やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ! 作:kue
翌日の朝、いつもの様に自転車をコギコギして学校へと向かっていると前方に見覚えのある後ろ姿が見え、少し速度を上げて通り過ぎようとした……ていうか通り過ぎた。
あ、あれ!? いつもなら声かけてくるのに。
そう思いながらブレーキをかけて後ろを振り返るとどこか深く悩んでいるの様子で俯いたまま歩いていた。
「先生。おはようございます」
「あ、ああおは……比企谷じゃないか」
ここまで近づいてから気づくとは……何か悩み事か。いつもなら後ろにいる時に振り返ってくるのに。
「なんかあったんすか」
自転車を押しながらそう尋ねるが先生は何も言わない。
……まぁ、学生のお悩み相談じゃあるまいし、社会人の悩みなんて教え子に聞かせるはずないわな。
「いいや。何もないさ……何もな」
そう呟き、先生は歩いていく。
……何もないと言い張るなら俺達が突っ込む意味もないよな。
そう考えていたのだが思わず突っ込みたくなるくらいの一日が始まる。
まず授業において俺達に提示するはずの宿題を職員室に忘れたり、教科書の題材を先生が読んでいる時に同じ個所を読んでしまったり、あといつもの癖で俺が授業休みにPFPをしていても何も言わずに出て行ったりとおい、何かあっただろと突っ込みたくなるくらいの出来事が起きた。
そのドジっぷりに俺以外にも教室の連中はぼそぼそと平塚先生の不調を口々にする。
「ねえヒッキー」
「あ?」
「明らかに先生おかしいよ」
事情を知っていれば猶更、先生のドジっぷりは目に余るか。
「そうだな。色々とあったんじゃねえの。振られたとか」
「先生振られてもピンピンしてたじゃん」
…………確かに振られても「早く結婚したい」って呟くだけで行動には何の変化もなかったな。
「でも俺達が手を出す案件じゃないだろ。雪ノ下も言ってたろ。プライベートにまで突っ込むのはよくないって」
「確かにそうだけど……あれはちょっと気になるよ」
俺も由比ヶ浜の手前、あぁいったが実際はかなり気になる。いつもの行動が出来ないくらいに考えてしまうほどのことが先生の身に起きたのか。
でも気になるだけで手を出す気にはならない。子供が大人の悩みに手を突っ込んだら大やけどで済まないことになるかもしれないんだ。
「大人の事情は大人の事情だ。子供の俺達が手を出していいものじゃない」
「……そうだけどさ」
その時、授業が始まることを告げるチャイムが鳴り響き、PFPをポケットに直すと同時に次の授業の担当教師が教室に入ってきた。
平塚先生のドジっぷりはその日だけに留まらず、あれから2日ほど経った今でもそのドジっぷりは治るどころか酷くなる一方で流石に注意を受けたのか職員室で校長にたしなめられているところを目撃したという生徒まで出てくる始末。
流石にそんな先生を見て何かあったのだと思った連中は口々にああじゃないか、こうじゃないかと考察を口にしていき、それが噂となって駆け巡る一歩手前の状態までになった。
が、そんな中でも奉仕部は通常運行。
いつもの通り、雪ノ下は文庫本を読み、由比ヶ浜は携帯をポチポチ、俺はPFPをガチャガチャしながら部室に依頼者が来るのを待つ。
「……今日はもう来ないみたいだしお悩み相談メールでも解決しようよ」
「そうね」
由比ヶ浜の提案に雪ノ下が乗り、俺も何も言わずにPFPをしたまま椅子をノーパソが置かれている机の近くにまでもっていき、そこでPFPを続ける。
古いタイプのノーパソなのか起動する際にウィィィーンという音が部室に響き、デスクトップに行くまで少しの時間を要する。
1分ほど待ってデスクトップに変わったのか雪ノ下がマウスを少し動かした後にダブルクリックする音が響く。
そこでPFPを一時中断し、ノーパソの画面に目をやると今日はNEWマークはあるにしても以前ほどの数はなく、5通ほど来ていた。
【P.N:気になりますさんからのお便り】
