霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

34 / 43
第三十四話

 

 

 

「ふぅ。これでお終いですね……」

「お疲れ様ー。イナバ? それとも優曇華? 鈴仙の方がいいかしら?」

「ええと、魔梨沙様……出来るなら私のことは鈴仙と呼んで下さい」

「分かったわー。これからは鈴仙って呼ぶから、あたしのことも様付けは止めてそのまま呼んで。敬語も止めてくれると助かるわー」

「いえ、輝夜様とお師匠様のご友人に、敬語を使わない訳には……」

「どうせこれから一杯出来るんだから、一々尊敬していてはキリがないわよー。それに、あたしは鈴仙ともお友達になりたいわ」

「っ、そう、ですか……」

 

 魔梨沙の目の前で、長い耳が動揺を表すかのようにくねと、曲がる。月から逃げて、未だ幻想郷で同種を見たことのない鈴仙は孤独な玉兎。

 臆病なために口には出せないが心の内には人間なんて、という思いもある。しかし魔梨沙の温かい言葉自体には感じるものがあった。

 ここ博麗神社の食品庫に永遠亭から持ち込んだ食料等の中で、永琳に一番大事にしなさいと言われた何やら古く酒臭い瓶を安置しながら、鈴仙は隣の魔梨沙の波長をこっそりと感じ取り、それが正気のものであることに気恥ずかしさを覚える。

 戯れ言、ではない。目的も分からないが、それでもこの人間は自分に興味を持っているのだと鈴仙は、理解した。頬が僅かに熱を持ったことを感じる。

 

 そこに、妖獣らしく大きな俵を幾つも持ち上げながら、垂れ下がった兎耳を持ち人参のペンダントを首にかけた少女が現れ、二人の間の微妙な空気を無視して荷物を置いてから、愚痴を溢す。

 

「それにしても、どうして私達二人だけでこんな大荷物を運ばなければいけなかったのだろうねえ。魔梨沙が手伝いを買って出てくれなかったら、往復するようだったよ」

「てゐ。お師匠様の考えだから、きっと何か深い意味があるのよ」

「かもしれないね。でも、いくらやっても解らなかろうと、考えない理由にはならないもんさ」

「それはそうだけれど……」

「まあ、そうして遊んでいる暇もないか。疑問は訊くのが一番。お師匠様のお友達な魔梨沙は何か知っていたりするかい?」

「うん? そうねー。多分、あたしが、永遠亭で興味のある存在として貴女達のことを口にしていたからじゃないかしら。残念だけれど、他の雑多な妖怪兎達は気にならなくて」

「なんだ、そのために私達は貧乏クジを引かされたのかぁ」

「うふふ。宴会料理は腕を奮ってあげるし、貴女達にとっては珍しいだろうお酒もあったりするから大丈夫。今日来たのは大当たりよー」

 

 魔梨沙の言葉にそれは楽しみだねぇ、と返すてゐを鈴仙は横目に見ながら、この妖怪兎はどうして異常な力を持つ人間へと無遠慮に近寄ることが出来るのかと思う。

 天津神が数多存在する月の都に生まれた玉兎である鈴仙でも、純粋に力だけでここまで高いものを持つ存在は中々見たことがなかった。見たとしても、それは頭を垂れて下から覗く程度。

 それほどの実力者が、フレンドリーであることや人間でしかないことということが余りに不可解で、鈴仙にとっては不気味にすら映る。

 高圧的だったり胡散臭かったりした方が、まだ付き合うに易い。それは、頭を下げていれば自分に感情が向くことがないと理解できるからだ。しかし、真っ直ぐに見つめられては無視することは鈴仙には怖くて出来ない。

 何れ、自分も魔梨沙の熱い視線に応じることになるのだろうかと鈴仙も考えるが、小心な彼女は強者達の中心に居る少女にそこまで近づきたいとは未だ思えなかった。

 

