霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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はじめまして。
ゆっくり書いていきますのでよろしくお願いします。


紅魔郷編
第一話


 あたし霧雨魔【梨】沙は稗田の家の阿求ちゃんと同じように記憶を持って転生したものである。

 魅魔様が言うには、正しくは事故で魂がくっついた憑依みたいなものらしいけれど、それでもあたしにとっては大差ないからと転生したのだと深い知り合いには簡単に説明している。

 子供の頃からあたしには大人の女の人の記憶があった。今はあまり思い出せないけれど、一般的な女性のものだったと思う。記憶は途中で途切れてしまっていたけれども、それは常識と生の希望をあたしに教えてくれた。

 もし、あたしに前世の記憶がなければどうなっていただろう。あの父親のところで死んでしまっていたのだろうか。きっと、そうなのだろうと思う。

 

 さて、あたしは今幻想郷という小さなセカイに住んでいる。小さい、とはいえども大らかに人間や神に妖怪や悪霊まで多種多様の在り方を否定せずに存在を許してくれる、そんな結界に囲まれたセカイに、だ。

 少々弱者にとっては残酷なところもあるけれど、外界だって大なり小なりそんなところはあった。だから、魔法使いなんてやっているあたしを受け入れてくれるだけ有難いものだと思っている。

 

 何しろこの幻想郷に来るようになる前、というのは酷いものだったのだ。そう、あたしは幻想入りの経験者で、つまりは外界で生れた人間だった。

 あたしは前世の記憶でしか母の姿を知らない。そして、優しい実父というのも遥か彼方の思い出でしか経験していなかった。

 現世の父親、というのは酷い親だった。あたしを置いて出ていった母のことを嫌い、その残滓であるあたしのことまで嫌っていたのか、ネグレクトなんて当たり前。むしろ放置してくれている間はましだったと思う。

 お腹を空かして動かないでいるあたしを邪魔だと蹴りあげたり、何かイライラすることがあると、あたしの赤い髪の毛を引っ張ったりした。おかげで今もあたしは髪の毛をあまり長く伸ばすというのには抵抗がある。

 これがおかしいとは前現世入り混じり始めた記憶の中で分っていた。だから、喋り歩くことが出来るくらいになっていたあたしは、一度お隣の家まで助けを求めに行ったことがある。

 しかし、汚い恰好をしたあたしのたどたどしい言葉よりも、外目だけは気を付けていた父の言葉のほうが信じるに値すると判断されたらしく……いや本当は関わるのが面倒だったのだろう。あたしの必死の訴えは見て見ぬふりをされた。

 

 それからあたしは、首に鎖を巻かれ錠前で鎖されて、繋がれるようになった。こうなってしまっては、前世の記憶なんて意味は無い。むしろ、他人への期待があっただけに絶望は深かった。

 トイレに繋がれたあたしは以降三メートルを生きる場所として過ごし、時折放り投げられるように置かれるコンビニ弁当を糧として生きるようになる。

 そのうち次第に鎖の重さで頭が上がらなくなり、あたしは這いずるように動くことも出来なくなっていって、死なないために生きることすら難しくなっていった。

 あたしは何回も死にたい、死にたいと思い、それでも餓鬼のように食べ物を探す。それは希望が残っていたがため。外に希望があることを知っていたがためにあたしは無気力になりきれずに、しぶとく生き続けた。それこそ、父親が呆れるほどに。

 

 でも、そんなにしても生きていたからだろう。ある時あたしはぴゅーっ、と落ちた。そうしてへたり込んだが霧雨店の前。

 神隠しにあったのか、それとも誰からも必要とされなかったあたしが自ずと幻想入りしたのかは未だに不明だ。でも、確かにあたしは霧雨の人達に助けられたのだった。

 

 聞かれた際に言ってしまった名前は捨てられなかったけれども、あたしの境遇に同情してくれた霧雨のお父さんは新しい苗字をくれた。

 

 そうして出来たのが霧雨魔梨沙。

 そして最初はいい子にしていたけれど、やがて出来損なってしまったのが今のあたしだ。

 

 妹、本当の彼らの子供が居るからいいといっても、魔道に踏み出して去っていったあたしを霧雨の人たちはどう思っているのだろう。帰って来いと彼らは言わない。妹は跡継ぎ扱いされるのが嫌なのか、耳にタコが出来るくらい言ってくるけれど。

 そういえば、妹も一時あたしに憧れて魔法使いになろうとしていたことがあった。流石に責任を感じたあたしが魔法の才能は【普通】程度しかないということを教えてそうなるのを止めさせたけれども。

 

「うふふ。でも、あの子には悪いことをしちゃったかもね」

 

 それでも、普通に魔法使いをやれることの出来るほどの才能を埋もれさせてしまったのはあたしの落ち度か。あたしの箒の後ろに乗って、しがみついていながらも空をとぶことを楽しんでいたあの子には、弾幕ごっこへの適正がありそうだった。

