やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ! 作:kue
「比企谷。部活にする? それとも奉仕部に行く? それとも鉄・拳・制・裁?」
奉仕部に入部した翌日の放課後、俺はすぐさま平塚先生に見つからない様にいの一番に教室から出ようとしたのだがドアを開けたらすでに笑みを浮かべた先生が立ってそう言った。
どんな選択肢だ。最後に至ってはもう苦痛以外の何物でもねぇ。
「い、行きます。行きますから拳をパキパキ言わせないで」
そんな平塚先生に逆らえるはずもなく俺は先生の隣を歩きながら特別棟へと向かう。
傍から見たら白衣を着た美人女教師を侍らせているっていう風に見えなくもないが実際は恐怖という紐によってつながれた哀れな下僕とご主人様だ。
こんなにも帰りたいと思った平日はない。
「君の目に彼女はどう映るかね」
「彼女?」
「雪ノ下だよ」
「そうっすね……一言で言えば口悪い嫌なやつですかね」
「そうか……非常に優秀な生徒なのだがね。持つ者特有の苦しみを抱いているというか……彼女は往々にして正しい。だが世界が正しくないから苦しんでいるのだよ」
先生は苦笑を浮かべながらそう言う。
雪ノ下雪乃が言っていることは何も被せていない本音であり、事実である。実際にゲームなんてものは社会に役立つことなど無いに等しい。
傍から見れば俺があいつの正論に尻尾を巻いて逃げたのと同じだ。
「ま、君は少し変わるべきだがな。特に」
「イダダダダ!」
後ろに隠しながらスマホゲームをしているのがばれていたのか関節技を決められながら手を無理やり前に出され、先生の手にスマホが渡ってしまう。
先生はスマホの画面を見て額を抑えながら小さくため息をついた。
「君はこの情熱を人生にかけようとは思わないのかね」
「ゲーム=人生ですが」
「……なんというか末期症状だな」
そんなことを喋りながらも結局、奉仕部の部屋の前に到着してしまい、渋々部室の扉を開けると昨日と同じような体制で雪ノ下雪乃が文庫本を読んでいる。
先生からスマホを返してもらい、椅子に座っていつものようにPFPを起動させる。
「あら、来たのね。もう来ないのかと思っていたわ」
「俺だって来たかなかったけど先生に連れ去られた」
「貴方Mなの? ストーカーなの?」
「なんで俺がお前に好意を抱いている前提なんだ?」
「違うの?」
雪ノ下は心底不思議な表情を浮かべて小首を傾げる。
そこまで全力な地の小首を傾げられたら俺も言うに言えん。
「そもそも俺、お前のこと知らないし」
「あら。大体の人は私の名前を知っているのに……そこまでゲームが好きなのね」
「自意識過剰にもほどがあるだろ」
「私、貴方と違って人望だけはあるから名前だけは知られているのよ」
「それにしちゃ、お前。学校生活楽しんでなさそうだな」
そう言うと雪ノ下は何も言わず、少し驚いた表情をして俺を見てくるが俺はすぐに視線を外し、タッグフォースでペアを決めて決闘を始める。
そもそも友達がいる奴が在籍しているクラブがこいつだけというのはおかしな話だ。友達がいるのであれば少なからずこっちへ話に来るだろう。誰もいないのだから。それに放課後になってから少ししか経っていない俺が来ても一番だったから自ずと一人なのだろう。
「……そうね。学校生活を楽しんでいるかと聞かれたらNOと答えるわ……私、可愛いから昔から異性というものに好かれたわ」
「え、何? 自慢大会?」
「最後まで聞きなさい。異性に好かれた……でも同性には嫌われたわ」
異性の視線を集めすぎる奴は大体同性の奴から顰蹙を買い、徹底的に潰されるか変な噂を流されて勝手に自滅していくかの2つだ。そう言えば俺の小学校の時もあったな~。やけにかわいい子が次の学年にはもういなかったって。あれもこいつと同じなんだろうな。
「私は上履きを60回ほど隠されたけどうち50回は同姓に隠されたわ」
「残りの10回は何なんだよ」
「5回は男子に、2回は先生が買い取り、3回は犬に隠されたわ」
「お前、犬に何したんだよ」
「何もしていないわ……人は完璧ではないわ。それ故に嫉妬や僻みの様に醜いものを抱き、完璧であるものを排除しようとする。不思議なことに完璧であればあるほど住みにくいのよ。だから変えるの……人ごとこの世界を」
なんかすんげえ向きのベクトルの話になっていないか? 雪ノ下の過去の話が急に世界を変えるなんていう規模のでかい話になってるぞ。
「あ、そう。ま、頑張れ」
「……意外ね」
「何が?」
「貴方ならそんなのは無理だと言うと思ったのだけれど」
俺はPFPをスリープモードに切り替えてゲームを一時中断し、雪ノ下の方を向く。
「……人の夢を貶してどうするよ。そいつがやりたいって思ったことは本当にやりたいことなんだからそいつに自由にやらせりゃ良いだろ。お前の夢にケチつけられるほど高尚な奴はいねえよ」
「そ、そう」
雪ノ下は戸惑い気味にそう言うと椅子に座り、再び文庫本に視線を落とす。
確かに雪ノ下雪乃が言っていることは非現実的すぎて現実味がないことだ……だがそれだけでその夢を貶す理由にはならない。夢はそいつが心の底からやりたいと思っていることであり、誰にも貶されることのない絶対不可侵領域の中にあるものだ。
俺は再びPFPを起動させて決闘を続ける。
「ていうか誰も来ないけど良いのか?」
「それが普通よ。行列ができるほど来られたらそっちの方が異常よ」
まあ、それもそうか。
結局、その日は誰も来ずに一日が終了した。
翌日、俺は再び平塚先生に睨まれながら職員室で立っていた。
理由は調理実習をサボったバツとして提出したレポートのことについてらしく、さっきからボールペンを何度も机のコツコツ当てられ、無言の圧力を充てられている。
「比企谷。レポートに書いてあることは何だ?」
「え、えっとですね……なんで先生が担当なんだよ」
「鶴見先生に投げられた。生活指導担当も私なのだよ」
レポートはカレーの作り方について提出したんだがその内容についてご立腹の様子だ。
ちゃんと普通に書いたんだぞ? 役に立つ家庭調理学というソフトと本体を買ってその指示に従って作れば問題なく作れますって書いたんだぞ?