「そういえば、今日の宴会には鈴仙が看てあげた吸血鬼や幽霊も来るんだって?」

「そうよー。紅魔館からも、白玉楼からも、永遠亭からも、集まってもらうわ。異変の後片付けのせいで今になっちゃったけれど、関係者全員で酒を交わすことで、少しでも後腐れがなくなるように、っていうのが宴会の趣旨ねー」

「聞くに、そいつらは幻想郷の力関係の代表的な一角らしいじゃないか。それだけの魑魅魍魎相手に鶴の一声を発して、そのかすがいになっているのがあくまで人間っていうのは面白いね」

「何だか今日の宴会を怪しんでいる連中も居るみたいだけれど、あたしはただお友達を集めただけだわー」

「……何、それじゃあ、私も友達ってこと?」

「妹紅」

 

 兎の聴力、そして能力によって倉庫に踏み入ってくる人物が誰かは判っていたが、鈴仙は思わず赤い上等な風呂敷包みを持った白髪の少女の名前を口に出す。

 その相手は、敬愛する姫様と顔を合わす度、飽きずに喧嘩を繰り返す問題児。そんな粗暴な少女を酒の席に呼ぶなんて聞いていない、と鈴仙は妹紅に気を取られている魔梨沙を睨む。

 そうしてから、よく考えたらそんな強気な態度でこの強力な少女に逆に睨まれてでもしたらたまらないと、鈴仙は慌てて視線を落とし、不満げな表情を作るに留めた。

 

「そうなれたらいいなー、って呼んでもらったのだけれど。迷惑だったかしら」

「いや、輝夜が宿を借りている紅魔館に乗り込んできて私まで誘ったのには面食らったけれどさ。まあ、旨い酒が呑めるならいいわよ。別に……あんたのこと、嫌いじゃないしさ。ホラ」

「それは嬉しいわー。えっと、これは……わあ、立派なタケノコを用意してくれたのねー」

「何も用意しないでただ頂くだけっていうのは流石に気が引けてね。それと、鈴仙……そんな不満そうな顔しなくても、流石に宴会で喧嘩することはないわ。離れて、のんびりと呑むから」

「そんなことしなくても、この機会に仲直りしてしまえばいいじゃない」

「っ……はぁ」

 

 きっと迷いの竹林で掘ったばかりなのだろうタケノコを持ち上げ付着した湿った土で手を汚しながら、魔梨沙は邪気なく嬉しそうな顔のまま和解を提案する。

 そんな考えなしな言葉を受け、一瞬だけ不快な表情をした妹紅だったが、しかし何も知らない相手に怒っても仕方がないと、ため息を付いから、改めて口を開いた。

 

「……あのねえ、私はずっと昔、それこそ千年は下らない昔から輝夜を恨み続けていたのよ。そう簡単に、仲直り、っていう訳にもいかない」

「そうらしいねえ。魔梨沙、あんたなら少しはこの子の気持ちが判るんじゃないかい?」

「そうねー……」

 

 いつの間にか隣に来ていたてゐに言われて、浮かれていた魔梨沙は冷水を浴びたように表情を消し、さっと感じ入って悩む。

 黙ってそんな魔梨沙の様を見ている鈴仙は、彼女が恨みを根源として力を得たことを知らない。だが、鈴仙は妹紅が輝夜のことを深く嫌っていることは分かっていた。

 てゐの言った通りに、少しでもその気持ちが分かるのならば、苦笑いと共に諦めることだろう。鈴仙は、そう考えた。

 

「うふふ」

 

 しかし、そんな思いに反して、魔梨沙は気まずい雰囲気の中、とても楽しそうに笑む。誰かが息を呑む音が聞こえる。斜光も遠い薄暗がりの中、どうしてだかその笑顔が鈴仙にははっきりと見えた。

 

「恨まなければ生きてはいけない。そんな自縛はとても強いものって、あたしも知っている。それでも、あたしは諦めないわー」

 

 そのために恨み募らすことになった弱い自分を払拭するために、ただひたすらに力を求める魔法使いの少女は、首元に感じる枷がきっと一生取れないだろうことを認めない。

 そして、妹紅の周囲に幻視できる、鎖の重みを理解しながらも、魔梨沙はそれがどうしたのかと、笑い飛ばす。

 

