霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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第十二話

 

 

 

 十六夜咲夜にとって、霧雨魔梨沙との関係は、ただの知り合いでしかない。いや、ただのというには複雑ではあるが、それでも個人の付き合いとしては決して深いものでないのは間違いなかった。

 自身の主人であるレミリアいわく、フランドールの運命を変えてくれた相手として、個人的にも恩義は感じているし、美鈴と格闘ごっこをして汗を流す姿も中々様になっていて、見た目も嫌いではないものだ。

 そして、話をしてみても、殊更奇妙なところはなく、パチュリーに言わせれば力に惹かれ過ぎているそうであるが、浅い会話ではそういった部分も見受けられない。

 個人的に気になる所はないために、良き隣人として、悪い仲にさえならなければいいなとは思っていたが、別に深い仲になろうとも考えてはいなかった。

 

 しかし、近頃は縁があって、少し知り合いという間柄では窮屈になってきている。

 きっかけは、暇を持て余したレミリアの気晴らしも含めた彼女の計画によって、咲夜が人里に珍しいものを買いに出かけた日のこと。

 ただのお使い。とはいえ、それは幻想郷の中では咲夜にとって初めてのことだった。

 

 本来なら、幻想郷の人間は人里との関わりなしに生きていくことは難しい。妖怪だって、種族独自の文化なしには満足に生活出来はしないのだ。しかし、咲夜、引いては紅魔館の面々は文化的な、それも西洋的な生活を満喫出来ている。

 それは、現在に至るまで、紅魔館にはパチュリーの魔法のお陰で外の世界とのルートが残されていたためだった。おかげで、幻想郷ではずっと閉じて生活することが出来ていたのである。

 しかし、先の異変で大きく紅魔館の存在を知られたからには、これから幻想郷自体と共存していくためにも、徐々に周囲との距離を近くしていかなければならないとレミリアは判断していた。

 その試金石として、咲夜と人里は選ばれ、お嬢様の気まぐれとして咲夜はそれを承ったのである。

 

 そんな、初めての人里との交流ではあるが、先立つものはお金とまずは換金をする必要が出た。そのため咲夜は宝石店にパチュリーが造った宝石を売りに行く。

 宝石店の店主は随分な美人さんが来たと、内心大喜びで咲夜を迎えた。婚期をむかえてもいるが店主には浮いた話もなく、専ら石が恋人だと言われてしまうような有り様であるが、それでも男。

 里ではあまり見ない洋装で銀のような清浄な美しさをした咲夜に、店主は一目で胸を打たれる心地であった。

 それからしばし、歓談とはいえない最低限の会話をして、いざ宝石の鑑定といった時にあたり、店主はつい、気になっていたどこから来たのかという問いを口にしてしまう。

 果たして、返って来た答えは紅魔館から、というもの。そこは今夏に何日も人里中を紅い霧で覆わせるという大きな異変を起した悪魔の城と、店主は認識していた。

 そんな大妖怪の居場所から来た人間なんていうのは解せない。ひょっとして囚われて遣わされているのかと問えば、いいえ、メイド長をやらせて頂いていますという頓狂な答えが返ってくる。

 ここで、店主は薄気味悪く思った。人に害を及ぼす妖怪と共に暮しているような人間なんていうのを想像できない彼には、次第に目の前の美しすぎる存在が、狐狸か異常者のように見えるようになってしまう。

 それでも商売を続けられれば大したものであったが、両親ともに逝去した独り者の彼には、守るものなど自分以外になく、大粒の宝石を前にして、恐れる店主は済まないが黙って帰ってくれと泣く泣く口にすることしか出来なかった。

 

「どうしましょう……」

 

 そんな男の内心など知らずに、表に出た咲夜は途方に暮れる。まさか、こんな買い物をする初歩の段階から躓くとは彼女も思っていなかった。

 紅魔館から来たと語ったことが失言であったのには気づいていたが、それだけで追い出されるとは、と咲夜は自分と人里の人間との温度差を感じる。

 そうして、少しの間ぼうっと立っていた所に、声がかけられた。

 

「ふーん。お前さんは、十六夜咲夜か?」

「そうだけれど……貴女は?」

「私はなんでもないぜ。でも困っているなら、付いて来な」

 

