いやまあ、私が下手くそなのがいけないんですけどね。
―――季節は冬。寒さも架橋へ入り始めた1月の終わりの頃であった。
建御雷による指示の下、紺碧艦隊は硫黄島沖に展開していた深海棲艦の遊撃部隊を強襲、ガラ空きとなった硫黄島へ上陸を果たし、拠点設置の為の物資の運びこみを行っていた。
事前の調査から、軽巡や駆逐艦を配備しているにもかかわらず、対潜警戒をまるでする気のない寄せ集めに近い集まりであったことは周知の事実であった。よって、エリート個体という強さで言えば中間的な深海棲艦であろうともあっけなく轟沈し、その残骸は深海へと戻っていったのだった。
そして、いよいよ2月に突入したある日、南西諸島の特に沖ノ島周辺に展開している深海棲艦に対する陽動及び哨戒、通称『線香作戦』が発動され、伊3001を旗艦とした紺碧艦隊はその姿をマリアナと沖ノ島の間に海深くに置いていた。
「―――しっかし、奴さん達、どいつもこいつも白人よりも色白じゃないの……日焼けとかどうしてんのかねぇ」
「深海特製日焼け止めクリームを塗っているとかじゃないの?」
「だったら、分けて欲しいぐらいだねー。こっちは油断したらすぐ日に焼けちまうから困ったもんだよ」
伊501の姉妹艦、伊502と伊503は緊張感のない呑気なお喋りをしながらも、的を得ているようなことを述べていた。
確かに、深海棲艦が何故あんな容姿をしているのかは未だに判明していない。その肌色は、名前が示す通り深海に棲まうが故なのか、何らかのエネルギーの影響を受けて変質しているものなのか、憶測だけなら幾らでもたてられたが、正解となる結論は結局のところ、深海棲艦を鹵獲し詳細な研究を行わなければ判明はしないのであった。
「でも、世の中には日焼け跡が好きな人もいるらしいよ爽海ちゃん」
「へー、マジかよ。理解できないなー、どこが良いんだろ……わかる? とみっち?」
「……わ、私に聞かないでくださいよっ!」
「というか、肌が小麦色に染まった深海棲艦とか一度見てみたさあるよな」
「ペンキでもぶっかけてみるっす?」
「いや、弾いちまうかもしれねえ。油汚れとかに強そうだし」
「わかる」
話は段々と脱線し、とてもではないがこれから殲滅戦をやろうとは到底思えない空気となった。
それは不味いと思ったのか伊601が咳払いを思わせるジェスチャーをして言う。
「んんっ、ほらっ……もうすぐ作戦開始予定時刻ですよ!」
「へーい」
伊601に促され、各艦は所定の位置へと着き、お得意の鶴翼陣形をとった。
第一目標を今後本土への空襲を行う危険性のある強力な敵機動部隊、即ち空母ヲ級flagshipを中心とした部隊とし、その背後の海中へと静かに忍び寄る。敵は狙われていると全く気づかないまま航海を続けており、隙だらけであった。
「……各艦、53cm酸素魚雷発射準備よ~い!」
「――了解、方位の最終調整確認よし!」
深海棲艦は緩やかではあるが移動を行っていた。確実に当てられられるよう僅かな位置の誤差も計算に入れ、目標を彼女達は肉薄した。
「―――発射ッ!」
合図を受け、一斉に彼女達の前方に展開されていた魚雷が、二重反転ペラを回転し高速で動き出した。
音も雷跡も確認できない、深海棲艦が移動を行う際に発している独特の駆動音に反応するよう改良が加えられた音響誘導魚雷の一撃が、そのまま獲物に喰らいつかんとばかりにヲ級に接近する。
……その刹那、小さな魚雷との衝突音をかき消さんとする爆発音が水上で大きく鳴り響いた。
「空母ヲ級4隻に魚雷命中! 3隻は轟沈、旗艦と思われるヲ級フラグシップは中破炎上中ッ!」
「――もう一発当てて止めを刺した後、10時方向距離4000にG7発射! 軽巡と駆逐を惹きつけろ!」