「たとえ一歩でも、頑張って貰いましょうか。うふふ。あたしが、手助けしてあげるから」

 

 どれだけ短い歩み寄りであっても、一歩は一歩と認めよう。それが大変なことだと理解はできるから。

 難さを推し量れるというくらいで遠慮して、手を取り合って幸せになれる望ましい未来から離れさせてしまうのは、勿体ないと魔梨沙は考える。

 

 

 

 

 

 

 そろそろ去っていった夏の暑さを寂しく思い始めるような、九月末頃。杜の木々の紅葉も始まり、ひらひらと落ちていく赤々と燃え盛る一葉を肴に、夜な夜な神社に集まった人妖達は酒を交わす。

 天を望んで見れば何時もと変わらぬ月があり、その安心感からか下戸以外の者の呑む早さが心なしか上がっているような、そうでもないような。まあ、どちらにせよ先の異変、人里の人間曰く長暮異変の解決を喜ぶ妖怪ばかりがその場に多く見受けられた。

 そして、境内に広くござをたっぷりと敷かれたその真ん中に、何故か間仕切りが一つ。描かれた満月にすすきの絵がそれはそれは美しい屏風は、別段観賞用に置かれているという訳ではない。それは、二人の蓬莱人が喧々囂々と交わることを防ぐため。

 その境を背にして反対に分かれているのは、あの夜からも変わらない輝夜率いる永遠亭組に、間借りしている内に面々と仲良くなった妹紅を中心とした紅魔館組。

 残りの人妖達は離れて、その二組を行ったり来たりうろちょろしている魔梨沙を面白がっていた。

 

「今日は随分と忙しいわね、魔梨沙。銀屏風を挟んで競うように呼ばれて、右往左往。どちらかに腰を据えることは出来ないの?」

「紫、それは無理ねー。だって両方ともお友達だから、請われたら行かなきゃ。……はいはい輝夜、それはロールキャベツよ。中に入っているのは牛さんと豚さんの合挽き肉ね」

「両方、ね……背を向けあっている二人がそれほど気になるのかしら。また貴女は、余計なお世話を焼いているのね」

「まあ、遺恨を消化するという今回の宴会の目的には合っていると思っているわー……おっと、フランドール、急に飛びつかないで」

「えへへー、魔梨沙もこっちでお酒を呑もうよ。無くなっても萃香が沢山出してくれるって!」

「酒臭いわー。もう、顔を赤くして日本酒の瓶なんか持って。フランドールったら、神の血以外もいけたのね」

 

 脇にくっ付いてニコニコと笑うフランドールの頭をゴシゴシと撫でながら、魔梨沙は喧騒の中で微笑む。元々、騒がしいのが得意ではない性ではあったが、慣れによって皆に囲まれている現況も受け容れられた。

 同じように、深い恨みですら対峙し続ければどうしようもなく時が解決してしまうもの。背中合わせで触れ合いもしない低刺激。しかし、最初はこれくらいが丁度いいと、魔梨沙は思い、距離だけを近づけた。

 

「慧音。妹紅はちゃんと呑んでる?」

「心配無用さ。もう何杯目だろう。これまで嗜む程度しか杯を交わしていなかったが、いやはや妹紅殿は私なぞより余程うわばみなのだな」

「慧音!」

「うふふ。それならいいわー。あたしの分も楽しんで呑んでくれると嬉しいわね。うん? 輝夜ったらどうしたの?」

「ほら、魔梨沙も呑みなさいよ。乾杯してから一口しか呑んでいないじゃない」

「あたし下戸だからペースを……むぐっ!」

「全く呑めないってことはないって聞いているわよ。いいから、ちゃんと酒席を楽しみなさいよ」

「ぷはー。やったわね、輝夜!」

 

 そのために、妹紅の眉根が寄ってしまうのはどうしようもないことだが、魔梨沙は険が少しでも優しくなるように動き。また、勝手にセッティングしたのだから勝手にさせてもらうと異変の反省も見せずに縦横無尽に振る舞う輝夜の面倒を見た。

