霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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第十五話

 

 

 

 じゃり、じゃりと箒が土を撫でる音がする。それは一つではない。あまり元気のない音色のものも含めて、合計五つ。そんな、地道な清掃の音が、白玉楼に響いていた。

 それは、異変を起した二人と、解決をしに来た三人が、共になってとても大きな桜から散った花びらを集めているためである。特徴的な服装の一団が箒を揺らす、珍妙な光景の発端は単純なもの。

 事の翌日、傷口に軟膏とガーゼを当てて包帯でぐるぐると処置された魔梨沙が気を取り戻してから幽々子が持ちだした提案、沢山の春を集めた西行妖の花びらを使えば早く幻想郷に春を戻せるから皆で集めましょう、というものに魔梨沙が先頭になって皆が乗ったからだった。

 咲夜が自らの能力によって早く済ませようとしたのを、幽々子と魔梨沙がここまで来たらせっかくだから苦労は皆で分ち合おうという旨の言葉を述べて止めたため、始めてから半刻は経とうとしているのに地面は未だ桜色が目立つ。

 

「あー、やっぱり面倒だわー。幾ら掃いても全然終わりが見えてこないなんて」

「幽々子、あんたが言い出したことでしょ。魔梨沙なんて怪我してるのに手伝っているのよ。本当に早く春を戻したいのなら、しっかりやりなさい」

「あたしにとってはこれくらい怪我に入らないんだけど……はいはい。分かったから、睨まないで霊夢。そうね、まあ無理しないでやりましょう。どうせ、今日一日皆でやっても終わらないかもしれないくらいの量だし」

「そうねー。毎年庭の桜の掃除は妖夢と幽霊たちに任せちゃっていたけれど、これもいい経験だわ。地道にやりましょうか」

 

 苦労を背負いたいという自分の言葉に後悔はないが、それでも慣れないことを始めた面倒から来る愚痴は止められなかった。しかし、無理して掃除を手伝ってくれる魔梨沙に無理をしないでいいと言われたら、流石に自らを恥じて身を正したくなるもの。

 周囲を巡る幽霊の一匹を可愛がりながら幽々子はやる気を取り戻して、バサバサと箒を操り始める。

 

「さっきから思っていたのだけれど、幽々子、貴女は掃き散らかしているわ。だから中々進まないのよ。そうね、霊夢辺りの真似をしたらどうかしら」

「あらそうなの。あまりこっちを見ていないと思っていたのだけれど、よく気づくわねー。流石はメイドさんってところかしら。やっぱりこういうことには慣れているの?」

「掃除には慣れているけど、そういえば庭の草木の世話は美鈴に任せっぱなしね。ましてや桜の花びらの片付けなんて、初めての経験じゃないかしら」

 

 そう言いながらも、掃き掃除をする咲夜は達者なものである。いや、むしろこの場において掃除が苦手な者など幽々子しかいないようだった。

 従者であり白玉楼の世話に慣れている妖夢はもちろん、暇な時に境内の掃除をしていて経験豊富な霊夢も、そして普段から箒を手放さない魔梨沙だって掃除のイロハを知っている。

 下手に掃いて花びらを浮かばせている幽々子は、桜色と遊んでいるようにも見えた。そんな姿を横から覗いていた霊夢は、彼女の最後の弾幕を思い出し、そして苦労させられた反魂蝶について考えを至らせる。

 

「そういえば、聞きそびれていたけど、幽々子がこの桜に吸い込まれてから始まったスペル……でいいのかしら。当たっても死にはしない程度の威力だったからそうだとして、あれはあんたがやったことなの?」

「そうねえ。西行妖の中に居た時は眠っていたけれど、夢に見たわ。そう、あれは【私】がやったこと。たとえそれが生き返ろうと足掻いていた蝶でも、私は私。皆には迷惑をかけちゃったわね」

「胡蝶の夢ねぇ。でも、あたしとしては、夢の中の蝶の羽ばたきの責任を人間が取る必要はないと思うけれど」

「うふふ。それで怪我した貴女が言うのなら、そうなのでしょうね。分かったわ、蝶の私なんて、もう忘れてしまいましょう」

「それがいいわー」

 

