霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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妖々夢編
第十話


 

 

 

 あたし、霧雨魔梨沙には苦手なものが結構ある。

 結構、というのは多くて情けなく思われるかもしれないけれども仕方ない。色々なものに触れることで、苦手というのは増えていくものだから。そうあたしは思っている。

 まあ、そんな苦手なものの一つとして、寒さというものが挙げられる。これは前世ではどうだか覚えていないけれども、今世では冷え性気味なあたしにとっては厳しいもの。

 重ね着していても冷気はどこからともなく這入ってくるし、何より体を動かす気にならなくなるのが問題だ。動物の動を取られてしまえばただの物。そうなってしまえば、死んでいるのと大差なくてつまらない。

 向上するために動くのが私の信条だ。座して待っていては力が手に入るはずもない。もっとも、何もしないで手に入るものほど嬉しいものはないけれど。

 

 まあ、そんな寒さが蔓延る冬は、私は余り好きではない。一応、雪合戦とか鍋とか好きなものを包括しているから嫌いにはなっていないが、しかしこのままではそれも時間の問題だ。

 

「今年の冬は、長すぎるわねー」

 

 そう、異常気象か何なのか分からないが、暦の上ではもう春であるのに外は未だに冬で吹雪いている。雪かきももう何度もやりすぎて疲れて飽きた。けれども、積もるものは降ろさなければ家が倒れてなお面倒になる。

 今年だけでもう二回は屋根から転落しそうになった。飛べるために不注意になっていたのかもしれないが、飛べたためにそのまま雪に埋もれて死ぬことだけは避けられたのだから、とんとんだろう。

 皆が家に居るから妖怪退治の仕事は少なく、その代わりに雪かきの代行の仕事は大量に入って懐は寒くないが、そろそろ魔力で強化していても体が厳しい。

 

 真剣な話、こんな異常が続けば、田植えやその他の野菜作りが遅れて人里の人間も大変になってしまうだろう。そうでなくても、蓄えがなくなってきているらしく、雪下ろしの最中に老人らからどうにかならないかと相談を受けているくらいだ。

 だがしかし、いくら力がついてきたからとはいえ、自然に反逆するには力が足りないし、何より術が思いつかない。

 外の知識からハウス栽培とかどうかとか考えてみても、原理を知らない維持材料になにがかかるかも分からなければ何の意味もない。

 紫に聞けば何か名案が返ってくるかもしれないが、冬眠しているというちょっと信じられないことを式神の藍から聞いているから、その可能性もなく。

 まあ一部以外の里の人間のことはどうでもいいかと、とりあえず、毛布にくるまりながら囲炉裏に手を伸ばして温めてばかりいた、そんな時に。

 

「お邪魔しまーす、っと。姉ちゃん、今日表に出たか? 軒下に長いつららが伸びてたぜ」

「あー、ようこそ我が愛しの妹! どうしたのこんな寒い日に? 妖怪には会わなかった? 体は大丈夫?」

「相変わらず心配性だなー姉ちゃんは。大丈夫だよ。今日は用事があって姉ちゃん家に来たんだ」

 

 なんと、霧雨店で働いているはずの妹が、傘を差してあたしの家まで来てくれたのだ。

 相変わらず、男の子みたいな口調。だけれど本当は可愛らしいふわふわな金髪の長髪を一部三つ編みにしたお洒落さんで、今は熱を逃さないために着膨れしているけど、ツートンカラーな白黒の服を着て自己主張をするのに余念がない。

 この年にしては頭も良くて計算なんてもうあたしなんかより早く、もう妹だけで店は回るんじゃないかとお客さんに言われるような、そんな強い存在感もある。

 その性格も特徴的で、ちょっと気が強いところがあるけれど、柔軟で柳のように他人を受け止めるような性質も持っていたりしてとっても親しみやすい。

 総括して、とっても可愛い妹は人里の女子と男どもの憧れを集めているに違いない、そんな子だ。でも、本人にそれを直接言うと、顔を真っ赤にして否定する。それがあたしには解せない。

 

「また姉ちゃん変なこと考えてないか?」

「ううん。別に(妹のこと以外に)変なことは考えていないよ」

「ならいいか。じゃあ、姉ちゃんこれ見てくれよ。どう思う?」

 

 はっきりしている妹は、気にしないと決めたらそのまま話を進めて、あたしの方にガラスで出来た小瓶を投げてきた。

 それを慌てて受け取り、コルクの栓を開けて、中を見る。すると、そこに入っていたのは、桃色の花びら。それを掌に載せて、あたしは気づいたことを口にする。

 

「うん? 桜の花……なワケがないわね。これは、何というか、春の力? そんな感じがする」

「流石姉ちゃんだ、話が早い。何だか知らないが、霧雨店に売られた道具の中にそれが入っていてさ。いや、この寒さで桜の花びらなんておかしいだろ? なんか私でも力を感じる代物だったし、ちょうどやって来ていた香霖に見せてみたんだ」