 咲夜は最初に、あら、可愛らしいという感想を持つ。声の主は、ふわふわの金髪で、モノクロームな白黒の洋服がよく似合う少女だった。少女は、店から出た咲夜の直ぐ後ろ、店の入り口のすぐ近くに立っている。

 その少女は、一方的に話しかけてきたと思うと、直ぐに踵を返して歩き出した。自分の名前が知られていること、それを訝しく思う咲夜だったが、しかし一々そんなことを気にするほど彼女は狭量ではなくむしろ鷹揚な方だった。

 困っているのは確かなことで、ならこの可愛らしい天の助けに導かれていくのも悪くないと、咲夜は少女の後を付いていく。

 

 少女の影を踏まない程度に離れて歩いていると、度々少女の名前を呼ぶ声に、咲夜は度々足を止められることとなった。通りの大人子供、様々な人に呼び止められる少女はどうやら有名人で人気者のようである。

 そして、咲夜のことを聞かれる度に、客だと答えるその様子から、どこかの商家の娘であるとも察せた。

 

「それで、元気な看板娘さんは、どこの店の人なのかしら」

「それは、見てのお楽しみってな。そして、ご覧のとおり、あそこに、私の店は建ってるぜ」

 

 少女が指さした先には、店に出入りする多くの人が見える。彼らが通っている店、それはどうやら道具屋のようであるが他の建物と比べても大きく見るからに立派なものだった。

 霧雨店、と看板に書かれたその大店は、咲夜からしても、妙に頼もしく見える。それはきっと、長年人里に建っていたその風格を感ぜられたからだろう。

 

「随分と大きな店ね……」

「へへっ。人里はあんなケチな店ばかりじゃないってところを見せてやるよ。霧雨店へようこそ!」

「あら。そういえば霧雨、っていうことは……」

「ああ。咲夜は姉ちゃんの知り合いなんだろ? 安くしとくし、高く買ってやるぜ?」

「それは助かるわ」

 

 こうして、咲夜は無事に買い物をすることが出来、更に人里での知己を得た。紅魔館にはない咲夜にとって珍しいもの、ということで買ってきた唐箕はレミリアに不評だったが。

 それから人里に関わることになった咲夜は、霧雨の末っ子を頼る場面が沢山出て来て、そして、そこに魔梨沙が関わることも多くあった。

 中々手の空かない妹の代わりに、魔梨沙が咲夜に人里、香霖堂などの案内したことも、一度や二度ではない。三人一緒にお茶を飲んだことすらあった。

 魔梨沙は人里で出来た初めての友人の姉でもあり、だからそろそろ知人ではなく友人と言ってもいいのではないかと、咲夜はそう思い始めている。もっとも、当の魔梨沙は、既に咲夜を友達の一人に数えていたが。

 

 そして、多く人里に通った実りの秋が過ぎ、冬を迎えて疎遠になって、それが何時まで経っても終わらないことに、咲夜は些か不満を覚える。

 一度も来たことのない一般人の妹は勿論、魔梨沙も中々紅魔館に来ることがなくなった。行こうと思えば、霧雨店にも人里と博麗神社の中間にある魔梨沙の家にも行けるが、共に炬燵に入り茶を啜るばかりの交流はどうかと思い、疎遠は続き。

 そんな長過ぎる冬が詰まらなくなったのは、魔梨沙とよく遊んでいた美鈴も一緒にお茶をしていたパチュリーもフランドールも、そしてそんな皆の姿を見るのが好きであったレミリアも同じだったのだろう。

 この長い冬を異変と断定していたレミリアに【何かおかしい】から気を付けなさいという言葉と共に送り出されて、咲夜は異変解決に出かけた。

 

 

 

 

 

 

 レミリアの指示した方角に飛んで行き、出て来る妖精や、やけにくたびれていた冬の妖怪などをナイフの錆にしていくと、何故か花びらが舞うようになってきたので、異変と関係あるのではと咲夜はそれをポケットに入れて集め始める。

 そして、迷い家で纏わり付いてきた猫を弾幕ごっこで下して、そのまま桜の花びらに導かれる内にどんどんと空高く咲夜は進んでいき、やがて最近一部が破かれた様子の大きな結界の所に着くにあたって、騒々しい霊に取り囲まれた。

 

