やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ! 作:kue
文化祭も2日目に入り、一般公開されたことで総武高を受験しようとする受験生や祭り独特の雰囲気に充てられて入ってきた親子、はたまたほかの学校の制服を着た奴らが大量に入ってきたことで校舎内外問わずにどこもかしこも人でパンパンだ。
そんな中俺はカメラを片手に文化祭の様子を適当にパシャパシャとっている。
写真を撮った瞬間に嫌な顔をされようがお構いなし、文実の腕章を免罪符にしてゲームが出来ていない最近の鬱憤を晴らすかのようにパシャパシャととっていく。
その時、背中に飛びつかれたような衝撃が走った。
「小町か」
「あったりー。お兄ちゃんに会いに来たよ! あ、今の小町的にポイント高い!」
「はいはい。嬉しい嬉しい。欲情しちゃうわ」
「うわぁー。棒読みなのとそれはポイント低いわー」
さっきまでのキラキラはどこへ消えたのか一気に冷たい目になった。
「やっぱり中学校とは違うね~」
「そうだねー」
俺からすれば中学の合唱コンクールも高校の文化祭も同じようなもんだけどな。ただ単に歌うか働くかの違いってくらいしかか違う点を見つけられないくらいだ。
「で、お兄ちゃんはカメラ持って何してるの?」
「仕事だよ」
「…………お兄ちゃんの口からゲーム以外の言葉が出てくるなんて!」
小町はムンクの叫び張りに口を縦に広げて驚きを露わにする。
俺は生まれた瞬間からゲーム! としか叫んでるわけじゃないし。ていうか何で俺が仕事すること自体がレアエネミーみたいに言われ方なんだ。
「で、何してるの?」
「だから仕事だっつってんだろ。記録雑務の仕事で文化祭の様子を写真に収めんだよ」
「へ~。あ、じゃあ小町のこと撮って!」
「やだ」
「え~。まぁ、いいや。じゃね、お兄ちゃん! 小町は探索に行ってきます!」
俺に敬礼するや否や小町はすたこらさっさと階段を上がっていき、あっという間に姿を消した。
小町は次世代型ハイブリットだ。ゲームにのめり込み、孤独を愛した俺という失敗作を反面教師にし、適度に遊びながらも適度に集中し、そして適度に1人になれる。つまり何でも調整ねじがあるかのように簡単に調整してしまうのだ。
親はそれで大喜びだが俺としてはちょっと複雑だ……まぁ、関係ないけど。
その時、3-Eの教室の前に見知った後姿を捉え、よく見てみると『ペットどろこ。うーニャン、うーワン』と書かれた看板の前に彼女は立っていた。
「何してんだ」
「っっ。あらサボり?」
「カメラ持っててサボりって何だ。記録雑務の仕事中だ」
「……サボり?」
「復唱すんな。傷つくだろうが」
彼女が見ていた方を見ると窓の外からは教室に猫が数多くいるのが見えた。
「猫見たいなら入れよ」
「……他の人がいるじゃない……写真」
「……はいはい」
そう言われ、俺は呆れ気味に教室に入って中の様子を猫を中心にして取っていき、一旦外に出て雪ノ下にカメラを渡すと時折、ニヤニヤしながら保存された写真を見ていく。
「……可愛い」
「っっ!」
雪ノ下が猫の写真を見て笑みを浮かべた瞬間、心臓がドクン! と大きく鼓動を打った。
な、なんというか……普段、笑ったところあまり見ないから破壊力が凄いというか……。
「そ、そんなに好きなら今度うちに来るか?」
「え?」
「うち猫飼ってるから……俺には懐かないけど」
「…………比企谷君だからじゃないかしら?」
もう内緒で買っちゃえよ。犬みたいにバウバウ吠える訳じゃないし、静かだし。
「それじゃ、行きましょうか」
「どこに」
「体育館よ」
そう言われ、雪ノ下へついていき、体育館へ入ると今までにないくらいの人数が入っており、少し体育館の中は蒸し暑かった。
観客たちは今か今かと待っているようでかなり騒がしい。
「何が始まるんだよ」
「そうね……演奏よ」
その時、騒がしかった体育館が一気に静かになり、舞台にスポットライトがあてられたのでそちらの方を見てみると体のラインを強調するような細身のロングドレスを着た雪ノ下陽乃が舞台袖から現れて檀上中央で立ち止まると観客に向けてスカートの両端を少し持ち、淑やかに一礼する。
その後ろにはオーケストラと言っても差支えないほどの集団が待機している。
タクトを軽く上げ、レイピアを振るうように鋭く振りぬいた瞬間、旋律が走った。
その音色に誰もが魅了され、舞台上をひたすら見続ける。
雪ノ下陽乃にとって人心掌握など容易いことだろうがさらにそこにプロ顔負けの演奏という要素が加われば間違いなく彼女を初見である来客たちは支配される。
雪ノ下雪乃とはまた違う才能を持つ姉…………この姉妹は普通の姉妹とは少し違う複雑さだ。
だが一つ言えることは……雪ノ下陽乃は絶対的勝者だ。
舞台裏で俺は生徒会備品であるマックに入っているファイナルカットプロを駆使し、設置されていたカメラに収められている編集作業を手早く終わらせていく。
有志の演奏を収めるのも記録雑務の仕事だが俺が来た時にこの作業でかなり手間取っていた様子なので俺が指摘しながら進めているといつの間にか俺の仕事になってしまった。