 それがただのご機嫌取りではないことは、魔梨沙の楽しげな表情で明らかだ。

 

「全く、魔梨沙も分かってやっているのかしら。一番異変で苦労しただろうあいつがあんな風に一所懸命にしているところを見たら、傍は受け容れざるを得なくなってしまうってことを」

 

 異変解決の功労者である魔梨沙が、そんな風に気を遣っている様を見ていた霊夢は、そう溢す。

 途中でドロップアウトした自分にはよく分からないが、それでも戦ったらしい相手の事情の間で魔梨沙は笑っていて。そこまで当事者が入れ込むならば、他所の人間が文句をつける事なんて出来やしないと、霊夢は思う。

 だが、同時に霊夢にとって姉貴分がせっかくの宴会であるというのに、自分以外にかまけているというのは、いただけないことだった。

 霊夢は、少し前まで、皆呑んでいるけれど成人前で本当に平気かしらと、妙に心配されながらサシで飲んでいたことを思い出し、その時の楽しさと今の寂しさの違いを思い、珍しく表情を歪ませる。しかし彼女は頭を振って、直ぐに何時もの無表情に戻す。

 

「……いけないわね。唯でさえ奥義を失敗したというのに、こんなに寄っかかってしまうのは。まるで子供みたいだわ」

「ん……別に、いいんじゃないかい」

「萃香」

「つまりは成長途中。焦る気も分かるけれど、ゆっくりすることだね」

 

 独り言は、赤ら顔の鬼に、拾われる。そして、優しく返された。しかし、それが何故かあまり霊夢には嬉しくない。

 

「鬼のあんたに分かるのかしら」

「霊夢だって碌な出自に育ちじゃないだろう。本当なら、あんただって鬼になってもおかしくなかった。それでも曲がらず能力に引かれて全てから距離をとるようにもならなかったのは、きっと保護者が良かったんだろうね」

「……だから?」

「安心しなってことだよ。焦らなくても、立派なお姉さんは居なくならないさ。そうそう一人にしてはくれないよ」

「霊夢ー。台所に大陸っぽい瓶に入ったお酒が置いてあるから、取ってきてくれない? 中身は今回の異変の詫びにって、永遠亭の皆が用意した古酒らしいから、試飲しながら一緒に配って回りましょう」

「ホラ」

「……仕方ないわね」

 

 何時もならば、霊夢は使われることは心底面倒に思う物臭である。しかし、まるで見計らったかのように丁度いいタイミングでの誘いに、思わず彼女の口角は上がった。

 重い腰を上げて見てみれば、様々な容姿格好種族が一人の人間を中心として集っている様がよく分かる。魔梨沙の右手に吸血鬼の妹がへばり付いているかと思えば、何と反対側では輝夜が真似するように手を引っ張っていた。

 レミリアに永琳は従者を引き連れながら微笑ましそうにその姿を見つめ、妹紅ですら明るい魔梨沙に惹かれて輝夜の直ぐ近くまで寄っている。食べ物に気を取られている亡霊姫はともかく、更に離れて策謀巡らす印象の紫だって輪に入っていた。

 

「そういえば、アイツ、どうしたのかしらね」

 

 そんな中に認められないのは、きっと誰よりも魔梨沙の近くに居たいと思っているだろう人形師の姿。魔梨沙が、今夜アリスは都合悪いって、と残念そうにしていたのを覚えているが、彼女が優先した用事とは何か、霊夢は想像出来ない。

 まあ、むしろ仲が悪い方のあいつのことなんてどうでもいいかと、笑い声から背を向けて、きっと上等だろう酒を求め、霊夢は社殿へ向って足を早めた。

 

 

 

 

 

 

 所変わって、ここは魔法の森の、アリス邸。魔法の灯火によって夜中であっても明るい室内には、魔界人に亡霊に妖怪の姿があった。

 博麗神社の酒飛び交う宴会と違い、ここで行われているのは静かなお茶会。紅茶を飲みながら、月に森に人形に、何より会話を楽しむ筈のその会合には、しかし沈黙が降りたまま。

