紺碧の艦これ-因果戦線-   作:くりむぞー

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日本武尊=超弩級戦艦で高速戦艦=つよい

もうあいつ一人でいいんじゃないかな(


第8話 動き出す者達

 ――時は2013年3月23日、日本海軍は……いや、人類は重大な局面を迎えていた。

 

 吹雪を筆頭とした艦娘を全面的にサポートするためになされた横須賀鎮守府の改修工事が完了し、施設内には艦隊運営を行う為の庁舎や今後艦娘が増えた場合に必要になる宿舎の他に、資材庫・開発工廠・建造工廠などが設けられていた。

 資材庫には妖精から指定のあった燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイト等が収められ、急ごしらえではあるものの枯渇することは当分あり得ないであろう量が貯蓄済みであった。

 また、開発工廠では解析により既に量産化がなされた駆逐艦らの主砲や魚雷が並べられ、整備員らによって常時点検が、建造工廠では新たな艦娘を呼び寄せる為の力場が設置され艦種ごとに何が必要になるか細かい研究がなされていた。

 その一方で鎮守府内の執務室では、鎮守府の運営を高野より直々に仰せつかった男性少将が在室しており、机の上に積み重なった書類の束を黙々と一人で処理し続けていた。そこへ、鎮守府内の施設を巡回していた大淀が現れ、机を挟んで彼の前へと立った。

 

「……提督、建造工廠より報告があります。申し上げて宜しいでしょうか?」

 

「……構わん、続けてくれ」

 

 面と向かって顔を合わせないまま両者は会話を続けたが、特に関係が険悪であるということではなかった。

 大淀は報告書を開いて、鎮守府内を見て回った中で得られた内容を淡々とした口調で丁寧に彼に伝えた。

 

「第一建造ドックより天龍型軽巡洋艦1番艦『天龍』、第二建造ドックより、同じく天龍型軽巡洋艦の2番艦『龍田』、第三建造ドックより夕張型軽巡洋艦1番艦『夕張』の建造が確認されました」

 

「――各艦の意思確認は?」

 

「簡易的なものなら既に済んでおりますが、各艦共に後方には下がらず前線で戦いたいとの事です」

 

「……わかった、現状は保留として時間が空き次第私が直接面談を行うと追って伝えてくれ」

 

「了解しました」

 

 取り決め通り、提督と艦娘の一対一での話し合いによって最終的な判断をするとして彼は大淀に指示を飛ばすと、一旦書類から顔を上げて彼女と視線を通わせて言った。

 

「……それとだ、宿舎の案内が終わったら、吹雪・白雪・叢雲・漣・電・五月雨の6名には演習場にて集合するように頼む」

 

「天龍さん達が見学を願い出た場合はどう致しましょうか?」

 

「……許可するが、呆れさせるようなものは見せないようにな」

 

 再び視線を元に戻し彼は作業に没頭し始めると大淀は踵を返した後に退室し、執務室には提督だけが残されることとなった。暫くそのまま紙が捲れる音だけが室内に響き、沈黙が空間を支配する。

 提督は温くなりつつあった珈琲を口に含み一息を入れると、ふと鎮守府を任されることとなった前日に高野によって呼び出された時のことを一人思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――私が、でありますか?」

 

 ……その日、後に提督として艦娘を指揮することになる私――富嶽征二(とみたけ せいじ)少将は、皆が準備で忙しなく動きまわる中、高野総長から秘密裏に呼び出しを受けていた。

 私もまた総長が指揮する日輪会のメンバーではあったが参加している幹部の中ではまだまだ新人の部類であり、自分で言うのも何であるが客観的に見てもあまり目立っているとは言い難い存在であった。

 

「……何故、私なのか理由をお聞かせ願えないでしょうか」

 

 瞳を閉じ、まるで眠っているかのような表情をしている閣下は、重く閉ざした口をゆっくりと開き、私の問いに対してこう答えた。

 

「君の深海棲艦に関するレポートを読ませてもらった上での判断だ……と言ったら納得するかな?」

 

 艦娘との連携を円滑に行うための『提督』選びのための課題として、深海棲艦に対する各々の考察をレポート形式でまとめるよう指示が出たのは記憶に新しいことであったが、まさかそこから自分が選ばれることになろうとは思いもしなかった。

 もっとも、いい加減に書いてはおらず、真剣に悩んだ上で書き上げたのであるが、私の中では他者に劣っているのではないかという認識があった。

 

