霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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第四十話

 

 

 

 花が開いて薫り飛ばせば、人に霊だけではなく、虫達も大わらわに飛び回るもの。彼らはぶんぶんと、自分達を上回る数の多色に目を奪われながら花弁の間を行ったり来たりして蜜を頂く。

 そして、その身にどっしりと様々な花粉を纏った状態で、一輪から飛び立とうとした一匹は、しかし羽を動かすこと叶わずその場で五分の魂を失わせた。

 そんな哀れな蜂の死を上から覗き込んで重々受けとりながら、しかし笑みを崩さずに低空にて浮かんでいる少女が一人。彼女の周囲には、空を青く埋めている幽霊たちよりも幾分温度の低い幽霊がまとわり付いている。

 普通の人ならば、肌寒くて身動き一つ取れないはず。しかし、低温の中で生き生きと、少女は死した魂魄のみで出来たその身を翻し、一つ舞い踊る。幽雅に宙でステップを踏む彼女の所作の後には、幻想的な桜色の蝶が生まれて広がっていった。

 

「ふふ。少し能力のタガが外れてしまったみたいね。久しぶりに鬼退治と洒落込んだものだから、ついつい気持ちが昂ぶってしまったみたい」

「やれ、随分とおっかない亡霊だねぇ。拳骨ひとつくれるために、死んでしまうなんて、割に合わないにも程がある。こりゃ遠距離戦が一番だ」

「そこまで強く死を操ってはいなかったから、蟲より重い魂ならそっちに引っ張られることはないわ。それに、これからはちゃんと戒めるから安心よー」

「そうかい、本当にあんたが能力を開放しないというのなら安心だ。イマイチ信用出来ないが。もっとも、もしもが怖かったら鬼なんてやっちゃいられないが……けれども、流石に馬鹿正直にその弾幕の中に突っ込んでくほど無謀にはなれないね」

「あら残念」

 

 弾幕として調整され誘うことなき死蝶の舞う空にて、しかし力あるその弾幕美に覆われてはたまるまいと、双角の少女は隙間を探って行ったり来たり。

 亡霊の少女、西行寺幽々子が扇子を広げて舞う度に広がる桜色と赤色の二色の蝶々は動きこそ直線的であるが、あまりに多量だ。また全景春色に染めて尚余りあるその羽ばたきは、鬼の少女、伊吹萃香ですらも難儀する揺らぎを備えていた。

 確かに道はあって、通れるだろう。しかし、それは蝶の羽によってあまりに不定に塞がれてしまうのだ。魔梨沙でもなければ、幽香でもない萃香にただでその迷路は縫えず、仕方なく彼女は己が力でその美に対抗することにした。

 

「幽霊に死蝶に鬼火。何とも縁起の悪いので溢れた空になったもんだ」

「その中で鬼火だけは仲間外れね。だってこれだけ、とっても熱いわー」

 

 萃香は掌中にて高熱を帯びる程に集めた力を投げ、それを空の適当な場所にて散じさせる。途端、柊黐の実のように数多く宙に結実するは、鬼火による赤い炎状弾幕。

 一定の距離にて弾けるそれは、幽々子の冷めた弾幕を、炎熱を持ってして食んで路上に穴を開けた。顕になった隙間、それを埋めんと幽々子も頑張るが、しかし鬼の力で起こされた炎に対抗するには余程の無理が必要なもの。

 美しさに重きを置いている幽々子には力任せを上手に調理することは出来ずに接近を許し、そしてその身に僅かに鬼火を掠めたことで劣勢を認めた。

 これは危ないと、幽々子は一枚のスペルカードを示す。

 

「目的が小鬼じゃないから本当はこの一枚は切りたくはなかったのだけれど、これでもないと貴女は打倒できないでしょうから仕方ないわねー。……いくわ、「死蝶浮月」」

「うおうっ」

 

 萃香が驚くのも無理のないこと。幽々子がスペルカードを仕舞ったと同時に扇から舞い起こさせたのは、辺りを覆わんばかりの大量の蝶。死を想起するほどの霊力で創られたソレは、黄、緑、青の三色毎に分かれて円状に彼女の周囲を隙間なく巡る。

