やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ! 作:kue
平塚先生のお悩み解決から数日が経った日の放課後、いつも通りに俺は部室にいたのだが今日は珍しく奉仕部メンバーが全員、集まっておらず、さらにその来ていない人物は奉仕部にとっていなければならない存在なので余計にそいつが来ていないことに不信感を抱く。
雪ノ下雪乃。奉仕部の部長だ。
「珍しいね。ゆきのんがこんな時間になっても来ないなんて」
「そうだな。国際教養科で何かやってんじゃねえの?」
雪ノ下がいる国際教養科はいわば特進クラスだ。どっかの名門といわれている私立や国立、公立大学を目指す連中が在籍しており9割が女子を占めているというほとんど女子高のようなクラスなのだ。
その中でも雪ノ下はトップに位置づけており、いわば俺たちの学年全体共通の高嶺の花なわけだ。
「そう言えばもうすぐクリスマスだね」
「そうだなー」
「京都から帰ってきて京葉線乗ったらもうクリスマスの広告とかあってさ! ビックリしちゃった。あ、そう言えばディスティニーランドももうすぐクリスマスイベント始まるんじゃない!? 新しいアトラクションも始まったとかって聞いたし」
「へー。そうなんだー」
さっきから由比ヶ浜が言葉のボールを投げてくるが俺はPFPをしながら答えるという名のバントでコロコロ転がし、またそれを拾って剛速球が投げられてくるがまたもやバントで返した。
クリスマスはこっちも色々とイベントがあるから忙しいんだよ。クリスマス限定アイテムが貰えるランキングが始まる予定だし、クリスマス特別ダンジョンも始まるし。
「あ、そういえばもうすぐ生徒会役員選挙あるんじゃない?」
「そうだなー。そういえば書記は集まらなかったとかで本当は体育祭前にする予定がずれたんだってな。だからこんな微妙な時期にやるらしい」
「え、そうなの?」
おいおい。せっかく俺がフライあげたのにエラーするなよ……まぁ、生徒会役員選挙なんて強制参加の行事でもないから覚えてないのも無理はない。俺もここに来るときに噂話として小耳にはさんだのが頭に残っているだけ。
「ゆきのん遅いな~」
「もうすぐ受験期だし、そう言う説明じゃねえの」
自分で言ってふと考えた。
年が明ければ俺達ももう3年だ。大学受験を控えることになれば必然と勉強するために時間を割くし、それに伴ってここでの時間もなくなっていくだろう。
それは決定事項のはずなのにどこか俺はそれが寂しい……気がする。
「失礼する」
いつものノックのない平塚先生の侵入に顔を上げて対応しようとするがその後ろからやってくる後続の人達の顔を見て止めようと顔を下げた。
「比企谷君♪」
「ど、ども」
顔を覗き込むようにしてみてきたのは我が総武校生徒会長・城廻めぐりだ。
いつものほんわか雰囲気は健在か……ていうかあれ誰だ。
もう1人、来客がいた。制服を少し着崩し、余ったカーディガンを控えめに握り、地毛らしい亜麻色の髪を持った見かけない顔の女子生徒がいた。
「あ、いろはちゃん」
「結衣先輩、こんにちわ~」
「やっはろ~」
2人は面識があるらしく、いろはと呼ばれた女子はふわっふわとした声を出し、由比ヶ浜に胸の前で小さく手を振り返した。
俺がボケーっとしているとどうやら察したのか由比ヶ浜がいろはと呼ばれた女子生徒の紹介を始める。
「この子は一個下の一色いろはちゃん。サッカー部のマネージャーさんなんだよ」
「どうも~。一色いろはです」
「は、はぁ……で、何用で?」
「生徒会選挙があるのは知ってるよね?」
その問いに首を縦に振る。
今さっきまでその話題をしていたところだ。まあ、由比ヶ浜のエラーでゲームセットしたわけだが……。