 竹箒の柄で口元を隠しながら、幽々子は笑む。つられるように、魔梨沙も口元を緩ませた。

 そして、妖夢と霊夢はその会話を理解できずに首を傾げて、咲夜は自分が分からなくても問題ないと黙って掃除を続ける。

 

 そんな風にして、時折喋ったり集中したりしていると、どこからともなく、ぐぅという音色が鳴った。いや、大きなそれが誰から発せられたのかというのは、四対の視線が教えてくれる。

 もう時間は早朝から昼になっているとはいえ、随分と騒がしい腹の虫に、幽々子はお腹を押さえて恥ずかしがった。

 

「あらやだ、私ったらはしたないわー。ごめんなさいね、我慢していたけれどお腹ペコペコで」

「幽々子様……はぁ。そうですね、そろそろお昼の時間でした。朝と同じく私が作るつもりだけれど、皆も食べるかしら?」

「太陽を見る限り丁度お昼みたいだし、それにそろそろ休みを取った方がいいとも思っていたし、皆お昼食べた方がいいわね。お願いするわー」

 

 偶然か否か、時刻は十二時丁度。朝から体を動かしていた皆も、魔梨沙の言葉に異見があるものはないようで、そのまま話は進む。

 気を利かせ先んじて皆の持っている箒を集め出しながら、咲夜は妖夢に提案をした。

 

「朝に皿を片付けた時にざっと見た感じでは私も手伝えそうだけれど、他人に台所を荒らされるのは嫌かしら?」

「ううん。そんなことはないわ。手伝ってくれるのならむしろ有難いかな」

「それなら私と霊夢も参戦するわ。うふふ。これでもあたしは味にうるさいのよー。お菓子作りと薬草の調剤で慣れているし、調味料の調整は大得意だわ」

「なんで私まで勝手に……全く、しようがないわね。こうなったら幽々子、貴女も道連れよ。全員で作ろうじゃないの」

「あらあら。面白くなってきたわね」

「うーん。台所に皆が入れる余裕があるかなー」

 

 頬をかきながら、妖夢は五人の人手でごったがえす台所を想像する。思い描く中では何とか入れそうであるが、そのまま作業するには流石に狭いために、外でやってもらう必要も出るなと、考える。

 しかし、何だかんだ何時も一人で料理しているばかりであるために、主を含めて皆でやるということには期待が大きく、喜色を隠せない妖夢であった。

 

 

「へぇ。夕飯に沢山の種類の天ぷらが出て来たことを考えると当然かもしれないけれど、中々冷蔵庫の中身は充実しているわね」

「雪を掘ったら出て来たわ。何? この、触手だらけの生き物」

「霊夢、それはイカよー。なま物だし悪くなるといけないからあまり触っちゃいけないわー」

 

 妖夢が霧の湖から切り出してきた氷で冷やされている冷蔵庫の中には春物の野菜がどっさりとあった。それどころか鶏卵も牛肉も、挙句の果てには海のない幻想郷では手に入らないはずのイカまで雪で冷凍保存されている。

 野菜に関しては、冥界でどこからか幽霊が取ってきた山菜や妖夢が栽培していたものであり、幻想郷由来で不自然ではないものだ。だが、妖怪みたいな生き物だと霊夢が触れているヤリイカや肉類に関しては別のルートからのものである。

 それがあるのは自由に幻想郷と外界を行き来できる八雲紫と西行寺幽々子が知己であり、幽々子の突飛なリクエストを受けて紫の式神八雲藍が度々食材を届けに来ているためだった。

 

「人里ではまだ冬物が主流なのに、凄いわねー」

「冥界のものはちょっと薄味気味だけど、旬だから美味しいわよー」

「あら、里芋があるの? 偶には和食を作ってみようかしら。里芋とイカを一緒に煮物にしてみるのもいいわね」

「あ、魔梨沙の好きなわかさぎもあるわよ」

「好きだけど……先日会ったことだし、何だか姫様を思い出しちゃうわね」

「おひつの中のご飯だけで足りるかしら……大丈夫ね」

 

