霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

31 / 43
第三十一話

 

 

 僅かに欠けているとはいえ明るい満月によって、互いの表情すらよく見える中で、蓬莱山輝夜と霧雨魔梨沙は自前の紅の瞳を持って見つめ合う。

 魔法使いのイメージそのままの魔梨沙の姿を、千年以上迷いの竹林から外に出ていない輝夜はその統一感から地上の民の流行りの衣装かしらと思い、そういえば紫は永琳の好きな二色が混ざった色ねともぼうっと考えた。

 魔梨沙は、昔の人は十二単を着ているイメージがあったけれど、流石にちょっと今風に変わっているのね、でも裾を引き摺り大事にしないのは変わらないのかしら、等と考え相手の隙を伺いながら、口を開く。

 

「そういえば、貴女も不老不死ねー。でも、妹紅とはちょっと違う感じがするわ。宇宙人だからかしらね」

「うふふ。今日この夜にわざわざ妹紅が来たというから、永琳の目を盗んで様子を見に来たら、正解だったわ。貴女みたいに面白い存在が居るなんて。実によく磨かれた、珍しい瞳と力を持っている」

 

 輝夜は、そう言って、周囲の全てが映り込んだ特殊な魔梨沙の瞳の奥を覗き込む。よくよく研磨され能力と化したその紅玉に、彼女は黒い炎を見つけてその美しさに感じ入る。

 地にて擦られた穢らわしさも、その結実が美麗であれば手に取るに邪魔になることもない。下で胡座をかき休んでいる妹紅が思わずムッとするくらいに、輝夜の表情は特別なものを見つけた悦びを溢れ出させていた。

 

「でも、輝夜、貴女が月を欠けさせた下手人なの? よく考えると違うとしたら無駄に時間を食ってしまうだけね。もう、夜を永遠に出来る存在なんて居ないし、早く倒さなければいけないわー」

「あら、月を欠けさせたのは、私の従者よ。もし私が負けたら、止めさせてもいいわ。それにしても永遠、ね。こんな感じかしら?」

「……随分と簡単に永遠の魔法を使えるのねー」

 

 輝夜が夜空に魔梨沙には不明な魔法陣を描いてから後、空は固まった。天は光の瞬きすらも停止していて、レミリア達が停めていた頃よりも、もっと静かな空となっている。

 それを驚く魔梨沙に、輝夜は薄い胸を反らして、誇った。

 

「私は、そんな能力を持っているから」

「そいつはそれだけじゃないよ。須臾……瞬間をも操ってその間に行動することだって出来るんだ!」

「妹紅……全く。ここぞという時に見せて、驚かそうと思っていたのに。まあ、そうね私は永遠と須臾を操る程度の能力を持っているわ」

「へえー。それは、強い力を持っているわね」

「っ、貴女もね……」

 

 突然の暴風に、輝夜も驚かされ、その眉は寄った。魔梨沙の鼓動に合わせて、強く高鳴る魔力が周囲にばら撒かれたのだ。

 おもわず恋しく見つめ始めた魔梨沙も、内心自分の力が増していることに驚いている。それが、自身の力が月人持つ力のあり方すら真似ることで更に純化して、溶けた氷のように容積を増して溢れだして来ているということに彼女は気づけない。

 輝夜は、一人間が持つには多すぎるその力量の不可解さに眉根を寄せていたが、まあ、分からなければ投げ出してしまえばいいという何時もの考えを持って、思わぬ好敵手を歓迎することにした。

 

「さて、誰にも解くことの出来なかった美しき難題、貴女には幾つ解けるかしら?」

「五つの難題だっけ? 仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠のなんとか。ええと、他にどんなものがあったかしら」

「うーん……それを知っている貴女に、旧い難題をそのまま出すなんて芸がないわね。そうね、丁度邪魔も入りそうだし、究極の難題、用意しておくわ」

「ん? あら、本当ねー」

「あ、輝夜様、やっぱりここに!」

 

 輝夜の言に少し待ってから、魔梨沙も接近する何者かに気づく。果たして、竹に遮られた奥から現れたのは、根本にボタンが付いた兎耳を付けた、制服のようなブレザーが特徴的な月の兎、玉兎、鈴仙・優曇華院・イナバであった。