 彼女が努力家であることはあたしどころか周囲の誰もが知っていることだ。身内びいきがあるかもしれないが、妹が本気だったら魔法使いとして大成していた未来があったのかもしれない。

 だが、結局あの子はあたしの代りに家業を継ぐことを選んだ。それが現実である。

 

「そして、この異変を起した幻想。そいつはどうしてあげようかしら」

 

 眼下にはあたしがさっきまで薬草や魔法の触媒となる花を摘んでいた魔法の森が一望できる。そして、その深い緑まで薄く赤い霧に覆われているということもよく見えた。

 木々で隙間の少ない森でコレなのだ。人里と博麗神社の中間くらいにあるあたしの家なんて、一歩外に出たらすぐ道に迷ってしまいそうになるくらいの濃さの霧に包まれていた。

 一日二日、その程度ならばいい。でもこれ以上続けば人は惑うし草木は枯れる。幻想郷にとっていいことなんて何にもないのだ。

 

「あたしを救った幻想郷を守る、なーんてキャラじゃないけれど。でも、霊夢に任せるのも心配だものね」

 

 新しいルールが広まり席巻し始めているとはいえ、弾幕ごっこには危険がつきもの。それに年少の霊夢に任せるというのはどうだろう。

 あの子が強いことは知っているけれど、同じように修行不足であることも知っている。勘で動くような霊夢はいかにも危なっかしいところがあるのだ。

 保護者のような気でいるのはよくないけれど、それでも気になるものはどうしようもない。

 

「うーん。赤い館には、霊夢の様子を見てから、行きましょうか」

 

 思い出すと余計心配は募った。だから、先に姿を見てからにしようと、あたしはまず青臭い緑色が沢山詰まった風呂敷を自分の家の玄関に置いてから、また箒に座って飛び上がる。

 見上げてみると、杜に囲まれた高所にある博麗神社には未だあまり件の赤い霧は集まってはいない。それを確認してから、あたしは一直線に神社へと向った。

 

 

 

 

 

 

 博麗神社の少し脇の甘過ぎる巫女、博麗霊夢にとって、霧雨魔梨沙は出来の悪い姉のような存在だった。

 魔梨沙が悪い人間ではない、ということは知っている。彼女は霊夢が物心付く前から神社をうろつく酔狂な悪霊である魅魔に師事して魔法を学んでいた人間だ。

 顔も知らない母親よりも馴染みがある上、無茶な修行やお茶会とやらに付き合わされた経験からその中身もよく知っている。

 幻想郷の住人らしく茶目っ気が目立つが基本的には真面目で、鈍感な部分も多々あるが、一部人の機微に敏い部分があるというところまで霊夢には分っていた。

 

 そんな魔梨沙であるが、彼女は霊夢の知る限り表向きはともかく意外なほど近しくない人間に心を開くことのない性格のようだった。妖怪や妖怪みたいな人間にはそうでもないみたいだが。

 そこには魔梨沙の過去に発端があるようであったが、そんなことは霊夢にとってどうでもいいことだ。ましてや前世がどうのなんて真に興味がない。

 問題があるとすればその反面。一旦心を開くとやりすぎる、そんな性格が霊夢にとって面倒なものだった。アレコレ指図してくると思えば、どれこれ心配してみたり。反抗すればしつこく絡んでくる。

 愛情を確かめているつもりなのかしら、面倒くさい――と霊夢は何時もそれをむず痒く思い、時折それを魔梨沙の妹に愚痴るのだった。

 

 そして今回も、そんな魔梨沙の嫌いではない一面が霊夢の邪魔をする。

 霊夢が異変を感じて解決に乗り出そうとしたその時。魔梨沙は箒にまたがったまま鳥居をくぐり滑りこむようにして登場した。

 

「あ、霊夢。良かったー、まだ出発してなかったのねー」

「魔梨沙。何、あんたも異変を解決しに行くつもりなの?」

「そうね。あたし【一人】で行くつもりだわ」

 

 一人、という単語をことさら強調しながら魔梨沙は返事をした。その意味が分らない霊夢ではない。

 

「……邪魔するつもりね」

「ちがうわよー。あたしは足手まといを連れて行く趣味がないだけ」

「そう。分かったわ。ここで白黒つけておこうじゃない」

「どっちが足手まといか?」

「どっちが邪魔なのかよ!」

 

 言い、霊夢はさっと札をその手に取り出す。反応して、魔梨沙は先端に五芒星が付いた指揮棒のような魔法の杖を出した。

 年がら年中巫女服を着ている霊夢に言えたことではないが、普段から身に着けた紫色のローブと三角帽子といい魔梨沙は格好から入って魔法使いの道にどっぷりと漬かっているようである。

 次に霊夢は陰陽玉を周囲に展開していく。すると魔梨沙は対応するように四色のビットを展開した。

 

「いくわよ」

「はーい」

 

