いやぁ、さっきまで無線LANの接続作業に悪戦苦闘しておりまして、非常に疲れました。
それではお待たせいたしました、第7話です。
高野と建御雷の二人きりで行われた密会により、月虹艦隊と吹雪達の間には『歴史の相違』という大きな壁が存在していることが明らかとなった。
これにより、双方は迂闊に二つの勢力を合流させるべきではないことを改めて確認すると、それぞれの今後の動向と予定について念入りに意見を酒とともに交わし合った。
その中で、月虹艦隊は高野より南西の方角に位置するパプアニューギニアとオーストラリア周辺海域の、現在の深海棲艦の現在に布陣について調査を依頼され、建御雷は言い表せない謎の波乱の予感を感じ取っていた。
情報によれば、深海棲艦は陸地の全てを侵略しているわけではなく、海に面した付近のみに限定してその勢力を拡げているとのことであったが、今もなおそうであるかと問われればそうだとは断言できなかった。
一つの決して変わることのない戦略思想に基づいて行動しているのか、それとも複合した場合に応じた戦略思想に沿って行動しているのか―――もし後者だとするならば、今後深海棲艦は必ずこうするだろうという確信の下で海域攻略を行うことは困難を極めることが予想された。
月虹艦隊としても、先の戦況を見越して一つでも多くの不測の事態に繋がるような原因は今のうちにはっきりしておくべきだとして、建御雷は伊3001と話し合った後に紺碧艦隊を偵察に向かわせることを決定した。また、これに合わせて紺碧艦隊の任務拡大を見越した戦力増強がなされ、新たに建造された伊1003、伊702、伊901、呂201、呂202、呂203の計6隻が配備されることとなった。
6隻はそれぞれ紺碧艦隊が管理していた紺碧島・硫黄島周辺の留守を主力部隊と入れ替わるようにして任され、伊601ら海中打撃チームはパラオを経由し、その身をパンダ海の海中奥深くへと宿していた。
「――流石に、何処へ行っても此処ら一帯はフラグシップばかりが蔓延っていますね……」
伊601は潜望鏡から海上の様子を観察していたが、見渡す限りの深海棲艦の群れがそこには居た。
それもただの群れではない。瞳はどれも金色に輝いており、敵は見つけ次第殺してやるという強烈な恨みを感じさせる威圧感を放っていた。とてもではないが水上艦によって編成された部隊で戦いを挑めば、いくら月虹艦隊が実力派揃いであるとはいえ損害なしでは済まされまい。
「戦闘は厳禁なのもわかるっすねー……下手に魚雷ブチかましたらどうなることやら」
「今確認出来る数だけならば殲滅はギリギリ可能かもしれない。だけど、増援は……確実に来る」
そうなれば偵察任務どころではないのは目に見えていた。よって、紺碧艦隊は決して気づかれることがないよう様子を見ては潜航を繰り返し、道中を何の問題もなく通過した。
だが、オーストラリア北部に位置するポートワイン沖近くに至った時、彼女達はおかしなことに気がついた。
「……敵が、少なくなった?」
先程までとは違い、強烈な殺気が周囲から消え失せていたのである。それだけではなく、警戒のために配置されていたと思われる深海棲艦の数が極端に減っており、海は不自然な静けさを際立たせていた。
「守りを単純に薄くしているのかねぇ……それとも、お昼寝中だとか」
「えっ、深海棲艦も寝ることあるの?」
「さあ? でも、仮に寝てないのだとしたら不眠不休で何やってんだろうね。娯楽でもあるのかなあっちにも」
伊503は深海棲艦の生態が気になって仕方がない様子であった。故に、不気味とも言える海の姿に人一倍興味を示しており、何時にも増して目を光らせ偵察を行っていた。
やがて、沖に近づくにつれて元々雲行きが怪しかった空からポツポツと冷たい雨が降ってくると、聞こえてくるのは僅かな波の音と雨音だけとなった。
「……これじゃあ、雷洋や春嵐を飛ばすことも出来ませんね」
「それは多分向こうも同じなはず……雨の降り方からしてすぐには止まないでしょうね」
「――逆に言えばチャンスっすか」
敵もまたこの状況では航空機を飛ばすことは無理であった。さらに言えば、こんな悪天候の中を航行するなど特に用がない限りは深海棲艦とてするはずもない。注意すべくは敵潜水艦のみに絞り、紺碧艦隊は一気に沿岸近くまで押し迫って行った。