 まず、攻撃の隙すらない色の煩いその様体から萃香は離れて様子を見た。そして、それは正解である。突貫していたらどうなっていたか。それは、墜ちていく辺りの妖精たちが教えてくれた。

 五つの色とりどりな彼女たちを射程に収め、ダメージを与えたのは、幽々子が背後にて舞台を整えるがために広げた扇面の如き美麗な的と時を同じくして展開した、全方位に向けたレーザー光線。

 太めのそれを萃香は容易く避けるが、青きその光条の夥しき数この上なく。そのために左右の動きを封じられた彼女に向けて、更に弾幕が展開されていく。

 

「これは、拙いね」

 

 萃香の口は、獰猛に歪んだ。それは、勢い良く散華する蝶々に、追随してくる大玉弾幕を目の前にして、大きな危機を覚えたからだ。

 青い大玉弾幕は、等間隔で周囲に広がっていく邪魔なものであったが、まだ慌てる程ではない。問題は、大玉と光線によって狭められた空間の中で回避を促す、向かい来る蝶の量と速さである。

 量は加減など一切されていないと思えるもの。速さも、音より遅けれども、目に留まらない程でなかろうとも、萃香が回避可能な限界に近い。

 一度目は半ば偶然に助けられながらも避けられた。しかし、これは同じ展開を何度も繰り返す弾幕に違いない。こんなもの、魔梨沙でもなければただ避けるのは無理じゃないかと、萃香は懐からスペルカードを取り出し、対抗するように宣言をした。

 

「やれ、これは私も本気をぶつけるしかないか。いくぞー、地獄「煉獄吐息」!」

 

 弾幕の合間に、ふぅっと萃香が周囲に息を吹きかけると、そこから火炎が現れた。それはただの鬼火ではない。周囲がぼやけるほどの、恐るべき熱量を持つその焔は、赤どころではなく青色に燃え広がる。

 同色の丸い炎弾を多数孕みながら、青い炎は周囲をなめていく。火は、レーザーを焼き殺すことは出来ないし、大玉も相殺仕切れないが、それでも数多の蝶々を燃やすことに成功する。

 萃香の狙いとしてはおまけとして、続き左右に交差をしながら展開して向かう炎弾が幽々子を焼く、そのはずだった。

 

「な、当たらない?」

「うふふ。今日の私はちょっと本気よー」

 

 しかし、燃え盛る炎熱の中で、幽々子は変わらず舞い踊っている。壮麗な扇の的を背にして、しかし背後のそれが穴だらけになろうとも彼女は一向に弾幕を受けずに宙にあり続けた。

 幽雅を表すに、舞踊が容易いのは知っての通り。そして、宙にて美しくあることこそ、弾幕ごっこでの勝利の秘訣。

 近く行われたプリズムリバー三姉妹のライブの会場で、同じファンとして仲良くした魔梨沙から教わった、回避の方法。それを見事に昇華して、幽々子は宙の熱い隙間で陽炎のように揺らぐ。

 辺り構わず吐き出される鬼の吐息などに、当たってたまるものかと珍しく意気を示した幽々子は、従える蝶が萃香に力失わせるまで取り付き、爆散するまでの様を見届けた。

 

「くっ、やられたー」

「うふふ、鬼退治、成功ねー」

 

 残念そうに墜ちる萃香と対象的に、幽々子は、久しぶりの勝ちを喜ぶ。その身に纏う着物には僅かな乱れも傷もなく、今回の大勝には余裕があったと見て取れる。

 菜の花の黄色に呑み込まれた鬼を見届けて、幽々子は戯れに外の世界の幽霊の一人を可愛がってから、口の中で感慨を転がす。

 

「パートナーと踊るみたいに弾幕と適切な距離を取るようにすればいい、っていう魔梨沙の助言は大当たりね。やっぱり分からなかったら人に聞いてみるものだわー」

 

 その程度の助言で上達してしまうということは、自身に余程の適正があったというのに気付かず、幽々子は魔梨沙が居そうな方向に向かって適当に感謝をする。

 そうしてから、次に意識を遠くから響く音に変えて、煩い方角を向く。するとその先には、先程まで幽々子達が張っていたものよりも尚密で難易度が高いだろう弾幕が美麗に展開されていた。

 

「うふふ。あっちでも盛り上がっているみたいだし、今日はちょっとしたお祭り騒ぎねー」

 

