霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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第三十六話

 

 

 

 夜闇の中に星々は輝く。吸い込まれるように暗い背景は、遠い星の光を際立たせて、疎らな美しい点描を生む。天球はまるで光と闇が、夜空のキャンバスの中で彩りを競い合っているかのようだ。

 しかし、実際は数えきれないほどの星々の輝きが闇に食まれていて、人の目まで光届かせる星は数えきれるほどに僅かなもの。

 落ち着いた夜は暗い空なくしてはありえないとはいえ、見つけられることのない星々の存在を考えると、深く黒い空白もどこか寂しく思えるものである。もっとも、限られているからこそ、星の輝きは美しいものであるのだが。

 

 そんな闇の中からずっと昔の光を覗く空を、鮮烈な光と青色で忘れた昼下がり。しかし蒼穹の下、博麗神社の杜には夜を思わせる闇色が宙に広がっていた。

 暗くなり過ぎていて傍目からは非常に分かりづらく、本人たちですら目視確認は難しいが、その中心付近に要るのは魔梨沙と、宵闇の妖怪ルーミア。

 昼にて光届かぬ寂しき空を作り出しているのは、魔梨沙ではなく闇を操る程度の能力を持つ、ルーミアである。

 自分の周囲に、更には放つ弾幕を暗闇に隠しながら、ルーミアは魔梨沙と対峙していた。今【現在】の彼女はそれほど力がないために、煌々と輝く魔梨沙の星を掻き消すことまでは出来ないが、目眩ましとして能力は十分に機能している。

 

「うーん。やっぱりルーミアの能力は厄介ねー」

 

 闇から迸ってくる青いレーザー光線を紙一重で避けながら、魔梨沙はルーミアの力を鬱陶しがった。情報の一切を遮断する闇というものには、魔梨沙の力を見つめる程度の能力をもってしても克つことが難しい。

 普段と違い、目視確認出来ないままに暗中模索をしながら、青い閃光に絡みつくように展開される薄緑色の小玉弾のパターンを読んでいく。霊夢と遊ぶ時のように能力を使わないでいてくれたらイージーな弾幕なのにと、魔梨沙は思う。

 しかし、弾幕ごっこにて自己を表現することは流行りどころか最早当たり前のことであり、ならばそのために能力を使うことは自然なこと。仲の良い相手ならば、尚更遠慮はなく。

 魔梨沙の能力ですら届かない闇の中でも目が利く訳がないルーミアが、照準を確認するためひょこひょこと闇から相手を覗く姿はユーモラスであり可愛らしく、そこにタイミングを合わせられ頭に白い弾幕をぶつけて痛がる間抜けな姿は実に彼女らしい。

 

「痛た……やったなー、魔梨沙。いくよ、闇符「ダークサイドオブザムーン」ー」

「むっ、そのスペルカードはルーミアの十八番じゃない」

 

 闇の中からルーミアがこそりと腕を出し示したスペルカードは、彼女のお気に入りで魔梨沙にとって慣れ親しんだもの。

 潜むルーミアが発したのだろう紅白の弾は、眼前の暗がりから飛び出してきて魔梨沙に迫る。坂で転がした砂利石のように散らばる赤と白は、それぞれ大きさが異なるために直ぐに距離感を掴むのは難しい。

 されども、避けるに躊躇う暇もなく、次には月を模したのだろう黄色い中玉弾がルーミアから円かに広がっていく。一帯の如法暗夜、ダークサイドから顔を出す月は紅白な兵を引き連れて悠々と展開した。

 間近で炸裂したのと変わらない弾幕は集中しなければ避けるに難く、更に疎らな闇の中で上手に隠れるルーミアが確認のため顔を出す間は僅か。魔梨沙の星弾ですら命中率は低く、必然的にスペルカードの展開時間は伸びていく。

 

「出力は大したことのないものだから避けられるけれど、質の悪い弾幕よねー。本当に、月の裏ってこんなに嫌らしい場所なのかしら? 眉唾ものねー」

 

