紺碧の艦これ-因果戦線-   作:くりむぞー

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比叡に早く三八弾を撃たせたい(高杉提督並の感想

5/31 ヨットを客船へ都合により変更


第6話 二つの歴史

(―――やれやれ、よもやこんな早い段階で日本の土を踏みしめることになるとはな)

 

 トラック島を月虹艦隊の本拠地として運用すべく改修工事を総出で行い始めてから数日が経ち、春の兆しが早くも温度と花粉によって現れ始めていたある日。私は一人艦隊を離れ、海を越えた先にある懐かしき日本の地へと紺碧艦隊の護衛の下で辿り着いていた。

 そして、伊3001に事前に用意をしてもらっていた事務的なスーツ姿に着替え、交通費などを確認し終えると現在地を確認した後、最寄りの駅へと行くために田舎らしさの残るバス停まで徒歩で向かい、2時間に1本という本数の少ないバスを待った。

 バス停には私以外に、無精髭を生やしたベレー帽を被った男性と薄手のベージュ色のコートを着込んだポニーテールの少女が立っており、それぞれスケッチブックを手に風景画を描き、携帯電話―――スマートフォンを弄っていた。度々小声で話している様子から、二人は行動を一緒にしているようである。外見からして親子ではないとすると、叔父と親戚の娘に近い何かかと思われた。

 ふと、スケッチブックに視点をずらしてみるとそこには、細部に至るまできめ細やかに描写された大海原に浮かぶ客船の姿があった。……腕前から察するに恐らくは素人ではなく、それなりに知名度のある画家なのだろう。購入可能な作品があるならば是非とも買って持ち帰りたいと感じさせる絵柄であった。

 

(客船か……このご時世では満足に乗ることも出来ないな)

 

 深海棲艦さえいなければ今頃、海に魅入られた者達は豪華客船を使って世界一周などロマンに溢れることを自由に行っていただろう。そんな夢さえも踏みにじる深海棲艦という魑魅魍魎は、何を考えて我が物顔で海を支配しているのだろうか。……全くもって不愉快であった。

 

「……顔色がよろしくないようですがお嬢さん、大丈夫ですか?」

 

「あっ……いえ、別に何ともありませんので、お気遣いなく………」

 

 無意識のうちに負の感情が表に出てしまっていたようで、男性には具合が悪いように思われてしまったようである。付き添いの少女までもが心配そうに見つめてくるので、軽く会釈をして何とも無い事を伝え、私は怪しまれないよう二人から急いで視線を外してみせた。

 手に下げたバックから徐ろに手鏡を取り出し、試しに自身の顔色を確認してみる。鏡に写った私はにこやかとは言えず、何処かぎこちなさそうに見えた。少し引きつっているようにも思え、化粧以外にも表情を整える練習がいると猛省をする。……このままでは笑顔が怖いなどと言われてしまいそうだ。

 そうこうしているうちにバスの姿が遠くから見えてきていた。時間を確認し遅れがないことを確かめると、予め必要な運賃を手に握り締めて待機をする。

 

「おや、もう来たのか……」

 

「ええっ、全然見えなかったよ!?」

 

 男性の方も目が良いのか、バスが近づいてきていることを察知したようである。絵が上手いだけでなく目が効くとは、余程才能に恵まれている方なのだろう。世界中が深海棲艦の影響で鎖国状態になければ遺憾なくその才能を発揮出来ただろうにと思うと、やはり奴らの存在は恨めしく思えた。

 停留所にバスが到着し乗車口が開かれる。私は整理券を取り、そそくさとバスの後方へと向かうと、席に腰を下ろしながら窓に寄りかかった。

 

(しかし、高野磯八総長に小高総理……我々の前世にいた人物と些か名前が似通っているがこれも何かの因果か……)

 

 こちらが出した書面に対し帰ってきた書面の中には、高野五十六総長と大高総理を思い起こさせる名前が記載されていた。本人ではなく赤の他人だとは百も承知であるが、どこか懐かしい思いが心の奥底からこみ上げてくる。

 伊3001の調査によれば、『日輪会』なる慎重派の会合を開いているらしいが、かつての『紺碧会』のようなものであるとの事だ。となると、もしかしたら二人以外にも聞いたことある名を持つ幹部がいるのかもしれない。例えば、高杉提督とか――――いや、流石にそれはないか。

 

(高杉提督と言えば……そうだ、例の建造の件……)

 

 唐突に、トラック島の施設を工事中に、先行して完成させた建造ドックを利用して戦力増強を図ろうとしたことが思い出される。予定では同じ高杉提督の下で戦った対空火器の充実している比叡さんを呼び出すつもりであったのだが、珍しくも妖精さんから無理だと断られてしまったのだった。