「確か港に海軍基地が近くにあると聞いたけれど……敵影は?」
「―――確認出来るだけで、空母ヲ級8、ヌ級4、戦艦タ級9、ル級8、重巡リ級6、雷巡チ級4……それに軽巡が少なくとも6、駆逐が5ですが……」
「ありゃ、ホントにお休み中じゃん」
冗談混じりに伊503が述べたことは奇しくも現実となって港湾付近に存在していた。いずれの深海棲艦も肩を寄り添い合って寝ていたり、猫のように丸くなって寝転がっていた。敵であると意識しなければきっと微笑ましいと感じていたに違いない光景であっただろう。
「見事にだらけているっすね、こりゃあ一体……」
「……此処まで来る間にいた深海棲艦はやる気に満ちていたのに、何でしょうねこの温度差は」
「現場を知らぬ上層部と、現場を知る兵士の確執か何かかな? もしくは此処のトップがよっぽど温厚なのか」
どちらにしろ彼女達にとって、深海棲艦が敵意を剥き出さずに停泊中であることは都合が良かった。即ちそれは、下手な騒ぎさえ起こさなければ気づかれずに偵察任務を果たすことが可能であることを意味していた。隠密行動には自信がある紺碧艦隊にとって造作も無いことである。
そうして一行はようやく沿岸沿いを抜けて、目的地である豪州海軍基地付近がどうなっているのかを注意深く観察した。遠目から見ても施設は襲撃にあったことによって数カ所倒壊しており無残にも放置されていた。また、逃げ遅れたであろう人の白骨化死体も見受けられ、人は誰一人として存在していないことを物語っていた。
「こっちも完全に敵さんはオフかぁ……呑気なもんだねぇ」
「……指揮を執っていそうな深海棲艦の姿は?」
「フラグシップ個体がいるようですが、恐らくはトップではないかと―――いえ、待って下さい!」
浮上して様子を窺っていた伊601は目を疑うような光景を目撃した。フラグシップの空母ヲ級が確認されたその奥の辺りに、何やら巨大なシルエットが映し出されたのである。明らかに記憶している深海棲艦とは違う独特な形をそれはしていた。
もっと目を凝らし詳細な姿を見ようとするが距離的に危険であると言えた。しかし、だからといって引き下がる彼女達ではない。もし、既存の深海棲艦以外の新種がいるというのならば、その深海棲艦の種類がどうであれ少しでも情報を持ち帰るべきだと考えたのである。
「―――気づかれた場合に備え、G7の用意を各艦お願いします」
「了解、くれぐれも気をつけてね」
伊601は他のメンバーを残し、単独で上陸が出来るかの瀬戸際まで接近すると物音に注意を払いつつ、新種と思われる目的の深海棲艦を映像記録として残した。同時に、見える範囲内の施設の状態についてもしっかりと収めていった。
一通り情報収集をし終えると、新種の正体を考えるよりも先に伊601は速やかに撤退を行い、紺碧艦隊は建御雷ら月虹艦隊が待つトラック島へと行きと同じ航路を通って舞い戻っていった。
※
「―――それで、コレが撮影に成功した新種の深海棲艦というわけか」
紺碧艦隊が撮影し持ち帰った写真は直ちに現像がなされ、建御雷の手元へと届けられた。いずれも多少ぼやけてはいるものの、新種と思われる深海棲艦の姿が映っており、従来種よりもひとまわり以上も大きな巨体を持っていることがまじまじと伝わった。
また、艦娘でいう艤装に該当するであろう部分もその巨体に合わせるように複雑な構造をしており、とても大きかった。特に、砲身と思われる部分は独立して生きているが如く、強靭な牙を剥き出しにしている。もう片方の砲身も大きい上にやけに長かった。
「コレ以外に他に新種はいなかったんだな……?」
「……はい、残念ながら確認できませんでした」
「……なるほど」
建御雷は、恐らく確認された新種の深海棲艦こそが少なくとも豪州北部付近の深海棲艦の軍勢を執り仕切っていると考えた。しかし、上に立つだけあって他の深海棲艦にはない能力を備えているのではないかという疑いが彼女の中で生まれる。……だとすればそれは何か、解き明かすための鍵は写真の中にのみ存在していた。
「――伊3001はこの新種がどのような種類の深海棲艦であると思う?」
「そうですね……背後に備わっている艤装部分の大きさと砲身らしき部分からして、戦艦の類ではないでしょうか?」
「……確かにそう考えるのが妥当か」
