やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ! 作:kue
暗い舞台裏で俺はその時を待っていた。
非常に面倒くさい文化祭がついに始まってしまい、今は体育館で行われる手筈で開始時間がすぐそこに迫っているオープニングセレモニーのためにインカムをつけて待機している。
さっきからひっきりなしに各部署と雪ノ下との通信が入ってくる。
最近ゲームしてねーな……したい。超絶にしたいけどあと一時間も待てば俺は一日ゲームができる権利を貰えるのだ。それまでは禁欲だ、禁欲。
そう思った直後、視界が眩むほどの閃光がステージに集中する。
「お前ら文化してるかー!」
めぐり先輩のその怒声に体育館に集まっていた生徒たちは合わせるかのように大歓声を上げ、文化祭が始まることを喜んでいる。
はぁ。とうとう始まってしまったか……チクショウ。あの時寝坊さえしていなければこんな面倒くさいことに参加しなくて済んだものを! あの時の俺のバカ! 馬鹿!
「では相模委員長! 挨拶をどうぞ!」
めぐり先輩の声に合わせるように観客たちから盛大な拍手が送られるがそのあまりの大音量に舞台に向かって歩きはじめていた相模は肩をびくつかせ、マイクを持っている手を震わせている。
ステージ中央に立ち、第一声をマイクに放とうとした瞬間、きーん! という甲高い音が聞こえ、観客から笑い声が出てくる。
その笑い声は悪意のないものだと分かっていながらも相模の手はさらに震える。
カンペを見ながらようやく話しだすがすでに既定の時間が過ぎているのでタイムキーパー役の俺が巻くように腕をぐるぐる回すがそれすらも緊張しまくっている相模には見えていない。
ダメだこりゃ。
『比企谷君。指示を出して』
「出してるけどテンパり過ぎて見えてない」
『やっぱり影の薄い貴方をそこに置いたのはこちらのミスね』
「ひでぇ。もっとオブラートに包めて言ってくれよ。傷つくだろうが」
『周りが暗すぎて見えていないのね』
「それはどういう」
『副委員長。インカム、繋がってます』
『…………以後、スケジュールを繰り上げます。各自そのつもりで』
遠慮気味な文実からの報告に雪ノ下は慌てて修正を図ったのかブチッと切ってしまった。
ブチッと切りたいのはこっちだ。
その直後にようやく委員長の挨拶が終わる。
前途多難で面倒くさい文化祭の始まりだ。ハァ。
文化祭は2日間行われるが初日の今日は校内のみで2日目の明日だけが一般公開される。だから今日は生徒しかいないはずなんだが廊下を往復するのにさえ苦労するほどの数の生徒が廊下を走り回る。
プラカードを持って叫んだり、安いコスプレをした奴らが走り回る。
ようやく教室に辿り着き、中へ入るとこっちの準備もすでに大詰めになっていた。
文実でほとんどクラスの方に参加していなかった俺は何もやることがないので壁にもたれ掛っていると一瞬、視界の端でキラーンと光ったのに気付き、慌ててドアの方を向くがいつの間にかシュパッと瞬間移動した海老名さんが俺の前に立っていた。
「な、なにか?」
「グフフフ。ユーでちゃいなよ」
「け、結構です。お、俺文実の仕事あるし」
「そっか……でもそれって2日目からでしょ? でしょ?」
「は、はい」
「じゃあ、受付やってくれないかな? 公演時間教えるだけでいいからさ」
「オ、オッケーす。俺頑張るっす」
そう言い、引きつった笑みを浮かべながら扉を出て閉め、一息つくが壁際に大きく葉山の写真があるのに気付き、思わず2度見すると公演時間が下の方に小さく書かれたポスターが張られているがどこからどう見てもどっかの俳優の写真の様にしか見えない。
ていうか葉山と戸塚しか映ってねえ。
