霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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第四話

 

 

 

「月符「サイレントセレナ」」

「わ、いきなりねー」

 

 箒に座しながら空を往く魔梨沙と泰然と浮かぶパチュリー。そんな二人が離れて頃合いといった直ぐに、パチュリーはスペルカードを宣言した。

 今日は満月。月の力は頂点に近い。実の月は赤みを帯びているが、パチュリーが放つ月光を模した弾幕は薄青く広がっていく。

 まず月の雫、とでも言うべきであるような水色の魔弾が大量に生成されパチュリーから魔梨沙の方へと殺到していき。そして、両側面から連なった光を表すような長い弾幕が円に至ろうとするように迫り、避ける道を限定していった。

 パチュリーの力量を表すように魔弾の数は画面を埋め尽くしかねないくらいに多く、その数だけこのサイレントセレナの難易度は非常に高くなる。

 

「これはいやらしい、弾幕!」

「上手く避けるものね……」

 

 魔梨沙はまず前進することを止めて、下がりながら上下前後左右を把握しつつ、ビットと魔杖から魔弾を殺到させる。

 猪突猛進してくるだろうと予想していたパチュリーにとって魔梨沙のその選択は意外なことだった。これは前に出れば出るだけ苦しくなる、そんなスペルカードなのだから、それを見抜かれたようで彼女は少し驚く。

 そして、どうしようと僅かである隙間に箒を駆り、体を滑り込ませて行く魔梨沙にパチュリーは瞠目する。

 様子見をしたせいか、もう光線風の弾幕は左右から真っ直ぐ前にまで増えて回避路をほぼ失くすことに成功しているのに、それでも魔梨沙は僅かな光明を逃さない。

 小さな隙間を縫って杖を握った手を振り振り星形の魔弾を放ちながら、魔梨沙は左右に動くパチュリーの魔法の防御を抜いてスペルカードを終了させることに成功した。

 

「まずは、一枚!」

「くっ、日符「ロイヤルフレア」!」

 

 月が消えれば次には日が昇る。夜中であるためにその魔力は完全ではないが、しかし日光の威は強大なものがあった。

 パチュリーと魔梨沙の間に現れ始めた赤い魔弾のうちまず三つが円かにそれぞれの方向に進みながら、その道程に同色の魔弾を敷き詰めていく。

 この時点で既に魔梨沙の視界は赤い光でいっぱいになっているが、そして次に現れた数は五。それが中心から丸く渦を巻きながら魔弾を生成する。

 そして、出来上がった全ての弾が同じ速度で外側に向っていくことで、眼の前で交差が起きたり二重のようになったり、複雑に変化して敵対者である魔梨沙に襲いかかっていった。

 

「これは中々、面白い、弾幕じゃないっ」

「ロイヤルフレアでも駄目だというの!」

 

 だがしかし、ここでも魔梨沙は上手である。全体を見れば苛烈過ぎる日の弾幕を、自分に向かってくるものだけを注視することで冷静に隙間を見付けて、通り抜けていく。

 紅の弾幕に、赤い髪を掠めながらも、怖じることなく魔梨沙は宙にあり続ける。

 上下左右、激しく動いて隙を見ながらビットの力も借りて魔梨沙は高い火力を用い、パチュリーの守りを削っていった。

 

「これも、攻略よー」

「っ、なるほど言うだけはあるようね……」

 

 パチュリーは一つ息をしてから、攻撃の衝撃でズレたキャップを引っ張りかぶり直す。そして、衣服の端々を破かせてなお笑顔いっぱいの魔梨沙をジト目で見つめた。

 今日は喘息の調子がいい。全身の魔力の通りも悪くないし、それの行使も望み通り出来ている。そうであるというのに、相手は絶対に避けきれないだろうという自信をもって宣言したスペルカードをこうも踏破されてしまったのはどうしてか。

 それは単純に魔梨沙が弾幕ごっこというものに信じがたいほど長じているからだと、パチュリーは認めざるを得なかった。

 

 弾幕ごっこ、とはいえ体の間近を通るのは力の塊である。いくら遊技用と弱めていてもまともにぶつかれば、怪我の一つくらいはする。

 それを恐れず冷静に避けることも初心者には難しいというのに、魔梨沙は魔弾をその身に掠らせながら躱すことすら楽しんでいる様子であった。

 一体、魔梨沙がどれくらいの経験を積んでいるのか、パチュリーにも測れない。いや、普段から図書館から動かないが故に外のことに詳しくない彼女であるからこそ、魔梨沙を高めたレミリアが起したもの以外の異変など知りようもなかった。

 ましてやそんな魔梨沙の関わってきた異変における弾幕ごっこが、スペルカードルールもない命の危険の高いものであったということなんて、分かるはずもないのだ。

 

 

「でも、これだけでは魔梨沙、貴女が回避できない弾幕に対処できるかどうか分らない。今度は破壊の力に挑みたいという貴女の力を見せてみなさい。次は私も、手加減なしでいくわ。必死で来なさい」

「ふーん……分かった」

 

 確かに、弾幕ごっこでの実力はパチュリーの知っている誰よりもありそうだった。しかし、彼女が望む相手はフランドール。

 ルールも加減も知らないフランドールが誤って、回避不能の弾幕を張ってしまうようなことなんて、いかにもありえそうなことである。

 だからこそ、ルールに縛られて手加減するのはもう止めだ。手を抜いたことで半端者を通らせ殺させてしまうのは、フランドールのためにも、ついでに魔梨沙のためにもならない。

 