「――了解、G7発射よーい……発射ッ!」
G7と呼ばれる、通常の魚雷とは異なり中身に大型の空気室を設けた欺瞞戦術用の魚雷が、紺碧艦隊と敵の前方の遠く離れた海中に放たれ、予め設定された距離を移動後、側面部分に設けた多数の排気弁から圧縮した空気を勢い良く噴射した。
ヲ級を撃破されて混乱する深海棲艦の艦隊は状況を整理する暇もなく、突如として発生した大量の気泡を目にすることになる。直ちに戦艦ル級らは従えていた軽巡ト級、駆逐ハ級、ニ級に指示を飛ばし、敵が現れるだろうと予想した気泡の場所へと急行させた。
……だが、それが罠であると気づいたのは、自らが魚雷を受け膝を折り曲げ、激しく炎上した後のことであった。
G7と間隔をあけて時間差で放たれた魚雷群が二手に別れ、守りの緩くなったル級を先に撃破しつつ、誘い込まれたト級らをたて続けに葬り去る。声にもならない怨嗟に似た叫びが辺り一帯へと響いていく。
「3時方向に輸送ワ級の群れを確認―――数6、護衛に重巡リ級3、軽母ヌ級3!」
手首に時計のように装着された、多段階で伸びていく潜望鏡を水面に上げて殲滅を確認し、周辺の敵影を警戒していた伊501より、今度は敵強襲揚陸艦隊の接近の報が入る。
軽母ヌ級はヲ級の帽子のような頭部に手足を生やしたような姿をしており、艦載機と思われるものを口から放って輸送艦の護衛の任についていた。
「敵輸送艦は恐らく、弾薬と燃料をたんまり積んでいるはずだ……背後に回り込んで喰らいつくぞッ!」
『――ヨーソロー!』
紺碧艦隊は、敵を撃破したことによる高揚の気持ちを抑えこむかのように再度深く潜航し、またしても後ろから息の根を止めるべくひっそりと接近する。
「丁度いい。各艦、62cm水素魚雷のテストを行うぞ。もし連中を一撃で撃破できなかったら、そいつは罰ゲームだ」
「……具体的には?」
「そうだな、夕飯用にデカイ高級魚でも帰りに捕まえてきてもらおうか」
作戦開始から指揮官モードに入っている伊3001があくどい表情浮かべてそう告げる。
途端に、海中だというのに彼女を除く紺碧艦隊の面々は、まるで汗を大量に垂らしているかのように焦り気味なった。
「―――ついでに言っておくが、魚を捌いて料理するまでが罰ゲームだ」
「「「「「よ、ヨーソロー!」」」」」
罰を受けてなるものかと、彼女達は身を引き締めて先程以上に正確な雷撃を行えるように努め上げる。
「各艦、62cm水素魚雷…発射準備完了!」
「――了解、誤差修正……最終確認よ~し!」
「―――よし、発射ッ!!!」
水素を燃料源とすることにより62cm酸素魚雷よりも射程、さらには威力が増した魚雷が空母ヲ級達を葬った時以上の損害を出さんとその牙を向いた。
魚雷は寸分狂わず輸送ワ級6隻に吸い込まれたった一撃で轟沈させてみせた。軽母ヌ級ら護衛部隊は守るべき対象を失い、四方を見回すも紺碧艦隊を見つけることはかなわない。そして、各個同じように撃破され、海に静寂が一時的に戻っていく。
「各艦、ご苦労だった。今日のところは罰ゲームはなしだな。帰投したらゆっくり休むぞ」
「「「「「よ、よかった……」」」」」
こうした一連の流れは、一定の間隔で行われ続け、これまで優位であった深海棲艦に初めて得体の知れない「恐怖」というものを与えつけていったのだった。
※
「―――トラック島への、強行偵察……?」
紺碧艦隊が今頃日本の海で暴れまくっているであろうその時、私はある艦娘を小屋内の作戦会議室へと呼び出していた。
その艦娘の少女は、米利蘭土らと同時期に紺碧島内で建造された戦艦の一人であったのだが、通常の艦艇が有しているはずの機能を持っておらず、代わりに類を見ないの強い力をその身に秘めていた。