 しかし慣れている分だけの余裕がある魔梨沙は、確かそこら辺から来たみたいだし永琳にでも訊いてみようかしら、と溢しながら赤と黄色の間を縫う。

 過去の大体を記憶喪失気味なルーミアが、何故か覚えている月の裏側での光景。それを表したのがこのスペルカードであると、半信半疑ながら魔梨沙は聞いている。

 或いは古い妖怪や阿求などから月に関する逸話を聞いていれば、魔梨沙もルーミアが月に行ったことがあるという言葉を信じられたかもしれない。しかし、昔々のことはお伽話くらいしか興味のない魔梨沙は月面戦争の事を誰からも聞いていないのだった。

 だから、特別に思えない弾幕など、蹴散らかすのに何の躊躇いも起きることなく。紫の流星の幾つかは闇の中で目立ち、そして中心のルーミアを墜とすことに成功した。

 

「うーん。やられたー」

「それにしては元気じゃない。大概ルーミアも頑丈よねー。あたし、結構強めに撃ってるんだけれどなあ」

「そーなのかー」

 

 しかし、宙にて両手を広げたまま、地面に近づいたと分かるやいなや直ぐ様上下に一回転して平常に戻ったルーミアの表情は笑顔。ニコニコと、彼女は魔梨沙と対している。

 そこそこの妖怪くらいでは消し飛んでしまう程の攻撃を受けもびくともしない、力弱い妖怪というのは異常そのもの。所以を知らなければ思わず身構えてしまうだろうが、魔梨沙は自然にルーミアを受け入れている。

 

「まあ、ちょっと痛いけれど、魔梨沙の弾幕にはもう慣れてるもの」

「そこら辺は大妖怪なままなのねー……」

 

 掻痒感があるのか、弾幕が強かにぶつかった頭部を掻きながら、ルーミアは何でもないかのように答えた。

 魔梨沙はその指先を辿り、ルーミアの頭部にリボンの如く結ばれた赤い紙を見つめる。そうしてから視線を下げ、ルーミアの笑みを複雑な思いを持って眺めるのだった。

 

 

 

 ルーミアのボブな金髪を彩る赤き髪飾りのような部分は御札である。それは、博麗謹製のもの。その御札を付けて強大な力を封印したのは、先代の巫女だった。

 ルールもろくに無い当時の戦闘にて当時極めつけの大妖怪であったルーミアを退治したという事実は、巫女の力が確かなものであったことを示している。しかし、彼女はそのために多大な代償を支払うこととなった。

 戦闘の際に付けられたのは、小さな黒点。日に日にそれは大きくなっていった。

 暗い闇から目覚めなければ死ぬばかり。職務に忠実であった先代の彼女は、本体を撃退出来ても自身に這いよる暗黒に対してはどうすることも出来ずに最期は闇に染まった。

 既に終わっていたがために、魔梨沙はもうあったことを変えることの出来ない自分の力の無さを痛感した、そんな過去の出来事。そう、ルーミアこそ魔梨沙の恩人である先代巫女の仇である。

 

「それで、魔梨沙ー。次はなにをして遊ぶ?」

「……ちょっとくたびれたわー」

「えー」

 

 しかし、ルーミアは魔梨沙に酷く懐いていた。思わず、気が削がれてしまうくらいに。

 力と共に記憶まで封印されたルーミアは、まるでインプリンティングされたかのように新しい記憶の始まりから眼前に居た先代巫女を親のように慕い。

 自分と同じように先代巫女の後を追う魔梨沙とも次第に仲良くなり。そして、ルーミアは先代の巫女の最期を魔梨沙と霊夢と一緒に涙とともに見送ったのである。

 先代巫女の亡き今、博麗神社にルーミアが現れることは殆ど失くなった。しかし、それでも忘れられないのだろう、彼女は神社の周辺に目的もなく、よく漂っていて。

 だから、紅霧異変の際に、ルーミアが真っ先に霊夢と戦うことになったのも、二人の弾幕ごっこに魔梨沙が手を出さなかったのも、当然といえばそうなのだろう。

 

「まあ、ルーミアがあたしの家付近に来てくれたら、その時には一緒にお茶しましょう」

「わーい。約束だよー」

 

 ルーミアが浮かべるのは何も知らない者特有の、無邪気な笑顔。それに、笑顔を返すことが出来て、魔梨沙は内心ほっとする。

 あまり近寄りすぎては笑みすらも憎く思えてしまうかもしれない。だから、妹分とも敵ともつかない、強いて言うならば友達という距離が二人には相応しいと魔梨沙は考えている。