『国語担当の平塚先生の様子がおかしくて気になります。いつもは読み飛ばしなんてしないのに読み飛ばしをしてしまったり忘れ物をしてしまったりしています。出来ればで良いので助けてあげてください』
「……随分と慕われているようで」
「校内人気で言えばトップじゃないかしら」
一旦保留と決めたのか雪ノ下はそのメールをいったん閉じ、次のメールを開く。
【P.N:yumiko☆さんからのお便り】
『平塚先生がおかしい。あーしの周りの奴らがそれでおかしいから解決よろ』
「…………なんというか平常運転っすな」
それからも次々とメールを開いていくがどれも平塚先生に関することばかり。
このメールからでも学校の連中が平塚先生のことをどれだけ慕っているのかが分かると同時に平塚静という教諭がどれほど優秀な人物だったのかが分かった。
ただ、俺達が突っ込んでいい案件じゃない。相手は大人だ。俺達は静観しておくしかない……あくまで俺の意見だけどな。最終決定権は雪ノ下にある。
「どうするんだよ、雪ノ下」
「ゆきのん」
雪ノ下は静かに目を瞑り、腕を組んで考える。
そして結論を見出したのか静かに目を開けた。
「この依頼、承りましょう」
そう言うと由比ヶ浜の顔に笑みが浮かんだ。
「でもどうやって解決するの? 先生の悩みなんて聞いてないからわかんないし」
「そうね……でも原因らしきものは分かっているわ」
恐らく先日の男性とのことだろう。職が手につかなくなるほどの揺さぶりをかけることということで考えれば恐らく一つしかない。むしろそれしか思い浮かばない。
「でも何をもってして解決とするんだよ」
「そうね……以前までの平塚先生になれば、ということにしましょう」
「そうなると根本的な解決か」
「……たぶん先生、悩んでるんじゃないかな。欲しかったものと今との間で」
先生が何で悩んでいるかなどあの場面を見ている俺達であれば容易に想像がつく。恐らくあの男性からプロポーズを受けたのだろう。だがそんな事では先生は悩まない。それどころか嬉々としてそのプロポーズを受け取ってさっさと結婚して苗字も変えるだろう。
由比ヶ浜の言う通り、先生は男性から何かしらのお願いをされたのだろう。
それが理想か、現実をとるかの境目で悩んでいる理由だろう。
「……専業主婦か」
俺の呟きに由比ヶ浜は小さく頷いた。
恐らく男性は平塚先生に家に入ってもらうことを条件としてプロポーズしたのだろう。
「あれほど結婚結婚と言っていた人がいざ結婚で悩むとはね」
「そんなもんだろ……理想なんていつも目にすれば悩む」
現実とのギャップの差に悩む。そして理想と現実は違うとようやく気付く。
部室に嫌な静けさが漂い始める。
何か案はないかと頭の中で思考を駆け巡らせるがまともな案は出てこず、結局黙りこくってしまう。
「仮に平塚先生が専業主婦として家庭に入り、仕事を辞めるか否かで悩んでいるとすればその踏ん切りがきれるようにすればいいんじゃないかしら」
「どうやってやるんだよ」
「私がいなくてもこいつらはやっていける、と思わせたらいいんじゃないかしら」
「…………え、俺達問題児なの?」
「ものの例えよ」
びっくりした。俺達が問題児集団かと……十分すぎるくらいに問題児ばかりだな。
片方は友達がいない学業優秀美少女、片やゲームしかしない引きこもり・ニート・オタクが融合した最強のヒキニク野郎だろ、そして最後は……あれ? なんで由比ヶ浜ここにいんの? この中じゃまともじゃん。
「なんかお前がまともな奴に見える」
「はぁ!? 酷くない!? あたしまともだし!」
「とりあえず、やれることはやってみましょう」
「でもどうやるんだよ。先生の悩みを無くせるくらいにインパクトがあるやつなんているか?」
そう言うや否や雪ノ下と由比ヶ浜が同時に俺の方をジーッと見てきた。
…………え? 俺が一番の問題児なの?
「ええ、いるわ」
「いるじゃん」
「酷くね?」
俺はただのヒキニク野郎なのに……グスン。
「先生の悩みを無くすどころか踏ん切りを一瞬でつけさせる方法が1つだけあるわ」
「あ。あたしもなんか思いついたかも!」
…………なんだろうか。雪ノ下と由比ヶ浜が笑っているのに笑っているように見えないぞ。