 理由を尋ねてはみたが、妖精さん自身もわからないという。実は既にこの世界に来ている可能性もあるというが、確固たる証拠は何処にもなかった。ならばと思い、金剛、霧島、榛名、長門、そして日本武尊など名の知れた戦艦の名前を列挙してみたが、こちらも全滅という結果に終わった。

 空母についても、赤城、加賀、飛龍、蒼龍、翔鶴、瑞鶴など歴代の先代空母の名を確認してみたが、同様の結果であった。

 仕方なく、といっては失礼であるが、先のトラック島攻略作戦を立案時に名前が挙がった『筆汁芭斤(ペンシルヴァニア)』と『根婆汰(ネヴァダ)』、坂元艦隊に属していた航空母艦『瑞鷹(ずいよう)』と『雲鶴(うんかく)』などが建造可能か確かめてみると、こちらは大丈夫であると判明した。

 色々と思い悩んだ末、現在唯一の航空戦力が私だけであるのは危険だと考え、瑞鷹と雲鶴の建造を優先したわけであるが、どのような法則に基いて建造が可能か不可能であるのかは依然として不明なままであった。

 ちなみに建造された二人は、弓矢ではなく難しい文字が羅列された巻物状の飛行甲板と、ヒトガタに切った紙を用いて艦載機を召喚するという変わった方法で航空戦をこなしていた。そういう運用方法もあるのかと大変勉強になったが、服装が布面積の少ない水着のようであるのについてはあまりよろしいとは言えなかった。

 

(何はともあれ、航空戦力が乏しい問題はとりあえずは解決した……あとは練度を積み重ねて次作戦に備えなければな)

 

 特に、夜間航空戦闘の訓練は気合を入れて行わなければなるまい。

聞けば、空母ヲ級のフラグシップ個体は夜間においても艦載機を発着艦させることが出来るという。つまり、我々が同じようなことが出来ずにいるということは、ただでさえ物量で優勢な相手に更にアドバンテージを与えているようなものなのである。一刻も早くこの差を縮めなければ、深海棲艦の猛攻に反旗を翻すなど夢のまた夢に終わってしまうことだろう。

 これは月虹艦隊に限らず、日本海軍に属している艦娘にも徹底させるべきことであると私は強く感じた。

 

 

 ―――景色はめまぐるしく変化しており、気づけば最初の目的地である駅まであと残すところ僅か距離まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建御雷がバスと電車に揺られ帝都へと辿り着いたのは、やや夕陽が落ち始めて帰宅の途に着く人々の往来が加速し始めていた午後4時頃であった。

 そこから路面電車に乗り、昔懐かしい造りの一般家庭の住居が並ぶ地域まで向かった彼女は徒歩にて数分歩き、高野らと待ち合わせている梅の花蕾が開きかけているのが道路から垣間見える料亭『悠陽屋』の前へと辿り着いた。

 暖簾をくぐり、出迎えに来た女将に挨拶の一言と事前に決めておいた偽名を名乗り挙げると、事情を把握していたのか女将は流れるようにして廊下を歩き、建御雷を奥にある広間へと誘う。そして、襖越しに到着したことが伝えられ、室内からは入室を許可する声が響いて聞こえた。

 

「―――建御雷です、入ります」

 

 礼儀作法に則り襖を開けて一礼をした後、彼女の目に飛び込んできたのは額に走る大きな傷以外はまるで在りし頃の高野五十六と瓜二つの姿を持つ男、高野磯八であった。

 両者は一瞬力強い視線を交わし睨みを効かせると、何事もなかったように表情を戻し机を挟んで座わりあった。

 

「……遠路遥々から御足労をかけたようで済まないな」

 

「……いえ、お構いなく。それほど距離はありませんでしたので」

 

 艦娘が持つ独特な距離感からすれば約3000kmに近い航路など長いとは言い難い距離であり、言い換えれば目と鼻の先のようなものであった。

 それを聞き、高野は面食らった顔を見せると豪勢に笑い声を上げた。

 

「はっはっは、君達にとっては軽い運動にしかならんということか。羨ましい限りだ」

 

「……かの天草四郎時貞も海の上を歩くことが出来たといいますし、案外人類にも可能なのでは?」

 

「もし可能であったとしてもだ、君達のスピードには追いつけんだろうよ」

 

 高野は建御雷の分の日本酒をお猪口へと注ぎ入れ、改めて艦娘が持つ能力が未知であり得体の知れない凄まじいものであることを正直に述べた。それに対し彼女は、こう切り返す。

 