「……それだけでは納得は致しかねます」

 

「そうだろうな……私が君の立場であるのならば同じように納得しなかっただろう。だがな―――」

 

 閣下は、私の提出したレポートの内容に他とは違う決定的差があったことを上げて、諭すように私に説明を行った。

 

「君のレポートには、これまでの戦いで抱いていても何らおかしくはない深海棲艦に対する負の感情が一切含まれていなかった。だから、君を選んだのだ」

 

「……ということは、他の方のレポートは感情論で書かれていたと、そう仰りたいのでしょうか?」

 

「全体的に見れば、君のように与えられた材料から考えられることについて冷静に考察がなされていたよ。しかし、どうしてもかつての戦いのことを引き摺ってしまっている部分が幾つかの物からは読み取れてしまった」

 

 即ち、憎しみや悲しみは容易に割り切ることが出来ないということであった。

 ……無理もない、メンバーの中には親しかった同僚や家族を第一次・第二次深海大戦にて失った人間も存在している。割りきってしまうということは、失われた命に対する感情を薄れさせろということであり、残された者達にとっては酷なことでもあった。

 

「……憎むこと、悲しむことを否定するわけではない。だが、その感情を艦娘達に無理に共有させることはあってはならない」

 

 艦娘達は危機的状況にある人類を守るために深海棲艦と戦おうとしてくれているのであって、深海棲艦を憎んでいるから戦っているのではない。これは絶対に忘れてはならないことであった。

 

「それに君は、負の感情こそ深海棲艦を助長させると説いている。まさにその通りだと私も思う……負の感情にとらわれてしまえば正確な判断が出来ず、相手の都合の良いように事が運んでしまうだろう」

 

 別の解釈をすれば、深海棲艦の力の源にも負の感情が密接に関係しているのではないかと私は考えていた。

 先の大戦により、深海棲艦の正体が怨霊に非常に近い存在であることは明らかとなっていたが、果たして怨念となる前のものは一体何処から来るのであろうか。

 当初はこの世に生きる人類が持つ負の感情によって生み出されているのではないかと考えていたが、別の世界の日本で活躍したという艦娘の存在が新たな可能性を示した。

 実は深海棲艦とは、別の世界の怨念の塊がこの世界に流れ込むことで生み出されているのではないかということだ。勿論、それを証明する証拠があるわけではなく所詮は憶測にすぎない机上の空論だ。だがしかし、一概にあり得ないとは言えず切り捨てることが出来ない可能性でもあった。

 

「―――この戦い……深海棲艦との戦いとは言いつつも、本当は人の持つ悪意との戦いなのかもしれません」

 

「建御雷君もまた似たようなことを言っていたよ……この戦いは単純な攻め合いによる戦争ではないと」

 

「……月虹艦隊も同様の見解ですか」

 

 我々の先を行き、今も何処かで戦い続けているという秘匿艦隊……月虹艦隊。彼女達もまたこの大戦の異常性に気づき、調査を続けているということである。つくづく驚かされるばかりであるが、彼女達は何を思い、何を見据えて戦っているのだろう……提督という立場ならば、それを知ることも可能か。

 

「わかりました……提督の件、謹んでお受けいたします」

 

「……そうか、引き受けてくれるか」

 

 満足気に頷くと高野閣下は、引き出しを開けて中から黒色のファイルを取り出して私の前へと差し出した。よく見ればダイヤル式の施錠がなされている物であり、見ただけで機密性の高いものであるということが理解できた。

 

「……これは?」

 

「緊急時における月虹艦隊との通信マニュアルだ。鎮守府から少し距離をおいた場所に専用の通信施設が建設されたことは君も知っているだろう」

 

「ということは、これが『月と太陽』でありますか」

 

 『月と太陽』とは月虹艦隊と日輪会の間を結ぶ連絡手段のことであり、これまでは月虹艦隊が保有している航空機が用いられて行われていた。

 だが、今後同じような方法で連絡を取り合っていては、いずれ現れるであろう航空母艦の艦娘に感づかれ、彼女達が要求している海軍所属の艦娘達への秘匿が危うくなる可能性があった。よって、月虹艦隊の指定した暗号を用いるための施設が鎮守府の改装工事と平行してつくられ、情報部の主導のもと運用の準備がなされていた。

 