 どうして自分がこんな面倒をしなければならないのか、との苛立ちを感じながらもパチュリーは律儀に最後のスペルカードの準備を始めた。

 ここは大図書館。それも魔女のためのものであるからには、魔導書の類は幾らでもある。そして、その中でもそれぞれの方向に特化した五冊の魔導書が引っ張られて本棚からパチュリーの眼の前に導かれるまま浮かんでいく。

 

「いくわよ、火水木金土符「賢者の石」!」

 

 それぞれの魔導書に書かれ極められていたのは火、水、木、金、土の五行の力。それがパチュリーの持つ五大属性に日と月を加えた属性魔法を操る能力によって増幅されていく。

 そして出来たのはそれぞれの力の結晶。賢者の石と呼称されているそれは、本来のものと一緒ではないが五色がそれぞれの力を有しており、またどこかフランドールの背中の羽を彩る結晶とよく似ている。

 

「わあ、スゴい!」

 

 魔導書から顕れた五色の宝石は、火、水、木、金、土、それぞれの種類を形にした弾幕を放っていく。炎や水、果てはナイフ状、そんな魔力の塊が爆発的に増殖して、ランダムに向かってくるというのがこのスペルカードである。

 そして、今回の場合そこに篭められた力は本来のものより断然多く数も比較にならないほど。魔梨沙の眼前は完全に埋まり、パチュリーの姿を隠すほどの五色が眩しい。

 

 魔梨沙は避けようと試みるが、掠るだけで服は燃え貫かれ大きく切り裂かれてしまう。辛うじて路は見つかっても、そこに体を潜らせられるほどの間隙はなく、そして先は図ったかのように行き止まり。

 気づいても既に下がることなど出来ずに囲まれて、だから邪魔な前の弾幕を一つ退かそうとしても、それはしかし魔弾とビットを一点に集中させることでしか不可能だった。

 

 こちらの弾幕は届かない、だというのに、相手の弾幕は山ほどあふれている。そんな困難極まりなくなった状況に、思わず魔梨沙は掠めて飛んでいきそうになった三角帽子を掴んで笑みを深める。

 なるほどこれは、どうしようもないと。何もしなければあっという間に魔弾に触れて死んでしまう。しかしこれは模擬戦であるとパチュリーは言った。

 なら、本当の破壊の力はこれ以上にどうしようもなくて、恐ろしいのだろう。魔梨沙の笑みは深まりすぎて、口の端は頬まで釣り上がった。

 甘く見ていたのは間違いなく、だからこんなに損な役を買って出てくれたパチュリーに対して、魔梨沙は感謝すら覚える。なればこそ、この魔法を突破するのが自らの務めであると、考えた。

 

「――――きゃははっ、見せてあげるわ! これが、我が愛しの妹発案のスペルカード第二弾!」

 

 魔梨沙が掲げるそのスペルカードが誰によって考えだされたのか、魔弾が多すぎて姿を見ることすら叶わないパチュリーを含め、気にするものはこの場に誰もいない。

 自分が恋した力の形。恥ずかしげもなくそれを模した弾幕に名前をつけてくれた、ふわふわ金髪の妹の姿が魔梨沙には忘れられなくて、彼女は誰に向けるでもなく自らの妹を誇る。

 隙間とも言えない、木と土の弾幕をこじ開けたところ。そこで魔梨沙は己の魔力を急速に魔杖の先端にかき集めて圧縮する。それがあまりに速いのは、能力によって力を扱うことに慣れているためであったろうか。

 

「恋符「マスタースパーク」!」

 

 そして、弾幕にすらならない粗雑な力の集いは、しかしそれだけで圧倒的なものになった。

 もし、どこかのセカイでの妹が持つ火炉のように強力な増幅器があれば、それは山を消し飛ばして余りあるほどのものになったかもしれない。

 だが、昔から抜きん出た魔力を持った魔梨沙は心配されて護身具を渡されるような存在でなく、また、収集癖のない魔梨沙は緋緋色金で出来た剣など見つけたこともなく、故にこの場にはまあ上等な星の杖しかないのである。

 しかし、それで充分。爆弾のように五色の弾幕を散らしたそれは、星の先端から轟音とともに真っ直ぐ目の前を隠すほど太いレーザー状の光線を成した。

 それはそれは純粋で暴力的な力。もし弾幕はパワーだというのであれば、これを一目見ただけで魔梨沙は弾幕ごっこに長じていると断じられる。

 

「っ、駄目――」

 

 それほどであったから、すぐさまパチュリーは身を守ることを選択せざるを得ず。

 その力は五行も魔導書も吹き飛ばして、パチュリーに迫って、そして渾身の魔法の防御も破壊した。

 

「パチュリー様!」

「くぅー……あ、ごめんなさい!」

 

 最早弾幕ごっこどころではないミキサーの中のような殺人空間を遠くから見詰めていた小悪魔は、急に巻き起こった一条の光に、そしてそれによって落とされたパチュリーに驚きその元へ向かう。

 そして、強めにマスタースパークを放った魔梨沙は力の急激な喪失によって気を遠くさせて、パチュリーを助けあげるのに遅れた。

 

「……むきゅー」

 

 だが、果たして高所から落ち、ぽてんと床に転がったパチュリーは無事であった。

 最後の防御魔法には咄嗟に鏡のような効果を付与していたのか、その身はむしろ魔梨沙よりもきれいなものである。

 しかし、力を使い果たしたパチュリーの気は失われていて、これでは当分起きることはなさそうであった。

 

「やりすぎちゃったかしら?」

「本当ですよ! もうっ!」

 

 流石に喜色を弱め、反省する魔梨沙。

 本が散らばった室内を見渡しながら、小悪魔は力の差を忘れて、ぷんと怒った。

 

 

 

 


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