「……幽明結界が破れている」

「目の前の人間がやったのかな? そんなに私たちの曲が聞きたかったのかしら」

「宴の前に、音慣らしをするのもいいわねー」

「貴方達は、何なのかしら?」

「……私たちは騒霊演奏隊。西行寺のお嬢様にお花見を盛り上げるためにと呼ばれたのよ」

「花見の席は先着順よ」

「私たちの優先席は渡さないわー」

「要らないわよ。でもなるほど、花見か……そのお嬢様とやらが主犯の可能性が高いわね」

 

 落ち着いた性格で黒い洋服の似合っているのが長女ルナサ・プリズムリバー、明るく、白と見えるくらいに薄い桃色の服を着ているのが次女メルラン・プリズムリバー、そしてお調子者で赤色の服がトレードマークの三女がリリカ・プリズムリバー。

 三体の騒霊、少女が生んだポルターガイスト、プリズムリバー三姉妹が咲夜の前に現れて、立ちふさがる。適当に会話をしながらも、咲夜を結界破壊の下手人と勘違いした三体は懲らしめるためにも少し、目の前の人間を驚かしてやろうと思っていた。

 そんな戦いの気配を感じながらも、咲夜は冷静に自分が犯人に近づいてきていることを理解する。神妙な顔をして呟く咲夜に向って、ルナサが一言。

 

「結界を破壊した現行犯は目の前にいる」

「メルラン姉さん、捕まえてー」

「はーい。頼まれたわー」

「誤認逮捕ね。まあ、いいわ。私も弾幕ごっこで捕まってやる気はさらさらない」

 

 会話の後、直ぐにルナサとリリカは下がり、メルランのみが前に出てきた。どうやら、三姉妹でも魔法に長じているメルランが咲夜の相手をするようである。

 三姉妹特有の、手足を使わずに楽器を演奏する程度の能力を使いながら、メルランは器用に弾幕を生成して、咲夜に投じていく。その中でも、ひょろひょろとうねって動く光線弾が、咲夜には厄介なものに感じた。

 それを何とかくぐり抜けると、次はレーザー状の弾幕に赤い魔弾を混ぜた弾幕が襲いかかってくる。思わず大きく避けてしまった咲夜であるが、それは咲夜の居た場所を基準としてばら撒かれた弾幕であり、本来ならば僅かに避けるだけで済むものであった。

 しかし一度動きすぎると、今度は逆に何処へ潜り込めばいいか分からなくなり。回避路を不明にさせてしまった咲夜は手札を切らざるを得なくなった。

 

「幻符「殺人ドール」」

「きゃっ」

 

 それは、歪めた空間に大量に収納していた銀のナイフをやたらめったら取り出し操り相手に投じるそんなスペルカード。弾幕も衣服も切り裂かれたメルランは、思わず小さな悲鳴を口にした。

 幽霊とは違うベクトルで、刃物は怖い。そんなことは当たり前だ。しかし、それを騒々しく暴れて認めないのが、彼女たちである。幽霊の恐ろしさを見せてやると、おどろおどろしい雰囲気を表すどころか楽しげに、またプリズムリバー三姉妹は集いだした。

 

「……メルランを虐めたわね」

「お返ししないと」

「恐怖は三倍にして返すのが私たち流よー」

「三人同時? まあ、いいわ。一遍にかかってきなさい」

 

「ちょっと待ってー」

「あら……魔梨沙?」

 

 三姉妹は三位一体ということで気兼ねなく、三対一を提案する。当然のようにそれを受諾した咲夜が、コンビネーションよく等間隔に飛び回り始めた彼女たちを睨んでいると、丁度そこに魔梨沙がやって来た。

 

「聞こえていたわよー。三人がかりはズルいわ。せめて、あたしを入れて三対二にして遊びましょう」

「別に、心配しないでも大丈夫よ。霊夢じゃないけれど、私だって子供じゃないのだから」

「咲夜がスタイル抜群の美人さんっていうことは知っているわ。でも、弾幕ごっこに関しては霊夢に敵わないくらいの腕でしかないっていうことも知っているんだから。無理は禁物よ」

「……はぁ。霊夢の気持ちがわかったような気がするわ」

 

 本来ならば、弾幕ごっこの第一人者、博麗霊夢を追い詰められる程の腕前であれば、十分に上手であるはずである。当然のことながら、それを咲夜は自負していたが、それを駄目だしするのが魔梨沙であっては話が別だ。