 必死に相手を打倒しようとしている弾幕の主とそこに対峙しているものを想像し、幽々子は一笑。

 しかし、そっちが自分の目的の方に合致しなければ、興味はそこまで。散華の音色を後ろにして、幽々子は太陽の畑へと向かう。ふわふわとその周囲を漂う幽霊たちを外の世界のものまでついでに引き連れて、彼女は幽香の下へと向かい。

 そして、幽々子と霊達のせいで引き起こされた結構な寒さに、向日葵を愛でていた幽香は、眉をひそめることになる。

 

 

 

 

 

 

「あら、こんにちは」

「こんにちは」

 

 それは互いに意外な邂逅。二対の蒼眼は見定めあって、ぱちくりと瞬く。

 魔梨沙を想って空を行き、異変解決へと赴いていた八意永琳がばったりと遭遇したのは、左右不揃いな緑髪以外にも特徴的な部分が多々ある偉そうな少女。

 彼女は意匠として紅白のリボンを巡らせ紺の役人らしき衣服で身を包んで、おまけとばかりに悔悟の棒までその手に持っていた。知恵者八意永琳でなくとも、幻想郷に居るのならばその少女が何者かは分かるだろう。

 

「貴女がこの辺りの閻魔様なのかしら?」

「ええ、そうです。私は四季映姫・ヤマザナドゥ。罪深き、月の賢者。まさか今日この時貴女と出会うとは思いませんでした」

「私も貴女のことは考えの内に入っていなかったわ」

 

 永琳は内心で溜息をつく。閻魔は持つ鏡、浄玻璃の鏡によって過去の行い全てを照らすという。幻想郷の閻魔は公明正大との話であるが、それは罪人たる自分達を決して許しはしないであろうということでもある。

 正直な所、永琳とて出会いたい相手ではなかった。竹林に引きこもっていたとはいえ、一度も面識がなかったことは、その証左。

 迷いの竹林などその能力で楽に踏破出来る映姫が、会いたく(説教したく)とも会えなかったのは、永琳が死神など地獄のもの避けを施していたからだった。

 だが、こうして出会ったからには仕方がない。相手をせざるを得ないだろう。永琳は、少し違う位相に在る映姫を見つめる。

 

「それで、四季映姫、貴女がしたいのはお説教かしら? それとも弾幕ごっこ?」

「……輪廻することも解脱することも永劫なく、哀れにも現世をさまよい続ける魂。それは肥大化しすぎた知恵の齎した悲劇でしょうか。その手の穢れすら容れて、生を成すという業の深さ。不老不死とは、本来机上の空論であるべきでした」

 

 永琳の言葉を無視し、至極残念そうにして、映姫は独演会を始めた。

 その勝手と否定の内容に思わず、永琳の表情に険が生まれる。しかし、それは映姫が続けた理解の言葉によって、解けた。

 そう、四季映姫は、蓬莱の薬による永遠のからくりまでも判っている。それはその上での、一言だった。

 

「肉体精神合一し確立したアートマン。本来私が否定するべき存在ですが、しかし確かに貴女は目の前に存在する」

 

 我としてあるアートマンに対して、釈迦は五蘊を持ち出しアナートマン、無我こそ正しいと説いている。しかし、八意永琳に無常はなく。故に、彼女の強固なアートマンを仏教の閻魔天である四季映姫・ヤマザナドゥですら否定することは出来なかった。

 しかし、無理なブラフマン(原理)からの脱却が正しいことでないということは、映姫には理解できる。それを分かっていながら呑み込んでいるのが眼前の相手。彼女は黒として、上から永琳を望んだ。

 

「間違っていないというだけの満点。それが正しくないということを知っていながら、貴女はその知恵で自分を欺瞞し続け、きっと永遠を生きることが出来るのでしょう。摂理を頭脳で捻じ曲げ続けて。そう、貴女は少し敏すぎる」

「……耳が痛いわね」

 

 百点満点の回答の裏の悪。それを理解しつつも、他の選択肢を見ながら楽を選択するような度量が永琳にはある。

 不老不死は間違い。そんなこと、永琳は考えるまでもなく分かっている。しかし、知恵の赴くままに行った。欲するばかりではなく、静止しようとする心も当時はあったが、彼女はそれを黙らしたのだ。