「香霖堂のお兄さんね。彼はなんて?」

「いや、コレは春度といって、春らしさを集めた桜とは似て非なるものなんていうからさ。それに、なるほどコレを集めているものがいるから春が来ないのかなんて意味深なことを言って去っていくしで、気になって姉ちゃんとこに持って来たんだ」

「なるほどねー。コレが春らしさの塊、春度。この一枚がないだけで季節が変るとも思えない。でも幻想郷から春を奪いコレにして沢山集めている者がいる、としたら未だ冬であるのもうなずけるわー」

 

 春を奪うなんてどうすればいいか分からないから、それは仮定。

 でも、この花びらが桜でないのはあたしの目からしたら一目瞭然であり、春そのものを感じるというのは疑いようもなく、それに博識な香霖堂のお兄さんの言も含めて考えれば、答えは一つ。

 

「姉ちゃん。やっぱりこの長い冬は異変なのか?」

「そうねー。それで間違いないみたい……」

 

 そう、今回の異常気象は誰かが起したこと。それに気付くのが遅れたのは、あたしが元外の世界の人間であるために自然を絶対視し過ぎていて柔軟な発想を持てなかったせいでもあるだろう。

 春度が人里に届くくらいだ。昨日はゆっくりしていたが、もう同じく春度に気づいて霊夢が異変の犯人に向けて勘で動いていてもおかしくない。

 流石に今回は事態が大き過ぎる。相手がスペルカードルールを守るか分からないし、先行できずともせめて一緒に動かないと。

 そんな風に考えていると、妹は大きなため息を吐いた。

 

「はぁーあ。また私は蚊帳の外か。姉ちゃんや霊夢に話を聞くだけで何も出来ないなんて、むず痒いぜ」

「そんなことを言わないの。お姉ちゃんも霊夢も、危ないことをしてるんだからー。あたし達以外の皆はそんなことは気にせず安穏にしているのが一番なのよ。適材適所、ってやつね」

「やっぱ私じゃ、駄目なのか?」

「駄目よ。生兵法は怪我の元っていうけど、残念だけど貴女程度の力では、死んでしまうのが落ちだわ。だから、お姉ちゃんを信用して任せなさい」

「……分かった。頼んだよ姉ちゃん。霊夢も任せた」

「うんうん。任されたわー」

 

 笑顔で承諾するあたしだったけれど、内心は罪悪感で傷めつけられていた。妹に酷く残念そうな顔をさせてしまったのは、安全でいてほしいと才能を挫いたあたしのエゴのため。

 もしかしたら、あたしと霊夢と妹とで、異変解決へと向っていたような未来があったのかもしれない。でも、それをあたしは潰した。

 だからこそ、あたしは笑顔でいるしかない。心配されないよう、強くて敵わない姉として振舞うことで、そんなもしもを考えさせないようにさせる。それがあたしの精一杯の誠意。

 

「それじゃあ、帰りは送って行くわー」

「おっ。姉ちゃん、今日は後ろに乗せて行ってくれるのか?」

「勿論よー。ただ、ゆっくり行くわ。傘はしっかり脇に持ってね?」

「分かった」

 

 そして、あたしは妹を後ろに乗せて飛び立った。雪が縦横無尽に舞う中で、あたし達は寒さに震えながら、箒の上でひっしと掴まり合って一つになる。

 やがて、熱と鼓動を背後から感じながら、私は昔のことを思い出していた。

 

「あたしがいなかったら、どうなってたんだろう」

 

 ぽつりと、零したそれは、強い風が流してくれて、妹の耳には届かなかっただろうと、そう思う。

 霧雨のお父さんは最初の頃よくあたしにこう言っていた。魔梨沙かいい名前だな、実はもし俺たちに女の子供が生まれたら同じ名前を付けようかと思っていたんだ、と。

 姉妹に同じ名前をつける親などそういない。私が魔梨沙なせいで、妹のマリサは永遠に奪われた。それがどんな意味を持つかは分からないけれど、ただ、あたしが居たがために運命は変わってしまったのだと気付くのに、時間はかからなかった。

 

 だから、あたしは変わってしまった妹を、変えてしまったからこそ、守りたい。

 そのために、幻想郷を守ることが必要であるのなら、喜んで命をかけて守ろうと、あたしは思う。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……やっぱり吹雪いているわよね」

 

 ため息を吐き、開け放った扉を再び閉めようとする手から力を抜きながら、霊夢は現状に憂鬱を感じていた。

 それでも、先んじるに躊躇している暇はないと、一歩踏み出す。そうして、霊気で保護していても冷える肩を抱きながら、霊夢は魔梨沙に何も知らせず雪中に飛び出していった。

 

 

 勇んで吹雪の中に飛び込んでいった霊夢の、その行動の始まりはこうである。

 今回春の気配がするのに雪が一向に治まらずに霊夢もおかしいとは思っていた。

 だが、季節をどうこう出来そうな知り合いは冬眠中の筈であるために、今回はたまたまではないかと何故か疼く勘を無視して休むことを霊夢は選び続ける。

 しかし、それも今日で終わりだった。そう、動かざるをえない理由を見付けたがために。

 