 

「約束は守るわー。だから貴女もその子を離してね」

「はーい」

 

 そして、何も友達二人は今回遊ぶためだけに弾幕ごっこをしていたわけではない。

 事前の約束通りに、弾幕ごっこで負けたルーミアは魔法の闇で拘束していた【子供】を、開放した。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあまたねー」

「またねー。そうそう、あたしの仕事が増えるから、ルーミアもあまり人を食べたら駄目よ」

「うーん……それは無理ー」

「ちょっとでも考えてくれただけ、有り難いと思ったほうがいいのかしらねー」

 

 横から獲物を奪われた形になるルーミアは、それでも笑顔で魔梨沙と別れる。彼女は見た目通りに子供のような性格であるが、意外と割り切ることが出来る性質だった。

 手を振りその姿を見送ってから、魔梨沙は捕まっていたとても幼い少女の方を見る。戒めから解かれても、少しも起き上がっていないその様子から、どうやら少女は腰を抜かしているようだった。

 そして、園児の制服、スモックとは違う可愛らしい洋服を認めて、遠目で見た通りにやはりこの子は外の世界の人間なのだと理解する。

 そんな外の世界の少女は助けられたというのに、怯え、震えていた。それもその筈、彼女から見れば魔梨沙は、謎の力で捕まえてきた誘拐犯と談笑していた人物である。

 更には外では決して見られない、空を飛び、杖から変な光を発していた魔女のような姿をした存在。不明なそれに無遠慮に見つめられて、少女は瞳に涙を溜めていた。

 

「それで貴女、大丈夫?」

「……っ!」

「ん? 貴女、何か変な力を持っているわねー」

 

 何となく、魔梨沙は自身に働き掛ける某かの力を感じた。しかし、まだ本格的に花咲く前の蕾程度でしかないその力は、恒常的に魔力を身体に通して常人より強靭になっている魔梨沙に影響を及ぼすことは叶わない。

 だが、魔梨沙の心に、興味という感情を宿らせることには、成功していた。

 

「こ、この人にも、効かない……」

「今回はいいけれど、あまりそれ、人に向けたら駄目よー」

「ひ、人?」

「傷つくわー。あたしはこれでも人間よー」

 

 ルーミアのように両の手を広げながら、魔梨沙は弁解する。しかし、箒にまたがり身体を宙に浮かせたままのその言葉は、真剣味を持って少女に届くことはない。

 あ、空を飛べる人間って普通じゃなかったわね、と気付いてから魔梨沙は朽葉を踏みしめ近寄ったが、怯える少女の背は中々幅広な樹の幹から離れなかった。

 仕方ない、と魔梨沙は落涙する手前の一定の距離より近づかないよう注意して、優しく声を掛ける。

 

「随分とルーミアは貴女を怖がらせたのね。全く。あたしのお友達がゴメンねー」

「とも、だち……」

「そうよー。けれども、あたしは貴女に意地悪する気はないわー。あたしは、貴女を元の場所に帰してあげようと思っているの。お母さんやお父さん、恋しいでしょー?」

「お母さん、お父さん……うっ、うぅ……」

「……そうそう。泣くと落ち着くわよー」

 

 泣かせる気はなくとも、そうなるだろうと予想していた魔梨沙は、少女が俯き涙を零すことを受け容れ、そうしてから無遠慮に近寄った。

 

「ほら、寒かったでしょう?」

「……ぅ、うぇえん」

 

 暴れる感情に任せている少女は接近に気づかず、ただ、自分の身体に温かい何かが巻かれたことに気付いてから、顔を上げる。

 そこには、優しく作ったのだろう、笑顔があって。自分の身体には、その笑顔の持ち主が肩まわりに掛けていた紫色のケープがかかっていることに気付く。

 未だ春になってもいないそんな季節、更には温暖化の影響も遠く寒い郷の杜の中にて歩き回ることで汗だくになり、そうしてからバケモノみたいな少女に捕まりすっかり冷えてしまった身体。

