……私が紺碧島にて伊601達によって建造されてから、早くも一週間の時が流れた。
戦力の拡充による紺碧島の防衛力強化を第一目標に、紺碧島の洞窟内の工廠では今日に至るまでの日夜連続して建造が行われ続けた。
その結果、戦艦が3隻、駆逐艦が4隻と計7隻が新たに指揮下に加わったわけであるが、自分以外の空母が建造されなかったことに対し、少しの悲しみと寂しさを覚えた。
「建御名方が来てくれれば心強かったのだがな………いいや、贅沢は言ってられんか」
姉妹艦という最も信頼の置ける存在を側においておきたい、そんな私情よりも優先すべきことがあるのだ。
首を振って邪念ともいうべき迷いを祓うと、私は開発ドックへ預けていた己の装備……艤装を装着し、島の中央に存在する巨大カルデラ湖―――太陽湖ではなく月湖の辺りへと向かった。
そこでは既に、駆逐艦――――秋月型の子達の回避運動と対空射撃の訓練が行われており、朱色の長髪をうなじの所で縛っているのが特徴的な夏月が先頭に立って指揮をしていた。傍らにはメタリックレッドに塗装された砲身のある大きな艤装と右腕に装着された射出用カタパルトを持った長身の2人の少女らの姿もあり、艦載機を飛ばして指示を与えているようだった。
「―――訓練機2番に撃墜判定ッ! 3番、4番はもっと動いてみせなさい!」
「皆ッ、あたしが惹きつけるわッ! 各員、散開しつつ対空戦闘よぉぉぉい!!!」
「「「ヨーソロー!」」」
連携の具合は上々のようであり、艦載機の素早い動きに対し柔軟に駆逐艦達は対応していた。
暫くの間、訓練を邪魔をしないように遠く見つめながら私は洋弓――リカーブボウと呼ばれる、土台となる部分と弓のしなる部分が別々の部品によって構成されたタイプの弓を構え、『閃電改』を始めとした艦載機を飛ばし、電子偵察機『金鳶』との連携を確かめた。
そうした後、腰から伸びているアングルド・デッキ状の飛行甲板の艤装に妖精さんを乗せた艦載機を着艦させていると、金と黒が入り混じっている変わった髪を持つ少女が、訓練の手を止めてこちらに歩み寄ってきた。
「―――Oh~、タケミーも訓練デスカー?」
「まあ、そんなところだな………あと、タケミーと言うなと言っているだろうが」
……彼女の名は、「米利蘭土(メリーランド)」。
元々は、アメリカ太平洋艦隊が擁していた超弩級戦艦メリーランドであり、第二次世界大戦が始まった当初は敵国の艦艇であった。しかし、照和16年12月8日のハワイカウアイ海峡における海戦において、彼女は彼女自身を含めた『ウエストバージニア』、『カリフォルニア』、『テネシー』、『ペンシルベニア』、『ネバダ』の計6隻ごと日本海軍に鹵獲されることになった。
その後、日本流の運用法に合致する改装処置を行うかはた又は費用軽減のためにスクラップにするかなどが検討されたが、結果的に新兵器及び新構想の実験艦としてこれまでの常識を覆す改装を受けた後、「紅玉艦隊」として川崎弘司令長官の指揮の下運用され、ロスアラモスの原爆研究所の破壊など大々的な作戦に参加していた。
大戦後半にかの国のUボート群によって戦力を大きく削がれた関係で、私を旗艦に据えた高杉英作司令長官の第一連合航空機動艦隊に編入され行動を共にしたわけだが、老朽化故に23年には同型艦の他2隻と共に退役してしまった。だが、まさかこんな形で再会することになろうとは思いもしなかった。
「イーじゃないデスカー! こうしてボディを得て語り合えているんデースから、もっと会話を楽しみまショウ!」
「……はいはい、わかったから頬を擦り寄せようとするな、抱きつこうとするな、髪を撫でるなッ!!!」
……まあ、自由過ぎる性格が難点ではあるが、仲間としては心強いことこの上なかった。
同じように彼女と共に建造された、藍色のカッターシャツと濃い赤地に黒縁の儀礼用軍服というお揃いの服装の、手音使(テネシー)もまた同様に頼もしい限りであった。
落ち着いた物腰で、駆逐艦達の訓練の面倒を見ているのを眺める限りでは指導力があり、よく出来た妹だと思う。……姉と違ってな。
「何か……とてもシツレーな事を考えられていたような気がシマス……」
「はっはっはっ、気のせいだろ」
ジト目で睨んでくる米利蘭土、通称メリーを軽くあしらいつつ私は、視線を再度手音使の方へと向け、なかなか撃墜されずにいる艦上爆撃機、爆龍へと移した。
爆龍は、重要施設を大型誘導弾を用いてピンポイントで攻撃することが可能である機体として名高いが、優秀な性能を持つが故に幾つかの負担を抱えていた。
その一つとして、航空母艦での離着艦が不可能であることが挙げられる。もっともこれは、作戦行動範囲内に基地を設ければ解消可能であるが、存在しない場合は使い捨てるという選択しか存在しない。
