やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ! 作:kue
翌日の朝、俺達が向かった先は東映映画村。
実際に映画撮影でも使われるという観光客が一度はやってくるであろうとまで言われている場所だけあってそこへ行くバスの中はギュウギュウだ。
乗車率200%はいっているであろう混み具合にうんざりしながらも何とか乗り切り、出口から吐き出されるようにしてバスから降りた。
「疲れた」
「凄い人だったね~。あ、チケットだけど」
「行ってくるわ」
「あ、ちょっとヒッキー!」
由比ヶ浜の叫ぶ声を無視してチケット販売所の長蛇の列に並んでいると隣に同じ制服が見え、ふと横を見てみると「え? なんでいんの?」とでも言いたそうな表情をした戸部が立っていた。
リアルに由比ヶ浜何をしようとしているんだ?
「……あんさ、ヒキタニ君」
「ん?」
ちょっとずつ進む中、戸部に話しかけられ、そちらの方を向くと何故か申し訳なさそうな顔をしながら頭をガシガシかいていた。
「なんつーか……ごめん」
「は? いきなりなに?」
「いや、ほら……文化祭のことっつーか」
そこでようやく戸部が俺に謝った理由が分かった。
そう言えばこいつの名前もグループラインにあったな……そのことで謝るとか意外と素直な奴なんだな……まあ、お調子者というべきか。
「隼人君に言われるまで勘違いしててさ。マジで申し訳ないっつーか調子乗っていろいろ言っちゃいけないことも言っちゃってわけだし」
「別にいいし…………特に思ってもなかったし」
「マジでごめん」
そう言い、戸部が頭を下げた。
…………もしかしたら由比ヶ浜も雪ノ下も俺のあることないこと言われていた情報を聞いて何か思っていたんだろうか…………なんというか、むず痒いというか。
2人が俺を心配していたところを想像するとむず痒さを感じ、適当な場所をかくが見当違いだったのかむず痒さは全く消えない。
人数分のチケットを貰い、皆が集まっていたところへ戻り、チケットを手渡して配っていくがどこか由比ヶ浜は脹れっ面の様子だ。
「何怒ってんだよ」
「別に」
映画村の中へ入ると早速、江戸時代風の家屋が数多く見受けられ、お侍さんの姿も見える。
おいらん道中や突然始まる殺陣指南に驚きながらもまっすぐ進んでいく。
「ねえ、次あれいかない?」
そう言う由比ヶ浜が指差したのは最恐のお化け屋敷とどでかく書かれている看板が立てかけられている古びたたたずまいのお化け屋敷だった。
最恐って言っても所詮は人が脅かす物だろ? 過去に本物を見たことがある俺からすれば怖くないと思う。
特に誰も辞退者が出ることなく並ぶ俺達。
「隼人あーしお化けとかこわーい」
「俺もあまり得意じゃないんだよな」
じゃあ止めとけよと口に出して言ったらまた三浦の冷たい視線が飛んでくるからやめておこう。
世間一般ではあれはお化けが怖い私という可愛い点をアピールすると同時に驚きのあまり抱き付くという大義名分を得るものらしい。
結局グループ分けとしては葉山・三浦、戸部・海老名さん、俺・由比ヶ浜、川崎・戸塚になった。
1人、また1人とお化け屋敷の中へ消えていき、遂に俺たちの番が来た。
中に入ると早速、BGMが流れ出す。
「あ、あたしこういうの苦手……」
「何故に入った」
「え? い、いやだって…………」
暗闇で表情が見えない由比ヶ浜は何も言わなくなった。
「ヤバいヤバいヤバいヤバいって。これマジヤバぁぁアァ!」
前の方から戸部の叫びが聞こえてくる。こっちの方が怖いわ。
「グヘヘ」
「ひっ! い、今なんか聞こえた」
「川崎さん。俺の腕掴まないでくれよ。折れるから」
こう見えて川崎、力強いし。
「戸塚は怖くないのか?」
「うん。僕こういうの好きなんだ」
