを食べていた。
何この人は勝手に俺のポンド・しょうゆを食ってるんだろうか。
「珍しいね、こんな時間に君がこんなところにいるなんて」
「自宅周辺にドーナツショップがないもんで……で、なんですか」
「友達とご飯食べに行くまでの暇つぶし」
笑みを浮かべながらそう言われると俺はすぐさまイヤホンの準備をし、耳に挿しこもうとするが細長くて雪の様に白く、綺麗な指に片方のイヤホンを取られたので慌てて顔を上げると彼女の耳に入っているではないか。
えー。この人一体何がしたいの? 何で他人が耳に突っ込んだものを遠慮くなく突っ込めるの?
「へ~。ゲームってこんなBGMなんだ~」
「は、はぁ。まぁ……で、マジでなんで来たんすか」
「そこに君がいたから、かな?」
至上の笑みを浮かべながらそう言われるがドキッともしない。
普通の男子どもならば「え? も、もしかしてこの子俺のこと好きなの? 告っちゃう?」みたいに勘違いするだろうが数多の罰ゲームの対象にされてきた俺にはそんなもの効かない。
そう。俺は周囲の男子どもとは違うのだ。鋼の心を持っているのだ。アイアンハート……なんかかっこいい。
「やっぱり君は面白いね。今のは頬を染めて視線を外すところだぞ♪」
「へーうわー。なんかドキがムネムネしてくるー」
「アハハハ! やっぱり君は面白いなー!」
陽乃さんは本当に面白がっているのか周りのことなど気にも留めずに笑う。
「ふぅ。本当に君は面白いね。他人には興味がないのに次々と他人を変えていく」
「そうっすか?」
「そうだよ……だって雪乃ちゃんが生徒会長に立候補するくらいだもん」
指が止まった。
……どういう意味だろうか。雪ノ下雪乃は俺に言った。自分は正直な奴ほど生きにくいこの世界を他人事変えたいのだと。だから奉仕部にいるのだと。そんな彼女の途方もない大きな夢のために生徒会長というものはマストプレイな行動であり、マストアイテムであるはずだ。なのになぜ、彼女が変わったことでようやく立候補したとでも言いたげにこの人は言うのだろうか。
「ああ見えて雪乃ちゃん、恥ずかしがりやだからさ。生徒会長とか言う人前に立つ仕事は好んでやる子じゃなかったんだけどね」
「よく知ってますね。盗聴器でも仕掛けてるんすか?」
「まさか。隼人からお手紙が来るんだよ」
あぁ、なるほどね。葉山がそこにいたか。まぁ、姉であるこの人を嫌っている節がある雪ノ下が「私、生徒会長に立候補するの!」なんて言うはずもないか……小町には言われてみたいな。
「そっか~。とうとう雪乃ちゃん、生徒会長か~……ちょっと遅いかな」
ボソッと呟いた言葉の真意は何だろう。
もっと早くに行動しておけよという意味なのか、それとももっと早くにその考えに到達しろよと言う意味合いなのか。前者ならばどこか窘めているともいえるが後者になると意味合いは全く違ってくる。
――――――絶対的勝者から見た憐みの言葉。
雪ノ下は恐らく……いや、確実にこの人を見て立候補したのではないのだろう。もしもこの人のことばかり見ているのであれば雪ノ下生徒会長はもっと早くに誕生し、総武高校史上最高の生徒会長と評されただろう。だが彼女が今までやってこなかったことを鑑みればこの人のことを見て立候補してはいないだろう。
なら、なんで今になって……。
「あれ、比企谷?」
その時、俺の名前を後ろから呼ばれ、振り返ってみると近くの海浜総合高校の制服を着た2人の女子高生がいて片方はくしゅりとしたパーマがあてられたショートボブの女子がいた。
「超ナツイんだけど! レアキャラじゃん!」
そう言いながらバシバシと俺の肩を叩いてくるが俺は満面の嫌そうな顔をするがそんなことお構いなしにその女子生徒は手持無沙汰感Maxの友達を置いて喋りかけてくる。
「卒業して以来だよね!? 一年ちょっとぶり!? ナツイなー! あ! まだゲームしてんだ! 中学の頃からずっとそうだったよね!」
「比企谷君の知り合い?」
「さあ? 同じ中学みたいですけど」
「何言ってんのー!? 同じクラスだったじゃん! 折本! よく喋ったじゃん!」
あぁ、覚えているとも。同じ中学・同じクラスで罰ゲームで俺に告白してきた奴だ。良く言えば姉御肌で誰とも距離を取らずにサバサバとした感じで距離を詰めるフレンドメーカーだが悪く言えば人のパーソナルエリアに土足で踏み込んできて散らかしてそのまま出ていく構いたがりだ。
「比企谷って総武高校なんだ」
県内有数の進学校である総武高校は珍しくブレザーだ。見れば一発で分かるんだろう。