月虹艦隊に属する艦娘の艤装の特徴を見ても、艦種が大型艦であるのに比例して艤装もまた巨大であった。深海棲艦にも同じ理屈が通るのであれば、新種の深海棲艦が戦艦ではないかという予想も十分成り立った。
だが、別角度から捉えた写真が新たな疑問を呼ぶことになる。その写真は、生きた砲身部分が拡大して撮られており、砲身の頭部前方から後方にかけて謎の線が引かれていた。さらに途中で曲がってもいる。
「これは……飛行甲板ですかね?」
「砲身に飛行甲板―――まさか」
「航空戦艦なのかもしれません。ですが、飛行甲板にしては些か不安定ではないかと……どうみても水平だとは言い難いです」
伊601は飛行甲板が砲身の上という、普通に考えれば艦載機を発進させるのには適さない……というより、あり得ない方法を新種の深海棲艦が使用していることに首を傾げた。
そもそも、空母ヲ級のような航空母艦クラスの深海棲艦は、頭部の気持ちの悪い被り物の口から吐き出すようにして艦載機を発艦させており、飛行甲板など艦娘のように目に見える形で装備してなどいなかったはずである。それはつまり、飛行甲板を表現する必要はないと深海棲艦が考えていることに他ならない。 ならば、どうして不要であるはずの飛行甲板を新種の深海棲艦が持っているのか……それが最大の謎であった。
「上位種が劣化したのが既存種なのか、それとも既存種が進化したのが上位種なのか……」
「……情報が少なすぎますね、正確な判断のしようがないです」
「……まあ、無理に考えても仕方がないことだ。一先ずは、コイツが敵の大将であると仮定しよう」
引っ掛かりを感じつつも、建御雷は伊3001と伊601に休憩に入ることを命じ、写真を携えたまま一人作戦会議室へと残った。そこで、心のなかで未だに渦巻いている言葉に言い表せない引っ掛かりを払拭すべく、重苦しい唸り声を上げながらもう一度写真を睨みつけるように観察しなおす。
「―――いや待て……本当に、航空戦艦なのか?」
暫定的に航空戦艦であると話し合いの中で位置づけた彼女であったが、それが仮に間違いだったとしたらどうだろうか。空母であるとした場合は、大きすぎる砲身が不自然であった。航空巡洋艦だとすれば、空母ヲ級や戦艦タ級やル級が従っている状況が不自然であった。
「艦種に関係なく能力によって序列が決まるのだとしたら……違う、そういう事じゃない」
頭を掻き上げて脱線する考えを軌道修正し、建御雷は新種の深海棲艦の正体が何であるかのみに考えを集中させる。果たして違和感は何処から来るものなのか……それさえ判明すれば突破口が開けるような予感が彼女にはあった。
暫く思い悩むこと数時間。気がつけば日が暮れて始めており、そろそろ夕食の支度をしなければならない時間となっていた。
「……少し気を紛らわすか」
思い詰めているだけでは埒が明かないとして彼女は部屋を出て調理場へとそのまま向かった。そして、保存庫から野菜と新鮮な魚を取り出し献立は何にしようか検討し始めた。
すると、急に外が騒がしくなり、窓から様子を覗いてみればそこには、ちょうど資源収集を目的とした遠征から帰ってきていた雪嵐達が、傷や疲労を癒す効能のある霊水を入れたバケツを抱えて浜辺に上陸していた。
「……ふー、つーかーれーたー!」
「今日の夕飯なんだろうねー」
「私カレーがいいなぁ」
それを見た建御雷は献立についての意見を求めようとして外へと飛び出した。
しかしそこで、先程まで感じていた違和感が何故か彼女の脳裏を過った。困惑を置き去りにしてパズルのピースが合わさっていくような感覚が全身を突き抜けていく。
(航空戦艦……複雑な構造の艤装……奇妙な飛行甲板……巨体―――戦意がない、まるで眠り姫のような状況)
加えて、雪嵐達を見ていて再度蘇った正体不明のピースが組み込まれた。その瞬間、違和感は綺麗さっぱり消え失せ、建御雷の中に一つの事実が見えてきていた。
「―――そうか、そういう事だったのか……」
違和感の正体は、艤装の大きさと複雑な構造にあった。
雪嵐達の艤装を装着した姿を見ていてわかったことであったが、建御雷はどうしても新種の深海棲艦が重々しい艤装を背負ったまま普通に航海を行えるとは思えなかった。怪力などという安直な発想で片付けることも出来ただろうが、移動を行えたとしても目立ってしまい格好の的になるというデメリットがあった。