よって、今までの間は他の艦娘と合同の訓練を行うのではなく、紺碧富士の麓で一人独自の訓練に勤しませていたわけなのだが、少々私に思うところがあり訓練の予定を一度切り上げさせてもらった。
「……そうだ。現在、我々『月虹艦隊』の出撃が厳禁であることは既に周知の事実であるが、かと言って紺碧島に紺碧艦隊が帰投するまでの間、ずっと籠城し続けているのもある意味問題だと考えてな」
用意した凸状のブロックを机に広げた地図の上に置き、私は急遽立案した作戦についての解説を行い始める。
「まず第一に、紺碧艦隊が現在の任務を終えて帰投した後の方針だが、このタイミングで2回目の戦力拡充を行おうと考えている。そしてその後、主力部隊は紺碧艦隊と共に南下し、南方海域の攻略作戦を合同で実行に移すつもりだ」
「……重要施設を奪還するの?」
「その通りだ。奴らがこの海域で制海権、制空権を握っているのは全て泊地や基地、特に飛行場をその手中に収めているからだ」
この世界では名称が若干変わっているが、ブカ島からガダルカナル島にかけての一直線上にある施設は、戦況的に見て間違いなく深海棲艦によって制圧され、いいように使われてしまっているはずである。
また、恐らくこれは、南方海域にフラグシップ個体を超える上位個体が存在している原因にも繋がっていると思われた。
「いずれにせよ奪還しなければ人類は後退し続け、小さな島国には人類が住まうことができない、なんてことになりかねない。これを阻止するには、南方海域攻略の為だけに特化した前線基地が必要になる」
さらに言えば、いずれ海軍の指揮下にある艦娘達が南方へ進出してきた際に、紺碧島以外で我々月虹艦隊の基地だと言い張れる拠点が必要なのだ。
2つの意味でもトラック島は是が非でも手に入れておきたいものである。個人的な思い入れのある場所でもあるのを含めれば3重の意味でだ。
「―――そこでだ、世界を半周できるだけの航続距離を持ち、高高度における飛行と攻撃を可能とする君をトラック島の上空へと派遣し、深海棲艦の動きを一度確認してきてほしい」
「……確認だけでいいの?」
「ああ、今回は確認だけで構わない。島の守りが手薄か、分厚いかどうかだけが今は知りたいんだ」
状況によっては、一から戦力拡充計画を練り直さなければならないと私は考えている。
予定としては機動部隊を編成したいのだが、その通りにできるかは全て偵察の内容次第となる。
「……じゃあ、ちょっと見てくる」
「すまないが、頼まれてくれるか。作戦実行は明日の夜、二二〇〇だ」
コクリと頷いて、彼女は――――『空中戦艦』と呼ばれる私が知る中でも異質な艦種である彼女は、ややぎこちなさのある敬礼をすると部屋を速やかに退室していった。
その姿を眺めながら私は、積み上げられた資料の中から別の計画書を取り出すと、トラック島をどのような艦種の深海棲艦が占拠しているのか一人分析を行った。
「……さて、藪をつついて機動部隊が出るのやら、水上打撃部隊が出るのやら。――――それとも、見えざる存在が出るのやら」
見えざる存在、それは海中に息を潜める海のスナイパーたる存在であり、奇しくも我が艦隊の影の艦隊である紺碧艦隊と同じ存在……潜水艦である。
かつて我々が属していた日本海軍を苦しめたUボート並みに手強いのではないかという一抹の不安が過ぎるが、それは刃を―――いや、魚雷と砲弾を交えて見なければわからないだろう。
「月虹艦隊の更なる対空力向上と対潜能力向上、どちらも両立させなければ………」
偵察がどんな結果になろうとも対応できるように私は、日が沈むまで既存の戦力拡充プランの上に新たに考案したプランを何枚も積み上げていった。
深海棲艦の皮膚ってほんとどうなってるのか知りたい。
感想よろしくお願いします。