やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ! 作:kue
国語教師の平塚静先生は額に青筋を立てながら俺が提出した作文を大きな声でハッキリと朗読し、それが終了すると俺は目に涙を浮かべながら盛大な拍手を送るが睨み付けられたことで無理やり止められた。
「何かね、これは」
「高校生活を振り返ってという過去編です」
「なんでもかんでもゲームにつなげるな」
俺はゲームが大好きだ。友情や絆などという青臭いもので人生を楽しむよりも俺はゲームで人生を楽しもうと決めて以来、ずっと一人ぼっちというコマンドを押し続けている。
平塚先生は大きなため息をつき、はち切れんばかりに膨らんでいる胸ポケットから煙草の箱を取り出してそこから一本の煙草を咥えると100円ライターで火をつけた。
「うっ。毒状態になってしまった。なので保健室へエスケープします」
「ショック療法というものを知っているかね」
満面の笑みを浮かべている平塚先生の拳からパキパキという関節が鳴る音が聞こえてくる。
「パ、パンチだけは! パンチだけはお許しを」
「ならなぜこんなふざけた作文を書いたのかね」
「先生が高校生活を振り返ってという作文を出したので俺は必死に書き上げたんですよ……ゲーム時間を5分縮小して」
そう言った瞬間、俺の頬に風が吹いた。
人はそれをグーパンという。平塚教諭の拳が俺の頬すれすれの所を通過していったのだ。
お、おーう。ナイスパンチだね……っていったらセカンドフィストが来るんだろうな。
「次はあてる」
ギラリと吊り上がった眼の奥で怪しい光が発せられ、条件反射的に俺の体は縮こまる。
「ひゃ、す、すみません。書き直しますから。書き直しますからエネルギーチャージを止めてください!」
「当たり前だ。君は数学の確率分野と文系教科は国際教養科並に優秀なくせになぜこんな作文一つ書けないのかね」
「い、いや~。ゲームを突き詰めていくと結局は確率論なので勉強したんすよ。んで文系教科が良いのはゲームのルートを記憶していったら自然と記憶力が鍛えられて今じゃ見たものはほとんど記憶するというね」
「完全にゲーム脳だな。職員会議のたびにお前のゲーム機が没収箱にあるわけだ」
そ、そんな晒しを受けていたのか! だから最近、やけに先生が俺の机周辺をウロチョロしているわけだ。が、俺からすれば画面を見ずにゲームなど余裕なのだよ。
トントンと灰皿に煙草の灰を落とし、先生は言う。
「友達いないだろう」
「失敬な。ゲームが友達です」
「それは友達とは言わんだろ」
「ゲームは来なさい。他はいりません」
「どこの団長だ……ハァ。恋人もいないだろう」
「ふふん……先生だって」
「ふぅん!」
「ごっぱぁ!」
俺の腹に先生の憎しみのグジャットフィストが直撃し、俺の全身にピキピキとヒビが入っていくとともに全身に凄まじい衝撃が走った。
ま、まさかあのメガチップを体現するとは……がはっ。
「レディーに体重と年齢、恋人の有無を聞いてはいけないと聞いていないのか?」
「す、すみません」
「次はゼータパンチを食らわす」
「ごめんでガッツ」
しかもグジャットフィスト並みの威力を誇るゼータパンチだろ? エリアスチール3枚からのリュウセイグンよりも凶悪な威力叩きだすじゃねえか。
……でも友達がいらないのは事実だ。あんなもの不確定要素でしかない……いや、バグだ。パッチを当て続けても決して消えることのないバグだ。そんな物いれないに限る。
ふと先生が静かになったことに気づき、先生の方を見ると顎に手を当てて俺を見ていた。
え、何? もしかして平塚静ルートに入るの?