 それ以外にも永琳は現在の幸せのために、多々愚かを理解しながら行っている。誰に言われずとも、彼女は自分が罪人であるのは違いないと認めていた。

 

 だから、永琳は永遠を呑み込んでいても、少なからず生きるのが辛いのである。それを、映姫は鏡を覗くまでもなく見通す。

 

「裁かれずして、清算されぬ罪などない。彼岸に来ることは無くとも、こうして私と出会えたのですから、少しであっても貴女は裁かれるべきでしょう。転生なくても不朽の生を良くするために、貴女は断罪されなくてはならない」

「確かに、そうするべきなのでしょうね。しかし、それは後回し。私には今やるべきことがある。罪の重さに潰されている暇などない!」

 

 しかし、痛みなど慣れたもの。むしろ、それを普段から和らげてくれている友人のためにと、永琳は発奮する。

 それだけで、花散る世界は一気に光舞う世界に変貌した。赤青二色で構成される弾幕の中に、映姫は閉じ込められる。

 また両手を開いた永琳から溢れる力は無双のもの。普通ならば、それだけで屈しそうになるものであるが、どこ吹く風と、閻魔は力づくなど一向に気にしない。

 ただ映姫は硬い表情で、永琳の意気を跳ね除け、啖呵を切った。

 

「悔悟なき者の善行ほど、的を外すものはありません。大事を明日に忘れて今を生きることの愚かしさを貴女は知っている筈です。さあ、私に出会った運命を受け入れ、反省するといい!」

 

 そして、永琳と映姫はぶつかる。共に幻想郷でも最上位の存在。しかし、その力の差は大きく。

 それでも、弾幕の中で四季映姫は曲がらず折れない。

 

 

 

「ふぅ……貴女の力は極東、東方においては最強に値するものですね」

 

 服はボロボロ、汗を流し疲労で息を荒げながら、映姫は永琳の魔力とも霊力ともとれない力をそう評価した。

 ただの力量だけでも、映姫の知る限りにおいて比類ない。それを非常に工夫して永琳は行うのだ。なるほど、これでは霧雨魔梨沙以外にろくに負けたことがないはずだと、映姫は納得する。

 だが、力の差が諦める理由にはならないものだ。幾枚かのスペルカードを踏破しつつも、相手に一撃たりとて食らわせることが出来なかった無力感を淡々と処理しながら、彼女は一枚のスペルカードを大事にしている。

 

「四季映姫、貴女はお硬い割に随分と遊戯に精通しているみたいね」

 

 そんな映姫の上手さに目を見張り、しかし永琳はそれを不思議にも思う。

 どう考えても、映姫が弾幕ごっこで遊んだことは一度や二度ではない。確かに、傷つけずに相手を熨す方法として、スペルカードルールの下行われる弾幕ごっこは優れている。とはいえ、本来なら彼女の得意な舌戦で叩きのめすばかりでも別に良いはずだ。

 傷など素知らぬ位置に居る上に立場から、映姫が敵対者に要らぬ加減をするような性質ではないというのはよく分かる。そんな彼女が弾幕ごっこを気に入っている理由は、何か。

 

「これでも私は弾幕ごっこ(幻想郷)を愛していますから」

「……そう」

 

 永琳の疑念を裏付けるように、映姫は楽しそうに笑う。やはりこうして戦っているのは、倒すだけが目的ではかった。

 地獄の最高裁判長、映姫も少女である。白黒分けた世界の中で、色づくものもあるだろう。愛するものだって当然あって、それを受け入れることは、好むところだったのだ。

 

 映姫は弾幕ごっこに幻想郷を見ている。いや、それがこの世界の中心となっていることを見抜いているのだ。故に、愛さざるを得ない。

 何せ、この仕組みなくして自分は存在しないのであるから。勿論、それだけでなく、弾幕の美しさを喜んでいる部分もある。特に難易度上がると見目にも素晴らしく。その中により長く居られることなど、望むところだった。

 スペルカードに示されたものでも何でもない、水色に黄緑色のカプセルの交差に苦しめられ、避けた先にある青黒い粒弾に傷つけられながらも、それでも映姫は楽しみを持って全てと対峙している。

 

「ただ弾幕を展開するだけでは無理そうね……次にいくわ。秘薬「仙香玉兎」」

 