もう一つは、搭載出来る数が限られていることである。各艦共に爆龍は2機しか搭載することが出来ず、その後継機たる鮫龍(こうりゅう)に至っては1機のみという少なさだ。使いどころを間違えば途端に彼女達は、航空戦力を持った戦艦ではなくなるわけである。
されど、爆龍が失われようとも彼女達は重要施設への攻撃手段を完全に失うわけではあらず、条件は限定されるもまだまだ戦えた。
「『ン式弾』―――この世界においても、きっと使わなければならない時が来るだろうな……」
「ンー、シンカイセイカンを施設ごとデストロイするということデスカー?」
「まあ、それもあるが……」
『ン式弾』とは、米利蘭土型の航空戦艦に主に沿岸攻撃用として搭載された艦対地ミサイルの事であった。射程は150km以上を誇り、遠く離れた海上から容易に敵母港などへ向けて攻撃を加え、戦力を大きく削ぐ事が出来る優れた兵装である。
この世界においては、恐らくかつて人類が所有していた施設を占拠しているであろう深海棲艦に向けて遺憾なく効果を発揮するだろうが、私の中では別の用途があるのではないかという考えがあった。
「深海棲艦は施設を占拠した後、何もしないまま居座り続けるようには思えなくてな……」
「ということは、クレイジーな改造をして都合の良いように~……って―――ノーウェイ!?」
同じ考えに至ったのか、メリーは唖然とした表情でこちらを見た。
「―――施設そのものが深海棲艦と化している可能性もあるということだ。確証はないが、私が奴らの立場ならきっとそうすると思う」
もしもこの予想が確かならば、基地まるごとを深海棲艦と見なし殲滅する大規模作戦を将来実行に移さなければならないだろう。となると、やはり裏付けの為の調査は必要不可欠だ。紺碧艦隊と打ち合わせをし、一度偵察に出てもらわなければならない。
「事によっては、『彼女』にも活躍の機会が回ってくるかもしれん。アレの調整を急がせよう」
重要施設強襲のもう一つの『切り札』を備えた、残るもう一人の戦艦が今ごろいるであろう紺碧富士に、私達は自然と強い眼差しを向けた。
「あれ……? アレって星電改じゃない?」
「ホントだ、何か羽根にくっつけてるよ!」
―――その時であった。
秋月型駆逐艦達が指で示した第一運河のある方角から、伊701から発進してきたであろう水上電子偵察機『星電改』の姿が1機確認された。緊急事態かと思い反射的に身構えたが、急いでいる様子はなく非常にゆったりとしている動きであった。そのまま水面に着陸するかと思いきや、私の方へ接近してきた。
すると、機体を傾かせて羽根に結び付けられていた紙を振り落とすやいなや、着陸することもなく旋回して飛び去ってしまった。そして残るは、咄嗟に掴んで受け止めた折り畳まれた紙だけである。
「………これは」
恐る恐る開いてみるとそこには――――日本へ遠征に出ていたという伊3001が今しがた帰投したという知らせが書かれていた。
※
「―――では、海軍内では我々の同類……『艦娘』なる存在に深海棲艦との戦いを一任する動きが強まっていると?」
日本より帰投した伊3001からもたらされた最新の日本海軍の動向は、島に残っていた我々の今後の動きを間違いなく左右する重大なものであった。
特に、『艦娘』と称されることが決定されたという同類については心を大きく揺さぶる知らせであった。
「……ええ、戦闘面は『艦娘』に一任し、海軍は彼女たちが動きやすいように取り計らうサポートの体制を構想しているようです」
紺碧艦隊によって、別の場所での同類の出現自体はかねてより予想はされてはいたが、よもや日本においてこんなにも早くも見つかることになろうとは予想外であった。
特に、内部に入り込んでいたという2人のは、我々よりも早くこの世界に現れて周りの出方を探ってた様子である。些か気になるところもあるが、いずれ出向くことがあれば、密かに接触して話をしてみる価値はあるように思えた。
「つまり、海軍の正式な支援を受けた『艦娘』の艦隊による海域攻略作戦が直に開始されるということか……」
「ですが、あちらも我々と同じように戦力拡充の為に暫くは時間を費やすことになります。それまでの間は―――」
「いや、皆まで言わなくてもわかっているさ。既にある程度の戦力確保が終わっている我々……いや、紺碧艦隊の出番ということだろう?」
既にそういう約束をしてきたという伊3001は伊601と共に大きく頷き、時間的に見て最低でも1ヶ月半は紺碧島に身を置く面々総出の作戦は実行不可能であることを述べた。そうなると、その間にやれる事はやっておかねばならないということだ。
例えば、MS(マーシャル)諸島におけるの防衛ラインの構築は今のうちに実行に移すべき事柄であろう。加えて、資源回収の回りを良くする工夫についても同様だ。
まあ、これらについてはプランを既に用意しており、特に目立った問題はないだろう。次に、紺碧艦隊のこれからの動きについて話し合う。