 咲夜はフランドールが張る圧倒的な弾幕を悠々と攻略していく魔梨沙の姿を何度も見ていた。それこそ、自分ではああは出来まいと思うくらいに、その曲芸的動作を繰り返し鑑賞して楽しんですらいたくらいだ。

 そんな、次元の違う弾幕巧者の言葉を無視することは、咲夜には出来ない。しかし、霊夢ごと心配される対象に見られているのには、内心業腹である。

 そして、なるほど自分はこの子となるべく対等でいたいのだと気付いた咲夜は、宴会で魔梨沙に撫ぜられる度に不機嫌になっていった霊夢の思いを少しは理解できたような気がした。

 

「……一人も二人も関係ない」

「むしろ遠慮せず本気を出せるってものね」

「私たちの本気はちょっと凄いわよー」

「わあ。プリズムリバー楽団の弾幕を浴びられるなんて、めったにない経験ね。ファン冥利に尽きるわー」

「暢気ねえ。まあ、頼もしいとも言えるのかしら」

「それじゃあ、いくわよ。騒符「ライブポルターガイスト -Lunatic-」……」

「っ! 咲夜、あたしの手を取って!」

「くっ、分かったわ」

 

 会話の途中まで、陽気に喋っていた魔梨沙であったが、そのスペルカードの展開を見て、相手の本気を感じ取り、即座に誘導するために咲夜の手を取り引っ張る。

 果たしてそれは正解であった。中央のメルランが音符状の弾を宙に並べたかと思うと、それは次第に鱗弾に変化して、魔梨沙と咲夜に向って伸びてきた。

 前回と同じく勢い良く来るそれを思い切り避けようとする咲夜であったが、魔梨沙に引き止められてそれは失敗に終わり、僅かに避けるだけに終わる。身体から魔力を溢れさせている魔梨沙に魔弾が掠め、バチバチと音がした。

 

「どうして、余裕を持って避けないの?」

「居る場所を狙ってきてくる場合はね、一度避けられた場合を考えて次々と来るのが多いのよ。少しずつ避けないと避ける隙間が失くなっちゃう。ほら、また来た!」

 

 魔梨沙の言葉のとおりに、緑色に、青色、様々な色の音符弾が並べられていき、そうして魔梨沙達狙いの鱗弾へ変化して殺到する。そして、手の空いているルナサとリリカは、紅い音符を並べてそこから紅い魔弾を発してゆっくりと広げていった。

 紙一重の鱗弾。そして、次第に寄ってくる眼前を覆わんばかりの魔弾。その恐ろしさに耐えながら、二人は負けじと弾幕を張って対抗していると、三姉妹が先に音を上げてスペルカードはお終いとなった。

 

「中々やるわね……」

「でもこれはどうかしら、騒葬「スティジャンリバーサイド -Lunatic-」!」

「今度は簡単にはいかせないわー」

 

 三体の合奏をBGMにして、魔梨沙たちの前で展開されたのは、ルナサが発する、黄色い米粒状の弾で出来た渦巻き。大量に生成される米粒弾はそれだけで脅威であるが、三姉妹は、そこにアレンジを加える。

 

「やっぱり、一筋縄じゃいかないかー」

「なんて、不規則なのっ」

 

 残ったリリカとメルランは、弾幕の中に飛び出して行き、そして手から身長の三倍ほど伸ばしたレーザー状の魔力を振ってそれに触れた米粒弾を針状に尖らし、更に渦巻いて飛んでいた弾幕の向かう向きを強制的に変えていく。

 緑、青、紫と次々に発される弾幕が、歪まされることで鋭角にも鈍角にも向かってくるその様は、正しく吹き荒れる色の竜巻のよう。真中で動かないルナサを狙いながら二人は避けるが、魔梨沙はともかく咲夜は続けられそうにない。

 だから、早々に見切りを付けて、残るスペルカードを使おうとすると、そこに待ったが掛けられた。

 

「待って。もう少し、ギリギリまで引き付けてから、スペルカードは使おう」

「もう少しって、くっ、どう避けていけばいいか、分からないわ」

「経験、がないなら気合。それでもう少し粘って。あたしが手本を見せるから」

 

 そう言って、魔梨沙は咲夜の前に出て、星の杖に力を込めるのを忘れずに、避け始める。気合、と一言で切り捨てているが、その実魔梨沙の眼は忙しく動いて、隙間を探っていた。