 その様に魔梨沙との類似を見つけながらも、あくまで映姫とは他人であるとして、永琳は淡々とスペルカードを切った。しかし、その内心には動揺がある。

 意外な思い。それが、永琳の指揮の手を僅かに鈍らせていた。世界を多数の黄色いレーザー光線で区分し閉じ込めた中で回避を強制させるという、永琳の得意な制限型スペル。映姫にはそこに僅かに重ならぬ隙間が見て取れた。

 これが罠でないとしたら明らかな勝機だ。そして、このチャンスが白黒で分けるならば白に繋がるであろうことは白黒はっきりつける能力を持つ映姫には理解できた。

 

「今ですね! 私もいきます。審判「ラストジャッジメント」!」

 

 レーザーの線と線の間。映姫が這入ることで目一杯なその隙間にて彼女は自分の力が相手の力とせめぎ合って奏でる音を聞く。

 危うい道を通りながら、久方ぶりの間違いを正すために永琳が送った緑色をした大玉弾幕を前にしても、焦らず騒がず、ここで初めて映姫はスペルカードを提示する。

 それからの展開を望んで、思わず永琳は呟かざるを得なかった。

 

「……考えたわね」

 

 溢れた花弁弾と悔悟の棒を模した弾幕に包まれ、スペルカードの展開から直ぐに映姫の姿は掻き消えた。辺りは相殺の光眩しく、確かに予測するには難い状況。

 勿論、永琳のよく利く頭脳に依れば、次の一手の判断は楽である。上手にも大玉弾幕の影にでも隠れているのか、或いは逆手を取ってその場に留まり機を狙っているのか。

 無数の防御に回避の策その全てを少しの間保留にしてから、永琳は全体への対処の方法を見つけようとした。そう、間断さえ許されれば驚き一つなく、彼女は映姫を処理できるはずだった。

 

「いいえ、もう何も考え工夫しませんよ。だからこそ、今回は私が白を頂きます」

「なっ」

 

 最速の考えよりも、決断後の無慮の方が結論出すのに尚早い。そう、優れたものの可能性を先に探る永琳の癖を逆手に取って、隙を伺う最中に考えていた、最も愚かであり得ないと考えられる下策を映姫は躊躇なく行ったのだった。

 それは、力で優る永琳相手への力押し。左右に三本ずつ赤青の光条を溢れさせながら、真っ直ぐに映姫は全力を飛ばす。辺りは一瞬、紫色の閃光で染まった。

 発揮するにつれ魔梨沙のマスタースパークを想起させる程太くなった力あるその光線は、しかし盾のように永琳を守る緑の大玉を貫通しきれない。バチバチと届かぬ力溢れさせ、光は縮んでいく。

 それは予想出来たこと。映姫にですら、判っていた事態である。

 

 力づくでは四季映姫・ヤマザナドゥは八意永琳には勝てず、勿論頭脳でも優れない。それを知り、尚勝とうとするのは本来無謀である。

 だが、映姫には心理戦という土俵が残されていた。誰より心に触れてきた閻魔である彼女は、機微の判断に予測が誰よりも得意なのである。

 そう、もう映姫は充分自分を魅せつけられた。驚きによって、永琳の目はもう他へと届かない。それが、これまでで一番の隙。そう、狙い外れて過ぎ去った筈の模型弾の行方など、彼女の頭には無かったのだった。

 

「やはり力が足りな……くっ!」

 

 だから、用意する間もなく、永琳はその身に弾幕を受けざるを得ない。赤く弱い一弾は、しかし永琳の防御を驚きに揺らがす。

 そう、永琳はまさか閻魔が永琳の背後に揺らぐ一匹の幽霊を狙ってスペルカードを展開し、攻撃されると弾幕を返してくる幽霊のその性質を利用して、隙を作ろうとしていたとは思えなかったのだ。

 勿論、レーザーは届かぬこと織り込み済みのフェイク。考えなしに、早撃ちし力を篭められたのは、そのため。そして、動揺を期待していたが故に、映姫が次の行動に移るのは早い。

 

「偽物ですが、悔悟の棒の痛みを味わいなさい!」

「っくぅ!」

 