「……何よコレ」

 

 霊夢は雪かきをしている中で、ピンク色の花びららしきものを見付け、驚いた。何しろこの吹雪の中に混じっていた花びらである。それは無視できず家の中に持って帰ってよく見ることにした。

 よく見ても、霊夢にはそれが桜の花びらにしか見えなかったが、それでも感覚から何らかの力がそれに篭っているのは分かる。

 これが封ぜられた春なのではないか、そういう答えに至ったのは勘と、何より幻想郷の者特有の柔軟な発想があった。

 

 存外、外の世界の人間は自然そのものに対する畏怖が大きい。神様のせいでもなく、妖怪のせいでも亡霊のせいでもなければ、それは自然に起ったもの。

 異常気象だろうが、自然のことだからどうしようもないと団体でどうあろうが個人ではそう諦めるのが常である。

 しかし、ここ幻想郷では、魑魅魍魎に溢れていて、春の妖精冬の妖怪なんていうものもいるくらいである。悪いことを、妖怪やら何やらのせいにすること。それは普通のことなのだ。

 そこに、霊夢の発達したインスピレーションが上手くかみ合わさり、春が奪われているのではないか、コレが奪われた春の一部だという考えに至ったのである。

 何しろ、桜の花は春らしさの象徴的なもの。故に、そう考え至ることも、無理ではなかったのだ。

 

「ちょっと魔梨沙に相談……したら、面倒なことになりそうね」

 

 そうして、この事態が異変だと独力で気付いた霊夢であったが、そのことを魔梨沙に相談しようと考えて、途端に脳内でその案を却下した。

 確かに力にはなってくれるだろう。だが、また紅霧異変の時のように無理をされては困ると霊夢は思った。あの時は魔梨沙が能力を最大限に発揮して何とかなったが、何とかなったがまた続くとは限らない。

 それにあの姉貴分は、未だに自分のことを子供のように扱っている。下手をしたら今回の異変は危ないと霊夢を差し置いて自分だけ解決に向かうかもしれなかった。

 そんな全てが杞憂であるのだが、魔梨沙の普段の言動が、霊夢を心配する、悪く言えば自分より下に見るものばかりであったために、信用されていない、だから見返してやると霊夢に思わせてしまうのも当然だったのかもしれない。

 

 

「あー、寒い寒い」

 

 そういった理由で、霊夢は一人で行動することを選んで、吹雪の中を邁進中である。先ほど何やら冷気の塊のような小さい妖精が邪魔して来たから問答無用で叩き落としたりしたが、それでも寒さは弱まらない。

 時折吹雪の中に例の桜の花弁が混じってきているので、進行方向に間違いはないだろうが、むしろ向かう先が冬の中心であるかのように、どんどんと寒くなってきている。

 とりあえず、取れるだけの花びらを陶器製の小瓶に入れて、御札で蓋をしていると、その先に白い人影が見えるようになった。

 

「この寒さの源はあんたね」

「そうだけどー。でも私がこの長い冬の犯人ではないわよ」

「知ってる」

 

 暢気に吹雪の中飛んでいたのは、レティ・ホワイトロック。長い寒波に調子を良くしている件の冬の妖怪である。

 寒気を操る程度の能力をもつレティは、しかしだからといって殊更何かをしているわけでもなく、ただ冬の寒さを楽しんでいるだけのようだった。

 

「ならどうして御札をむけるのー。私はただの通りすがりの一般妖怪よー」

「残念ね。私は異変の最中に出会った妖怪は皆倒すことにしているの。だからあんたは被害者Aよ!」

「はぁ。おちおち散歩も出来ないなんて、物騒な世の中だわー」

 

 辻斬り同然の巫女を前にして、レティは、冷静にスペルカードを掲げる。どうやら冬にしか現れないような雪女な彼女にも、スペルカードルールはしっかり浸透しているようで、考案者の一人である霊夢は口元を緩めた。

 そんな霊夢の姿を不気味に思ったレティは、早く終わらせようと、枚数を二枚に絞って始めることにする。

 

「ああ、面倒なことになったわー」

「私だって、こんな寒い中で妖怪退治なんて面倒よ」

 

 あまりやる気のない二人の弾幕ごっこは、白熱することもなく。レティの操る強い寒気によって弾幕が見辛くなったりもするが、少し離れればそれでも避けるのに難しいことはない。

 雪の中で更に白い弾幕を避け、紅白の弾幕をすり抜けさせて行くことで霊夢は相手に的確にダメージを与えることに成功していった。

 

「はぁー。寒符「リンガリングコールド」」

 

 そうして追い詰められスペルカードを発動させるレティであったが、実際問題巫女に勝てる気がこれっぽっちも起きずに、ただ彼女はこの戦いが早く終ってしまえばいいのにと、思う。

 その後できっと残り少なくなるだろう冬を充分に楽しまないと、とレティ・ホワイトロックは考える。彼女の周囲を舞う雪華は、あまりに儚いものだった。

 

 

 

 


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