「本当は体育祭前にはやっておく予定だったんだが立候補者が集まらなくて延期していたんだ。学校側も城廻に甘えてしまってな。こんな中途半端な時期にすることになったのだよ」
「私はもう指定校推薦が決まってるんで」
指定校推薦は早くに合格が決まるいわば一番楽に行ける入学試験であり、早ければ夏休み前には合格が決まり、ヒャッハーと遊びほうけることができるのだ。
まぁ、めぐり先輩のことだから遊ばないだろうけど。
「あ、そうそう。それで私たち現役組が最後のお仕事として選挙管理委員会をやってるの。順調に進んで公示も終わったんだけど……」
そう言いながらめぐり先輩はチラッと一色の方を見るとハハハ、と一色は乾いた笑みを浮かべて頭をポリポリかいた。
……心がざわめく。また面倒くさいことが刻一刻と迫っていると言う事だ。
俺の面倒くさいレーダーがアラートをけたましく鳴らしながらもそんなものが他人に聞こえるはずもなく、めぐり先輩の話は続いていく。
「それで彼女はね……生徒会長候補なの」
そう言われた瞬間、思わず一色の方を見るとバッチリ目が合ってしまった。
「今向いてなさそうとか思いませんでした~?」
分かるならなぜに立候補したんだよ。今ので分かったけどこいつは人に見られることに慣れている。だから俺がどんな気持ちでこいつを見たのか目を合わせるだけで一瞬で分かったんだ。いわゆるちょっと自分に自信がある女子高生だ。皆からの視線を集めているわけじゃないけどちょっとは視線を集めていることを理解してるやつだ。
「で、その生徒会長候補様がなぜここに」
「うん。実はね……選挙で当選をさせたくないというか」
「…………つまり生徒会長なんてしたくないってやつですか?」
そう尋ねると一色は迷いなく首を縦に振った。
「いや~。私は生徒会長なんてしたくなかったんですけど勝手に出されてたというか~」
お前はどこのアイドルユニットを輩出してる事務所だよ。勝手にってことはそう言ういじめ……似合っているような感じもしないし、サッカー部のマネージャーをやってるくらいだし、どうせまたあのおかしなクラス内の内輪ノリというやつだろう。
「推薦人も30人集めてのことだから手の込んだいじりだ。これに加担した奴ら全員には指導をするつもりだが公示も済んでしまった以上はどうしようもないのだよ」
「はぁ。あの時、私たちがちゃんと確認していれば」
推薦人30人と言う事はクラスの連中のほとんどとその悪乗りに嬉々としてのったバカな連中をちょっと合わせたくらいの人数か。まぁ、色々と選管も忙しかったんだろう。わざわざ本人確認して承認するほど時間がないのもまあ無理はない。
「でもそんなのよく教師が許しましたね。気づいてなかったんっすか?」
「いやな。話はしたんだが担任の中ではサクセスストーリーが出来ているようでこちらの話など全く頭の中に入っていないのだよ。立候補を取り下げようにも規則に取り下げの仕方は明記されていないし、困ったことに一度立候補してしまうと選挙が終わるまでどうにもならないんだ」
「じゃあいろはちゃんが選挙で負ければそれでいいんじゃ」
「まぁ、そうなんだが……そうなるとクラス内の空気がな」
確かにこのまま放置しておけば選挙が始まり、ろくな準備もしていない一色には悪乗りに加担した馬鹿な奴らの少ない票しか入らず、ほぼほぼ落選は決まるだろうがそうなってしまうとクラスでの立ち位置が少々どころかかなり不味い位置になってしまう。いじめに発展しかねないし。
「圧倒的な差で負けてしまえばクラス内での立ち位置が不味くなり、逆に勝ってしまえば生徒会長にはなれるが本人はしたくない……妥協点としては一色が僅差で負ければいいんじゃないんですか?」
「あ、そっか。僅差なら惜しかったね~で終わるし。ヒッキー頭いい!」
「はっ。伊達に罰ゲームの対象にされてねえよ」
小学校の時、勝手に推薦されていたルーム長の選挙の時に嫌というほど味わったからな。