「わかっているとは思うが、そのマニュアルを使用する際は人目を避けるようにな」

 

「……これ自体を秘匿するということですね」

 

「……ああ。だから、基本的には存在しないモノとして考えてくれ」

 

 月虹艦隊に繋がるもの全てを隠し通し、艦隊を指揮するというのは中々に難しいものであるが、やり遂げねばなるまい。

 託された物の大きさを重々噛み締めながら私は――――その日、『提督』となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私とて深海棲艦に対して憎しみがないわけじゃない。されど、まだマシな方だと言えよう」

 

 彼もまた深海棲艦との戦いの中で大切な家族を奪われた一人でもあった。

 しかし、厳密には死んだわけではなく行方不明であることからまだ希望は残っており、他者と比較して憎悪の思いは希薄であった。それに加えて、行方不明である家族というのは彼の父親であり、何かと悪運の強い人物であった。

 例えば、深海棲艦の襲撃にあった地域の住民を収容する際に彼の父は攻撃を受けたわけであるが、携帯していた装備を駆使して猛然と立ち向かい、収容が完了するまでの間時間を稼いだという。また、ある時は過激派に命を狙われたが放たれた銃弾を全て避けきって見せ、逆に返り討ちにしてしまっていた。

 

「親父はきっと生きている……どうせ、そのうちひょっこりと顔を出すに決まっているさ」

 

 机に飾ったまだ征二がひよっこであった頃の親子写真を指で優しく撫で自身にそう言い聞かせると、着任したばかりの軽巡洋艦の艦娘3名と吹雪達をどのように連携させていくかを思考し始めた。

 練度的に見て、良い成績を出しているのは吹雪・叢雲・漣の3名であり、やや劣っているのは電・五月雨・白雪の3名であった。

 

「軽巡3名のうち、1名を第一水雷戦隊旗艦に据えて吹雪・叢雲・漣を随伴に付け、鎮守府近海の哨戒に当たらせるのがベストといったところか……残りはそうだな、通常訓練に加えて対空射撃訓練を課すとしよう」

 

 現在のところ、横須賀鎮守府内の航空戦力は皆無であり、空に対する備えはないに等しかった。

 したがって、敵航空機による空襲があれば100%の防御は無理であり、如何に被害を最小限に留めるかが課題であった。

 勿論、航空戦力は追々確保する方針ではあったが、戦力として見込めるまではやはり時間を要してしまう問題が存在する。その間、何も出来ないのはナンセンスであり馬鹿らしいと言えよう。

 

「ともかくまずは、手本となる教導部隊を作らなければな……」

 

 社会的な構造の面からも、ある程度役割が担える先達なくして後継者は育ちはしない。いきなり、右も左もわからない新人を大量に雇ったところで生まれるのは混沌であり、その先にあるのは破滅しかない。

 富嶽は吹雪達にこれから増えるであろう艦娘に戦い方を教えるという大役を押し付けることをすまないと思いつつも、それが未来をつくるきっかけとなると信じて計画を進めていった。

 

 

 ……それから約2週間の時が流れ、富嶽征二提督が指揮する軽巡洋艦天龍を旗艦とした第一水雷戦隊は、鎮守府近海における深海棲艦の掃討を通して確かな手応えを感じつつ、南西諸島沖近くへと進出を開始していた。

 同時に、国民に対して艦娘による深海棲艦の反攻作戦が着々と行われていることが小規模ではあるがメディアを通して伝えられ、心の何処かで滅びの時を受け入れかけていた者達に希望の火を灯したのであった。

 ―――そして、その知らせは思わぬ所で効果をもたらすこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月虹艦隊と日輪会が展開する太平洋とは逆に位置する日本海側の東北地方の秋田県に存在するとある旅館……そこでは、国内が不穏な空気に苛まれていながらも地元住民により賑わいを見せており、知る人と知る憩いの場所として愛されていた。

 特に、新鮮な魚類と山菜などを用いた天ぷらは美味とされ、振る舞う料理人も熟練の料理人であると有名であった。だが、この旅館が活気に満ち溢れている所以は他にも存在していた。

 その一つとして、住み込みで働いている一人の女性の存在があった。女性は長年働いているわけではなく、つい数ヶ月前から働き始めたわけであるが、年若いながらも何処か母性を感じさせて、訪れた人々の疲れをそっと癒していた。