また、海軍基地跡に身を置いて他の深海棲艦と共に休んでいる状況が拍車をかける。まるでそこが安息の地であるかのように動こうとしない姿を見て彼女は、『動こうとしない』のではなく『動けない』のが正しいのではないかと考えた。そこに更に、以前米利蘭土に語ったことが思い起こされ仮説が誕生する。
「あの新種は―――――」
※
「―――何ッ、敵に陸上施設がいるかもしれないだと?」
3月23日に向けた最終調整に追われていた高野は、同じ日輪会に属するメンバーである情報部の日向中佐から月虹艦隊より豪州北部近海における偵察結果が届けられたという連絡を受けて、深夜にもかかわらず飛び起きていた。
報告書には件の深海棲艦の写真が添付されており、見た者全ての度肝を抜いていた。奇抜な格好に奇抜な艤装、そのどれもが彼らにとって未知であったのは言うまでもない。
「あくまで仮説として考えてほしいとのことです。航空戦艦であるという可能性も捨て切れませんし……」
「……だが、仮説の根拠は?」
「一番の根拠となるのが不安定さを感じさせる飛行甲板とのことです。指摘されている通り途中で謎のカーブが存在しています。では、これが飛行甲板ではなかったとしたら……他に何を思い浮かべますか?」
「道路………いや、滑走路か!」
「そうです、滑走路だとすれば基地や飛行場が連想されます。また、解像度を上げて調査してみたところ、反対側の長い砲身にも見える部分、恐らくこれは……クレーンです」
滑走路とクレーン、この2つが同時に存在する施設など限られていた。加えて、占領されている施設はかつての豪州海軍基地である。何らかの関連性があると見たほうが自然であった。
「ということは、連中は陸上施設を模した存在すら生み出すことが可能かもしれないということか」
敵は海上の艦だけに留まらず、陸上にある施設にまで及ぶという事実は高野に衝撃を与えた。
……がしかし、この事がもし本格的に海域を攻略している最中に判明していたとしたら、混乱どころではない騒ぎとなっていたことだろう。
そう思うと彼は、準備中である今のうちに判明してよかったと胸を撫で下ろし、偵察を見事に完遂した月虹艦隊に心の中で感謝の意を示した。
「……仮に陸上施設であったとして、月虹艦隊はどうすると言っている?」
「『敵の種類に関わらず攻撃の用意アリ』とのことですが……『今はその時ではない』とも述べています」
「まあ、そうだろうな」
高野は自軍の戦力が整っていない時に、眠れる猛獣は起こすべきではないと理解していた。悪戯に騒ぎを起こせば必ずその矛先は周りに飛び火してしまう。今回の場合、確実にパプアニューギニアとオーストラリアが巻き込まれてしまう可能性は非常に大であった。
そうなってしまったら、日本は自分の首をさらに絞め上げることに繋がりかねないのである。
「……それに、表向きには日本海軍が攻略したことにしなければならんからな」
時間をかけさえすれば月虹艦隊が先行して件の海域を攻略することは可能であった。
されど、月虹艦隊は特定の国に属さない、あくまで日本と同盟関係にある集団である。彼女達が日本海軍所属であると名乗れば一時的には日本海軍の功績となるであろうが、籍を置いていないことがバレれば追求は免れず一大事になる。
その時点で少なからず日本への信頼は失墜の一途を辿ることになるだろう。
「月虹艦隊が陰軍として攻略のための体制を整え、我々日本海軍が陽軍として攻略を行う……何もかも頼りっぱなしだな」
「ですが、いつかは――――」
「受けた恩を何倍にも、何十倍にも、いや何千倍にもして返す……仇ではなく恩という形でな」
一歩以上先を往く月虹艦隊に追いつき、肩を並べて共に戦える日はきっと来る――――そんな思いを胸に、漢達は迫り来るまであと僅かとなった『反攻の時』に向けて、駆け出すための靴紐を固く結んだのであった。……始動の時はもう間近だった。
―――そして、強き鋼の意志は別の場所でも紡がれる。
「……もう、二度と失いはしない」
少女は星空を見上げ、小さく汚れを知らない手のひらを大きく掲げながら悲しげな面持ちで独り静かに呟いていた。
次回は日本海軍でも月虹艦隊でもない第3のサイドによる話になりそうです。
感想よろしくお願いいたします。