その時、尻ポケットに入れていたスマホがなった。
「あ、失礼。お、ゲリラか。今のうちに」
「没収だ」
「そ、それだけは!」
スマホが手から離れ、俺は条件反射的に平塚先生に両足をたたみ、凸を床につけるというジャパニーズ土下座を行う。
「……返してほしいか」
「はい。返してください。でないと育成プログラムが」
「……ならば条件を付けよう。レポートは書き直し。君に奉仕活動を命じる。これに応じれば返してやろう」
ま、また俺のゲーム時間が……だがここで反論をすればさらにゲーム時間を減らす事態になるだけでなくスマホは没収されたままになるだろう。ただでさえ、日常的にゲーム機を没収されている俺だ……下手したら1か月以上没収されるかもしれない。
土下座を止め、ズボンに着いたほこりを払い、先生に尋ねる。
「奉仕活動って何を」
「ふむ。ついてきたまえ」
そう言われ、付いていくと職員室を出て特別棟がある渡り廊下がある方へと歩いていく。
千葉市立総武高校の校舎の形は上空から見ればカタカナの”ロ”の形をしている。
道路側に教室棟があり、それに向かい合うように特別棟があり、それぞれを二階部分にある渡り廊下が結んでおり、さらにそこに囲まれた中央にある中庭はリア充共のエデンと化している。
お昼休みはカップルどもが愛を語らい、友人たちとバドミントンを行い、放課後は夕焼けに照らされながらまたまた愛を語らう……俺には何が楽しいのかわからない。所詮、青春などバグの塊でしかない。友人、恋人、絆……そんなものはパッチを充てても消えることのない悪質なバグだ。何故、奴らはバグを受け入れるのだろうか。俺は過去にバグに全身を犯され、基礎から作り直した……本当によく分からない。
「先生」
「何かね」
「奉仕活動って言っていましたけど俺、力ないですよ」
「君に頼むのは力仕事じゃない……むしろ全てをゲームと捉えている君からしたら天職だよ」
俺からしたら天職……何故、それが奉仕と関係あるのだろうか……お嬢様に使える執事のような奉仕ならばお嬢様の♡ゲージを溜めていくゲームと捉えれなくもない……でもそんなこと現実にあるはずがないので……はて?
「ここだ」
到着したのはプレートに何も書かれていない普通の教室の扉の前。
ガラッと無造作にドアが開けられ、教室の仲が視界に広がる。
端に机と椅子が積み上げられ、まるで倉庫として使われている以外は何の変哲のない教室。
でも俺はそう結論付けることが出来なかった。なぜなら教室に1人の少女がいるからだ。
その少女は椅子に座り、ただ黙って文庫本を読んでおり、時折吹く風によって吹き上がる髪を鬱陶しそうに手で押さえつける。
そんな何の変哲のない行動でさえ、どこか美しく見える。
「平塚先生。入る時はノックをと前に言ったはずですが」
「ノックしても君は反応せんだろ」
「……ところでそこのヌボッと立っている眼の腐った少年は」
「彼は入部希望者であると同時に私の依頼の相手だ」
「……にゅ、入部!? 俺聞いてない。ゲーム時間が減ってしまう」
「君はどこのアクセルの妻だ」
分かるんだ。
「君にはペナルティとしてここでの奉仕活動を命じる。異論反論抗議質問口答え革命反乱は応じない」
わ、わぉ。なんという独裁者だ。まさか俺の反撃手段を全て権力で封じるとは。
「彼は日常よりもゲームを優先させた結果、一人ぼっちになってしまった哀れな男子であるとともに卑屈で偏屈な考えしかしなくてな。そこで雪ノ下。君に矯正を頼みたい」
雪ノ下と呼ばれた少女はジーッと俺を見ると何故か体を抱くように手を回し、ソソッと俺から離れるようにして椅子を後ろへと動かした。
「お断りします。その男の下心に満ちた目を見ていると私が襲われます」
「安心したまえ。彼は二次元にしか興味を持たない」
「いつから二次元執着男になったんだ」
「違うのかね?」
「違います。お、俺とて三次元に欲情したりします」
そう言うとさらに雪ノ下さんはソソッと椅子を後ろへともっていき、近くの椅子をまるで壁の様に自分の前に立ててさらに何故か手に携帯を握った。
……マジで警察呼ぶ気か。
「とはいってもこやつはゲームが出来なくなる環境にしたりなどしない。犯罪はしないし女性を襲う事もしない。そんなことをする時間があればゲームするくらいだ。小心者なのだよ」
「せめて善悪は弁えていると言ってください」
「……にわかには信じがたいですが」
おい、俺はそんなに犯罪者に見える……夕方学生服で歩いてたら制服を着た警察に職質何回もされた経験がある以上、どこか否定しきれない!