しかし、めぐり会長はきらりと光る凸に手を当てて悩む。
「それは1回は私たちも考えたんだけど…………立候補者がね」
「一色以外いないんすか?」
一色しか候補者がいなければ信任投票となり、ほぼ確実に生徒会長になってしまう。それに生徒会選挙なんて俺含めて真剣に投票する奴なんていない。ネタで不信任にしようものならそいつに生徒会から推薦が来るくらいだからな。
だがめぐり先輩は首を左右に振って否定する。
「そうじゃなくて…………相手が相手というか」
「相手が相手……葉山とかですか?」
「いいや違う。まさか公示を見ていないのか?」
先生の問いに俺達は同時に首を縦に振る。
生徒会選挙など参加しない俺達からすればちょっと向こうの方でお祭りやってるねって言う位の感覚でしかないから公示など見ないし、それがされたのすら知らない。
「雪ノ下だよ」
先生のその一言に俺たちの時間は止まった。
ゆ、雪ノ下が生徒会長選挙に立候補…………待て待て。何俺は動揺しているんだ。よくよく考えれば雪ノ下ほど優秀な生徒ならば生徒会長に立候補することなどあり得る話だ。むしろ周りからの期待はあったはずだ。現に文実の時は生徒会からの評価は高かったという。ただそれが普通の生徒であるならばの話だ。雪ノ下は奉仕部の部長だ。仮に選挙に勝った場合はどうするつもりなのだろうか。
「ゆ、ゆきのんが生徒会長に立候補……ほ、本当ですか?」
「なんだ、あいつから聞いていないのか。修学旅行が終わってすぐに言われたんだがな。てっきりお前たちにはすでに話しているものかと」
修学旅行ってつい最近じゃねえか。
「相手があの雪ノ下さんとなるとどう考えても彼女の方に票が回っちゃうし」
雪ノ下の優秀ぶりは既に知れ渡っているどころか文実でさらにエンハンスがかけられて初期の評価よりも倍以上は評価されているはずだ。
周りからすればようやくかと思っただろう。
「妥協しようにもできないんだ。だからここに来たんだが」
「お願いしますよ先輩~。もう先輩たちしか頼るところがないんです!」
そうは言われても俺達も俺達で驚愕の真実をたった今知ったわけだから何もできない。
「俺達も雪ノ下が立候補するって今知ったもんですから……」
「そうか……とにかく今回は日を改めよう」
「そうですね。いろはちゃん」
「は~い。また来ますね、先輩」
ぞろぞろとお客は帰っていくが俺達の間にある空気は正直微妙なものだ。
「最近遅かったのも準備のせいなのかな」
「だろうな。でも何も驚くことは無いだろ」
「なんで?」
「周りには既に雪ノ下生徒会長論は少なからずあったはずだ。それがやっと叶ったってことで周りは祝福モードに入っているだろうし、あいつもあいつ自身で何かやりたいことがあったから立候補したんだろ」
「で、でもさ!」
由比ヶ浜は声を荒げて俺に一歩近づく。
「もしもゆきのんが生徒会長になっちゃったら奉仕部はどうなっちゃうの?」
確かにその問題はある。あいつが部長である以上は生徒会長に立候補すると言う事ならば兼部と言う事になるが果たしてあいつにそれができるだろうか。文実で過労のあまり風邪を引いてぶっ倒れたあいつだ。また生徒会と奉仕部の疲労がたまってぶっ倒れるなんてことはあり得る。生徒会長に立候補するのであれば奉仕部を退部し、暇な時にやっはろ~とみたいな感じで……って何考えてんだおれは。どうでもいいことだ。
「無くなりはしないだろうけど……3人から2人にはなるだろうな。実質」
「…………そうだよね…………」
「別に奉仕部がなくなるわけじゃねえんだし、規模を縮小して再出発だろ」
「……だといいけど」
ふと時間を見るともうすぐ完全下校時間になる時間帯だったのでPFPをカバンに直し、担いで部室から出るとその後ろから由比ヶ浜がカギを持って出てきて扉を閉める。
「じゃ」
「うん。また明日」