「本来、人が乗り込み操るはずの強力な兵器群がこうして人という形に押し込められて存在しているというのは、私としても不思議なものです」

 

「……昔から無機物を擬人化したりする文化はあったが、あくまでそれは空想上の存在だった。しかし、こうして君達は存在している……何の悪戯なのだろうな」

 

「神の企てか、それとも……」

 

 何者かによる意思の仕業なのか、と続け酒を一杯あおると彼女はお猪口を置いて、神妙な顔つきとなった。また、変装用に掛けていた眼鏡のレンズが光を受けてキラリと煌めく。

 

「話によればそちらで保護をしている艦娘は、妖精を取り仕切る存在によって召喚されたとのことですが―――」

 

「うむ。多くを語ることはなかったが、『大本営妖精』は一種の抑止力的存在であり、艦娘もまた同様の存在だということだ」

 

「抑止力、と言いますと……何か一大事があった際の為の存在、ということですか」

 

「そうらしいが、人の意識の集合体から遣わされたなど、どうも一般人には難しいことばかり言うものでな理解に苦しむ……」

 

 オカルト方面に詳しい人間でなければついてこれない次元の話をされたという高野は、参ったとばかりに頭を掻いて深い溜息をついた。

 建御雷は高野の述べたその話を聞き、そちらの方面に関する資料を集める必要があると脳裏に刻みつけ、今度は彼の持つお猪口へと酒を注ぎ入れた。同時に話を本題へと移すべく、高野の座っている傍らに見え隠れしているバインダーに目を落とす。

 

「―――ところで、閣下。……それは例のモノでしょうか?」

 

「ああ、そうだ。君の頼み通りに吹雪君達に作ってもらったが……」

 

 彼女がわざわざ頼んで作らせたバインダーの中身、それは海軍側の艦娘がまだ艦艇だった頃に体験した出来事を詳細に記した年表であった。

 丁寧に両手を添えて高野から建御雷に受け渡されると、矢継ぎ早に見開きのページが開かれる。すると、そこには西暦何年何月何日に一体何があったのかという風に文章が書かれていた。ざっと眺めてはページを捲り、彼女は内容を読み進めていく。室内には沈黙が訪れ、紙が捲られる音だけが耳の左から右へと突き抜けていく。

 暫くして、全てのページを読み終わったのか彼女はバインダーを閉じ、瞳もまた閉じてから高野に向けて一言呟いた。

 

 

 

 

 

「単刀直入に申し上げますと、やはりこれは―――――私の知る歴史ではありません」

 

 

 

 

 

 建御雷が経験した第二次世界大戦の年表であるならば、米国が突きつけたハル・ノートに対しクーデターによって政権を得たばかりの大高が上手く切り返し、正々堂々と宣戦布告をしているはずであり、1941年12月8日のハワイ島攻略作戦を初めとした、パナマ運河攻撃、日本本土初空襲、天元作戦、サモア攻略戦などの出来事が起きているはずであった。

 だが、手元にある吹雪らによって作られた年表の蓋を開けてみればどうか、1941年12月8日の真珠湾攻撃に始まり、珊瑚礁海海戦、そして主力である赤城・加賀・飛龍・蒼龍の航空母艦4隻が失われるというミッドウェー海戦なる戦いが起きているではないか。

 ……それだけでない、ロスアラモス原爆研究所破壊作戦、通称『弦月作戦』や日英同盟正式締結を決定づけたとされる英空軍の陽動支援によるニュルンベルク原爆工場破壊作戦、通称『天極作戦』など原子爆弾の投入を阻止するために行われた作戦が存在しておらず、逆に広島・長崎に原爆が投下されるという事態まで発生している。極めつけは日本の無条件降伏だった。

 

「私が知る第二次世界大戦では、後半に日米和睦がなされ、ドイツ……第三帝国との戦いに突入しました」

 

 

「……すると、ここに記されている無条件降伏は行われていないということか」

 

「はい、その通りです。それに、第二次世界大戦自体はマスカット講和会議にて休戦という形で終了しているはずです」

 

 その後、休戦協定は破られ、第三次世界大戦が勃発してしまうわけであるが、これは休戦によって中断されたヒトラー率いる神聖欧州帝国との最終決着の戦いであった。

 高野はこの話を聞き、吹雪達と建御雷達との間に決定的な違いがあることを理解した。

 

「なるほど……君達が独自行動をしたがるのもよくわかる。これでは艦隊に乱れが生じてしまうな」

 

「時は一刻を争うというのに艦娘同士のいざこざがあっては困ります。なので、ああいった形を取らせていただいたわけです」

 