「私の依頼はこいつの矯正だ。ゲームなどにのめり込まず、友を作れるくらいにまで」
「……先生の依頼を無碍にもできませんし……やれるだけは」
「頼むぞ。じゃあな」
そう言い、先生は俺を残して部屋から出ていく。
「あ、俺のスマホ!」
「あ、そうだったな」
ギリギリのところでそれを思い出し、慌てて先生からスマホを返してもらってゲームを起動するがすでにゲリラは終了していた。
……はぁ。魔法石三個消費確定だな。
そんなことを思いながら空いている椅子に腰を下ろし、カバンからPFPを取り出し、起動する。
「そこのゾンビのような目をしているゾンビ君」
「ひでえ。せめてゲーム君っていうあだ名にしてくれ」
「ゲーゾン君」
ゲーム君とゾンビ君が融合しちゃった! レベル2の融合モンスターで通常モンスター確定だな。ゾンビの癖に人を襲わずにゲームばかりしているゾンビだ! みたいな。
「貴方の名前は?」
「…………先に自分からなのるんじゃねえの」
「これは失礼。2年J組の雪ノ下雪乃よ。奉仕部の部長をしているわ」
……なるほど。だから先生はここで俺に奉仕活動を命じたわけだ。奉仕部っていうくらいだから奉仕活動を主体とした部活なんだろう。
「2年F組の比企谷八幡」
「ゲームをしながら言うのは失礼じゃないかしら。ゲーゾン君」
「いや、今言ったし……2年F組の比企谷八幡」
ゲームを一瞬止め、彼女の方を見て自己紹介をして再びゲームに戻る。
「奉仕部って何やるんだよ」
「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。ホームレスには炊き出しを、貧困者には給付金を、女の子との会話がない男の子には女の子との会話を。それを人はボランティア活動というわ」
高らかに宣言し、胸に手を当てて雪ノ下雪乃は俺を見下ろしながら言う。
「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」
「どこからどう見ても俺を見下しているように感じるのは俺の目がおかしいのか?」
「あら、見下してなどいないわ。ゲームなどというものに囚われた悲しき哀れな王子様の洗脳をとくための美しいお姫様からの言葉よ。感謝なさい」
竿という作品を根本から否定したな、こいつ。
ていうか自分のこと美しい姫様とか言うか……ま、まあこいつが言っても何ら問題はないんだけどさ。
「そのピコピコのなにが面白いのかしら」
「ピコピコってお前……俺の母親でもファミコンっていうぞ」
「ファ、ファミ……ピコピコ言うじゃない」
「お前は俺のばあちゃんか」
俺のばあちゃんも俺がしているゲームのことをピコピコっていうよな……てうかたまにパソコンのことさえピコピコって言っている人居るよな。
「良いだろ別に。特に困ってないし」
「社会に出ても役に立たないじゃない」
うっ……母親からも妹からもいい加減やめろと言われて口げんかになった時にまず一番最初に言われる言葉を言われた……た、確かに役には立たないだろう。だがここで折れてしまえば全てのゲーマーたちに未来はない。
「バ、バカ言っちゃいけねえ。ゲ、ゲームだって役に立つぞ」
「たとえば?」
「ほ、ほら……友達との会話を円滑に」
「貴方が言っても説得力がないわ」
「き、記憶力を鍛えることができるぞ。それで俺は数学の確率分野と文系科目は学年トップクラスだ!」
「化学は? 物理は?」
「そ、それは」
ヤ、ヤバい。化学は無機物と有機物の範囲しかできないし物理に至っては公式しか覚えられないからいつも赤点ギリギリの点数だ。な、なにか……何か手はないのか。