 鈴仙は、師匠である八意永琳と、その主、蓬莱山輝夜に対して恩義から敬愛している。そのため、こうして輝夜を永遠亭へと戻すために遣わせられることも苦とせず、喜々として行っていた。

 そうして、永琳に言われた通りに旧妹紅の家近くにて輝夜を見つけ、何やら剣呑な様子の人間達を無視しながら、鈴仙は主へと声を掛ける。

 

「輝夜様、お師匠様が戻るようにと仰っています。輝夜様が居なければ、術は成功しないとのことで……」

「全く、永琳ったら過保護よね。本当は全て一人で出来るというのに、わざわざ私を立てて縛り付けようとする。まあ、別にいいけれど。直ぐに戻るわ。ただ、この場の収集は頼んだわよ、イナバ」

「っ、輝夜様!」

「ふーん。凄いわねー」

 

 鈴仙や魔梨沙達が見上げている最中、話が終わったその瞬間に、輝夜の姿は掻き消えた。予備動作もない、なるほどこれが須臾を操るということなのね、と魔梨沙は思う。

 

「えーっと……妹紅は分かるけれど、そこの貴女は、何?」

 

 そして、急に後を任された鈴仙は困ったものである。普段から輝夜といい勝負をしている妹紅、それに何やら嬉しそうに冗談みたいな力を吹き上げさせているそんな人間を努めて無視していたというのに、信じていた主の姿は既になく。

 ちょっと臆病な鈴仙は、既に半ば及び腰で声をかけた。

 

「あたしは、この夜の異変を解決しに動いている存在。要は貴方達の敵ね。全く輝夜ったら、夜を止めたまま行ってしまってー。これじゃあ、追っかけてやっつけるしかないじゃない」

「くっ。させない!」

 

 鈴仙は握りこぶしを縦にし、人差指と親指を真っ直ぐ伸ばす、そんな銃を模したような手を向けて、指先から銃弾状の弾幕を放つ。

 牽制の一発を魔梨沙は悠々と避けたが、鈴仙はそれだけでなく周囲に薄赤い銃弾を巡らし、円状にしてから投じてくる。

 魔梨沙は、少しばかり隙間が狭く惑わすように僅かに動こうとも、特に難しくもないその弾幕を避けながら、鈴仙の赤い目を直視して尚、あくびをする余裕を見せた。

 

「ふわぁ。流石に夜遅すぎて眠くなってきたわ。何だかちょっと奇妙な妖怪兎を相手にしている暇なんてないのだけれど」

「私の狂気を操る能力が、効いてない? いや、確かに効果はあるはずなのに……」

「焦がれて狂うことなんて、もう慣れっこよー。うーん……本来の夜明けの時間にもうあまり余裕はないし、誰か、代わってくれないかしら」

 

 感情の波長を乱されて狂気にまで変えられても、魔梨沙は暢気にバトンタッチ出来る誰かを欲している。何時もどおりに見えてしまうのは、言葉の通りに、狂気になんてもう慣れ親しんでいるため。

 弾幕は余裕を持って避けられ、能力も意味を成さない。鈴仙にとってそんな相手は始めてのこと。彼女の中にある怯える心は、益々膨れ上がっていった。

 スペルカードを取り出すのすら忘れて、彼女は闇雲に弾幕を張り始める。そして、そんな心に隙のあるような弾幕は、幾ら濃かろうとも魔梨沙の前では敵になりようもなかった。

 

「そんな、どうして……どうして何も通じないの!」

「……何だか鈴仙が不憫に思えてきたし、私が交代してあげてもいいんだけれど……」

「妹紅はもうガス欠じゃない。あたしが最後までやらなければいけないしら……ん?」

 

 そして、半ば狂乱し始めた兎を見つめながら、魔梨沙が星の杖に力を篭め始めた時、彼女は自身に近寄ってくる何者かの気配を感じ取る。

 現れたその少女の姿は霊夢ほどではないが、慣れ親しんだもの。後を追っていた、彼女はここでようやく追いつく。

 そう、アリス・マーガトロイドはこの日初めて魔梨沙の横に立とうとしていた。

 