「本土へ侵攻しようとしている深海棲艦の艦隊は、今のところ南西海域の……沖ノ鳥島、この世界では沖ノ島ですね。マリアナと此処を経由して進軍してきているようです」
どうやら、日本海軍が別海域に出るための関門の役割を沖ノ島は果たしているようである。
「ふむ。では、当面は沖ノ島周辺の敵艦隊の目を惹きつけることが求められるか」
「……偵察を行いましたが、水上打撃部隊、空母機動部隊のどちらも層が厚いようです。陣形も攻守を共に意識した単縦陣及び複縦陣からなっていました」
「―――対潜警戒の動きはどうデスカ?」
「いえ、特に意識しているような展開はありませんでした」
なるほど、格好の獲物ということか。伊3001が自ら進んで殲滅作戦を行おうとしているのにもそういう理由ならば頷ける。だが、問題は補給だ。紺碧島をいちいち往復するようでは非効率的だ。近くに補給用の拠点を構え、そこから出撃を行うようにするべきである。理想としては本土と紺碧島の間に位置する場所……
「硫黄島に補給線を敷くのはどうだ?」
「問題ないかと。沖ノ島ほど敵が展開してはいませんし、フラグシップ以上の個体は現状確認されてはいません」
「ならば決まりだ。紺碧艦隊は速やかに硫黄島に補給基地を設置し、そこから海軍の準備が整うまでの間、哨戒任務に就いてもらおう」
「わかりました」
「異論はありません」
二人の了承を得た私は、今度は紺碧島に残る部隊の方針について話を切り換えた。
それは初歩的であり、艦隊の行方を占う重要な問題、一番の懸案事項―――すなわち………
――――『艦隊名』である。
もっと詳しく言うのならば、『表向き』の艦隊名である。
裏で秘匿艦隊として行動することになる紺碧艦隊を上手くカモフラージュするためには、私を筆頭とした面々が別の艦隊名を名乗り、彼女達の存在を悟らせないことが求められるのである。いわば、私の率いる艦隊は紺碧艦隊を守る為の壁役なのだ。
「じゃあ、ココは紅玉艦隊と名乗るのはどうデスカー!」
「却下だ」
「―――即答!? Why!?」
何故って……それは、我々の前世である前の世界における川崎弘司令長官の下で編成された部隊のみで許された名であるからだ。
いずれまた戦力を拡充することになった時に別の艦隊に所属していた艦艇がやってきたらどうする。別に艦隊同士仲が悪かったわけではないが、特定の艦隊名が全体の艦隊名として付けられていたら、元々その艦隊名だった連中が優遇されているような気がして嫌だろう。また、司令長官の名を使ってはいらぬトラブルを呼ぶ危険性だってある。
だから、かつてとは違う一新された艦隊名を我々は名乗らなければならないのだ。どのような艦隊に属していようとも分け隔てなく語り合えるような何色にも染まらない、そんな艦隊名を。
「何色にも染まらない、ですか……それでいて、互いを主張しあえる存在……」
「まるで、レインボーみたいデスネー」
レインボー、虹……虹の艦隊。いや、何か名乗り辛さのある艦隊名だ。もう少し捻った名前はないだろうか。
唸り声を上げて、センスのある名前にならないか模索していると、メリーの発言からヒントを得たのか、手をポンと叩いて伊601はこう言った。
「では、『月虹(げっこう)』というのはどうでしょうか? 月に虹と書いて『月虹』です」
『月虹』……それは、夜間という限定された時に月の光によって生じると言われる虹のことである。
一般的に、虹は太陽が出ている時でなければ見ることができないと思われがちであるが、実は月の光であっても稀に現れることがあるのである。
「ハワイ諸島に位置するマウイ島では、月虹を見た者は幸せが訪れると言われていたり、先祖の霊が橋を渡って祝福を与えに来るなど、言い伝えられていたと思います」
「詳しいじゃないか伊601。しかし、そうか……見た者を幸せを訪れさせるか」
まさに、我が艦隊が果たすべき役割を表現している意味合いを持った良い名前であった。
米利蘭土、伊3001も賛成の気持ちを顔で表しており、もはやこの場に反対の意見を持つ者は存在しなかった。
私は立ち上がり、皆の前で宣言する。
「―――本日この時を持って、我々紺碧島を拠点とする『艦娘』の集会をかつての紺碧会に倣って『月虹会』、艦隊の総称を『月虹艦隊』とする!!!」
……こうして、此処にかつて艦艇だった頃の記憶を持った『艦娘』が同じ『艦娘』を指揮するという艦隊、『月虹艦隊』は発足した。
『月虹艦隊』による深海棲艦への反攻作戦が開始されるのはまだまだ先のことであったが、艦隊の本領が発揮されることになる時は必ず来ると、この時既に運命付けられていた。武人はその時まで息を殺し、刃を静かに研ぎ澄ます―――――
硫黄島か最近拡大をまた続けている西ノ島どちらを拠点にするか正直迷いましたが、距離を考えて硫黄島にしました。
感想待っています、次回もよろしくお願いします。