 弾幕の合間を縫って、永琳の直ぐ前に現れた映姫は、模型弾幕をこれでもかと言わんばかりに眼前で展開した。避けることは不可能。防御も、時既に遅かった。

 だから、永琳は負ける。私が白で貴女が黒、といわんばかりの見下げる視線を受けながら、彼女は口惜しそうに墜ちて、気を失う。

 

「ふぅ……今までにない難敵でした。流石は八意思兼命の弾幕。休憩時に遊んでいた小町や是非曲直の皆を相手した時の白熱すら霞んでしまいますね」

 

 服も随分と傷んでしまいましたと、証の殆どが取れたボロを纏っている自分の姿を映姫は裾を引っ張って確かめた。

 露出好きではない映姫は早く着替えたいと思うが、それでも此度の異変の全容確認という目的の重要度を思えば、恥は捨てて動かざるをえない。

 

「それでは……っと、これはひょっとして……」

 

 だから、残念ながら腕で肌を隠してこのまま空を行こうと思っていたその時。大きな力が自分に近寄ってきたことを感じ取り、映姫は恐らく再び往くことの邪魔となるであろうその相手の方を嫌々向く。

 薄々、その者の正体に感づきながら見てみれば、それはやっぱり彼女だった。何度か弾幕ごっこで対戦し、負かされ続けている、少女の姿がその目の青に映る。

 

「ええと。永琳が倒れていてそして……あら、映姫様じゃない! 永琳との弾幕ごっこは楽しかった?」

 

 そう、流星のように颯爽と現れたのは、箒にまたがり赤髪棚引かせる紫の魔女。ニコニコとしたその微笑みには邪悪なものを感じないが、タイミングが悪すぎた。

 小さな溜息を吐くのを禁じ得ない。とんでもない強者の後に続いてまたとびきりの強者。まるで誰かが映姫への嫌がらせのために二人を送ったかのようだ。

 思わず誰かの悪意すら幻視し、でも能力によって誰も彼も白であることはよく分かってしまって、思わず映姫は自分の愚かさを笑う。

 

「ふふ。ええ、とても楽しいものでしたよ……ただ、とても疲れるものでもありましたが」

「永琳ったら、とっても強いからねー。映姫様もよく勝てたと思うわ。あたしも手合わせ願いたくなっちゃう」

「正直な所、連戦は勘弁願いたいものですが、相手が魔梨沙、貴女であるなら別でしょう」

「そう?」

 

 帽子を取ってから左右に小首を傾げる魔梨沙を、今度こそ映姫は小憎たらしく思う。説教をその度忘れられて、もう何度目になるだろうか。

 自分を大事にしろという言葉を、一向に魔梨沙は遵守しない。そのくせ鳥頭でもないだろうに、幾ら叱った所で毎度毎度会えば逃げるどころか挨拶しに寄って来る。不思議な事だ。

 そう、説教煩い自分を学ばずに、毎回人懐こい笑顔で近寄ってくる魔梨沙を、これっぽっちも映姫は理解できない。暖簾に腕押し、どうにも自分の無力さを感じさせてくる相手であって、映姫は苦手意識を覚えざるを得なかった。

 とはいえ、こんな自分を好きでいてくれる魔梨沙を、嫌いは出来ない。見捨てる気なんて、更々なく。だからこそ、今回こそ駄目なところを直してもらうために、映姫は本気を出そうと思う。

 

「そうです。私は今日こそ貴女を正しましょう。貴女の得意とする弾幕ごっこで勝ち、一度くらいは人の話をちゃんと聞いてもらいます!」

 

 恐らく魔梨沙はまともに人の話を聞いていないのだと、映姫は考えている。それは、閻魔の自分でなくとも業腹なことだと彼女は思う。

 弾幕ごっこでの勝ちの目は薄い。それに既に舌戦ですら苦労してしまうだろうくらいに、随分と損耗している。だからといって、想って繰る言葉を相手に届かせようとすることを映姫が止めることはない。

 一度弾幕ごっこ常勝というアイデンティティを奪ってあげれば、今度こそ表情硬くし自分をまともに見つめてくれるだろうか。

 そう考えながら、映姫は擦り傷だらけのその身を誇らしげに逸して、白黒で言えば真っ黒くろけな魔梨沙を鋭く睨んだ。

 

 

 

 


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