「いっがーい。比企谷って頭良かったんだ。こっちは彼女さん?」
「うん。そうだよ~」
「違う。3つ上の先輩だ。彼女ではない」
そう言いながら軽く睨み付けるが陽乃さんはウインクをしながら小悪魔的な笑みを浮かべる。
うぜぇ。
「だよね~。ゲームしかしない比企谷にこんな美人な彼女なんていないよねー!」
ケラケラ笑う折本につられてお連れの方もクスクスと笑う。
「あ、比企谷と同級生だった折本かおりです」
「へぇ~……同級生ちゃんか~……私は雪ノ下陽乃。ねえねえ、比企谷君の中学時代のお話聞きたいな!」
「え~。なんかあったかな~」
そう言いながら折本は俺の隣に座り、お連れさんも陽乃さんの隣に座って会話に入り、キャッキャッキャと他人の過去の話で盛り上がる。
特段、話されたくない話はないから別に構わないんだが……どうでもいいや。
15分ほど経っただろうか。ふと会話がなくなった。
むしろ15分も良く初対面の人間同士の会話で持った方だ。これで解散だろう。
「あ、そうだ。比企谷。総武校なら葉山君知ってる?」
なんで他校の女子にまで知られてるのですかねぇ。
「紹介して欲しいっていう子が結構いてさ~。この子もなんだけど。あ、この子はね。仲町千佳、友達。ねえ、連絡先とか知らない?」
「知るか」
「だよね~。ゲームしかしないもんね」
「あ、私知ってるよ!」
またこの人は糞面倒くさいことを持ち込むなー……だから会いたくないんだよ~。
陽乃さんは面白そうな物でも見つけたかのように嬉々として携帯を取り出して葉山に電話し、すぐに来るように連絡するとニコニコと笑みを浮かべる。
「何やってんすか」
「面白そうじゃん」
その一言に俺は大きくため息をついた。
既に夜と言っても差支えない程空は黒く染まり、それを裂くようにモノレールが走り、歓楽街の顔を見せだした街の中を若者たちが歩いていく。
階段を上がってくる足音が聞こえ、陽乃さんがそちらの方を向くとちょうど部活が終わった帰りにそのまま寄ったのであろう制服を着てエナメルバッグを背負っている葉山隼人がやってきて俺たちの姿を見つけると呆れ気味に笑みを浮かべて近づいてくる。
「陽乃さん、これは?」
「隼人を紹介して欲しいって言う人たち!」
大きく手を広げながら2人を葉山に紹介する。
葉山を見るや否や2人は顔を寄せ合ってテンション高めに、それでいて小さく喋りだす。
葉山は眉間に皺を寄せ、集中していないと気付かない程度の溜息を吐くとスイッチを入れたのか笑みを浮かべて椅子に座る。
「葉山隼人です」
そこから3人の楽しい楽しい歓談は始まった。
その間俺は席移動したために隣に来た陽乃さんのちょっかいを避けながらPFPをしつつ、早く終わらないかな~みたいな感じで待っているとものの10分経過した。
「あ、ねえ今度みんなで遊びに行こうよ!」
「あ、それいい!」
その中に俺は入れなくていいです。ていうか本当に入れなくていいです。
「あ、そろそろ時間だ」
「そうだね。じゃ、またね葉山君」
カッコいいだの、ヤバいだのと談笑しながら早速俺の存在をデリートしてまるで葉山と3人で喋ったかのような満足感を醸し出しながら折本たちは階段を降りていった。
2人の姿が消えたところで今まで微笑を浮かべていた葉山がスッと冷めた表情をし、チラッと陽乃さんを睨み付けた。
「……どうしてこんな真似を?」
「面白そうだったし」
無邪気は邪気が無いと書いて無邪気だが無邪気も行き過ぎるとただの悪意にしかならない。子供が笑いながら虫を殺すのと同じことだ。一見無邪気に見えるが行き過ぎるとそれは悪意になる。
「ま、とりあえず遊びに行ってごらんなさいな。もしかしたらうまくいって楽しいかもよ? ほらよく言うじゃない。食わず嫌いはよくないって」
そう言うと陽乃さんは袖をまくり、ピンクシルバーの時計を見た。
「あ、そろそろだ。良い暇つぶしになったよ比企谷君。またね」
そう言って階段をトットットと軽快に降りていく。
「君は……陽乃さんに好かれているんだね」
カバンを持って帰ろうとした時にそう言われた。
「違うな。あれはからかいだ。いじりだいじり」
「あの人はね。興味があるものにしか好意的に接さないんだ。逆に興味が無いものには一切手を出さないんだよ……好きなものは可愛がり過ぎて殺してしまうか、嫌いなものは徹底的に潰すしかしないんだ」
「あっそ……俺には関係ねえよ。あの人がドSだろうがなんだろうが知ったことかって話だ」
「それもそうだな」
そう言い、俺達は店を出た。