 それが、今は暖かい。この温かみが、目の前の魔女から贈られたものであることを理解して、安心を覚えたのか、少女の涙は更に溢れる。

 魔梨沙は、片手で上下する小さな身体を抱き、逆手の人差し指から熱を出すばかりの燃えない炎を発し、少女がこれ以上冷えないように努めた。

 

 

 

「……ごめんなさい」

「どうしたの?」

 

 時間とともに遠慮は減り接触は増え、少女は後ろから抱かれるようになり、魔梨沙の指先に揺れる炎をぼうっと見つめながら、呟く。涙はもう治まったようで、瞼の防波堤を越えるほどにその目は湿潤していない。

 魔梨沙は震えも治まったことを肌で感じながら、少女の短すぎる言葉の意味を尋ねた。

 

「怖がっちゃったから」

「そんなの気にしなくていいのよ。小さいのに偉いわねー」

「もう、五つだもん」

「あたしは……そういえばいくつだったかしらー。まあ、貴女よりは年上で大っきいから、怖がられたくらいで一々気にしたりはしないわ」

 

 あれ、と口にしてから魔梨沙は首をひねる。話には納得を見せたが、何歳か分からないの、と少女から思わず零れた疑問に対して魔梨沙は上手く答えを返せない。

 一つ二つと数えていくとどんどん思考に曇りが出てきて不明になっていく。しかし、これは紫か魅魔様の仕業かしら、と魔梨沙はそんな不明を一度棚に上げて、疑問をそこに忘れた。

 

「うーん。まあ年を数えるなんてこと、ブルーになるばかりだから、止めておくわー。それで、貴女を親御さんの所に送るためにも、ちょっと場所を変えないといけないの。これから、この箒に乗って神社にまで飛んで行くけど、暴れたりはしないでね」

「……危なくない?」

「あたしがギュッと抱きしめているから、大丈夫よー」

 

 魔梨沙は抱きしめたまま少女を持ち上げ、念動で浮かした箒に跨る。そうして、ゆるりと浮かんでから、青空へ向った。

 

「行くわよー」

「わっ」

 

 闇が晴れた空は青く澄み渡っており、果ての地平に乗っかった雲は陽光を浴びて白く柔らかに形を変える。そんな普通は見上げるばかりの世界を不安定にも地に足をつけずに真っ直ぐ望むのが、空を飛ぶということである。

 視点が変われば、世界も変わるもの。付いて行けずに恐れることだっておかしくないが、むしろ天辺に少しだけ近づいたことを面白がったのか、魔梨沙の手の中で少女の落ち込んでいた頬は綻んだ。

 魔梨沙は、外の人間の割に少女は自分の妹のように空中を往く才能がありそうだと思った。何だか奇妙な力を持っていることだし、将来的には自由自在に空を飛べるようになるかもしれない、とまで夢想する。

 そして、その力は何かと問おうと思えば、その前に少女の方から疑問を呈された。

 

「どうやってお空を飛んでいるの?」

「うーん。それは難しい問いねー。この世界には常識に囚われないような深秘があるの。まず、それを曝く。そうしてそれを身に付ければ、気づけば世界から浮いてしまうものよー」

「しんぴを、あばく……しんぴ……」

 

 魔梨沙の言葉は、何やら少女の琴線に触れたようで、二度三度、少女の口の中で解けるまで転がされる。

 怖がらないように低速で飛び続ける魔梨沙は、益々自分に興味を持った様子の少女が更に問いかけてくるのを、微笑ましく見守った。

 

「さっきの、黒いのを私に出してきた人、って何だったの?」

「信じなくてもいいけれど、あの子は妖怪なの。だから貴女を怖がらせたのよ」

「貴女はようかいとお友達なんだよね……」

「そうよー」

「そう……」

 

 妖怪、というものがどういうものか理解はしていないが、少女も魔梨沙が【違うもの】と仲良くしていることを何となく察する。

 少しの間を置き、言い難そうにしながら、少女は今日あったばかりの自分に近い力を持つ人物に秘密を曝け出す。

 

「あのね。私、友達、居ないの」

 

 そうして少女は自分から精一杯離したところにて指を立てる。

 すると、魔梨沙の真似をしたのか、小さな指先から炎がちろり。しかし、その炎は触れたら焼ける、魔梨沙の魔的なものとは似て非なるものあった。

 