「やっと追いついた、魔梨沙!」

「丁度いい所に! アリス、この兎さんの相手は【任せた】わー」

「え、魔梨沙?」

 

 しかし、追いつく間もなく、その背中は遠ざかっていく。ポカンと口を開けて弾幕を縫いながら去っていくその姿をアリスと鈴仙は見送る。妹紅は忍び笑いを漏らす。

 残された者達の中で、一番遅くに気を取り戻したのは鈴仙だった。彼女は急いで、もう見えない後ろ姿を追いかけるために、永遠亭へと飛び立とうとする。

 

「やられた! 追いつかないと……わっ!」

 

 すると、鈴仙の長く伸びたくしゃくしゃな耳に後方から飛来してきたレーザーが掠めた。痛みを覚える前に避けたから良かったものの、下手をしたら耳が大事になっていたと、鈴仙は相手を睨む。

 

「待ちなさい。貴女の相手はこの私よ」

 

 そこに居た相手は、まるで人形のような人形遣い。アリスは隣に人形を侍らせながら、魔導書を開いて、宙に仁王立ちしている。

 向かい合った赤と青、二人の視線は合う。当然のように、狂気を操る程度の能力はアリスに効いて、彼女を狂気に陥らせる、そのはずだった。

 

「うふふ。魔梨沙が私を頼ってくれるなんて初めて。簡単に穴に逃げ込ませはさせないわよ、兎さん」

「ああ、また能力が意味のない相手、かぁ……」

 

 激しい拍動に合った気持ちは正しく狂気。アリスは魔梨沙から送られた初めての任せるという言葉によって、既に狂おしいまでに狂喜している。

 魔道書の力に影響されて、七色に輝き始めた瞳は真っ直ぐに獲物を見つめ、逃しはしないと固く焦点は合わされていた。

 これは迂闊に後ろを見せられない、どうしようもないと腹をくくった鈴仙はしかしげんなりと、狂えるアリスと対面する。

 

 赤青の銃弾は、容易く七色に飲み込まれながら、諦めることなく何度も撃ち込まれた。

 

 

 

 

 

 

 因幡てゐが、霧雨魔梨沙の目の前に現れたのは、人を永遠亭に近づけさせないという約束を最低限守るためだけである。

 端から力量の差を感じていたてゐは、他の眷属を無為に傷つけさせることはないと、永遠亭へと向かう魔梨沙に単独で立ち塞がった。

 弾幕を放ちながら眼前に現れた、見た目ばかりは少女らしく可愛らしいロップイヤーな妖怪兎に、魔梨沙は邪険に散らしていた妖精と対応を変え、面白いものを見たかのように微笑んだ。

 

「誰だか知らないけれど、警告してあげようか。そっちに向かうととんでもない力を持った存在が待っている。今なら引き返せるよ」

「そう? それは楽しみねー。教えてくれてありがとう、兎さん」

「やれやれ。そんなに生き急ぐこともないだろうに。ここいらでゆっくりしなさいな。私の名前は因幡てゐ。そこらの兎とは一味違うよ」

「それは美味しそうね。……でも確かに、貴女からはちょっと魅魔様、つまり神様みたいな力も見えるわー」

「魑魅魍魎渦巻く中で、弾幕ごっこという遊戯で勝ち抜いたとしても、ここまで辿り着けたのは、その賢しい眼が関係しているのかね。証拠に、こうして撃ったところで掠りもしない」

 

 軽口を叩きながらも、てゐは動き回りながら、魔梨沙に向けて赤色の渦が変じて桜色をした米粒状の交差弾と成る弾幕、そして更には青色の渦が若葉色をした同様の交差弾と化す弾幕、そして更には赤か青の小玉弾を対象目掛けて軽く曲げて並べながら殺到させる弾幕、それら三種類を組み合わせて発していた。

 しかし、そんな工夫された避け辛いものであっても、こんなものは通常弾幕の範囲内ねと魔梨沙はものともしない。

 

「仕方ない。どうなるか分からないけれど、変化をつけてみようか」

「……わあ、効率的でどこか狡い。危ないわ。性格を感じられるような弾幕ねー」

 

 掠りもしないで隙間を通って、的確に月光に暗い流れ星を発してくる、そんな魔梨沙をこと弾幕ごっこでは格上だと断定したてゐは、発する弾幕を更に変化させて挑むことにした。