 また、彼女と同じ部屋で暮らす二人の少女も旅館を盛り上げる存在として人気を博しており、幼いながらも積極的に諸作業を手伝い可愛がられていた。

 ……そんな彼女らであるが、3人が旅館で生活することとなった事の発端は、年長者である少女――鳳翔が旅館近くの漁業可能区域にて倒れているところを旅館の従業員が発見した事にあった。

 彼女は当初、自身が何故人の体をしているのか理解できず大いに頭を悩ませていたが、旅館の女将に優しく諭されて次第に人として人生を謳歌するのも悪くないと考えるようになった。そして、旅館の従業員として少しずつ働くようになったわけであるが、ある日のこと……人目を避けるようにして上陸を果たそうとする二人組の少女を偶然にも目撃することとなる。

 それが現在彼女と同じ部屋で暮らす2人であり、名前は響と雪風と言った。響達もまた気づいたら人として転生していたクチであり、これからどうすべきかを悩んでいた。

 そのような経緯があり、3人は仲睦まじく家族のように生活を歩むこととなったわけであるが、世界は残酷にも彼女達に決断を促す状況を作り出した。

 なんと、新聞のとある一面に同じように人として転生した艦艇達の姿があり、海よりの侵略者である深海棲艦と戦っていたのである。これを見た鳳翔らは自分達と同じ存在が置かれている状況について急遽話し合ったが、その場では何をどうすべきかはすぐには定まらなかった。

 

 

 

 

「……どうすればいいんだ、私達は」

 

 何も知らぬまま平和な時間を歩もうと考えていた響は、お開きとなった話しの場から堪らず一人で飛び出して、やりきれない思いをどう処理すべきか頭を悩ませていた。

 他の2人は気づいていなかったようであるが、記事にあった写真には非常に小さく見切れていながらも同じ服装の少女の姿があったのである。イコールそれは、響に関係のある人物……いや、艦艇が海軍の下に集い戦っていることにほかならず、胸が締め付けられるような罪悪感を抱かせていた。

 

「あれは私の姉妹艦……だとしたら、誰だ? 暁か、雷か、それとも―――電か?」

 

 最後に呟かれた同型艦、電……残酷にも海軍に保護され今も奮戦している少女は、響にとって特別な意味合いを持っていた。在りし日の頃の1944年5月14日……彼女は電と共に輸送船の護衛の任にあたっていた。だが、持ち場を交換した直後に電は敵潜水艦の雷撃によって轟沈し、響は暁型の中で最後の一艦なったのだった。

 もしかすれば、電が最後の一艦となった可能性もありえ、生き残ることが出来たかもしれないと悔やむ響は、仮に正体が電であり再会出来たとしてもどのような顔をして話をすればよいのかわからなかった。

 

「恨まれているのだとしたら、合わせる顔なんてない……じゃあ、会わない方がいいのか?」

 

 彼女達と境界線を引けば、気に入っている今の生活を続けることは可能であった。簡単には後ろめたい気持ちは消え失せないであろうが、いずれ時間が解決する保証は存在していた。

 どちらが正しいのかわからない天使と悪魔の囁きが彼女の両耳を塞ぎ、人としての暮らしと艦娘としての日々のいずれかを選ぶように迫る。

 

「―――私は……私はっ……!!!」

 

 転生したのは戦うためだったのか、それとも味わえなかった人生を謳歌するためだったのか……悲痛な叫びに対して答えは当然帰ってなど来ず、夜風に吹かれて何時の間にか出ていた涙は流れていった。

 そうして、響はがむしゃらになって駆け出し、防波堤のその先に向かって言った。

 

 

 

 

 

「――――転生なんてせず、あのまま海で沈んでいた方が良かったんだッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 勢いに任せて彼女は飛び上がり、深い蒼色の海を視界に収めそのまま吸い込まれるように落ちて――――――しまうはずであった。

 

 

 

 ―――ガシッ!!!

 

 

 

 ……すると、乱暴な手が彼女の背中の襟を掴み取り、響は気がつけば防波堤の道を綺麗に転がされていた。訳がわからないまま痛む体を起こすとそこには――――荒れた黒髪を適当に後ろで束ねたかに思えるTシャツにジーンズ姿の女性が不敵な笑みを浮かべて格好つけるように立っていた。

 




カットビング阻止をしたのは果たして……


次回もよろしくお願い致します。

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