まぁ、普段から動画作成してる俺にとっちゃなれた作業だけど全部任せるかね。
面倒なので備品のマックをすべて持ってきてもらい、同時並行して今演奏している有志の1つ前まで作業お終わらせており、終始めぐり先輩に驚かれた。
「比企谷君って意外とパソコン得意なんだね」
「いや、別に動画作成だけが慣れてるだけですよ」
エンディングセレモニー直前の大トリを務めるのは葉山達の有志団体だ。
舞台裏でそれぞれの担当楽器をいじりながら緊張をほぐすがどいつも解せていない様子でスティックを回し、空中の見えないドラムをたたいている戸部に至ってはどう見てもスティックは逆だ。
そんな中、さっきから右往左往しながら焦りの様子を見せているのは雪ノ下雪乃。さっきからチラチラ視界に入ってくるのがちょっとうざい。
「何してんだよ」
「ねえ、相模さんは?」
そう言われ、周囲を見渡してみるが確かに委員長である相模の姿は見えない。スケジュール表ではすでにこの時間には舞台裏に集合し、エンディングセレモニーのミーティングを行う手はずだ。
めぐり先輩も相模に電話をかけているのかしきりに携帯を耳に充てたり、外したりを繰り返しているが繋がらないらしく、とうとう携帯をしまった。
「ダメ、繋がらない。さっきから放送で呼んでもらっているんだけど」
「どったのゆきのん」
現場の悪い雰囲気を感じ取ったのか心配そうな表情の由比ヶ浜が加わり、雪ノ下から事情を聴く。
「さがみん来てないんだ……」
「別にいいんじゃねえの? あいついなくてもエンディングセレモニーはできるんだし」
「残念ながらそれは無理よ。地域賞と優秀賞の集計結果を知っているの彼女だけだもの」
動画作成をしながらそう言うが雪ノ下にあっさりと切り捨てられてしまった。
これまた面倒な事態が発生したな……葉山達の有志が終了すればすぐにエンディングセレモニーに入る関係上、あまり時間をかけられない。だが相模がいなければ有志が目標としていた優秀賞や地域賞の発表が出来なくなり、一気に文化祭は崩壊の一途をたどる。
ま、俺には関係ないけど。俺は俺に与えられたノルマをやるだけ。
「どうかしたのか?」
由比ヶ浜と同じように不穏な空気を感じ取ったのか葉山もやってきてめぐり先輩から話を聞く。
「……副委員長。プログラム変更でもう一曲追加してもいいかな? 時間もないことだし口頭承認でいいよね?」
「できるの?」
「あぁ。優美子、もう一曲弾けるかな?」
「え!? む、無理無理! マジで緊張して」
「頼む」
葉山の微笑みをまともに食らい、三浦は顔を赤くしてモジモジとしたあと、小さく首を縦に振っては山の申し出を受け入れた。
え、何あれ? 俺も欲しいんだけど。
葉山はメンバー全員に追加することを言いながらも片手でスマホを操作する。
LINEやツイッターとか言うSNSで持ちうる連絡網全てに連絡して相模を探してもらう作戦か……ていうか何でリア充はあんなに連絡先あるんだ? 不思議で仕方ないわ。
「稼げても10分だ」
「それで十分よ」
そう言うと雪ノ下はおもむろに携帯を取り出してどこかへと連絡をする。
葉山達の番が回り、舞台上へと出ていったと同時に重苦しい空気に似つかない明るい声が舞台裏に響いた。
「ひゃっほ~。雪乃ちゃんから連絡くれるなんて珍しいね~」
「姉さん。手伝ってちょうだい」
思わぬお願いに陽乃さんは一瞬、驚いた表情を浮かべるがすぐにいつもの余裕に満ちた笑みを浮かべ、雪ノ下をのぞき込むようにして顔を見る。
「へぇ~。あの雪乃ちゃんが私にお願いか……いいよ。初めてだしそのお願い聞いてあげる」
「勘違いしないでちょうだい。これはお願いじゃないわ。組織図的に副委員長である私の下に有志参加者の姉さんがいる。いわばこれは命令よ」
「ん~。でもそれってペナルティーがあるわけじゃないよね?」
「……ええ。でも私に貸しを作れるというメリットはあるわ。これがどうなのかは姉さん次第だけど」
そう言うと陽乃さんは小さく、かつ冷たい笑みを浮かべながら雪ノ下を見る。
「で、何をするのかな?」
「場をつなぐわ。私と姉さん。あと二人いれば」
「そっか~……あ、そうだ!」
そう言うと陽乃さんは舞台裏から出ていき、すぐに戻ってくるがその手は平塚先生の手を掴んでおり、平塚先生は事情を聴いたのか呆れながらも疲れた表情をしていた。
あと一人か……。
そんなことを思っていると雪ノ下が徐に由比ヶ浜の傍へと歩いていく。
「由比ヶ浜さん、少し頼ってもいいかしら」
「……その言葉待ってたよ」
そう言い、由比ヶ浜は笑みを浮かべて雪ノ下の手を取った。
どうやらめぐり先輩もメンバーに入れられたのか妙にやる気満々の表情で腕をグルグル回していた。
そんな中、任せられていたノルマの動画作成が終了した旨を告げるポップアップが開き、それを閉じて保存し、ポケットのPFPへ手を伸ばそうとした時、視界の上の方に2人の足が見えた。
「ヒッキー」
「比企谷君。手伝ってくれないかしら」
全員の視線が俺に向かっている。
「……エンディングセレモニーが出来るようにすればいいんだよな」
「ええ」
雪ノ下に最後の確認をした後、俺は舞台裏を出て外へと歩き始めた。