 周囲に生じさせ続けるは、赤と青の渦巻き。魔梨沙の目の前でてゐの姿を隠すくらいに量を増した米粒弾は、一定の時間をもってして色を変じさせながら一斉に魔梨沙の方へと向かっていく。

 多量が眼前で交差し、視界の端から尖った切っ先を持って来るその桜の花びらと瑞々しい葉は、魔梨沙を持ってして中々に無駄がない難しい弾幕と捉えられた。

 しかし、だからといって、わざわざ当たってその美しい様相を乱す理由もなく。流石にその身に掠らせもしたが、魔梨沙は星を更に飛ばしてダメージを与え、弾幕を中断させるに至る。

 

「さて、それではどうしようかな……」

 

 人間を幸運にする程度の能力を持つ因幡の素兎は、与えた幸運を持ってしても避けられない弾幕を持って、相手を優しく落としてあげようと考えていた。

 しかし、少しの幸運も必要とせず、幸運を受けた人間は実力を持って高難易度の弾幕を打ち破っている。これは、邪魔をするどころか敵に塩を送ったようなもので、さしものてゐといえども契約を思えば後悔を覚えざるを得ない。

 だが、自信があり、性格が色濃く現れたその弾幕だけで竹林の妖怪たちを下してきたてゐは、スペルカードなんて非常用の一枚しかもっていなかった。どうしようかと、彼女は一瞬葛藤したが、目の前の年若い少女のことを思えば直ぐに答えは出る。

 長生きしているてゐは魔梨沙の内面に、力を求める心を察していた。

 

「迷うことはない。今が非常時だ。……人の子をわざわざ修羅の道へ行かせることもないだろう。「エンシェントデューパー」」

 

 そう言い、てゐは軽々とスペルカードを切る。そして彼女は幼子を迎えるかのように、その手を開いた。

 てゐが広げた手の先には、強い力が集まり、赤い光を成す。そして、そのまま左右に力が伸びて赤いレーザー光線のような様相を呈した。

 それでは真正面には何も出来ず、まさか振り回すのではと思った魔梨沙であったが、奇っ怪にもそのレーザーは二つに割れて、真っ直ぐ前後に向く。つまり、魔梨沙の左右移動を制限するかのように、レーザーは二人の左右を走っているのだ。

 しかし、それでも上下前後の移動は自由である。勿論、ずる賢いてゐの弾幕がそれだけで終わるわけはなく、かなりの速度をもってして青い小玉弾による水しぶきかサメの背びれに見立てたかのように、直線でなく曲がって面を向けてくる弾幕が周囲に次々と展開して幻想郷にはない海面上へと誘わせていく。

 素早く辺りに広がっていく青を辛うじて避けていると、今度はレーザーの上を兎の跳ねる軌跡のように赤い米粒弾が並んでいることに魔梨沙は気付いた。

 それが二重三重、そして四重と並べられたとき、もしやと思った魔梨沙がてゐに近寄ろうとするその直前に、兎の軌跡は爆発する。

 いや、実際にボムのように破裂したわけではない。だが、それと錯覚する程の速度を持って爆ぜたかの如くに赤い米粒弾は空間に広がって様々に交差し魔梨沙に素早い回避を促した。

 

「これは……くっ、最初から近寄らなければいけなかったのね!」

 

 あまりに速すぎて血しぶきの様に映るそれを、避ける魔梨沙に最早余裕などない。しかし、彼女は気付いていた。事前にてゐの前に居れば、展開する前で避けるに易い青い小玉弾の回避に専念するだけで済んでいたという、そのことに。

 そうしていれば、きっと比較的容易く避けることの出来る良心的なスペルカードといえるだろう。しかし、どういう展開の仕方をするか不明な時点で近寄るわけにもいかず、初見はどうにも離れて見つめざるをえなかった。

 そのために、必死の回避は行われる。騙された、と魔梨沙は思う。しかし、騙された方も悪く、なるほどそのようにすれば力を入れすぎずとも容易く相手を下すことも可能なのだと、魔梨沙は強く再確認した。

 