意外や意外。今度戸塚と映画に行く機会があったらホラー映画を見よう。俺は寝るかもしれんが。
「きゃぁぁぁ!」
「わぁぁぁぁ!」
「ぎゃぁぁぁ! 痛い痛い痛い!」
物陰から血まみれの女性が出てきた瞬間、火事場の馬鹿力というスキルが発動したのか俺の両腕を掴んでいる女性陣の力が何百倍にも強化され、川崎は鷲掴み、由比ヶ浜は皮膚を抓るというダブルコンボを食らい、俺まで驚いてないのに叫びをあげてしまった。
「ヤバイヤバイヤバイ!」
「ちょ! い、いきなり走ったらごっばぁ!」
2人が同時に走り出し、暗すぎて見えていなかったのか偶然かは知らないが立っていた柱を二人が避け、真ん中にいた俺は逃げることもできずに顔面から柱にぶつかってしまった。
「ぐ、ぐぉぉぉ! は、鼻が」
「は、八幡大丈夫!?」
「ゆ、許すまじ川崎と由比ヶ浜……マジで痛い」
戸塚に支えられ、鼻を押さえながら立ち上がって2人が走っていった方向へ行くと何故か道中で由比ヶ浜がへたり込んでいるのが見えた。
「何してんだお前」
「ヒ、ヒッキー……腰が抜けちゃった」
「…………戸塚、悪いけど先に行っててくれ」
「うん。分かった」
「ほい。乗れよ」
「へ? で、でも」
「良いから。予定が狂うだろ」
「う、うん」
腰が抜けて立つことができない由比ヶ浜をおぶってお化け屋敷の出口を目指す。
…………雪ノ下と違って主張が激しい2つのものが背中に当たっているがとりあえず何も考えずに出口まで行くんだ。出口でてから考えよう……そう言えば。
ふと雪ノ下に昨日、言われたことを思い出し、由比ヶ浜に尋ねてみることにした。
「なあ、由比ヶ浜」
「な、なに?」
「…………文化祭で俺の悪評が出回ってる時、お前どう思った」
「…………嫌だったよ。見るのも聞くのも」
俺の首周りにダランと乗せられていた手に力が入り、まるで後ろから俺を抱きしめるような形になった。
「なんでだよ。俺の悪評なんてお前に関係ないだろ」
「……関係あるよ…………だって…………だってあたしは…………ううん。ゆきのんだってヒッキーのこと…………大切な人だって思ってるもん」
その瞬間、ドクン! と心臓が大きく鼓動を打った。
「仲間が悪く言われてるのは嫌だもん」
「…………そうか」
雪ノ下が言っていたのは周りには俺を大切に思っている奴もいるってことなのか……だとしても俺はどうすればいいんだよ…………大切に思ってくれている奴がいたとしても……俺は変わらねえだろ。
そんなことを考えていると外の明かりが見えてきたのでそこで由比ヶ浜を降ろし、外へ出ると既に葉山達がベンチに座って休息をとっていた。
チラッと由比ヶ浜と葉山がコソコソと話をしているのが見えた。
…………あいつはいったい何をしたいんだか。
タップリ休息時間をとった後、俺達は次の目的地へと向かうべく、バス乗り場へと向かったが帰り客とバッティングしてしまい、バスに乗れないほど混んでしまった。
もうすでに何本か見逃しており、これ以上のタイムロスはあまりよろしくない。
「タクシーのらね? 割り勘ならそんなにかからねえだろ」
「え、でもタクシーはちょっとお金が」
「このままバス待っててもどうせ乗れないし、予定してた場所もまわれなくなるだろ。そうなるよりかは少しお高くついてもタクシーで行くべきじゃね?」
「そうだな。確かに比企谷君の言う通りだ。ここはタクシーを使うか」
葉山の後押しもタクシー乗り場へと向かっている途中、どういうメンバーで乗るか話し合い始めた。
そんなことをしていると一台のタクシーが前に止まった。
「おい、タクシー来たぞ」
「仕方がない。とりあえず戸部のってくれ」
「オッケー」
葉山の指示に従い、戸部が助手席に座る。
その間、俺は扉を開けている係りだ。俺はどこのホテルマンだってな。
「じゃ、次優美子」
「はーい」