 様々な見た目をした一行であるが、冷蔵庫の中を見ただけで、わいわいと騒ぎ始めるのは、一様に少女らしくあるのかもしれない。

 勝手が分からず、ただ後ろで笑んでいる幽々子を含めて、この場の空気に熱を感じて楽しんでいる。やがてそれぞれに動き、あまり協調性はないがしかし経験の少ない幽々子を蔑ろにしない程度には纏まって、料理を始めた。

 

 意外にも、大体においてつつがなく調理は進んでいく。焼くに煮るに揚げるに、コツを知っている彼女たちは、喋りながらもそうそう間違いを起こしはしない。

 まあ、咲夜や妖夢の包丁さばきが手品染みていたり、横着した魔梨沙が水を魔法で出そうとして黄色いネバネバした粘液を出すという問題を起こしたりはしたが、辺りには次第に香ばしい匂いが立ち込めるようになる。

 たんこぶ一つ怪我を増やした魔梨沙が反省して味付けに味見に精を出せば、後は見た目を整える段階になり。そこら辺の美意識は幽々子が長じていたようで、盛り付けの大体を彼女が担当した。

 

「これで全部?」

「そうね。これで出来上がりー」

 

 食卓を彩るのは、冷えているがもっちりとしたご飯に、カラッと揚がった塩味のわかさぎの唐揚げ。そして湯気を立てていい香りを広げる里芋とイカの煮物、さっぱりと大根おろしのかかった揚げ出し豆腐。

 後は良い色をした菜の花のおひたしに、具の根菜類が騒がしいお味噌汁。最後に、各々に香りのいい緑茶が配られた。

 ごはんは、大盛り。おかずはそれぞれ大皿に乗っかっており、豊かに小山を作っている。お味噌汁の器もこころなしか、大きい。座り、そんな様子を眺めた霊夢はポツリと溢した。

 

「……ちょっと、調子に乗って作りすぎちゃったわね」

「あたし、味見しすぎちゃったから、こんなに沢山食べきれるか分からないわー」

「大丈夫でしょう。私の見立てでは、幽々子が鍋の中に残った分も含めて大半を食べてしまう筈だわ」

「ちょっと、幽々子様をそんな大食漢みたいに……まあ、私の倍食べることもあるのは事実だけれど、そんなに食べる筈は……」

「あらあら、何時もは腹八分目も行かないで止めていたけど、今日はお腹いっぱい食べられそうね。お腹の虫とは当分さようならできそうだわー」

「ほらね」

「ええっ、そんな、本当ですか幽々子様ー」

 

 普段あの量で八分も満足できていなかったのですか、と驚く妖夢に向って、幽々子と咲夜は笑みを漏らす。二人とも本当のことを言っただけであるが、こうも素直に反応されるとそれはそれで愉快である。

 何時もからかわれがちな霊夢は自分を見るような気持ちで情けない表情の妖夢を見て、魔梨沙はただうふふと微笑んだ。

 

「って。あれ、何か聞こえない?」

「あら、この音楽は……」

「うるさいわねぇ。どこのちんどん屋がやって来たのかしら」

 

 そんな食前の一幕が終わろうかといった頃になり、外で春らしく明るい音楽が奏でられていることに気付くものが出てきたために、何事かと近くの霊夢は障子を開けた。

 すると、寄ってきたのは、黒色、薄桃色、赤色の人影。同色のとんがり帽子を被ったその三人組は、ルナサ、メルラン、リリカのプリズムリバー三姉妹。

 三人共に、昨日魔梨沙と咲夜の手によってやられて果たせなかった花見の盛り上げ役の、その埋め合わせをどうするか幽々子に相談しにやって来たのだった。

 

「あ、プリズムリバー三姉妹じゃない。昨日はごめんねー。」

「……別に、こちらから仕掛けた弾幕ごっこだから、負けても気にはしていない」

「ただ、そのせいで昨日予定していた花見での演奏が出来なくなっちゃったから、主催者のお嬢様に一言謝っておかないと思って」

「お昼時に来たのは、あわよくばご相伴に預かれればと思ってのことよー」

「あ、メルラン姉さん、それを言っちゃ駄目じゃない!」

「うふふー」

 