「なんでもかんでもゲームにつなげては将来困るぞ?」
「そ、そうですかね? 恋愛とかはシミュレーションができて」
「そんなもの役に立たんよ……立たんよ」
「……なんかすみません」
遠い目をしながら言う先生の表情に思わず口を押えて涙を我慢しながら謝罪の一言を呟くと先生も仕方ないなという表情をしながら許してくれた。
「だがこのレポートは許さん」
「で、ですよね~……か、書き直します」
「当たり前だ。奉仕部に行って書いて来い……サボったらわかるな?」
「あでっ」
ペンのふたをパチン! と弾かれると俺の凸にジャストミートし、地味に痛かった。
レポートを貰い、職員室を出て重い足取りで謎の奉仕部へと向かう。
奉仕部に在籍してから早三日が経つが未だにあの部活が何をする部活なのかさっぱり分からないし部長の性格はさらにわからない。ま、俺には関係ないことだけど。
部室の扉を開けるといつもの様に雪ノ下が文庫本を読んでいる。
距離を開けたところに椅子を置き、腰かけていつものようにPFPを起動しようとしたその時。
「どうぞ」
「し、失礼しま~す」
控えめなノックと共に緊張しているためか上ずった声の女子が入ってくる。
……この声、どこかで聞いたことがあるような気が……。
顔を上げてみると部室に入ってきたのはブラウスのボタンを三つほど外し、胸元にはキラリと光るネックレス、スカートは短めでハートのチャーム、明るめに脱色された茶髪と校則ガン無視の女子がいた。
……あ、こいつ俺と同じクラスのやつだ……名前知らないけど。
「あれ、ヒッキーなんでここにいんの!?」
「……何故、俺がヒッキー?」
「え、だって引きこもりっぽいからヒッキー」
地味に心の傷を抉ってくるな……ていうか俺、そんなあだ名を陰でつけられて呼ばれてるの? というかよく喋ったこともない奴にそのあだ名で呼ぼうとするな。流石は派手な女子、略して派手女。
「確か2年F組の由比ヶ浜結衣さんだったわね」
「あ、私の名前知ってるんだ」
PFPをしながらも2人の会話を聞いているが下手したら雪ノ下、全校生徒の名前と顔一致させてるんじゃねえの? 俺なんて顔は完璧に覚えているけど名前なんて全く覚えてないし。
そんなことを思いながらPFPに集中していると俺のすぐそばに誰かが立っているのを感じ、ふと視線を横に向けると何故か由比ヶ浜が俺の隣に立ってゲーム画面を見ている。
「毎日ゲームやってるよね。飽きないの?」
「べ、別に飽きないし。やるゲーム変えてるから」
「ふぅん。そんなんだから引きこもりっぽいって言われるんだよ」
こいつの俺をバカにしたような目を見た瞬間、ようやく理解した。
こいつはいつもクラスの後ろの方でバカ騒ぎしているサッカー部の連中の中に1人だ。大体、あいつら俺のことをこんな目で見てくるからな。
「うるせえ。ビッチが」
「なっ!? だ、誰がビッチよ! あたしはまだ処――――って何言わすし!」
「別におかしなことではないわ。高校二年でヴァージ」
「わー! ゆ、雪ノ下さん女子力たんないんじゃない?」
「下らない価値観ね。で、どんな要件かしら」
「え、えっとね……クッキーを作りたいというか」
チラッと由比ヶ浜の方を見たときに偶然か彼女と目が合うがすぐに逸らされた。
ま、別にあいつらの話すことに興味ないからいいんだけど。
「比企谷君。少し席を離してくれるかしら」
「え~今いいとこなんだが……わ、分かったからそんな永遠に消えてくれない? みたいな目で見るな。イヤホンするからそれでいいだろ」
「ダメよ。今すぐ消えてくれないかしら」
「言っちゃったよ。この子言っちゃったよ……分かったよ」
渋々、椅子から立ち上がって部室を出て少し離れた所まで歩き、壁にもたれ掛って決闘の続きをする。
ん~。ここでチェーンするべきか……いや、相手がお触れを使ってくる可能性も否めない……手札にはサイクロンがあるからチェーンして破壊もできるが1ターン目から伏せているあのカード……ま、まさかカウンターか!?
うぬぬぬぬぬ……チェーンだ!
〇ボタンを押し、カードを発動するが相手は何もせずにこちらの処理が入る。
「うっし! 俺の勝ちだ……終わったのか?」
勝利に喜んだ瞬間、ドアがガラッと開けられ、雪ノ下と由比ヶ浜が部室から出てきた。
「ええ、貴方がいないおかげでスムーズに終わったわ」
「俺ゲームしかしてないから居てもいなくても同じだろ」
「そうかしら? 今回の場合は違うと思うわよ?」
そう言いながらチラッと雪ノ下が由比ヶ浜の方を見たので俺もチラッと見てみるが顔を赤くした由比ヶ浜にプイッと視線を逸らされた。
「こんな反応でも?」
「こんな反応でもよ。では行きましょうか」
「どこにだよ」
「家庭科室によ」