 家の主たるアリスは、旧知の二人、しかし苦手な相手達に対して茶で口を湿らせながら様子を見ていて。そして、魅魔と幽香は、そんな彼女を見て楽しんでいるようだった。

 我が家にいながら居心地の悪さを覚えたアリスは先約を破っても宴会に行けば良かったと思いながら、口を開く。

 

「幽香。この急なお茶会、わざわざ今日を指定したのは、嫌がらせか何かかしら?」

「勿論」

「はぁ……やっぱりね」

 

 果たして、フラワーマスター風見幽香から返ってきたのは優しくない一言。サディスティックな微笑みを受けて、アリスは溜め息を抑えられなかった。

 一応、アリスは友人のつもりではあるが、幽香は関係を深めようとも少しも優しくならない。むしろ、時間とともに、扱いを悪くして来るような、そんな様子すらあった。彼女にとってはまるで苛めがコミュニケーションなのではないかと、疑えてしまう。

 

「全く、気安いことだね。じゃあ、私も単刀直入に幽香に聞こうか。この会を開いた目的ってなんだい?」

 

 気を削がれたアリスが黙ったのを見て、代わりに質問をしたのは魅魔。月夜に増した魔力を惜しげもなく見せびらかしながら、彼女は緑色の長髪を掻き上げた。

 魔梨沙ほどではないが強い力に惹かれる幽香は、しかしそんな魅魔を目に入れながらも一切そそられた様子を見せない。それは、既に特定の者に興味の焦点を合わせているからだった。

 白く細い指先でカップの縁を一周なぞってから、幽香は答えを口にする。

 

「来年の春辺りに、異変を起こそうと思うの」

 

 爆弾発言に一瞬、場に緊張が走る。しかし幽香が同時に浮かべたまるで邪気のないように見える笑顔に毒気を抜かれた二人は、肩の力を抜く。

 

「……来年、といったら確か六十年に一度のアレがある年だね」

「そう。その中で私が能力を使ったら、きっと魔梨沙に霊夢それ以外も全てが私の仕業と簡単に誤解するでしょうね。見るからに増した力と、聞くからに深まった技、そして最近表に出てきた実力者達を一度に味わえる機会なんて、そうはないから楽しみだわ」

「アレ、っていうのは知らないけれど、幽香が今の魔梨沙と戦いたくなるのは分からないでもないわね。でも、どうしてそのことを私と魅魔に伝えるの?」

 

 ちょこちょこと空になって暇となった茶器を片付ける人形の一体を捕まえ可愛がる幽香を、アリスは怪訝に見る。まさか、彼女が友人に迷惑をかけるからと事前に了承をとるような殊勝な心がけを持っているわけがない。

 ならば、この場にどんな意味があるのか、アリスは疑問に思わずにいられなかった。

 

「貴女達二人には、魔梨沙の側に付かないでいて欲しいのよ。私の味方をされても困るけれど」

「邪魔になるから?」

「そんなこと問題にしないわ。実際は貴女達の力はもう見飽きているから、ね」

 

 このお茶会よりつまらない時間で限られた春の日を浪費したくはないのよ、と幽香は続ける。そして、デコピンをして、彼女は手元の人形を転ばせた。

 

「呆れた。まさか七色全てのパターンを見た気になっているなんて」

「芸がない挑発だけれど……乗ってあげようか。偶には私も身体を動かさないとねえ」

 

 幽香の言葉に、逆にやる気にアリスと魅魔の心には火がつく。椅子から立ち上がった二人は、魔導書を持ち、杖を掲げ、臨戦態勢になっていた。

 

「うふふ。いいわ、貴女達は新しい力の実験台にしてあげる」

 

 反して、座しながら何の用意もせずに幽香は嗤う。目論見通りだと、その内で滾る力を遊ばせながら。

 

 その夜、太い二つの光条が天に伸び、消えた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。