いったいどこからそんな可愛い声を出しているんだと突っ込みたくなるくらいの乙女ボイスを出しながら三浦が後部座席の右ドア近くに座った。
「じゃ、次は」
「ヒキタニ君行っちゃおー!」
「は? ちょ」
海老名さんに手を引っ張られ、そのままタクシーに突っ込まれると俺の左隣に海老名さんが乗り込み、他の奴らが驚いている隙に海老名さんが運転手に仁和寺まで行くように言い、そのまま出発してしまった。
「は? 何であーしの隣がヒキオなわけ?」
「お、俺に言わないでくれ」
三浦からの視線が痛い……良い臭いはするけど。
「触ったら」
「触りません」
触ったら文化祭以上っていうかその時点で人生終わりじゃねえか……はぁ。PFPでもして時間潰そ。
PFPを起動させ、太鼓の匠をしようとした時、隣に色違いのPFPがヒョイっと出され、左隣を見てみるとニコニコと笑みを浮かべている海老名さんがいた。
「やろっか。ヒキタニ君」
「は、はいぃ」
通信モードに切り替え、楽曲選択を海老名さんに任せている時にチラッと彼女のPFPの画面を見てみると選択している楽曲全てにフルコンボしたことを示す王冠が表示されていた。
楽曲を選択してガチャガチャPFPを操作する。
……一体由比ヶ浜は何を考えているのやら。
楽曲が終了すると同時にタクシーが停車したので4人で割り勘して乗車賃を支払い、由比ヶ浜達後続車が来るのを待っているとものの5分で合流した。
合流したことで一団となり、仁和寺を観光する。
俺は後ろの方から葉山達を観察しながら歩くがやはりどう見ても由比ヶ浜達は海老名さんを戸部の方に近づけようとするがその度にそれを防ぐかのように川崎や戸塚を間に挟む。
拒絶…………とまではいかないにしてもどこか一歩引いたような感じだな。
「じゃ、次行こうか」
既に回るべきところを回ったのか由比ヶ浜の提案に誰も異を唱えることなく、歩いて10分ほどの距離にある龍安寺へと向かう。
拝観受付を済ませ、敷地内へ入ると早速大きな池が見渡せた。
その間にも由比ヶ浜は自然に歩く位置を変えて戸部を近づけようとするが海老名さんは後ろに下がっていた川崎を間に引っ張ってくる。
本当に由比ヶ浜は何をしようとしてるんだ…………さっぱりわからん。
「あら奇遇ね。比企谷君」
「雪ノ下」
後ろからそんな声が聞こえ、振り返るとお連れさんと思しき大人しい系の女子数人と一緒にいる雪ノ下がいた。
雪ノ下と一緒にいる大人しい系の女子たちは俺の名前を聞くや否や少し驚いた表情をしてコソコソと話し始めるがその空気に侮蔑のようなものは感じられない。
純粋に不思議がってるんだろう…………まぁ、まさか雪ノ下みたいなやつが俺みたいなやつに話しかけること自体が少し不思議なことなんだろうけど。
「ごめんなさい。少し彼と話すから先に行っててくれるかしら」
そう言うとお連れさんたちはどこか尊敬の眼差しにも似た目をしながら頷き、先に歩いていく。
「珍しいわね。ピコピコしていないなんて」
「ここでゲームしながら歩いてて重要なものを壊しでもしたら怖いだろ」
「それもそうね」
「…………なあ」
「何かしら」
「お前ら一体何をしてるんだ?」
俺の問いに雪ノ下は頭のはてなマークを浮かべる。
「なんの話しかしら」
「由比ヶ浜がやってることだよ。お前もやってんじゃねえの?」
そう言うが雪ノ下は本当に何のことかわからないのか俺を不審な目で見てくる。
そんな不審者を見るような目で見てくんなよ……でも、これで雪ノ下が参加していないと言う事になると奉仕部としてではなく由比ヶ浜が勝手にやってるってことか。
「本当に何の話かしら」
「……いや、知らないならいいや」
由比ヶ浜個人か……ん~。クラスの空気を読み続けてきたあいつが個人でね……。
「……ねえ、私のやろうとしていること。覚えてるかしら」
……こいつがやろうとしてること?