 冗談を言うメルランに、わざと来るのを遅らせて本当に一食を浮かすことを狙っていたリリカは慌てる。

 そんな末っ子の思わぬ小さな悪巧みに、メルランは笑顔になるのを隠せなかった。そんな彼女の気持ちがトランペットに乗ったのか、周囲には明るく和やかな空気が流れていく。

 

「あらあら、丁度いただきます、をする前だったから良かったわ。皆で食べましょう。それと、お花見の事に関しては、昨日は私の方もそれどころじゃなかったから気にしないでもいいわ」

「ご飯も頂けるなんて、それではますます私たちの気が済まない……」

「流石にサボタージュしてしまったことは反省しているし」

「何でも、は無理でも私たちに出来ることなら手伝うわー」

「じゃあ、こうしましょう。ご飯を食べたら貴女たちには昨日の代りに楽器じゃなくて竹箒を操ってもらうことにするわ」

「箒……?」

 

 そうして、その日白玉楼で昼ご飯を食べる人数は八人を数え、三姉妹の音楽により騒がしさをましたその食事は外に向かう全ての戸を開け放つことで花見の様相を呈するようにすらなっていった。

 流石に、これから作業があるために酒は出なかったが、皆お茶を味わい桜の続く遠景を楽しみつつ飯を食んでいたら、誰かさんが食べ過ぎてしまったのか、鍋の中どころか夜用に残しておいたおひつの中身も空になって消えてしまう。

 主が従者にたしなめられてから、この小さなお花見会はお開きとなり、そして幽霊用の箒も借りて八人で、桜の花びらを纏める作業に勤しむことになる。

 意外にも騒霊演奏隊の皆は物体を操るのが得意なためか掃除が上手であり、相変わらず桜と戯れているように見える幽々子とは比べ物にならないくらいの戦力になっていた。

 しかし、ルナサたちが気を利かせているつもりなのか常に楽器で音楽を響かせ続けるのはマイナスにもなり、霊夢が最中にうるさ過ぎるという旨の言葉を発したのは一度や二度ではない。

 そうして音楽に会話に騒がしいまま夜が来て、大体が一つどころに集まり桜色の山ができてからようやく掃除も終わりになった。

 

「今日は皆ありがとう。これで明日から幻想郷に春を返せるわー」

「幻想郷から春を奪った犯人が、言うような台詞じゃないけれど、まあいいわ。あーあ。疲れた」

「お疲れ様ー。さすがにあたしも少しくたびれたわ。しかし怪我ももう痛まないし、あの軟膏もよく効いたものね。後でどう作っているのか教えて欲しいくらいだわ」

「能力も使わずにこんなにゆっくりと掃除したのなんて久しぶりだから、いい骨休みになれたわ」

「皆と、特に幽々子様とお掃除を一緒出来たのは楽しかったわ。またこういう機会があればいいな」

「……霊力を使わない掃除もいい経験になったわ」

「美味しいご飯をご馳走になれたし、キーボードも沢山音楽を吐き出せたし、今日はいい日だったわ」

「お花も沢山見れて、いっぱいお話出来て良かったわ。それじゃあ皆、さようならー」

 

 そして手を振り浮かび上がるメルランを皮切りにして、三々五々皆それぞれの場所へと帰っていく。

 遠くへ行ってもひときわ目立つ、ゆっくりと遠ざかる紅白の姿を最後まで見送ってから、やがて幽々子と妖夢は二人きりになった。

 

「それじゃあ、妖夢。明日は早くから幻想郷の桜の木の下にこのたっぷりと春の篭った花びらを蒔くつもりだから、お夕飯も早くお願いねー」

「分かりました。幽々子様も中に入ってゆっくりとお休みください」

「わかったわー」

 