 第二次世界大戦を『あの戦争』と称して艦娘の間で話が盛り上がってしまうのは避けられないことであった。そこで、勝った負けたの歴史の食い違いによる論争が起これば、海軍としてもたまったものではない。明らかに抱えることのできる問題の量を超えてしまうだろう。

 

「だが、君達の存在を隠し通すことが出来るのは精々序盤の戦いのみだ。後のことはどうするつもりなのだ」

 

 南方海域を攻略することになった際、トラック島が攻略のための格好の拠点となるのは言うまでもなかった。しかし、トラック島には月虹艦隊に属する艦娘が身をおいて生活している問題があり、顔を合わせないようにするのは不可能であった。たとえ、別の拠点に月虹艦隊が拠点を移したとしても、結局はイタチごっこなのである。

 

「……秘匿だからと連呼するのにも限界があるのはわかっております。―――ですから、これは賭けです」

 

 彼女の言う賭けとは即ち、これから海軍側に属することになるであろう艦娘の中に理解者……悪く言えばスパイとなる存在を見出すというものだった。確率は低いとも高いとも言えないのは建御雷は百も承知であった。

 

「二つの世界の記憶を持つ艦娘が現れるかもしれませんし、最悪現れないかもしれません。そちら側に属することになっても、実は私達の世界の艦娘である可能性もあります……」

 

「……では、今回のように調書を随時取った方が良いということか。……わかった、表向きは『平行世界の第二次世界大戦の経緯を知る』ということで取り調べは行わせよう。何か変わったことがあれば必ず報告する」

 

 また高野は建御雷に対し、艦隊に新たな艦娘が加わればその艦娘についてのデータを報告することを約束した。

 これにより、同盟の申し入れの際に約束していた技術提供が円滑に行われることになり、その時艦隊に必要だとされる装備が制限はあるものの手に入るという体制が確立することとなる。

 

 

 

「―――にしてもだ、妙だとは思わんか」

 

「……何がでしょうか?」

 

「いや、深海棲艦の展開の仕方だよ……一見すると、地球全域を狙った侵略戦争のようにも見えるが、実はそうではないのかもしれん」

 

 机の上のものを避け、彼は鞄から使い込まれた地図を取り出し広げてみせる。そこには、深海棲艦が占拠しているとされる地域が赤く示されており、日本は包囲網を敷かれているに等しい状態であることがわかる。

 

「私が奴らならば、仮に南方海域が発生源だとしても西に向かって拠点を複数作り上げ、オーストラリアを丸々攻め落とし、そこから各方面へ進出するはずだ」

 

「既存の通常兵器が効かないのならば陸地など安々と制圧できるはず……なのに、実際は国の沿岸沿いなど部分的に制圧するのみ……」

 

 小さな島国や諸島群は丸々制圧されてはいるが、それなりに大きな面積のある場所に限っては部分的に制圧する……考えて見ればおかしな侵略の仕方であった。

 

「実は陸地に居られる時間が決まっているとか……?」

 

「それも考えられるが、現状人類は無力であるのと等しいのだ。制圧してしまえば自分達の都合の良いように国を改造してしまえるはず。生活に必要な水場がほしいのであれば巨大な川か湖でも自作すればよい話だ……だが、それをしないということは何かがある」

 

「……もしかすると特定の国家を狙った戦争かもしれない、ということですか?」

 

「何が条件かは不明だが、例えば深海棲艦を増殖させるために必要なモノがその国に貯蔵されているからなんてことがあり得るかもしれない。この仮説通りならば、周辺国はとばっちりを受けていることになるわけだが……」

 

 深海棲艦の布陣から見るに、仮説が正しければ日本には深海棲艦を惹き寄せる何かがある可能性が大と言えた。しかし、それは取り除けるものであるのか否かは、現状ではまだはっきりとはしなかった。

 

「そこでだ、我々が日本周辺の制海権奪還に取り掛かるのに並行して、月虹艦隊に頼みがある」

 

「……お聞き致しましょう」

 

「トラック島より南西へと下って、パプアニューギニア及びオーストラリア周辺の深海棲艦の動向を探ってほしい。どうもあの辺りが気になるのでな……」

 

 建御雷もまた、高野が気にしているようにオーストラリア周辺の特に豪州北部付近に何かあるような気がしてならなかった。

 決定づけるものは何もなかったが、強いて言うならば勘がそこで何かが起こると警鐘を鳴らしていたのである。

 彼女は二つ返事で彼の頼みを承諾すると避けておいた酒を元の位置へと戻した。そうして、再び互いのお猪口へと酒を波々と注ぎ入れると、互いの艦隊の健闘を祈るべく乾杯を行った。

 

 




次回の更新はちょっと遅れるかもです。

色々役所に提出しないといけない書類が山積みで辛いです

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