 流れを見ながら予測し、空く場所を探して先回り、そうしてその隙間の中で至近の針弾を避ける。そんなパターン予想を捨てた気合の入った動きで、なんと今度もスペルカードを使用しないで弾幕を中断させるに至った。

 

「ほら、出来たじゃない」

「付いていくのに、やっとだったけれど……確かに、言っていた通りだったわ。早計だったのね、私は」

「いや、本来ならあそこでスペルカードを全部使わせるのが私たちの狙いだった……」

「気合避けっていうのも馬鹿にできないものなのね」

「でもまだ、負けは認めないわー。これが最後よ。大合葬「霊車コンチェルトグロッソ怪」ー」

 

 スペルカードを宣言すると、三体は等間隔に集まり、中央に隙間を開けて回り始めた。すると、いかなる原理か、三姉妹の中心の隙間から、弾幕が生成されていく。

 大合奏をもじっただけはあり、連続して射出されるただの黄色い米粒弾の合間に、三枚重ねで次第に扇のように広がっていく赤い米粒弾が連携することで受ける者にとっては嫌なハーモニーが広がる。

 そしてまたプリズムリバー三姉妹は、その弾幕をアレンジして見るものを驚かせていく。彼女らの手から伸ばしたレーザーは、赤緑青の三原色をとって、プリズムの三角形を彷彿とさせる様子を見せながら、通る弾幕を曲げ、鋭くさせた。

 そして、三姉妹はくるくると弾幕を変形させて周回しながら今度は更に逆手でレーザーを伸ばす。その長大な剣のようなレーザーも当然弾幕を曲げていく。

 こうして、規則性を著しく失わせた針弾が、四方八方から襲い来る、そんな先程よりなお難しい弾幕が完成した。

 

「これは、気合でも難しいかな?」

「残念だけど、これ以上避けるのは、私には無理、ねっ」

「じゃあ、三姉妹まとめて、あたしが落としてあげる。いくわよー、恋符「マスタースパーク」!」

 

 そして、咲夜を守るためにここで初めて魔梨沙はスペルカードを使う。それは、三体を撃ち落とすのに、威力は十分。光が瞬いたかと思うと、既に三姉妹を覆うほどの太い光線が完成している。

 不規則も量も、知ったことかと、星から生み出されたマスタースパークはその力で弾幕を食い破って、三姉妹全員にダメージを与えた。

 

「うーん……」

「わあ」

「やられたー」

 

 すると、損傷が霊体の許容を越えたのか、眼を回しながら、三姉妹は雲が下に見えるほどの高所から文字通り落ちていく。

 マスタースパークを放った反動から動けない魔梨沙と、端から動く気のない咲夜は、雲の合間に消えていくその姿を見送った。

 

「……また、やっちゃった。まあ、幽霊が高さで死ぬなんてことはないだろうから、大丈夫かな? うーん。今回は大分絞ったんだけど、威力が強すぎるのかなー、コレ」

「はぁ。私は助かったからいいけれど魔梨沙、貴女はあいつらのファンだったのではないの?」

「そうだけど、ね。うふふ。後ろに咲夜がいるっていうことを考えていたら、そういうこと全部忘れちゃった。守らなきゃー、って」

「そう……ありがとう」

「うふふ。どういたしまして」

 

 また、守られた。それが嬉しくないことはない。だが、実力からいえば当然のそれが、どこか納得行かないのはどうしてだろう。

 笑顔の、細められた魔梨沙の赤い瞳は咲夜の方を向いているが、それは本当に真っ直ぐなのか。下に見られてはいやしないだろうかという疑念がわく。

 低く見られていたとして、別に悔しくはない。しかし、それは少し悲しいような気がした。

 ここでは給仕しなくていいと魔梨沙と妹と三人で、緑茶を飲み和菓子を摘んだ光景を咲夜は思い浮かべる。考える度、あの日の温かみが、冷えた体に力を沸かせるような気がして。

 

「なるほど、そういうことなのね」

「ん?」

 

 関係性を広げたいと、思いは溢れる。向うからなろうと提案された魔梨沙の妹の気持ちときっと同じで、これが友達になりたいということなのだろうと、咲夜は思う。

 もう、友達に成っていると思っている魔梨沙は、そんな初めての温かい思いを抱いてにこやかに微笑んだ咲夜を、不思議そうに見詰めていた。

 

 

 


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