 そしてご飯を炊くことから始めるために妖夢は急いで屋敷の中に入り、幽々子は何故か西行妖の前に残ることで一人きりになる。

 懐から取り出した扇をバサリと開いて、そうして幽々子は絵柄と枯れ切った妖怪桜の境を覗き、そうして一言。

 

「今日は楽しかったわ、紫」

「それは何よりね、幽々子」

 

 宙に話しかけるその声に応じるかのようにスキマは開き、そうしてまた、二人きりになった。

 

 

 

 

 

 

 夜桜というには、桜色は近くに山になっている分しかないが、それでも千年以上も生きてきた大樹の下ともあれば、地べたに残る色合いだけでも満足できるもの。

 その西行妖に昨日起きたばかりの痛々しい亀裂を目にしながら紫は、幹に手をやりその凹凸を実感する。

 

「まさか、こんなにも早く、何も恐れずこの桜に触れられるようになるなんて、思いもしなかったわ」

「あら。紫でも昨日のことは想像できなかったのかしら」

「霧雨魔梨沙の働きは、私の想定の外を行っていたし、それに少し妖夢の実力を見くびっていたわ。まさか、二人で封印の解けかかった西行妖にここまでダメージを与えられるなんて。霊夢が二重目に掛けた封印結界も見事だわ」

「ふぅん。なら、私が春を集めるのも、それが無駄であることも、想定の範囲内であったわけね」

「そう、ね。黙っていてごめんなさい」

 

 しおらしく、紫は謝る。大半を眠っていた冬の間に起きた今回の事件ですら、結末以外彼女の想像の域を出ないものであり、つまりは親友が西行妖の封印に使われた自分をそれと知らず生き返らせようとしていたことすら予想出来たことだった。

 もし、幽々子が自己の亡骸を生き返らせることに成功していれば、まず亡骸の幽々子は千年の月日を一重に浴びることで直ぐに死に、亡霊としての幽々子も消滅していただろう。

 そんな、無駄で危険な行為の原因は、全てを知る紫が一部も喋らなかったことによっている。そこには、何も知らず、ずっと安らいで居て欲しいという願いもあったが、それが西行妖の魔力によって台無しになってしまうことも予期しうる事態であり。

 結局のところ、普段の幽々子があまりに幸せそうであるから、優柔不断にもそれを紫が言い出せなかったがために、今回の異変は起きたと言ってもいい。

 

「まあ、別にいいわ。紫が黙って悪事を行うのは何時ものことだし。気になるのは、まだ幻想郷は冬の筈なのにどうして今日、昨日も起きているのかってことね。何か西行妖に仕掛けをしていたの?」

「これが危険な代物だって散々分かっていたから、封印が解けかけるまで行ったら判るようにしていたのよ。見に来たら、妖夢はまるで妖忌みたいに死の概念を斬っちゃうし、霧雨魔梨沙は力押しで西行妖を打倒しちゃうし、驚いちゃったわ」

「前から言っていたわよね。霧雨魔梨沙という人間は運命に囚われていないから面白い、って。時折実力を確かめていたみたいだけれど、期待以上に育ったみたいねー」

「本当に西行妖を滅するつもりだったら、スパイシーな、とでも形容して破壊の吸血鬼から学び取った破壊力を引き出して消し飛ばしていたでしょうね。幽々子が中に居たから避けたのでしょうけど、どうしてあんなに危ない子になっちゃったのかしら」

「うふふ。今から紫が育てなおしてみればいいんじゃない?」

「まさか! そんなことをしたら魅魔に嫉妬されてしまうわ」

 

 今回の異変は、特に魔梨沙のために予想が変っている。本来ならば、封印を完全にするためにかかる人足にタイミングが揃うには何百年もかかると紫は考えていた。だがしかし、厄介な妖怪が居た場所には今や枯れ木が残るばかり。

 千年前には妖忌と共に何とか西行妖の封印をした紫であるが、完全封印を成すには結界の力は繊細過ぎていた。その時欲しかったのは西行妖本体を傷つけ弱められるようなもっと大雑把で強いばかりの力。