俺は必死に頭をフル回転させて雪ノ下雪乃を打倒する武器を探していく。
「所詮ゲームなんて社会に役立たないわ。こんなに難しいゲームが出来ますって面接で言うのかしら? ゲームで安定してお金を稼げるの? ゲームにのめり込むと貴方の様に友達がいなくなるじゃない。そもそもとしてゲームなんていうものは娯楽の一つにしか過ぎないわ」
「ぐはぁ!」
止めの一撃を食らわされ、俺は床に突っ伏した。
な、なんというマシンガンだ……ここまでゲームに対して低評価を放ってくる奴はいない。
「更生に手間取っている様子だな」
「ノックを」
「悪い悪い。こいつも良い奴なんだがな……少しゲームという麻薬に犯され過ぎたのだよ」
「もう無理です。この男から切り離すのは不可能かと」
「……そう言えばなんで俺の性格を変えるとかゲームを離すとか前提で進んでるんだ?」
俺の一言に平塚先生は大きくため息をつき、雪ノ下はこれ以上みてられるかと言った様子で俺から視線を外す。
「俺別に変わらなくていいし。そもそも友達いなくても別に生きてける。ソースは俺。小学校三年生から友達を失ったけど今まで普通に生きてこれたし」
雪ノ下は「戦争反対! 武装は全部捨てろ!」みたいな正論を言うかのような表情をしながら俺を見てくるが今度は視線を逸らす気はない。
「貴方は変わらなければいけないレベルなのよ? 自覚していないの?」
「それはお前から見ての判断だろ。変わるか変わらないかは俺自身が決めることだろ」
「それは逃げよ。自分が可愛いだけのね」
「みんな自分が可愛い物だろ。自分には甘く、他人には厳しく。それが本質だろ。それに変わらないという選択だって立派な選択だろ。どっちつかずよりもはるかにいい」
「論点をずらさないでちょうだい。変わらないという選択とどっちつかずの良しあしの話ではないわ」
「変わるっていう事は過去の自分を否定して新しい自分を肯定するってことだろ。そんなもん……そんなもん出来たらとっくの昔にやってるわ」
ふと過去の記憶がよみがえる。
小学生の時、つい昨日まで遊んでいた友達からいじめを受け、笑いあって追いかけあう遊びから一方的に笑いながら殴られる遊びへとシフトした。
それは広がっていく。俺の知らぬところで。
変わりたいと思った。俺も今の俺を否定し、新しい自分となって違う道を進みたいと……でもそれは許されなかった。ちょっとでも変われば進む道を叩き潰され、結局前に戻される。
「自分を否定できないから……変わりたくても変われない奴だっているんだよ」
「…………そんなの……だれも救われないじゃない……過去の自分を否定できるようにする……それが奉仕部の活動目的よ」
何故かそう言う雪ノ下を見るとどこか俺に似た所を感じてしまう。
こいつもきっと俺と同じなんだ……否定したい自分がいるのに否定できない。それが自分の一部であることを知っているから……。
「なるほど……2人の正義がぶつかり合ったとき、古来より拳と拳をぶつけ合うというルールがある」
「え、それルールなんすか?」
「少年漫画のルールだよ。だってばよ然り漂白剤然りだ。君たちには勝負をしてもらう。異論は認めん。どちらの正義が正しいのか。勝者は私の独断と偏見で決める。ではな」
そう言い、先生は部室から出ていった。
……なんかよく分からんが勝負が始まってしまった……ゲームなら俺、負けないんだけどな。
そう考えていると完全下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響いた。
雪ノ下はそれを聞くと俺に視線すら向けずに帰り支度をし、そのまま帰ってしまった。
「…………俺も帰ってゲームしよ」