壁に立てかけられていた椅子と机を組み立て、早速PFPを起動させるが教室から戸部のでかい声が聞こえ、思わず中の様子を見るためにチラッと扉を開けると海老名さんを中心にして円陣が組まれていた。
え、なに? オタクの宇宙人でも呼ぶ儀式するの? んなわけないか……うわぁ。相模とか超居づらそうな顔してるし……入らなくてよかった。
オープニングセレモニーで噛みに噛みまくった彼女の醜態ともいえる様子は既に学校全体に広がっているだろうし、それはF組の奴らとて例外じゃない。
扉を閉め、俺はPFPに集中する。
文化祭と言う事で多少の浮かれたことは見逃す姿勢なのか俺がゲームしていてもどの教師も声をかけようとはせずに俺の前を素通りしていく。
まさかこんな夢ジョブを与えてくれるなんて……海老名さんマジパねえっす。
2日目は記録雑務の仕事で1日中歩くから今日1日ゲームできる環境を与えてくれたのは俺からすればもう感謝感謝だ。まぁ、誰の発案かは大体見当がつくけど。
「よっと」
「っっ。びっくりした」
「ごめんごめん」
突然、目の前にドン! コンビニの袋が置かれ、驚きながら顔を上げると由比ヶ浜が立っており、あまっていた椅子を組み立てて俺の隣に座った。
PFPで時間を確かめると既にお昼を回っており、お昼休みに入ってしまっているのかいつのまにか教室には誰もいない。
「この袋何?」
「お昼ご飯。ヒッキーの分も買ってきたの」
「ふーん」
特に腹も減っていないので再びPFPに集中する。
「ヒッキーも円陣はいればよかったのに」
「何もしてない俺が入っても居づらいだけだろ……ていうか俺がいない事気づいてたのか」
「もちろん。ヒッキーが座った瞬間、ゲームしだしたのもずっと見てた……って今のなし! 見てない! ヒッキーのことなんか見たら目逸らしちゃう!」
自分で辱めのスイッチを押してしまったのか急に顔を赤くしながらさっきの発言を取り消そうと必死に両手を小さく左右に振る。
何をこいつは慌ててるんだか……。
「…………ねえ、前に言ったこと覚えてる?」
ポツポツと紡ぎだされた言葉に一瞬、指を止めかけるが再び指を動かしながらも前に言ったとやらを思い出すと1つだけ……花火大会の帰り際に言われたあの言葉が思い浮かんだ。
俺と友達になりたいからもっと知りたいだったっけ……雪ノ下の質問とはまるで答えと問題の関係みたいなもんだな…………でも、俺はそのあるはずの答えを見つけることが出来ていない。
「あれからさ、ちょっと考えたんだ…………待っていてもヒッキーもゆきのんもこっちには近づいてきてくれないって……だからあたしの方から行こうと思うんだ。ゆきのんにもヒッキーにもあたしの方から近づく」
「近づいた分以上に離れられたらどうするんだ」
「その時はそれ以上に近づく」
「………それで傷ついたとしてもか」
そう言うと由比ヶ浜は俯き、少し黙る。
人に近づけば近づくほどその身に傷は増えていき、その傷は永遠に癒えることがなく、一生そいつの体を蝕んでいくバグとなる。俺はそれが嫌だからバグを孕んだ自分自身を捨てて新しく作り上げた……でも新しく作り上げたその体さえ、また侵されている気がする……でも…………不思議と悪い感じはしない…………分かんねえ。俺はいったい何を期待して、何を望んでいるんだか。目標も何もないゲームほど面白くないものはない。
「……人に近づくって傷つくことじゃないのかな」
「っっ」
「その人に近づいたら今まで見えなかったものが見えて見たくないものも見えてきたりもするけど……それが人に近づくってことじゃないのかな。でもそれ以上に…………見たいものも見えてくると思うの。ゆきのんもヒッキーも今は遠いけどいつか必ず」
そう言い、由比ヶ浜は笑みを浮かべて俺を見てくる。
――――そのいつかはそんな遠くない日に来る。
―――――俺はそんな予言めいたものを抱いていた。