「私と同じ子なんて、一人もいないんだもの」

「似たようなあたしがなってあげるー、なんていうのは無責任よね。あたしと貴女は、住む世界が違うもの」

 

 行き来出来たらいいのにねー、と続けながらも、魔梨沙はその可能性をこれっぽっちも望んでいない。

 幻想郷という世界を愛する魔梨沙は、反して外の世界を嫌っており、その二つが通じることなど考えられなかった。

 けれども、どちらの世界にも通じるものはあるだろうと、イレギュラーで出会った別れるばかりの間柄であっても、一期一会の縁を大事にしてあげようと優しく少女に言葉をかける。

 

「友達、っていうのは気づけば出来ているものだと思うわ。家族だけでなく、好きな人達の間は心地良いものよ。きっと、貴女にも自分に合った隙間があるわー。そこを見つけるまでは、一人でいることを恥ずかしいと思わないことね」

「一人を、恥ずかしいと思わない……」

 

 再び、繰り返す少女。

 こんな一度の会話が少女に深く根付き、その人格形成に影響することを知らず、魔梨沙は優しくその茶色がかった髪の毛を撫でた。

 

 

 

「霊夢どこー……あっ、そういえば霊夢は人里に買い物に行くっていっていたわねー。それじゃあ、あたしが最後までこの子の面倒見なければいけないかしら」

 

 そっと掴んできた小さな掌を離さず握り返し、手を繋ぎながら、魔梨沙は目的地博麗神社で紅白の姿を探していたが、しばらくしてその不在に気付く。

 なら仕方ないと、もう一人の妹に身分は譲り渡したが、未だに錆びつかせてはいない巫女の力を使うことを魔梨沙は決意した。

 鳥居の前まで少女を連れて、そうしてから、帽子の中から星の杖を取り出す。

 

「久しぶりだから、あまり自信はないけれど……うん。こうして、こう」

「何をしてるの?」

「時間切れがあるから、ここみたいに安全な場所で何もしなくても貴女は元に戻れるけど、あまり親御さん達を困らせるのも駄目だし。だから、あたしが元の場所に貴女を戻してあげる」

 

 魔梨沙は、随分と【適当】に杖の先端の星を動かし、宙に五芒星等の形を描く。次第に様々な図形は繋がって意味を持って光り始め。

 

 そして魔梨沙は宙に【スキマ】を作った。

 

 リボンでデコレーションされてもいないそれは八雲紫などから見たら、不格好なものであるかもしれないが、しかし鳥居の先が別空間に変じたことを理解した少女は飛び上がるくらいに驚く。

 

「な、何これ?」

「これはスキマ。世界のそういう作用が働くから、きっとこのスキマを潜れば元いた所に帰れる筈よー」

「本当?」

「本当よ、ええと。そういえば、貴女の名前を聞いていなかったわねー。あたしは、霧雨魔梨沙。貴女のお名前は?」

「私は菫子。宇佐見菫子っていうの」

「菫子ちゃん。いい名前ねー。それじゃあ、さようなら。夢か何かと思って、あたしのことは忘れてね」

「え? えっと……」

 

 そう言い、笑顔で手を振り魔梨沙は少女、菫子を送り出す。聡明な彼女は言葉からこれが今生の別れとなりかねないこと理解し、後ろ髪を引かれながらも魔梨沙の方を見ながらスキマへ一歩踏み出した。

 少しずつ、躊躇いながらも菫子は近づいて行き、そしてスキマへ触れるその前に、彼女は思いを込めて言葉を紡ぐ。

 

「あの、あの……またね、魔梨沙さん! ありがとう。私、忘れないから!」

 

 ばいばいで、二人は別れた。

 

「うーん……」

 

 スキマも菫子も失せた静寂の中で、魔梨沙は伸びをして多少の感傷を誤魔化す。

 また会う日まで。そんな言葉を信じられるほど、両者を隔てる壁は薄くはない。それを魔梨沙はよく知っている。

 しかし、魔梨沙がすっかり菫子のことを忘れ去った後になって、その約束は果たされるのだった。

 

 

「あ、あの力がどういうものか聞くのも、忘れてたわー」

 

 未来のことなど知らず分からず。ただ、魔梨沙は菫子の超能力についてだけ、僅かに未練を残した。

 

 

 

 


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