 それが当時にはなく、そしてそれは妖夢と霊夢を紫たちの代替にして昨日【偶々】揃ったのである。

 人間のくせに生粋の魔女と同等の純粋な魔力を持っていて、その力の扱いに並々ならぬ練度を誇る魔梨沙は、強者を真似ることで今や幻想郷でも随一の火力を誇るようになっていた。

 才能もあるが、それが十幾年によって育てられたものだと思うと、師匠である魅魔の手腕も大したものであると言わざるをえない。

 

「それにしても、要らないのなら、とこちらに引き込んだあの子がねぇ……」

 

 しかし、本当に、人間というのは少しの間に変ってしまうものだと紫は思う。紫が想起したのは、霧雨店の皆が何を言っても機械的な反応しか示さない幼き頃の魔梨沙。

 そんな傷ものの人間から才を見出し一時的に引き取り、余命僅かな自分の跡取りにと修行を課した先代巫女。そしてそんな魔梨沙に力に焦がれる内心を見付けて見事に横から掻っ攫った魅魔。

 二人の間で揺れたが結果的に魔道に踏み出しつつ、それでも幼き魔梨沙は懐いていた先代巫女の元に通い続けて、そして彼女が亡くなる数年前に拾った赤子と生れたばかりの妹に触れることで次第に感情を取り戻していった。

 その頃から紫は魔梨沙の存在を面白いとは思っていたが、ちょっかいを出すにつれて違和感を覚えるようにもなっていく。

 それは魔梨沙がまだ幼い霊夢の代わりにと、紫も想像したことがないような幻想郷の外の異世界や異界と関係した異変に関わることで顕著になっていった。

 

 その根本にある【鬼のよう】に純粋な魔力どころではない異常、それは魔梨沙がこちらの計算した運命を超えたところを己が道としているということである。何か不明な事態が起これば、そこで主役を張っているような、そんな存在。

 スペルカードルールを制定してから最近は落ち着いてきたと思っていたが、先の紅霧異変からまた、少なからずこうなる筈だという紫の目算が外れたところで相変わらず魔梨沙は活躍していた。

 それがいいのか悪いのか、紫にも不明だ。今のところ悪いようにはなっていないのでいいのだが、未知数と踊る魔梨沙は駒として扱うには非常に難しいところがあり、あまり目を離せないといったところ。

 聞く所によると、前世らしき記憶を持っているそうであるが、それが何を意味するのか紫には分からない。今度魅魔に細かいことを聞いてみようかしらと、そう考えたところで、隣で隠さずに披露している幽々子の意味深な笑みに気付いた。

 

「うふふ。紫ったら、本当に欲張りねぇ。普段から霊夢を気にしていているのに、魅魔っていう師匠がいる魔梨沙まで気にしてしまうなんて。気の多い子は嫌われるわよ」

「それなら私は幻想郷一の嫌われ者ね。何しろ私は強欲にも幻想郷全てを愛しているから」

「だから、その中心となる巫女と、把握しきれないところで中心となっている魔女を気にせずにはいられない。全体のために画策し続け、誰に認められなくてもいいと嘯きながら。全く、悲しい管理者の性ね」

「そうね……でも私は友人に恵まれたわ。そんな私の有り様を誰より知っている貴女に認められているおかげで、私は憂いなく【八雲紫】として生きて行ける」

「あまり無理はしないで欲しいけれどねー。うふふ」

 

 全ての苦心を理解しているかのような、包容力のある幽々子の笑顔。それによって、紫の中の働き続けている部分が和んだ気がした。

 無理にでも、八雲紫は幻想郷を維持するために働き続ける。しかし、友と語らう今ばかりは、その凝りが少しは取れたようであった。

 

「ああそうだ。そういえば幽明結界が霊夢のせいで一部壊れて緩んじゃっているのよねー。何とかならないかしら」

「それのことなら私に考えがあるのよ、それは……」

 

 しかし、そんな合間も僅かでなくては隙間にならない。紫がただ親愛に感じていたのは短かった。

 再び八雲紫は胡散臭さを身にまとい、浮かんだ笑みを隠す。そうして、再び彼女は悪巧みを始めるのだった。

 

 

 

 


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