必死に過去の会話を頭の引き出しから探していき、少ししたところで正解を見つける。
「人間ごと世界を変えるだっけか? それがどうかしたのかよ」
「貴方は今でもそれを聞いてあの時と同じ答えを言える?」
何を言ってるんだこいつは。
「変わんねえよ。なんだったらもう一回言ってやる。人の夢を貶してどうするよ。そいつがやりたいって思ったことは本当にやりたいことなんだからそいつに自由にやらせりゃ良いだろ」
あの時と全く同じことを言ってやると雪ノ下は少し考えた後、満足そうに小さく笑みを浮かべた。
「そう……ありがとう」
そう言う雪ノ下の表情はどこか決心をつけたような顔だった。
「あ、ゆきのん」
そう言うと同時に由比ヶ浜が先頭からこっちへ戻ってきたので俺はその場を離れて歩き出す。
まあ、由比ヶ浜が何をしていようが俺には関係ないか。
そう結論付け、俺は歩き出す。
その日の晩も俺はお土産コーナーの前にあるソファに座って一人、ゲームに勤しんでいる。
なんかよく分からんがうちのクラスの男子がほとんど部屋に集まってきて麻雀王決定戦とか言う俺からすればはた迷惑なことを始めたので抜けてきたわけである。
「ヒキタニ君」
「え、海老名さん」
「隣良いかな?」
「ど、どうぞ」
普段とは違う私服姿の海老名さんにちょっと違う恐怖を抱きながらも隣に座ることを了承し、ゲームに集中しようとするが隣からのオーラに思わずゲームを中断して横を見る。
「な、なんでしょうか」
「ちょっと涼みに来たらヒキタニ君がそこにいたから」
これが普通の女の子であれば俺もどきっとするが相手はあの海老名さんだ……ドキッどころかひっ! っていう感じの声を出すかかもしれん。
「…………ねえ、ヒキタニ君」
「はい?」
「もしもヒキタニ君のことを好きな人がいて告白しようとしているんだけどヒキタニ君はそれを受け入れる気はないとして……ヒキタニ君ならその好きな人に言う? それとも告白されてからいう?」
突然の質問に一瞬、ためらうがその質問の状況がどこか今の海老名さんの周りを取り巻く状況とそっくりだったのでとりあえず頭の中で考え、形を整えただけの答えを見出す。
「俺なら告白される前に言う…………つってもそんな経験、罰ゲーム以外にねえけど」
「その心は?」
「どうでもいい」
「ハハハ。君らしいね……ありがと、またね」
そう言い、海老名さんは去っていった。
…………はて、彼女はいったい何を尋ねたかったのだろうか。
PFPをやり直そうと思った瞬間、再び隣に誰かが座ったのを感じ、呆れ気味に隣を見てみるとなんとあの女王・三浦が座っていた。
「あんさー、あんたら一体何しようとしてるわけ?」
「は? 何ってなんだよ」
「だから海老名に何しようとしてんのって聞いてんだけど」
むしろこっちが聞きてえよ。ていうか由比ヶ浜が個人でやってることだからこいつも知ってんじゃなかったのか?
「さっぱりわからん。むしろ俺が聞きたい」
「はぁ? あんなに海老名にちょっかいかけておきながらそんなこと言うんだ」
「むしろちょっかいかけられているのは俺なんですが」
海老名さんの隣に無理やり座らされたり、同じタクシーに突っ込まれたりと。
「…………ああ見えて海老名って結構、グラついてんの。あいつが器用だからどうにかなってるけどそれが一番危なっかしいわけ」
「といいますと?」
「はぁ? あんた結衣と一緒にいる癖に分かんないの?」
むしろあいつと一緒にいることで分かることがあれば教えてほしいんだが。
「結衣は最近は言うこと言ってくれるようになったけど空気を読んで合わせる子っしょ?」
それは一理ある。恐らく由比ヶ浜のような女子が三浦のグループの中で生き残れているのは周りの空気を敏感すぎるくらいに察してそれに合わせているからだろう。
でも、それと海老名さんは関係あるのか?
「でも海老名は空気を読まないで合わせんの」
つまり海老名さんは空気を読まずに周りに合わせるように自分を変容させていると……確かに三浦の言うとおりそれは非常に危なっかしい。いつの間にかどれが本物の自分なのか分からなくなってしまう。
「黙ってたら男受けいいから結構紹介してくれってやつは多いわけ。でも紹介するたびになんだかんだ言って拒否るからあーしもしつこく紹介してたわけ。そしたら『あ、じゃあもういいや』って。超他人事みたいに」
そう言う三浦の顔はどこか悲しそうだった。
……その言葉の真意は俺はおろか三浦にも計り知れないがただ一つ分かるのはその時点から海老名さんは拒否する自分を止めて受け入れる自分になったと言う事くらい。
「あーしさ、結構今が好きなんだ。海老名たちとばかやってるのが。でも海老名が離れて行ったらそんなばかやることもできなくなるじゃん。だからあんたは何もやってなくても海老名に余計なことしないでくれる」
それは恐らく海老名さんも同じことだ。三浦たちとバカやっている今が楽しい。だから今を変えようとしているかもしれない由比ヶ浜達の行動を拒絶する。今を変えたくないから…………だが今の海老名さんの行動は俺からすれば悪手でしかない。今を変えようとする要素から離れるんじゃない……今を変えたくないのであれば…………その要素を自分の手で摘むことだ。
「要するに今を変えたくないんだろ。海老名さんも三浦も」
「まぁ、そうなるし」
「…………」
なんとなく由比ヶ浜がやっていることを理解できた気がする。
なら俺は何をするべきか。放っておくか? 他人のことだからと言う事で放っておこう…………ただ一つだけ、俺は海老名さんに言いたいことが出来た。それを言ってから俺は俺の人生を楽しもうじゃないか。