「……きゃはは! なるほどこれも力の使い方の一つ。一つ学んだわ。――でも、強い力を賢く用いれば、どこまで相手を落とせるのかしらねっ!」

 

 最後に発した疑問は輝きを増した宙に解けて、答えは返ってこない。しかし、効率良く使うこと素晴らしき実感得て喜びに満ちている魔梨沙は嬉々によって限界を超える。

 凄まじい勢いで迫り来る弾幕を、鋭く見つめて隙間を捉え、最小限の回避を持って、辺りの赤青全てを置き去りに魔梨沙は前進した。

 

「アレを避けきるなんて……とんでもないね。弾幕があんたから逃げていくような錯覚すら覚えたよ」

「どういたしまして」

 

 そうして、向かい合ったは、至近距離。相変わらず、小玉弾は展開されているが、それだけを避けるというのは魔梨沙には難しいことではない。

 対面し、魔梨沙の服はボロボロで傷だらけの全身の中で宝石のように美しい瞳を見て、てゐは自身の推測に間違いがあったことを理解した。

 

「ああ、あんたは夢見る少女なんだね」

 

 そう、修羅ではない。これは、もっと純粋なものであると。それを理解したてゐは、向かい来る紫の大群の前で、笑みを漏らす。

 そして、流星によって、神性を持つ妖怪兎は墜とされた。

 

 

 

 

 

 

 無限に続いていそうな広く長い板張りの廊下の奥、そこには果てが望めないほど広大な異界が広がっていた。

 その空に鎮座するは、本物の満月。しかし、残酷なまでに青白い光で周囲を平等に照らすそれは、最早何時もの月とは程遠いものであった。

 忌まわしく狂おしいその月。そんな太古の本当の姿を知っている二人の蓬莱人は、過ぎたる月光の下にて、会話を交わす。

 

「――永琳、貴女には本気を出してもらうわ」

「……輝夜、本当にいいの?」

「あ、勿論事前に決めたとおりに、やるならスペルカードルールっていうので戦ってね。その中での本気ってこと」

 

 真剣な顔をしていると思えば、綻ばせて。興奮し、そうころころと表情を変える輝夜の近くで、八意永琳は渋面を作っている。

 それもそのはず、彼女は元月人。尊さにおいて、彼らの右に出るものはなく、そして八意永琳はその中でも最高の力と頭脳と歴史を持っていた。

 そんな永琳が本気に成ることなんて、まずないことである。何しろ、彼女は強い力を賢く使う者の代表のような存在。僅かな力で最高の結果を出す、それを恒常的に行いすぎて好んでいるどころか最早癖にすら成っている。

 

 そのことを知って尚、本気を出させようとする輝夜の気が、今ひとつ永琳には分からない。

 確かに、幻想郷にも強い存在が居るだろう。下手をすれば永琳であろうとも負けてしまうような、そんな者も居るかもしれない。

 しかし、只の人間にルールの上に制限されているとはいえ最中で本気を出すとは、そんなことは永琳にとっては最早大人げないを通り越して愚行にしか思えなかった。

 

「ルールがあるとはいえ、力を抑えても負けるようなことはそうそうないと思うのだけれど。それでも、輝夜。貴女は私に本気を出せと?」

「うふふ。今宵の貴女は従者ではなく、私が用意した最高の難題。むしろ、手を抜かれたら私の程度が疑われるわ」

 

 輝夜は笑う。月の賢者と呼ばれた彼女の、計算違いを面白がって。只の人間と、輝夜は永琳に教えたのだが、相手がそれだけでないというのは明白だ。

 そう、霧雨魔梨沙は輝夜に届きかねないほどの力を持った存在。輝夜と対等な存在の妹紅を既に下している、そんな少女。そんな情報を教えられず、しかし察してはいるのだろう永琳は、少し悩んでから、答えを出した。

 

「そう。そこまで言うのなら、いいでしょう。従者でもなく、賢者でもない。八意永琳の本気を魅せてあげるわ」

 

 編み込まれた銀の髪を後ろに流してから、そうして、賢者は重い腰を上げる。

 天は止まれども、時は止まらず流れ、やがて、魔梨沙と永琳の対面の時は自ずとやってくるだろう。

 夜明けの時間は直ぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。