 宙に浮いた二人。そして霊夢の宣言に魔梨沙が応じたその直ぐ後に、大量の御札と霊弾と魔弾によって行われる弾幕ごっこが始まった。

 霊夢が放つ霊力の篭った御札は一部が魔梨沙に狙いを定めて正確にホーミングしてくる。そして、陰陽玉から出る霊弾は真っ直ぐ魔梨沙に向った。

 魔梨沙の宝石のようなビットは彼女の周囲を太陽の周囲を巡る惑星のように廻って御札を壊しながら周囲に魔弾を吐き出していく。また、魔梨沙が杖を振る度に出て来る魔弾は星の形をして周囲にばら撒かれた。

 そんな攻撃というには無駄の多い弾の競演は、赤と青と紫と白の軌跡を双方の眼に残して、広がっていく。

 空の空を埋める弾幕は、見るもの、そして戦うものを楽しませることを意識するかのように弾道を交わす。上下左右は力の光で埋まり、昼空は花火大会の夜空のように騒々しい。

 そんな弾道で出来た宙の迷路を飛び回る少女達の姿は、僅かずつ傷ついていく。

 

「中々やるわね、霊夢」

「魔梨沙こそ、私の御札が当たっているのによく堪えられるわね」

「霊力が爆発する前に離れているからねー。遠隔だから霊夢とそれの様子で分かるわ。慣れよ、慣れ」

「なるほど、ねっ」

「針は危ないわよー」

「つっ」

 

 霊夢も魔梨沙も会話の最中に手の緩めることはしないが、牽制として充分にそれは機能する。慣れ、だけで札に込めた力の隆起を感じ取れるなんてどれだけ【機微に敏い】ことか。

 自分の動きをも見抜かれていることを嫌った霊夢は懐から妖怪退治用の針を投げたが、そんな直線的な攻撃は容易く見切られ、逆に避ける動作に意識が行かなくなった分だけ弾幕を体にかすらせることとなった。

 何だかんだ何度も間近で力の爆発を受けて傷ついていた魔梨沙と、これでダメージは大体同じくらい。振り出しに戻ったような感がして、霊夢は更に苛立った。

 だからここで、切り札を切る。

 

「あーもう、これじゃあ埒が明かないわ! いくわよ、霊符「夢想封印」!」

「わ、これはちょっと、避けられないかー。じゃあ妹に発案してもらったこれを……魔符「スターダストレヴァリエ」!」

 

 霊夢がスペルカードを取り出し発動すると、慌てて魔梨沙もスペルカードを発動した。

 霊夢の周囲には大きく丸い色とりどりの光弾が、そして魔梨沙の周りにも負けじと星形の光弾が発生する。そして、一気に二つの力はぶつかり合う。

 

「くっ」

「えーい」

 

 やがて、拮抗の後に星が打ち勝った。相手に自動追尾する夢想封印よりも、一撃の威力を重視したスターダストレヴァリエがぶつかり合いで上回ったようだ。

 相殺したことで出来た空白に入れた霊夢も、続く残った昼に輝く星々に当たり、墜ちる。

 

「ぐう」

「よいしょっと、うふふ。重くなったわねー霊夢」

「……はぁ。何時と比べているのよ」

「そうね、ひと月くらい前かな。あたしが差し入れに来たときに、お腹を空かせて横になってたあなたを持ち上げた時は随分と軽く感じたわ」

「殴るわよ」

「怖い怖い。健康ってことでいいじゃないの」

 

 霊夢は地面に当たるその寸前に魔梨沙に掬われ抱っこの形に持ち上げられた。

 その際に霊夢は在りし日の昔を思い出したりしたが、魔梨沙は最近の肥立ちの方が気になったようである。

 しばらく互いに至近で見つめ合ってから、魔梨沙は霊夢をこわれものを扱うように静かに降ろした。

 

「……それで、私は足手まといだったかしら」

「あたしが思っていたよりも霊夢ったら成長していたみたいだし、邪魔はしないわ」

「そ。私は少し休んでから異変解決に向かうわ」

「なら、あたしもそうしようかしら」

 

 邪魔をしないならいいか、疲れた、と霊夢が神社に戻ろうとすると、魔梨沙も箒片手に付いてきた。

 霊夢は思う。心配性の魔梨沙のことだ。きっと、放っておけばずっと付いてくるに違いない。相変わらず実力はあるのだから気にせずにいればいいかとも思うが、それでも妹分として一言口出さずにはいられなかった。

 

「……足、引っ張らないでよね」

「うふふ、大丈夫。魔梨沙に任せて」

「はぁ」

 

 やる気満々な魔梨沙を見て、霊夢は嘆息する。

 まだまだこの姉貴分から認められることが出来ていないな、と思って。

 振り返れば、神社の足元に立ち込めていた紅い霧はもう視界全体へと広がりを見せていた。早く、体力を回復して元凶に対して向かわなければならないだろう。

 今日は疲れる一日になるな、と霊夢は予感した。

 

 


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